オリジン・ストーリー  David Christian  2020.3.3.


2020.3.3.  オリジン・ストーリー 138億年全史
Origin Story ~ A Big History of Everything   2018

著者 David Christian 1946年アメリカ生まれ。歴史学者。オックスフォード大学でPh.D.を取得(ロシア史)1975 年からオーストラリアのマッコーリー大学で、200108 年アメリカのサンディエゴ州立大学で、教鞭をとる。現在は、マッコーリー大学教授および同大学ビッグヒストリー研究所所長。ビックバンから現代までの歴史を一望する「ビッグヒストリー」を提唱、マイクロソフト社創業者ビル・ゲイツとともに「ビッグヒストリー・プロジェクト」を立ち上げ、一躍注目を集める。2005 年、『Maps of Time』で世界歴史学会著作賞を受賞。2010 年、国際ビッグヒストリー学会を設立、初代会長をつとめる。おもな邦訳書に『ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか』(共著、明石書店)
訳者 柴田裕之 翻訳家。早稲田大学・Earlham College卒。訳書にドゥ・ヴァール『道徳性の起源』、リフキン『限界費用ゼロ社会』、ハラリ『サピエンス全史(上下)』など

発行日                2019.11.15. 初版第1刷発行
発行所                筑摩書房


私たちはどこから来たのか、私たちは何者で、どこへ向かおうとしているのか――。有史以来繰り返されてきたこの問いに、我々現代人はどんな答えを導き出せるのか。それに真正面から挑むのが、本書の著者が提唱する「ビッグヒストリー」だ。その醍醐味は何といっても、宇宙創成から、太陽系や地球の形成、生命の誕生・進化、ホモ・サピエンスの登場、そして現代文明までの138億年を1つの物語として描き出す圧倒的なスケールにある。天文学、物理学、地質学、生物学から考古学、人類学、歴史学、経済学まで、ありとあらゆる学問分野の最先端の成果を結集させたビッグヒストリー。我々が語り得る最も壮大な歴史がここにある

まえがき ⇒ 後述

序章
大宇宙の中で進み続ける行列は何なのか?
宇宙とその過去を描いたオリジン・ストーリーを驚くほど正確に突き止めている
人間を他のすべての賢い種から際だたせているのは言語 ⇒ 人類は、出現以来20万年間に集合的学習を通じて、自分たちの生存する宇宙を解明しつつある
宗教とは無縁の現代の普通教育は、あらゆる学問的解釈の分野を結びつける、自信に満ちたオリジン・ストーリーを欠いているため、人々が自らの位置付けを見失い、繫がりを断たれ、どちらへ向かえばいいのか見当もつかないように感じる。それは人々の信用と注意を得ようとして競合するそれぞれの土地のオリジン・ストーリーが多過ぎて、互いに足を引っ張り合っているため。現代の教育者の大半は、物語の各部分に焦点を当てるだけで、それぞれの知識をまとめて単一の一貫した物語にするように促されることは滅多にないことから、現実と、全員が所属する人間のコミュニティの両方について、断片的な解釈しか持てずにいる
多くの伝統的なオリジン・ストーリーと違い、現代版オリジン・ストーリーには創造神がいない。先住民のオリジン・ストーリーには、生物圏に対する深い気遣いが見られるが、現代版のオリジン・ストーリーは多くの形でそうした気遣いを欠くのは、生まれてから日が浅く、動的で物事を不安定にさせかねない現代資本主義の伝統の枠にはまっているから
重要な変わり目を迎えるたびに、より複雑なものが現れたが、とりわけ重要なものを「臨界threshold」と呼ぶ。初期の宇宙には恒星も惑星も有機体もなく、少しづつ全く新しいものが現れ始める。水素とヘリウムの原子から恒星が生まれ、死にゆく恒星の内部で新しい化学元素が創り出され、これらの新しい元素を使って氷と塵の小さな塊から惑星と衛星が形を成し、岩だらけの惑星の、豊かな化学環境で最初の細胞が進化
先行するものよりも新しく複雑なものの登場は奇跡的に見える。何故なら、複雑さと秩序を減じるのが宇宙の一般的な傾向で、ゆくゆくは次第に無秩序へ向かうその傾向(「エントロピー」と呼ばれる)が勝利し、宇宙はパターンも構造も持たない一種のランダムな混乱状態に陥るが、まだそれはずっと先のこと

年表
出来事
おおよその絶対年代
1/10億換算の年代
臨界1
ビッグバン 宇宙の始まり
138.2億年前
1310か月前
臨界2
最初の恒星が輝きだす
132?億年前
132か月前
臨界3
新しい元素が作られる
臨界2から今日まで継続中
臨界4
太陽と太陽系の形成
45億年前
46か月前
臨界5
地球上の最初の生命誕生
38億年前
310か月前
地球上の最初の大きな生物
6億年前
7か月前
小惑星が恐竜を一掃
6500万年前
24日前
ホミニン系統がチンパンジー系統から分離
700万年前
2.6日前
ホモ・エレクトス
200万年前
17.5時間前
臨界6
ホモ・サピエンスの最初の証拠
20万年前
105分前
臨界7
最終氷期の終わり。完新世開始。農耕の兆候
1万年前
5.3分前
都市、国家、農耕文明の最初の証拠
5000年前
2.6分前
ローマ帝国と漢王朝繁栄
2000年前
1.1分前
ワールドゾーンが繋がり始める
500年前
15.8秒前
臨界8
化石燃料革命開始
200年前
6.3秒前
グレートアクセラレーション。人間が月面着陸
50年前
1.6秒前
臨界9?
持続可能な世界秩序?
100年後?
3.2秒後
太陽が死ぬ
45億年後
46か月後
宇宙が暗闇に没する。エントロピーの勝利
何億兆年も後
何十億年も後

