フィンランド公共図書館  吉田右子他  2020.3.2.


2020.3.2.  フィンランド公共図書館 躍進の秘密

著者
吉田右子 筑波大学図書館情報メディア系教授。博士(教育学)。専門は公共図書館論
(執筆担当: はじめに、13469,終章、おわり)
小泉公乃(まさのり) 筑波大学図書館情報メディア系助教。博士(図書館・情報学)。専門は公共経営論。オスロ・メトロポリタン大応用科学学部社会科学学科アーカイブズ学・図書館情報コース客員研究員
(執筆担当: 1239)
坂田ヘントネン亜希 筑波大国際総合学類卒。エスポー市・エントレッセ図書館勤務。フィンランド語学習グループ、音楽読み聞かせ、3Dモデリングワークショップなど幅広くイベントの企画運営に携わる。現在は、主にメーカースペースの展開や他部門との融合に取り組む

発行日             2019.11.20. 初版第1刷発行
発行所             新評論

はじめに
2000年代に入ったころ、OECDの学習到達度調査PISAの「読解力スキル」で世界1になったことをきっかけに、日本に「フィンランド・ブーム」が起きる
この10年で、公共図書館を取り巻く状況が世界的に悪化 ⇒ 新自由主義の影響が国を問わず深刻なものとなり、公共サービスに関しても市場価値が最優先され、弱体化の一途を辿る
そんな中で、公共サービスにおける「最後の砦」のように公共図書館が変わることなく元気な国がフィンランド
フィンランドで教育が成果を上げている理由として挙げるのが、①質の高い教育が全ての生徒に行き渡るようになっていること、②教師は高度な教育を受けており高度なスキルを持っていること、③居住地に基づく近隣学校への通学原則、④機能的で質の高い図書館システム
教育制度の中に図書館が組み込まれている。公共図書館の存在意義が社会的に認められ、人びとからも厚い信頼を得ている。図書館はフィンランドの誇りであり、文化的な象徴

第1章          フィンランドの社会と公共図書館
1.      森と湖の国に暮らす慎み深い人びと
2.      教育の原則は「平等」であること
フィンランドの教育において最も重要視されるのは「平等性」 ⇒ 教育格差をなくすこと
近隣学校への通学原則 ⇒ どの地域でも同レベルの教育が安定して受けられることが前提の制度であり、教育費は国家予算の1112
教員は、小学校から高等学校まですべて教育学の修士号保持者であり、就学前の教員も学士号保持者
公共図書館が学校図書館の代替施設であり、学校と連携することで学力向上に繋げている
公共図書館の利用が授業時間に組み込まれているし、近所の図書館は放課後の遊び場
本を読むことを中心とする「伝統的なリテラシー」から、言語、聴覚、視覚、運動感覚などすべてを使って情報を取り入れた上で解釈し発信する「マルチリテラシー」への転換が、公共図書館の重要性をさらに高めている。マルチリテラシーは、「情報を批判的に解釈できる思考法」と「情報を取り扱うためのICTスキル」から構成され、こうした力を養うためには、公共図書館で様々なメディアに触れることが重要
公共図書館は、成人にとっても貴重な学びの場 ⇒ 生涯教育は「自由成人教育」と呼ばれ、公共図書館以外にも「成人教育センター」などと呼ばれる教育センターが各地域で学習講座を開催しているが、公共図書館は総数も多く群を抜く存在

3.      フィンランド公共図書館――歴史と制度
中央図書館が282館、分館が438、移動図書館(ブックモービル)135台、図書館の資料を入手できるサービスポイントが413か所
図書館界では、通常の文字情報へのアクセスが困難な状態を”print disability”と呼び、どこの公共図書館でも重点的にサービスを提供している。視覚障碍者、肢体不自由者、知的障碍者、ディスレクシア(読み書き困難者)などが含まれる。フィンランドでは、国立図書館(セリア)が中心的な役割を果たす
コレクション総数は約3,400万のほか、電子書籍が869万点
訪問者数は延べ5,000万人(総人口540)、貸し出し数は8,500万点
北極圏に住む先住民族サーミに対しては移動図書館が国家横断的なサービスを提供
公共図書館の躍進が始まったのは1961年、「図書館法」が国家による公共図書館への手厚い助成を定め、初等学校と同レベルまで助成金が増加することで、大幅な成長を遂げる
基礎自治体の図書館を支援する地域中央図書館制度を導入し、地方と都市部における図書館サービスの格差を解消
91年の不況で、すべての公共部門の予算がカットされ、図書館も公教育部門からインフォーマル教育部門へと編成替えが行われたが、98年の法改正により法律に図書館利用の無料制が明記され、情報への平等なアクセスを保障する機関であることが確認された
16年、「公共図書館法」公布 ⇒ 注目すべきは、図書館の役割として、「社会的・文化的対話の醸成」が掲げられた。最初に入れたのはノルウェーで、フィンランドとオランダが続く

