あんぽん  佐野眞一  2012.6.18.

2012.6.18. あんぽん 孫正義伝

著者  佐野眞一 、1947東京生ジャーナリストノンフィクション作家都立墨田川高校早稲田大学第二文学部社会専修卒業後、勁文社の編集者となる。197112月、当時の怪獣ブームの中で編集を担当した『原色怪獣怪人大百科』が大ヒットとなる。
組合問題で同社を退社してからは、業界紙記者を経てフリーのノンフィクション作家となり、精力的に作品を発表している。1997年「旅する巨人宮本常一渋沢敬三(大宅壮一ノンフィクション賞)2009甘粕正彦 乱心の曠野」(31講談社ノンフィクション賞) 開高健ノンフィクション賞選考委員(第一回(2003年)より)。
現在は千葉県流山市に在住。

発行日           2012.1.15. 初版第1刷発行
発行所           小学館

この30年の間にベンチャービジネスの旗手と言われた江副浩正、堀江貴文が次々消えていく中で孫だけが生き残っている。そのエネルギーは一体どこから来るのか。それは、孫にいつもまとわりついているいかがわしさは一体どこから来るのかという疑問と同根。いかがわしさの根源を探るのが本書の目的(プロローグ)

『週刊ポスト』(1:2011.1.7.2011.3.25. 第2:2011.7.29.2011.9.23.)連載に追加取材で判明した事実を基に加筆したもの
本書で書こうと思ったのは、孫という特異な経営者はなぜ生まれたのか。それを朝鮮半島に繋がる血のルーツまで遡って探ること。自分なりの在日朝鮮人論であり、孫一族の「血と骨」の物語(あとがき)

Ø  90.9.日本に帰化。帰化前の名前が安本。中学時代「あんぽん」と呼ばれたのを嫌ったが、それは出自を隠して生きてきた孫の自尊心を深く傷つけたから
Ø  16歳でアメリカの高校に留学した時から韓国姓の「孫」を名乗る ⇒ 正式に改姓するのは、アメリカの大学時代のクラスメートで結婚した女性大野優美(まさみ。東京で病院を経営していた家の一人娘)の協力を得てから ⇒ 韓国姓の「孫」のままでの帰化が認められなかったため、最初に妻が大野姓から孫姓に変更、その姓に孫が帰化することにしてクリア
Ø  1930年代 祖父が小作農として渡来、ほどなく祖母も着て結婚 ⇒ 日本軍に土地を奪われ生活する術を失い日本に出稼ぎに行かざるを得なくなったためで、一種の強制連行
Ø  1936年 長男の父三憲誕生
Ø  戦後、一旦引き上げるが、戦争で荒廃しきった故郷では食えずに、密航船で日本に戻り、鳥栖の挑戦部落に住み、佐賀の炭鉱で働くとともに、家では養豚
Ø  生きるために養豚や密造酒作りをやったが、孫一家が闇商売に携わっていた期間はごく短く、別のビジネスに転身し、驚くべきスピードで築いた富が孫正義をブレークスルーさせる最初の原資蓄積過程で、この過程にこそ、孫にまつわりつく胡散臭さの源泉がある
Ø  祖母が始めた水商売相手の小口金融が軌道に乗って、北九州市八幡西区に転居。
Ø  さらに、一族で競って始めたパチンコが大当たり ⇒ 福岡と佐賀だけで56
Ø  小学校の担任は、孫が韓国籍だったとは知らなかったが、12歳で書いた詩には原爆の悲劇や黒人差別、ベトナムでの虐殺に対する小学生ならではの憤りまでが織り込まれていた
Ø  中学は福岡の進学校に編入、高校は名門久留米大附設高校へ ⇒ 中3でカミングアウト
Ø  父が吐血して入院、兄が高校を中退して家業を支えるが、孫もこの時事業家になることを決意、その種を見つけるためにアメリカ行きを決意(日本では国籍が邪魔をすることも原因)73.9.高校中退、74.2.サンフランシスコへと旅立つ
Ø  病気から回復した父親からの潤沢な仕送りで青春時代を謳歌
Ø  父が祖母を連れて孫を訪問した時、英語を喋れない祖母が困らないようにと思いついたのが自動翻訳機 ⇒ 自動翻訳のアイディア自体はごくありふれたもので、簡単に商品化できたが、孫の凄いのは商売人としてのセンス
Ø  孫がプロ野球球団を買収したのは、父親が昔から西鉄ライオンズのファンだったから ⇒ 正義の親孝行と思われるが、実際は父親が佐野が書いたダイエー中内の伝説『カリスマ』を読んでいずれ潰れることを予感、ホークスが売りに出れば年間3.2百万人の客が確保できるところから、息子にソフトバンクが宣伝費として2,30億出して買ってはと提案
Ø  両班(やんばん:李氏朝鮮時代の支配機構を担ったエリート官僚のこと)の家系で文官や学者が多く、実業家は職業として許されない ⇒ 父親が事業で成功しても祖父からは認められず、父も仮の姿と言っていた ⇒ 孫の考え方は、金儲けは出来るだけ安く買って高く売ることだが、事業家は天下国家の礎を造るので別物
Ø  1977年 シャープの佐々木正(後の研究所長、副社長)がシリコンバレーでLSIの視察をしていたとき 、同じ様に歩き回っていた孫と出会って惹かれる ⇒ 孫の自動翻訳機の技術を20百万円で買い、さらに81年佐々木の進言を入れてソフトバンクを立ち上げる際、第一勧銀宛に1億円の融資の保証までした