第I部    宇宙
1.     始まり ── 臨界1
究極の起源の説明として今日最も広く受け入れられている説で起動役を担っているのはビッグバン。ビッグバンの考え方は、生物における自然選択や地質学におけるプレートテクトロニクスなどと並んで、現代科学の主要なパラダイムの1
ビッグバンにとって決定的な情報が出てきたのは1960年代初期で、宇宙マイクロ波背景放射CMBRを初めて検知。CMBRはビッグバンのエネルギーの残りで、ビッグバンの38万年後に最初の原子が形成されたときに起こった放射。今日の宇宙の至る所に存在
我々の宇宙は、原子より小さな点として始まる ⇒ ピリオド1つに原子が100万個詰め込めるほどの大きさ
宇宙全体が原子1個よりも小さく、その中に今日の宇宙に存在するエネルギーと物質が全て押し込まれていた。極小で信じ難いほど高温の物体が1382千万年前に存在
その物体がなぜ、どのように出現したかはまだ分かっていない
ビッグバンという概念が初めて提唱されたのは1930年代で、ビッグバンという言葉は、1949年イギリスの天文学者フレッド・ホイルが考案
ビッグバンの直後の数秒から数分の間に多くのことが起こったが、最も重要なのは、最初の興味深い構造やパターンが出現したこと ⇒ 固有の新しい特性を備えたものが出現
ごく短時間、「インフレーション」として知られる超高速の膨張が起こり、宇宙の大半は、私たちが目にできる範囲を遥かに超えて広がった可能性がある
次の瞬間、膨張率が落ち、宇宙が膨張し続けるにつれてエネルギーは分散し希薄になる。平均温度も下がり続け、今では宇宙のほとんどは絶対零度の2.76度上でしかない。冷めていく宇宙の混沌とした霧の中で、はっきりとした存在物が現れ始めるが、こうした形状や構造の変化を「相転移」と呼ぶ
エネルギー自体も相転移を経て「重力」「電磁気力」「強い核力」「弱い核力」の4つの非常に異なる種類に分割、この4つの力が私たちの宇宙を形作る
「重力」は弱いが、遥か彼方にまで及び、常にもの同士をひきつけてまとめるので、その強さは次第に増していく。重力のせいで宇宙には塊が多くなる傾向がある
「電磁気力」には、引き付け合う力と押しのけ合う力があり、それが相殺されることが多い。化学と生物学のレベルでは優位に立ち、私たちの身体も電磁気力によってまとまりを保っている
「核力」は、及ぶ距離がごく僅かで、そのため、原子よりも小さいスケールで重要になる。人間がこの力を直接経験することはないが、両者はこの世界のあらゆる面を形作っている。なぜなら、原子の内奥で起こることを2つの核力が決めているから
1990年代に宇宙の膨張率を測定すると、率が増していることが判明、上記4つ以外にもエネルギーがある可能性が示唆され、宇宙が膨張するにつれその強さも増しているといい、このエネルギーの質量は宇宙の全質量の70%にも相当するかもしれない ⇒ 「暗黒(ダーク)エネルギー」と呼び、その解明は現代科学の大きな課題の1
ビッグバンが起こってから1秒以内に物質が出現。物質とは、エネルギーがあちらへこちらへと動かすもので、著しく圧縮されたエネルギーの形態に過ぎない ⇒ 1905年アインシュタインのE=mc2(E:エネルギー、m:質量、c:光速)の公式によって、特定の量の物質の内部にどれほど莫大なエネルギーが詰め込まれているかを教えられる
熱力学の第2法則によれば、あらゆる構造は結局遅かれ早かれ崩壊することになっている(エントロピーの作用)が、様々な物理法則のお陰で完全な混沌状態に陥らないことが保証され、どこかで何か興味深いものが出現することが確実となる ⇒ エネルギーが明確な形で出現するや否や、構造とパターンが生まれる。エネルギーが凝縮して最初の物質の粒子になった時、それらも法則を持っていた
偶然性と必然性が組み合わさって最初の単純な構造が生まれた
ビッグバンから数分以内に、陽子と中性子が手を組むと、さらに多くの構造が現れた
水素原子の原子核は陽子1個でできているが、陽子2個と中性子2個が合わさると、ヘリウム原子の原子核を形成。正の電荷を帯びる陽子を融合させるには莫大なエネルギーが必要だが、急速に温度が下がって、大きな原子核を形成するのは不可能となったため、宇宙に存在する全原子のほぼ3/4が水素で、残りの殆どがヘリウムとなった
もっとずっと多くの物質を形成しているのが「暗黒物質(ダークマター)」だ。まだ解明できていないが、暗黒物質の重力が銀河の構造と分布を決めているので、その存在だけはわかっている。プラズマの陽イオンと電子が含まれ、光の粒子である光子が流れている。今日では、プラズマは恒星の中心部などで見つかる
1923年、ハッブルがロスのウィルソン山天文台の巨大望遠鏡を使い、宇宙が天の川銀河よりも遥かに大きく、多くの銀河から成り立っていること、宇宙が膨張し続けていることを発見

2.     恒星と銀河 ── 臨界2と臨界3
臨界2 ⇒ 自由エネルギーの決定的な源泉は重力で、ビッグバンで生み出された単純な形態の物質を集めて、恒星と銀河という最初の大きな構造が出現
臨界3 ⇒ ビッグバンの10億年後、新しい形態の物質、元素表に載っている他のすべての元素が生み出される
最大級の恒星は、核が凄まじい勢いで急激に収縮するため、ブラックホールとなるため、高密度ゆえに何1つその重力を逃れられず飲み込まれていく。死んでいく恒星の内部や超新星の爆発で作り出された様々な元素は、恒星の間で集まって巨大な塵(じん)雲となる
分光器によって明らかになる吸収線から、恒星の中にどんな元素がどんな割合で存在しているかがわかる

3.     分子と衛星 ── 臨界4
分子(=電磁気力で結合している原子の群れ)のスケールでは、電磁気力が全てを支配 ⇒ 原子や分子の結合や配列を決める
銀河の塵雲が新しい元素で一杯になっていく時に、塵雲の内部で化学反応が起こり、様々な構造が出来上がるが、アミノ酸のような地球上の生命に不可欠なものも含まれている
原始の恒星を周回している単純な化学分子は、惑星や衛星や小惑星という全く新しい天体の基本構成要素を提供した ⇒ 惑星は恒星よりも化学物質が豊富で、温度が低いため、複雑な化学作用にとって理想的な環境が得られ、多くの惑星でその化学作用が最終的に生命を生み出すことになる
1995年、太陽系外惑星を発見、大半の恒星には惑星があることがわかった ⇒ 2016年までには惑星の数を3000迄確認。その配列も近々解明される
太陽系は、「天の川銀河」と呼ぶ銀河の中にあり、「オリオン腕」という天の川銀河が持つ渦上の腕の1本の、いわば星の郊外に位置している、天の川銀河は「局部銀河群」として知られる約50の銀河の集団の1員。銀河群は「おとめ座銀河団」という1000ばかりの銀河の集団の外部領域にある
鉄とニッケルと多少のケイ素といった重い元素が熱いぬかるみの中を中心に向かって沈んでいき、地球の金属核を形成。溶融した熱い核のせいで原始の地球は動的であり続けた
地球の年齢や、現代版オリジン・ストーリーの節目となる様々な時期を突き止めるのが可能になったのは20世紀後半になって科学的手法が開発されたから ⇒ 17世紀には、地球の歴史における出来事の順序が特定できるかもしれないとの発想が起こる
放射性崩壊によって一種の地質学的な時計が手に入る ⇒ 元素の同位体の半減期がそれぞれに異なることを利用。炭素14の放射性同位体の半減期は5730年なので、木のような有機材料を調べるときには有効