4.      公共図書館における職員養成
公共図書館の職員になるには、日本の中学に当たる総合学校を卒業して職業学校に進学し、現地実習をしながら職業資格を取得するのが一般的ルートだが、他の職業を経験した後図書館に来る職員が多い
職業教育では、スキルが重視されるためかなりの時間を実地研修に費やす
「学校ですべてを教えられる時代は終わった」という認識が強く、生涯教育機関など多様な教育機関の隙間を埋めるのが公共図書館という位置づけ
給与は、民間より低いレベルだが、有給休暇が多く、未消化は金銭補償される
図書館で重視されるのは、利用者が問題解決のため「どこへ行けばいいのか」をアドバイスすること ⇒ 「教育的価値」が現場で強調されている
司書の資格 ⇒ 図書館情報学に関する60単位を含む大学級の卒業資格などが要求され、4大都市の図書館全職員の77%が図書館分野の職業資格もしくは学位を保有

5.      ヘルシンキ都市圏の公共図書館――図書館ネットワークのニックネームは「ヘルメット」
基礎自治体 ⇒ マークンタ()、セウトゥクンタ()、カウプンキ()、クンタ(町村)
ヘルシンキの人口は64万、図書館数は37。国全体では人口549.5万に対し図書館が719
ヘルシンキ都市圏を構成する4市で図書間ネットワークを形成 ⇒ ヘルメット図書館

6.      ヘルメット図書館の利用規則――無料サービスと有料サービス
資料の貸し出しには、点数と期間が決められ、資料の予約は50点まで、全て無料だが、取り寄せや印刷などは有料
世界では、情報発信のための様々なツールを無料で使えるようにした「メーカースペース」が大流行しているが、フィンランドでも続々と導入が進む
延滞には罰金が科せられ、未払いが30ユーロを超過すると借り出しの権利失効

7.      セルフサービス図書館の利用規則
図書館が開館されているときに利用者が施設と資料を自由に使う仕組みで、「オープンライブラリー」と呼ばれる

8.      図書館サービスの最前線
基本的におしゃべりOK、飲食も自由 ⇒ 仕事場として使う人が多い
「メーカースペース」がクリエイティブスペースとして活用される

第2章          市民とともに起こす公共図書館革命――市民の夢のオーディOodi図書館
1.      フィンランド建国101年のグランドオープン
地域の民主主義と文化創造の拠点となるべく「あらゆる人々」に向けたサービスを強化
2018年、建国100年の記念事業として、国・市・市民が一体となって開設
愛称のOodiとは、神や君主の栄光を讃える歌の「頌歌」を意味
ヘルシンキ市図書館の中央館である「パシラ図書館」とは別の存在 ⇒ 1986年設立でヘルメットの図書館システムの中心となるほか、95年には外国人向けの図書館サービスを全国的に行う役割が与えられた

2.      エントランスホールと多目的スペース(1)
3.      クーティオとメーカースペース(2)
クーティオとは、プロジェクターとタッチパネルになっているスクリーンを設け講演や文化的なイベントなどを目的として設計されたスペース

4.      ブックヘブン(3)
5.      グランドオープンで行われたイベントの詳細
2日間にわたって、図書館の理念を反映した様々なイベントが展開された

6.      オーディ図書館が建設された背景
    既存の3つの図書館が手狭になったこと
    地域の安全・安心のため ⇒ 公共の図書館を作ることで、薄暗かった地域を明るくし、人の導線を創出、地域の安全・安心を向上させる
    市民が自ら文化を創造し、発信していくため

