絶望の林業  田中淳夫  2020.3.27.


2020.3.27.  絶望の林業 

著者 田中淳夫 1959年大阪(生駒)生まれ。静岡大農学部林学科卒。出版社、新聞社を経て、フリーの森林ジャーナリストに。森と人との関係をテーマに執筆活動を続けている。著書に『森林異変』『樹木葬という選択』

発行日           2019.8.17. 第1版第1刷発行
発行所           新泉社

はじめに――騙されるメディアとい思い
最近林業に関する取材が増えた
戦後植林された人工林は50年以上を経て太ってきたので伐り時を迎えている。国産材の生産量も増えた。木材自給率は急上昇し、一時期18%程度まで落ちたものが今や40%近くになり、目標の50%も見えてきた。使い道のなかった間伐材などが合板材料として活用されたり、バイオマス発電の燃料用にもと引っ張りだこ。海外輸出も急増して輸出産業になりつつある。CLT(直交集成板)やセルロースナノファイバーのような新しい木材の使い道も登場して、木材は引く手あまたの素材である。日本の山は宝の山になった。田舎暮らしのライフスタイルが見直されて、山村の仕事として林業に参入する若者も増えた。女性でも林業を目指す人が増え、「林業女子」と呼ばれている。高性能林業機械が導入されて体力がなくてもできるようになったから、ということだが、現状を話すと驚かれる
日本の林業の抱える問題を確認していくと、前途洋々どころか絶望してしまう
日本の林業には多くの障碍がある。問題解決を探ってきたが、知れば知るほど様々な要因でがんじがらめになっており、最近は「何をやってもダメ」という気持ちが膨らみつつある
近年の林業界の動きは、改善方向どころか真逆の道を選んでいると感じ、その方向は林業界だけでなく、日本の森林や山村地域に致命的打撃を与えるのではないかという恐れを抱くし、それが絶望へとつながる
目標となる「希望」を提示することで、道筋を考える契機にしたい。到達したい目標から遡り、今すべき行動を考える「バックキャスト」の手法を考える
1部では、日本の林業界を取り巻く錯誤を総論的に描く。メディアや一般人の勘違いの指標
2部では、林業現場の実態、林業の当事者たち、木材の用途、林政の問題点を指摘
3部では、「希望の林業」を提示
テーマは森と人との関わり。林業が今のままでは森林全体が不幸になる
現実と背景を知ったうえで応援してほしい

第1部     絶望の林業
1.    「林業の成長産業化」は机上の空論
国は「林業の成長産業化」を頻発、「日本の森は宝の山」だとして、新たな林業政策が次々と打ち出され「林政の大転換」を謳う
現在の日本の林業で起きていることは、成長とは正反対の現象
林業界に入る資金は、国や自治体の補助金の形が多く、販売した利益は、コストに見合わないので、また新たな補助金が投入されるという繰り返し
補助金で木材生産は拡大するが、木材の使い道が十分になく、市場でだぶついて木材価格を下落させる。利益が薄くなるから量で稼ごうと伐採量を増やすという悪循環
指導する行政が、率先して増産を推進し資金を提供しているので、悪循環が止まらない
林業経営の健全化が進まなければ、林業の背景にある山村、森林地域の活性化や地域住民の暮らしの維持はもとより、防災や環境などの目的さえ達成できない

2.    木あまり時代が生んだ木づかい運動
国が盛んに進める「木づかい運動」は、「国産材づかい運動」
世界的には森林の劣化が進んでいるが、日本は戦後の大造林のおかげで、森林蓄積が膨れ上がっている。広葉樹林を人工針葉樹林に転換する政策により、人工林が倍増し、森林率は67%、植えてから50年以上も経つので木材として使えるように育っている
震災による木造家屋の忌避と、人口減や不景気による着工件数の急減、小型化
人工林から産出される原木は、曲がり具合によってA,B,C,D材と区別。A材がそのまま製材され住宅建材となる。後は合板やチップ、製紙原料、バイオマス燃料用となる
伐採業者は、伐った量に補助金が付くので、木材の質は問われず、Aの需要が減退すればB以下にして販売。業者の利益は増すが、山主には木材相場が下がれば還元されない
林業振興とは、森林から利益を上げることだが、「木づかい運動」では、木の質や価格は関係ないため、山主に再投資のための利益をもたらさない ⇒ 「木を伐って森を守る」「木を使って林業振興」ではなく、「木を高く買って地域振興」することが必要