第II部  生物圏
4.     生命 ── 臨界5
我々が知っているような生命は、40億年近く前に、原始の地球の、元素が豊富な環境における斬新な化学作用から誕生 ⇒ 生物の大群は、40億年をかけて地球の様相を変え、生物圏を生み出す
地球上の生命の現代的な定義の殆どは、次の5つの特徴を含む
    生物は、半透性の膜で取り囲まれた細胞からなる
    生物は代謝を行う。環境からの自由エネルギーの流れを利用するメカニズムが代謝で、それによって原子や分子を配置し直し、生き延びるために必要な複雑で動的な構造にすることができる
    生物は、内部環境と外部環境に関する情報と、反応を可能にするメカニズムを使い、変化する環境に恒常性によって順応することができる
    生物は、遺伝情報を使って自分とほぼそっくりの複製を作ることで子孫を残す
    その複製は親とは微妙に違うので、何世代も経るうちに、生物の特徴は、生物が進化し、変わりゆく環境に適応するにつれ、徐々に変化する

5.     小さな生命と生物圏
地球と生命が1つになって生物圏を形作る ⇒ 深海から地表、さらには大気圏の下部に至る、生体組織の薄いラッピングと見ることができる。生物圏は、大きな衝撃が加わらない限り自らを安定させておく多くのフィードバックメカニズムを備えたシステムと考えられることが示され、この巨大な自己制御システムを「ガイア」(大地の女神)と呼ぶ
プレートテクトニクスは、ビッグバン宇宙論と同様、強力な統一概念で、地震から造山運動や大陸の移動まで、様々なプロセスの繋がりが明らかになる
生命は驚くほど統一されている ⇒ 今日生きている生物はみな、遺伝的に関連している
あらゆる生物を3つのドメインに分類
    単細胞の原核生物だけからなる古細菌 ⇒ すべて原核生物から成る。6億年前まで生物圏の歴史の7/8以上にわたってこの圏域を支配
    細菌 ⇒ すべて原核生物から成る。
    もっと複雑な単細胞生物と我々のような多細胞生物から成る真核生物
35億年前、光合成という新しい進化上のイノベーションのお陰で、一部生物は太陽からのエネルギーの流れを利用できるようになる ⇒ 生命にとって最初の、エネルギーの大鉱脈の発見で、原核生物に革命的な影響をもたらす
25億年前から酸素が豊富な大気が現れると、生物圏が一変。遊離酸素の桁違いの化学エネルギーを原動力とする新しい化学反応が起こり、今日地球上に存在する鉱物の多くが生まれたし、大気圏上部では酸素原子3つが結合してオゾン分子O3を形成、地球の表面を太陽の危険な紫外線放射から守り始めた
20億年前からの10億年間、気候は比較的安定していたため、生物学的作用が起こって、空気から酸素を吸い取ることで地球のサーモスタットを補足できる新しい種類の生物を進化させた ⇒ これが真核生物の細胞で、地球の温度を安定させただけでなく、最終的には我々のような大きな生物の出現を可能にし、生物学的革命の発端となる
大きな生物はすべて真核細胞からなり、酸素を体系的に利用できる最初の細胞で、酸素の猛烈な化学エネルギーを「呼吸」として知られるプロセスに利用する。呼吸は光合成の逆で、光合成を通して獲得し細胞内に蓄えた太陽エネルギーを放出する方法。光合成が太陽光のエネルギーを使ってCO2と水を炭水化物に換えてエネルギーを蓄え、酸素を廃棄物として出すのに対し、呼吸は酸素の化学エネルギーを使って炭水化物の中に蓄えられていたエネルギーをくすね、CO2と水を廃棄物として出す
真核生物による呼吸の進化は、エネルギーの大鉱脈の発見と見做せる ⇒ そのお陰で、真核生物という新しい生物が、酸素の莫大な化学エネルギーへのアクセスを獲得している
遺伝子の証拠から、最初の真核生物が誕生したのは18億年前
現代の生物学者は、真核生物と原核生物の細胞の違いを、生物学における根本的な境界線の1つと考える