7.      セントラルライブラリーの構想
1998年、文化庁長官がヘルシンキ市の「セントラルライブラリー」構想を発表。07年本格的に稼働、11年市議会承認。設計は地元の設計事務所

8.      オーディ図書館を支えるフローティングコレクションとオーガニゼーション
近年図書館界で検討されつつある複数館での相互貸借をベースとする「フローティングコレクション」のアイディアを組織に応用した「フローティングオーガニゼーション」を構築、縦割りの組織から、1人の図書館職員が複数館を担当するかたちに改め、限られた人数でパブリックサービスを充実させ、経営の効率化を図る

9.      フィンランドの象徴としての「夢の図書館」
街中のデジタルサイネージ(電子看板)Oodiの動が広告が流れ、「ただの図書館ではない。全てに繋がるあなたのインターフェースだ」と謳う

第3章          すべての住民サービスを「1つ屋根の下で」――イソ・オメナ(大きなリンゴ)図書館
ショッピングモールに併設する公共図書館が都市部で増えているが、その一例
1.       「縦割り行政」に挑戦する新構想の複合施設
北欧では公共図書館が住民の生活圏に必ず設置されているので、行政窓口としての役割も果たす ⇒ イソ・オメナでは行政サービスの「ワンストップ・サービス」を目指す

2.       多様な機関を接続する公共図書館
メーカースペースは、創作スペースとして圧巻。モノづくりをせずにはいられない
音楽専門図書館が「ライブラリー・テン」 ⇒ 18Oodiに吸収。音楽作りまでやる
住民同士の対話の場所でもあるため、政治的な議論を行う場としても活用される

3.       1つ屋根の下ですべてのサービス」をするために
市民センターとして、あらゆる行政サービスを一元化することを狙う

4.       専門家同士の協力が市民サービスを強靭にする
サービスセンターでは様々な専門職が「1つ屋根の下で」働いている

第4章          メディアも目が離せないほど元気すぎるカッリオ図書館
今ヘルシンキで最も活気のある場所がカッリオ地区 ⇒ 20世紀初頭に低所得者用の住居が作られ、家賃の安さが多くのアーティストを惹きつけ、現在の若者の人気に繋がる
1.       禁酒運動家の女性が作った公共図書館
1912年社会改良運動家によって設立された図書館
労働者階級の多く住む地区で、最初に作ったのはアルコールを提供せずに安価で食べ物を提供する食堂で、洗濯室や託児所に加えて読書室が作られ、イベントなども開かれ、現在の図書館の原点となる

2.       LGBT文化に敬意を表す「レインボーシェルフ」
2017年同性カップルの権利が増えたのを機に、カッリオ地区は自他ともに認めるLGBTフレンドリーな場所を売り込む ⇒ LGBT資料専用の棚を設置rainbow shelf

3.       司書が読書の道案内
司書による図書館読書コーチ ⇒ 読書の個人カウンセリング
小説とかぎ針 ⇒ 司書の朗読を聞きながら参加者が手芸をする

4.       メディアも注目のカッリオ図書館
情報発信アマーケティングに注力。フォロワーが多い

5.       館内に埋め込まれたさまざまな工夫
アーティストを応援する仕組み ⇒ 壁面をギャラリーとして無料で貸し出し
図書間での貸し出しによる損失を作家に補償する公共貸与権制度 ⇒ 1946年デンマークで初めて採択され、北欧で一般化した、少数話者言語を保護する文化政策。貸出回数に応じて支払われる補償金は自国の言語の著作物に限定

6.       館内に設けられたコミュニケーションの仕掛け
図書間は住民のコミュニケーションの場

7.       読書支援は図書館サービスの要
8.       「私、この図書館で結婚式を挙げるからね!」

第5章          出会いのエントレッセ図書館
1.      フィンランドに暮らす移民
2017年には人口の7%、38万人の移民がいて、なお増加中
外国人の母語で最も多いのはロシア語(7.7)とエストニア語(5)

2.      地域住民のリビングルーム
フィンランド第2の都市に成長したエスポー市のスラム街の改善に一役買ったのが09年ショッピングセンターに開館したエントレッセ図書館 ⇒ 移民も含めた地域住民の交流の場として機能し、15年には教育文化省からフィンランド賞受賞

