不道徳な見えざる手 George A. Akerlofほか 2018.8.31.
2018.8.31. 不道徳な見えざる手 ~ 自由市場は人間の弱みにつけ込む
Phishing for Phools: The Economics of
Manipulation and Deception 2015
著者
George A. Akerlof ジョージタウン大教授。2001年ノーベル賞
Robert J. Shiller イェール大スターリング経済学教授。2013年ノーベル賞
訳者 山形浩生 1964年東京生まれ。東大工学系研究科都市工学科修士課程修了。MIT不動産センター修士課程修了。大手調査会社に勤務する傍ら、科学、文化、経済からコンピュータまで、広範な分野での翻訳と執筆活動を行う
発行日 2017.5.25. 第1刷発行 2017.8.1. 第3刷発行
発行所 東洋経済新報社
誇張、歪曲、隠蔽、水増し、ぼったくりはなぜなくならないのか?
まえがき:経済はごまかしに満ちている
自由市場の崇拝者として本書を書いたが、経済システムはごまかしだらけということを理解し、もっとうまく方向性を見つけてほしいと願っている
本書は、あらゆる詐術を仕掛けられていて自衛の必要がある消費者たちのために書いた
「釣り」の均衡研究が役立つ――阻止しようという勇気ある手立てを講じない限り、システムにごまかしと詐欺を組み込んでしまう経済の力の研究
個人的な誠実さにより、経済の中のごまかしを耐えられる水準にまで抑えるのに成功した人々の物語
1890年代に発明されたスロットマシンは、人々を中毒に巻き込んで社会問題となったが、人々は自分が本当に求めるものを自分でもわからないという弱みがあり、そうした弱みを儲かるような形で生み出し活性化させられる。その限りにおいて、市場はそうした弱みにつけ込む機会を利用する。そこに注目して人々を利用しようとする。私たちをカモとして釣る
Phish(釣り)とは、オックスフォード英語辞典によれば、「インターネット上で特に有名な企業のふりをしたりするような詐欺を行い、個人情報を得たりすること。だますことにより個人情報を「狙い」、オンライン詐欺を行うこと」
釣り師の利益にはなるが、その標的の利益にはならないことを人々にやらせるという話であり、疑似餌を入れて、用心深い魚が間違いをしでかして捕まるのを待つという話
みんななるべく慎重になろうとしても、確率の法則により誰でもいずれは引っかかるし、誰も逃れられない
Phool(カモ)は、うまいこと釣られる人物で、心理的なカモと情緒的なカモがいる
心理的カモにも2種類あって、感情が常識を蹴倒す場合と、認知バイアス(錯覚)のせいで現実を誤解しその誤解に基づいて行動してしまう場合で、中毒と知りながらスロットマシンから離れられないのは前者の例
情緒的カモは、意図的に誤解を招くように作り上げられた情報に基づいて行動するもので、エンロンが好例。誤解を招く会計の採用に『フォーチュン』誌まで胡麻化された
基本的な問題は道徳ではなく、誠実とは言い難い行動を促す圧力が競争市場では奨励されてしまっていること
市民社会や社会規範は、こうしたPhishに対して確かに多少のブレーキはかけてくれるが、最終的に生じる市場均衡の中でも、Phishの機会があれば本当の道徳的な誠実さを旨とする企業ですら、競争と生き残りをかけてPhishをやらざるを得ないのが通例
人々は驚くほどしょっちゅう、PhoolとしてPhishされている。その結果として彼等は、自分自身の常識をちょっとでも適用すれば、自分の利益にならないとわかるはずの決断を下してしまっている
「どんな人だろうと絶対に望まない」ものがどれほど広まっているかを示す4つの広い領域
①
個人の財務的な安全性に関する分野 ⇒ 富裕国においてすら、ほとんどの大人がお金の工面を心配している。通常は決まった予算の範囲内で支出するが、「お金なんかどうでもいい」と思う瞬間があり、ビジネスはそれを狙う。冠婚葬祭などは好例、生産者は、人々が本当に持っているニーズを満たすのと同じくらい、生産されているものが必要だと人々に思い込ませる手法にも創意工夫を発揮してきた。工面をめぐる人々の不満は、一部はぼったくりから来ている。特別に高価な買い物をするときには特に払いすぎることになってしまいがち
