アナログの逆襲  David Sax  2019.5.19.


2019.5.19. アナログの逆襲 「ポストデジタル経済」へ、ビジネスや発想はこう変わる
The Revenge of Analog       2016

著者 David Sax ジャーアンリスト。ビジネスやカルチャー分野を得意とする。『ブルームバーグ・ビジネスウィーク』『ニューヨーク・タイムズ』『ニューヨーカー』『ガーディアン』などに寄稿。本書は3冊目の著作。トロント在住。『ニューヨーク・タイムズ』紙TOP10ブックス2016、『グローブ・アンド・メール』紙年間ベストブック2016、『ナショナル・ポスト』紙年間ベストブック2016、『Inc.』誌起業家のための年間ベストブック2016、アンドリュー・カーネギー優秀賞(最終候補作)2017

訳者 加藤万里子 翻訳家

発行日           2018.12.20. 第1刷発行
発行所           インターシフト

はじめに ポストデジタル経済へ
すっかりデジタル化された音楽の世界で、近くに出現したレコードショップに通うにつれ、「モノに触れる喜び」を再認識 ⇒ 絶滅を予想された小売りビジネスの象徴でもあるレコード店が世界中で復活しつつあるうえに、客層も安物を漁る小汚い年寄りに若者と女の子が取って代わる
デジタル化が進む中で、「時代遅れ」と揶揄されていた技術やプロセスが、唐突に息を吹き返し始めている ⇒ 形のあるモノを売る、壁と窓のある場所の急増と、ポストデジタル経済の誕生
アナログの逆襲は、デジタル・テクノロジーが並外れて進歩した結果にほかならず、私たちが何者で、どのように生きるかを知るための試行錯誤の道のりと考えられる
本書にラッダイト(技術革新反対者)は登場しない。あらゆるデジタル・ツールを駆使しながら、アナログ製品やサービスを市場に出している例ばかりが登場
1部では、レコード、紙製品、フィルム、ボードゲームといった新市場を考察し、時代に合わなくなったと言われたアナログ製品の製造・販売企業が、消費者の根本的な欲求を引き出して成功している例を紹介
2部では、出版、小売り、製造、教育業界、シリコンバレーの教訓をもとに、デジタル重視の経済の中でアナログな発想が持つ革新的かつ破壊的な可能性とその恩恵を実証
デジタルの使用を通して、物事を極端に単純化する考え方に慣れ過ぎてしまったが、現実世界は、単純な二者択一ではない ⇒ 複雑さから紡ぎ出されるアイディアにデジタルは及ばない
アナログの逆襲から見えてくるのは、過去と共存しながらテクノロジーの未来を築く新しいポストデジタル経済

Part I.     アナログな「モノ」の逆襲
第1章        レコードの逆襲
テネシー州のUnited Record Pressingの工場では、昔ながらのレコードのプレス機が稼働 ⇒ 1947年創業、20世紀のポピュラー音楽を代表するレコードの大半を製造してきたが、1970年代に翳りが見え始め、73年にシングルが、78年にはアルバムがピークを迎えたものの、84年には下降に転じ、06年には世界で売れたアルバムがわずかに300万枚、アメリカ国内ではたった90万枚まで落ち込み、つい8年前まではほとんど稼働していなかったものが、今や24時間フル稼働。大手レーベルでも2,3か月待ちが当たり前
15年にはアメリカ国内の販売が1200万枚にV字回復
レコードを望む一定の市場は常にあった ⇒ パンクやヒップホップなど、アンダーグラウンド・ミュージックのジャンルが売り上げを伸ばしていた
レコード店の閉店により、レコード市場のニッチ化が加速して、インターネットのオークションに売買の場が移行する一方、デジタル市場はMP3の登場とナップスターにより、わざわざお金を払って聴く者はいなくなり、音楽業界自体が壊滅的な打撃を受ける
音楽のデータ化により見ることも触れることもできないものと化し、逆にレコードは大きくて重みがある、所有していると実感できる誇りに繋がる様になって、カウンター・カルチャーの名声を再び手に入れ、若者文化の中心に復活
08年に始まって毎年4月の第3土曜日に開催されるRecord Store Dayのお祭りがレコードのリバイバルブームをメインストリームに押し上げる ⇒ 個人レコード店のオーナーたちが集まって計画、ワーナーミュージックがバックアップして実現
ターンテーブルも息を吹き返し、大手小売店の店頭にまで並ぶようになった
90年代末にデジタル・ダウンロードが登場してCDの売り上げが落ち始めると、レーベルが大幅な値下げに踏み切ったせいで、CDはほとんど儲けが出なくなったのに対し、レコード購入者は価格を気にせず、1枚に20ドル以上を払う
デジタル・ダウンロードとCDは、ストリーミング・サービス(定額制の聴き放題)の増加によって着実に衰退

