経済的理性の狂気  David Harvey  2020.1.10.


2020.1.10.  経済的理性の狂気 グローバル経済の行方を『資本論』で読み解く


著者 David Harvey 1935年イギリス生まれ。ケンブリッジ大より博士号取得。ジョンズ・ホプキンス大学教授、オックスフォード大学教授を経て、現在、ニューヨーク市立大学特別教授。専攻:経済地理学。現在、最も世界で論文が引用されることが多い地理学者。
2005年刊行の『新自由主義』は高い評価を得るとともに、アカデミズムを超えて話題となり世界的ベストセラーとなった。また同年、韓国で首都機能移転のため新たな都市世宗が建設されることになったが、その都市デザイン選定の審査委員会の共同議長を務めている。2008年には、『資本論』の講義を撮影した動画をインターネットで一般公開したが、世界中からアクセスが殺到し、現在の世界的なマルクス・ブームを巻き起こすきっかけとなった。この講義は『〈資本論〉入門』および『〈資本論〉第2巻・第3巻入門』として刊行され、世界で最も読まれている入門書となっている。2010年刊行の『資本の〈謎〉』は、『ガーディアン』紙の「世界の経済書ベスト5」に選ばれている。同書によって「第3回経済理論学会ラウトレッジ国際賞」受賞。17年その授賞式のために来日
現在、ギリシア、スペインから、中南米諸国、中東、中国や韓国まで、文字通り世界を飛び回り、研究・講演活動などを行なっている。
邦訳書に『新自由主義――その歴史的展開と現在』『資本の〈謎〉――世界恐慌と21 世紀資本主義』『反乱する都市─―資本のアーバナイゼーションと都市の再創造』『コスモポリタニズム』『〈資本論〉入門』『〈資本論〉第2巻・第3巻入門』『資本主義の終焉――資本の17の矛盾とグローバル経済の未来』(以上、作品社)ほか

監訳者 大屋定晴 北海学園大経済学部教員。専攻は社会経済学、グローバリゼーション研究

発行日             2019.9.10. 第1刷印刷           9.20. 発行
発行所             作品社

グローバル資本主義の構造と狂気に迫る “21世紀の資本論
現代のマルクスハーヴェイによるスリリングな挑戦……(『ガーディアン』紙)

マルクスが特に関心を寄せたのは、資本主義には強い危機/恐慌の傾向があると思われた、その理由である。彼は1848年や1857年に恐慌を直接体験したが、これらは、戦争や自然の希少性や不作などといった外的衝撃に起因したものなのか? それとも、破滅的崩壊が不可避となるような資本それ自体の仕組みでも何かあったのか? この疑問は、依然として経済学的探究につきまとっている。


序章 マルクスだったら、グローバル資本主義をどのように分析するか?
支配階級によって提唱された自画自賛に満ちた諸理論の泥沼の中には不平等と搾取の諸条件が隠されていたが、それらをマルクスは容赦なく暴き出した。特に関心を寄せたのは、資本主義が強い危機/恐慌傾向にあると思われたその理由である
0708年の世界金融危機以来、グローバル資本主義が嘆かわしい状態にあって、理解しづらい軌道をたどり、何百万もの人々の日常生活に悪影響を及ぼしていることを考えると、マルクスが何とかして解明せんとしたものを再検討することは、時宜にかなっているように思われる
マルクスの資本の概念とその運動法則とされるものとをどのように理解すべきなのか? 理解できるとすれば、我々は現状の窮地をどのように把握できるのか? これらが本書で検討する課題

第1章          「運動する価値」としての資本の視覚化
ある貨幣額の生産手段と労働力とへの転化は、資本として機能すべき価値量が経ていく運動の第1段階で、これは市場、即ち流通部面(ママ)で行われる。運動の第2段階の生産過程は、生産手段が商品に転化されたときに終わるが、その商品の価値はその諸成分の価値を越えている。すなわち、最初に前貸しされた資本に剰余価値を加えたものを含んでいる。これらの商品は再び流通部面に投げ込まれ販売され、その価値は貨幣に実現されなければならない。その貨幣は改めて資本に転化され、それがたえず繰り返されなければならず、このような絶えず同じ継起的諸段階を通過する循環は、資本の流通をなしている
マルクス特有の資本の定義である「運動する価値」とは、最初の定義は、「競争的な価格決定市場での商品交換を通じて組織された他人のための社会的労働」を「価値」とするところから、価値が明示するのは商品を生産するために費やす平均労働時間(=社会的必要労働時間)といえる
労働過程に伴って特定の技術が採用される。この技術の性質が先に市場で購入した労働力、原材料、エネルギー、機械の量を規定する。技術の変化につれて、生産過程への投入比率も変わる。マルクスにとって技術の問題は大きな位置を占め、稼働している機械や道具やエネルギーのみならず、組織形態やソフトウェアまで含む概念であり、生産的活動の技術基盤は不断に変わり続け、資本は世界史に於ける絶えざる革命的力となる