3.      イベント図書館の先駆けとして
2018年には864件のイベントに2万人が参加

4.      にぎやかな空間
5.      多様な職員のバックグランド
6.      コミュニティのバリアフリーを支える公共図書館

第6章          図書館らしさにこだわり、サステイナビリティを追求するムンキニエミ図書館
ヘルシンキ中央駅から北西5
1.      小さな図書館の「スローライブラリー宣言」
1931年開館。対象住民1.9万人。富裕層が多い

2.      いざ、図書館改革へ
2011年図書館改造計画開始 ⇒ 環境に配慮した雰囲気作りとコレクションの在り方
利用者の意識改革

3.      コンピュータゲームは置きません
一般の図書館ではコンピュータゲームはマスト・アイテムだが、あえて置かない選択

4.      詩人と秋の森を散策するユニークな文化プログラム
作家や研究者によるミニレクチャーが人気 ⇒ 哲学講座「ソクラテス・カフェ」など

5.      スローメディアとしての図書館
図書館界では、グリーンライブラリーへの志向が高まっており、地球温暖化への懸念を図書館での具体的な行動で示していこうと、サステイナビリティを図書館運営の最優先に掲げて施設・設備を施したり、館内のエネルギー消費を抑える仕組みを考えたりするほか、利用者にも啓発活動を行う

第7章          公立学校の図書館と公共図書館の一体型モデル――サウナラハティ図書館とカウクラハティ図書館
学校の敷地内に公共図書館が設置されているケース
1.      公立学校内に設置された公共図書館
2012年開校の総合学校に併設

2.      学校図書館が公共図書館に早変わり
学校が終わる3時には地域住民に開放

3.      図書館はフェイクニュースに真っ向から対決する場所
図書館は、メディアを介した情報アクセスを保障する機関であるため、住民への情報・資料提供に加え、メディアの適切な使い方を教えることがとても大切な業務であり、「情報との付き合い方」を学ぶ場所でもある

4.      コンピュータゲームは図書館で楽しもう
北欧の公共図書館ではコンピュータゲームが必ず置かれている理由 ⇒ ①図書や視聴覚資料と同様図書館コレクションの一部でありサービスの対象物であること、②ゲームを購入する経済的な余裕のない家庭の子供が楽しめるようにするため
教育界におけるゲームへの認識を反映したもので、16年に導入されたコアカリキュラムは学校外の学習環境を重視、その環境の中にはコンピュータゲームなどのバーチャル空間が含まれている
ゲームはメディア文化の1つであり、図書館コレクションの重要な要素

5.      2の居間として図書館を使う

第8章          住民が集まる図書館は元食料品店――ポフヨイスハーガ図書館
52年のオリンピックの時住宅地として開発された地域の図書館で、住民の高齢化が進む
1.      図書館は元食料品店
1979年スーパーを一時的に借りてオープンし、そのまま定着

2.      IT支援と図書館職員
情報技術の進歩に追いつけない

3.      狭い空間で住民のニーズを実現する工夫
4.      図書館はよろず屋さん?
日用品などの「物品貸出」を積極的に行う

5.      賑わいと静寂が同居する空間
近くに姉妹館エテラハーガ図書館がある


第9章          伝統に安住せず、挑戦を恐れずに前へと進む
世界一意欲的に使われているフィンランドの公共図書館の秘密
1.      借りた本を友達に「又貸し」しよう
「又貸し」制度 ⇒ 一般の図書館では禁止されている又貸しを制度化

2.      盗難防止装置なしでセルフサービス図書館が成立する理由
資料の無断持ち出しを防ぐ盗難防止装置Book Detection Systemが設置されていない
北欧の他の国では、BDSの設置を前提としてセルフサービスが成り立っているが、フィンランドでは定着しなかった。コンピュータゲームだけは例外で手渡しが原則

3.      図書館が図書館としてあること
カフェの設置に代表されるような心地よい空間作りに拘っていない ⇒ ショッピングモールに図書館を誘致するケースが多いからかもしれない
カフェへの拘りのなさが、「図書館が図書館としてあること」の基本を示していると考えられる ⇒ 図書館が図書館としての機能だけで人々を惹きつけているのがフィンランド
本が1冊もない分館を作ったり、図書館での音楽活動を推奨したりと、図書館を重視しながらも「図書館らしくない図書館」を作ってきたのは、図書館こそがトレンド・メーカー

