10万個の子宮  村中璃子  2018.9.7.


2018.9.7. 10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか
A Hundred Thusand Wombs

著者 村中璃子 医師、ジャーナリスト。一橋大社会学部卒。同大学院社会学研究科修士課程修了後、北大医学部卒。世界保健機構西太平洋地域事務局の新興・再興感染症チームなどを経て、現在現役の医師として活躍するとともに、医療問題を中心に幅広く執筆中。京大大学院医学研究科講師として、サイエンスジャーナリズムの講義も担当。2014年に流行したエボラ出血熱に関する記事は、読売新聞「回顧論壇2014」で政治学者・遠藤乾氏による論考3選の1本に選ばれた。17年の子宮頸がんワクチン問題に関する一連の著作活動により、科学雑誌『ネイチャー』などが共催するジョン・マドックス賞を日本人として初めて受賞。本書が初の著書

発行日           2018.2.7. 初版第1
発行所           平凡社

はじめに
日本では毎年、子宮頸がんによって3,000の命と10,000の子宮が失われている
世界では毎年、53万人が新規に発症し、27万人が命を落としている
現在、予防ワクチンが世界130か国以上で使われ、接種率を挙げた国では撲滅が進む
20134月 子宮頸がんワクチンは、日本でも定期接種(recommended vaccine)
同年6月 「積極的な接種勧奨の一時差し控え」を政府決定 ⇒ 厚労省の専門家の評価でも、ワクチン接種の副作用とされる症状は、無関係の症状の「紛れ込み」(身体表現性障害)と判断したが、マスコミが副作用と言われる症状を大きく報道し、政府もサイエンスよりも感情を優先したことと、14年初頭に病名まで作って「薬害」として医者が訴えたために、差し止めを決定
167月には、世界初の子宮頸がんワクチンによる被害に対する国家賠償請求訴訟提起
医師として、守れる命や助かるはずの命を徒に奪う言説を看過できずに本書を執筆
3年前から取材し、15年『子宮頸がんワクチン再開できず日本が世界に広げる薬害騒動』を発表。反ワクチン論者からの激しい抗議にあいながら、続編を出し続けたが、トラブルを避けたいメディアからは距離を置かれ、発表の機会が失われた
17年科学雑誌『ネイチャー』が主催する、ジョン・マドックス賞受賞。『ネイチャー』誌の編集長を22年務めた人物の名を冠した賞で、困難や敵意に遭いながらも公共の利益のためサイエンスを世に広めた人物に与えられるもの
国賠は10年かかり、結論が出るまでは接種再開を決断する首相は出ないと言われることから、政府のいう「一時」差し控えることになると、まだ10万個の子宮を摘出し続けることになる
この本はいくつもの出版社の手に渡り、評価されながらも刊行までに2年を要した。真実が何であるのかを正しく判断して、背景に広がる闇を見ることを通して、一つでも多くの命が守られるきっかけとなることを願う

序章 並べられた子供たち
記者会見した「被害者の会」は、健康被害を受けた少女たちを前面に出して、国と製薬会社2社に対し945百万円の損害賠償を求める集団訴訟を提起した ⇒ メディアは写真入りで報じたが、日本中の大多数の医師が子宮頸がんワクチン薬害説に疑問を感じているという事実を報じたメディはなかった
ワクチンには2種類、グラクソが00年に出した「サーバリックス」とMSD11年から販売した「ガーダシル」で、日本では、07年頃から「ワクチン後進国」との批判の中、海外でも新しいワクチンであったにもかかわらず、小児用肺炎球菌ワクチンなどとともに、人類史上初のがん予防ワクチンとして、13年に定期接種化された ⇒ 接種対象年齢の少女に無料で接種したため接種率は70%に達したが、政府の突飛な方針転換により1%に激減
日本政府の政策判断は、WHOからも過去3回名指しの批判を受けている
子宮頸がんは」、欧米ではマザーキラーと呼ばれ、摘出が必要な「浸潤がん」として診断される新規患者が年間1万人というのが実態
子宮頸がんワクチンは、正確には「HPVワクチン」といわれ、ドイツ人医師ハウゼン教授らによるウィルスの発見に基づいて開発されたワクチンで、人類叡智の結晶であり、ハウゼン教授は08年ノーベル賞受賞
現行のワクチンでは全子宮頸がんの約65%を防ぐし、14年新開発の「九価ワクチン」では90%の予防効果が期待できる
ワクチンに反対する人の主張の誤り:
1.    HPVに感染してもがんになる人はごく一部なのでワクチンは不要 ⇒ 感染すれば誰でもがんになるリスクを負う。生涯1人のパートナーで性行為が1回でも感染のリスクはあるので低層の問題ではなく、普通の人生を送るうえで避けられない生殖医療の問題
2.    子宮頸がんになっても初期で見つかれば子宮も命も助かるから検診だけで十分 ⇒ 検診で発見しても罹患は防げないし、初期で見つけて子宮の入り口(頸部)を切り取る手術をしても、妊娠・出産・性行為に支障をきたすし、なにより再発の恐怖から逃れられない
3.    子宮頸がんワクチンには、HPV感染や前がん病変を防ぐ効果は認められているが、がんそのものを防ぐ効果は確認されていないので、がんを予防する「子宮頸がんワクチン」というのは誇大広告 ⇒ 治験の過程で参加者に前がん病変が見つかった場合、治療せずに放置することは医療倫理上許されないので、このワクチンを評価するためにもがんそのものの代わりに「前がん病変」をエンドポイントとすることは国際的なコンセンサスが得られている
4.    「被害者の会」の患者の惨状を見れば、薬害は明らか ⇒ なんでも根拠なしに薬の被害とする

