世界を騙した女詐欺師たち  Tori Telfer  2023.5.27.

 2023.5.27. 世界を騙した女詐欺師たち

Confident Women  2021

 

著者 Tori Telfer 児童書の編集や教職を経て作家に。米各誌にも寄稿してきた。ニューヨーク在住

 

訳者 富原まさ江 出版翻訳者。『目覚めの季節~エイミーとイザベル』でデビュー

 

発行日           2023.2.6. 第1

発行所           原書房

 

表紙裏

豪奢なドレス、気品あふれる表情、誠実な言葉――出会ったら好きにならずにはいられない女詐欺師たち。何事にも動じない勇敢さで数々の障壁を突破し、ターゲットは痛みを感じる暇もなく騙されていく。華麗なる手口をご覧あれ。

 

 

はじめに

1977年『ニューヨーク・デイリーニュース』紙に若く美しい女詐欺師バーバラ・セント・ジェームズの記事が掲載された。「誰もがそう思うはず」「好きになる」という言葉は、どの時代の女詐欺師にも当てはまる

女詐欺師が人を惹きつける能力は唯一にして最大の道具

“Confidence Artist(信頼を得る名人)”と呼ばれ、他の犯罪者と一線を画す

 

²  上流社会に咲いたあだ花

1     ジャンヌ・ド=サン=レミ 通称: ラ・モット伯爵夫人 175691

1772年、ルイ15世は愛人デュ・バリー夫人に6472800カラットのダイヤの首飾り「コリエ・デスクラヴァージュ(奴隷の首飾り)」を贈ろうとしたが、直前に死去

16年前、ジャンヌ・ド=サン=レミ誕生。フランス旧王家ヴァロア家の子孫。庶子の生まれだが、両親はジャンヌを「ヴァロア家の孤児」といって物乞いをさせ生計を立てていたが、ある侯爵夫人がジャンヌを拾い、血筋を確認して王室年金を確保

ジャンヌは女たらしの枢機卿に目をつけ、彼を通じてマリー・アントワネットの王室に侵入、王妃の親友だと称して、枢機卿を騙す

首飾りを作らされた宝石商は、王妃に売り込もうとしたが断られ、ジャンヌに仲介を依頼

ジャンヌは首飾りを手にすると解体して売却

ジャンヌの偽計は露見し、終身刑になるが男装して脱獄、回想録を出した後、再度拘束から逃れるために飛び降りて死去

 

2     キャシー・チャドウィック

本名:エリザベス・ビグリー、多くの通称を持つ

アメリカが西部のゴールドラッシュで湧いていたころ、1857年カナダの貧しい家庭に生まれ、小さい頃から小切手の偽造や家具を担保に借金を繰り返し、叔父の遺産相続人という書類を偽造して周囲を欺き、何度か結婚して占い師になるが、噓がばれて実刑判決

大金持ちの医師と結婚、度を越えた浪費をするだけでは足りずに、書類を偽造して銀行から巨額の金を引き出し、さらにカーネギーの娘だと偽り、次々に銀行家を騙したが、遂に怪しまれ訴えられると、騙されていた人々の間に戦慄が走り、拘留された後神経衰弱章で死去

 

3     ワン・ティー(王媞)

大連のごく普通の家庭に生まれたワン・ティー。若くしてプロサッカー選手と結婚、憧れの生活を手に入れたが、それで満足できずに2008年オリンピック直後の北京に向かう

体操の金メダリストの気を引くために、太子党の一員だと宣言。さらにメダリストに貢ぐために不動産を借りてはそれを売って金を騙し取る詐欺を繰り返したためにとうとう破綻

 

²  未来を見通した女

4     女霊媒師たち  1848~現代

1848年、ニューヨーク州で14歳と11歳の姉妹が母親をからかおうと夜中に家でりんごを転がして脅し、次々に様々な音を鳴らして母親に霊の存在を信じ込ませる。母親が娘が霊能者だと思い込み、娘たちもそれにのって霊能者のふりをし続ける

死者と対話できる姉妹がいるとのニュースは瞬く間に広がり、交霊ビジネスが金になることを知った姉妹はプロの霊媒師に変身。同時期全米に霊媒師が続々誕生、近代スピリチュアルが開花、1893年には全米スピリチュアリスト教会連盟結成

姉妹は50代になってスピリチュアリズムに嫌気がさし、真実を告白したが、一旦広まったものは収まりようもなく、現代でも一定の信者が存続し続けている

 

5     フー・ファタム  本名: ドロシー・マシューズ

1933年大晦日のニューヨーク。アフリカ系アメリカ人向けの新聞『ニューヨーク・アムステルダム・ニュース』にほぼ毎号、東インドの科学的ヨギ(ヨガの行者)フー・ファタムのリーディング(占い)や成功の秘油販売の広告が載る。大恐慌後の不満の渦巻く社会で、その受け皿として流行したオカルトビジネス

フーは、美貌の霊能者、作家、実業家として名をなしたが、顧客の訴えで1941年重窃盗罪で逮捕されるが支援者によって保釈され、最後まで仕事を続け80年近い生涯を終える

 

