都市の誕生  P.D. Smith  2013.9.21.

2013.9.21.  都市の誕生 古代から現代までの世界の都市文化を読む
CITY A Guidebook for the Urban Age              2012

著者 P.D. Smith イギリスの研究者、作家。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで教鞭をとった経験がある。『ガーディアン』紙や『インディペンデント』紙などに寄稿

訳者 中島由華 翻訳家

発行日           2013.8.20. 初版印刷                   8.30. 初版発行
発行所           河出書房新社

まえがき
ヒトという種としてのわれわれは自然が与えるものに満足しきることがない。我々は環境を形作るサルであり、都市を築く者、都市の人であるからだ。都市は我々の最大の創造物
今日世界人口の過半数33億人が都市居住者。200年前までは1000年に亘って世界人口の3%に過ぎなかったが、2050年までには75%に達するという
地上に初めて都市を作ったのは7000年前のシュメール人で、現在のイラクに当たり、神が人間のための自然の猛威からの避難所として作った場所
本書を書く動機は、人類史上最も優れた功績であることが間違いない都市を探索し、称賛したいと思ったから
ハイネが、1827年に初めてロンドンを訪れた時「驚愕し」、「この世で見られる最大のふしぎ」でああると言いあらわしたが、その驚愕を読者に実感してもらえたらこの本は成功

第1章        到着
l  湖上の都市
1519年 エルドラドを求めて中米に上陸したスペインのコルテス以下が発見したのがメソアメリカ史上最大の帝国アステカの都テノチティトラン(現在のメキシコシティ)。テスココ湖に浮かぶ人口20万の大都市(ロンドンが8万人)、面積1300ha
都市は優れた創造物だったが、ヨーロッパから持ち込まれた天然痘で人口の1/3が死に、出会いから僅か2年で破壊
それより前、テオティワカンの都が、紀元前300~前100年に帝国の首都として機能していたが、8世紀頃には滅びていた

l  黄金の扉
19世紀末、旧世界からアメリカに押し寄せた移民の波はとりわけニューヨークに溢れた。18801920年ヨーロッパから約20百万人がアメリカに渡ったが、その4/5はニューヨーク港を通過。1892年に連邦政府が移民管理業務を引き継ぎエリス島に連邦移民局を設置して入国審査を行う ⇒ 送還される不安を拭えない移民にとって健康診断が最初の難関で、不治の病だったトラコーマ患者は強制送還

l  スカイライン
古代都市のスカイラインは城か宗教施設
ニューヨークでも1880年代までは高層建築と言えば教会の塔 ⇒ 経済におけるウォール街の重要性の高まりと、国内企業が本社をロウアーマンハッタンに置くようになって変わる
地平線を彩る建物群を「スカイライン」と呼ぶようになったのは1876年のこと
都市として、国としての個性の決定にスカイラインが大きな役割を担う ⇒ マンハッタンのタワーシティ、イスラム国のミナレット、ロシアの鐘楼、インドのアショーカ塔、イタリアの鐘塔

l  中央駅
19世紀前半、鉄道の登場によって地方の人々が容易に都市に行けるようになる
鉄道敷設の先駆だったイギリスは、世界の都市に鉄道駅という不朽の遺産を残す
中でも壮麗なのが1887年開業のボンベイ(ムンバイ)のヴィクトリア・ターミナス駅(VT)で、イギリスの建築家F.W.スティーヴンスが現地の熟練工の協力を得て設計、東西の建築様式を見事に融合、04年ユネスコの世界遺産として登録

第2章        歴史
l  起源
シュメール人が作った最古の都エリドゥの痕跡は、バスラの北西に残る
紀元前3000年 インダス流域にモヘンジョダロという都市が広がる
紀元前2000年以降 黄河と渭水の流域にも都市共同体が出現

l  理想都市
紀元前380年頃 プラトンが理想都市の姿を思い描き、『国家』を著わす
1925年 ル・コルビュジエがパリの再開発計画で構想した「現代都市」は、ガラスを用いた60階建ての高層ビル18棟の周りに田園が広がるもので、日光と新鮮な空気がたっぷりとある理想都市そのもの ⇒ 「ヴォワザン計画」