第1章        子宮頸がんワクチン問題とは何か
159月専門家らによる厚労省の予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会で、子宮頸がんワクチンについて再度議論された結果、「重篤な副反応の多くは心的なものが引き起こす身体の症状」とする見解は覆さなかったが、一時差し控えという奇妙な判断も継続となった
小児科医や精神科医によれば、被害者と主張する患者の症状や経過は、この年齢の少女たちによく見られる症例という ⇒ 「過剰適応」と呼ばれる精神状態があって、いわゆる「いい子」が期待に応えたいという思いや認められたいという思いが強く自分の欲求や不満を言葉で表現することが出来ない場合に多く見られる症状。「クララ病」と言って『アルプスの少女ハイジ』に出てくる車いすに乗ったクララという少女
ワクチンが薬害のように騒がれた例は、1998年のMMRワクチンが有名 ⇒ MMR(麻疹、おたふく風邪、風疹)のワクチンと自閉症の因果関係を主張したが認められずに論文が撤回された(後述)
149月日本線維筋痛症学会の「子宮頸がんワクチン」セッションは、被害者の会とメディアで会場が埋まり、HANS(子宮頸がんワクチン関連神経免疫異常症候群)について議論が高まる
HANSは、ワクチン接種で狂った免疫系が引き起こす自己免疫による「脳障害」で、脳がやられているから自律神経障害というありとあらゆる症状を引き起こし、診断の基準となる検査所見も科学的なエビデンスもないが、「多彩な臨床症状からそうとしか考えられない」というもので、「自己免疫」や「脳障害」の存在も仮説なら、その発症機序も仮説で、実体のあるものが何もない
HANSの特徴は、「接種から経過した時間は問わない」と言い、「一度なってもまたなる」とか「数多くの症状があり、出たり入ったりする」といい、極めて広範な症状や経過を含む症候群だという。責任病巣は中枢神経で、原因は基本的にはアジュバント(免疫反応を高めるために添加される微量のアルミニウムなど)しか考えられず、脳内に存在するミクログリアが活性化して、免疫のシステムが全部狂うという
これらの仮説を主張する根拠は、科学的なエビデンスではなく、豊富だという臨床経験のみだが、研究内容が科学的に意味のあるものとして初めて認められるのは、データを積み上げて仮説を立証し、査読者のいる専門誌に受理され、再現性が示されたときであり、そういうことしか考えられないという意味の証拠しか提示できないので医学界は懐疑的
HANSを主張する医師が処方しているのは、高齢者の認知症治療に用いられる薬で、小児に対する治験は行われておらず、小児への安全性は確認されていない ⇒ 保険対象外
ステロイドは作用が強いので必要がなければ特に子供には使いたくない薬の1つだが、大量のステロイドを静脈点滴する「ステロイドパルス」もHANSの標準的な治療とされるし、自己免疫の原因となる自己抗体を除去しながら全身の血を濾()して入れ替える血漿交換療法も、体への負担が大きいのみならず1100万円もするのに用いられ、さらに極めつけは慢性の痛みを訴えている子供に行われる「脊髄電気刺激療法」という硬膜外に電極を埋め込み、痛みを脳に伝える物質を減らし、痛みを軽減させるという治療法
アメリカでも、ワクチンを打ったら精神遅延になったと訴えられた共和党の元大統領候補だった女性議員が、子宮頸がんワクチンを危険なワクチンだと主張したが、直後に小児科学会が発言には科学的根拠がなくワクチンは安全だと声明を発表したために、ワクチンの接種率は下がり続けてはいるものの、15年の初回接種率は女性で65%、男性で56
HANSを提唱するのは、難病治療研究財団と日本線維筋痛症学会の理事長だが、同一人物で、自らが組織する学会での研究発表のみ
かつてアジュバントによる免疫異常が起こると言われたワクチンがあった ⇒ B型肝炎ワクチンで、マクロファージ筋膜炎を引き起こすと言われたが、世界中の専門家が調査を行い、因果関係のないことが否定され、それでもワクチンの安全性を疑う声は収まらず、WHO99年、02年、04年と3回にわたり危険性を繰り返し否定した結果、今日では世界中で広く接種されている。日本でもワクチンラグを乗り越えて16年定期接種に

