お言葉ですが。。。。 第4巻 広辞苑の神話  高島俊男  2012.9.2. 


2012.9.2. お言葉ですが。。。。 第4巻 広辞苑の神話

著者 高島俊男

発行日           2003.5.10. 第1
発行所           文藝春秋(文春文庫)

初出 『週刊文春』 1998.8.27.1999.9.2.

広辞苑神話
1.        砒素学入門
もともと砒素は用途の広い薬物
和歌山の前は、明治29年の横浜で起こった砒素殺人事件 ⇒ 『横浜・山手の出来事』

2.        薫さん、真澄さん、五百枝さん
名前だけで女性と信じ込んでいたら男性だったという話
「薫」や「忍」は両性に多い。「ミ」で終わる名前。「エ」も
斎藤五百枝という雑誌の挿絵を描く画家が男でびっくり

3.        広辞苑神話
9811月に広辞苑の第五版が出る ⇒ 各紙が、新たに掲載される現代語を紹介
数多辞書のある中で、広辞苑だけが特別扱いされているのも不思議な話
初めて出たのが昭和305月、定価2000(決して安くない)。戦前に博文館から出ていた『辭苑』の改訂版
広辞苑神話=岩波神話 ⇒ 戦後のインテリの岩波に対する信仰はたいそうなものであった、その岩波が国語辞典を出したってんで、若い知識人が乏しい財布をはたいて買った
新版の総項目数23万、うちカタカナ語が23千、初めて1割に達した

4.        人材えらびの秘訣
自筆履歴書の裏を見て、字の跡が裏にふくれ出しているのを採用すれば間違いない

5.        十五でねえやは
ねえやは、「姉」ではなく、子守りに雇われた少女 ⇒ 嫁に行ってお里の便りがたえたとはどういうことか
龍野に、作詞者の三木露風自身が字を書いた詩碑があり、そこでは「姐や」となっている

6.        お里のたより 98.11.5.
嫁に行ったねえやからの便りではしっくりこない
ねえやの親元からの便りと解すべきとの説
かかり結び ⇒ 「あやしうこそものぐるほしけれ」や「月こそかか吉田山」強調しただけ
敗戦直後の数年間は、卒業式で《蛍の光》や《仰げば尊し》を歌えなかったので、代わりにいろいろな歌が歌われていた。それをハーモニカでメロディを吹き込んで送ってきた人がいて、その出所を知りたくて、ドレミで表示したところ、デンマークの折田昌子さんから、「賛美歌239(さまよう人々たちかえりて)に似ている」と教えていただいた
「ドレミソラ」だけでできている曲を、「ヨナ抜き長音階」と言う ⇒ 明治時代は、長音階を「ハニホヘトイロ」ではなく「ヒフミヨイムナ」と呼んだので、そのうちの「ヨ」と「ナ」を抜いたものということ

7.        ノムさんたのんまっせ
野村が阪神の監督に決まった時のファンの投書の文章に感心 ⇒ 驚いたことが3
(1)  阪神が野村を招聘し、野村もそれを受諾 ⇒ 阪神のごたごたに巻き込まれて、成績が上がらなければ器量を下げるだけ
(2)  大阪のファンも阪神の選手も野村を受け入れた
(3)  野村が阪神に来て変身した ⇒ 呼び名も「監督」から「のむさん」に
文章と言うのは、文学作品はもとよりその他何であっても、言葉を使ってする技術、或いは技芸である。つまり「わざ」だ。当然内容を伴い、わざと内容は一体、一如 ⇒ 文章はいいが内容が悪いとか、内容はいいが文章は悪い、ということはありえない

十六文キック
8.        金太郎アメ歓迎
199810月韓国金大中大統領訪日、小渕首相が謝罪したのは、何とも不愉快
上坂冬子が、[いったら詫びるな、詫びるならいうな]と書いていたが、この件に関してはいうべき、言わないとわかってもらえない
3年前の江藤総務長官の「失言」 ⇒ 日韓条約は日本が悪い、民族を統合するのは反対がある。しかし日本は教育やインフラ整備等いいこともしたが、誇り高き民族への配慮を欠いた、それが今、尾を引いている
某マスコミが、相手国とも通じた上で、両国の反抗分子を煽り立てる ⇒ 日本の指導者は正確な歴史認識を持てと説教し、「彼等の中から、切っても切っても金太郎アメの様な顔がのぞくのに愕然とする」と言うが、韓国や中国の主張が正確な歴史認識と思い込んでいる