第2章          著作としての『資本論』について

第3章          価値、その表象としての貨幣
貨幣と価値の関係 ⇒ 価値とは社会関係であり、非物質的だが客観的である。価値の「表現形態」あるいは「表象」を貨幣と呼び、価値はその表現様式である貨幣なしには存在し得ない。両者を自律し独立したものとして捉えると同時に、弁証法的に結びついていることも忘れてはならない
資本主義のもとで価値を決めるのは、社会的に必要な労働時間であって、実際の労働時間ではない。資本主義のもとにおける価値とは、生産において資本に搾取される「疎外された労働」であって、価格決定市場での私的所有と商品交換とによって保障される。そのために労働者は社会的不平等や悲惨な状況を甘受せざるを得ないところから、社会主義革命の目標は、労働者の働く社会関係を根本的に変革することにある
交換価値の全面的な廃絶こそが究極的な唯一の解決策だと考えられ、社会的必要労働時間としての価値の廃絶も意味する。使用価値の組織的交換だけは、マルクスが資本主義から導き出したカテゴリーのうちで唯一存続を認めるもの


第4章          反価値、あるいは減価の理論
第5章          価値なき価格
第6章          技術の問題圏――あるいはマルクス歴史理論再考
第7章          価値の空間と時間
第8章          多様な価値体制の産出
第9章          経済的理性の狂気


終章 資本の狂気に破壊されないために


日本語版解説 『資本論』読解によるグローバル資本主義分析の到達点
l  著者について
50年以上となる研究生活の中で追究された研究テーマは、
    地理学的批判理論の探求
    都市社会学的研究
    資本の蓄積・流通過程の論理と地理空間編成の原理の考究
    社会的・政治的現状分析
    現代社会の変革を目指す対抗戦略の探求
『資本論「入門」』(2010,13年刊)としてまとめたのが、『資本論』講座を一般に公開したもの
『資本の「謎」』(2010年発刊)では、0708年の世界金融危機を分析し、マルクス恐慌論の多原因的=共進化的解釈を提示
『資本主義の終焉』(2014年刊)では、資本の17の矛盾を分析することから、今後の資本主義経済の展望と、そこに含意される『資本主義の終焉』の「方向性」――反資本主義運動の対抗戦略――を描く
これらの執筆活動を「マルクス・プロジェクト」と呼び、難解なアカデミズム・マルクス主義や、特定の政治党派の教条的マルクス主義を紹介するのではなく、マルクスの著作を一般に親しめるものにし、その社会科学的方法を提示することを目的とした。そのシリーズの最新刊が、『資本論』第1刊刊行150年を迎えた17年、82歳を迎えたハーヴェイの本書

l  本書の概要――「運動する価値」の歩みをたどる
ハーヴェイの『資本論』読解による現代のグローバル資本主義分析の1つの到達点を示している。以下5つの部分から成り立つ
    『資本論』体系の概括(1章、2)
水の循環モデルをヒントに、「運動する価値」としての資本がどのような形態をとって進行するのかを提示。この価値の経路は、価値増殖過程→実現の過程→価値及び剰余価値の分配過程→分配された貨幣の資本への再転化過程という4つの基本的過程から成り、その過程それぞれ関わる人々の多元的な動機がこの運動の推進力だとする

    「価値」概念とその矛盾(3章、4)
資本の運動の基礎にある「価値」概念そのものを検討
焦点を当てているのは、価値とその表象としての貨幣との矛盾と、価値と反価値との矛盾
資本主義的生産様式の特有な「歴史的カテゴリー」としての「価値と、その表象としての貨幣との弁証法的関係」に言及 ⇒ マルクスの言う「価値」とは、歴史に勃興しつつあった工場制度での生産における「疎外された」社会的労働だが、「運動する価値」としての連続性を保障するはずの貨幣は、諸形態間で齟齬をきたしている
価値概念には「価値を否定する可能性」が組み込まれ、「反価値」という概念を構成

    「運動する価値」の潜在的諸傾向(5章、6)
「運動する価値」の潜在的諸傾向を検討
1つ目は、価値が資本の一般的流通の外部に漏出する傾向
2つ目が、技術的、組織的変化であり、資本主義的生産様式に適した生産力の発展傾向

    空間と時間における価値法則の貫徹と「地域的価値体制」(7章、8)
「運動する価値」としての資本の法則が、空間と時間の中でどのように貫徹されるか
新たな概念として考えられたのが「地域的価値体制」
マルクスの把握した資本の本性には世界市場の創造があることを確認