第2章        サイエンスが暴いた捏造
1.    名古屋市の調査結果とメディアの世界
15年末、名古屋市大大学院医学研究科が名古屋市で中3~大3の女性7万人を対象として行った子宮頸がん予防接種調査で、ワクチンによる副反応を疑うとされた24の症状について、接種群と被接種群で比較、15症状で接種群が少ないという結果が出た
1512WHOのワクチンの安全性に関する諮問委員会が、子宮頸がんワクチン安全声明を出し、日本の対応についてわざわざ一段を割いて、「薄弱なエビデンスに基づく政治判断は、安全で効果のあるワクチンの接種を妨げ、真の被害をもたらす可能性がある」と警告、政治的に配慮した表現を重視する国際機関が、1国だけ名指しで政策批判を行うのは珍しく、日本の小児科学会も産婦人科学会も「恥ずかしい限り」としている
声明の最大のポイントは、フランスの医薬品当局の解析結果で、200万人を対象にギランバレー症候群の発症を除くすべての症状の発症率に有意差がないと結論
声明にも拘らず、日本のメディアで取り上げた所はない
166月名古屋市大の中間報告速報がウェブサイトから削除され、集計結果の数字だけにとって代られ、解析結果も削除された ⇒ 被害者の会の要望で名古屋市が始めた調査にも拘らず、要望通りの結果が出なかったために実質葬られた形となった

2.    3.16池田班発表の衝撃
163月以降、遺伝子や白血球型に関連との報道が相次ぐ
厚労省は、常設の副反応検討部会とは別に子宮頸がんワクチンの副反応を2班で研究させている ⇒ 「池田班」による薬害の観点からの研究では、特定の遺伝子が免疫異常による脳炎などを起こしていたと発表したため、メディアが飛びついたが、遺伝学者や統計学者が関与していないかのような重大なミスリードがあり、さらに班長の池田信州大教授の説明でも遺伝子の影響が大きいと断言しているが確たる根拠が示されていない
厚労省は、「このデータからは、ワクチンと記憶障碍との因果関係は証明できず、この遺伝子を持っている人にワクチンを接種した場合、記憶障碍を起こす可能性が高いとも言えない」との見解を発表
164月には、日本小児科学会はじめ17の学術団体により、「子宮頸がんワクチン接種推進に向けた関連学術団体の見解」と題した共同声明が出され、国内外の疫学データをもとにワクチンの安全性を確認し、専門的見地から子宮頸がんワクチンの積極的な接種を推奨したが、メディアの扱いは小さく、政府も接種再開を宣言する気配はない

3.    捏造発覚
先の池田教授は上昇志向が強く、メディア出演が好きで、一旦学部長選で落選したあと復活、学長選まで行きまた落選するも「特命戦略(地域医療)」として副学長に就任
池田教授の発表内容は完全に捏造であり、アカデミアに不正に迅速に対応する制度がないことや、科学が専門外の人に分かりにくいことを利用した、科学者として許しがたいもので、筆者がウェブ『Wedge Infanity』で『子宮頸がんワクチン薬害研究班に捏造行為』として公開し、池田氏は医学部長を辞任
168月池田教授から名誉棄損の訴えを提起される
告発によって信州大は第3者委員会を立ち上げ調査した結果は、不正行為はないとしながらも、予備実験の結果を断定的に発表し世間に誤解を与えた責任は重いとして池田教授に猛省を促すというもの
1611月には厚労省が異例の厳しい見解を発表、池田班への研究費補助を遺憾とした
翌月、池田氏は医学部付属病院に移り、JA長野厚生連から自身の給料に当たる寄附を受け、病院内の難病診療センターで子宮頸がんワクチン接種後の患者の診療を担当する特任教授となるばかりか、「研究費」という名目で子宮頸がんワクチンの副反応とされる症状にも用いられる医薬品を製造販売するキッセイ薬品から1015年に160百万円の寄付を受け付け、16年に更新されて次の5年も150百万円となっている
171月厚労省は池田班の評価委員会を開催、異例の本人ヒアリングを行い、「40点中24点」と最低の評価を下し、補助金を450万円から364万円に減額。HPにも掲載

