世界の権力者が寵愛した銀行  Herve Falciani  2016.7.5.

2016.7.5.  世界の権力者が寵愛した銀行タックスヘイブンの秘密を暴露した行員の告白
La Cassaforte Degli Evasori (脱税の金庫番)          2015

著者 Herve Falciani 1972年モンテカルロ生まれ。伊仏二重国籍のITエンジニア。01年よりシステムエンジニアとしてモンテカルロのHSBCプライベートバンキング部門で働き始める。06年ジュネーブに異動。09年以降同部門への警察のアクセスを可能とし警察への協力を始める。「ファルチャーニ・リスト」(127千人の氏名)がフランス人とスペイン人による数百万ユーロに及ぶ脱税額の回収を可能にした。スペインでは市民ネットワークを結成。13年にはフランスに戻って税務当局の脱税捜査に協力を続ける。14年には欧州議会選挙にも出馬。14年銀行の秘密を明らかにしたことを理由に経済スパイ罪容疑でスイスにて起訴。仏西とスイスとの重大な外交的障碍の原因となる

インタビュアー Angelo Mincuzzi イタリアの経済紙『イル・ソーレ・24(ヴェンティクアットロ)・オーレ』の編集長兼特派員。政治・経済の重大事件について検証本を執筆。イタリアの元首相ベルルスコーニに関する捜査と裁判、数々の脱税、タックスヘイブンの問題を取り上げる

監修・イントロダクション 橘玲 作家。1959年生まれ。02年『マネーロンダリング』でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部のベストセラーに

訳者 芝田高太郎 翻訳家。1962年東京生まれ。東外大大学院修士課程修了。専攻はイタリア文学。現在慶應大、東海大、女子美大でイタリア語を教える

発行日           2015.9.8. 第1刷発行
発行所           講談社

金融史上最大の顧客データリーク事件が明かしたプライベートバンクと大富豪、政治権力者の闇のコネクション。
あなたはまだ銀行の本当の存在理由を知らない――

欧米紙誌騒然!
「ファルチャーニはエドワード・スノーデンとロビン・フッドを合わせたような男」(ブルームバーグ)
「大富豪を震撼させる男」(ル・モンド)

国家とグローバル企業の不都合な情報
世界の大富豪やVIPが銀行とタックスヘイブンを利用して密かに行う巨額脱税やマネーロンダリング。その証拠を課税当局に差し出すために、スイスのプライベートバンク13万人の顧客データをリークした当事者による命がけの手記!

「鉄壁の守秘性」を誇ったスイスのプライベートバンクの顧客情報を、フランスやイタリア、スペインなどの司法・税務当局に提供するという大罪、もしくは英雄的行為の主役。その当事者が、いかにして、どのような目的でこの「リーク」を行なったのかを語っている。プライベートバンクやタックスヘイブンの現状や今後を知るうえできわめて貴重な証言である。(橘 玲)

弁明1.   私の目的は、脱税を犯した者たちの名を広めることではなく、マスコミと政治の関心を呼び覚ますこと
弁明2.   私が自分の体験を語るのは、私が堪えなければならなかった諸々の結果を、他の証言者たちが蒙るのを避けるため
政治家たちが、脱税、銀行の巨大権力、腐敗といったものと戦うために何もしないのがなぜかはわかっている。銀行を守ることで自分たちを守っているのだ
弁明3.   HSBCプライベートバンクの情報システムからコピーされた口座は183か国の極めて裕福な男女。イタリア人1万人以上、フランス人12千人以上、イギリス人11千人、アメリカ人6千人、日本人1800人、スペイン人1800人、ギリシャ人300人、さらに中国、ブラジル、アルゼンチン、トルコ、レバノンもいる
弁明4.   イタリア国内とモンテカルロで損をする人はスイスでそのお金を稼ぐ人と同一人物。カネの所有者が変わらないのだから、利益も損失も完全に虚構
すべてを暴露するためには、企業や銀行内に秘密保持に反対する人が1人いれば十分
弁明5.   イタリアは他の国より多くの情報を得ていたが、ローマの官邸からストップがかかった。イタリアの法律は、スペインと違って、非公式チャネルから得た情報の裁判での利用を認めない
ヨーロッパには、職場で違法行為を見つけて告発する証言者を保護する法律がない。内部告発者や「ホイッスル・ブロワー」は守られていない

