論語と算盤  渋沢栄一  2019.7.14.


2019.7.14. 今こそ名著 『論語と算盤』 モラルと起業家精神

著者 渋沢栄一 18401931。明治~昭和期の実業家。財界の指導者。現深谷市生まれ。幕末の青年期には倒幕運動に参加。一橋家に仕え幕臣となる。67年に渡欧、維新後帰国して大蔵省に出仕。73年大蔵省退官後は、第1国立銀行、王子製紙はじめ多くの企業のほか、大学、病院、団体など600近くの様々な組織の立ち上げに関わる。日本実業界に指導的役割を果たした経済近代化最大の功労者

編訳 道添進 1958年生まれ。文筆家。コピーライター。国内デザイン会社を経て、8392年米国の広告制作会社に勤務。帰国後各国企業のブランド活動をテーマにした取材執筆を始め、大学案内等の制作に携わる。企業広報誌『學思』では全国各地の藩校や私塾及び世界各国の教育事情を取材し、江戸時代から現代に通じる教育、また世界と日本における人材教育、人づくりのあり方や比較研究など幅広い分野で活躍

発行日           2017.3.30. 初版第1刷発行
発行所           日本能率協会マネジメントセンター

その決断には、損得でなく道理があるか

はじめに
本書は『論語と算盤』の現代語訳
1916年東亜堂書房刊
渋沢が実業を行う上での規範にし、世の中で身を処していく拠り所としたのが『論語』で、それとビジネスを結び付けた点が、この本の卓抜したアイディア
ともすれば出世や金儲け一辺倒になりがちな資本主義の世の中を、論語に裏打ちされた商業道徳で律し、公や他者を優先することで豊かな社会を築くという思想は、時代を超えたビジネスの原点として、いまも経営に携わる人々に読み継がれている
渋沢は、孔子の後の儒学者たちは、論語について間違った伝え方をしていたと言う
孔子は、利殖を否定せず、そのやり方が道徳に則っているべきと説く ⇒ 道徳と経済の合一
渋沢は、基本的に未来志向。急激な時代の流れで起こる様々な事柄の因果関係に着眼し、原因や理由をいつも論理的に捉えようとして、そこから未来の仮説を立て、実践した
英雄よりも、偏りのない人を目指せという。それは論語の基本概念とされる中庸に基づいた常識、調和、節度を身につけることであり、知・情・意を程よく備えて成長すること、他者や公を優先させる姿勢などを奨励

第1部        名著『論語と算盤』とは
先が読めない、閉塞感が破れない、不確実さと不透明さに充ち満ちた時代こそ、忘れかけていた本質を求めて、『論語と算盤』を紐解く。人が生きていく上で必要なもの、普遍的なもの、時代を超えた生きるすべ、それがまさに本書
骨子は2つ ⇒ 道義を伴った利益を追求せよとの主張と、自分より人を優先し、公益を第1にせよという姿勢であり、金儲けと世の中に尽くすことを両立すべし
渋沢は、事業の第1線から退いた明治30年代から、自らの経営思想を語り始める
商業道徳の大切さを世に問う。その集大成として出版されたのが『論語と算盤』
背景には慢心の時代、目標を喪失し、現状に甘んじる傾向が顕著になり始めたころ
道徳経済合一説
パリ万博に徳川慶喜の名代で弟の昭武が渡航する際出納係として随行。その間に大政奉還
帰国後最初にやったのは、日本最初の株式会社となった静岡での商法会所の設立
大隈重信に見いだされ、民部省に入って国の新しい仕組み作りに奔走 ⇒ 貨幣制度の制定、近代的銀行制度の導入、度量衡、電信、鉄道、郵便制度を実施、富岡製糸工場を計画
1873年大蔵省退官。豊かな国造りのため、率先して起業することを決意したが、論語でいう「立志」がこの頃だとしている
論語の精神を用いて人が本来持っているやる気や成長を促し、経済を持続的に活性化させようというのが基本となる思想で、そのために道徳に適ったやり方で利殖をしようと説く
渋沢の思想を読み解く手がかりは以下の3:
    論語をはじめとする古典 ⇒ 論語では豊かになる源は仁義や道徳だと教える。道徳が算盤をうまく弾かせるという考え方。論語に則った商業道徳を身につけることの大切さを説く
    生家で過ごした少年~青年時代の体験 ⇒ 自らの生い立ちを通して、自分より他者を優先し、公益を第1とする思想が育まれた。裕福な家に生まれながら幕藩体制を批判したところからこうした考え方が生まれる
    幕末の渡仏、後年の米国などの海外視察 ⇒ 自らの思想の正しさを先進国視察でグローバルスタンダードとして追認
最終章の締め括りに以下の言葉を残す ⇒ 道理とは、天にある太陽や月のように、いつも明るく輝いていて、決して曇ることはない。だから道理と共に行動する者は必ず栄える