ソフトバンク秘史
Ø  韓国籍でも成功できることを身をもって示したかったので、韓国姓で会社を興す ⇒ 親戚中が猛反対したが、父親は黙認
Ø  それだけ生まれ育った日本が好きだったし一番しっくりくるのが日本
Ø  1983年慢性肝炎で長期療養生活に ⇒ 会長に退き、佐々木の紹介により元野村企業部長でセコム副社長だった大森康彦を社長にスカウト ⇒ ソフト卸会社として事業を拡大させ実質乗っ取られてしまい、佐々木に相談して解任するが、以後も関係は維持するが、逆に大森はネットビジネスに傾倒しすぎて人生を躓く
Ø  孫が通信・情報革命について話すとき、飛躍的な技術革新を目の当たりにして疑いなく飛びつき盲信する様は、如何にも胡散臭さを禁じ得ない
Ø  株価を煽ってITバブルを作ってきたのも、新しい事業に次々と手を出すのも、すべては情報革命のためという ⇒ 誰もが情報の発信者になれる社会の実現によってライフスタイルを変えて、お互いが感動を分かち合い、幸せに暮らせるようにすることを目指す
Ø  ソフトバンク成長の契機は、「一太郎」の販売とラオックスとの提携によりソフトを独立の売り場にしたりコンピューター館を立ち上げたりしたこと
Ø  LCR(もっとも料金の安い電話会社を自動選択するシステム) ⇒ シャープの佐々木が開発に協力、85.4.NTTの発足によって初めて参入が認められた民間会社の第二電電に売り込み、稲盛との直談判で50万個20億円の商談をまとめるが、独占供給を要求され一旦締結した契約の破棄を申し出、稲盛は激怒したが、間もなく京セラが同種機器を開発出来ることが分かり破棄に応じる。稲盛からは「動機、善なりや」の言葉を教わる
Ø  孫正義成功の理由 ⇒ まずは、コンピューターという黒船に最も感性が豊かな思春期に遭遇した僥倖があるが、それ以上に選球眼が優れたギャンブラーだったこと
Ø  父親の三憲の事業は、パチンコ(20店舗)、不動産、焼肉屋、サラ金、ゴルフ場経営等で年商100億を超えたが、バブル崩壊で惨憺たる結果に

脱原発のルーツ
Ø  2011.3.11.東日本大震災直後の石原都知事発言に反撥して被災地をルポ ⇒ 未曽有の大災害は、目の前で起きた悪夢のような出来事に「言葉を失う」体験をした人々の身の上を思いやる想像力の有無を政治家や官僚、ジャーナリストをはじめとするすべての日本人に問うている。もし、その想像力が日本人から損なわれているとするなら、それは被災地に広がる瓦礫以上に深刻な精神の瓦礫と言わなければならない
石原都知事発言:14日都内で報道陣に、大震災への国民の対応について感想を問われて「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と述べた。「アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等。日本はそんなものはない。我欲だよ。物欲、金銭欲」と指摘した上で、「我欲に縛られて政治もポピュリズムでやっている。それを(津波で)一気に押し流す必要がある。積年たまった日本人の心の垢を」と話す一方で「被災者の方々はかわいそうですよ」とも述べた。知事は最近、日本人の「我欲」が横行しているとの批判を繰り返している。
Ø  震災の10日後に福島を見舞う前に、西日本を中心に17の県知事に直接電話でかけあって、避難民20数万人に対し合計30万人分の被災者の受け入れ枠を取り付けていた
Ø  孫は、100億円の個人義捐金を出し、さらに10億円の私財を投じて原発に代わる自然エネルギー財団を設立 ⇒ 震災まではニュートラルだったが、大震災を契機に、本当に原発以外の選択肢がないのか考えた結果の行動
Ø  太陽光発電による電力の全量買い取り制度を提言 ⇒ 40/kw20年間(ヨーロッパの基準)