    現代の政治的「狂気」と関連する資本の「狂気」(9章、終章)
「貨幣の狂気」に囚われている現代の日常生活へと立ち返る
資本の運動法則は、剰余価値の生産とその不断の拡大を目指す
現代世界で特徴的なのは、債務の膨張と物質的生産の増大が同時並行的に生じているが、これは固定資本投資による過剰蓄積問題の一時的回避と関連する

l  『資本論』体系の理論的可能性を巡って
本書は、資本主義に対抗する運動戦略とは何かを論じるものではなく、むしろ現代社会を批判的に分析するにあたり活用できるような、『資本論』体系の新たな理論的可能性を探求することにある
本書における特に重要な論争点は以下の3
    「反価値」概念とは何か
ハーヴェイの見る理論的可能性の提起は、「反価値」概念にあり、生産と実現の矛盾から説き起こす
「反価値」とは、「価値を否定する可能性」である一方、債務が資本流通の円滑化に資する側面があることも明確に述べられている

    利潤率の傾向的低下法則への評価――ロバーツ=ハーヴェイ論争から
ハーヴェイは、恐慌発生の主要因として利潤率の傾向的低下法則を取り上げる議論に懐疑的

    マルクス『資本論』体系と「負債経済」
今日の「負債経済」を把握することで、『資本論』体系の理論的可能性を検討する

l  2017年、ハーヴェイの来日を迎えてのちに
学生ローンの膨張をもたらす資本の運動法則を把握することは、現代の政治的課題を理解する鍵となると強調
新自由主義は、階級権力の再建を目指した政治的プロジェクトであり、現在においても死んでいない
市場原理と自己責任に基づく新自由主義は、08年の金融危機によっても終焉とはならなかった。経済危機の最中にあっても格差は拡大、略奪的貸付は規制されることなく、ギリシャ債務問題など国際的規模で繰り返されている
新自由主義化とどのように対峙するかは、現在においても決定的課題
原子力エネルギー――人間的必要には相応しくないはずのエネルギー――の推進は、エネルギー多消費型生活様式と資本の活動との関連から検討されなければならない
学生ローンは帳消しにして、教育の「脱商品化」を進めるべき
依然として日本社会は「狂気」に囚われている。格差の拡大、大々的な金融緩和と株高維持一辺倒、カジノやオリンピックといったスペクタクル経済をきっかけに負債金融で再編される建造環境、先進資本主義国でも最下位レベルとなる公的教育費の対GDP比率、にも拘らずアメリカからの武器購入には使われていく公金、そしてこの事態を目前にしても有権者の半数が棄権に向かう民主的選挙制度・・・・・これ以上狂っていることがあり得るであろうか
私たちもまた、この「経済的理性の狂気」の最中にある。この「狂気」から目覚めて、真に人間的な歩みを辿るとすれば、マルクスの『資本論』体系を創造的に継承し、資本の運動法則とその諸矛盾を解明することは、今を生きる私たちの喫緊の課題でもある。私たちが歴史に断罪されぬためにも、本書がその課題を果たす一里塚になることを祈念したい





(書評)『経済的理性の狂気』 デヴィッド・ハーヴェイ〈著〉
2019.12.7. 朝日
メモする 拡大する資本主義の本性を批判
 社会というものは存在しない、あるのはただ個人のみである。こう言ったのはサッチャー首相であるが、同じ口調でハイエクは、資本主義経済というものは存在しない、あるのはただ個人に基礎を置く市場経済だけである、と言った。社会主義の崩壊とともに、資本主義という言葉は次第に駆逐され、個人を基調とする「市場経済」が世を謳歌するようになった。
 新古典派経済学は市場経済の仕組みと効能を説く理論、その亜種としての新自由主義は市場経済を国内外に拡大していくイデオロギーである。神の見えざる手、予定調和の福音とは裏腹に、現実は、富の少数者への集中、労働者の貧困化、コモンズという共有財産の私的囲い込み、世界的規模での金融不安であった。
 こうした現実を背景に、市場経済(本書に言う自由市場資本主義)に批判の目が向くのは自然の勢いである。カール・ポランニーの『大転換』(そこでは市場は「悪魔のひき臼」に喩えられる)やマルセル・モースの『贈与論』が再注目されているのはその一例であるが、本書はマルクスの『資本論』によってグローバル資本主義の本性を分析・批判する。
 資本の論理とその自己展開(資本とは「運動する価値」のことである)を体系的に分析したのがマルクスの『資本論』である。この資本はその運動の過程で、利子を生むだけの擬制資本を派生させ、他方、知識・情報・技術を商品化する。
 こうして、経済の金融化と情報化は資本の運動を地球の果てまで推し進め、経済のグローバル化を促す。
 「経済的理性の狂気」とは、人間の幸福を犠牲にし、ひたすら自己拡大を図る資本の狂気のことである。それは労働者の犠牲の上に利潤をため込む現代の法人企業の倒錯と通じるところがある。本書は、マルクスに馴染みのない者には読みづらいが、それでも資本主義経済の今日を理解する道しるべとなるだろう。
 評・間宮陽介(京都大学名誉教授・社会経済学)
     *
 『経済的理性の狂気 グローバル経済の行方を〈資本論〉で読み解く』 デヴィッド・ハーヴェイ〈著〉 大屋定晴監訳 作品社 3080円
     *
 David Harvey 35年、英国生まれ。ニューヨーク市立大特別教授(経済地理学)。著書に『新自由主義』など。


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