第3章        子宮頸がんワクチン問題の社会学
1.    科学を伝える
サイエンスジャーナリズムの講義 ⇒ 科学の成果をどう「伝える」か、専門家として取材を受け記事を書く人に伝えることと、専門家に取材し一般の人たちに分かりやすく伝えることの2通りの意味がある
書かれる人が書く人のことを知れば、もっとうまく書き手に科学を伝えられるようになるし、書く人も書かれる人のことを知れば、もっと科学を誠実に伝える記事を書くようになる
子宮頸がんワクチン問題の報道は、159月副反応を訴える人たちへの「救済」が始まり、厚労省が「追跡できた人の9割は治っている」と発表したことがきっかけで、「1割は治っていない→子宮頸がんワクチンは危ない」ということになった。なぜこのようなことになるのかは、被害者の会とマスコミがギヴアンドテイクの関係にあるからで、記事化を望む相手から積極的に提供された情報を、「調査報道として自らが積極的に問題提起している」という意識で記事化し続ける結果に
厚労省の姿勢は変わらない ⇒ 15年に新たに立ち上げた「祖父江班」が、全国の診療科18千余りを対象に、15年後半の6か月に子宮頸がんワクチンの副反応といわれる約20の症状の1つにでも罹患したとされる1218歳の患者を調べたもので、接種しなかった女子は10万人に20.4人、接種した女子では27.8人と推計。有意差も年齢補正の必要にも触れず、ただ「単純な比較はできず、接種と症状との因果関係も言及できない」としただけ。この結果は、「ワクチン接種しなかった者においても、接種後に報告されている症状と同様の症状を呈する者が一定数存在した」という、過去の報告と同じもので、厚労省も先へと踏み込まず、何のために更なる時間と国費を投入した理由が不明
子宮頸がんワクチンは世界約130か国で承認され、71か国で女子に、11か国で男子も定期接種となっている。男子にも接種するのは、肛門がんや咽頭がん、陰茎がんの予防にもなり、女性の多くが男性パートナーから感染するから
メディアの中には、集団訴訟の原告団が祖父江班の結論の無効性を訴えた会見についてわざわざ、祖父江班の調査結果発表よりも大きく扱った新聞も多かった ⇒ 報じるべき情報と報じるべきでない情報をサイエンスとファクトに基づく評価をして社会に伝えるのがメディアの本来の姿であるべき
アカデミアもまた、守秘義務や患者への配慮、研究の自由などを理由に、HANSとの正面対決を避けてきた。信州大学も科学不正や研究者としての倫理に関して先頭を切っていたはずなのに、本件に関しては池田氏を解任するでも処分するでもなく氏の主張に沿った再就職ポストまで用意している
厚労省も、池田班宛の研究費を、減額しながらも支給している
関連する学術団体や研究グル-プは、池田班の研究方針や研究内容の根本的な是正や班長の交代も求めるなど、アカデミアとしての責任を具体的に果たすべき。アカデミアの自浄能力が問われる正念場