6.     大きな生命と生物圏
小さな生命は生物圏を35億年にわたって支配し、現在でも依然としてその多くを支配
多くの分子メカニズムが出来上がっていない限り、多細胞生物の形成は考えられない
過去10億年間における最も重要な細胞のイノベーションは、細胞と細胞の間の、変化を続ける構造的関係でなされた
大きな生命の台頭は、原生代後期の極端な気候変動によって促進。酸素濃度の上昇がもたらした全球凍結が、さらに2度起こる。72千万年前に始まった寒冷期は8500万年続き、氷河が陸地と海洋に広がり、地表の温度は零下50度で、あらゆる生物が絶滅の瀬戸際へ
最初の多細胞生物は植物 ⇒ 葉緑体を細胞内に持っていたので、光合成ができたから
動物は、食物連鎖のあとの方に位置するので、植物のあとに進化
最初の大量絶滅は太古代に起こる。25億年前の大酸化イベントで、多くの細菌性生物が葬り去られたのは、それらにとって酸素が毒だったからで、原生代後期の全球凍結の間にも多くの種が死滅。それ以降でも少なくとも同様の大量死滅が5回は起こっている
顕生代初期の激しい変化の下で、新しい生物圏が出来上がりつつある  植物や真菌や動物が陸地へと広がり、地表を一変させる  特に重要だったのが光合成を行う植物が陸地に広がったことで、それらの植物が膨大な量のCO2を消費し、膨大な量の酸素を放出したからで、かつてないほど酸素濃度が高く、CO2濃度が低い新たな気候の型が生まれ、その型が本質的な特徴を維持したまま今日まで続く
6500万年前、直径1015㎞の小惑星が地球(ユカタン半島)に衝突してから僅か数時間で恐竜は死滅 ⇒ 衝突から数週間のうちに生物圏全体は、煤が太陽光を遮り、硝酸が空から降ってきて、大半の生物は死に、地表は12年真っ暗、光合成が停止
哺乳類である人間は遺伝子の9割、即ち、DNAの約30億の塩基対を他の哺乳類と共有、残りの1割のどこかに、他の哺乳類と区別している遺伝子がある
15千万年ほどに及ぶジュラ紀と白亜紀の期間を通して、哺乳類のほとんどの種は小さいまま
15千万年前、哺乳類の世界に変化 ⇒ 植物の世界を支配してきた針葉樹とシダに肩を並べる新しい種類の植物(=被子植物と言って、果実と花を持つ植物)が出現
哺乳類は、5600万年前の暁(ぎょう)新世と始()新世の境界で起こった地球温暖化による短期的で痛烈な激動を乗り切らねばならなかった ⇒ 地球の歴史上もっとも新しい急激な温暖化の時期で、現在の状況と酷似。CO2の放出量がほぼ同じで、当時地球の平均気温が59度上昇。原因は気温上昇によりメタンハイドレートが溶解しCO2より強力な温室効果ガスのメタンを大量に放出したためという説が有力
極端な気候の後、地球の温度はゆっくりと寒冷化、CO2濃度が下がり始める一方酸素濃度が上がる。寒冷化の一因は、軌道周期と地球自体の軸の傾きの変化で、それによって太陽から地球に届くエネルギーの量が微妙に変化し、地殻変動もあって、大西洋が広がり、南の大きな大陸が今日の大陸に分裂。インド・プレートがアジア大陸に衝突してヒマラヤ山脈を押し上げる
5000万年前に始まった寒冷化の傾向は今日まで続く。260万年前、世界は通常の氷河時代における現在の段階に入った

第III部       私たち
7.     人間 ── 臨界6
人間の登場は一大事件。姿を現してからわずか数十万年で生物圏を一変させ始めている
単一の種がこれだけ力を振るったことはかつてない
人間は、哺乳類綱霊長目に属し、大型類人猿と一緒。樹上で生活して木から木へ飛び移るため、掴むことのできる手足と、正面に目のついた平たい顔をしている
脳が発達、体の割に並外れて大きい
1967年、遺伝子の比較から、人類とチンパンジー、ゴリラには800万年前まで共通の祖先がいたことが判明
進化史上、人間とチンパンジーが枝分かれした後の人間側に含まれるすべての種は「ホミニン(ヒト亜種)」として知られ、30種以上の種が確認されているが、我々が唯一の残存種
人間が大量の情報を共有して蓄積することを可能にした些細な変化は、言語に関連。言語をもつ種は多いが、動物の言語が共有できるのはごく単純な概念のみ ⇒ どのようにして言語能力を獲得したのかはまだ分かっていない
人間の歴史は集合的学習とともに始まる ⇒ 遅くても20万年前にはアフリカ大陸内で拡散し始める
7万年前、インドネシアのトバ火山の大規模噴火がきっかけで立ち込めた煤煙により、23万人程度まで激減したが、間もなく復活
前回の間氷期にあたる10万年前には、ほぼすべての人間がアフリカに暮らし、徐々に中東に移動、さらにアジアへと向かう
旧石器時代に人口が数十万にも増大するにつれ、人智圏はアフリカからユーラシア、オーストラリア、アメリカへと拡大
2万年前に最終氷期の最寒冷期が終わると、不規則に気温が上昇する時代が数千年続くが、12千年前になってようやく地球の気温はより温暖で安定した状態に落ち着き、完新世における人間の歴史は、おおむねこの気候の下で経過する
最終氷期の終わりごろ、気候の温暖化が進むにつれ、突如として農耕によって以前より格段に大きなエネルギーの流れへのアクセスを獲得し、この新しいエネルギーの流れが、人間社会の複雑さや多様性、規模や緻密さを飛躍的に増大させる

8.     農耕 ── 臨界7
我々の祖先は、地上に登場して以来20万年以上にわたって狩猟採集生活を営む
1万年前に最終氷期が終わるころには、人間は世界のほとんどの地域に住み着いていた
過去1万年間には、イノベーションが怒涛のように起こって人間の生活様式は一変したが、それらのイノベーションとは「農耕」あるいは「農業」だ
農耕は光合成や多細胞生物の登場にも肩を並べるほどの巨大なイノベーションで、それを支えたのが、①新たな技術(と習合的学習を通して得られた環境への理解の深まり)、②人口圧力の増大(狩猟では食料が賄いきれない)、③温暖湿潤な気候
農村は当時のメガロポリスであり、地球上でもっとも複雑で、人口が多く、強大なコミュニティで、人間の歴史上前例を見ない現象。農村は巨大な社会的・政治的・文化的組織で、うまく機能させるためには、新しい技術のみならず、新たな社会的・道徳的規範、共に生活を営む方法や争い事の回避策、コミュニティの富の分配法などについての新たなアイディアが必要

9.     農耕文明
農村とその住民たちは、農耕文明に必要な人的資源と物的資源の大半を供給し、農耕文明は過去5000年にわたって、人間の歴史の主役を演じる
農耕文明の登場もまた複雑さの増大における臨界だったが、人間に農業をもたらした臨界の第2段階として捉えることができる
人口と余剰が増えるにつれて、コミュニティの最大規模も拡大するとともに、専門化が進み始める ⇒ 都市と国家が出現したのは、人間社会に抜本的な転換が起こったから

10.  現代世界の前夜
1400年には、人口は最終氷期末の約500万人から、5億人近くに増えている。各地に狩猟民族が残っていたが、世界の大半は農耕文明の中で暮らし、直接間接農業に依存
人間と都市と高知が集中した帯状の地域が、大西洋岸から始まり、地中海両岸沿いに延び、ペルシアと中央アジアの一部を通り、インド、東南アジア、中国へと続く
主要なワールドゾーンを最初にむすびつけたのはヨーロッパの航海者たちで、ヨーロッパの支配者や起業家たちはその後数世紀にわたって圧倒的な優位に立つ
特に、大西洋地域では目覚ましい商業とイノベーションが促され現代世界創造につながる
最も重要なイノベーションは、新しいエネルギーの流れを解き放つもので、化石燃料革命が登場、36千万年以上も昔の石炭紀以来蓄積してきた数億年分の太陽光に相当するエネルギーの流れを人間が利用できるようになった