9.        十六文キック
プロレスの馬場が亡くなった時の産経新聞の追悼記事:「二〇九センチ、一三五キロの巨体で、十六文キックやかわず落としでファンを魅了」とある。数字の表記が統一していないが、「十六文キック」であって「一六文」ではダメ
全て算用数字に統一する社是の毎日ですら「十六文キック」としていた ⇒ 固有名詞と見做したのだろう
同じ産経新聞がファンの1人の追悼文を載せた:「昭和三十二年五月、当時巨人の投手馬場の初登板は対阪神戦で、バッターは身長五尺足らずの「牛若丸」吉田。七尺近い馬場との対比に場内はどっと哄笑に包まれた」 ⇒ いくら吉田でも5尺足らずということはなかっただろうが、他の新聞だったら尺貫法は認められなかっただろう
靴の大きさの「文(もん)」は足袋からきている ⇒ 江戸時代足袋の底を測るのに最もありふれた寛永通宝の一文銭を使った。1枚の直径が2.4㎝で、「十」は「ト」と読む
美人の足は八文七分(やもんしちぶ)に定まれり(西鶴)
靴といっても革靴は足に合わせて作ったので、文で測ったのは運動靴やズック靴、これの表示がセンチになったのは昭和20年代後半辺りか
日本のマスコミは、なんでもメートル法に直すのに、ゴルフだけはヤードという。お上に弱く、それよりさらに西洋に弱いのがマスコミだ。それが「十六文キック」だけは手を付けられなかったのだかた痛快

10.    中央と地方
新聞に載る記事や載るタイミングが、中央と地方で異なる
毎日の記事を地方版で確認した後、東京の毎日を見たら、「16文キック、ファンを魅了」、文中にも「63年、プロレス支えた16文」などとあり、全部算用数字になっているのもびっくりなら、中央と地方で表示を変えていることにも驚く
「十六文キック」のいわれは、アメリカ製の靴の裏に16と書いてあったのを見た業界関係者が「十六文」と思い込んで「十六文キック」と呼んだのが始まり。16とはアメリカでのサイズの表示で、実測は3334

11.    パニクっちゃった
英語/外国語に「る」をつけるのは古くからあった習慣 ⇒ 「ドッペる」は、ドッペルン=独語で”2倍にするの意から、落第すること。「自模(つーもー)」の支那語に「る」で「つもる」(麻雀以外にも女の子を引っ掛ける時に使った)
擬態語に「る」をつける ⇒ 「パクる」
「ゴテる」(ゴテゴテ)、「ゴネる」(死ぬこと)、「ゴネる」(「こねる」を濁音化したもので、イチャモンをつける意) ⇒ 「ゴネる」だけが残り、「ゴテ得」も「ゴネ得」に統一された
もともと日本語には、濁音や半濁音で始まる言葉はないので、今使われているのはみな擬態語的な響きがある ⇒ 「ふれる」が濁音化して「ブレる」、「たれる」が「ダレる」

12.    新語誕生の現場
「パニクる」の起源 ⇒ 87年渋谷の西武百貨店のロフト館オープンの際の店頭の混乱を店員の一人が表現したもの ⇒ 「広辞苑」の「頭が混乱して訳が分からなくなること」とはちょっと違って、客が殺到して店員が対応しきれない状況を言った

13.    子供、子ども、こども
コドモのドモは「ともに」「ともなう」「ともだち」のトモで「いっしょ」の意で、上に語がついてドモとにごり、複数を表す「家来ども」などのドモと同じ(本来は「共」のはず)だから、コドモは複数だが、現在では全くその意義を失っている
「子供」の「供」は人と共にいるの意だと言ったり、米は百姓の手が88回かかっているから「米」と書くのだとか、「努」は女のマタの力とか言うのを「民衆字源」とか「字源俗解」という ⇒ 外国の文字の成り立ちを日本語で考えるもので、その最高傑作は「儲」の解釈、「信」と「者」からなり、信ずる者が儲けることが出来る(「儲(ちょ)」は天子のあとつぎ、つまり皇太子のこと、それを日本では「もうけのきみ」と言い、「もうけ」が金もうけに流用された)