ü  イントロダクション(橘 玲)── 国家とグローバル企業の不都合な情報を暴いた「脱税のスノーデン」
スイスリーク事件  09年、ファルチャーニが127千人分の顧客情報を盗み出し、仏伊西などの司法・税務当局に提供した事件。ICIJ(国際調査情報ジャーナリスト連合)が情報の一部をネット上に公開して大問題に
(1)     ヨーロッパとは、「国家」の集合体ではなく、「できそこないの帝国」だということ。EUやユーロは500600年遅れでヨーロッパを本来の「帝国」にしようという試みで、少なくとも知識層の間では国境の意識が限りなく低くなっている
「国家」の体を成していないミニ国家が「主権」を利用して金融機関や富裕層に有利な税制を定めることで生き残りを図る独特の戦略を採用  タックスヘイブン
中でも独特な存在がスイスで、守秘性と低税制によって世界の金融センターの1つに成長
フランスの富裕層は、モナコとジュネーヴに集中する一方、チューリッヒではドイツや英米の顧客を扱う
1934年のスイス銀行法では守秘義務が定められ、ファルチャーニもこの銀行法違反で、逮捕されないままスイスで起訴されている
独裁者の資金を扱うことで国際的な非難を浴び、86年にはマルコスに関係する国内全資産を凍結、90年には刑法に資金洗浄の罰則規定を設けたが、脱税を犯罪と見做さないことで守秘性の砦を守ってきた。スイスで刑事上の責任が問われるのは、書類の偽造などを伴う積極的脱税だけで、無申告や申告漏れ等の消極的脱税は行政罰のみ。租税条約で口座情報の提供に合意しているが、対象はあくまで積極的脱税のみ。このダブルスタンダードが崩壊したのが08年のUBS事件
EU貯蓄課税協定では、14年からすべての口座情報を顧客の居住国の税務当局に通知することを義務付け  スイスやモナコなど非加盟国も、制裁対象となるのを避けるためにこの規制を受け入れ
14年の米国のFATCA外国口座税務コンプライアンス法もタックスヘイブンヘイブン国に打撃  世界中の金融機関に米国人との取引情報をIRSに提供するよう求めるもの
OECDも、FATCA同様、「税務行政執行共助条約」による税務情報の自動交換の網を広げようとしており、17年以降タックスヘイブン国も順次参加へ

(2)     本事件も、世界金融危機で発覚したグローバル金融機関の様々なスキャンダルを背景としている。なかでも本書に関係するのは、UBSによる脱税幇助事件と、HSBCが麻薬資金のマネーロンダリングやイランへの不正送金の疑いで米司法当局に追及された事件
(2-1)  UBS脱税幇助事件  08年ドイツ司法当局がドイツポストの会長宅を脱税容疑で捜索。その直後、ドイツ連邦情報局が、リヒテンシュタインの皇室が経営する大手プライベートバンクのLGTの顧客情報1400件を420万ユーロで購入したと発表。LGTで電子データへの移行を担当していたキーパーがスペインで不動産の不正取引に関与したことが発覚し、02年リヒテンシュタインで刑事告訴された。その直後、キーパーは顧客情報をもって退社、元首のアダムス2世に恩赦を求める手紙を出し、1審判決を覆して執行猶予が付いたが、顧客データを返却したものの、コピーを保持、それをドイツ情報局に売りつけた。プライベートバンクの顧客情報を徴税のために国家が購入した最初のケースで、リヒテンシュタインから国際手配されたキーパーは、ドイツ政府から新しい身分とパスポートを与えられ、現在はオーストラリアで暮らしているという
LGTのデータは、各国の関係機関に無償で提供され、IRSもこれに基づいて税務調査を行ったが、その中に旧ロシア皇族の末裔を名乗る富豪がいた。彼の資産はUBSのバーケンフェルドのアドバイスによってLGTに移されていたため、脱税が発覚し追徴課税に応じるほかなかったが、同時にUBSから提供されたさまざまな脱税の手口をIRSに暴露し、執行猶予を手に入れた
身に危険が迫ったのを知ったバーケンフェルドは、米司法当局に司法取引を求め、富裕層に脱税の手助けをしていたと裁判で証言。UBSはプライベートバンク・ビジネスの米国からの撤退と悪質な積極的脱税と認定した米国人口座の情報約300件を米国に引き渡し
09年 UBSは、米司法当局のさらなる追及に、司法取引に応じる形で、IRSに対する詐取・横領の共謀を認め、78000万ドルを支払うとともにスイスの法令に則って顧客情報を開示すると発表。スイス大統領も「銀行の守秘性に僅かな傷もない」と強調
IRSは、52千件の顧客情報の提供を求めて提訴、UBSは米上院の公聴会で、両国の外交問題としての解決を要請。最終的に、UBS4400件余りの顧客情報を追加提出することで和解。顧客を見捨てて自らの身を守ったが、10年スイス連邦議会が米司法当局への顧客情報譲渡を承認したことで、スイスの「守秘性」神話は完全に崩壊
その後も米国は追及の手を緩めず、12年にはスイス最古のプライベートバンク・ヴェゲリンが、ニューヨークで従業員が脱税を幇助したとして起訴されたことから、巨額の罰金を恐れて廃業を決定。最終的には罪を認め罰金を払って決着
13年 米国とスイスの間で情報提供制度が締結され、スイスの銀行は脱税幇助を認めて顧客情報を引き渡せば起訴が免除されることになったが、その適用第1号が15年の大手のSBIで、脱税幇助を認め罰金を払って米司法省と合意
(2-2)  HSBCスキャンダル  07年米麻薬取締局とメキシコ司法当局の合同捜査で中国系メキシコ人の大富豪が覚醒剤の原料などを輸入し麻薬カルテルに販売したとして訴追されたが、その資金がHSBCメキシコ(HBMX)経由で流されていた。HBMX02年に経営不振のメキシコの銀行・ビタルを買収しているが、ビタルはHSBCアメリカに莫大なドル資金の送金を続けていた。麻薬カルテルは、米国で販売した資金をアメリカの金融機関がコンプライアンスに縛られて取り扱わなかったためため、ドルをそのままメキシコに持ち込んで洗浄していたが、HBMXがその片棒を担いでいることになり、さらにHBMXにあるケイマン口座はオフショアとしてノーチェックのまま海外送金が自由にできたことから、カルテルにとっては絶好の隠れ蓑になっていたため、07年の摘発となったもの
HSBCは当時、イランとの不正取引でも当局から圧力がかかっていたことも重なって、刑事告発を回避するために、HBMXによる米ドルの現金取引から撤退を決定
イランの問題は、95年クリントン政権下でイランとの貿易・金融取引が禁止され、個別取引ごとに米当局の審査が必要となり、資金決済に時間的ずれが起こるのを回避するため偽名などを使うことが横行、特に取引の多かったHSBCの杜撰なチェック体制が露見、12年には米司法省に19億ドルもの過去最大の罰金を払う
(2-3) ファルチャーニを巡る論争  09年の事件発覚後、ファルチャーニは当時話題となったアサンジの内部告発サイト・ウィキリークスと比較し、スイスリークスのヒーローとして扱われ(その後、スノーデンが米国家安全保障局による個人情報の違法収集を告発すると、脱税のスノーデンと呼ばれる)14年の欧州議会議員選挙に急進左派のX党から立候補
ファルチャーニが英雄視されると、一部のメディアがその言動を批判、さらにスイス司法当局は本人不在のまま銀行秘密法違反で起訴し、容疑者の個人情報も含め起訴状を前代未聞のことにネットで公開
本書は、こうした一連の批判への著者自身による反論として出版された。どのような批判があるかは「監修者あとがき」を参照されたい。スイスのプライべートバンクの顧客情報を外部に漏らす大罪、もしくは英雄的行為をしたファルチャーニには、真実をそのまま語ることのできない事情があるに違いない
最後に「監修者あとがき」を読めば、人間の業の深さや、この事件の一筋縄ではいかない奥行きがわかるはず