第2部        『論語と算盤』を読む――現代抄訳で読む『論語と算盤』
第1章        処世と信条
l  論語と算盤は近い存在  算盤=金儲けは論語によってうまく動かされる一方、論語は算盤を用いることで本当の価値が生まれる
l  士魂商才  和魂漢才(菅原道真)に準じて、武士道精神と商才の融合を説く。家康の遺訓を書いた『神君遺訓』も大部分は論語が元になっている
l  人物観察法  江戸後期の儒学者佐藤一斎の『言志録』でも、人物の判断には第一印章が大切としている。人の目を見て識別。孔子の遺訓も「視、観、察」の3点で識別
l  実用的教訓としての論語  論語には自分のあり方を正しく整え、人と交わる際の日常の教えが説いてあるが、官職を退官した商売の道に進もうと決意した際、論語を商売をする上での原則にすることを決めた
l  時期の到来  争いは避けて通れないが、時機到来を気長に待つことも必要不可欠
l  平等とお互い様 ⇒ 適材適所を最も効果的に使ったのが家康で人事の基本であるべきだが、同時に人が活躍する場は自由であるべき。人は平等だし、節度をもってお互い礼儀正しく。世の中はお互い様な所がある
l  争いのあり方 ⇒ 世の中で身を処す上で争いもまた重要。敵対する国や競争相手と常に争い、必ず勝つという意気込みがなければ、発達や進歩は覚束ない
l  順境と逆境 ⇒ 自然発生的な逆境は人間としての真価が問われる。天命と思って諦めれば心の平静を保てる。人為的な逆境であれば自らを謙虚に顧みる
l  蟹穴主義 ⇒ 忠恕を処世の方針としてきた。蟹が甲羅に合わせて穴を掘るように、身の程を知ることが重要。ただし、自ら進んで挑戦する気概を失わないこと
常に節操ある行動を心掛ける。いい時も悪い時も、大事同様、小事にも細心の注意を払う
大事に当たって心掛けるべきは、その事柄に対してどうすれば道理にかなうか、次いで世の中の利益になるか、最後に自分のためになるかを考える
小事に対処するにも、小事が積み重なって大事になることを忘れずに
調子に乗ってはよくない。いつも同じ思慮分別で事に当る。(得意淡然失意泰然)

第2章        立志と学問
l  学問の探求と精神の豊かさ ⇒ 精神が衰弱しないよう常に学問を探求
l  今現在を大事にする ⇒ 物質文明が進展したが弊害も生まれ、経済力が備わっても、武士道や仁義、道徳というものが一掃されていしまった。人格においては退化どころか消滅の危機にある。精神と富の向上を一緒に進めることが必要
l  自ら箸を取る ⇒ 世の中お膳立てが進んでいるのでそれを食べるかどうかは箸を取る人次第。一つのことを成し遂げようとする者は自分で箸を取らなければならない。千里の道も一歩から
l  大志と小志の調和 ⇒ 最初が肝心。志を立てる際は熟慮を重ね、長所に向かって志を定める。一生を通じて探求する立志に逸脱しない範囲で小志を工夫することが重要
l  君子の争い ⇒ 人の品性は円満へと成長するものだが、これだけは譲れないという「不円満」なところも持っていて欲しい
l  社会と学問 ⇒ 両者に大きな違いはない。成功を急ぎ過ぎて大局を忘れてはならない。社会の物事は複雑で、学生は常日頃からこの点を肝に銘じておかなければならない
l  勇猛心の向上 ⇒ 猛進する力が正義に基づいていれば勢いが加速。肉体の鍛錬を行い、精神をしっかりと鍛えれば、心身一致の行動となり、そこから自信が生まれ、勇猛心が向上。正義感と自信をもって自らの「義」の道に進む
l  真の立志 ⇒ 自分の志は青年時代しばしばふらついた

第3章        常識と習慣
l  常識の根本にある知・情・意 ⇒ 常識とは、「行動を起こす際に突飛なことをせず、頑固になり過ぎないこと。物事の是非・善悪を見分け、利害と得失を識別していること。言葉と行動とが偏っていないこと」であり、その基にあるのは、「知・情・意」の調和の取れた発達
l  口は災いの門・福の門 ⇒ ちょっとした一言でも災いを招くのか福を招くのかをよく考えてから発言すること
l  門戸開放主義 ⇒ 嫌いな人でも美点を認める
l  習慣化 ⇒ 習慣は最終的にその人の人格にも関係するので、普段から覚悟して良い習慣を養うようにしなければならない。少年時代が大事
l  健全な常識人 ⇒ 偉い人と欠点のない人は全く違う。欠点のない人は「知・情・意」が程よく満ち足りた常識人。社会が整備され発達している時代は常識人が求められる
l  行為の善悪 人の行為の善悪は志と所作の2つを合わせて検討すべき
l  志と所作 ⇒ 人の世を自分の力で生きていく上で最も大事なことは「知恵」を増していくことだが、それ以上に人格を養うことが重要。自分の境遇をしっかり認識すること
l  動機と結果 ⇒ 事の善悪の判断には、動機と結果、つまり志と所作との分量と性質を比較検討してみることが必要
l  意志の鍛錬 ⇒ 勤勉で努力をする習慣を身につけること。成功する要素として学問は必要だが、同時に普段どう暮らすかが大切。併せて、どんな時でも頭脳を冷静に働かせ自分を失わずに正邪の判断をするには「意志の鍛錬」が必要。そのためには常識が欠かせず、常識を養う基本は孝・悌・忠・信という考え方

第4章        仁義と富貴
l  実業のあり方 ⇒ 本当の利殖は仁義や道徳に基づいていなければ長続きしない。事業を発展させたいという欲望は常に持つべきだが、それは「仁・義・徳」を含む道理によって制御すべき
l  持ち主次第のお金の効力 ⇒ 金には途方もない力があることは否定できないが、社会における金の効力を十分考えて使わないと道を誤る
l  孔子の算盤 ⇒ 儒学者は孔子を誤解、その極端な例は富と地位の観念と、利殖の思想で、金や地位に溺れる者を戒めただけで、「正しい方法で得たものでなければ」という点を看過している
l  正しい貧困対策 ⇒ 貧困救済は社会、ひいては富豪の義務だが、問題はその方法
l  金に罪なし ⇒ 「青年老い易く学なり難し」と言い、覚悟を決めて将来を見据えるべきだが、その際の注意点は、金銭の問題。論語と算盤は一致すべきもの
l  義理合一の信念 ⇒ 物質的な豊かさと仁義や道徳といった精神の豊かさとを統合すべきで、義理と合理的精神を一致させることが儒教の基本でもあり、利己主義跋扈の戒めでもある
l  道徳上の義務 ⇒ 富を創るという行為の一面には常に社会から恩を得ているのだという気づきが必須であり、道徳上の義務として社会に尽くすことを忘れてはならない
l  金はよく集め、よく散ずる ⇒ お金は尊ぶべきものだが、同時に善のために使うことを忘れてはならない。お金を貴いものにできるかどうかは持ち主の人格次第

