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知ってるつもり  Steven Slomanほか  2018.7.14. 

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2018.7.14.知ってるつもり――無知の科学 The Knowledge Illusion ~ Why We Never Think Alone2017
著者 Steven Sloman 認知科学者(25年以上にわたり知性の働きを研究)。ブラウン大教授(認知、言語、心理学)。Cognition(認知)誌の編集長 Philip Fernbach 認知科学者。博士(認知科学)。コロラド大リーズ・スクール・オブ・ビジネス教授(マーケティング論:消費者の意思決定のあり方の研究)
訳者土方奈美 翻訳家。日本経済新聞記者を経て独立。米国公認会計士資格保有
発行日2018.4.10. 初版印刷4.15. 初版発行 発行所早川書房
を営まるのはなぜか? lインターネットを検索しただけで、わかった気になりがち l極端な政治思想の持ち主ほど、政策の中身を理解していない l多くの学生は文章を正しく読めていないが、そのことに気づいていない 人はなぜ、自らの理解度を過大評価してしまうのか? それにもかかわらず、私たちが高度な文明社会を営めるのはなぜか? 気鋭の認知科学者コンビが行動経済学から人工知能まで各分野の研究成果を総動員して、人間の「知ってるつもり」の正体と、知性の本質に挑む。思考停止したくない全ての人必読のノンフィクション

〆切本  左右社編集部  2018.7.31.

2018.7.31. 〆切本 拝啓 〆切に遅れそうです どうしても書けぬ。あやまりに文芸春秋社へ行く。
編者 左右社編集部
発行日2016.9.20. 第1刷発行9.30. 第3刷発行 発行所左右社
はじめに 本書は、明治から現在に至る書き手たちの〆切にまつわるエッセイ・手紙・日記・対談などをよりぬき集めた”しめきり症例集” 〆切と上手に付き合っていくための”しめきり参考書”

I章 書けぬ、どうしても書けぬ ~ 書けないときに書かすと云うことは、その執筆者を殺すことだ 田山花袋『机』⇒ 散々書けなくて周囲に当たり散らすが、ふと夜中などに興が湧いてきて、一人で起きてそして筆を執る。そのうれしさ! 筆と紙と心が一緒に動いていくばかり 夏目漱石 『文士の生活』⇒ 執筆する時間は別にきまりが無い。新聞小説は1回づつ書く。書き溜めておくとよく出来ぬ。日の当たる縁側で麦藁帽子を被って書くと、よく出来るようである 島崎藤村「パリより博文館宛の手紙」 ⇒ 『桜の実』の原稿はもう1か月待ってほしい1年遅れるが、物を書こうと思えば語学の稽古などにも身が入らず困りました 泉鏡花『作のこと』⇒ 春から夏にかけての若葉のころが一番いけない。真夏か真冬の極が書くにはいいようだ。昼より夜の方が筆が早い(ママ)、昼は時間の経過が気になる 寺田寅彦「円地与四松宛の葉書」 ⇒ 約束の原稿の期限が来たが、胃の具合が悪くて進まない。日支事件で新聞は満腹だろうから、自分の原稿は当分不要ではないかと想像する 志賀直哉「上司海雲宛葉書」 ⇒ 千客万来で忙しかったが、ようやく遊び相手がいなくなったので、制作欲を感じている 谷崎潤一郎『私の貧乏物語』 ⇒ 貧乏の原因は遅筆。体力がなく20分と根気が続かないのは若い時からの糖尿のせい。長いことかかって書いているといろいろ邪魔が入って、仕事も遊びもしんみりと身に着かないで、始終そはそはしてゐる 菊池寛『新聞小説難』⇒ 『陸の人魚』という新聞小説を書いているが、新聞小説地獄というほど一番苦しい。殊に、運びが行きつまつたりしたときの苦しみは、骨を刻むやうな苦しみである 里見弴『文藝管見』自序 ⇒ 自身作家しか能のない”平作家”だと思っているが、『改造』に1年間自身の文芸観を書くと約束したものの、どうにも筆が進まないままに締切を延ばしてもらったが、もうその期限も来ている 内田百閒『無恒債者無恒心』⇒ 台所から…

いじめの政治学  中井久夫  2018.7.14.

2018.7.14.中井久夫集61996~1998 いじめの政治学
著者 中井久夫 1934年奈良県生まれ。京大医卒。神戸大名誉教授。精神科医。『カヴァフィス全詩集』の翻訳で読売文学賞、エッセー集『家族の深淵』で毎日出版文化賞。昨年から刊行が始まった中井久夫集は全11巻の予定
発行日2018.4.10. 第1刷発行 発行所みすず書房
Ø1996年1月・神戸(1996年) 震災1周年を迎えた雑感。見ると聞くは大違い 被災地は情報の窪地 貧富の差がハサミ状に拡大 ⇒ 社会的なパワーを持ち人脈の広い人とそうでない人の格差 阪神大震災は死者6,300人の災害として理解されるべきではなく、3連休明けの午前6時前に死者6,300人の災害とされるべき ⇒ 午前10時に襲ったら、午後5時半に来たら被害の形態がどうなるかを予測するシミュレーションをやっておくべきであり、必要なのは現実に直面する勇気だけ
Ø喪の作業としてのPTSD(1996年) 阪神大震災において、精神科医は大量のPost Traumatic Stress Disordersに直面 元々の理解は、精神分析学でいう「喪の作業」、即ち大切に思う人の喪失の後に、その耐え難く、取り返しがつかない空虚さを消化していく、苦渋な心の過程そのものではないかということ PTSDという言葉は、1980年米国の精神医学の診断基準DSM