童の心で――歌舞伎と脳科学  市川團十郎/小泉英明  2012.6.15.

2012.6.15. 童の心で――歌舞伎と脳科学

著者  小泉英明 & 市川團十郎
市川團十郎 本名堀越夏雄。名跡『市川團十郎』12代目として歌舞伎界を牽引。469代目海老蔵(11代目團十郎)の長男として生まれる。53年市川夏雄として初舞台。58年新之助襲名。4代目菊之助(7代目菊五郎)、初代辰之助(3代目松緑を追贈)と共に「三之助ブーム」をよぶ。69年の海老蔵、85年の團十郎襲名は歌舞伎界の一大イベントに。04年長男の11代目海老蔵襲名披露公演中に白血病を発症するが、秋のパリ・シャイヨー宮公演で復帰。さらに2回の入院を経て舞台復帰
小泉英明 脳科学者。日立製作所役員待遇フェロー。東大先端科学技術研究センター客員教授を経てボード・メンバー。日本工学アカデミー理事・国際委員長。71年東大教養学部基礎科学科卒。日立製作所那珂工場入社。76年偏光ゼーマン原子光法の創出により理学博士。日立MRI開発プロジェクト・リーダーとして種々の新技法を開発。95年光トポグラフィ法を創出して「心の計測」に取り組む。中央研究所主管研究員を経て99年基礎研究所所長。この間、東大大学院総合文化研究科客員教授、北大電子科学研究所客員教授カリフォルニア大学ローレンス研究所客員物理学者、都神経科学総合研究所客員研究員、大学・国立研究所評価委員、日本分析化学会会長などを兼務。
大河内記念技術賞・科学技術庁長官賞(各2回)ほか受賞。
ローマ法王庁科学アカデミー創立400周年にて記念講演

発行日           2012.3.20.
発行所           工作舎

明治三陸津波の罹災孤児の救済を、その淵源とする「コドモの園幼稚園」
夏雄ちゃんと英明ちゃん、2人の同期生が半世紀ぶりに再開し、修行と教育、脳と身体、信仰と芸能、知性と感性、呼吸と音楽、演技と時間‥…
そして、日本の明日を語る

はじめに 團十郎
半世紀ぶりの再開は、私の白血病からの3回目の復帰後だったうえに、3.11大震災も重なり、歌舞伎の根幹を見直し、日本人として大切にすべきものを見直す、またとない機会となった。
「童の心」はだれでも心の奥底に持っていながら、「おとなの対面」に捉われて忘れかけているものである。本書がそのような原点を再発見するきっかけになれば幸いだ

第1章     コドモ園幼稚園からパリ、ヴァチカンへ
小泉の研究分野は、Transdisiplinary ⇒ 領域を超えること
芸能の発達は二律背反の世界 ⇒ 支配階級を取るか大衆を取るか。教養か娯楽か。従順か反骨か ⇒ 解決の糸口は「格調」にあり
パリ・オペラ座は、元々バレエ用に作られたので、音響がよくないせいか、あまりオペラの公演にも使われていない ⇒ 歌舞伎の三味線にとっては、残響の短いことが幸いしているが、客席まで届かせるために通常は海外公演では布でバックを作るところを檜の反響板などで囲っている
オペラ座は、「八百屋舞台」(八百屋の店先に傾斜があるところから来た名称)といって舞台に5%の勾配がある ⇒ バレエのダンサーが高く飛びやすいような工夫だが、歌舞伎の場合は困るので、置き舞台を敷いて平らにする
環境によって異なった感性が育まれる ⇒ 脳科学でも感性の正確な理解は未踏
理性と感性は異なった機能
遺伝子と環境因子の関係、すなわち氏か育ちかの問題は、二分法で考えるのではなく、むしろ、両者の相互作用をよく知る必要がある ⇒ 氏も育ちも大事、特に伝統芸能では。環境要因によって遺伝子の発現の様子が変わってくるとすれば教育の果たす役割は大きい
大酒飲みの遺伝子 ⇒ 脳の機能が飲酒によって影響されるパターンが遺伝子型によって大きく異なることが分かった

第2章     江戸庶民と荒事の精神
歌舞伎の始まりは1603年、出雲阿国(おくに)が京都の四条河原で「念仏踊り」を踊ったのに始まる。女歌舞伎や若衆歌舞伎が禁止され、現在の野郎歌舞伎の形が出来たのが1600年代後半。荒事は神が顕れることで、神が再生して悪霊を退治する、江戸の庶民は荒事にそんな夢を重ねた ⇒ 始めたのは初代市川團十郎。「睨み」という所作が始まる
市川宗家が荒事を守ってきた真髄 ⇒ 「童の心でやる」ことを教わる。悪を退治する正義の心、邪気があってはダメ
バビンスキー反射(乳幼児が足の裏に刺激を与えられると、足の親指を甲側に曲げる反応)のように、見えを切った時に足の親指を立てる