第5章        理想と迷信
l  道理にかなう希望 ⇒ 未来に向かって理想を持ち、一定の主義に則って行動することが大事。商業道徳を貫く、なかでも重要なのは「信」
l  趣味を持つ ⇒ 仕事における趣味とは、単に与えられた業務をこなすだけでなく、意欲や理想をもって取り組むことであり、人として趣味をもって精一杯生きたい
l  仕事と熱意 ⇒ 孔子が「知っているだけの人は、それが好きな人には敵わない。好きなだけの人はそれを楽しんでいる人には敵わない」というのも、趣味の境地を指していると思われ、自分の仕事に対してもそれくらいの熱意がなくてはならない
l  不変の道徳 ⇒ 道徳とは「王者の道」の意。道徳と言えど世の中の進歩に連れて変化するが、仁や義といった観念のように不変のものでもある
l  矛盾の超克 ⇒ 今日の世界の混沌は、文明の進歩が足りないから。「自分がして欲しくないことは、他人にもしない」という東洋古来の道徳を広めたい
l  客観的人生論と主観的人生論 ⇒ 孔子の教えでも「仁者は自分が出世したいと思ったら、まず他人を立てる。自分がやりたいと思ったら、まず他人にそれをやらせる」というように、社会への貢献を説く
l  仁義と道徳 ⇒ 世界の様々な宗教、考え方、信仰は、最終的には一つに回帰するもので、仁義や道徳、生産や利殖も必ず一致する
l  日に新た ⇒ 社会は日進月歩と同時に、世間の物事は時とともに弊害が生まれる
l  真の文明 ⇒ 正真正銘の文明とは強い力と豊かさを均衡を保って兼ね備えたもの
l  正道を歩く ⇒ 正しいやり方で利益をあげる

第6章        人格と修養
l  人格の良し悪し ⇒ 人の評価の基準は様々。どれだけ世の中に尽くしたか、どんな影響を世の中に与えたか、などが基礎にあるべき
l  本当の元気 ⇒ 孟子の言う「浩然の気」「至大至剛」「以直養」であり、「(独立)自尊」
l  西郷隆盛という男 ⇒ 知らないことは知らないと言い、見栄を張らなかった西郷は唯一尊敬してやまない人物
l  実践あっての修養 ⇒ 修養は単なる理論ではなく、常に現実と密に関わっていることを意識して進めなければならない
l  現実と理論の調和 ⇒ 学問と事業の調和も同じことで、揃って発達していかないと国が本当に栄えることはない。家康は朱子学を現実社会にうまく適用することによって300年の平和を実現
l  普段の心がけ ⇒ 日頃から物事に対する心がけをしっかり定めておけば、問題が起こったときでも適切に対処できる。意志の鍛錬が重要
l  人格の修養 ⇒ 人が聖人君子の領域に近づくよう努めることが修養であり、孝行・忠義・仁義・道徳も日頃の修養によって初めて身につく。忠信孝悌の道を重んじるのが人格形成の一番の方法

第7章        算盤と権利
l  愛と仁 ⇒ 論語の教えとは、自分を律することが趣旨。消極的に人の道を説いたもの。キリスト教の「愛」と論語の「仁」は同じこと。「仁」については恩師が相手でも自説を譲ってはならない、と説く
l  個人の富は国家の富 ⇒ 国家を豊かにして自分もまた豊かになろうと思うからこそ人はみな日頃の努力をするので、その結果として貧富の差が出るのは自然の成り行きであり、人間社会の宿命だが、金持ちと貧乏人の関係が円満になるよう保つ必要
l  競争に潜む善意と悪意 ⇒ 日常生活の中にある道徳を守っていけば悪意の競争に陥ることはない
l  合理的な経営 ⇒ 常に事業の経営にあたる際、その仕事が国家にとって必要かどうかをまず考え、その上で道理にかなうようにやろうと心掛ける
l  国家と多くの人々を豊かにする経営 ⇒ 社会の大勢に利益をもたらすことが出来なくては真っ当な事業とはいえない

第8章        実業と士道
l  武士道の精神と実業道 ⇒ 武士道の精神とは、正義・廉直・義侠・敢為・礼譲といった素晴らしい振る舞いを一体化したものだが、実業に従事する者にとっても通じる教えであり、実業道も大和魂が形として表現された武士道を拠り所とすべき
l  自然の抵抗に打ち勝つ ⇒ 文明の進歩により自然の抵抗をかなり克服できるようになった。特に交通の発達は目を見張るものがある
l  有無相通ず ⇒ 外国製品をむやみにありがたがるのではなく、欧米の物真似をやめ、自分たちの意志をもとに行動すべきで、「有無相通ず」は経済の原則
l  能率向上 ⇒ 社会が進歩するほど能率が悪くなっているし時間の無駄が多い。能率向上は単に工場労働者の管理の話ではなく、いつでもどこにでもあるもの
l  希薄な道徳観念への警戒 ⇒ 維新以後商業道徳が文化の進歩についてきていないどころか退化している。西洋の風習ばかりを見てそっくり日本に応用しようとすれば失敗は免れない
l  正しい競争 ⇒ 何事にも競争はつきもの。江戸300年の歴史が武士の精神崩壊に繋がり、商人は卑屈になって、嘘偽りの行為が世の中に蔓延するようになってしまった