4.      「無料」のサービスにこだわるのは「平等なサービスを提供するため」
いろいろやりながら考える
コピーを無料化したラミスコピーが散乱したり、ヘルメット・ネットワークでは5か月で122万の予約のうち13%が未受領だったりと弊害はあるが、「平等なサービス」のために無料化は欠かせない
大学まで学費が無料という公教育制度の延長に公共図書館がしっかりと位置付けられている

5.      社会的包摂と公共図書館
図書館サービスの到達範囲に関する課題
1618年に「ベーシックインカム」の給付実験実施 ⇒ 失業者のための手当てではなく、「働くことをより広く捉える可能性」として認識する。労働=雇用/報酬という考えを転換して、ケアに関わる活動やコミュニティ活動、芸術活動など、社会にとってなくてはならない本質的な活動を労働として包含していこうとする視座

6.      フィンランド公共図書館の秘密
「自治体直営」、「すべての人へのサービス」、「無料」という公共図書館の普遍的な3原則
公共図書館は、すべての住民に情報と文化へのアクセスを保障する公共機関であり、切れ目のない生涯学習を約束する場所

終章 どこに住んでいても図書館サービスは平等――地方の公共図書館
1.      湖畔にたたずむペルトゥンマー図書館
ヘルシンキの北東170㎞、人口1,700人のペルトゥンマー村の図書館は1886年創設、08年新築の現在の建物は総合学校と併設
隣の市の地区図書館に統合され、サービスを購入する形で運営

2.      「私の図書館は村を巡回する移動図書館です」
北極圏にある町でも、移動図書館を活用し、人々の情報と文化の拠り所となっている
図書間が全ての住民に平等に情報と文化を提供するとの原則は、地方でも徹底されている

おわりに
フィンランドに限らず、今、公共図書館で自らの仕事をする人が増えている
フィンランドの公共図書館も、自宅の延長線上と言えるぐらいにまで人々の日常生活に入り込んでいる



フィンランド公共図書館 吉田右子、小泉公乃、坂田ヘントネン亜希著 「平等」の下で多様なサービス
2020/1/11付 日本経済新聞 書評
フィンランドに昨年、34歳という現職最年少の女性首相が誕生した。ダイバーシティー(多様性)で世界の先を行く同国では公共図書館が重要な役割を果たす。本書は図書館論の専門家3人が日本とはかなり異なる図書館の実態を調べた報告書だ。
フィンランドは人口約540万人だが、図書館訪問者は年間延べで約5000万人にも達する。同国の公共図書館の特徴は「仕事場」として利用する人が多いこと。基本的におしゃべりOKで飲食も自由だ。商売道具を持ち込んで仕事をし、疲れたら付近を散歩する。様々な機器や工具が置かれた「メーカースペース」があり、ものづくりを楽しむこともできる。
資料提供以外のサービスを提供する背景には、同国の教育「平等」の原則がある。多様な利用者の要望に応えるため、図書館職員はカウンセラー、洋裁師、メディアの専門家など様々な分野を学んだ人材で構成されている。また、同性カップルの婚姻を認める国として、LGBT文化への理解を進めるための小説、専門書、映画などを集めた書架を設ける図書館もある。
個々の図書館の報告からは、大量のコピーを無料で取る利用者への対処など問題点も浮かび上がってくるが、図書館に様々な機能を加えて活用していく姿勢は参考になる。(新評論・2500円)