ü  共著者序文(アンジェロ・ミンクッツィ)── 何十億ユーロも価値のある人間
「ブーヴェの幽霊」は、09年の事件の中心となった127千人の顧客の1人。アフリカと南極の間の無人島の住人がHSBCに口座を持っているのは何故か。HSBCが何故こんな粗雑な嘘をでっち上げたのか
09年初め、スイス司法当局の要求により、フランスのニース検事局がファルチャーニの両親の家を捜索、「ファルチャーニ・リスト」を発見してその内容に驚愕
若いITエンジニアの果敢な挑戦は、世界で最も力のある銀行の1つに対して仕掛けられたもの。HSBCプライベートバンク部門の3820億ドルの総資産に関する情報が、他のあらゆる情報とともにファルチャーニのコンピューターに収まった
ベルルスコーニ政権の経済・財務大臣だったとレモンティが「課税に対する盾」と称する法令を制定、09年末までに不法に国外に持ち出された資金を国内に戻すことを脱税犯たちに認める追認措置の期限を延長、課税額の5%を余計に支払うだけで、匿名と刑事免責を維持する保証を得たため、せっかくイタリアの財務警察当局が脱税者のリストを入手したにもかかわらず起訴を断念せざるを得なかった。「盾」による期限の延長は誰を守ろうと意図したものか、答えがないままになっている
10年夏、ファルチャーニはまだ国際司法当局から追われる身で、フランス憲兵隊に守られて隠れて生きていた。その彼にインタビューし、90%以上の取引がタックスヘイブンに籍を置くダミー会社を通した、資金の痕跡を消すための大規模なシステムを通して行われている実態を聞かされる
銀行が法律をかいくぐる目的のための組織でもあることを描き出したファルチャーニが正しいことは、リストに含まれる顧客との面談記録が証明している
05年 新たに利子所得に関するヨーロッパの新協定、ESD(EU貯蓄課税協定)が発効、EU及び他の国々の市民の預金利息への累進課税のほか、国家間での情報交換を規定、スイスも参加しているが、課税対象が個人のみだったため、プライベートバンカーたちは顧客にダミー会社設立を勧め、資金をタックスヘイブンに移転。こうした情報を仏司法と国税当局に明かしたことでファルチャーニはスイスで起訴されたが、その情報をもとにベルギー、フランス、アルゼンチンと相次いでHSBCが」告発されている。それ以前にもHSBCはメキシコの火薬取引犯の資金洗浄やイランとの通商取引回避容疑、その後もテロリストへの資金送金、金融商品の詐欺的販売、為替操作などにより英米スイスなどの当局から罰金を課されている
各地のオフショアセンターに10年以降投資された金額は2132兆ドルに上り、すべては実質的に免税。ヨーロッパでは年に1兆ユーロもの脱税があるという
ファルチャーニが当時のHSBCでの地位と報酬を捨てて対峙しようとしたのは、この膨大な大金の山と、それが政治に働く潜在的な腐敗の力だったが、フランスの国税・司法当局を助けようとする彼の決意は、政界の様々な拒否の前に頓挫する。ファルチャーニ事件は、彼の告発に対する拒絶、検事の左遷、権力中枢からの中止要請の数々に彩られている。フランスではサルコジ大統領が調査の阻止を認めた
12年 ファルチャーニがスペインで逮捕、翌年保護観察処分となって、スイスへの引き渡しの是非を決める審理を待っていたが、その間反腐敗派の検事4人が24時間体制でファルチャーニの身柄を守っていた。市民団体や反腐敗派の弁護士の働き掛けでスイスへの引き渡しは拒否された
HSBCのデータ漏洩は、1人の仕事ではなく、様々な動機を持った、しかし脱法行為をしようとする特権的エリートのために組織された銀行・金融システムを糾弾する意思で共通した一群の人々によって検討・計画・完遂されたもの。様々な諜報機関の存在は、銀行秘密法の廃止を求めるアメリカの、スイスに対する事実上の戦争が背後にあることを窺わせる。HSBCの顧客ファイルは、水面下の交渉においてアメリカを利するための道具の1つだった可能性がある
ファルチャーニの闘いはまだ続いている。パリ財務省の課税監督官たちと協力し、スペインのX党から14年のEU議会選挙に出馬、フランス社会党左派と接触を保ちながら、汚職、公金横領、賄賂、脱税等の告発者が不利益を被るのを避けられるようにするための国際的な情報プラットフォーム作りを推進している