母方のルーツ
Ø  母方の祖父、国本太郎こと李嶋鳳は、日本人の口入屋に騙されて玄界灘を渡り、筑豊の炭鉱で働き、朝鮮人女性と結婚。次女玉子が三憲と55年結婚
Ø  李家も先祖は両班の家系だが、母の兄は佐賀の炭鉱事故で死去、弟はやくざ


朝日 書評 2012.2.12.
  激しい愛憎と情念の世界  --ソフトバンク孫正義社長の半生を極貧の生い立ちにまでさかのぼり,血統までをも取材した強烈に面白いノンフィクションだ。しかし物語としては面白い一方で,本書には強烈な違和感がつきまとう。本書は,スタート地点で著者の孫氏への「いかがわしい」「うさんくさい」という感覚が基点とされ,そのうさんくささはたとえば「孫のめざす情報革命」は,名もなきひたむきな人びとの権威を奪って「人間関係をぎすぎすさせる」「人間は数式通り生きていない」といった,ステレオタイプな反テクノロジー感覚に満ちあふれている。このような感覚は,シニア層を中心にしていまの日本社会のかなりの層の人たちのあいだで共有されている。彼らからみれば,新たな時代を作ろうとする孫氏やいま服役中のホリエモンといった人たちは,理解不能な宇宙人にしかみえない。
 著者は孫氏のパワーの源泉を,在日の一家の激しい愛憎,アジア的な情念の世界に発見している。日本人が高度成長に駆け上がっていたときに,敗戦直後さながらの極貧の家庭で,豚の糞尿と密造酒の強烈な臭いとともに育った。その埋められないタイムラグが,孫氏に対して日本人が感じる,いかがわしさやうさんくささの集合的無意識だと論じるのである。時代の変化に途方に暮れる人たちは本書のこの分析を読み「ああなるほど,そういう血筋と生育環境の問題なのか」とようやく納得できるのだろう。本書が多くの人に受け入れられたのはそういうことだ。
 大阪都構想を主張する橋下 徹大阪市長に対しても,選挙まえに一部週刊誌は血筋の問題をさかんに報じ,非難した。内容はまったく異なるが,「自分に理解できる感覚だけで理解しようとする」という1点において週刊誌報道と本書は通底している。(小学館・1680円=3刷12万分)


読売新聞 書評 2012.2.6. 星野博美(ノンフィクション作家・写真家)
  系譜にみるたくましさ  --いまや日本でその名をしらない人は少ないだろう,IT事業家,孫正義。3・11以降はいち早く脱原発の旗頭的存在となり,その動向からはますます目が離せない。しかし,存在が際立てば際立つほど叩かれるのは日本社会のつね。在日3世の彼に対する風当たりはとくに強く,彼の信奉者でなくとも辟易するほどだ。本書は孫という,どことなくいかがわしくも傑出した人物を生み出した背景に迫るノンフィクション。とにかく面白い。読んで損はしないと請けあう。
 孫は,佐賀県鳥栖市の無番地とつけられた朝鮮部落に生まれ,豚の糞尿と密造酒の臭いの中で育った。題名の「あんぽん」とは彼の旧姓,安本を音読みした差別的な呼び方だ。気位だけは高い祖父。仔豚に自分の乳を飲ませるほど情が深い祖母。正義に天才だといいつづけた父。炭鉱の底で命を落とした叔父。親類が顔を合わせれば陶器が飛び交い,血が流れる。被差別体験が彼の原動力だなどという生やさしい成功譚ではない。個性的すぎる面々が繰り広げるのは,圧倒的な身体性を放つ血の物語。とくに父,三憲のなんと破天荒でチャーミングなことか。私は孫の成功を羨まないが,圧倒的な物語にまみれて育ったことは切なくなるほど羨ましい。
 孫が手にし,日本人が失ったものは,この「物語」。いまだに高度経済成長の夢から抜け出せず,どこへ向かったらいいかわからず立ち往生する日本人にとって孫は,まぶし過ぎる合わせ鏡のようだ。自分たちよりハンディーを背負っていた男は,目もくらむスピードで頭上を飛び越え,成層圏を突破しようとしている。その速度に本能的な恐怖を感じ,逞しい生命力に嫉妬する。孫は,日本人の潜在意識を丸裸にしてしまう怖い存在なのだ。「孫 正義よ,頼むから在日でいつづけてくれ。そして物議を醸しつづけてくれ。あなたがいない日本は,閉塞感が漂う退屈なだけの三等国になってしまうからである」。著者の悲痛な叫びに深く共感する。