2.    「ウェイクフィールド事件」と反知性主義
薬害スクープで名を挙げたイギリスのジャーナリスト、ブライアン・ディアがスクープしたワクチン史上に暗く輝く薬害「デマ」のスクープ
1998年イギリスの消化器外科医ウェイクフィールドが、麻疹、おたふく風邪、風疹を予防するMMRワクチンが自閉症を起こすことを示唆するデータを医学誌に発表 ⇒ 炎症性腸炎の子供12人に自閉症を思わせる行動異常が見られ、そのうち8人がワクチン接種から2週間以内に症状が現れているというもので、ワクチンが免疫異常を引き起こしているので、3種のワクチンを別々に分けて接種すべきと主張したため、薬害を信じた家族が集団訴訟を提起、さらにこの動きはヨーロッパ中に広がり、アメリカまで飛び火
ディアが12人の診療データと病理データを比較したところ、データ改竄を発見
集団訴訟で儲けようとした弁護士がウェイクフィールドに頼んで都合のいいデータを捏造させた結果で、04年のディアの記事によりワクチン接種率とワクチンへの信頼は回復していったが、着目すべきは、ディアがその後も調査と報道を続けウェイクフィールドの責任を追及し続け、うやむやに終わらせなかったこと
ただ、科学不正の認定には長時間を要し、論文の全文撤回は2010年で、ウェイクフィールドは医師免許も剥奪され、ディアは翌年英国プレス賞を受賞
薬害データ不正の事実が明らかになり、世界中の科学者がウェイクフィールドの説に再現性がないことを示した今日でも、薬害を信じる人や自閉症の子を持つ親たちにとってウェイクフィールドは神格化された存在で、ディアは攻撃の的
日本では、1988年に3本の別々のワクチンとして使われ、89MMRワクチンが承認されたが、製造に問題があって使用禁止となったため、ウェイクフィールド事件を知らない
今回の子宮頸がんワクチンに対する未曾有の反ワクチン運動は、日本社会が「薬害デマ」に対する免疫を持たないからとも言われる
16年トランプは大統領選キャンペーン中に支援者の会合にウェイクフィールドと反ワクチン運動家を招待、元々14年にもツイッターでもMMRワクチンが自閉症を引き起こし危険だといった投稿を行い自閉症の子を持つ親たちの賞賛を獲得していた
ウェイクフィールドは、処罰にもめげずに、16年には《Vaxxed――隠蔽から破滅まで》というドキュメンタリーを制作、従来からの主張を繰り返した
自閉症の子を持つロバート・デ・ニーロが自身主催するトライベッカ映画祭でこの映画を上映しようとしたが、全米小児科学会の抗議を受けて取り下げとものの、その後もメディアでワクチンと自閉症の因果関係を主張し続けたために、反ワクチン感情に火をつけ、それを追い風に映画は全米で上映され政治家や市民団体の支持を獲得。トランプは大統領就任舞踏会にもウェイクフィールドを招き、世界中の医師や科学者に衝撃を与えた
デ・ニーロは反トランプとして有名
トランプは、新政権でワクチンの安全性を問う新委員会の設置を検討、民主党で反トランプだがロバート・F・ケネディJr.に委員長を打診 ⇒ ケネディJr.は水銀ベースのワクチン添加物「チメロサール」と自閉症の関係を主張する人物として有名、薬害の証明はないがチメロサール入りのワクチンは01年市場から消えている
アメリカにおけるワクチンは、自分が病気に罹らないためではなく、人にうつさないためという観点から、多くの州で事実上義務化されている。ワクチン接種歴の証明書がないと義務教育の公立学校にすら行くことが出来ないが、個人の信条に基づきワクチンを拒否する権利の一環として、ホームスクーリングが認められ、学校で進化論を教わることを嫌って約200万人が家庭で教育を受ける
反トランプの左翼系反ワクチン論者は、大きな製薬企業や医師・科学者といった専門家に対する反知性主義的な立場から、標準医療に疑念を抱き、代替医療やオーガニック食品を好む傾向にある人たち。反知性主義とは、「権力」と結びつく知性を敵視し蔑む
子宮頸がんワクチンへの不安や恨みは、子宮頸がんで命や健康を失なった悲しみを上回るエネルギーを持つところから、日本では行政もメディアもアカデミアも思考停止したまま
科学への「口封じ」としての訴訟 ⇒ 日本の名誉棄損訴訟では、被告が敗訴することが圧倒的に多く、「訴えたもの勝ち」の法制度は、科学不正を指摘する声を委縮させ、科学不正をごまかすための温床ともなる。「科学と司法の分立」を真剣に議論すべきだろう
ワクチンサイエンスもワクチン行政も、ビジネスとの微妙なバランスの中で進歩する。「病気にならない」という未来のベネフィットは見えずらく、「病気になる」という現在のリスクは、製薬会社と医師と国はグルだという陰謀論と結びついてクローズアップされやすい