14.    「名前」の前は何の前?
前があれば後ろがあるのが世の常だが、前しかないものは結構多い ⇒ 腕前、男前等
「すぐれた」「何不足なく備わった」の意 ⇒ 腕前、男前、基前、建前(お祝い)、お点前
「取分の前」「配分の前」 ⇒ 分前、持前、自前、出前、おとし前
錠前 ⇒ 牡鍵、牝鍵からの発想で穴の開いた方に「前」を付けた。「前(=女性陰部)を隠す」

15.    肌にやさしい
当世三不快語 ⇒ 「とか」「みたいな」「のほう」、尻上げ半疑問調も不快
「左がわの扉がひらきます」 ⇒ 「引き戸」は「扉」とは言わないので、「あきます」が正しい
A級戦犯」 ⇒ ジャイアンツ不振の責任をかぶせる時に言うが、「もっと努力して日本に勝利をもたらすべきだった」という意味ではない
「至上命題」 ⇒ 「至上命令」と「命題」の混同。「命題」は、西周がpropositionの訳語として作ったもので、至上も最高もない
「○○にやさしい」 ⇒ 「害はあるが、今までのものよりその悪さの程度がやや低い」と言うことで、「胃にやさしい風邪薬」とは「胃の調子が良くなる風邪薬」という意味ではなく、言ってみればイカサマ商人の才 ⇒ 「広辞苑」もその意味を追加したが、せいぜい最後くらいでよかったのに、堂々上位の番号で載せているのは如何なものか

江戸博士怒る
16.    これは賤しきものなるぞ
新潮文庫『津軽』(太宰治)に「渡部芳紀(太宰の研究者)」なる者が付けた注釈がひどい
「マント→袖のない外套」とあるが、マントを知らない人に「外套」が分かるのか疑問
「南京錠→巾着の形をした…」とあって、末尾に「巾着とは…」とある。南京錠が分からないから辞書を引いてそのまま書き写したが、その中に出てくる巾着が分からないので、また辞書を引いてそのまま映している。辞書を書き写すくらいなら中学生でもできる
渡部という人、『津軽』が戦争末期の作品であることを知らないとしか思えないような注釈もある ⇒ 「林檎を少しずつ間伐しては後に馬鈴薯を植える」のあとに「間伐」と「馬鈴薯」の注釈があるが、辞書を引いた「間伐」ではない時代背景がないと注釈の意味をなさない
何より『津軽』を読んでいないと思われる節もある ⇒ 太宰は、秋田領だった深浦の海岸の風景にかつての異様なもの凄さが無くなって全国どこにでもある普通の風景になったと描写しながら、津軽独特の佶屈(きつくつ)な雰囲気が無くなったことを嘆いている。これこそ太宰がこの小説で書こうとした本質(「愚かな強情」の意)であって、何度もそれが小説に出てきているのに、『渡部』の注釈は「佶屈→(道などが)曲がりくねっていること」と、これも辞書を棒引きしているだけで、憤怒すら感じる ⇒ この程度なら、注釈など付けずに、読者に考えさせた方が遥かに優る
フリカナもひどい ⇒ 「東風」も何でもかんでも「こち」ではない。「とうふう」の場合もある
著者が見たのは89刷、念のため2年後の93刷と比べると、指摘していた大部分が変えられているが、見当違いの訂正や、他にもたくさん同類があるのに手つかずのまま
全体が劣悪、大事なのは「作品に即する」ということで、辞書の一般的説明のひきうつしでは作品の注釈にはならない ⇒ 「招魂堂」と出てくるが、「堂」と言い「建築物」と言っている以上単なる忠魂碑ではないがどういうものか不明、にもかかわらず注釈はただ辞書を引いた説明に「お堂」をくっつけただけの安易なもの
「国民学校→昭和1622年までに行われた国の小学校の名称」 ⇒ 「国の小学校」とは何か、語として意味をなさぬ、この時期村立だろうと私立だろうとすべて国民学校だった