②
マクロ経済(経済全体)の安定性をめぐる分野 ⇒ 最悪の不景気をいくつも招いた最大の原因は金融市場でのカモ釣り。「今回は違う」のは間違いないが、いつも釣り師がいてカモがいるのは同じで、まだ見つかっていない釣りのストックが山積みになると資産価値は暴落する。サブプライムローンはその好例
③
人々の健康をめぐる分野 ⇒ 医薬品業界では、厳しい審査をパスするのと同じくらい、その障壁を潜り抜ける方法についても学んできたため、人々にとって効果のない、時には有害な薬品を売りつけられている。4年ごとの追跡調査によれば、4年平均の体重増は1.52㎏で、ポテチによるものが0.77㎏、ジャガイモ(ほとんどがフライドポテト)によるものが0.58㎏、砂糖入り飲料によるものが0.45㎏となっている。ジャガイモのドカ食いとコーラのがぶ飲みを止められなかった結果を示している。たばこや飲酒、合法ドラッグなども同じこと
④
政府統治の質をめぐる分野 ⇒ 選挙資金を使っていいイメージを売り込む人に投票してしまうが、こういう形で票が買収されている民主主義なんか求めていないはず
本書の狙い
本書の狙いは、カモを釣る例をたくさん挙げて、それが私たちの生活にどれほど影響しているのかを示すこと。人々の活動、思考、目標、そしてその目標の失敗に影響が見られている。一部の事例は日常生活、例えば自動車、食べ物、薬、売買したり暮らしたりする家に関連したもの。他はもっと系統的で専門的なものになる。例えば金融市場
でも何よりも、検討する事例は社会政策にも深遠な影響を持つ。特に政府が自由市場の足を引っ張るのではなくそれを補うためにはどうしたらいいかという点について――というのも、コンピュータが悪意あるソフトに対する保護を必要とするのと同様に、私たちももっと広く定義されたカモ釣りに対する保護を必要とするからだ
序章 みんな操作されてしまう:釣りの経済学
人々はしばしば最善の利益に反する決断を行う。自分にとって本当にいいことをやらず、本当に欲しいものを選ばない、というまずい意思決定のせいで、カモ釣りにひっかかる
経済学では、市場均衡の概念という ⇒ レジに並ぶとき、誰もが一番短い列を探すので、通常は均衡の原理が働くが、人に何らかの弱みがあれば、釣り均衡では誰かがそれを利用する
ジムの契約で多いのは月次の自動支払いだが、その8割は1回ごとの方が安上がりという結果になっている
サルが人間と同じように人間と全般的な取引ができるとした場合、規制面の安全策を講じていない自由市場では、サルはマシュマロ入りのフルーツロールが大好きなことが分かっているので、みなその選択をした結果、選択が彼らを幸せにするのとはかけ離れたものになろう
サルに対する我々の見方は、2種類の「嗜好」があって、1つは自分たちにとって良いはずの決断を下した場合のもので、もう1つは彼らが実際に実行するフルーツロールの嗜好
人間はサルより賢いが、同じ見方もできる。本当に有益なものはわかっているが、常にそれが基準になっているとは限らない
経済学の間違いなく核心にあるのは、1776年のアダム・スミスが『国富論』で述べた、自由市場では「まるで見えざる手に導かれるように、自分の利益を追求すること」が一般にとっても良いことを促進する、というもの
競争的な自由市場均衡は、「パレート最適」で、一旦均衡すると、全員の経済厚生を改善するのは不可能
完全な自由市場であれば、選択の自由だけでなくPhishの自由もある
人々は、贈り物や親切に報いたいと思ったときにカモにされる ⇒ 気に入った人には親切にしたいと思うし、権威に反抗したくない、他人に追随したい、自分の意思決定を一貫性を持つものとしたい、損を忌避したい、理由はいろいろある
中古車を再生して販売するとき、複数の見込み客を同時に来させてみせると、車の良しあしはどうであれ、買い手は自分が競り負けるかもしれないと警戒し、決断を誤る