第2章        紙の逆襲
メモを取ったり、アポを確認するのに、iPhoneに代わってモレスキンのノートを利用する人が増えている
モレスキンは、高収益を上げる株式公開企業。人間にはモノと経験が不可欠と主張して、最初は97年にノマド(放浪者や遊牧民)と分類する人々が使うツールとして開発
単なる紙製品からアナログ文化のアイコンに登り詰めた最大の理由は、優れたデザインだけではなく、商品に吹き込んだ物語で、「ヘミングウェイやピカソが愛用した伝説のノート」として売り出され、現代の偉大な芸術と文学はここから生まれたという架空のエピソードが添えられ、元々アナログの世界にあったエモーショナルな魅力と経験を生み出す力を最大限に引き出した
認知心理学者によれば、情報過多が引き起こす多大な損害ついて、極度の疲労やマリファナよりも脳に悪いという ⇒ メモを手書きすることは、デジタル機器に書くよりも集中力を高め、情報を保持し、精神衛生に良いとの研究結果が出ている
デジタルの場合、既に存在しないフォーマットに保存したため、ファイルのリカバリーに多大な手間と時間を要したが、紙製のノートなら絶対にそういうことは起こらない
モレスキンは0762百万ユーロで未公開投資会社シンテグラ・キャピタルが買収 ⇒ 当時の売上の4倍もの買収価格だったが、買収が成功した最も説得力ある理由は、オーセンティシティ(=本物であること)。何も書かれていないモレスキンの中にある自由、無限のクリエイティビティを秘めた真っ白なページこそが成功に否決
13年ミラノ証取に上場 ⇒ 評価総額490百万ユーロをつけたが、その後株価は低迷、2年後でもまだ売り出し価格を若干下回る。株価の低迷はデジタル派の懐疑論者が空売りしたためで、回復してきたのはメモ取りをデジタル時代における重要な行為にしたため
生産性を追求するユーザーとインターネットの融合
紙は、コミュニケーションの支配的なツールから転落したが、アナログが持つ無形のメリットで勝負できるようになり、「クール」なものに変化して復活を遂げた
高級オンライン招待状会社のように、アナログを活用するデジタル企業も現れる
紙の逆襲は、消費者が愛着を感じるカードや文房具などの消費財に限らず、紙の有用性は長期にわたって持続する点に目をつけ、デエジタル・テクノロジーを活用したアナログビジネスも復活
名刺制作会社が成功しているのは、紙には障碍を突破する力があるから ⇒ Eメールのほとんどは読まずに消去されるが、デスクに届けられる封筒は必ず開封される