17.    江戸博士怒る
これまで読んだ中で一番面白かった本は、三田村鳶魚(えんぎょ)の『大衆文芸評判記』と『時代小説評判記』 ⇒ 時代考証の不備を指摘し筆誅を加えたもの。著者は戦前の「江戸時代博士」。対象は大佛次郎の『赤穂浪士』から島崎藤村の『夜明け前』まで18
共通して博士が憤慨しているのは、江戸時代の生活感覚が分かっていなかったということで、キーワードが「分」。身分、分際、分限、それぞれに応じた考え、行動があり、それこそ江戸時代の特徴

18.    タイムスリップ少年H
山中恒・典子『間違いだらけの少年H』は面白かった ⇒ 近年のベストセラー『少年H に筆誅を加えたもの。著者はさしずめ「戦中博士」
戦後になってからの知識、感覚、教育の成果やら民主主義的思潮やらをそっくり抱えて戦中にタイムスリップして物を言っているのを、実証的に検証して間違いを指摘
『少年H』のネタ本は『昭和 二万日の全記録』で、そのつまみ食いだが、年表に書いてあっても国民がそれをいつ知ったのかは分からない、作者の最大の失策はそれに気付かなかったこと

19.    過去はどう偽造されるのか
「淡谷のり子のブルースや「旅の夜風」がはやったのも、戦争の予感がする中で人々が人生の哀歌を歌いたかったのだろう」とある。その筆者は、3年後に対米開戦となったので、当時の人々は当然それを予感していたと思い込んでいる節があるが、誰も先のことなど分からない。そう感じるのは、その後のことを知っているから ⇒ 『少年H』と同様
この様なウソが生まれるケースは前記の投影の他に迎合がある ⇒ 「敗戦の時小学校の3年生だった」と言う人が少なくない。そういう人には2種類あって、1つは当時「国民学校」だったことをもう忘れている人、これは記憶力が悪いので仕方ない。もう1つはそう言ったのでは若い人に通じないとして「小学校」という、これが迎合。1つ始めると歯止めがなく、迎合から偽造へと変化
新カナも戦後思想の体現であり、戦前の文章を勝手に変えられると、時代の息づかいも死んでしまう ⇒ 新カナに直すのは随分手間のかかる仕事、どんな迎合的手入れをしてあるか、知れたものではない
『きけわだつみのこえ』などはもうはっきり偽造品の部類

20.    金切声の時代
「女のくせに」は「癖」とも書くが、「なくて七癖」の癖とは意味が違う
「くせに」を良く使ったのは向田邦子 ⇒ 「だてらに」も似たような意味。ツムジマガリの所があり、昔の人々が言ってきた言葉を今の人が使わないと、「それなら自分がやる」と言って意識して使った。「女性差別」「蔑視」などと言い立てる人種が大嫌いだったので、自分のことを言って溜飲を下げていた
高校生が英訳の試験問題を取り上げて、「女のくせに」という女性差別の表現を解答に要求する問題を出すことに憤っている投書を読んだ ⇒ thoughyet辺りを訳させられたのだろうと思うが、子供のヒステリーで読むものに嫌厭の念を起こさせる
個人的ヒステリーというより、現今の日本全体に瀰漫(びまん:ある風潮が広がること、蔓延)する社会的ヒステリーを代表しているので始末が悪い ⇒ 教育も悪いが、朝日のような大新聞がこうした金切声的病状に対し尻尾を振って持ち上げ、それを正義の後押しであり新聞の良心だと思っているのだから困る

21.    ナニやらカニやら
本来は、「なにやらかやら」であるべき
「もってのほか」 ⇒ 諧謔的な文章で、そう褒めたことでもないが悪辣ではないの意味で使う(「もってのほかの不器用/無精者」)方が古く、「けしからん」の意としての使い方は明治になってから。「以外」と書くが、古くは「おもひのほか」と読んだ

白菊夕刊語
22.    アドミラル ヤマモト
戦中神話 ⇒ 「戦時中はこうであった」と多くの人が言い、信じている話
野球のアウト・セーフや、戦時中英語教育が禁じられたという話もその例で、山本五十六が戦死したら早速翌年文部省が英語の教科書に質素な人柄だったという逸話を取り上げていた ⇒ 戦争の進行とともに、全ての学科が吹き飛んでしまった

