酒を食べる  砂野唯  2019.7.3.


2019.7.3. 酒を食べる――エチオピア・デラシャを事例として――

著者 砂野唯(ゆい) 1984年京都府生まれ。京大大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。京大大学院アジア・アフリカ地域研究研究科及び同大学院農学研究科科研研究員、総合地球環境学研究所プロジェクト研究員を経て、現在名古屋大大学院農学部生命農学研究科特任助教。専門は生態人類学

発行日           2019.3.30. 初版第1刷発行
発行所           昭和堂

本書は2014年京大大学院アジア・アフリカ地域研究研究科に提出した博士論文『モロコシ酒を主食とする人々の生活様式と農業――エチオピア南部デラシェ地域の事例――』を大幅に改定したもの
京大アフリカ地域研究資料センター・アフリカ研究出版助成「平成30年度総長裁量経費(若手研究者に係る出版助成事業)」によって出版が実現

本書の基礎となるエチオピアとネパールでのフィールド調査、資料の整理と分析には、以下の財団からの助成をうけている ⇒ 日本学術振興会・科学研空費補助金、日本科学協会笹川科学研究助成(09年度)及びグローバルCOEプログラム「生存基盤持続型の発展を目指す地域研究拠点(フィールドステーション等派遣支援プログラム)(10年、11年度)ASAFASフィールドワーク・インターンシップ・プログラム(11年度)

序章 食べ物である酒との出会い
初めてエチオピアを訪れたのは0812月。アフリカの在来農業に興味をもって大学院に進み、植民地化されたことのないエチオピアには、他のアフリカ諸国よりも在来の生業や文化が色濃く残っているという先輩たちの説明に魅力を感じて調査団に参加
デラシェ地域には酒を主食とする、世界でもあまり例を見ない食習慣があったが、自然と社会の厳しさゆえにこれまでほとんど調査されてこなかった
80以上の民族が暮らす多民族国家のエチオピアは、1991年に代表的な民族居住区をもとに国内を9つの州に分けて連邦制を導入、民族性を尊重した統治方式をとる
その中の1つである南部諸民族州には45の民族がいて、デラシェ特別自治区には東クシ系の農耕民デラシャが暮らす。標高1000mから上の冷涼湿潤な気候
パルショータと呼ばれる緑色の濁酒を飲み、それ以外の食べ物をほとんど口にしない
モロコシに在来の乾燥させた葉を加えて醸造、乳酸発酵とアルコール発酵の微妙なバランスで製造、穀物に含まれるアミノ酸によるコクや糖分の甘味、乳酸発酵によるしっかりとした酸味と漬物に似た香り、モロコシに含まれるタンニンの渋味が渾然一体となった独特の風味がある
デラシェ地域には酒以外の固形の食べ物は4種類のみ
にも拘らず、男性は筋骨隆々、女性もふっくらと恰幅がよく、男女とも少しお腹が出ているが、十分農作業に耐えうる体格
パルショータはバランスのいい総合食品であることは間違いなく、1日の摂取量は平均5㎏、穀物の沈殿をろ過しないので、アルコール発酵した少し酸っぱい流動食を食べているようで、しばらくは満腹感が続き、収まるとまた飲むということを長時間繰り返す
著者は水で薄めて飲んだが、すぐに嚥下できなくなり、栄養失調になった
酒文化を糸口にして、ユニークな農法や穀物の貯蔵法がある
ネパールにも食べ物として酒を飲む地域がある ⇒ 中央部の山間部ではトウモロコシなどを原料とする醸造酒を主食としている
ブータンの一部にも酒を食事とする習慣がある

第1章        食べる酒パルショータのつくり方
第2章        酒を主食にする食文化
第3章        パルショータの栄養価
第4章        デラシェ地域の農業
第5章        モロコシを保存する地下貯蔵穴ポロタ

終章
農耕民の主食はエネルギー効率の高いデンプンに富んだ食物で、イネ科の穀類や根菜類が主食を構成する基幹作物
酒食の衰退には高タンパク質食品の普及が関係
デラシャが暮らす過酷な生態・社会環境がこのような食文化を作り出したのかもしれないが、そこには極限的に少ない作物種を省力的に育て、そのわずかな糧をパルショータに濃縮することで、主食・副食に求められるすべての要素を満たしている
デラシャの農業は雨に強く依存、5年のうち4年は雨が少なく、年間収穫量の大きな差を補うのが地下貯蔵庫ポロタ。そこではモロコシを20年間保存できる。世界で唯一数年単位での貯蔵が可能な地下貯蔵庫で、僅かな漏水が引き起こす不思議な現象に由来
アルコール発酵することで食品の栄養価を高めているが、それでも不足するタンパク質は、毎日長い時間をかけながら5kg飲んで絶対量の不足を補っている



(書評)『酒を食べる エチオピア・デラシャを事例として』 砂野唯〈著〉
20195180500分 朝日
 厳しい風土で生き残るための解
 エチオピアに酒を主食とする地域があるという。そこでの暮らしは愉快なのか、それとも過酷なのか。
 本書は、その生活や文化を研究した博士論文の改稿で、体験記でもある。
 興味を引くテーマ、表紙やタイトルにも誘われる。出だしも快調、200ページ余りを一気に読めると思ったらそうでもなかった。地名や作物、加工過程、初めて見るカタカナ言葉が続出、豊富な数値データは流し読みできない。細かい図解やグラフ、農地の土壌分析の説明では化学式やイオンも登場する。研究成果の根拠ではあるけれど、「学術講演会じゃないから省略してくれ」とつっこみたくなる。
 いかん、これでは薦められない本のようだ。
 いや、そんなカタカナ言葉は前出に戻って確かめ直し、データはじっくり確認しながら、むしろ、時間をかけて読み進めたくなってくるのだ。きっと未知の社会を知る魅力にひかれ、次々に湧き上がる疑問がひとつずつ解き明かされていくからだろう。
 主食としているアルコール3~4%のパルショータってどんな味で、どう作るのかな。それだけで体に必要な栄養は得られるの。
 現地の農業、調理法、食文化が丹念な調査をもとに解説される。酒によって得られるカロリー、たんぱく質、ビタミンなどを調べ「総合食品」であることを示しつつ、農作業に必要なエネルギーを対比して、生活の合理性を示していく。
 気まぐれな雨で不安定な農業を強いられる地域で生き残れる食生活の解が「主食としての酒」だった。地面に掘った貯蔵庫でモロコシが長期保存される仕組み、酒ばかりの生活で体を壊さない理由も解かれる。
 フィールドワークの醍醐(だいご)味は、好奇心をかき立てられ、机上で想定できない発見にある。それも調査の苦心があってこそ。酒と生活の様々なつながりを行きつ戻りつして読むことで、その喜びをちょっぴり疑似体験できたのかもしれない。
 評・黒沢大陸(本社大阪科学医療部長)
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 『酒を食べる エチオピア・デラシャを事例として』 砂野唯〈著〉 昭和堂 5184円
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 すなの・ゆい 84年生まれ。京都大大学院研究員などを経て、名古屋大大学院特任助教。専門は生態人類学


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