第1部        世界の権力者たちへの私の挑戦
すべては06年に始まる。HSBCジュネーヴ支店の何人かを介して関係が出来た国籍不明のある諜報機関が、HSBCプライベートバンクから引き出したデータが完全で、事件に携わる司法官にとって有益なものかを検証するためのソフトウェアを、私に使わせてくれた。私は、重要な情報にアクセスできる人物を特定して諜報機関に知らせる。諜報機関が個別に彼らを説得する。銀行のアーカイブからデータを引き出し、クラウド上に保存したのはHSBCの他の行員。私の役割は、蓄積されたものを検証し、欠けているもの、追加で必要な入手可能な情報を調べること。スイスで私は見かけ通りのものは何1つないことを学んでいた
08年初めに、HSBC内部のセキュリティ上の理由でアクセスがブロックされるまで、クラウド上には重要な顧客情報が蓄積されていった
08年末、諜報機関の指示と庇護の下、計画を完遂させるために、密かにジュネーヴを離れて諜報機関のお陰で絆のできた仏国税当局や税関吏のもとに走る
強い者たちの傲慢さが嫌いで、すべてがカネで測られる原理に耐えられなかった。タックスヘイブンに暮らして、そのシステムの数々の影響を間近に見ていた。モンテカルロにやってくる巨大な富は、その富が元々あった国々を貧しくしていた。私は娘がそれとは異なる世界で暮らすことを望み、諦めるのではなく対抗することを決意。カネの価値ですべてを測り、強者が弱者を蹂躙し、規律を回避するのが常態であるような現実の中で娘に育って欲しくなかった。娘は遺伝上の欠陥のために、いつも注意と世話を必要としていた。娘の将来を思い、極端な競争と差別に苦しめられない環境に移住する計画を立てていた
娘や彼女のような人たちのために何かをしなければならないと感じており、腐敗と脱税を助けその道具を提供する銀行システムに戦いを挑むことで、自分なりの貢献をしたかった
HSBCにいて、数々の組織的な法律違反に呆れており、その証拠をもたらすことで、システムがどのように機能しているのかを、世論と司法官たちに語りたかった
09年初、スイス司法当局がフランスの憲兵とともにコートダジュールの潜伏先に到着し、データバンクへの侵入容疑で取り調べが始まるが、スイス司法当局が国境を越えて外国当局に情報を求めるのは初めての経験であり、どんな情報が洩れているのかすら把握していなかった
80年代初頭、フランスでミッテランが選挙に勝った時、モンテカルロの銀行員だった私の父の仕事が急増した。ベイルートの内戦の時も同じだった
幼少のころから父が投資銀行やタックスヘイブンについて教えてくれた。秘密というものがしばしば顧客よりも銀行を守る役割を担っていることを知る。書類一枚の署名が自分の金に対する権利を申し立てるための唯一の方法であることを理解した。たとえその書類が偽造だったとしても、銀行員に知られなければ通用した
外国で何か不都合なことがあれば、モンテカルロには大量の金が流れ込んだ
同時に、ミッテランのプライベートバンカーと噂される人が、ある日突然山の中の車中で死体となって発見された。拳銃自殺とされたが殺されたと疑われ、カネが死を意味することもあるのを理解した
ニース大学で数学と物理を学び、卒業してカジノに勤務。カジノは、そこで働く者を買収すれば金を洗浄する理想的な場になり得るし、その際のカジノのマージンも決まっていた
カジノにコンピューターが導入され始めるころ、モンテカルロのHSBCが、ジュネーヴの意向に反してR&D(研究開発)部門を立ち上げ、そこに就職。最初の仕事は証券を扱うオペレーターを監視するチェックシステムの構築。次いで、すべての重要な情報の所在を正確に知るために記録を起こすプログラムの作成、さらにプライベートバンカーの注文をバックオフィスに伝えるプロセスの電子化を計画。いずれもそれまでのアナログシステムの中で横行していた不正の抜け穴を塞ぐ効果をもたらした
そのうちジュネーヴの本店でも取引監視のための戦略プロジェクト部が立ち上がり、上司とともに本店に異動。一切改変不可能なハードディスクに記録されていたシステムから、どんな介入も可能にするシステムに移ろうとしていた時期で、本来であれば取引のトレーサビリティを確保するために痕跡が改変されないことを保証しなければならないにもかかわらず、HSBCはシステムの変更を選択、システム間の伝達の暗号化など安全の基本になる原則が無視されたばかりか、本当の問題は、銀行内の様々な人間が出せる単純なコマンド1つでデータの消去が起こり得ることだった
ジュネーヴでは、戦略プロジェクトの技術アナリストとして100人ほどのチームのトップとして働く。08年初頭、行内抗争の煽りですべての情報に関わるプロジェクトが中止となり、最終的にはプライベートバンカーに支持された守旧派が勝って、プライベートバンカーの業務を監視して内部チェックを容易にするためのワークフロー・プロジェクトも頓挫
戦略プロジェクト部は閉鎖され、私は為替市場の銀行間取引の監視強化」とシステムの安全性を確保するためのプログラムの開発に携わる
プライベートバンカーの関心は、監視もなく痕跡も残さずに同じように働き続けることであり、HSBCは顧客の欠陥を明らかにする危険からバンカーを守っていた
スイスで働くには前職の雇用主の紹介状が必要。最悪の雇用規定は、自分の会社を訴えることを禁じるもので、人が合法的に振る舞ういかなる可能性も妨げている
守旧派と改革派の抗争の狭間で、私は改革を進めるためにはワークフロー・プロジェクトを続けなければならないことを痛感
05年 EU貯蓄課税協定ESD発効  ヨーロッパ諸国及びスイスの個人の銀行預金に対する課税を規定。対象が個人のみだったため、法人は競ってタックスヘイブンにダミーを作って資金を移動。私はこの法令で堪忍袋の緒が切れ、それまでコンタクトのあった諜報機関と共同作業に入るとともに、問題意識を共有する仲間たちとも協力
銀行が隠蔽する巨大なペテンの証拠をつかんで様々な国の司法官に届け、彼らを通じて世間に知らしむべきと考えたが、ヨーロッパではどの国も国家としては関心を寄せてくれそうになかった。職務上知り得た犯罪を告発しようとする者は法律を破ることを強いられる。アメリカにはホイッスル・ブロワーを助け、守る制度があるが、ヨーロッパで保護されるのは改心したマフィアだけ
まずフランスとイタリアを選んで接触しようとしたが、イタリアでは非公式のチャンネルから得た情報は捜査を始めるための証拠として利用できないことが分かる。フランスではサルコジ大統領の税関警察廃止の計画に異議を唱える取調官がかなりいたので、協力者が得られたところから、まずはフランスに絞って当局の関心を引くための方策を検討
以前から、行内で起きていることを外部に知らしめるという共通の目標によって強化された確かな信頼を共有する仲間がいて、外部の諜報機関の助けを借りて前進を決意したのが04年末、必要な情報の内容、入手手段、行内での協力者の特定などの作業を開始
アメリカのアクセントで英語を話す連中が参加、とても有能で助けられた
守旧派からの刺客を騙すために、かつてスイスで働いていたベイルートの銀行の頭取に顧客情報探知の技術提供を申し出、銀行秘密法違反を仄めかす罠を仕掛けると、頭取は通告義務に従ってスイス当局に届け出
銀行内で重要な情報にアクセスできるのは10人ほど。彼らがクラウドに格納したデータを私が検証する。全体で800ギガバイトの情報が集められたがフランスの国税当局が使っている古いシステムでは200ギガ分しか使えなかった
08年末、ベイルート旅行の線から、スイス司法当局の家宅捜索を受け、翌朝密かにジュネーヴを後にする
フランスでも、重要な情報が明るみになるにつれ、世間に知られたくない情報も出てきて、フランス政府がありとあらゆる方法で正式な調査の開始を妨害し、捜査を予備段階で燻らせようとした。ある時点から、フランスではもはや誰一人HSBC事件に取り組みたがらなくなった
今や金融操作の大部分は税法あるいは刑法避難地域に置かれた会社によって行われており、そこで払う税金の基準(ほとんどゼロ)も販売される商品あるいはサービスの価格もコントロールすることができる。国際的な金融システムはこの不透明性を必要としており、多くの政治家たちが、その論理を支持するように説得されているか、買収されている
一般の人々は、金融を太陽か雨のようなものと捉えているが、実際には現状を維持し、金融取引を監視できるはずの国家に対し優越であろうとする者たちによって動かされている。これほど重要で強力なシステムに対する監視の不在は偶然ではない。1つの明確な意思の結果なのである。資本の背後には生身の人間がいて、法律を作る政治家たちを説得し腐敗させる権力を持っている。彼らがやっていることは、金融や銀行に関わる法律がしばしば義務や監視を逃れるために作られているという事実を知らないか理解しない一般の人々を危険に晒す以外の何物でもない
後でツケを払わされる国民の代表者たる議員たちの決める法律によって合法的に起きている、この事態を変えるために行動を起こすことを決意した
フランス政府が犯罪の証拠をスイスに返還させようとしたのは大統領の指示によるもので、サルコジは強力な諜報機関を持つ税関そのものの廃止を目論み、脱税者のリストはあるがそのデータの出所が非合法であるために結果的に利用できなかったと明言して脱税者側についた。さらには、秘密の権力に対して決戦を宣言していながら、他方でパナマと協定を結びタックスヘイブンのブラックリストから外すことに同意している
09年末、仏国内の諜報機関とつながる筋がHSBC事件を周知のものとする時期が到来したと宣言、「ル・パリジャン」誌が、政府の持つ脱税者のリストがHSBC由来のもので、情報提供者の身元が知られていると報道、私もテレビで見たことを語る
09年末、仏憲兵局と国税は、私との共同作業の中断を命じられるが、皆が陰で仕事を続け、情報を他の国々と共有する決意を固めていた。情報は50か国ほどに行き渡る