23.    白菊夕刊語
夕刊不要論が広がる
「夕刊(ゆうかん)」 ⇒ 音(オン)はもともと漢語(シナ語)、訓はやまとことば
音訓まぜこぜ語は、耳障りで人に不快感を与えるが、夕刊は既に耳に馴染んでいて例外か
まぜこぜ語の本邦第1号は「白菊」で、平安時代からあった
音訓まぜこぜ語を湯桶よみ、重箱よみというのは読み方を言ったもので、こういう構成でできている語を呼ぶ言葉はない ⇒ 「白菊夕刊語」とでも呼んではどうか
この種の語は無数にある
日本語で最も多いのが字音語(漢語及び和製漢語) ⇒ 文化、道徳、奉行、家来
次に多いのが和語で本来の日本語 ⇒ ひと、あるく、ほそい
3番目が漢語以外の外来語 ⇒ パン、ビール、コップ
4番目が、これらの混合語 ⇒ 「白菊夕刊語」

24.    (長音のこと)ぎらいの系譜
記号ではあるが固有の音を持たないのだから字とも言えず、大正頃以降知識人や学者はこれの使用を嫌った ⇒ 辰野隆(ゆたか)、小林秀雄(チェーホフは例外らしい)
外国語の長音に棒を使ったのは新井白石(縦書きでカタカナの右側に棒を引いた)
昭和27年国語審議会が、「長音符号を使い、母音字を重ねたり、を使わない」と指令

25.    堪忍袋とカンシャク持ち
子供が使う「キレる」は、「堪忍袋の緒が切れる」の上を省略したものか ⇒ 我慢に我慢を重ねた上でのことなので、今のは単に「カンシャクを起こす」に近いのではないか
自らを「癇癪持ち」と自認していた学者は、河上肇と和辻哲郎。両者とも遺伝と考えていた
今の「キレる」は、「癇癪持ち」が遺伝するのと違い、同世代間で横に伝染するものらしい

26.    英語と日本人
『「英文法」を疑う』は面白い ⇒ 英語と日本人は相性が悪いので、やらずに済むならやめといた方がいいという趣旨
英和辞典でtakeには50ほどの意味が書いてあるが、英語圏の人にとって意味は1
辞書は、先ずその語の固有のイメージを記載して欲しい ⇒ 元々意味は1つで、いろいろな使われ方をしているだけ。和語については、充てる漢字が異なっても意味は同じで、漢字は日本語のためにあるわけではないから、字音語については全く別の話
「かえる」 ⇒ 何かをこれまでと違ったものにすること

27.    神サマ、仏サマ、患者サマ
病院で患者のことをどう呼ぶかを巡って議論があった

28.    学校の名前
学歴を主題とした本の広告に、詰襟姿の漱石の写真と「東京帝大時代の漱石」という説明が載っている。漱石が学生だった頃は「帝国大学」(単に「大学」と呼んだ)だった(明治30年に京都が出来て初めて東京帝大に改称)ので、頂点に立ち続けた学校の校名を知らないのに驚いたばかりか、広告で既に馬脚を現している本も珍しい
漱石の小説には「大学」としか出てこないが、全て固有名詞 ⇒ 「大学の卒業生」とあるのは「帝国大学」のことであり、「学校」も同じ
他に明治30年代にできた早大、明治大は、校名に「大学」はつけたものの専門学校で、私立専門学校が大学に昇格するのは大正9年以後
この拙文が出た直後に、『学歴』出版元の中央公論新社の社員から、「写真説明は著者のチェックを受けていない」との連絡があった ⇒ 家来が主君を庇った言い訳のようだったが、単に写真を取り違えただけで、長い説明文は正しかった