11.  人新世 ── 臨界8
20世紀に、人間は環境や社会、さらには自分自身さえも変え始める。非常に急速で大規模な変化を導入したので、我々の種は新しい地質学的な力と見做せるまでになったので、地球は新しい地質年代である「人新世=人間の時代」に入ったという
生物圏の40億年の歴史において、単一の生物学的な種が変化をもたらす最大の要因となったのはこれが初めて
人新世の第1幕は、化石燃料テクノロジーが全世界を変え始めた19世紀半ばに始まる
数十年のうちに、ヨーロッパの商業と軍事力によって、古い国家は弱体化し、それまでの生活様式は崩れた ⇒ ヨーロッパの支配者にとって、世界を「進歩させる」こと、世界を人間にとってより良く、豊かで文明化された場所にすることは、変革を起こすという使命の一部
2幕は並外れて荒々しく、19世紀後期に始まり、20世紀半ばまで続く。覇権を狙って大国間の争いが勃発
3幕は20世紀後半と21世紀初頭。米ソが最初のグローバルな超大国として浮上。戦後の40年間に人類の歴史上もっとも目覚ましい経済の急成長が見られ、グレート・アクセラレーション(大加速)と呼ばれる ⇒ その間、人類はエネルギーと資源をかつてない規模で活用して生物圏を変え始める
たった200年間で60億増えた人口を支えるために十分な資源を生産するのは大きな難問だったが、近代以降のテクノロジーと化石燃料と管理能力のおかげで、農業と製造業と輸送における生産性が急激に向上して難問を解決
統治と社会の性質そのものが、人新世の新しいエネルギーの流れとテクノロジーによって変容 ⇒ 近代型統治への転換は19世紀に見て取れる。政府が次第に多くの国民を動員し始める。20世紀の全面戦争は政府を経済の管理者へと変える。人間の生活様式も農村から都市に移ったこともあって根本的に変化
人間の活動の影響は、生物圏の安定を維持する主要な生化学的プロセスの数々の影響と同じくらい大きい
一方で、過去数十万年にわたるCO2濃度の測定が可能となり、産業革命以後の200年間に大気中のCO2濃度が100万年間に見られなかった水準まで上昇したことが明らかになり、炭素循環の変化は気候の温暖化を意味し、温暖化はハリケーンや嵐や気流の勢いが増し海面が上昇して低地が浸水することを意味する
化石燃料革命によって、他の多くの領域でも人間の影響は規模を拡大。24億年前に大気中の酸素量が増えてからこのかた、新しい物質が地球上にこれほど蔓延したことはない
これらの変化の中でとりわけ恐ろしいのは、人間の兵器生産力が増していることで、第2次大戦以降、わずか数時間で生物圏全体を破壊し得る武器が量産された

第IV部    未来
12.  すべてはどこへ向かおうとしているのか?
人間にとって、次の100年は実に重大。物事は猛烈な速さで起こっているため、この数十年でなす行為の11つが、何千年というスケールで私たち自身や生物圏に途方もない結果をもたらすだろう
予測不可能な未来にどう向き合うべきか、あらゆる種類の神話から多くを学び得る
今日何が新しいかといえば、70億の人口が巻き込まれる破綻の可能性である ⇒ 現代の人間は、予測される破綻を未然に防ぎ、人間と生物圏の両方にとって地球を居心地の良い場所にする、という任務を帯びている


解説 現代の起源譚(Origin Story)としてのビッグヒストリー 
辻村伸雄(国際ビッグヒストリー学会理事)
ビッグヒストリーは、「現代の起源譚=Origin Story」である
世界はどのようにして始まったのか、私たちはどこから来たのかを語る起源譚は人間の歴史とともに古い
古の起源譚は、自分たちが占める位置を照らし出す確かな根拠であり、ある共同体が世界をどう理解しているかを要約したもので、世界各地で教育の中心に据えられてきた
それらはそれぞれの地にあって、人々の生きるよすがであったが、近代に入ると、地球規模の交流がそうした伝統的起源譚を相対化するとともに、科学はその虚構性を指摘して、信頼性を掘り崩した
こうして起源譚に取って代わった近代科学は、専門分野ごとに細切れになっているため、現代の人々は世界の全体像も、その中での自分の立ち位置も容易には掴めない状況に置かれている ⇒ ビッグヒストリーは、以上のようにして失われた全体の物語を現代科学に基づき再建しようとする試み
現代科学の知見は世界のあらゆる地域からもたらされ、数多の人々によって長期間、批判的・実証的に検証・修正されてきたもので、宇宙の始まりから現代まで、あるいは宇宙の終わりまでをも語るビッグヒストリーは、いわば起源譚の現代科学版であり、人類が共通して分かち合える初の普遍的起源譚 ⇒ 本書のタイトルの由来
ビッグヒストリーは、あらゆる学問を包摂する総合学問であり、様々な専門家が集う学際統合型のプロジェクト
Ø  本書の背景――クリスチャンの原点
1.     英・米・豪3重国籍。ニューヨークで英国人の父とアメリカ陣の母のもとに生まれ、幼少期をナイジェリアで過ごし、大学までは英国で、大卒後留学したカナダでアメリカ人と結婚してロシア史を専門とし、ロシアへの留学を経て、ロシア皇帝アレクサンドル1世の行政改革についての論文によりオックスフォードでロシア史の博士号を取得。その後豪州の大学に職を得て、2000年までロシア史、ヨーロッパ史、世界史を教える
2.     16歳という多感な時期に英国でキューバ・ミサイル危機を体験。米ソを中心とする「部族対立」が引き起こした核戦争の危機は鮮烈な印象を残し、後年ロシア史を教える中で、歴史を競い合う部族の物語として教えていいのかと違和感を抱く
3.     仏歴史家ブローデルから歴史を複数のスケールから眺めるという方法を学んだことで、一国史(ナショナルヒストリー)への違和感とそれを超えた人類共通の物語の希求、歴史を複数の時間のスケールから眺めるという姿勢が醸成された
Ø  本書の特徴と魅力――現代の起源譚が教えてくれるもの
本書は、著者の30年に及ぶビッグヒストリーの教育と研究の集大成にして、最良の入門書であり、一番の魅力は、「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」というかつての古の起源譚が答えた問いに、宇宙の歴史すべてを貫く見通しを与えてくれるところにある
1.     本書は、「我々はどこから来たのか」を宇宙・ちきゅ・生命・人間の歴史すべてを貫く①時代区分と②あらすじと③パターンを示すことによって答える ⇒ 本書の骨格は138億年の歴史すべてを貫く時代区分である「複雑さ増大の敷居」で、宇宙の歴史とは、単純だった宇宙に恒星や惑星や生命のような「複雑なもの」が現れ、それがもととなって一層複雑なものが生じてくるという過程で、その節目を「敷居/臨界threshold」と呼ぶ。「敷居」では、それまで宇宙に存在しなかった新たな性質を備えたものが出現
2.     本書を読めば「我々は何者か」――つまり人間の特徴を、恒星や他の生物と比較して理解することができる
恒星は、形成時に蓄えたエネルギーを使い切るとそこでおしまい
生物は自ら増殖していく。エネルギーを調達して生き延び、身の回りの情報に適応していく中で「生物圏」を形成し、太陽と地球の付き合い方を工夫すること(光合成や呼吸)によって莫大なエネルギーを手にする。その過程で生物圏は地球の気温調節機構を一時的に狂わせるが、のちにはそれを補完し、安定した気候の一因となる
人間もまた生きるために食べ物や酸素を補給し、情報を読み解き、繁殖してきた生き物。言葉で伝えあうことによって、幾多の地域や世代を超えて共有し蓄積していく集合的学習を行うことができる。これこそ人間を人間たらしめているもの。集合的学習を通じて「人智圏」を形成し、太陽と地球の付き合い方を工夫すること(農耕畜産と化石燃料革命)によって莫大なエネルギーを手にする。その結果、人間は地球と生物が何十億年もかけて作り上げた地球の気温調節機構を僅か数百年で乱し始めている
3.     本書は「我々はどこへ行くのか」を複数の時間のスケールから描くことで、我々が今生きてあることの意義を考えるよすがとなる
庶民の生活水準のかつてない改善という「善い人新世」をさらに押し広げながら、それを脅かす格差や紛争や環境機器などの「悪い人新世」を避けることで、持続可能な世界秩序を実現する義務がある ⇒ 9つ目の敷居をまたいだ暁には、敷居69までが「人智革命」とも呼ぶべき塊とみなされる。それこそ20万年前に現れた人間が集合的学習と人智圏によって地球を統率することに成功するまでの1つのつながりの出来事と見做せる
宇宙が終わりを迎えたとき、この時点から振り返ってみれば、我々が生きていたのは、宇宙が活力に満ち、その中から星々や花々といった複雑なものが続々と現れる絶好の時期だったのだ