3.    外材に責任押し付ける逃げ口上
これまでの日本の林業不振の責任を安い外材に押し付けてきたが、戦後急増する木材需要を補うために高価な外材が使われ、国産林業界は銘木や役物(やくもの)と呼ばれる高価な建築資材を提供して差別化を図ったものの、90年代から建築動向は大きく変化、高級和風建築に代わって洋風全盛となり、余計外材が売れ、国産製材価格は外材を下回ってきたが、それでも品質で外材に劣るようになって使われなくなった

4.    森も林業も知らない林業家
育林作業を重ねている林業地はあまりないし、年間を通じて木材生産を主なっていた林業地も少ない。植林は国策で進められたので、間伐の必要性さえ理解されていない

5.    正反対の意味でつかわれる「間伐」
「林業の要諦は間伐にある」にもかかわらず、思い付きに近い間伐方法が広がり、日本の林業のレベルを落とし、経営を歪めている
「保育間伐」 ⇒ 木を伐ることで残した木の生長をよくする。植えた苗以外の雑木の間伐をする「除木」と、同種の苗で生育の劣る木を伐採する「劣勢木の間伐」がある
「利用間伐」 ⇒ 伐った木を搬出して販売するもの。立派な経済行為にも拘らず、間伐材は皆質の悪い木という偏見が生まれる
「主伐≒皆伐」(間伐の対語) ⇒ 人工林で育った木を全部収穫し、その後更新することを指すが、「主伐」こそが本来の林業だとして、「間伐」を軽んじる風潮を作った

6.    木材価格は高いという神話
最大の「木材の誤解」は価格
一般的なスギ材 ⇒ 1㎥当たり1万円前後(4mの丸太で4,000円前後)。吉野杉で3
木造建築の場合、木材価格の占める割合は全体の建築費の10%程度なので、国産材が10%割高でも、建築費に与える影響は1%にしかならない
にもかかわらず、住宅産業全体が外材を前提に回っているため、例外的に国産材を使うとなると、面倒がかかるので、業者も国産材を敬遠し、施主に割高だと思い込ませたり、世間のそういう思惑を悪用する

第2部     失望の林業
I.     諦観の林業現場
1.    手を出せない林地がいっぱい
2017年、所有者不明土地問題研究会 ⇒ 長期未登記の土地410ha(九州を上回る)
山林の場合は、境界線確定問題が絡む ⇒ 公図(明治期のもので信頼性は低い)、森林計画図(自治体作成だが曖昧な個所も多い)、地籍図(現地を測量して作成、進捗率50%だが大半は国有林)
2018年成立の森林経営管理法 ⇒ 所有者不明の土地を自治体が管理権を握って活用する制度だが、相続人の出てくるリスクなどを考えると、活用の可能性には疑問

2.    徒労の再造林と獣害対策
「伐ったら植える」が近代以降の林業の鉄則だが、今世紀の現場では再造林が30%と予想され、その上下草刈りもせずに放置されるケースが少なくない
近年問題となっているのが獣害。苗の調達も課題

3.    森を傷つける怪しげな「間伐」
間伐の効果については曖昧なまま、日本では本来の定性間伐に対し定量間伐といって、質を見ずに間伐したり、切り捨て間伐といって、切り落としたものを搬出せずに放置するため乱暴な作業になったりするやり方が一般的

4.    機械化こそ高コストの元凶
日本の林業は低コスト化が最重要課題。特に伐採と搬出の費用削減を推進し、本来のコストである数十年の生育のための費用を度外視しているため、安易に機械化に走る
ドイツや北欧等では40年も前に使っていたもので、現代の林業には無用の長物とされる
木を伐って出すだけで赤字なのに、細かい作業をこなす高性能機械は精密機械にも匹敵するため高価で、補助金があるから導入できているだけ、ランニングコストすら出ない
機械を入れるための安易な林道・作業道づくりも森林環境を破壊