第9章        教育と情誼
l  孝は強制ではない ⇒ 子に孝を強制してはならない。子が孝行をするのではなく、親が子に「孝」をさせる
l  明治維新後の教育 ⇒ 昔の選抜教育に比べ、維新後はより多くの者を平均的に底上げする常識教育で、師弟関係の乱れが顕著。今の教育は知識重視で精神修養が疎かとなり、人格形成の点で心配。学問修得の目的を喪失
l  偉人の母 ⇒ 優秀な人材は家庭で賢明な母親に育てられたというケースが多く、母親の徳による面が大きいところから、女子教育を疎かにすべきではない
l  男性と女性 ⇒ 女性も社会の一員であり、国家の構成要素である以上、男女の別なく国民としての才能や知性や徳を高め、お互い助け合いながら働く
l  理論より実践 ⇒ 中等教育の劣化が目立つ。特に道徳面が疎か。実業教育も発達してきたのはここ20年のこと。実業界に立つ者は自由を尊ばなければならない
l  人手余りの原因 ⇒ 今だ実業界が十分発達していない現状で、高等教育を受けた者の供給が過剰。多様な人材の需要とミスマッチ
l  教育のあり方 ⇒ 教育の仕方は非常に優れてはいるが、その精神をはき違えている。知識ばかりを詰め込まれた中流以上を目指す人物を過剰に輩出し、思慮分別の養成や人格形成が置き去りにされている

第10章     成敗と運命
l  真心と思いやり ⇒ 内面と外面の調和を保つ。人道は忠恕から成り立つ。どんな人も自分の職務を真面目に勤め、その上で真心と思い遣りの気持ちをしっかりと持つ
l  失敗のような成功 ⇒ 一見失敗や不遇続きの生涯のように思われた孔子のほうがより多くの人に尊敬されている。精神的価値を追求する事業となると、成功を今この手で掴もうとするのは浅はかな行為
l  人事を尽くして天命を待つ ⇒ 天命といっても人間が勝手に決めていることに過ぎない。天に対しては、あらゆる出来事を天命として恭・敬・信の信念を持って向き合う
l  順境と逆境の淵源 ⇒ すべて自らが招いた境遇の一面に過ぎない。「人間が人間として用をなすのも、腹に『詩経』や『書経』といった書物が収まっていればこそ」(韓退之)で、優れた知性があって満遍なく勉強すれば逆境に陥ることはなく、逆境がなければ順境もない
l  細心かつ大胆 ⇒ 社会の進歩に甘えると自然に保守的になりがちだが、世界は日進月歩で動いており、活き活きとした進取の気性を養って発揮する。そのためには真の意味で独立した人間にならなければならない
l  成功も失敗も人生の残り滓(かす) ⇒ 成功も失敗も真心を込めて生き抜いた人生から出た残り滓のようなもので気に留めるに値しない。それよりもっと大切な天地の道理に目を向ける。人としての務めを全うすることを心掛けるべきであり、自分の責のために行動し、それを果たすことで安らかな境地に達するよう心掛ける。道理と共に行動すれば必ず栄える
格言十則
『顔氏家訓』⇒ 天地鬼神というものは、充ち満ちていっぱいあるのを好まない。少し遠慮して少なめにすると、災いを免れることができる
『楊氏』⇒ 天は春を先にし、秋を後にして年を回している。政治も同じ。まず先に規則を決め、後で違反した人に罰を与えるようにすれば、世の中丸く収まる
『国語』⇒ 足は泥だらけ。体は汗だくになって、髪を炎天下に晒して、からだ全体で働く。それが農業というもの
『史記貨殖伝』⇒ 収入において農民は職人にかなわない。職人は商人にかなわない。布に刺繍する業者は人通りの多いところでそれを売る人にかなわない
『劉新勰(きゅう)論』⇒ 農業が害を受けるのは飢饉のもとだ。布を織る女工たちを蔑ろにするのは寒さに凍えるもと
『易経』⇒ 言行は、君子にとって最も重要。これによって名誉を得るか、恥辱を被るかが決まる
『詩経』⇒ 統治者がいったん口にしたことは、至る所で噂されている。その責めを受けるのはいったい誰か
『大戴礼記』⇒ 言葉で多くのことを言わない。しかし、言った事は徹底的に努力すべき
『説苑(説苑)』⇒ 声はどんなに小さくても聞こえてしまう。行いは隠していてもやがて明らかになる
『荀子』⇒ 志や意志が固ければ、相手が金持や権力者でも屈することはない。道義心が重ければ、相手が王様や貴族でも動ずることはない