オリジン・ストーリー D・クリスチャン著
2020/1/11 日本経済新聞
オーストラリアで歴史学を教える著者が138億年前の宇宙創成から銀河や太陽系の形成、そこを舞台にした生命の誕生と人類への進化、現代文明の発展までを壮大な物語としてつづった。宇宙史や人類史の良書は多いが、それぞれの専門家によって書かれることが多く、断絶しがちだ。本書は科学を通じて宇宙と人間とを結びつけようと試みる。米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が支援している。柴田裕之訳。(筑摩書房・2200円)


(書評)『オリジン・ストーリー 138億年全史』 デイヴィッド・クリスチャン〈著〉
2020125 500分 朝日
 宇宙史の中で人間の存在考える
 どの文化にも宗教にも、世界はどのようにして始まり、自分たちはどうしてここにいるのかを示す言い伝えがある。それがオリジン・ストーリーだ。たいていは、神話という形をとり、世界を作ったのは神様だ。そしてその中で、道徳的教訓も示される。
 さて、自然科学は、ビッグバンによる宇宙の始まりから今日までの宇宙史を明らかにしてきたし、地球という惑星上の生物の進化についても明らかにしてきた。そして、私たちヒトという生物の進化や、ヒトがどんな暮らしをし、どんな社会を築き、その活動が地球生態系に対してどのような影響を及ぼしているかについても、明らかにしてきた。
 それでは、これらの自然科学の成果をもとに、私たちのオリジン・ストーリーが描けないものか? そこには全知全能の神様は出てこない。文化によって異なることもない、普遍的なストーリーだ。ただし、科学の進歩によってつねに改訂される余地がある。
 自然科学はいくつもの分野に分かれ、研究が無数に行われている。しかし、諸科学の成果を結びつけて、私たちのオリジン・ストーリーを語ろうとしたら、研究の大部分は切り捨て、本当に大事なことだけをつなぎあわさねばならない。それは、球儀を作ろうとしたなら、大陸の配置と地形と国境の輪郭だけを明らかにし、地域の細かな内容については捨てねばならないのと同じことだ。
 本書で問題とする宇宙史の大事な転換点は、宇宙の始まり、恒星と銀河の誕生、分子と衛星の出現、生命の誕生、多細胞生物の誕生などだ。そして、ヒトという種が現れ、農耕が始まり、現代のような世界が生じて、人新世と呼ばれるようになる。しかし、エントロピーの法則により、やがてすべてはまた混沌の中に消えてゆく運命なのだ。
本書は、138億年の宇宙史の中で人間の存在を考える、現代の知性のエッセンスである。
 評・長谷川眞理子(総合研究大学院大学学長・人類学
     *
 『オリジン・ストーリー 138億年全史』 デイヴィッド・クリスチャン〈著〉 柴田裕之訳 筑摩書房 2420円
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温暖化危機、高校生に「考え、行動を」 歴史家、デイヴィッド・クリスチャンさん
20191225 1630分 朝日
 宇宙や地球の成り立ちから人類の歴史まで約138億年の出来事を扱う「ビッグヒストリー」を唱える歴史家、デイヴィッド・クリスチャンさん(73)が来日した。高校で特別授業を開き、地球温暖化の危機が何をもたらし、どう行動すべきか、次世代を担う若者たちに熱く語りかけた。
 クリスチャンさんは米国生まれ。現在は豪マッコーリー大卓越教授。宇宙創成や生命誕生から現代文明のゆくえまで、自然科学と人文科学の様々な研究手法を用いて総合的に解明する「ビッグヒストリー」を提唱。日本語版『オリジン・ストーリー』(筑摩書房)が刊行された。
 特別授業は、神奈川県のアレセイア湘南高校で1年生の生徒約30人に行った。宇宙が生まれ、太陽系に生命が誕生する過程をたどり、地球上が「なぜ生命にとってちょうどいい温度になったか」について語りかけた。
 さらに、人類が地球全体に大きな影響を与える新たな地質年代である「人新世」に入ったと説いた。「今や人類は二酸化炭素を地球や生物が吸収する何十倍ものペースで排出している。私たちの行動が地球の未来を形づくるまでになった。とても危険なことだ」
 授業を終え、松島蓮さん(16)は「もともと歴史が好きだが、なぜこうなったのかを知るために科学を学ぶ必要があると思った」と話した。
 クリスチャンさんは朝日新聞の取材に、「今まさに歴史の転換点を生きている現代の私たちには(他の種も含めた生物圏を守っていく)責任がある」と強調。「若い世代が未来について考えて行動する手助けになれば」と話した。
 (大内悟史)



