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ゼッフィレッリ自伝  Franco Zeffirelli  2018.10.20.

2018.10.20. ゼッフィレッリ自伝 The Autobiography of Franco Zeffirelli1986
著者 Franco Zeffirelli
訳者 木村博江 1941年生まれ。ICU教養学部卒。翻訳家。訳書にマグリーヴィ編『グレン・グールド変奏曲』ほか
発行日1998.1.30. 初版 発行所東京創元社(創元ライブラリ)

私生児だった彼は、パルチザンとして戦時を過ごし、その後出会ったヴィスコンティとの愛憎劇を超えて、オペラと映画の世界で頂点を極める。カラス、ドミンゴ、トスカニーニ、シャネル、リズ・テイラー……等の、彼にしか語れない素顔、オペラ演出の内幕。世界的なオペラ演出家・映画監督の小説より面白い自伝(解説より)
はじめに 私は3度死にかけた。2度は機銃掃射で、1度は車の事故で だから私が神の存在を信じ、運命について迷信に近い拘りを持っているのも当然 その一方で、命には限りがあるという事実が受け入れられず、多くの人々のように、死ぬことはあるまいと漠然とした期待に寄りすがっている 自分の人生を語ることには疑問。人々は真実を大幅に隠し、良いことだけ披露して自分の過去に手直しをする。だとすれば、日々の記憶や時代の歴史に何の価値があろう 今回それをしようとするのは、対話相手とインタビューを繰り返す方式で自分の記憶を確かめながら事実を正確に伝えようと試みた 人々に対する記憶には現在私がその相手に感じる感情によって色が付けられたし、辿って行くと、現在嫌っている相手も過去には愛していたことを実感 私にとってこの本の価値は、自分自身と自分の記憶、そしてそれに対する自己の反応の再認識にある ⇒ 言い換えれば、読者が社会や演劇の歴史、あるいは有名人の素顔を覗き見する以上に価値があると思えるものを残すための作業だったと思いたい

ウールや絹の商売で財を成した父親が、ファッション・デザイナーに産ませたのが私 あちこちに女を作り、何人もの子供を産ませていた。母も夫が結核で瀕死の状態にある中の不倫であり周囲からは祖母になる年頃に子供を作ることを反対されたが、産むことを決断したため、夫の姓はもちろん、母親のせいも名乗ることを認められず、書類上では名無しとされ、フィレンツェの中世から伝わる法律によって、私生児にはAからZまでのアルファベットの順番に従い、日によって違う頭文字の名前を付けられた。母は…