5.    騙し合いの木材取引現場
伐採搬出を行う山側の人々と、原木を製材や集成材などに加工する業者の仲が悪い
両者の利益が相反する関係にあるため、疑心暗鬼が働く
山主と伐採搬出業者の間にも断絶 ⇒ 伐採搬出業者は補助金でほとんどのコストがカバーされるが、山主には再造林コストすら勘案されない
1975年には、木材製品の単価が6万円/㎥、うち立木単価(山主取り分)3万ほどで残りを原木供給段階(素材生産者)と製品供給段階(製材加工業者)で分けていたが、その後製品単価が急降下して4万円となったのに、原木と製品供給段階の取り分はほとんど減っていないということは、減ったのはほとんど山主の取り分
補助金のせいで常に買い手市場
以前、「顔の見える木材での家づくり」というのが全国的に広がる。外材ではなく、近くの山の木で家を建てる運動で、多くが建築家主導で進められたが、買取価格は市場価格だったため、それでは山主の取り分が増えないので山の健全化には繋がらない

6.    事故率が15倍の労働環境
林業には新規参入者が増加傾向にある。緑の雇用事業として自治体も後押し
2015年の林業労働者数は45,440人。5年前に比べ10%減。若年層が増加しており、彼らの教育・訓練が懸念される ⇒ 労災の発生率が、全産業平均の15
労使ともに安全意識が低すぎるのが問題

II.       残念な林業家たち
1.    改革したくない森林組合
林業の実働部隊は森林組合法に基づき設立された森林組合 ⇒ 小規模山主の集まりで、山主の山を預かって作業を代行する。育林作業を請け負うので、作業員を雇用している
以前は植林・育林が主だったが、今は伐採が主流
コスト意識をもった生産効率の改善が必要だが、意識が低い
補助金依存体質を改めないことには話にならない

2.    倫理なき素材生産業者
不在地主の山で盗伐が横行、ブローカーが絡んでいるケースも散見
露見しても、故意が立証できずに誤伐として処理されるケースが多いため、警察も動きが鈍い。行政や業界団体も伐採業者を擁護する傾向が強い
合板需要やバイオマス発電燃料、輸出用など木材の需要が上向きで、材価も上がりつつあるため、単価は安くても木材を大量に出せば儲かるため、皆伐でコストを抑え、山主への還元も少なく、再造林もしなければ儲かる ⇒ 将来のことを考えない林業が蔓延
「素材生産業者」と呼ばれる伐採搬出業者は増加傾向 ⇒ 全国各地の現場を渡り歩くので、一過性の作業が多く、地域の山の特性を知らず、地元の評判はたいていよくない
伐採跡地には再造林が義務付けられているが、事後確認のケースは少なく、植えていたとしてもその後のメンテナンスまではチェックされていない

3.    素人が手掛ける自伐型林業
近年流行っているのが自伐、あるいは他人の山を請け負って自分の山のように扱う
吉野林業地の山守(やまもり)制度 ⇒ 山主から請け負った山守が山の管理を仕切る
利益が少ないだけでなく、技術と知識の点で問題が多い

4.    林業をやめたい山主の本音
森林を所有する山主としての責任もある ⇒ 所有している森林を知らない山主が多い。境界確定の問題のみならず、相続した不在地主になると、所在地すら知らない
雑木林ならともかく、先代が植林で一斉林にした場合、放置すると生態系や防災の点からもよくない可能性がある
2018年の森林経営管理法では、土地の所有権から森林の経営管理権を分離し、半強制的に自治体が他者に管理を任せることを可能とした
自分の代で森林経営を打ち止めすると決めた山主は、少しでも投資を回収しようと皆伐して換金しようとする ⇒ 「林業打ち止め伐採」が進むが、はげ山で残された地域は、災害の原因にもなり、生物多様性など環境的にも望ましくない

5.    ロスだらけの木材の在庫管理
国産材を使おうと思っても、使いたくない事情がある ⇒ 70%は未乾燥材(グリーン材)でそのままでは使えないし、種類も量もまちまちなので納品まで時間がかかる。製材寸法も不正確
製材は見込み生産が主流のため、少し多めに生産し、追加や急ぎの注文に対応しているが、売れ残り分は不良在庫になりかねず、安値で処分されがちだし、残していても在庫管理ができていないので注文が入っても売り損ねるなど流通の基本ができていない
違法木材を締め出すために「合法証明」が義務付けられているが、仕組みが不透明