第3部        渋沢栄一に学ぶビジネスマインド
    事業と倫理観 ⇒ 論語の精神を理解した上で、自ら判断をしていく姿勢から育まれる
l  論語で培うバランス感覚 ⇒ 道徳と利殖や出世欲を一致させようというのが本書のテーマで、事業には倫理観がないと長続きしない。事業欲を道理によって制御するようにすべきで、道理とは最終的に世の中のためになるかということ
l  常識を知ることの大切さ ⇒ 常識の涵養が調和のとれた振る舞いに繋がる。常識とは「普通の人の人情がよくわかり、世間一般の仕組みや慣行を理解し、状況に応じた振る舞いができる能力」であり、世の中の様々な考え方の真ん中を知ること
l  すべてに秀でた凡人の凄さ ⇒ 常識人とは「知・情・意の3つが調和し、偏ることなく発達した人」で、世の中でいつも求められるのは英雄より、「知性と思い遣りと意志の調和がとれた」常識人
l  調和のとれた発展が文明国を作る ⇒ バランス感覚が必要なのは国家も同じ。民間が経済の活力をつけることで、社会も富み好循環が生まれる
l  見ることを通じて論理を養う ⇒ 人を見る目があれば倫理観も揺るがない。論語による視・観・察の3つの人物観察の仕方を説く。視は第1印象、観は動機、察は心の安らぐ背景
l  曇りのない目で人を評価する ⇒ 私怨に目を曇らせることなく人を評価し、適材適所を貫く
l  全体を見据えて考えを進める ⇒ 争いを避けるのではなく、常に勝つ気概で立ち向かうが、商業道徳に逸脱するような競争や不毛な争いは避ける
l  日常で磨く倫理観 ⇒ 暮らしの中のどこにでもあるのが道徳
l  異なるものの中に共通点を見出そう ⇒ 経済の大原則は有無相通ず。片方にあってもう片方にないものを融通すること。洋の東西を問わず、約束は必ず守るというように、共通するものがある。論語に基づく商業道徳は世界でも通用する。常に公正に、論理的に物事を捉え、異なるものの中に共通点を見出すこともビジネスマインドを高めることに繋がる

    起業の精神 ⇒ 論語は机上の理論ではなく、実践してこそその価値がある
l  志があればぶれない ⇒ 渋沢がヘッドハンティングや、顕職への誘いを断ったのも志があったから
l  大きな目標は小分けにし、志に一貫性を持たせよう ⇒ 一生をかけて追い求める大立志を実現するために小立志がある。渋沢にとっては文明国にするために起業した。常に大立志に照らし合わせることでやるべき小立志が逸脱していなかを検証
l  対話を通じて論理を蓄える ⇒ どんな人にも壁を作らず、誠意と礼儀をもって向かい合う。異なる理論を吸収することで、自らのロジックを鍛え論理の引き出しを充実させる
l  原因と結果を論理的に考える ⇒ 常に物事の因果関係を探る姿勢がビジネスマインドの向上に繋がる
l  今の材料から将来を予測する ⇒ 株主総会でも決して多数決は行わなかった。ともかく討議する。意志の鍛錬をして揺らがないものを作り上げる
l  信頼関係をいかに築くか ⇒ 敵を作らない
l  見知らぬ人と気脈を通わすセンス ⇒ 「お互い様」の考え方で、相互に驕らず、胸襟を開いて付き合う。義理を守り信頼関係を築くよう行動する。自分なりのポリシーを持って行動する
l  実践することでマインドが高められる ⇒ 修養とは単なる理論ではなく実践あってのもの。現実と密に関わっていることを意識して物事を進める
l  自ら好機を求めよう ⇒ 自ら努力する、自ら箸を取ることが重要

    利他の精神 ⇒ お金は世の中に儲けさせてもらうものだから、世の中に還元させよう。社会が富むことによって自分が持っている富の価値も上がる
l  利他はリーダーの資質 ⇒ 君子が行動を起こすときの順序であり、他人以上に実力をつけろということ
l  脈々と引き継がれる利他の精神 ⇒ 世界にある様々な倫理観は1つの真実に行き着く。「啓発された利己自益」とは相手を富ますことによって自らも豊かになることで、アメリカ民主主義の根幹にある考え


リーダーの本棚ポッカサッポロフード&ビバレッジ社長 岩田義浩氏
創業者の熱い思いに学ぶ 
2019/7/20付 日本経済新聞
会社の源流にちなむ本を繰り返し読み、経営の基軸にしている。
1万円札の肖像に選ばれた渋沢栄一さんは、サッポロビール(現サッポロホールディングス)の創業と深い縁があるんです。北海道の開拓使麦酒醸造所として1876年に生まれ、大倉組商会に払い下げられた後、それを母体に渋沢さんが参画して札幌麦酒会社を設立し会長になっています。
ゆかりのある方の著書なので『論語と算盤(そろばん)』を20年くらい前に読みました。当時は単に知識として頭に入れたという感じでした。しかし経営に関わるようになって、渋沢さんの教えが思い浮かび何度も読み返しています。
会社が永続するためには何が必要か。経営戦略部門で経営計画作りなどに携わり、さらに経営戦略部長になって自問自答しました。利益が大切なのは当然ですが、やはり渋沢さんの『論語と算盤』にあるように、道徳を忘れず社会とともに歩む姿勢が欠かせません。
私が今いる会社はポッカコーポレーションとサッポロ飲料が一緒になってできました。昨年亡くなったポッカの創業者、谷田利景さんには何度かお目にかかるとともに、著書の『成功は缶コーヒーの中に』も読みました。
谷田さんは世の中に無い物を開発し続けた挑戦の人です。「ポッカレモン」をはじめ、冬場に温かい缶コーヒーが飲めるように冷温兼用の自動販売機をつくるなど、苦労をものともせずチャレンジしました。その歴史が著書に詰まっていて、創業者の思いは当社のビジョンとして引き継がれています。
歴史が好きで、事実に基づいて幅広く物事の因果関係を考える。
2006年に経済学者の中谷巌先生が主宰する「不識塾」で、仕事をしながら1年間学びました。そこで元外交官の作家、佐藤優さんに教えていただきました。佐藤さんが企画し解説も書いている『いっきに学び直す日本史』も座右の書といえます。著者の安藤達朗氏が書いた大学受験用の参考書をベースにしたもので、佐藤さんの話と併せて、歴史の見方が広がりました。
例えば、誰かが熱い志で国を変革したとしても、それは必要条件であって、その国が世界の中でどのような位置づけだったのかという十分条件も合わせてみる必要があります。
明治維新も世界史の流れと関連しています。ばらばらだったドイツやイタリアが国民国家にまとまる動きと、米国が南北戦争で手いっぱいという状態などが重なり、列強間に力の真空状態が生まれた中で成し遂げられたのです。この本は日本の成り立ちを世界との関係において書いています。こうした視点で歴史的事実を知っておくことは、海外事業を考える際に大事です。
司馬遼太郎さんの作品は小学校時代に『国盗り物語』を読んで以来、ほとんど読みました。『世に棲(す)む日日』は魂の人吉田松陰と、その理想を実践した高杉晋作との対比が面白いですね。会社も変えてはいけないDNAと現実に合わせて変えるべきものがあります。
変革迫られる企業のかじをどう取るか、読書からも気づきがある。
かつてビールが右肩上がりで成長して、サッポログループにとっていい時代がありました。しかし経営環境が変わって安閑としていられなくなり、攻めの会社への脱皮を図ってきました。それには言葉だけでは駄目で、企業文化を実際に変えなければなりません。
『ビジョナリー・カンパニー』は「時を告げるのではなく、時計をつくる」ことが重要だと指摘しています。今こうすべきだと時を告げるカリスマ経営者は、それはそれで素晴らしい。しかし実は優れた会社は、いわば時計のように仕組み、組織をつくり、きちっと回るようになっている。
会社を変革するには、そのDNAを理解したうえで、自分なりにブレない軸を持たなければならないと思います。哲学者デカルトの『方法序説』は「我思う、ゆえに我あり」という言葉で知られていますが、1回読んだくらいではよくわかりませんでした。
しかし事業の今後について独り思索を重ねて、デカルトの「最後に考えている自分がいた」という内省の哲学の意味が少しわかってきたような気がしています。
(聞き手は森一夫)
【私の読書遍歴】
《座右の書》
『現代語訳 論語と算盤』(渋沢栄一著、守屋淳訳、ちくま新書)
『いっきに学び直す日本史』(全2巻、安藤達朗著、東洋経済新報社)