2020.2.25. 新評論
この一〇年間で、公共図書館を取り巻く状況は世界的に悪化していると言える。新自由主義の影響は国を問わず深刻なものとなり、公共サービスに関しても市場価値が最優先され、弱体の一途を辿っている。そんな状況のなか、公共図書館がとびきり元気な国がある。それがフィンランドである。世界一意欲的に使われているフィンランド公共図書館、その秘密はいったいどこにあるのだろうか。確実に言えることは、フィンランド社会の目標である平等の達成に、公共図書館が直接結び付いているということである。公共図書館は、すべての住民に情報と文化へのアクセスを保障する公共機関である。フィンランドではすべての自治体に公共図書館があるため、情報と文化へのアクセスが文字通り一〇〇パーセント保障されている。また、公共図書館は切れ目のない生涯学習を約束する場所ともなっている。無料の公共図書館があることで、人は学びたいときに躊躇せずに学びを再開することができるのだ。このような背景もあって、フィンランド公共図書館は伝統に安住することなく、新たな挑戦を恐れずに前に進み続けている。世界大戦や大国との関係に翻弄され厳しい自然環境のなかで経済的に貧しかったフィンランドが、公共図書館をはじめとする強靭な文化保障制度を作り上げるまでには長い年月がかかっている。決して平坦ではない道のりがゆえに、培われた創造的な文化がフィンランドの公共図書館にも根付き、市民とともに革新的なサービスを追求し続けてきた。その結果、「情報と文化へのアクセスの保障による社会的平等の実現」、「切れ目のない生涯学習への約束」、「既成概念に捉われない革新的サービスの創造」が、フィンランド公共図書館の躍進の秘密となった。映画『ニューヨーク公共図書館』(二〇一九年)で表現された公共図書館以上のものがフィンランドにはある。そのことを紙上で確認していただきたい。
(よしだ・ゆうこ)


LifTe  北欧の暮らし
昨年12月にオープンとなったヘルシンキ中央図書館「OODI(オーディー)」。木材を大胆に使用した流線型のフォルム、そして憩いの場として考えられた館内、機能性は、多くの人々を魅了し、既に200万人以上の来場者がありました。このOODIが、世界で最も優れた公共図書館に選ばれました!

l  国際図書関連盟が決める"Public Library of the year"
この賞は"Public Library of the year"というもので、国際図書関連盟が毎年選出しているもの。新築館もしくは図書館以外の建物を改築した公共図書館を対象に、デジタル開発・地域文化・持続可能性・利用者の要望への対応状況といった基準をもとに選出されたもので、Public Library of the year 20191位にこのOODIが選ばれました。
それでは、このOODIがいかに素晴らしい図書館になっているかをご紹介していきましょう!
l  誰もが息を飲む インパクトがある外観
まずは外観から。この流線型を帯びた外観には木材が大量に使用されており、大きな存在感があります。OODIは巨大な建築物なので、遠くからも目立ちますし、待ち合わせ場所としても人気になっているそうです。
|OODI3フロア構成
気になる建物内部ですが、OODI3フロア構成となっています。それぞれフロアに特徴があり、1Fはカフェ、映画館、展示場やイベントホールなどがあり、2Fは仕事や学びのためのフロアとして、ワークショップができる会議室やさまざまなスタジオ、個室、設備の揃った工房などがあります。3Fは本の楽園をイメージしたフロアとなっています。
OODI 1F