6.    木悪説にハマった建築家たち
大学などの建築学の講座で、木造についての研究・教育が長く行われていなかったため、建築家が木造を嫌う ⇒ 戦後、「燃えない建築物作り」を重要課題とした名残
「木善説」 ⇒ 木の良さ、見て触って気持ち良いなどのメリットを重視。建て主に多い
「木悪説」 ⇒ 木の欠点・欠陥、縮む、腐る、燃えるなどを重視。建築家に多い
「住宅産業はクレーム産業」と言われるように、クレームリスクを回避するために木材の使用を躊躇

7.    見失っている木育の対象
身の回り、特に人が目にしたり、触るところに使われる木製品が減っている
もっと木に親しもう、木のことを学ぼうという運動が「木育」で、2004年北海道で林業振興のために道産木材の使用を促進すべく始まった運動で、今や、「人と、木や森との関わりを主体的に考えられる豊かな心を育む」を目標とする

III.    滑稽な木材商品群
1.    見えない木合板需要の功罪
建築や土木ではコンクリート作りでも型枠に合板のコン(クリート)パネ()を使うので、見えない木材消費となっている ⇒ 数回の使用で使い捨てにするため熱帯ジャングルを破壊するとの批判が強い
合板は建築に不可欠の資材 ⇒ 厚めの合板が構造用合板として、屋根や床の下地に使われ、建築物の耐力を増す役割を果たす。平城宮跡に復元された大極殿にも耐震強度確保のために多用。かつては熱帯産広葉樹を使用したが、現在では国産のB材も使用

2.    木を見せない木造建築の罠
木造建築と言いつつ、壁にクロスを貼って木材部分を見えなくするのが今の建築法の主流
1戸建てのうち木造は4割。うち、軸組構法は8割だが、柱や梁が見える真壁構法は1%で、壁が屋根を支える大壁構法が圧倒的で、壁にクロスを貼って木を見せない
真壁のように木が見えると、節や木目など木の見た目に対する拘りが起きるが、木が直接見えなければ木への拘りもなく、安価な素材でもまかり通る ⇒ 本物の木造建築は廃れる

3.    普及するのか国産材CLT(Cross Laminated Timber)
CLTとは、厚さ数センチのラミナ(板材)を、繊維方向を90度づつずらせて貼り合せたパネル状の建材で、現在注目されている木質建材 ⇒ コンクリートに負けない強度があり、耐震性能が上がるので、欧米では10階以上の木造が建てられているし、非住宅建築にも使用可だが、以下の問題があり、日本の林業振興には寄与しない
内側の木質は問わないので使用する木材のボリュームは増えるが、原木の歩留まりは15%程度にとどまる ⇒ 貼り合わす表面を平らにするためにカンナ掛けを繰り返すため
欧米に比べて価格も倍程度する ⇒ スケールメリットがないため
価格を下げるために、コスト100%をカバーする補助金があるのも不思議

4.    セルロースナノファイバーの憂鬱
森のノーベル賞 ⇒ 「マルクス・ヴァーレンベリ賞」で、森林や木材科学の研究に対し、スウェーデン国王から与えられる賞
20153人の日本人がアジア人として初めて受賞。セルロースナノファイバーCNFの効率的な製造法開発が認められた
植物繊維であるセルロースとヘミセルロースの隙間をリグニンが埋める構造により、高木が強度を保って聳えているが、この成分をナノレベルまで分離してほかの物質と混ぜ合わせると強度と軽さをもたらす ⇒ 自動車のボディもタイヤや窓ガラスもCNFを加えることにより軽量化が可能となり、強度も安全性も向上
産業化へのネックは、ナノレベルにまで分離する際のエネルギーや科学的処理のコストだったが、今回の受賞対象となった製造加工法の発明により商業化が見えてきた
ただ、実用化にあたっては、まだクリアしなければならない課題が多い
実用化されたとしても、原材料となるのはセルロースを含むすべての植物なので、必ずしも林業に貢献するかどうかは疑問