第2部        銀行の巨大権力
ジュネーヴのHSBCが本当に稼いでいるのは60ばかりの強大な力を持つ顧客(企業、事業家、投資ファンドなど)によってだ。顧客リストを見れば、なぜ政治家たちが脱税や銀行の巨大権力や腐敗と戦うために何もしないのかがわかるだろう、銀行を守ることで自分たちを守っているのだ
プライベートバンクはどんな手を使ってでも顧客情報を外に出すことはない。秘密は銀行において、ある権限を守るためのもので、それは法に晒されない権限である
HSBCでは、秘密は最も古い保護のシステムである、パズルの原理を採用して守られている。情報の諸要素の分割に基づいた原理で、誰にも全体像がわからないようにする。同時に分析するのが不可能になるほど大量のデータの中に隠してしまう
HSBCは、SWIFTを使わずに、イントラネットで決済した残りのポジションだけを痕跡として残す。2つの銀行間で相互に口座を開設し、すべての送金の差額のみをその口座を通じて決済する
租税回避の道具を特徴づける論理は、いつでも望むときに回復できる見せかけの所有権の喪失と、取引を仲介する代理人の利用
HSBCプライベートバンクの60人の超大口顧客が1500人の従業員を介して生み出す利益は10億ユーロ
タックスヘイブンの中でもスイスは、顧客を司法当局からマネーロンダリングや脱税で捜査されるリスクから守ってくれる。スイスの大きな利点は、非常に整ったバックオフィスを持ち、それが比類のない能力を誇っていること
プライベートバンクの支援を受けて自分がただ1人のオーナーとなるファンドを、世界中に散らばったダミー会社を通して登録し、そのファンドを名義とする口座を開けば、アメリカ国税のオフショア脱税対策法やFACTA(外国口座税務コンプライアンス法)を骨抜きにできる
代理人業はカネの流れのトレーサビリティを阻むために重要。インターネットの発達によってサーバーと情報システムを辿り難くすることが容易になった
09年半ば、イタリア・トリノとの協力が始まり、複数のスイスのイタリアにある支店を家宅捜索して証拠を押収したが、銀行が告発されることはなかった
13年にはベルギーでHSBCの口座についての調査が始まる。ダイヤモンド商人が対象となったが、捜査官は僅か2人。ガーナ、トーゴ、ドバイの3か国連携によって戦争地域由来の血塗られたダイヤが、ドバイで発行される偽の証明書によって「掃除されて」ドバイで発行される偽の証明書によって「掃除されて」アントワープで売られていたが、商人が利用するHSBCジュネーヴの隠し口座やダイヤモンドの真の所有者を隠すためのダミー会社などの情報が慣習的にHSBCからサービスとして提供されていた
フランスの捜査官と一緒に仕事をするようになってから6年が経つ。その間何度も捜査がブロックされながらも続けられた。特にデータが非合法な形で獲得されたという理由は、タックスヘイブンにとって強力な武器となるが、私のケースでは、スイスの司法が押収を求めたためにデータが利用可能となっていた
12年、サルコジに代わって社会党のオランドが大統領になると、仏司法当局がアメリカの検事たちとの協力を受け入れた。アメリカの司法当局やIRSの官吏たちはすでに何年も前からすべてを知っていて、HSBCの内部システムについて私から詳しい説明を聞いた後、上院の常設調査委員会のレポートが出て、HSBCメキシコでの麻薬密売人たちの金をロンダリングしたことと、イスラムテロ組織への資金提供に関係した嫌疑でHSBCを告発。アメリカは全てを自らの経済覇権を保持するために利用。アメリカはデラウェアやマイアミのように独自のタックスヘイブンを持っており、他のタックスヘイブンを根絶やしにしようとしている
アメリカの後、私の身を守ってくれる諜報機関が私の身の危険を案じ、捜査を開始させる可能性のある唯一の国だったスペインへの逃亡を指示されるが、12年に入国と同時に警察に拘束。スペインの裁判所の審問ではHSBCがタックスヘイブンのように機能していたことが明るみに出され、スイスからの逃亡犯引き渡し要求を否定し、私は自由の身となった
14年、フランス政府はHSBC事件を巡って起きたあらゆる騒ぎによって29千人の資産を正常に戻すと発表。1人平均100万ユーロで合計280億ユーロが闇から浮かび上がるが、それはHSBCジュネーヴが運用するカネの1/3に過ぎなかった。仏政府は彼らの資産が本国に帰還したことによって脱税分から18億ユーロ回収する見込み