第3章        フィルムの逆襲
イタリアのコダック/ポラロイドと言われたフェッラーニア社は、20世紀のフィルム市場をほぼ独占していたが、643Mに買収されたが、フィルム全盛の最後の年99年には商業フィルム事業は投資会社に売却
99年は米国内だけで8億本のフィルムが生産されたが、11年には20百万本に激減。02年ポラロイド倒産、03年フェッラーニア、05年イルフォード()とアグファ、12年コダックが相次いで倒産
11年にたまたま手持ちの映画用のフィルムを小型カメラに装填するために8㎜のフォーマットにカットしようとして、精密な穿孔機が必要となり、解体直前のフェッラーニアの工場を訪れ、生産ラインが手つかずで残っていたのが復活のきっかけ
15年に35㎜のスチール写真用フィルムの世界市場は年1億本と見込まれ、現像サービスを合わせると10億ドルの世界市場があることを示していた
1984年ソ連軍が運営する会社が労働者向けに廉価なロモ・コンパクト・オートマットLC-Aというプラスチック・カメラを発売。瞬く間に共産圏を席巻。ソ連崩壊後にウィーンの学生がプラハのカメラ店でこれを見つけ持ち帰ったところ、撮った写真には光が漏れ入って、緑の部分が暗く、予測できないトーンのばらつきがあるのを発見、その美しさに心を奪われ、ロモカメラで撮影されたアナログでレトロな写真をロモグラフィーと名付ける。折しも視覚の解釈が変わろうとしている時で、難しい写真撮影テクニックから解き放たれた、完全ではないことの素晴らしさを称える新しい写真哲学を掲げた運動を起こす ⇒ オンライン写真共有部分プラットフォームとなるウェブサイトを立ち上げると同時に、新しいカメラも開発され、ロモグラフィーがビジネスとして拡大
デジタルを主流としながらも、フィルムを1つの選択肢として確保、アナログのプロセスとその仕上がりを愛し、自分が使う機材ともっと関わりたいと望む
ポラロイドも全盛期はアップルに匹敵する会社で驚愕のイノベーションを連発、テクノロジー界の輝ける星だったが、倒産・整理の過程で自らの文化資本を無駄にしていたため、最後のフィルムを買い取ってオンラインストアで売ったところ、突然のように消費者がフィルムの感触を恋しがり始め需要が急回復。ポラロイドの工場を買収してた上でフィルムを転売しその収益で工場を再生。フィルムに改良を加え、徐々に売り上げを伸ばすとともに、中古のポラロイドを買い上げ、修理調整して200400ドル/台で再販
現在インスタント・フィルム市場は富士フィルムがポラロイドからライセンスを取得した技術から生まれた「インスタアックス」がほぼ独占(ポラロイドはごくわずか) ⇒ 02年がピークで100万台売り、その後05年には10万台にまで落ち込んだが、ハロー・キティ・バージョンで女子中高生の間で人気が急回復、15年には600万台を超える

第4章        ボードゲームの逆襲
ボードゲームとカードゲーム(業界用語では両方ともテーブルゲームという)は、13章と違ってデジタルに打倒されたわけではなく、ビデオゲームによって全般的に落ち込みはしたが、業界としては存続したものの、質の低下が問題
ボードゲーム・カフェの賑わいは、クールなたまり場として若い人を惹きつける ⇒ テーブルゲームがデジタル世界の外で独特の社交スぺースを作り出している
ビデオゲームは、テクノロジーの進歩とともに一人でするものになった ⇒ パソコンから携帯端末に移り、モバイルゲームになると、ビデオゲームにわずかに残っていた本物の社会的交流が消滅
テーブルゲームの逆襲の中心にあるのは、「社会的交流を持ちたい」という人間の欲求
アナログゲームには、深くて長続きする友情を生み出す力がある ⇒ どんなゲームでも、目的は勝つことと同じくらい人間関係を築くこと
カフェでソムリエに相当するのがゲーム・グルで、店内の3000ものゲームに精通しお客の希望を叶える案内人
テーブルゲーム・ブームを引き起こした最も重要な要因は、デジタル・ツールによって、閉鎖的だったテーブルゲームのデザインに起業家たちが次々と参入したこと
09年にサービスを開始したキックスターターという数千ドル単位のクラウドファンディングの支援ツールが、大小さまざまな数万のボードゲームとカードゲームを世に送り出す発射台となる ⇒ 13年のビデオゲーム・プロジェクトの資金調達総額45.3百万ドルに対し、テーブルゲーム・プロジェクトは52.1百万ドルだった