日経ニューススクール 2019.4.9.
1万円札の渋沢栄一に学ぶ「論語と算盤」 
政府・日銀が1000円、5000円、1万円の各紙幣を一新します。2004年以来の刷新で、1万円札に採用されるのは渋沢栄一(18401931年)の肖像画となります。「日本の資本主義の父」と評される渋沢栄一については、キャリアサイト「出世ナビ」でもたびたび取り上げてきました。
玄孫でコモンズ投信会長の渋沢健さんには、「渋沢栄一の玄孫がMBAでつかんだ2つの大切なこと」「改めて現代に響く高祖父渋沢栄一の言葉」と題して、渋沢栄一の唱えた「倫理と利益の両立」について、自らの人生と重ねて語ってもらいました。
渋沢健さんが高祖父の言葉を読み解いた著書「渋沢栄一 100の金言」については、書評『働く力が湧く 「資本主義の父」の言葉 でも紹介しました。渋沢栄一の著書「現代語訳 論語と算盤(そろばん)」は必読の1冊といえそうです。
経営論の名著を紹介する連載コラム「経営書を読む」では、コーン・フェリー・ヘイグループ社長の高野研一氏が「倫理の死角」(マックス・ベイザーマンら著)を取り上げる中で、渋沢栄一の「論語と算盤」について重ねて言及、現代に通じるその思想の普遍性を説きました。
渋沢栄一の思想はなぜ今なお注目されるのか。この機会にぜひお読みください。