終章 母と子
わが子の病気の原因を見つけ、治療法を探してやりたいと思う親の気持ちの前に、科学や医者の説明は驚くほど無力
ただでさえややこしい思春期に接種する子宮頸がんワクチンの場合問題は複雑。親の子を思う気持ちは、時に子供を苦しめ、時に癒すこともある
大人が子どもと向き合うことの意味を考える
神経内科は、精神科領域から神経で説明できそうなことを探す学問で、日本の薬害訴訟の歴史は神経内科学と共にある
日本ワクチン訴訟の基礎である白木(元東大医学部長)4原則 ⇒ ワクチンとの因果関係:
    ワクチン接種と接種後の事故(疾病)が時間的・空間的に密接していること
    疾病についてワクチン接種以外の原因が考えられないこと
    接種後の事故と後遺症が原則として質量的に強烈であること
    事故発生のメカニズムが実験、病理、臨床などの観点から見て科学的・学問的に実証妥当性があること
HANSはこの範疇に入らないが、HANSは治らないし、再発するといった報道が、患者の治療の大きなハードルになっている
被害者の会は、患者会だからどうやったら治るのかという情報を共有するはずなのに、治るって言ったらいけないので、完治した子でもいえない。ましてや、ほとんどが母親の会、それもワクチンのせいだと思い込んでいる母親の会になっているので、子供が自分の母親にも正直を話せない

あとがき
177WHOの諮問委員会は、子宮頸がんワクチンの安全性に関する声明を出し、3回目となる日本の現状への懸念を示した
今回はギランバレー症候群の発生リスクすら否定している
178月コロンビアで世界2番目となる国賠開始、まさに日本からの薬害騒動輸出
子宮頸がんワクチン問題は医療問題ではない。日本社会の縮図であり、女性のライフサイクル全般に関わり、市民権と社会運動、権力と名誉と金、メディア・政治・アカデミアの機能不全、代替医療と宗教、科学と法廷といった社会全般にかかわる問題であり、真実を幻へといざなう負の引力を帯びている




2018.3.11. 朝日
書評)『10万個の子宮』村中璃子〈著〉 『反共感論』ポール・ブルーム〈著〉
メモする
 専門家に求められる冷静な判断
 「他のシンポジストは患者を診ていない!」。子宮頸(けい)がん(HPV)ワクチンに反対する医師が、日本小児科学会のシンポジウムでワクチンを支持する登壇者たちに放った言葉である。
 子宮頸がんワクチンは二〇一三年四月に厚生労働省が定期接種を導入したが、副反応があるという訴えを受けて、わずか二カ月後に接種勧奨を撤回した。結果、接種率は七〇%から一%に激減してしまった。これによる将来的な患者数の増大は相当なものになる。
 『10万個の子宮』の著者・村中璃子は、客観的なデータに基づいて、ワクチンに反対する医師らを批判し続けてきた。しかし反対派の活動は執拗(しつよう)で根強く、村中の記事が差し止められたり、名誉毀損(きそん)で訴えられたり、有形無形の圧力が深く広く進行している。
 このような危機的状況を招いた原因は、当「朝日新聞」を含むマスメディアの報道姿勢にも問題があるが、ぼくが一番気になるのは、医師の言動である。科学的であるべき専門家が、なぜ疑似科学的な反ワクチン運動を主導するのか。
 その鍵のひとつが、冒頭の医師の発言ではないかと思う。彼らは、ワクチンを接種した少女たちが激しい心身の不調に苦しむのを目の当たりにして、なんとかしなければという義憤にかられているのではないか。
 しかし、医師が患者に過度の思い入れを持つことは、むしろ弊害が大きい。専門家には、客観的で冷静な判断も求められる。
 ポール・ブルームの『反共感論』は、このような情動的共感はむしろ害が多いと説く。情動的共感は対象の範囲が狭く、それ以外の出来事への配慮を阻害する。つまり、自分にとって都合のよい事例についてのみ注目し、それ以外を切り捨てるようにはたらくのだ。
 これは二五〇年ほど前にアダム・スミスが説いたところと大きく変わるものではない。同じ見解が未(いま)だに有効とは、ぼくたち人間は、なんと進歩しないことか。
 評・佐倉統(東京大学教授・科学技術社会論)
     *
 『10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』 村中璃子〈著〉 平凡社 1728円
 『反共感論 社会はいかに判断を誤るか』 ポール・ブルーム〈著〉 高橋洋訳 白揚社 2808円
     *
 むらなか・りこ 医師、ジャーナリスト。ジョン・マドックス賞受賞Paul Bloom 米イェール大心理学教授。


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