Part II.   アナログな「発想」の逆襲
第5章        プリントの逆襲
印刷物はまだ当分なくならない ⇒ いろいろ問題はあっても、どの出版社もまだ利益の大部分を印刷物から得ているから
印刷出版物の作成と販売方法が新しいモデルにシフトしている ⇒ ポストデジタル経済で機能するように設計されたモデルに変わっている。いきなり大部を印刷・販売するのではなく、ささやかな発行部数から出発して、愛読者のコミュニティを通して徐々に読者を増やしていく。より少数の貴重な読者に、より質の高い雑誌を少しだけ販売する
デジタル出版物は、流通面では明らかに印刷より勝っているが、利益モデルの大部分はまだ確立されておらず、収入より経費が多いパターンがほとんど
不況によって、広告費は印刷出版物からオンライン情報サイトへと急速に移行したが、すべてがデジタル出版物に流れたわけではなく、ウェブ全体に拡散
印刷広告はデジタル広告よりもエンゲージメント(消費者とブランドとの絆)が高い。消費者が目にする時間が長く、アルゴリズムで表示される広告よりも、表示する場所と方法を遥かにコントロールできる。デジタル広告は、クリックをせがむか広告ブロック・ソフトで一掃されるかのどちらかだが、紙媒体の広告は紙面にしっかり収まっている
印刷とデジタル出版物の大きな違いの1つは、手元の商品に料金を請求できること。印刷出版物はほとんどが数ドルで購入されるのに対し、デジタル出版物は無料 ⇒ オンライン・メディアはいま、無料のせいで首が回らない。無料だと多くの読者を獲得できて広告主には素晴らしく思えるが、実際には読者の価値を下げている。印刷の読者のほうが商品(雑誌や新聞)に対する愛着や忠誠心が高く、それがブランド広告にも移行する
『エコノミスト』誌は、デジタル版の購読者に印刷版と同じ年150ドル請求しながら発行部数を伸ばしている ⇒ 読者が最後まで読み終えられること(フィニッシャビリティ)、終わりに到達すると大きな満足感を覚えるのが大きく、読み終わったときに自分が賢くなったと感じる、その感覚を売っている(=読了のカタルシス)
iPadは、デジタル出版物の大きな将来性と現実のギャップを示している ⇒ 発売当初こそコストを減らす救世主として歓迎され出版社は多大なコストをかけて独占コンテンツを閲覧できる精巧なアプリを開発したが、ネットの記事に金を払う読者はほとんどいなかった
イギリス国内で成功を収めた最近の雑誌のほとんどは、制作費を価格に反映させた高級路線をとる。そのパイオニアが、ロンドンに拠点を置くカナダ人ジャーナリストのタイラー・ブリュレ。アフガニスタンでスナイパーに撃たれた怪我から回復後、96年から上質紙の雑誌を次々にスタートさせて成功に導いている
雑誌が印刷の未来の可能性を示す一方、新聞の未来はまだはっきりしていない ⇒ 新聞が貴重なアナログ手段であり続けるためには新聞の概念を変える必要あり。たとえば、一度で読み終えられるフィジカルな読書体験という少数の者だけを対象とした奥の深い個人的な贅沢をアピールする媒体であり、情報を仕入れる選択肢であるべき
大手新聞は、いまなお収益の大半を印刷から得ている
かなり多くの新規購読者が若い読者であることがわかってきた
ニッチ出版物の隆盛 ⇒ ある印刷業者の注文の80%300部未満の印刷