筑摩書房 
Introduction
まえがき
私たちは物事を理解するために物語を語る。人間とはそういうものだ。
── リア・ヒルズ「心への回帰(Return to the Heart)
 現代版のオリジン・ストーリー(万物の起源の物語)という発想が関心を集めている。私が興味を持ったきっかけは、1989年にオーストラリアのシドニーにあるマッコーリー大学で初めて教えた万物の歴史についての講座だった。私はその講座を人間の歴史を理解する一つの方法と見ていた。当時、私はロシアとソヴィエト連邦の歴史を教え、研究していた。だが、民族あるいは帝国の歴史(ロシアは民族でも帝国でもあった)を教えると、最も根源的なレベルで人間は競合する部族に分かれているという意識下のメッセージを伝えてしまうのではないかと心配だった。核兵器を持つ世界にあって、そんなメッセージは、ためになるのだろうか? キューバ・ミサイル危機のとき、高校生だった私は、人間がこの世の終わりを目前にしていると思ったことを、ありありと覚えている。何もかもが間もなく破壊されようとしていた。そして、「向こう」のソ連にも同じぐらい怖がっている子供たちがいるのだろうかと思ったことも覚えている。なにしろ、彼らも人間なのだから。
子供の頃、私はナイジェリアに住んでいた。そのおかげで、人間は単一の途方もなく多様なコミュニティである、という強烈な感覚を植えつけられ、十代になって、イギリスのサウスウェールズにあるアトランティック・カレッジというインターナショナルスクールに行ったとき、その感覚が裏づけられた。
 数十年後、本職の歴史家として、人間の統合的な歴史をどう教えるかについて考え始めた。すべての人間が共有する遺産について教え、なおかつ、その物語を語るにあたって、民族の堂々たる歴史には付き物の壮大さや畏敬の念を多少なりとも伝えられるだろうか? 旧石器時代の祖先や新石器時代の農耕民が、歴史研究の対象として圧倒的優位を占めてきた支配者や征服者や皇帝たちと同じぐらい重要な役割を果たしうるような物語を人間は必要としていると、私は確信するようになった。
 やがてわかったのだが、これはどれ一つ独創的な考えではなかった。偉大な世界史家のウィリアム・H・マクニールは1986年に、「人間全体としての勝利と苦難」の歴史を書くのが、「我々の時代に歴史研究に従事する者の道義的義務」だと主張している。さらに時代をさかのぼるものの、H・G・ウェルズは同じ思いで、第一次大戦の殺戮に対する応答として人間の歴史を書いた。
私たちは気づいた。今や、全世界における共通の平和以外には平和はありえず、全体の繁栄以外には繁栄はありえないのだ。だが、共通の平和と繁栄は、共通の歴史認識抜きにはありえない。 ……狭量で、利己的で、相争うナショナリズムの伝統しかなければ、人種や民族は知らず知らず闘争と破壊へと向かう運命にある。
 ウェルズには他にも承知していることがあった。すなわち、人間の歴史を教えようと思うなら、おそらく万物の歴史を教える必要がある、ということだ。だからこそ彼の『世界史概観』は宇宙の歴史になったのだ。人間の歴史を理解するには、これほど奇妙な種がどのように進化したかを理解しなくてはならず、それには地球における生命の進化について学ぶ必要があり、それには地球の進化について学ぶ必要があり、それには恒星や惑星の進化について学ぶ必要があり、それには宇宙の進化について知る必要がある。今日では、ウェルズが書いていた頃には考えられなかったほど正確かつ科学的に厳密な形でその物語を語ることができる。
 ウェルズはすべてを統合する知識を探し求めていた。さまざまな民族だけではなく学問分野も結びつける知識だ。オリジン・ストーリーはみな、知識を統合する。ナショナリズムの歴史観を綴ったオリジン・ストーリーでさえそうだ。そして、最も雄大なものは、多くの時間スケールの枠を越え、幾重にも重なる解釈とアイデンティティの同心円を貫いて、自己から家族や氏族(クラン)へ、民族、言語集団あるいは宗教へ、人間と生物の巨大な円の数々へ、そして最終的には自分は森羅万象の一部、全宇宙の一部であるという考え方へと人を導いていくことができる。
 だがここ数世紀の間に、異文化間の接触が増え、オリジン・ストーリーや宗教がみな、どれほどそれぞれの土地の慣習と自然環境に根差しているかが明らかになった。そうした局地性があったからこそ、グローバル化と新しい考え方の拡散によって、伝統的な知識への信頼が損なわれたのだ。自分たちのオリジン・ストーリーを固く信じている人でさえも、さまざまなオリジン・ストーリーがあり、まったく異なる内容を語っていることに気づき始めた。自らの宗教や部族や民族の伝統を積極的に、さらには暴力に訴えてさえ守るという対応を見せる人もいた。だが、たんに信仰や信念を失い、それに伴って自分の立場がわからなくなり、森羅万象の中で自分がどんな位置を占めているかという感覚を失う人も多かった。アノミー、すなわち、あてどなさや意味の欠如の感覚、ときには絶望感さえもが浸透し、20世紀の文学や芸術、哲学、学問のあれほど多くを特徴づけた理由も、そのような信頼の喪失で説明しやすくなる。多くの人はナショナリズムのおかげでいくばくかの帰属意識を抱くことができたが、地球全体がつながった今日の世界では、ナショナリズムは特定の国の中で国民を結びつけるそばから、人間社会を引き裂くことは明らかだ。
 私は楽観的な信念を持って本書を書いた。私たち現代人は慢性的な分裂と意味の欠如の状態に陥ることを運命づけられてはいないと信じて。現代という創造的な大嵐の中で、新しいグローバルなオリジン・ストーリーが現れつつある。それは、従来のどんなオリジン・ストーリーにも劣らぬほど意味と畏敬と神秘に満ちているが、多くの学問領域にまたがる現代の科学の学識に基づいている。その物語は完成には程遠いし、豊かに生きる術や持続可能な形で暮らす術について、古いオリジン・ストーリーの見識を取り込む必要があるかもしれない。だが、その物語は知る価値がある。なぜならそれは、入念に吟味された情報と知識から成るグローバルな遺産を拠り所にしており、世界中の人間の社会と文化を受け容れる、初めてのオリジン・ストーリーだからだ。その創出は集団的でグローバルな事業であり、それはブエノスアイレスでも北京でも、ラゴスでもロンドンでも通用する物語であるべきだ。今日、大勢の学者がこの現代版のオリジン・ストーリーを構築して語るという胸躍る課題に取り組み、その物語が(あらゆるオリジン・ストーリーと同じように、ただし今日のグローバル化した世界のために)提供することになるだろうような指針と、目的を共有しているという意識とを、探し求めている。前述のように、宇宙の歴史を教えるという試みを私自身が始めたのは1989年だった。そして1991年には、自分がしていることを言い表すために、「ビッグヒストリー」という言葉を使いだした。その物語の全貌が少しずつ見えてきたときになってようやく、新たに出現しつつあるグローバルなオリジン・ストーリーの主要な筋の数々を、自分がそこから引き出そうとしていることに気づいた。今日、ビッグヒストリーは世界のさまざまな地域の大学で教えられており、ビッグヒストリー・プロジェクトを通して、何千もの高校でも教えられている。
 私たちは21世紀のグローバルな重要課題や機会に取り組むなか、過去をこのように新しい形で理解することが必要になる。本書は、この壮大で精緻で美しく感動的な物語の最新版を語るという、私の試みにほかならない。