Phishの相当部分は、誤解を招く、或いは間違った情報を人々に与えることによるもの
金儲けには2種類ある。顧客が1ドルの価値があると思うものを与え、それより安く生産する方法と、1ドルより低い価値しかないものを、1ドルの価値があると顧客に思い込ませる方法。特に金融分野では後者の例が顕著
序章の大きな役割は、釣り均衡の概念と、そこから生じる釣りの不可避性を説明することで、人がやらなければ必ず誰かがやる
第1部第1章では、ほとんどの消費者が金の工面に苦労していて支払いが遅れがちな理由を示す。間違いをする原因の多くは、「何かを売りつけようとする」人々によって促進され、悪化させられていること
第2章は、リーマンショックでカモ釣りが果たした壮絶な役割を説明。苦労して築き上げた誠実さという評判を利潤のために切り売りするという、おおむね意図的な行動のこと
第2部では、個別の具体的な文脈でカモ釣りが果たす役割を扱うと同時に、人々の生活でカモ釣りがいかに重要かという点を強調し、カモ釣りについての認識と理解を得る実践的な練習問題としている。カモ釣りが悪人たちによるものではなく、経済システムの自然な動きの結果として不可避なものだということを示す
第3部では、カモ釣りに対する認識と、それがいつどこで起こるかという認識を加える
あとがきでは、本書が、何を、どこで、どんな風に経済学に対して貢献しているのかについて、著者の見解を示す
第1部
釣り均衡を考える
第1章
人生至るところ誘惑だらけ
3百万部売り上げた人気本『金銭的な自由への9ステップ:心配をやめるための実用的精神的ステップ』の著者スージー・オーマンは、IMFのレジ係だが、彼女の言うことは経済学者たちの考え方とは正反対
経済学の入門教科書では、人々は支出の予算をあらかじめ決め、それを最も選好する結果をもたらす選択をするので、その選択の結果がものの需要を決めるとされる
オーマンによれば、人々のお金の使い方には感情的な拘りがあるので、自分に対しても正直ではなく、その結果合理的な予算配分をしない。お金に対して認知的にも感情的にも対処できないせいで、人はお金のやりくりに苦労する。だから毎月の支払いを抑えさせ、読者や顧客が枕を高くして眠れるようにする
1930年にケインズがエッセイで、100年先を見通した孫の人生では、所得が8倍になり、週の労働時間が15時間となって、豊富な余暇の使い道に困ると予測したが、所得の予想はぴたりと合っているが、労働時間も生活の余裕も全く外れている
アメリカでは、ほぼあらゆるセールスマンの目標は、みんなにお金を使わせること
スーパーで卵や牛乳が一番奥に置いてあるのは戦略的な理由からで、一番よく買うものを求めて店の全体を横断しなければならず、その間に別のニーズを喚起させる
消費者を誘惑して買うように仕向け、お金を使わせるというのは、自由市場の性質そのものに組み込まれている
著者たちから見ると、中心的な問題は均衡にある。自由市場の均衡は、あらゆる人間の弱みについてPhishを供給する
第2章
評判マイニングと金融危機
リーマンショックの物語では、著者が評判マイニング(=傷つけること)と名付けた釣りの一種が中心的な役割を果たしていた
金融危機の核心にある評判マイニングは、各種金融機関の評判を巡るもので、特にその中でも債券格付システムの転覆が大きい ⇒ 複雑な金融派生商品の格付をすることは、格付機関が過去1世紀にわたって自ら築いた評判をマイニングする結果となったため、商品の中身が本当に腐っているとわかった時、その価値が暴落した
かつて投資銀行は、顧客にとって信頼できる友人だったし、良い証券を作るインセンティブがあり、格付機関にも正しく格付するインセンティブがあった。評判こそが何より重要とされた ⇒ 69年のペンセントラル事件では、ゴールドマン・サックスがペンセントラルの営業損失を知りながら債権を販売したとして提訴され、危うく全資産を危険に晒されるところだった