l  ニュータウン
ふつう、都市はいつの間にか誕生し、人口の変動と共に自然に進化する自己組織的なシステム
1703年に建設されたサンクトペテルブルクは誕生時には既に完成していた ⇒ ニュータウン
格子構造の都市として知られるニューヨークは、17世紀に自然発生的に生まれた植民都市だったが、1811年に精力的な市長デウィット・クリントンが開発のための委員会を立ち上げ、島の南端部に10万人が住んでいるかどうかだったときに、将来人口が1百万人を超えることを想定し、マンハッタン全体を南北に100フィート間隔で走るアヴェニューを12本、東西に走るストリートを155本作り、2000以上の街区を作ることを提案
20世紀、都市計画に最も大きな影響を与えた人物は、スイス出身の建築家シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ(ペンネームがル・コルビュジエ) ⇒ 19世紀の都市の問題点を解決するには何もないところに新しいものを作るしかないと主張。ル・コルビュジエと、彼が1928年の発足以来関わってきた近代建築国際会議(CIAM)のアイディアは、第2次大戦後の都市景観をがらりと変えた
ブラジリアは、ル・コルビュジエとCIAMが唱えたモダニズム都市の理論を実現する勇敢な試み ⇒ 都市計画は建築家のルシオ・コスタが手掛け、建築物の多くはル・コルビュジエの弟子オスカー・ニーマイヤーが設計。落成式は1960年、ローマの伝説上の建国記念日である421日に行われ、38トンもの花火が打ち上げられた。国家の威信は高めたが、中心市街地に活気がないという意味では失敗

l  死者の都市
ネクロポリス(死者の都市:墓場) ⇒ 古代ギリシャ人とローマ人は死者を穢れたものと見做したので、都市の外に墓場を作ったが、ローマ帝国の滅亡とともに、キリスト教の教義によって死者は再び都市の中心部に葬られるようになり、生前重要だった人ほど聖遺物の安置された近くに埋葬場所が決められた
都市人口の増加とともに、何処に死者を葬るかは大きな問題 ⇒ 1803年パリ郊外に設けられた市営墓地ペール=ラシェーズは、ヨーロッパで初めてミドルクラスの世帯に永代使用権の購入を許可
「都会の墓地効果」 ⇒ マルサスが『人口論』(1803)のなかで、都市では「過密と空気の悪さ」が原因で死亡率が出生率を上回ると指摘。リヴァプールでは新生男児の平均余命が26年に対し郊外の田園地方では56年、マンチェスターでの病気や栄養不足を原因とする死亡率は田園地方の3

l  都市の壁
壁は、あらゆる時代、場所で、人々を内側に封じ込め、彼等が自らを解き放つのを助けてきた ⇒ あらゆる構造物の中で都市共同体の形成に最も寄与してきたのが城郭都市の防護壁。古代ギリシャ語で都市を意味する「ポリス」も、元々は城郭のこと
人々を野生動物や敵の侵入から守る防護壁は、支配のための構造物でもあった
1541年のヴェネツィアを起源とするユダヤ人の隔離居住区「ゲットー」は、壁によって都市住民を管理することの1
文明の発展は煉瓦によるところが非常に大きい ⇒ メソポタミアに焼煉瓦が登場するのは今から5000年前
1961年建設が始まったベルリンの壁は、西ベルリンの孤立と東側住民の逃亡を阻止するためにドイツ民主共和国の独裁者によって165㎞に渡って設置され、28年に渡って西ベルリンを東ドイツの中で孤立させた ⇒ 崩壊した壁の大部分は31万トンの礫となり統合後のベルリンの東西を繋ぐ道路の舗装に使用され、長い間1つの都市を分断していた構造物が、後にその再統合に役立てられた
九龍城砦 ⇒ 1847年要塞都市として建設。1898年イギリスが香港の99年の租借権を得たときにも清国に留まるが、第2次大戦中香港を占領した日本軍によって花崗岩の城壁が取り壊される。戦後政情不安定な中国大陸から逃れた難民がこの一帯に溢れ、僅か200x100mの土地に間に合わせの増築が繰り返された建物は14層まであり35千人が住む無法地帯のスラムとして、「歴史上、自己規制、自給自足、自己決定できる都市に最も近いもの」となり「暗黒都市」と呼ばれる。納税をしないどころか、深さ90mの井戸を70も掘り、構想う棟が密集して日光も入らないため香港の電力を無断で使った蛍光灯が絶えず煌々と灯っていた。93年英中合意のもと取り壊され、現在は九龍塞城公園