現代に働く人の葛藤に響く 1世紀前の渋沢栄一の言葉人生の景色が変わる本(1) 『現代語訳 論語と算盤』
2019/2/28
『現代語訳 論語と算盤』渋沢栄一著 守屋淳訳 ちくま新書
企業による不祥事が、毎日のようにニュースになる昨今。従業員を不当に扱うブラック企業という言葉も、もはやすっかり定着した感がある。利益至上主義ともいえる風潮がはびこる現代において、本書は働き方や企業のあり方を改めて考えさせてくれる。
近代日本資本主義の父といわれる実業家、渋沢栄一による名著を分かりやすく現代語訳。明治期から活躍し、みずほ銀行やJRなど、約470の企業の設立に関わった渋沢。彼が生涯、自身の経営哲学の土台としたのが孔子の『論語』だった。利潤を追求しつつ、その実践には道徳心を伴わなければならない。核となるこの考えをはじめ、その言葉の数々は、1世紀ほど前に著された内容にもかかわらず、現代社会で働く人々の悩みや葛藤にぴたりと寄り添い、答えを示唆している。今、自分が働く意味を見いだしにくいと感じているなら、ビジネスマンの大先輩の言葉に耳を傾けてみては。
要点1 道理にかなった富なら進んで追求すべき
高い道徳を持つことと利潤追求とは一見、相反するように思える。だが、富や地位を求めることは、人間の自然な欲求であり、決して悪ではない。それがまっとうな生き方にかなうものであれば、進んで求めるべき。一方、「自分さえよければいい」という考えで道理に背いていると、豊かさは社会全体に広がらず、結果的に自分も不利益を被ることに。富を得たい欲望と、その暴走を止めるための道徳心。この2つを常に持ち併せてビジネスを行うことが、結果的に経済や社会を元気にする。
要点2 逆境も天命と思えば心の平静を保てる
仕事でも人生においても、逆境に見舞われることはあるだろう。その際はまず、それが「人がつくった逆境」なのか、あるいは「人にはどうしようもない逆境」なのかを区別すべき。前者は自分を顧みて、悪い点を改めることが必要。後者の場合は、それが社会のなかで自分に与えられた役割だと覚悟を決めれば、大変な状況でも平静さを保てるだろう。天命に身を委ね、チャンスが来るのを気長に待ちながら努力を続けるしかない。
要点3 毎日を新たな気持ちで理想を持って仕事する
長い間の慣習が染みついた組織や社会では、毎日の仕事を形式的にこなしがち。日々を新たな気持ちで過ごさないと、はつ剌さが失われ、組織全体も活力を失ってしまう。どんな仕事でも、ワクワクするような気持ちや熱い真心を持って取り組めば、飽きてしまったり、嫌になってしまうような苦痛は感じないだろう。そして、その姿勢で仕事を続けていれば、すべてとはいかないまでも、自分の理想の一部はかなうはずだ。
n  要点4 成長のもとになるのは善意の競争
何かを一生懸命やるためには競うことが必要で、ビジネスも例外ではない。努力や知恵、工夫によって他人に勝つという善意の競争は、勉強や成長のもとになる。一方、妨害や虚偽で他人の利益を奪うような競争は悪意の競争。これによって一時的に利益を得ても、やがては自分や組織の信用を落とし、なかなか回復できない。そればかりか、業界や国全体の損失にもつながってしまう。
要点5 成功や失敗は努力した人の体に残るカス
世界の情勢がめまぐるしく動き、技術も日々進化する時代。そのなかでは、失敗を怖れずに、大胆な気持ちで物事に挑戦することが大事。そうやって努力したなら、たとえ失敗したとしても悲観する必要はない。「今回は自分の知力が及ばなかった」と思って勉強を続けていれば、また幸運に恵まれるときが来る。結局、成功や失敗というのは、心を込めて努力した人の体に残るカスのようなものなのだ。「成功か失敗か」という価値観から抜け出して、超然として努力を続ければ、もっと価値のある人生を送ることができる。
(嶌陽子)


(けいざい+)今を生きる渋沢栄一:上 「論語と算盤」が導く未来
2019670500分 朝日
 証券会社が軒を連ねる東京・茅場町東京証券会館。マネーや起業の講座が開かれることが多い会議室の大きなスライドに突然、大リーグ・エンゼルスで活躍する大谷翔平選手の姿が映し出された。
 「大谷選手と渋沢栄一。関係あると思いますか」
 コモンズ投信の渋沢健会長(58)が問いかけると、意外さからか、20~60代の約40人は静まりかえった。5月にあった「論語と算盤(そろばん)」経営塾での出来事だ。
 「論語と算盤」とは「日本の資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一の講演録のこと。渋沢会長は栄一の孫の孫、やしゃごだ。
 大谷選手が所属した日本ハム栗山英樹監督は「論語と算盤」の愛読家として知られる。大谷選手もこの本を監督から渡され、読み込むのを目標の一つに掲げていた、と渋沢会長は聞いている。
 「見えない未来を信じろ」。栗山監督の著作の中にはこんな言葉がある。「二刀流の未来を信じ、大リーガーに押し上げた。この言葉は『論語と算盤』のエッセンスでもある」。渋沢会長は説明した。
 渋沢栄一は1840年、埼玉県深谷市の豪農に生まれ、後の将軍、一橋慶喜に仕える武士になった。1867年のパリ万国博覧会に随行した経験などから経済人に転向し、鉄道や繊維、製紙など今も日本に残る大企業の創業に参画。日本の植民地だった当時の朝鮮半島の産業振興にも携わった。儒教に傾倒し、ビジネスと道徳は一致するという「道徳経済合一説」を唱えた。
 そんな渋沢の思想は今も、多くの経営者に信奉される。
 新潟市を中心に専門学校などを運営するNSGグループの池田弘(ひろむ)代表(69)は宮司の家系に生まれ、若いころはビジネスの世界に違和感を持っていた。考えを改め、起業に転じたきっかけが「論語と算盤」だ。
 「渋沢は地方振興に熱心だった。新潟を地域創生のモデルにしたい」。2001年、「異業種交流会501」を始めた。渋沢が創業に関わったとされる500社を一つでも超えたいと名づけた。毎月、勉強会を催す。
 かながわ信用金庫(神奈川県横須賀市)の平松広司理事長(69)も渋沢にほれ込んだ一人だ。財閥をつくらず、社員や地域などで利益を分かち合う姿勢に共感した。
 渋沢が重視したもう一つの「算盤」にもこだわる。理事長に就いた当時は三浦藤沢信用金庫だったが「人口が多いところで勝負する」と14年に名称も変更して勝負に出た。リスクをとって利益を上げ、地域に還元しよう――。その効果もあり、昨年度決算まで67年間、黒字を続ける。(加藤裕則)
     