ところが現代の金融機関は、レバレッジによる自己勘定取引を始め、リスクを抱えた事業展開を行い、格付会社も当初はあらゆる利益背反を回避したが、投資銀行から手数料をとって格付をするようになったため、投資銀行の言いなりの格付をつけ始めた
そこに現われたのが住宅ローンのパッケージを切り刻んだ証券で、格付機関の評判を切り刻んだ高格付を得て、広範囲に販売されるとともに、さらにはそれを空売りする取引までも派生。誰も商品の中身を真剣に検討するインセンティブがなかった
第2部
あちこちにある釣り
第3章
広告業者、人の弱点を突く方法を発見
最も純粋な形でカモ釣りを見る場所といえば広告とマーケティングの世界
誰かが自分に言い聞かせている物語を自分に有利な形で歪められれば、その人はカモの餌食となる。こうした歪曲は広告やマーケティングの大きな手口
科学的な統計手法の現代的使用法もまた釣り均衡の一例
グーグル検索で表示される広告が、まるでこちらの心を読んでいるかのように思えるのも偶然ではない
人間の思考を談話やそれに似たものとして描く方法、つまりそれが自然に不可避的に一貫性を持つわけではないということが、広告の仕事を作り出す ⇒ 人々の心の中にある談話に独自の物語を接ぎ木する手法として広告が考えられる
広告業界の3偉人:
① アルバート・ラスカー(1880生まれ) ⇒ ドイツから来たユダヤ人の移民の子。新聞記者から広告業界に入り、理由抗告という、なぜその製品で利益が得られるのかを告げる内容の広告の手法を編み出し、製造会社の窮地を救ったが、実際には利益を生み出さないものだったことが後で判明
② クロード・ホプキンス(1866年生まれ) ⇒ 広告の範囲を広げて現代的なマーケティングにした。広告を活用して全国的に売り上げを伸ばした実績を買われ、ラスカーに採用され、誰もがやっていることをさも自社だけの特徴のように広告で協調して差別化を図り売り上げを伸ばすことに貢献。サンキストの名付け親でオレンジをジュースにして飲むことを広めた
③ デイヴィッド・オグリヴィ ⇒ スコットランド出身。アメリカに渡ってロールスロイスのキャッチコピーで成功、さらにハサウェイのシャツを眼帯男に着させて眼帯男の物語として定着させ売り上げ拡大に貢献
広告への反応は、買い手の動機と弱点の両方も明らかにしている
全ての場合に広告が成功したのは、広告からの物語が顧客自身の物語に接ぎ木されていたから
人々の心を無意識下で操る方法を見つけた広告は恐ろし ⇒ 釣り師にとって、今日の魚がどこにいそうかは直感しかない、試行錯誤で何が機能するかがわかる
広告業者たちは広告の狙いの精度を挙げるよう学んできたが、こうした技能の最大の見せ場は大統領選挙の政治キャンペーンに見られる ⇒ いかに大統領を大衆に売り込むか
1920年のハーディングの例 ⇒ オハイオ州の白い家のポーチ(日常的な存在の象徴)にハーディングが顔を出して、民主党のウィルソンが外国と揉めていることに人々がうんざりしていることを利用、「もうあれやこれやの揉め事はお仕舞にしよう」という言葉で締める。ハーディングがゴルフをしている映像が否定的な反応を巻き起こすとすかさずシカゴカブスとエキシビジョン試合をやる映像にすげ替え、ゴルフが好きなことは秘匿
2012年のオバマの場合 ⇒ キャンペーンの目標は浮動票に有権者登録をさせることだが、民主党支持者だけにピンポイントに絞って登録させるということを、現代の統計技法と大量のデータと大量の世論調査で可能にした
第4章
自動車、住宅、クレジットカードをめぐるぼったくり
釣り師の技法が典型的に表れる業種
特にクレジットカードは、ちょっとした利便性を提供するが、その費用は驚くほど高い
ぼったくりこそ、カモ釣りを見つける肥沃な現場
車のディーラーで、白人女性は白人男性より246ドル高い、黒人女性は773ドル高く、黒人男性は2,026ドル(車の価格に対し+9%)も高かった ⇒ 人種と性差別は度外視
車の販売員が使う3つの手口 ⇒ ①オプション、②下取り価格、③ローン契約