6     ローズ・マークス 別名: ジョイス・マイケルなど 1951

ローズは1951年生まれ。祖先は1000年前インドからヨーロッパに移住したロマで、ナチスによって虐殺されたが、彼女の一族は20世紀初頭ギリシャからアメリカに移住

マンハッタンで小さなスピリチュアルの店「ジョイス・マイケル占星術」を開き、2000年代から順調に成長。悩める女性がローズと話すために年間100万ドルを払っていた

彼女の知性はコールド・リーディング(事前の情報や下調べなしで相手のことを言い当てる技術)、ホット・リーディング(事前に情報収集したことを隠し、その場で相手のことを言い当てたように思わせる技術)、手相占いなど手際の良さを必要とするビジネスで大いに役立つ。字が読めず、書くのも大変そうだが、頭のいい魅力的な女性

一番の得意客は、『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラーリストに何十冊も掲載される大富豪、ロマンス小説家のジュード・デヴロー。人知れず悩みを抱え助けを求めていた

2000年代半ば、ローズは両親と夫、孫を3年の間に立て続けに亡くし、薬、アルコール、ギャンブルの依存症になる

多額の金を騙し取られた客からの訴えで警察が動き出し、単なる占星術に対しあまりに巨額の金が動くのを見て驚愕。被害者は様々だが、詐欺のテクニックはほぼ同じ

2011年、ローズは詐欺やマネーロンダリングなど61の訴因で逮捕・起訴

ローズが服役している現在も、世界中で何かを信じたいと願う人々が財産を巻き上げられ続けている。霊的サービス市場は21億ドルの価値があるといわれる

 

²  作り話の名人

7     アナスタシアたち            1918

ロシア革命では、皇帝一家は捉えられてエカテリンブルクに移送され、幽閉・処刑されたことになっているが、真相は謎のままで、あちこちでドラマチックな話が頻発

皇女たち、オリガ、タチアナ、マリア、アナスタシアの中で最も注目を浴びたのが末娘のアナスタシア。ポーランド人やウクライナ人など、次々に同年齢のアナスタシアが登場

1991年、エリツィン大統領が遺体発掘調査委員会を発足させ正式に発掘を開始すると、11人処刑されながら発掘されたのは9体だけだったため、余計生存の可能性が出てきた

アナスタシアを名乗った女性は、死後のDNA鑑定で偽物だったことが判明するが、その後もアナスタシア本が後を絶たない

 

8     ロキシー・アン・ライス 通称: ケネス・ヒューストン(NFLのスーパースター)夫人など 1955

フットボールのヘッドコーチのところに在米ガーナ大使館勤務という女性からインタビューの申し入れの電話があり、シャーリー・テンプル(当時駐ガーナ米大使)の部下だと名乗ったのが決め手となって、そのサイン入り写真を子供たちのために用意してくれることを条件にインタビューに応じる

ロキシーは、セントルイスで片親家庭に育ち高校を中退、すぐに自分の推薦状を偽造して家政婦となり、小切手やクレジットカードを盗んで逃げる

作り話をしては人を騙す。最大のものが麻薬組織とNFLのスタートの間の麻薬取引を取り持ったことで、部分的に信憑性のある話をマスコミがまことしやかに取り上げ大騒ぎに

その後も人を騙し続け、逮捕・釈放を繰り返す

 

9     悲劇のヒロインたち

ルクサナ――1970年代にパキスタンで生まれ、スコットランドで育った44歳の女性。常習的な保険金詐欺で逮捕。レシートを偽造して物がなくなったといっては保険金を請求

アシュリー ――山火事救済基金への寄付詐取

タニア――9.11で生き残った罪悪感に苛まれる犠牲者は多いが、ノースタワーにいた夫を失い、彼女自身もサウスタワーの78階から命からがら逃げてきたと言い、犠牲者の関係者でつくるネットワークで声を上げ続ける

人は自分より不運な人を気にかけるが、それ脆さにも繋がる。美しい脆さというべきか、この脆さに付け込む連中もいる――悲劇のヒロインを演じる女詐欺師の登場。世界が崩壊するのを待ち構え、危険の気配を嗅ぎつける。これほど無慈悲な人間はいないだろう

 

10  ボニー・リー・バクリー 別名: フローレンス・ポーラキスなど 19562001

ニュージャージーの破綻した家庭に生まれ、ヌードになって通販ポルノを始め、お涙頂戴の話を織り込んで金を詐取。憧れの芸能界の有名人に接近、俳優と夫婦になるが、最後は被害者の誰かによって射殺

遺族は、彼女の過去を暴くことで金儲け

 

²  さすらう女

11  ローレッタ・J・ウィリアムズ 通称: ロレッタ・ジャニタ・ヴェラスケスなど 1842?1923

1861年、キューバ人の美少女が男装して南部の街を闊歩。軍服の男たちが戦場に行くのを見て我慢できずに、スカートを脱ぎ、胸を締め付け、兵士として入隊。その時の名前がロレッタ・ジャニタ・ヴェラスケス。元々は地元の売春婦で、勝手に過去を書き換えた