第3部        銀行と政治家の不正義と戦う
14年 Pila(国際内部告発者プラットフォーム)立ち上げ  ICIJの会長も指導部に参加
地理的な国境線のないコミュニティの構築が狙いで、情報源を守り、既に人目に晒されている場合には彼らに法的、財政的、職業的なレベルでの支援を提供することに努める
告発者が不利益を蒙らないよう、専門家のチームとコンタクトが取られる
職場で経営上や組織上の不正に気付いても、一人になることが怖くて告発を躊躇う人を守ることができるように、プラットフォームはいくつかのクラス・アクションを発動できるようにし、お互いの情報を突き合わせることによってより強力で効率的に振る舞うことを可能にする
情報を守ることを可能にする透明性の基礎を構築すべく、既にグローバル・ウィットネス、国際調査報道ジャーナリスト連合、オキュパイ・ウォールストリート、スペインの「怒れる者たち」、Xnetなどネットにおける民主主義の増強のために仕事をしている組織が賛同
収集した資料や情報を統合し、国境を超えて共有できるような安全なアーカイブも研究している。情報は守られなければならないし、コミュニティが重要なのはまさに、拡散を防ぎながら情報を共有したり新たに加えたりすることができるから
ウィキリークスのように、事実を告発するだけでは内部告発者を大きな危険に晒してしまうだけ。私にとって優先順位が高いのは司法と税務当局を巻き込むことであり、ジャーナリズムはその後の話。公開は確かに世論に対しては大きなインパクトを与えるだろうが、司法レベルでは何らの結果をもたらさない司法レベルでは何らの結果をもたらさない
UBS行員のバーケンフェルドは、米国税当局にUBSがアメリカ人顧客の脱税を幇助したことを告発して104百万ドルの報奨金を得たが、復讐を恐れて怯えて暮らしている。報奨金目的だけで、自分の経験を広めて同じ境遇にいる人々を助けることには携わっていないので、孤立してしまったのだ。我々はまとまって互いを守り、共通のプロジェクトを共有することを学ばなければならない
投機は産業部門への投資よりも儲かる。様々な市場の金融商品や通貨の価格の歪みを利用した裁定取引に投機することで得られる利益。裁定の不均衡ほど単純なものはない。金融の富を作るものは、常に裁定を作り出す可能性である。法的なものでも経済的なものでも同じで、これが現在の経済モデル
我々はこのモデルを転換しようとして、新たな銀行を作って金融を我々の手に取り戻そうとしている
HADOPI(インターネット上の作品頒布と権利保護のための高等機関)は、フランスが著作権を保護するためにインターネットからダウンロードされるあらゆるものを監視する情報システムで、電話オペレーターの助けを借りて機能するもの。構築に20百万ユーロ、年間維持費が5800万ユーロかかる。映画や音楽ファイルを不法にダウンロードするものを特定し、警告を発し、2度の警告後ネット接続を遮断。遮断されたのは過去10件未満
このシステムが金融取引に応用されれば素晴らしい
フランスには現在、ロンダリングの操作を隠していそうなカネの流れを監視する財務省の組織TRACFIN(対資金洗浄情報課)があるが、将来的に行政機関が縦割りと情報不足を乗り越えられれば、すべての金の流れに対応するものへと拡大することができるだろう
今日進行しているのは、争う者たちの一方が他方よりルールをよく知っていて、その情報格差を利用して、司法上のものも含む裁定取引を有利に進める争い。情報は秘密に留めておけば武器になる。したがって情報は解放しなければならない。部外秘の情報を公開しても罪にならない国や地域にオフショアの会社を設立する
ヨーロッパの国々が税務関連情報の自動交換についてスイスと協定を結んだ際、スイスが課した唯一の条件が、関係国全てが盗まれたデータは利用しないという縛りだったが、ドイツの反対にあって取り下げた