すぐに必要ないとわかるようなガラクタのオプションがあった方が便利だと売り込ませること、新車価格は据え置いて下取りをいかに高く印象付けるかを思案、月々の支払額に目を向けさせられればローン期間が長いほど儲かる
それ以上に、10%の顧客から50%以上の利益を上げていたのは、販売部門よりサービス部門の稼ぎが多かったから ⇒ 当初こそ保証でカバーされているが、一定期間後は有料
住宅購入でも同様のことが起こる ⇒ 60歳までに8割の人が持ち家を持っていて、平均の居住年数は24年
購入者の夢と現実の妥協、購入するカップルの間での合意内容、売買契約締結の諸費用(仲介手数料6%をどちらが負担するか、ローン金利や契約手数料など)
クレジットカードも同様 ⇒ カード保有者は消費が増えると同時に、価格的にも高額の支払いをさせられているほか、クレジットカード事業のあらゆる側面に潜むカモ釣りがある(商店が負担する手数料、利息、延滞手数料ほか)
第5章
政治でも見られる釣り
民主政治の理論は、自由競争市場の理論と似通っている ⇒ 均衡状態でカモ釣りが民主主義意をいかにひっくり返してしまうかを検討
08年の下院選挙では、全候補者の総選挙費用は1人平均200万ドル、現職は対立候補の2倍以上かけているし、上院議員は1,300万ドルかかっている
選挙資金を集めてテレビ広告に顔を出せば、政策とは無関係に有権者たちを釣ることが出来、そのコストは誰が負担しているのかなど思いつきもしない
基本的な経済学理論からいえば、釣りが無ければ経済競争は良い均衡を生み出すとされるので、競争的な民主選挙は良い結果をもたらす ⇒ 有権者が十分に情報を持ち、自分たちの選好に従って投票すれば、対立候補の2人の政策方針は均衡に達するが、実際の結果は釣りの影響でかけ離れたものとなっている。1つは情報カモで有権者は十分な情報を持っていないこと、もう1つは心理的カモで前述のテレビ広告などの訴えに反応することで、これら2つの要因によって政治的均衡が変化し、候補者たちの政策方針も有権者の選好の均衡から外れる
ロビイングと選挙資金、議会、利益団体との癒着は、カモ釣りが発生する絶好の環境となり、民主主義を脅かす
連邦政府へのロビイング以外にもずっと重要である可能性が高いのが、規制機関へのロビイングや、州政府、地方政府に対するロビイング
第6章
食品、医薬品での釣り
消費者運動がもたらした規制を、釣り師たちがいかに細工をして規制当局を釣るよう発展した経緯を説明
20世紀初めの10年間に2つの重要なPhishを防止するための法案が可決された
1つは06年の連邦食肉検査法 ⇒ シカゴの精肉屋に基づく小説『ジャングル』で、移民に対する低賃金奴隷労働を告発する目的だったが、肉の中に結核で死んだ牛のかもしれないものが混ざっていたりする内容で、精肉業者の肉に対する需要が半減した所からできた法律
もう1つが同年の純正食品・薬品法で、詐欺師がインチキ薬を売り込むのを防止するための法律
現代においても同様のPhishはみられる ⇒ インチキ食品産業や、製薬業界でもさらなる創意工夫によって厳しいFDAの規制をかいっくぐった薬品を開発している
第7章
イノベーション:よいもの、悪いもの、醜いもの
経済成長が主に技術変化とイノベーションの結果だというのは正しいが、新しいアイディアや技術イノベーションは同時に、新しカモ釣り手法を生み出している
1957年MITの経済学者ロバート・ソローは、経済成長の1/8は資本成長により、残りの7/8は技術変化によるものと結論付けたが、選択を広げてくれるあらゆる発明=技術変化が最善とは限らない
Facebookの利用者の中では愛憎相半ばする感情が渦巻く
どこでもランキングに人々は中毒 ⇒ 航空会社が提供するマイレージにある無数の階級はランキングの典型だし、ランキングにも愛憎相半ばする感情を持っている
たばこ巻き機 ⇒ 紙巻きたばこを作るために必要な労働力を大幅に減らした
第8章
たばこと酒と釣り均衡
ギャンブルとドラッグ、タバコと酒の4大中毒分野での濫用は、人生の厚生にとって大きな脅威であり、その脅威が現実のものとなっている
アメリカでは成人喫煙者の69%が禁煙したいと思っている