 24年に発行される新1万円札の肖像に選ばれた渋沢。没後88年経ってなお注目されるのはなぜか。2回で紹介します。
(けいざい+)今を生きる渋沢栄一:下 「君子の商」、社会貢献の志
2019680500
 「為君子商 無為小人商」
 「君子の商となれ、小人(しょうじん)の商となることなかれ」と読む。今年3月18日、東京都国立市一橋大であった卒業式の後、商学部の田中一弘学部長(52)が卒業生280人に向けて大教室の黒板に書いた。
 渋沢栄一が生前、論語の一節を変えてつくった言葉だ。「商とはビジネスにたずさわる人。知識や技量で高い成果を上げるだけでは小人にとどまる。社会に貢献する志を持ってほしい。それが君子です」
 経済のグローバル化が進み、経営者が年に数十億円もの報酬を得る米国流が日本にも入ってきた。企業不祥事も相次ぐ。田中学部長は、社会に出て不正行為に出会ったときへの注意としても渋沢を引き合いに出した。
 「経営手腕があるかどうか、法を犯したかが問題ではありません。不義・不正を犯すくらいなら、あえて『富貴栄達』の道をとらない覚悟をもつことも君子の商です」
 渋沢は、官に比べて下に見られがちだった民間経済界の地位向上にも力を入れた。1878年の東京商法会議所設立にかかわり、初代会頭に就いた。現在の東京商工会議所の前身だ。
 財界人としても活躍。全国でインフラや産業の開発に力を入れた。関東大震災の復興の先頭に立ち、東京を近代都市に再生させるきっかけをつくった。創業を支援した七十七銀行仙台市)の金融資料館に設けられた渋沢の展示スペースには、鉄道や港湾などの開発の様子が紹介されている。
 昨年、創立140年を迎えた東商は式典を開き、現会頭の三村明夫日本製鉄名誉会長(78)が宣言した。「初代会頭・渋沢栄一の意志をつなぎます」
 「私益と公益は合致するという考えは経営者の守るべき一つのモデルだ。欧米とは違う資本主義を説いた渋沢の精神を現代に生かしたい」。三村会頭はその思いをこう解説する。
 再び脚光を浴びる渋沢の思想。小林喜光・三菱ケミカルホールディングス会長(72)はその功績を評価しつつも、4月16日にあった経済同友会代表幹事としての最後の会見でこうクギをさした。
 「ノスタルジーも必要だが、都合のいい情報だけを切り取ってはいけない。今の時代は一人のリーダーを象徴的にあがめるのではなく、個々人が強くなって、自分の頭で考えることを捨てないでほしい」
 渋沢もこう言っている。
 「溌剌(はつらつ)たる進取の気力を養い、且(か)つ発揮するには、真に独立独歩の人とならねばならぬ(中略)独立不羈(どくりつふき)の精神を発揮するには、今日のごとく政府万能の状態で、民間の事業が政府の保護に恋々たる状の見えるごときを風を一掃し……」(角川ソフィア文庫「論語と算盤〈そろばん〉」から)(加藤裕則)


(経済気象台)米国流「論語と算盤」
2019660500分 朝日
 現代は、ファンドによる金融資本主義の時代だ。特に、ブラックロック、バンガード、ステートストリートの米国3大運用機関が世界を席巻しつつある。3社合計の運用資産は約9兆ドル。東証の時価総額は6兆ドル弱。3社だけで日本の全上場企業を買収できる計算だ。
 こうした中、ブラックロック経営トップのフィンク氏が、投資先企業の経営者に毎年送る手紙が注目を集めている。2017年には、持続的な成長のために調査・研究と人材開発への投資を惜しまないように企業経営者に説いた。今年のタイトルは「存在目的と利益」。企業が短期の利益追求に走らず、創業目的に基づく戦略決定や経営判断を行い、社会課題の解決に貢献することが、長期的な財務リターンを生み出すと主張している。
 同氏の主張の背景には人々の価値観の変化がある。米国で労働人口の35%を占めるミレニアル世代の63%が「企業は、利潤追求ではなく社会を良くするための存在」と考えているという。彼らは未来の投資家だ。ベビーブーマーから24兆ドルもの富の相続が約束されている。彼らに投資先に選んでもらうには、「存在目的」を明確にした経営が必須、というわけだ。
 若い人材にやりがいのある仕事を与え自己実現の場を提供し、社会や環境の課題の解決につながるビジネスを行う。そうした非財務的な企業価値の向上が、長期的には己資本利益率(ROE)などの財務リターンの改善につながる。新1万円札の渋沢栄一が「論語と算盤(そろばん)」で主張した「義利合一」、モラル(仁義道徳)とビジネス(利用厚生)の両立に通じる考え方が、現在の金融資本主義の中心人物から語られ、世界経済の新たな座標軸になろうとしている。(慶)

(天声人語)20年ぶりの新紙幣
20194100500
 1962年、千円札の肖像画が伊藤博文に決まるまでには、有力なライバルがいた。実業家の渋沢栄一である。ぎりぎりまで候補に残ったものの、落選した。容貌(ようぼう)がお札向きでないことが理由の一つだったと、当時の新聞にある容貌とはつまり、渋沢の写真にヒゲがなかったことか。今ほど偽造防止技術が高くなかったその頃、ヒゲのあるなしは重要な要素だった。細かな毛の一つ一つが描かれれば、それだけ偽札づくりが難しくなる。お札の伊藤は白く豊かなヒゲが目立っていた政治家や文化人の多かった紙幣の肖像に、ビジネス界からの起用が決まった。20年ぶりの刷新で、1万円札には渋沢が選ばれた。聖徳太子福沢諭吉に続いて3代目となる時代の潮流を見極めた人だった。明治初年、若くして政府から民間に転じた。「金銭に眼(まなこ)が眩(くら)み、商人になるとは実に呆(あき)れる」と友人から言われたが、日本を豊かにするためには商売が大切だという信念を貫いた(『論語と算盤〈そろばん〉』)。なるほどお札にふさわしい人かもしれぬ潮流といえば、キャッシュレスの流れが進む現代である。新紙幣が世に出る2024年には現金の肩身はもっと狭くなっているかもしれない。「財布に栄一を……」との言い方が果たして定着するかどうか渋沢はお金について「よく集めよく散ぜよ」と書いた。お金は貴いが、むやみと惜しんでは社会が活発にならない。乱費ではなく、善用せよ。お札の人に納得してもらえるような使い方ができれば。


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