監修者あとがき(橘 玲) スイス捜査当局の情報に基づくもうひとつの物語
(1) ファルチャーニは、フランス系レバノン人の女性同僚とレバノンに旅行したのは、スイス司法当局を罠に嵌めるためとしているが、スイス側は以下のように反論
元々2人は恋愛関係にあり、女性はファルチャーニがHSBCプライベートバンクの顧客情報をレバノンで密売するのに関わったもので、レバノンの金融機関からの通報を受けてスイス捜査当局が動き出す。ファルチャーニが偽名を使っていたので、最初は女性を尋問してファルチャーニを割り出し事情聴取したが、拘束する理由がなかったため帰宅を許したところフランスに逃亡した
(2) ファルチャーニは、背後に「(各国諜報機関の)ネットワーク」があって、顧客情報を流出させたのは10人程度の内部統制協力者で、自分は協力者の存在を教え、顧客情報をネット上のクラウドに隠すための技術的な支援をしただけで重大な法律違反はしていないと主張するが、HSBCとスイス捜査当局は以下のように反論
ファルチャーニの単独犯。ファルチャーニは当初、「ネットワーク」はモサドだとメディアに説明、女性同僚のことをイスラーム過激派の一員であるかのような説明をしたため、後刻女性同僚から名誉棄損の訴訟を起こされている
(3) その他の齟齬
ファルチャーニは、HSBCプライベートバンクの上層部に、セキュリティシステムの脆弱性を訴えたにもかかわらず無視されたと述べているが、HSBCによればそのような提案はなかったという
その後、スイスの金融当局にもHSBCの顧客管理の不備を通報しようとしたが通報者の匿名性が守られないため断念せざるを得なかったと述べているが、当局は否定
著者の名誉のために追加  各国の司法・税務当局や情報機関に送ったメールには、報酬についての言及は一切なく、スイス司法当局の捜査においても金銭目的の犯行だとの証拠は見つかっていない

