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ダーティ・シークレット  Richard Murphy  2017.12.12.

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2017.12.12.ダーティ・シークレット タックス・ヘイブンが経済を破壊する Dirty Secrets ~ How Tax Havens Destroy the Economy2017
著者 Richard Murphy イギリスの公認会計士。「コービノミクス」の立案者。2015年にシティ大学ロンドンの国際政治経済学科の実務教授に就任
訳者 鬼澤忍 埼玉大大学院文化科学研究科修士課程修了
発行日           2017.10.6. 第1刷発行 発行所岩波書店
タックス・ヘイブンでの秘密取引による公正な競争の阻害が非効率を生み、経済発展を損なわせる。脱税より恐ろしい秘密主義の弊害が本書で今や明らかに。パナマ文書の暴露を受け、課税当局の動きもある中、独自調査による秘密度指数ランキング、金融資本主義の実態を見据えた提言は必見

はじめに 本書はパナマ文書を受けて書かれたが、その詳細には立ち入らず、タックス・ヘイブンの対策が講じられてから20年が経ったにもかかわらず依然として隆盛を誇っているように思える理由を説明する タックス・ヘイブンの基本的な目的は3つ ①社会のエリート層が浴する恩恵に関わるルールを骨抜きにすること ②民主的に選ばれた政府が有権者の期待する政策を実行するのを妨げること ③世界中で所得と富の集中度を高めること 未だにタックス・ヘイブンが存在している理由 ①政府や運動家は税制の問題をあまりにも重視しすぎてきたが、タックス・ヘイブンが引き起こす難題ははるかに広い範囲に及んでいる ②主要国の政治家の多くがタックス・ヘイブンでの不正な活動をやめさせるのを躊躇うのは、そうした活動の多くが自分の後援者に支持されているように思えるばかりか、自分が管轄する法域でもその手の活動が多少なりとも見られる場合が多い ③政治家はタックス・ヘイブンが我々の生活様式にとってどれほど大きな脅威となるかを理解してこなかった 多くの国がタックス・ヘイブン・ギャップに目をつぶり、不正行為によって莫大な未徴収税があることを追求しようとしない ほぼ全ての経済主体が混ざり合っている世界では、市場が最大限力を発揮することが重要だが、タックス・ヘイブンの存在が故意に状況を不透明にし、富の所有権を集中させることによって、市場の公正な競争と成長を阻害している タックス・ヘイブンの不正行為を取り締まるための措置は、主としてOECDによ…

渋カジが、わたしを作った  増田海治郎  2017.12.11.

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2017.12.11. 渋カジが、わたしを作った 団塊ジュニア & 渋谷発 ストリート・ファッションの歴史と変遷
著者 増田海治郎 ファッションジャーナリスト。1972年埼玉県出身。神奈川大学卒業後、出版社、繊維業界紙などを経て、2013年にフリーランスのファッションジャーナリストとして独立。「GQ JAPAN」「Men’s Precious」「LAST」「SWAG HOMMES」「毎日新聞」「Fashionsnap.com」などに定期的に寄稿している。年2回の海外メンズコレクション、東京コレクションの取材を欠かさず行っており、年間のファッションショーの取材本数は約250本。メンズとウィメンズの両方に精通しており、モード、クラシコ・イタリア、ストリート、アメカジ、古着までをカバーする守備範囲の広さは業界でも随一。仕事でもプライベートでも洋服に囲まれた毎日を送っている
発行日           2017.3.7. 第1刷発行 発行所講談社
はじめに 第2次大戦後の日本の若者ファッションの歴史は”アメリカへの憧れ”の積み重ね。戦後まもなくかつての敵国という複雑な感情を隅っこに置き去りにして、多くの若者は続々と入ってくるアメリカの文化、ファッションを夢中になって追い掛けてきた 1950年代の太陽族、60年代のみゆき族、60年代後半から70年代前半のヒッピー、70年代後半に『ポパイ』が仕掛けた西海岸ブーム、80年代中頃から90年代前半にかけて流行した渋カジ、90年代のヴィンテージ・ブーム、そして08年頃からリバイバルした東海岸トラッド、12年にリニューアルした『ポパイ』が仕掛けたシティボーイ ブリティッシュ、フレンチ、モード、国内デザイナーなどに主役を奪われた時期もあったが、時代を10年毎に区切れば、アメリカンカジュアル=アメカジをベースにしたファッションが廃れることはなかった 戦後のアメカジの歴史の中で最大規模の流行だったのが「渋カジ」 85年頃に渋谷のセンター街で自然発生的に生まれたこのストリート・ファッションは、その頃から渋谷に爆発的に増えたインポートショップ(セレクトショップ)と『ポパイ』や『ホットドッグ・プレス』などの雑誌の後押しを受けて、東京から全国に拡散 67~77年生まれが担い手だったが、その中心にいたのは71~74年生まれの団塊ジュニア世代で、その多くが男女共通の流行として…