正面入り口を入って左側にあるのがカフェ。大きな窓ガラスから入る自然光で落ち着ける環境。カフェに限らず建物全体が曲線を帯びているので、どこを切り取っても映える空間になっているところはさすがです。カフェは、サンドイッチやちょっとしたスイーツなどもあり、小腹を満たすには充分。1Fは他にも、映画館や展示用のイベントホールも用意されています。
OODI 2F
2Fは仕事や学びのためのフロアとして用意されています。エスカレーターもしくはエレベーターで2Fに辿り着いた時にまず目に入るのは、外観とは対称的な直線を感じる休憩スペース。訪れた人々が思い思いに本を広げたり、学生が勉強していたりしています。考えられているのは、かなりの量のコンセントが設置されているところ。これはOODIに限った話ではないですが、フィンランドでは新しい施設だとコンセントは結構な頻度で用意されている印象があります。
学びのフロアということで用意されているのが「3Dプリンター」。最新の3Dプリンターがいくつも用意されていて、誰でも利用が可能です。図書館=本という今までの図式ではなく、新しいテクノロジーも体験し習得できる場という、図書館の新しい概念を作り出そうという気概が感じられます。
面白いのが、3Dプリンターの近くに設置された「ミシン」。もちろんこれも使用可能で、訪れた時には、何やら女の子が作業中。
そしてびっくりしたのが「ゲームルーム」。アメリカやヨーロッパではゲームは「Eスポーツ」という分野にもなっていて、大きな大会も頻繁に行われています。この日も多くの子供達が真剣に画面に向かう姿が・・
OODI 3F
10万冊の所蔵を誇るまさに「本の楽園」。書籍、雑誌、新聞はもちろん、ボードゲームなども豊富に用意されています。子供達が遊べるオープンなキッズスペースもあり、子供達が楽しそうに遊んでいるのを優しく見守る大人達の姿もありました。そして、3Fにもカフェがあります。フィンランドの人々はコーヒーが大好き。多くの人がコーヒーを飲みながら談笑したり、本を読んだりしています。
3Fで目を引いたのが、やはりこの大胆に作られた寛ぎスペース。端に向かって上がっていくような傾斜で作られたスペースは、見ているだけでため息が出るほど美しい設え。もちろん多くの方がここで本を広げたり、調べ物をしたりそれぞれの時間を過ごしています。OODIは多くの写真スポットがありますが、このスペースも人気があるスポット。特に傾斜の頂上付近がOODIの端に当たる部分なので、ガラスに囲まれるような感じなります。
|OODI 他の見どころ
という感じで、OODIには見どころがたくさんあるのですが、他にもまだまだあります。
3Fのカーペットはフィンランド若手デザイナーによるもの
3Fにはところどころカーペットが敷かれているのですが、これはフィンランド若手デザイナーが今回のOODI開館に合わせて作り上げたものです。フィンランドの偉大な作家や詩人がテーマとなり、そこからイマジネーションを膨らませて7人の若手デザイナーが手がけています。それぞれ特色があるので、全部見つけてみるのも面白いかも。LifTe編集部で特にオススメだったデザインがこの2つ。
Pentti Sarikoski by マッティ・ピックヤムサ
強烈な赤が印象に残るカーペットデザインを手がけたのは、日本でも人気があるイラストレーター、マッティ・ピックヤムサによるもの。彼が描いたのはペンティ・サーリコスキというフィンランドの著名な詩人です。
Minna Cant by ピーア・ケト
蛇が描かれたカーペットデザインを手がけたのは、アラビアにもデザイン提供をしているピーア・ケト。題材となったのは、フィンランドにおける女性の権利を底上げしたとして知られている、女流作家の「ミンナ・カント」。彼女が生き抜いて来た苦しいイメージを、ちょっと悪いイメージがある蛇になぞらえています。ミンナ・カントは、「手工芸は女性と共にあった」という言葉を残しているので、当時の織りの技術を取り入れた大作です。
男女共用のトイレ
最近フィンランドの公共施設に多くなっているのが、ジェンダーフリートイレ。つまり男女兼用のトイレです。全て個室になっていて、日本人だと入ってちょっとびっくりしてしまうかもしれません(特に男性)。ジェンダーフリーに関して日本より進んでいるフィンランドならではの光景でした。
|螺旋階段に書かれた無数の言葉
最後にご紹介したいのは、ODDIの建物、ほぼ中央に設置されている螺旋階段。ここも見どころの1つです。上から見ても下から見ても絵になる階段なのですが、注目したいのは書かれている言葉。「お酒が好きな人」「内向的な人」「怠惰な人」「希望を見出したいたい人」「やけになっている人」1つ1つを見ているとこのような言葉が書かれています。
これは、ODDIのコンセプトの1つでもある「全ての人のため」から来ています。このコンセプトをこうした言葉で表現していく手法は脱帽ものです。
|OODIのコンセプト
OODIが掲げるコンセプトは「人々が交流するリビングルームであり、すべての人々に開かれた文化の発信地」。各フロアを見学して感じたのは「静かではない」ということ。もちろん学習用のスペースや部屋は静かですが、オープンになっているところは、結構人々が喋っている風景を目にしました。これもOODIのコンセプトに准ずるもので、訪れる人たちが交流できる場にしっかりとなっているという事です。デザインだけではなく、開かれた場所、そして機能性、こういった部分をしっかり追求している図書館だからこそ、今回のPublic Library of the year 2019受賞に繋がったのだと思います。
ヘルシンキに訪れた際には、足を運んで見てはいかがですか?


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