砂子屋のこと
29.    砂子屋のこと
昭和10年代に上野にあった出版社、砂子屋書房の「砂子」の読み ⇒ 砂粒のことで、すなご(関東)、いさご、まなご(赤穂にある地名)、まさご、いなご(匝瑳郡)5通りあり、いずれも古くからあったというのは珍しい
この出版社の5周年に太宰が贈った祝詞に、「代表者の出生の地を家の屋号にしたのは、いずれ郷土の名を世に知らしめるという意気込みであり、野心の証拠」と持ち上げたが、実際は父祖伝来の地赤穂の砂子(まなご)にある生家の酒屋の屋号「砂子(まなご)屋」に由来

30.    ソウテイ問答集
装釘、装丁、装幀、装訂 ⇒ 現代日本語の語彙のうち半分をしめる字音語は、漢字が決まっているが、稀に2つ以上の書き方があってどちらでもいいという語もある。その代表格が「装釘」で、新しい言葉。元々は「製本」と言っていた。「装綴」というのもあった
「訂」はきちんとまとめるの意 ⇒ 無理がある
「装幀」は旁の音で読んだ百姓読みで、本来「幀」の音は「とう」、書画を掛物や額に仕立てること。明治以降洋装本が主流になってデザインに重点を置いた語が要求されたため登場
「丁」では、あまりに乱暴

31.    書きおろしとサラ
初出一覧に「書き下ろし」とあるのは、いかにもまのびして気に入らない
明治になってから出来た言葉、当初は「新案」と書いて「かきおろし」 ⇒ 芝居の世界の口頭語だった
近頃聞かなくなった言葉に「おろす」 ⇒ 新品を使い始めることで、棚から降ろす意味
新品を「サラ」(関西弁で尻上がりのアクセント) ⇔ 東京では「おはつ」(身に着けるものに限定、お祝いと羨望が混じったニュアンス)

32.    季節感の喪失
年中新鮮な野菜や果物が店頭にあって季節感が失われる ⇒ 「果物屋の飾窓」等の表現と一緒に昭和15年既にあったのには驚く
縦書き日本文の中に算用数字を持ち込む書き方もあった

33.    茶話(ちゃばなし)のはなし
薄田泣菫が30になってパタッと詩が作れなくなり、食うために大阪毎日新聞入社、「茶話(ちゃばなし)」と題する随筆を書き始めた ⇒ 日本の新聞コラムの最高傑作
ゴシップ集で、かつてのロマンチック詩人の面影がないほど、皮肉で辛辣な筆致、実名で取り上げる ⇒ 「死人の下駄」では、「人間生まれてくるとき下駄を履いていなかったので、身投げの時も履物を脱ぐ、大隈伯が身投げするときはやはり履き物を脱いで義足をむき出しに死ぬのかと言ったら、大隈の事だから死ぬ前に義足を割引きで売ってしまうだろう」
最近岩波文庫が『茶話』を出したが、実名等省略の多い単行本を元にしている上、新カナにしてフリカナを省いた ⇒ 泣菫の文章はフリカナに物を言わせる文章、「他人(ひと)」「露出し(むきだし)」「無益(やくざ)」「輩(やから)」「裁判(さばき)」「土地(ところ)一番の」

34.    父のことば
大工に弟子入りして全国を渡り歩いた父の言葉使いが特殊
かつての日本語は、h音ではなくf音だった ⇒ ファフィフフェフォ

35.    わたしゃ浮世の渡り鳥
何処の生まれかと聞かれて、たまたま生まれた土地を言うのか、両親の現住所を言うのか

びいどろ障子
36.    カイカイ楽しまず
防衛大学長で政治学者の猪木正道の論文に、「道理にかなっているか否かは…」、「誰を代打に出すかどうかが問題」、「不良債権をどのくらい回収できるかどうか」 ⇒ いずれも2つの文章の混濁で「非文」(文になっていない文)
象山が「帰府の後、快々(かいかい)として楽しまず…」 ⇒ 「怏々として楽しまず」の間違いだが、単なる印刷屋の誤植なら可愛いが、間違ったルビを振るのは確信犯
二子山部屋の力士が大関や横綱になると四字成語を言わせることになっているようだが、「堅忍不抜」を「ケンシンフバツ」とやってしまった ⇒ 知らないことを無理して言わすな
普通四字成語は頭から音読みするが、「怏々不楽」は昔から砕いて言う習慣