70年間孤独の中、アメリカ中をさすらい続け、ほかの誰かに変身しようとしていた

愛国心に燃えた女性が少なくとも400人は北軍兵士として戦ったと推定

他人になりすますのはたやすく、見知らぬ土地に行って名乗りを上げるだけで良かった

ローレッタは嘘八百の物語を作ってマスコミの話題をさらい、軍服を着て派手に振舞い、さらに名を上げる。駐屯地を渡り歩き、兵士たちから金を巻き上げ、戦争が終わると回顧録をマーク・トウェインと共同執筆で出すといってマスコミにリーク、実際に嘘で塗り固められた本が発刊される――1999年には歴史家の1人が回顧録を読んで「彼女はご都合主義だ」といい、2016年には初の彼女の長編伝記が出版されている

 

12  マーガレット・リディア・バートン 通称: レダ・マクグラシャン夫人など多数 190692

1954年、大富豪の夫を亡くしたという女性が15歳の少女とアトランタに流れ着く

1906年、天津の租界でイギリスの裕福な家庭に生まれたが、父親が早く亡くなり、20歳のころ一家でアメリカに移住。嘘と横領、なりすましとリスクが病みつきになり、職場の金を盗まずにいられず、居所を転々とする

 

13  サンテ・カイムズ 別名: シャンテ・カイムズなど多数 19342014

1934年、旱魃で大きな被害を受けたオクラホマの貧しい家の生まれ。インド人の父親が詐欺師で、インドの王子を名乗る。サンテは金持ちの夫、富がもたらす権力と支配を手に入れようと、結婚した相手をせっ突き、やがて富を手にするが、貧乏だったことで異様なまでの被害妄想を持つ。離婚してパームスプリングに移動して大富豪に狙いをつけ、怪しげな不動産業者と結婚。中米から若い女性を密入国させ、家に閉じ込めて奴隷のように支配したことが発覚、奴隷の罪で拘束

 

おわりに 「信頼」について

女詐欺師たちの犯行を成功させるための武器は「信頼」であり、彼女たちはこの諸刃の剣を操る――「信頼」は「自分を信じること」でもあり、「なにかを信じること」でもある。女詐欺師は被害者に何かを信じさせようとする一方で、自分自身をも信じさせる。その結果、被害者はまんまと騙される。被害者が名乗り出ないのは、必ず世間から何らかの批判を浴びることになり、そんな屈辱に耐えられないと思うから

「信頼」は人間が持つ大きな美徳だが、女詐欺師にとっては「的」を騙すための有効な手段

 

 

 

(書評)『世界を騙した女詐欺師たち』 トリ・テルファー〈著〉

202348 500分 朝日

『世界を騙した女詐欺師たち』

 人間らしさ突き忌々しくも痛快

 人はなぜ、騙されるのか。善良な者に罠を仕掛ける詐欺師がいるためと言えばそれまでだが、その嘘をすっかり信じ、財布の紐を自ら緩めてしまうのは何故だ。

 遠くは約250年前、あのマリー・アントワネットも巻き込まれた「首飾り事件」から、近くは2018年、カリフォルニアで発生した史上最大の山火事を利用したボランティア詐欺まで。本書に登場する女詐欺師の生き様は実に多様だ。

 たとえば19世紀末から20世紀にかけてアメリカに生きたキャシー・チャドウィックは、ある大富豪の隠し子を自称し、その嘘一つを頼りに銀行家や実業家から数百万ドルの大金を巻き上げた。彼女のお決まりの手口は、己を裕福に見せ、この女性は確かに富豪一族にふさわしい財産の持ち主だと信じさせること。彼女は上流階級だとの思い込みが、人々の目を晦(くら)ませた。

 一方、前世紀初頭の欧米には、革命の犠牲となったロシア皇帝ニコライ二世の四女アナスタシアを名乗る女性が複数出現した。ロシア語が下手で、生前のアナスタシアを知る者から似ていないと批判されてもなお、彼女たちは皇女として振る舞い、支援者はその生活を支えた。

 「誰が陰惨で単純な話を聞きたいと思うだろう?」と著者は問う。ニコライ一家の悲惨な死から目を背け、17歳の皇女の生存を信じたいという悲劇に対する人間らしい反応が、彼女たちの嘘を守り通した、と。

 そう、つまり女詐欺師の活躍は、騙される大衆の姿と合わせ鏡だ。富豪の隠し子を、悲劇の皇女を――桁外れの能力を持つ霊媒師9.11事件の生存者を我々は信じずにはいられない。なぜなら人は他人を信用する存在であり、社会はそんな数え切れぬ信頼の上に成り立っているのだから。

 本書を読みながら、読者は必ずや作中に己の影を探してしまうに違いない。痛快で忌々しい彼女たちを通じ、人間の善良さと愚かさの本質に迫る一冊である。

 評・澤田瞳子(小説家)

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 『世界を騙(だま)した女詐欺師たち』 トリ・テルファー〈著〉 富原まさ江訳 原書房 1980

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 Tori Telfer 児童書の編集や教職を経て作家に。米各誌にも寄稿してきた。ニューヨーク在住。

 

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