5.    再生不可能なバイオマス発電
再生可能エネルギーとして17年頃からバイオマス発電が急伸
2030年時点で、電力消費の約4%、約400kwをバイオマスで賄う目標に対し、建築申請は倍以上来ているが、大半は輸入品を燃料としており、国産の木質燃料は当てにされていない
再生可能エネルギーによって作られた電力は普及のため高く買い取る制度FITがあり、多少割高のコストでも電力料金に跳ね返らせることが可能なため、高い搬出コストが折り込まれて採算が合うようになった
山に残された未利用材が活用かつ数倍で買い取るというので、林業界は潤うといわれたが、大量にかつ継続的に供給するとなると、近隣の山では不足するため遠距離から輸送するとなるとコスト割れ、最近ではA材まで燃料として利用
CO2の削減について、カーボン・ニュートラルというが、樹木の生長時に吸収するCO2と燃焼時に排出するCO2は同じであっても、木材の伐採搬出と輸送に莫大な化石燃料を使用、加工にもエネルギーを必要とする。外材なら距離は飛躍的に伸びることなど考慮すると、バイオマス発電は決してCO2排出抑制に寄与していない
また、日本のバイオマスエネルギーは発電だけで、バイオマスの持つエネルギーの2割以下しか利用せず、残りは捨てている。欧米では熱利用も多い
国産材利用の問題を尻目に、外材が圧倒的なシェアを占めるが、使用者の払う割増電力料金の一部が海外に流出する結果になっている
太陽光発電でも大規模なソーラーパネルの設置場所を求めて、森林を切り開くケースが広がっており、本末転倒の事態になっている

6.    ハードウッドと大径木の危機
地球規模では、20世紀以降に大面積の造林が行われたお陰で、森林面積(樹冠被覆地)は増加傾向にあるが、大半は生長の早い針葉樹林
世界の木材生産は過剰気味
森林面積も供給される木材量も増えているが、足りない木材、枯渇する森林資源もあり、それが広葉樹材と、大径木・長大材(針葉樹・広葉樹とも)
広葉樹材はハードウッドと呼び、材質が硬い ⇒ チーク、マホガニー、ローズウッド、ウォルナットなどで、防腐剤塗装が不要で長持ち、メンテナンスが楽
大径木・長大材も同じで、成長まで年月がかかり過ぎるので、速成がきかない
欧米諸国でも自国内の大径木が枯渇すると、発展途上国に代替資源を求め、熱帯雨林の破壊を進める結果となっている

7.    国産材を世界一安く輸出する愚
現在、日本では木材の輸出が急増、特に多いのが中国向け。6割までが丸太で、主に土木用材、コンパネ用が大半。汎用素材が目的で、品質を問わず安価なものが中心
国産材の生産コストは「世界一高い」と言われながら、莫大なコストをかけて育て、収穫した木を、採算度外視で海外に安売りしているのが実情 ⇒ 莫大な補助金で成り立つ

IV.     痛恨の林業政策
1.    モラルハザードを起こす補助金行政
2018年には主伐への補助金開始 ⇒ 「資源高度利用型施業」という、伐採した木を搬出するコストを補助する制度。皆伐に近く、国の方針の大転換
補助金の始まりは、荒れた山を早く造林するための植林の補助金
次いで、森作りのために、下草刈りや雑木を除伐する補助金、保育間伐、道作りの補助金
利用間伐は経済行為なので補助金対象外だったが、21世紀にはいると、残した木の生長に寄与するという理屈で森作りの一環として補助金の対象となる。それも多く搬出するほど補助額が上がるという矛盾を孕んで
主伐だけは、はげ山を作る行為として、補助の対象とはならなかった
林野庁は、補助金交付の条件として、再造林を義務付けるというが、事後のチェックはできていない
補助金漬けになると、やるべきことややりたいことに補助金を求めるのではなく、補助金が使えることをやろうとする
同年の「森林経営管理法」制定も、林政の大転換 ⇒ 森林管理に行政が強く介入することを可能とし、その下支えが森林環境税。国民1人当たり1000円を徴収、市町村に分配して、採算の合わない森林の管理に充当

2.    無意味な「伐期」にこだわる理由
国が主伐を推進し始めた背景として、苗を植林する際収穫年を「伐期」として決めるが、その時期が到来したことと、森の年齢である林齢の平準化を上げるが、いずれも現場を無視した行政の懸念が大きい
林野庁が皆伐を進め木材生産量を増やしたがる理由は、林業の成長産業化と木材自給率50%以上の達成があるが、市場の需給を無視して補助金で生産量だけ増やしても林業の発展にはつながらない