37.    びいどろ障子
89年に出た本の名前。「びいどろ」はガラスのことで「びいどろ障子」は桟のあるガラス戸のこと、わかりやすく濁点をふった。正字・正かなで作ってあるユニークな本
「もらえる」のような可能動詞の使用を極端に嫌う人もいて「もらわれる」と書く ⇒ 芥川もその傾向が強い

38.    ヤブ医者の論
「藪医者」は、「野(:いなか)の巫医(ふい:祈祷医者)で野巫医が起源」とはいかにも怪しい
日本語を漢字で説明しようとすること自体に無理がある
浮世草子 ⇒ 「ちょっとした風にも騒ぎ立てる藪医者」
戦中の医学生 ⇒ 藪は竹が密生していて見通しがきかないところから、見立てが適当でない医者のこと
「お多福」 ⇒ 娘が求婚されて承知する時の決まり文句が「こんなお多福でも…」で、器量よしでもそういった ⇒ 「でも」は間違い。本当のお多福は謙遜として口に出せない
「垢抜け」 ⇒ 「灰汁抜け」の誤用とされるが、実際は「垢」の方が古く、かつ正しい ⇒ 芸能や書などで未熟による技芸の泥臭さを「垢」と言った(風姿花伝)

39.    スバルはざわめく
日本語の動詞には自動詞と他動詞が対になったものがある ⇒ 二音目がエ列だと他動詞、同じ行のア列になると自動詞。「さげる」と「さがる」
「かえる」と「かわる」は、本来「かへる」と「かはる」
「すえる」と「すわる」も、本来「すゑる」と「すわる」 ⇒ 漢字が違うと関係が見えにくくなる、ましてや「座る」など論外(「ざす」か!!)
男が「すたる」の他動詞は「すてる」で、せっかくの男の器量を発揮する機会を得られないのが「すたる」という自動詞 ⇒ 「すばる」も「すべる」(「統率する」の意)の自動詞で、天空の星は、洋名プレアデス星団というが、6つの星が恰も何かに統率されているように整然と並んでいるのを見て昔の日本人は「すばる」と呼んだ

40.    ムキュウでありました
「冬の星座」の歌詞 ⇒ 「無窮を指さす北斗の針と」で、「子宮」ではない

41.    正字正解
「内」→「冂」の中は「人」ではなく「入」。なかに入れるが原義。部首は「入部」
「微」→「山」の下に横棒を入れる。「徳」「隆」も同様
「温」→旁の「日」は「因」が正しい。ムッと暑いこと、生暖かいことで、腹の中でムッとするのが「慍」、腹の中にムッと熱気がするほど知識を蓄えたのが「薀蓄」
「頻」→「歩」の右下の点が無いのが正字。普通は略字になると画数が減るが、これは増えた。「止」は足首から先の足のこと、「歩」は「止」をひっくり返してくっつけ真ん中の横棒を1本にしたもので、ふたあしということ、それゆえ点がない。「歳」にも「止」が上下分割して入っているのは「時のあゆみ」という意味
「黙」→「默」が正字。「黑」「墨」と同様、「黑」が「黒」になったために右へ倣えとなった。「黑」と「里」は系統が違う
「殻」→ワ冠の中に横棒を入れるのが正字。かたいカラの意なので、「吸殻」に充てるのはおかしい
「教」→「敎」、偏が「孝()」と同じになっているが無関係。「メ」と「ナ」の下に「子」がついたもので「學」や「希」の一部と同様、交わるということ
「謡」→「謠」、ヤウという音自体がゆらゆらと続く感じをもっている
「録」→旁が「綠」と同じ、「貫禄」「元禄」「剥奪」も同じで、正字でないと雰囲気が出ない
「僧」→旁が「增」と同じ、略字はテンテンを棒にした。横棒が「僧」「黑」、縦棒が「海」

42.    あらためる
「改めて、一球の大切さを指摘」 ⇒ 「今一度、…」でないとおかしい
「改めて」というのは、「これまでと変える」「変更する」ということ ⇒ 「あらためる」は日本語で、漢語は日本語に合わせて作られたものではないので、動詞や形容詞にぴったりした漢字が、もともとあるはずがない
「気持ちを改める」⇔「気持ちを新たにする」 ⇒ 漢字で書くと日本語が見えなくなる
無教養なものほど漢字を書きたがる ⇒ 意味が違うのに同じ漢字を充てる
誤りから生じた言葉の代表 ⇒ 「改札」(切符を改めるのは「検」辺りか)と「同断」(「同じ理屈」の意だが、昔はこれを「同じことわり」と言い、それに「断り」の字を充てた)