1500年代にヨーロッパ人が新世界でタバコを発見して以来、健康に与える影響が疑問視されてきたが、1950年代になってようやく断定できる統計的な証拠が出てきた
1880年代に紙たばこ巻き機が発明され、1900年に1人当たり49本/年だったものが、50年後には3,322本/年に急増、肺炎の蔓延と同時に発生、20年前の6倍18,000人に達した
肺がん患者が喫煙している可能性が高いという結果は受けれざるを得なかったが、タバコ会社は、喫煙と癌の関連性はまだ「証明」されていないという意見の科学者を探し出し、世間にはどちらが正しいかわからない状況を作り出した
優生学を信じ、癌は遺伝性だと主張し、大学の学長迄務めていた人物を見つけて来て、喫煙と癌との間には「科学的な論争」があるという新しい物語を作り出す
1964年ケネディの公衆衛生総監が報告書で、公式に喫煙が健康にとって危険だと定めた
それ以降50年にわたり大たばこ会社と反たばこ社会運動との間で闘争が続けられている
大たばこ会社は、各州が被った喫煙関連の健康問題による費用として2,060億ドルを支払ったが、それ以上の損害賠償は請求されないことを勝ち取った
酒をめぐる中毒はたばことは正反対のコンセンサスになっている
1930年代、当時はやっていた雑貨店チェーンの創始者W.T. Grantは、ハーバード大の学生の生涯を継続的に調べる調査に出資、39~44年卒の268人を選び、狙いは幸せな人生を決めるものが何かを発見することだったが、主要な発見は生涯におけるアルコールの役割 ⇒ 23%がどこかの時点でアルコール濫用者と診断され、7.5%がアルコール依存症(大半は慢性)に苦しんでいたことから、アルコール濫用が人格にマイナスの影響を与えることを実証
酒に入っているエタノール課税を倍にすると、その需要は40%下がるという推計があるが、連邦も州も課税は禁酒法終焉当時とほとんど変わっていない
飲酒運転に反対する母の会MADDも、アルコール濫用を抑える努力に成功している
第9章
倒産して儲けを得る
1986~95年のS&L(貯蓄貸付組合)危機に目を向ける
第10章 マイケル・ミルケンがジャンクボンドを餌に釣り
70年代と80年代のミルケンのLBOに頻発したジャンクボンド危機 ⇒ 不適切な格付機関の役割についての更なる例
第11章 釣りと戦う英雄たち
釣り理論の根拠にある、「自己中心的な日和見主義者は無制限に活動できる」という想定が完全には正しいわけではなく、Phishに対して声を上げ、社会運動を開始し、矯正力を動かし始める理想主義者がいるから、自由市場の均衡は耐え難いものにはなっていない
①
品質基準を計画して強制する人々 ⇒ 食品医薬品局の創設、小麦の等級付けと電気器具の認証
②
コンシューマー・レポート
③
ベター・ビジネス・ビューロー ⇒ 1776年のイギリスの「ガーディアンズ」が起源
④
製造者責任の判決 ⇒ 1910年のマクファーソン対ビュイック事件
⑤
各州の統一商事法典 ⇒ カモ釣りから買い手を法的に保護している
⑥
規制機関の存在 ⇒ 1887年創設の州際通商委員会ICC、消費者製品安全委員会CPSC、連邦預金保険公社FDIC、原子力規制委員会NRC
経済的行動のインセンティヴを重視するので、社会主義下のような「絶対的コミュニティ」は要求しないが、道徳コミュニティは不可欠であり、その中に個人行動の自由市場が置かれるべきだと言いたい。その道徳コミュニティは情報釣りに対する抵抗に成功してきた
第3部
自由市場の裏面
結論 自由市場の素晴らしい物語を見直そう
スリと手品師こそがPhishの根源 ⇒ Phoolが間違ったところに注目しているのを釣り師が利用する
自由市場は、人類最強のツールだが、諸刃の剣 ⇒ お互いに利益のあるものも作り出すが、相手の利益を犠牲にして自分だけが儲かるものも作り出す
あとがき:釣り均衡の重要性
経済学者たちがカモ釣りの実例を見れば、それを見分けられるしその原因も理解できるが、それがいつ、どのような形で起こるかについて、見通しを与えてはくれない