3.    地球環境という神風の扱い方
戦後の日本の林業の浮沈には、常に神風が吹く ⇒ 90年以降の神風は地球環境問題
それまで環境問題は、林業にとって伐採反対という逆風だったが、92年の地球サミットで地球温暖化が取り上げられ、温室効果ガス、特にCO2濃度の引き下げの義務付けが必要とされ、97年の京都議定書で拘束力あるものとなる
化石燃料からのCO2排出に加え、森林の吸収分を増やす対策が求められ、日本では森林整備と「間伐」が結び付き、莫大な補助金を投入して「経営が行われている森林」面積の増加を推進
現在の林政には、科学を無視した事項が多すぎる
老木は生長が遅いので若木に植え直したほうが生長量は大きくなるといわれたが、老木でも生長し続けるし、高齢樹のほうがより多くのCO2を吸収することが確認されている
温暖化以外にも、土砂崩れや水害防止、水源涵養など様々な名目で林業に補助金が投入
スギ花粉症対策でも、間伐は逆に枝葉を広げ、より花粉を生産する
現場との乖離も目立つ ⇒ 強めの間伐をして植林すれば、異樹齢の森ができるとされたが、間伐によって残された枝葉が大きく広がるため、林床に入る日射が弱くなって苗が育たないことは現場にいればすぐわかる

4.    違法木材野放しのクリーンウッド法
2018年、奈良の興福寺が301年ぶりに中金堂を再建したが、使用木材はすべて輸入
2017年、違法木材の取引を取り締まるクリーンウッド法制定するが、強制規定ではなく、取扱い業者は任意の登録制で、未登録業者が違法木材を扱っても何らお咎めなしで、「合法木材推進」のキャンペーンのようなザル法
各国とも森林管理に厳しい目を向けるのは、違法木材が原産国の森林を破壊するだけでなく、不当で廉価な木材が流入すれば、自国の林業や木材産業を圧迫し、持続可能な森林経営が行えなくなると認識するからだが、日本の林政にはそういう意識がない

5.    視界不良の林業教育機関
都道府県を経営母体とした、林業従事者を養成する林業スクールの開校ラッシュ
林業従事者の減少への対応だが、現場の受け入れ態勢は旧態依然
最大の問題は、養成の対象が伐採現場の労働者である点
林業とは、森づくりを出発点として、何十年、何百年先の森林をデザインする仕事であり、知識、技術に加えて理念が必要なのに、目先の技術ばかり重視されている

6.    実態無視の視察と欺瞞だらけの白書
先進諸外国の現場を視察しても、都合のいいところだけを勝手につまみ食いするだけだし、外国人専門家フォレスターを招聘しても都合の悪い意見は無視
政府の白書や統計にも疑問。都合のいいように数字を取り出して、政策の裏付けに使用されていたりする

7.    森の未来を見ない林政担当者
林野庁は、日本の林業を「量の林業」を志向して、「薄利多売」でやっていかなければならないとするが、森林蓄積は増えても利用可能な木材資源という観点からは脆弱
科学的知識と長期的視点が欠かせず、社会全体の動向を見据えて林政を立案すべきだが、どこまでこうした認識を持っているか大いに疑問
実際に担う権限を市町村に移譲しつつあるが、現場に森林や林業の専門家は育たない
超長期の計画を担うには、きっちりとした規範や原理原則を定めておく必要があり、人材が交代しても引き継ぐべきことが揺らはではいけない

第3部     希望の林業
1.    夢の「理想の林業」を描く
根本的・構造的に産業としての体制が整っておらず、自然の摂理にも従わず、政策が誤った方向に進んでいるとの危惧を感じる
林業は近代経済には馴染まない
理想の林業の条件
    利益を生むこと。挙げた利益が森に再投資されること
    防災のように、マイナスを抑える機能も重要
両者を満たすには、持続することが大切 ⇒ 林木を健全に育てて利益を得るほか、森林空間も有効に利用することで健康福祉や観光、そして生物多様性や防災などを両立させる林業こそ理想