第3章     襲名システムの妙
『風姿花伝』に稽古事を始めるのは数え7つ頃がよいとされている
歌舞伎も含め、芸事の習わしでは数え6歳の66日に稽古事を始めるとよいとされる
襲名 ⇒ 日本人の良い知恵、名前が変わると心も変わることを実感する
襲名制度と世襲制度は全く別物 ⇒ 実子以上に適切な養子へと伝える責任

第4章     海老蔵から團十郎へ

第5章     刹那と永遠の狭間で
知性と感性
乱拍子の劇的効果 ⇒ 大地を踏みしめる宗教的な儀式に由来し、楽譜では表せないもの、祈念や怨念、さらには縁者自身の情念の昂揚などが込められる

第6章     多彩なエロス、色悪の誘惑
女形の魅力
人の男性・女性という「性」は、脳が作ると言っても言い過ぎではない

第7章     歌舞伎座さよなら公演
第8章     日本文化の再発見
左に刀を差している武士の所作は、左からというのが決まり
並び方でも、自分の左が上手、身分の高い人は左側(上手)で、お雛様も男雛は上手(正面から見て右)だったが、西洋文化が入ってきて、天皇家もそれにならって、天皇陛下が下座になり、お雛様の飾り方も昔と逆になった
「鞘の内」 ⇒ 鞘に収めているうちが一番、抜いたらおしまいという思想・発想
「陰翳礼讃」(日本の空間論、デザイン論として秀逸)の境地 ⇒ 白粉は持統天皇の時に国産化され、暗闇にぼうっと白く浮かび上がる姿が美しいとされるようになる。これこそ谷崎の世界
信仰と芸能 ⇒ 芝居や芸能は宗教とかなり密接な関係を持ちながら発達してきたが、宗教に凝り固まるのは矛盾を感じる。宗教は脳の回路を強く固定する力がある、死をも恐れなくなるほどに(團十郎)

第9章     日本の再創造に向けて
伝統文化と先端技術 ⇒ 日立はもともと国産技術でやっていこうという伝統がある
創造性を生む脳とは ⇒ 人間の脳は非常にたくさんの神経回路で同時に並列的処理をするが、そのプロセスは意識下でなされ、意識に上がったら同時に2つのことはできない(瞬間的には1つのことしか知覚できない)。水面下からどうやって意識の上へ浮かび上がらせるかがポイント。機能的固着という現象で、普段使い慣れている回路を使おうという習性があるので、機能的固着をどう解消するかが創造性を発揮する上で重要
文化とは、「文徳で民を強化すること」で、氏や育ちによってばらつきのある民を賢民にすること、動物同然に生まれてくるヒトを人間として生きさせること
文化が人間と経済を作っていることを再認識する必要がある
賢いということは、頭がいいだけでなく、人間としての生活感や価値観、審美眼を共有できる能力を指す
文化が科学の深さを作り込んでいくのであって、教養を増す努力をしない科学者からは、狭い専門的な成果はあっても、科学の本質に切り込むような成果は期待できない
伝統文化も国の制度にかなり左右される ⇒ 今回の仕分けで公益法人が見直され、「経済的基盤が薄弱なものは技芸が至らないと見做(し、公益法人として認められない)」という奇妙な文書が廻って来た
歌舞伎は、アウトロー的でパンク的な日本人の感覚の中で、品格を作ってきた。パンク的な中にあっても、ただ単にアウトローではなく、「品」と「格」を大切にしてきた。時代とともに、善悪を測る物差しは変化するが、文化には絶対必要なもので、我々の時代の人間の物差しではこうであると言えるものがないといけない
東日本大震災後の再創造に向けて ⇒ 経済至上主義から恵み合う文化へ
團十郎 ⇒ 経済的復興を支える人間の心とか気持ちとかを元気にしていくことが我々の勤め


2012.4.22. 日本経済新聞 書評
脳活動を図る光トポグラフィー法を創出し「心の計画」に取り組む世界的な脳科学者と歌舞伎界を牽引する役者。幼なじみでもある両者が芸能の深奥を語り合った。感性とは何か、想像性とは、文化とは…。脳科学の最先端を行く合理的な知見と、歌舞伎の伝統や日本人特有の情緒とが絶妙に響き合う。深い体験と知識に裏付けられた言葉の応酬は実にスリリングだ。対談形式で読みやすく、豊富な脚注も理解を助ける。

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