自由市場は高い生活水準をもたらすが、市場への賞賛が行き過ぎないようにしよう
不道徳な見えざる手 ジョージ・A・アカロフ、ロバート・J・シラー著
詐術に満ちた市場の問題点
2017/7/8付
日本経済新聞 朝刊
今日の経済社会では、心理や情報の操作によって人々は驚くほど頻繁に誤った判断を強いられている。本書は、合理的なはずの経済人に判断を誤らせる行為を「カモ釣り」と呼び、規制なき、自由な社会がいかにカモ釣りをする釣り師にとっての楽園となっているかを具体例をあげて解き明かす。
自動車や住宅の購入など、特別な買い物はカモ釣りの絶好の標的である。有害な食品や医薬品でも、カモ釣りが後を絶たない。金融市場ではカモ釣りが横行することで、深刻な危機を何度も招いてきた。カモ釣りは、今日いたるところに存在し、われわれの生活にさまざまな悪影響を及ぼしている。
賢明で誠実なはずの人々が、なぜたやすくだまされ、不道徳なふるまいをしてしまうのか。著者たちによれば、悪いのは釣り師や釣られる人々ではなく、カモ釣りを促す自由市場の経済システム自体だ。自由な競争市場には、イノベーションを創造し、社会に豊穣(ほうじょう)をもたらすだけでなく、相手を犠牲にして自分だけがもうかるための創意工夫を促す側面がある。その結果、経済システムには、多くのごまかしを生み出すメカニズムが広がっている。
人々の選択が、本人が望むはずのない選択であることが多いという視点は、標準的な経済理論とは大きく異なる。ただ、本書が自由市場の有用性をすべて否定しているわけではないことには注意が必要だ。むしろ、自由市場は、ほとんどの場合、適切に機能している。しかし、そのような市場への称賛が行き過ぎないことが肝要というのが著者たちの立場だ。
現代の経済学は、市場に欺瞞(ぎまん)や詐術が内在していることを十分に描けていない。本書の目指すところは、カモ釣りが存在する経済理論を一般性を持つ形で新たに構築することだ。具体例が中心で、記述も叙述的な本書が、これまでの研究が示すことができなかった一般理論を本当に提起できているかどうかに関しては、疑問をもつ研究者は少なくないかもしれない。しかし、ノーベル経済学賞を受賞した2人が、1冊の本を通じて改めて操作と詐術に満ちた市場の問題点を指摘し、新たな理論を構築することの必要性を論じた意義は大きいといえる。
原題=PHISHING FOR PHOOLS
(山形浩生訳、東洋経済新報社・2000円)
▼アカロフ氏は米ジョージタウン大、シラー氏は米エール大スターリング経済学教授。
《評》東京大学教授
福田 慎一
Wikipedia
略歴[編集]
- 1940年 アカロフはコネチカット州ニューヘイブンに生まれる。
- ニュージャージー州のローレンスビル・スクールで学ぶ。
- 1962年 イェール大学で学士号(B.A.)を取得する。
- 1966年 マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号(Ph.D.)を取得する。
- 1966年 - 1970年 カリフォルニア大学バークレー校で助教授となる。
- 1970年 - 1977年 カリフォルニア大学バークレー校で准教授となる。
- 1973年 - 1974年 経済諮問委員会のシニアスタッフ・エコノミストとなる。
- 1977年 - 1978年 カリフォルニア大学バークレー校で教授となる。
- 1978年 - 1980年 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで教授(Cassel Professor with respect to Money and
Banking)となる。
- 1980年 - 現在 カリフォルニア大学バークレー校でふたたび教授を務める。
- 1994年 - 現在 ブルッキングス研究所のシニアフェローとなる。
栄誉・受賞[編集]
- グッゲンハイム・フェローシップをうける。
- フルブライト・フェローシップをうける。
- 計量経済学会のフェローとなる。