2.    吉野林業の幸福な時代
吉野林業は、世界一古い育成林業。植林が始まったのは500年以上前
特に江戸後期から昭和初期の期間が理想に近い ⇒ 天然林の伐採からスタート。植林後は間伐した材や樹皮など山でとれたすべてを商品化
鍵となるのは幅広い情報で、森作りと町の消費を結んだ商品開発のシステムが機能、吉野ブランドが確立する
明治政府も、吉野式の森づくりの普及を図る
戦時中も、急峻な地形などを理由に軍部の伐採要請を拒み続け、森を守る
敗戦後もまっとうな森林資源が温存され、一時期「吉野マネー」が株式市場を席巻したが、バブル崩壊とともに衰退 ⇒ 商品開発を怠ったツケ

3.    森を絶やさず林業を行う恒続林
スイスのエメンタールの森は、恒続林と称され、一次世界1を誇ったスイス林業の代表
木を伐りつつ森林をなくさず続ける森林で、20世紀初めごろ登場した言葉
自然の力を利用して次世代の樹木を育てて森林を保全しつつ木材生産を行う ⇒ 基本的に異齢の針広混交林で、手間がかかり、均一に生育するのは難しいが、1990年代中央ヨーロッパでは風害や虫害が相次ぎ、同樹齢で単一の樹種からなる一斉林がばたばたと倒れ、同樹種ばかりでは災害に弱いことが判明、恒続林の有用性が見直された

4.    投資ポートフォリオとしての林業
アメリカでは森林が長期投資先として見直されている
もともと大規模私有林の多いアメリカでは、巨大林業会社が幅広い事業を展開していたが、ここ20年程巨大投資ファンドの長期資金が入っているという
過去25年の実質投資利回りが年10%強。利益の中身は木材販売のみならず、林地の資産価値の上昇も含まれるし、CO2排出権取引も有利に働く
林地は、ほかの金融資産と負の相関関係を持つ
日本にも「立木権」があり、登記も可能

5.    篤林家たちの森と林業
吉野林業では、伝統的に森林を所有する山主と、森林管理を請け負う山盛りに役割を分離、お互いが長期的視野に立って責務を全うしようと努力
日本でも恒続林の試みをしている篤林家もいる

6.    絶望の中に希望は見つかるか
森林の経営は、分散投資と多角経営を基本とする ⇒ 長期的視点で動く森林経営を支える別の収益源をもって全体のバランスを整える。森林を利用する事業による分散化もあり
林業自体の多様化も必要 ⇒ 樹齢、樹種、産物などの多様化。その時々の需要に対応
重要なのは森作りの指針 ⇒ 木材の生産を目標とはせず、森林生態系を健全にすることを大前提とする。野生動物まで含めた生態系を多様で健全に育成すれば災害にも強い
林業の世界はプロダクトアウトであるべき ⇒ 今ある資源に合わせて、世間が欲しがるもの、高価格で取引されるものを作り出していくべき
川上から川下までが運命共同体になる仕掛けを作り、情報を共有するシステムを作るとともに、利益を適正に配分する方法を考える
経営の多角化、健全な森作り、林産物を最も利益の出る商品に仕立てるプロダクツの3つを組み合わせるところに「希望の林業」が見える