第6章        リアル店舗の逆襲
消滅したはずのアッパー・ウェストサイドの書店が復活 ⇒ 95年にアマゾンがオンライン書店を立ち上げた時から始まった凋落が、世界金融危機時を底に反転、特に個人書店の増加が著しい
実店舗の強み ⇒ ①直接お客に商品を売る手売り(hand selling)”文化があり独創的な客との交流が生まれている、②商品に注目させる方法が豊富にあり販売促進に繋がる
オンライン小売店は、売るのは比較的簡単だが、大半が赤字 ⇒ 大量の目線に訴えるには好都合だが、逆にたやすく無視されてしまい、アピールを購入に繋げるのは極めて困難で費用が掛かるし、何より買い物経験の違いで、デジタルショッピングには手を貸してくれる店員がおらず、僅かに無数の基準のバラバラな評価があるだけ

第7章        仕事の逆襲
デトロイトの高級化された通りには、製造業の時代は終わったという世間の常識を疑いたくなるような、クラフトショップが並ぶ。代表がデザインブランドのシャイノーラデトロイトの旗艦店 ⇒ 「アメリカ製が生まれるところ」をモットーとし、全製品の製造や組み立てをデトロイトの工場か他州のサプライヤーで行い、国産を売りにしている
「デジタル経済」は、広範に普及した極めて不完全な用語。起源は、最後にテクノロジーブームが起きた95年に、インターネットの普及がビジネスを一変させることを指摘したベストセラーの本のタイトルにある。市場を一変させ、長年のビジネスの前提を覆し、創造的破壊という金句を目標とした
創造的破壊が真に発展したのは、90年代に2つの力が拡大した時 ⇒ 1つは閲覧ソフトによるインターネットの広範な商業化、もう1つは冷戦後の世界の急速なグローバル化
アメリカの新自由主義が経済と政治の主流となり、アメリカ経済の資本主義的楽観とテクノロジーの進歩という組み合わせに世界中の起業家が飛びついた ⇒ 古いやり方を見直してデジタル経済に参入しなければ世界中に置いていかれる。それを回避するには教育の向上と起業家精神の育成が重要
デジタル経済は今後も成長し続けるだろうが、それによって雇用、経済、コミュニティが得る恩恵は言われたほどのレベルには一向に近づいていない。彼らが触れようとしないアナログな仕事はいまもデジタル・テクノロジーの仕事より遥かに重要で、デトロイトほどはっきりそれを示している場所はない ⇒ 今だに傷口が野晒しになっている
熟練の解体を防ぎ、「職人たちの物語」を売る
デジタル企業への投資は、勝者総取りの世界だけにリスクが高いが、アナログ企業への投資は、少数に的を絞り、時間をかけてじっくり会社を成長させる

第8章        教育の逆襲
デジタルによる雇用破壊を解決できる簡単な方法はないが、よりよい教育の必要性や教育の未来を築くことは、あまねく共感を得られる使命といえる
教育を根底から変える大変革に、デジタル・テクノロジー業界ほど熱意と情熱を持って取り組んでいる産業はない ⇒ 教育はデジタル・ディスラプション(創造的破壊)にとって最も旨味のある標的であり、ハイテク業界は教育のおかげで発展している。教育産業は、膨大なビジネス市場として成長を続けており、ベンチャー・キャピタルから教育テクノロジー企業に流れた資金も急増、デジタル業界のビジネス・リーダーたちもこぞってあらゆる教育関連のプロジェクトを支援している。その根底には、デジタル・テクノロジーでビジネスやメディア、コミュニケーションを変革したように教育も変革できるという信念があり、そこから数十億規模の教育テエクノロジーという市場が生まれ、活況を呈している
彼らが語る教育の未来とは、すべての子どもがいつでもどこでもコスト負担なしに学ぶことができ、教育の進歩を阻んでいた壁がなくなるという明るい未来
現実には、アナログ式教育のメリットを示す確かな証拠や調査結果に対し、デジタル式教育の具体的な成果はまだ出ていない
「ハイプ・サイクル」 ⇒ 特定の技術の登場によって生じる過度の興奮や誇張、それに続く失望のパターンのこと。テクノロジーとイノベーションが重視され過ぎた現時点のデジタル式教育の限界を言い当てる
幼児教育では、体を使った経験によって人との関わりを形成する重要な体系的認識を学ぶことが必要だが、コンピューター・プログラムではその経験が得られない
デジタル・デバイドの解消が教育格差の解決に資するという議論も、家庭用コンピューター・テクノロジーの導入が数学と読解の達成度のギャップを拡大しているとの結果すら出ている
デジタル・テクノロジーは教育のイノベーションとして華々しく取り上げられるが、実際はアナログ的なアイディアやツールの方が効果的だったという例は多い
真に持続的な教育のイノベーションを実現するのは、ハードウェアやソフトウェアではなく、生徒の学び方であり新しい教え方だ ⇒ 「21世紀スキル」を教えることであり、イノベーションに必要な基本的要素である創造性、コラボレーション、批判的思考、コミュニケーションなどのソフトスキルと呼ばれる一連のふるまいを指す