- 政策改革研究所のフェローとなる。
- 全米経済研究所(NBER)の理事となる。
- 経済活動ブルッキングス・パネルのシニアアドバイザーとなる。
- 1985年 アメリカ芸術科学アカデミーのフェローに選ばれる。
- 1994年 カリフォルニア大学バークレー校から「最良卒業生アドバイザー賞」を受賞する。
- 2001年 ノーベル経済学賞を受ける。
- 2006年 アメリカ経済学会の会長を務める。
人物[編集]
- 父親はスウェーデン人、母親はユダヤ系でドイツ系のアメリカ人である。
- 母方のカリフォルニア州オークランド出身の曾祖父と祖父共にバークレー校の卒業生である。
- また、妻のジャネット・イエレンは同じくバークレー校経済学教授であり、クリントン政権時代にアメリカ大統領経済諮問委員会委員長を務めたほか、2004年から2010年までサンフランシスコ連邦準備銀行総裁、2010年からは連邦準備制度理事会(FRB)副議長、2014年からは女性として初めてFRB議長を務めるなど実務でも活躍している。
業績[編集]
- 新古典派経済学では均衡が自然に達成され、したがって自発的でない失業を説明できなかった。これはケインズが「一般理論」から問題にしていた問題であり、彼はなお「ニューケインジアン」(新ケインジアン経済学)に含まれる。
- レモン市場に関する研究で有名であり、情報の非対称性に関する研究でマイケル・スペンス、ジョセフ・E・スティグリッツ等と2001年ノーベル経済学賞を受賞した。
著書[編集]
(日本語翻訳) - (ロバート・シラーと共著)『不道徳な見えざる手』、山形浩生訳、東洋経済新報社、2017年
- (レイチェル・E・クラントンと共著)、『アイデンティティ経済学』、山形浩生・守岡桜共訳、東洋経済新報社、2011年
- (ロバート・シラーと共著)『アニマルスピリット』、山形浩生訳、東洋経済新報社、2009年
- 『ある理論経済学者のお話の本』、幸村千佳良・井上桃子共訳、ハーベスト社、1995年
略歴[編集]
·
1981年
- 効率的市場のついて、論文“Do
stock prices move too much to be justified by subsequent change in dividends?
”AERを書く。
·
2006年〜2007年
- 東部経済学会会長を務める。
·
2009年
- 金融経済学でDeutsche
Bank Prizeを受ける。
業績[編集]
主張[編集]
·
『根拠なき熱狂』(2000年)で株式のバブルについて警告し、第2版(2005年)では株式と住宅のバブルを指摘した。経済学者が間違ったのは、(1)過去10年から30年のデータに基づいており、(2)市場参加者の心理的要因を考える行動経済学を無視していた。
アベノミクス[編集]
·
拡張的な財政政策に対して、「財政支出を批判する人が多いが、ケインズ政策によって最悪の事態が避けられてきた面もある」と評価した。
·
消費増税に対して、「財政均衡を目指した刺激策」と認識し、「私は、このような債務に優しい刺激策を欧米も採用すべきだ、と主張している」と述べた。
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金融政策に対して、ケインズ経済学に立ち返れば、「ケインズ経済学に立ち返れば、『流動性のわな』(ゼロ金利となり、貨幣の需要が無限大になること)に陥ると、金融政策は刺激的な効果を持ちえなくなる。現在の量的緩和策はこれを超えて、長期金利も下げようとする政策だが、やはり金融政策だけでは効果は出ず、財政政策と併せるべきだということになる。」と述べた。
主な著作[編集]
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(ジョージ・A・アカロフと共著)『不道徳な見えざる手』、山形浩生訳、東洋経済新報社、2017年
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