産経新聞 書評 2012.1.14. 小学館ポスト・セブン局 柏原航輔・星野博美(ノンフィクション作家・写真家)
 「志」の源泉を突き止める  --リーダーの器は危機にこそ問われるもの。無責任な言動で信用を落とした政治家たちに対し,ソフトバンク社長・孫正義氏の即断即決は際立っていました。震災に際して100億円寄付,自然エネルギー財団設立。世間の目をあらためて孫氏に向けさせた2011年,著者は孫氏の「志」の源泉を突き止めるため,ルポルタージュの旅に出ます。出生地の佐賀,中・高校を過ごした福岡,そしてルーツである韓国・大邱・・・現場でしか得られないファクトを積み上げていくなかで,著者はどのような〈孫正義〉像を造りあげていくのか。
 泥水をすするような貧しさで育った生い立ちや,在日差別をされて頭に石をぶつけられたトラウマ(なお書名は,帰化前の日本風旧姓「安本」の音読から「あんぽん」と揶揄されていた過去に由来)。叔父が炭鉱事故に巻きこまれ爆死したという,のちの「脱原発」を因縁づけるような悲運。本書の醍醐味はこれら新事実を発見するたび,孫氏本人にインタビューをおこない,それがパーソナリティーに影響したのかを確かめていった点にあります。孫氏もしらない真実を掘り起こしたことすらありました。
 
「昨年末,最後のインタビューを終え,部屋を出たさい,トイレのまえで孫氏と著者がばったり出くわすと頬笑みながらこういったんです」。「しかし,佐野さんの取材力はすごいですね。僕もずいぶん勉強になりました」。孫氏は日本を救う英雄なのか。それとも時代をひっかきまわすトリックスターなのか。国の将来を暗示する答えが本書にはあります。 


日本経済新聞 書評 2012.2.12. ベンチャー経営者のルーツ探る
  犬を使ったコマーシャルにスマートフォン(高機能携帯電話)の大成功  --ソフトバンクの孫正義社長といえば,飛ぶ鳥を落とす勢いの経営者だ。しかし,陰には在日韓国人家庭に生まれた様々な苦悩があった。本書は故郷の九州や韓国での取材を通じ,孫氏のしられざる生い立ちを追ったノンフィクションである。タイトルの「あんぽん」は孫氏一族の日本の姓にあたる「安本」の音読みで,孫氏が幼少時代に友人にからかわれたさいの呼び名である。本書は週刊誌での連載をもとにしており,そのときからの表題である。
 孫氏を描いた本はこれまで多数出版されたが,趣が大きく異なる。彼が標榜してきた「デジタル革命」に関する記述はわずかで,ページの多くは父親の安本三憲氏など孫氏の親族に割かれている。孫氏のルーツを探ることで,彼の原動力に迫ろうとした。孫氏は通信回線の開放など既得権の打破に執拗なほどのエネルギーを注ぐ。その背景には幼少時代の差別的環境への反発心が影響しているというのが著者のみかたである。いかに在日韓国人の生活が大変であったかもよく分かる。
 副題は「孫正義伝」だが,実際は「孫正義一族伝」というべき内容である。孫氏の成功は在日3世代の苦労の積み重ねの上になりたっており,その一部始終を余すことなく描いている。孫氏やソフトバンクの行動原理をしる格好の本だ。

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