第9章        デジタルの先端にあるアナログ
デジタル業界ほどアナログを重んじる場所はない ⇒ マインドフルネスの拡散
デジタル・テクノロジー業界が、自分たちが破壊したアナログをビジネスに役立てている
デジタルのたやすさはよいことであり、悪いことでもある。デジタルの消費者の忠誠心は薄っぺらで、彼らの関心を維持するには、その空間を独占し続けなければならない。その問題を解決するのがアナログで、SNSにしてもバ-チャルを抜け出して直に交流できれば、ユーザーの間に真の帰属意識が芽生え、一種の顧客ロイヤルティが育つ ⇒ うまく活用しているのがローカルビジネスレビューサイトのイェルプ
ビジネスを行う上で最も効果的で生産的だからこそアナログに注目 ⇒ グーグルのユーザー・エクスペリエンス・デザイナーもデザインの原案は紙にスケッチする
アナログの活用が急速に広まっている分野:
   キュレーテッド(精通)・コンテンツ ⇒ 膨大な量の情報から人間が選び出した「おすすめ」のことで、読むべき記事、買うべき本、見るべきビデオなど人間の介在が効果的
   セキュリティ ⇒ サイバー・セキュリティとは矛盾した表現で、「ヒューマン・イン・ザ・ループ」と呼ばれるシステムのように、人間をデジタル・プロセスに意図的に統合してアナログの判断でコンピュータを導くことが考えられている
   デジタル・コンピューティングの基本的な性格そのもの ⇒ 今後10年でプロセッサの指示に電力供給が追い付かなくなる恐れがあり、一般的な解決策として研究が始まったのは、アナログ・コンピューティングで、01の正確な二進法の計算ではなく、近似計算という、デジタルより遥かに少ないエネルギー量でパターンを認識する計算を行う
現代はデジタル・テクノロジーが進歩してバーチャル化が進むにつれ、反体制的な成り上がり者の象徴だったシリコンバレーが新しいウォール街に変貌してしまったが、これを元に戻す方法が、ビジネスにもっとしっかりアナログを組み込むこと
デジタルはあくまでアナログの代替手段 ⇒ デジタルは現実ではなく、機械を使って現実に近づくことができる一番簡単な方法。アナログからデジタルへの移行とは、モノを捨てるプロセスであり、面倒から上手く逃げること。アナログはいつだって何かを生み出す源である、現実だ。デジタルはその時代のツールを使ってできる精一杯のことに過ぎない