訳者あとがき(芝田高太郎)
本書で扱っている問題を考えるには、経済のグローバル化が進み、金融の力が電子情報技術と結びつくことで、かつてないほど強くなっていることを理解するのが一番重要
本書は、世界中で起きている、不可逆的とも思える格差問題の告発でもある



世界の権力者が寵愛した銀行タックスヘイブンの秘密を暴露した行員の告白 [著]エルヴェ・ファルチャーニほか
脱税支える巨大銀行との闘い

 「事実は小説より奇なり」とは、まさに本書のことを指すのか。これは、世界最大級の銀行HSBCから、約13万人分の機密顧客リストを引き出した元行員の物語だ。各国政府によるHSBCへの訴追、巨額罰金へとつながり、スイスの銀行の守秘性に大打撃を与えた。
 それにしてもなぜ、著者は巨大銀行への挑戦を決意したのか。彼はモンテカルロで育ち、銀行員の父を通して銀行とは何か知る。カジノ勤務で資金洗浄の実態を知り、資金監視の重要性を痛感した。請われてHSBCで働き始め、行内の情報システム構築に携わった彼は、「何のために」という問いに直面する。
 銀行の中を、巨額の「汚れた金」が通ってタックスヘイブンへ向かう。堅牢な情報システムで監視すればこれほど有効な道具はない。だが正直なところ、HSBC幹部にとってそんな道具など必要なかった。EU法令すら脱税を合法化し、銀行はそれを活用したサービスで儲(もう)けていたのだ。
 目も当てられないこの惨状を知り、著者は銀行と対決する途を選ぶ。不思議なことに、行内だけでなく、警察、司法、諜報(ちょうほう)機関の協力者が現れた。彼はHSBCの機密データ引き出しに成功したが、真の困難はその活用にあった。フランスの捜査当局が動き出すと、なんとサルコジ大統領が出てきて潰したからだ。
 命を狙われスイス政府からも情報漏洩(ろうえい)罪で追われた著者は、スペインに逃れ、投獄された末、自由を勝ち取る。大統領選でサルコジが敗れオランドに代わると、捜査は再び進展しだした。彼の持ち出したファイルはHSBCによる脱税幇助(ほうじょ)の決定的証拠となり、巨額の脱税回収を可能にした。
 障がいをもつ娘を見つめながら彼は、「カネの価値ですべてを測り、強者が弱者を蹂躙(じゅうりん)するような現実の中で娘に育って欲しくない」と念じる。著者の思いは実現するのか。いまも彼の闘いは続く。
    ◇
 橘玲監修、芝田高太郎訳、講談社・1728円/Herve Falciani 72年生まれ、伊仏国籍のITエンジニア。


金融史上最大の顧客データリーク事件が明かしたプライベートバンクと大富豪、政治権力者の闇のコネクション。
あなたはまだ銀行の本当の存在理由を知らない――

欧米紙誌騒然!
「ファルチャーニはエドワード・スノーデンとロビン・フッドを合わせたような男」(ブルームバーグ)
「大富豪を震撼させる男」(ル・モンド)

世界の大富豪やVIPが銀行とタックスヘイブンを利用して密かに行う巨額脱税やマネーロンダリング。その証拠を課税当局に差し出すために、スイスのプライベートバンク13万人の顧客データをリークした当事者による命がけの手記!

「鉄壁の守秘性」を誇ったスイスのプライベートバンクの顧客情報を、フランスやイタリア、スペインなどの司法・税務当局に提供するという大罪、もしくは英雄的行為の主役。その当事者が、いかにして、どのような目的でこの「リーク」を行なったのかを語っている。プライベートバンクやタックスヘイブンの現状や今後を知るうえできわめて貴重な証言である。(橘 玲)
イントロダクション(橘 玲)── 国家とグローバル企業の不都合な情報を暴いた「脱税のスノーデン」
共著者序文(アンジェロ・ミンクッツィ)── 何十億ユーロも価値のある人間
1部 世界の権力者たちへの私の挑戦
2部 銀行の巨大権力
3部 銀行と政治家の不正義と戦う
監修者あとがき(橘 玲) もうひとつの物語
訳者あとがき(芝田高太郎)


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