「この奇妙な種はいったい何者なのか(……)この問題はあまりに複雑で多岐にわたり、多くの含意を持つので、科学的な回答を生み出すのは不可能だと感じている者もいる。だが興味深いことに、人間の歴史をより広い生物圏や宇宙の歴史の一部として捉え直すと、私たちの種の顕著な特徴がぐっと際立ってくる。
今日、私たちを異質な存在にしているのは何なのかという問いに対して、さまざまな分野の学者たちが一様に、似たような結論にたどり着きつつあるようだ。」(第7章より)

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コメント
つまるところ、生命とは奇跡だ……説得力に満ちた万物の歴史
──「ワシントン・ポスト」紙

クリスチャン氏はこの物語を言葉巧みに語っており、事実上、現代科学の短期講座になっている。これは宇宙をめぐる手短な歴史だ、それも良質の
──「ウォールストリート・ジャーナル」紙

あたかもビッグバンのように、この本は畏敬の念を抱かせる……実にすばらしい
──「タイムズ」紙

本書でデイヴィッド・クリスチャンは、世界に関するあらゆる知識を歴史的に秩序づける見事な方法を見いだした。これは驚くべき成果だ
──カルロ・ロヴェッリ

宇宙のなかに私たち人間を位置づけるのみならず、現代世界を理解し、その未来を見通す手がかりをも提示した類い稀な一冊
──メリー・ワイズナー・ハンクス

すべてのページに魅力的なアイディアがあふれており、すぐれた推理小説のように読み進めてしまう。まさに記念碑的な著作
──ケン・ロビンソン



2020.1.10. 文藝春秋 2月号 
激動の20年代を生き残れ! 【世界の知性が日本人に教える 2020年の「羅針盤」】

138億年の歴史と地球温暖化』 新参者の人間が地球を壊そうとしている
スウェーデンの環境活動家グレタさんの大ファン
温暖化の影響は目に見えて出てきているが、どの先進国も現状を直視しようとしない。大人たちはなぜ理解できないのか。そんな時、「ビッグスヒストリー」が役に立つ。この学問が与えてくれる広大な視野で世界を眺めてみれば、地球環境にいま何が起こっているのかを、より深く理解できるはず
「ビッグヒストリー」とは、各専門分野の研究成果まとめ上げて、1つの物語として描き出そうとする試み。そうやって宇宙全体の歴史を見渡すことで、人類や自分自身はいったいどのような存在なのか――ということを考えていくもの
雨中の138億年の歴史を、全く新しいものが現れた瞬間ごとに8つの臨界thresholdに分ける ⇒ 138か月のスケールで見ると、地球に生命が誕生したのは39か月前
人間はなぜそこまで異質な存在となったのか――
チンパンジーはDNAの塩基配列の約98.8%が人間と一致するが、「言語」という決定的な違いがあった ⇒ 「集合的学習」によって得た知見を活用。その最たる例が環境に関する情報を集団で制御する術を習得
次いで起こった巨大なイノベーションが「化石燃料革命」 ⇒ 引き出したエネルギーの活用。IT革命もこの延長線上にある。これをきっかけに地球の大気中のCO2濃度が上昇
氷河期終了後から、地球の気温調節は、生物が活動によって発生させたCO2を森林生態系が吸収・固定するという仕組み出回ってきたが、今や80倍ものスピードでCO2を大気中に排出しているため、気候を一瞬にして狂わせた。化石燃料革命は、13年のスケールでいえば僅か6秒前の出来事であり、この変化は爆発的と言える
問題解決に役立つのは、知識や情報ではなく、「知恵=知の力を賢く使うこと」
アボリジニの起源や歴史を見ると、世界と向き合う「態度」が人類全体とは異なる ⇒ 環境と「共に生きる」姿勢であり、自然を恵みと捉えて皆で分かち合うという思想。そこから地球温暖化の対策も見えてくるのでは
「ビッグヒストリー」は未来を語るものではないが、過去の大きなトレンドから今後の予測を立てることはできる
2100年の平均気温は最大で4.8度上昇すると予測される ⇒ それが何を意味するか理解できれば、おのずと政治や社会が取り組むべき課題もクリアになる
人間はこれまで集合学習によって多くのエネルギーを手に入れ、力を拡大させてきた。それは人間の存在意義そのものだったが、ここで一度、力を追い求めない社会というものを検討してもいいのではないか
継続的成長のない未来というものを考えてみる価値はありそう
地球のよりよい未来を望むのなら、これまで続けてきたエネルギーの追求を制限せざるを得ず、必然的に経済成長は停滞するが、「知恵」を使えば、物質的には慎ましやかだが精神的には豊かな生活を送ることも可能では









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