絶望の林業 田中淳夫著
希望から遡って改革を模索
日本経済新聞 朝刊 2019119
今日、森林・林業には実に多くの期待がある。温暖化ガスの吸収源として、化石燃料・原料の代替産業として、地方創生のフロンティアや豊かな人間性を取り戻す空間として、等々。環境財・経済財・文化財として十全に機能し、役割を果たすことが求められているのである。所有や市場論理、あるいは国家や規制の枠組みを超えて、森林が有する全ての公益的機能を実現させる理論と制度とその具体化が必要だ。公共性の再定義と共に、資本主義の後退的側面を乗り越えて新たな経済社会を構築するための課題群がそこにはあり、文明転換を象徴するものである。
さて、こうした状況下にあって、「絶望の林業」なる本の出版はとてもショッキングなものである。著者は一体何が言いたいのか。
本書は、「絶望の林業」「失望の林業」「希望の林業」の3部構成からなる。ここにおいて著者の意図はかなり鮮明になる。森林・林業に絶望することなく、理想とする「希望の林業」からバックキャストで問題解決に当たり、新しい経済社会の基盤となる森林化社会を形成しようというのである。破壊と創造の両面を含む動的思考と、具体的な現場から離れることなく、参加と実践の姿勢を貫く。輻湊する期待や課題に分析的・科学的でありながら、パッショネイトに迫っている。
著者の指摘する要点をみよう。「絶望の林業」との認識に至るのは誤解と思い込みがあるからである。林業の現場は地域性が大きく一般論や普遍論理は通用しない。「失望の林業」では、問題解決の枠組み設定が狭いことと、関係者に改革意識が希薄なことを指摘している。
「希望の林業」とは、理想の林業へとイノベートする過程をいい、森林空間の利用と林木生産を両立させる持続的な森づくり・林業を目指すことを言う。それには再投資が可能な程度に利益を得る多角的経営と多目的林業がなければならない、その先の手法は各地域の実践による、という。
このように本書は、日本再生・地方創生に通底する産業的林業の再構築を提示したもので、書名が与える印象とは真逆の、ウォームハートに貫かれた森林ジャーナリスト渾身の書である。
《評》岩手大学名誉教授 岡田 秀二
(新泉社・2200円)
たなか・あつお 59年大阪生まれ。出版社、新聞社を経て森林ジャーナリストに。著書に『森林異変』『樹木葬という選択』など。


「絶望の林業」書評 環境も経済も持続へ 希望探る
評者: 石川尚文 新聞掲載:20191012
補助金漬け、死傷者続出、低賃金、相次ぐ盗伐、非科学的な施策。いま、日本の林業現場で何が行われているのか。30年近く森林と林業を取材してきた著者が、官製成長産業の不都
 日本は国土の3分の2を森林が占める。その4割が木材利用のためにスギやヒノキなどを植えた人工林だ。政府は近年、林業の成長産業化を掲げている。今春には森林整備をめぐる新法が施行され、住民税に1人当たり千円上乗せする森林環境税も2024年度から導入される。
 こうした動きの一方で、肝心の林業の実情を一般向けに紹介する書籍はあまりなかった。本書は、長年にわたって現場を取材してきたジャーナリストによる日本の林業の現状報告だ。タイトルにもあるように、その認識はかなり厳しい。
 まず、政府の言う「成長産業化」は、机上の空論だと断じる。木材生産が増えたとしても、林業の経営は多額の補助金に支えられてようやく成り立っているのが実態だからだ。
 それでも国産材の利用が増えればいいのでは、と思うかもしれない。林野庁は近年、人工林の半数以上が「主伐期」を迎えていると言う。樹木が育ち、収穫期になったといった意味だ。だが、著者は国が補助金を出してまで主伐を後押しすることを批判する。
 大規模な伐採の後の現場を歩くと、次の苗木を植えつける再造林が行われていない地域が目につくという。場所によっては跡地の「約6割が再造林されていないという報告がある」。経済面から言っても、利益が出ないときは「『市場の見えざる手』によって供給量を絞るのが通常の考え方ではないのか」と指摘する。
 産業としての林業を否定するわけではない。経済行為と環境維持は相反しない。双方に大切なのは「持続すること」だという。
 「商品製造に数十年」かかるという他産業にない特性をもった林業を、スピードを増す世界経済にどうマッチさせるのか。3年で担当が変わる官僚に、数十年という超長期の視野をもった計画が担えるのか。並ぶのは難題ばかりだが、著者が考える希望への「手がかり」も示されている。
    
 たなか・あつお 1959年生まれ。フリーの森林ジャーナリスト。著書に『森林異変』『樹木葬という選択』など。

田舎の本屋さん ~ 農山漁村文化協会
「日本の林業は成長産業である」。
最近よく耳にする言葉です。その証左はどこにあるのでしょうか。そしていま、日本の林業現場で何が行われているのでしょうか?
補助金漬け、死傷者続出、低賃金、相次ぐ盗伐、非科学的な施策……。林業の現場には時代遅れで、悲惨な現状が隠されています。
若者の就労者が増えたことで、成長産業と期待されている日本林業。しかし、その実態は官製成長産業であり、補助金なくしては成り立たない日本の衰退産業の縮図といえます。
30年にわたり森林ジャーナリストとして日本の森、林業にかかわってきた田中淳夫だからこそ書けた、林業業界の不都合な真実に鋭く切り込んだ問題作。



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