猿も休暇
43.    かぞえることば
外国人にとって難しい日本語に、数を数える言葉がある ⇒ 上の数字によって読み方が違う
(よん)、七(なな)と読むのは軍隊(砲兵)用語 ⇒ 戦後復員と共に一般化

44.    トンボの由来
出所不明

45.    併し…
「しかし」という逆説に「併し」の字を充てる ⇒ 意味も音も無関係だが、もともとは「しか-しながら」で、「全部ひっくるめて」とか「あわせて」ということであり「併」の字を充てるのは見当違いではなかった。それが「そうだけれども」の意に転じたのは、「すべて」→「結局」→「要するに」と発展、中には前後で逆説的な関係へと転じることもあり、「それはそうだが」と別な事柄を続けるようになった ⇒ 字の使い方としてはアナクロニズムもいい所なので、やめといたほうがいいこと言うまでもない

46.    セイジンクンシ大論戦
「正人君子」 ⇒ 「人格高潔の人」の意。魯山人が反語的にカッコ書きで用いている
「聖人君子」 ⇒ 「聖人」は完璧な人間の意で、史上8人のみ、実在するのは孔子だけ。他方「君子」は身分ある男子のことなので、両者が結びつくことはなく、辞書にもない

47.    「…国語」ぎらい
国と言語が一対一で対応しているのは日本ぐらいなので、母語以外の言語一般をさす日本語がない
同じ言葉なのに、片や「韓国語」と言い、もう一方を「朝鮮語」と言うのはおかしい

48.    猿も休暇
外国で、英語を話しても発音が悪くて通じない時の便法 ⇒ レストランで鮭と胡瓜を頼んでいる人の発音を聞いて、「猿も休暇」と言ったら通じたという話
West Kenshington ⇒ 上杉謙信殿
My father is my mother ⇒ 僕の父はワガママです

文庫版あとがき
本の題タイトルは難しい
本の中の一文を取って『広辞苑神話』としたら、間に「の」を入れた方が親しみやすくなり、店頭で手に取りやすくなるというので、そのようにした
半藤一利先生が解説を書いてくださったのは光栄

解説
『三国志人物縦横談』を読んで眼から鱗だったが、その時が高島の本を読んだ最初
同氏の史料渉猟の徹底ぶり、手塩にかけた作品作りには頭が下がる
徹底的に訪ね歩いて丁寧に腑分けし、公平な結論へと導く、こういう人を碩学、或いは老子の言う「知者不言、言者不知」の真に知る人というのだろう
その人が『週刊文春』の執筆者として登場した時はビックリ。知者がすれっからしの俗界に降りて大丈夫かと取り越し苦労したが杞憂であった。必殺仕事人の中村主水張りだ
本書の白眉は、「これは賤しきものなるぞ」と「広辞苑神話」
「『津軽』の注釈を依頼されたからには、この作品が書かれた昭和19年の日本について、またこの作品の舞台である青森県について、またこの作品の作者である太宰治について、少しは勉強した上で、少しは心を込めて、書いてはどうか。広辞苑をひいて書き写すだけなら中学生にたのんでもできる」の段に至っては、自分が激しく叱責されているように感ぜられてシュンとなった
『広辞苑』に対しても敢えて他流試合を挑んできちっと答えを出している。厳しい岩波文化批判が潜んでいることを見逃すな
半可通のくせに権威だけあるお歴々の原稿を載せない雑誌こそがかつての『文藝春秋』で、そういう輩に鉄槌を下す高島さんの『お言葉ですが‥‥』は、いわば文藝春秋の本道を行く批評的エッセイということになる。開闢以来の言葉のインチキ批判を通しながら、それらが心地よく按配されている。ふっくらとしていて、実がある。楽しみながら勉強になる。菊池寛も読者のために大事なのは、「六分の慰薬、四分の学芸」と言っている

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