おわりに 夏の逆襲
「絶滅寸前の」テクノロジー・フリーの時間を重視するキャンプ ⇒ 身体全体で自然と触れ合い、他の子どもたちとスクリーンを通してではなく、直接交流する。体験を通して達成感と満足感を味わう
コンピュータの外のアナログ世界を、テクノロジーのスラングで「IRL:in real life」というが、デジタルは現実ではないと、ハッカーたちも認める暗黙の事実であり、今後も変わらない。スクリーンの外にある、思い通りにいかない、苦難に満ちた雨交じりの世界こそ、人間が生き生きと輝き、私たちの精神と肉体が形づくられ、成長し、変化を遂げる場所なのだ
デジタル世界は精神不安をもたらす ⇒ 絶えずつきまとう小さな心の痛みは、最も物議を醸している副作用の1つで、アナログへの親近感が高まる
デフォルトであるデジタルよりも物質的にも、時間的にも、精神的にも負担が大きいにもかかわらず、アナログを選ぶ人が増えているのは、1つにはモノを作り所有する喜びであり、もう1つは利益。経済の大部分はまだ圧倒的にアナログであり、社会全般に役立っている。新しい斬新な方法でアナログを活用できる企業や個人がますます突出し成功を収めるだろう
健康も、アナログを選ぶ理由の1つ ⇒ スクリーンを見続けると集中力がなくなり、ストレスと不安が増す。睡眠パターンに大きな混乱が生じ、脳の多くの機能が妨げられる
アナログは、デジタル・テクノロジーよりずっと深く人間を結びつけることができる。フィジカルな空間でリアルタイムで築く絆は、言語や符号だけのコミュニケーションで成立する絆より遥かに強い。デジタルがもたらすことができるのは、実生活とリアルの世界での豊かさのコピーだけで、そのコピーは絶えず進歩しているが、結局のところシミュレーションであることに変わりない



(書評)『アナログの逆襲』 デイビッド・サックス〈著〉
2019.2.16. 朝日
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 便利さで見失った力を再発見
 コンビニに足を踏み入れずに、まもなく2年。1カ月も続かないと思いつつ試してみたら、意外にも不便を感じず今日に至った。
 生活が少し変わった。まず、飲食が計画的になった。飲み物は家から持参、自作のおにぎりの昼食も日常だ。間食は減り、仕事帰りにビールも買わなくなった。発見もある。いつもの街角に、おにぎり屋、安い自家製サンドイッチをおく店を見つけ、小さな書店や文具店も目に入るようになった。週末は1週間の予定を考えながら買い物。何か足りなくなっても、あるもので工夫するのが楽しい。
 さて本書である。レコード、ノート、フィルム、印刷物、新しいアナログ製品に携わる人々に取材を重ねて見直された例を示しつつ、見逃していたアナログの隠れた力を明らかにしていく。近年、部数が減り続ける新聞業界としては心強い限りだ。もちろん、懐古的な感傷から過去を美化して最新技術を否定するわけではなく、再びアナログの時代に戻ると言っているわけでもない。
 それでも、登場する人々の言葉をたどれば、首肯できる主張は多く、デジタルに囲まれて育った世代には新しい発見があるだろう。特に、デジタルで狭められる創造性、教育への影響は考えさせられる。
 デジタルを使い続け「物事を極度に単純化する考え方に慣れてしまった」、「目的地がすぐそこに見えているのに」カーナビの指示に従ってしまう。買い物は消費への欲求だけでなく「社会と関わるための口実」、「教えることと学ぶことは、教師と生徒の関わり合いだ」。デジタルを経験したからこそ見える「その先」のアナログなのだろう。
 デジタル機器の弊害は指摘されてきたが、便利さを享受し続けていることの影響は思っていた以上に広く深く、思考の創造的な部分まで手放しつつあるように思えてくる。
 次は「脱スマホ」を試みたくなった。
 評・黒沢大陸(本社大阪科学医療部長)
     *
 『アナログの逆襲 「ポストデジタル経済」へ、ビジネスや発想はこう変わる』 デイビッド・サックス〈著〉 加藤万里子訳 インターシフト 2268円
     *
 David Sax 79年生まれ。ジャーナリスト。ビジネス、カルチャー分野を得意とし、英米紙に寄稿。


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