第3章        習慣
l  筆記
人類の意識を一変させた発明は「筆記」
文字が発明されたのは、紀元前4世紀、メソポタミア南部の諸都市でのこと
音節文字から楔形文字に発展、紀元前1400年シリア近郊のウガリットでアルファベットが使用される。文字は粘土板に記録して保存

l  ストリートの言葉
都市住民はその年に特有の言葉を話し、時に同じ国内の別の地域では通じないことすらある ⇒ ヴェネツィアの言葉はイタリア語と大きく異なり、イタリア語とスペイン語の違いとほぼ同じで、イタリア語より古くから成立していたと考えられている
言語と方言はずっと同じままであり続けることはなく、ロンドンのコックニーも移民の共同体が新しいロンドン方言を生み出している ⇒ 多文化ロンドン英語(MLE)
ラップから派生したロンドンのグライムや70年代にニューヨークで生まれたヒップホップ等の都会の音楽がいまどきの話し方をティーンエイジャーに広める一助になっている

l  「キルロイ参上」
グラフィティとは、何等かの印をつける行為のこと
「キルロイ参上」 ⇒ 第2次大戦中のアメリカで、造船所に勤務していた検査官のジェイムズ・J・キルロイが、チョークで印をつける際にこの様に書いたとされる
ジュネーヴ湖畔のシヨン城にバイロン卿が自分の名前を刻みつけたのもグラフィティ
古代都市ポンペイでも壁が即興のグラフィティに恰好のカンバス
1973年 グラフィティは、「1950年代以来久しぶりに生まれた、正真正銘のティーンエイジャーのストリート文化」と言われ、現代のスプレー塗装文化に繋がる ⇒ スタイルを意識する点で単なる落書きとは別物。反骨精神を表す手段でもある
1972年ニューヨークのリンジー市長は落書き行為に宣戦布告、グラフィティ根絶に10百万ドルを投じ、ジュリアーニ市長も現在のブルームバーグ市長も、「グラフィティは全ニューヨーカーの生活の質をじかに脅かす。目障りであるばかりでなく犯罪者をおびき寄せ、我々が無関心であることを市民に伝える」として撲滅運動を継続

l  ストリートの声
都市には常に聴衆がいる。ストリートに集う理由は多様
都市のストリートで行われる組織的なデモは、19世紀に考案された手法であり、1830年代に英語の語彙に加わる
ストリートに集う民衆が力を持つ時代

l  カーニバル!
革命的な瞬間とは、個々の生命が、再生した社会との一体化を祝う祭、カーニバルのことである
カーニバル(謝肉祭)の起源になった春の祭典は、文明と同じほど古くからあった
語源は、「肉を取り上げる」の意で、キリスト教では復活祭前の四旬節の40日間に断食し、禁欲することになっていたので、その直前のカーニバルは肉などの贅沢な食材を使い切る最後のチャンス。四旬節に宴会を開くことは禁じられたので、その第1日目である灰の水曜日の直前の数日間、カーニバル発祥の地イタリアを始めとするカトリック国で、祝宴が盛大に催されるようになった
ヴェネツィアに始まり、イタリアからフランス、スペイン、ポルトガル、ドイツへと広まり、中南米・カリブへと持ち込まれた
ニューオーリンズの「マルディグラ(フランス語で肥える火曜日の意)」は、1837年に始まり、カーニバルを生き甲斐にしている点で世界のどの都市にも負けない ⇒ 年明けと同時に準備を開始
イヴレアのオレンジ合戦 ⇒ トリノの北にあるイヴレアはオリヴェッティが従業員のために作った理想都市。13世紀の独裁君主に対する反乱を記念したオレンジを投げ合う行事で知られる

l  神の家
都市はかつてあった都市の上に築かれ、地下には歴史がいくつもの層をなし、昔の住人や建造物の痕跡が圧縮され保存されている
古代においては、都市のような人口環境に住めば神に不遜を働くことになり、天罰が下ると考えられていたため、人々は都市を神の家として築くことにして神の許しを得た
世界的に、都市構造の中でも突出して美しいものに寺院がある ⇒ アンコール・ワット寺院群はクメール帝国の「神の都」だし、エジプトのカルナック宮殿の一部であるアメン大神殿、最も有名なのはアテネのパルテノン神殿

第4章        滞在
l  ダウンタウン
長い間、アメリカのダウンタウンは都市の中心にある繁華街、商業の中心街
19世紀の都会のありようを定義した都市はロンドン ⇒ 高級なウェストエンドと低級な(デクラッセ)イーストエンドという概念が作られた
20世紀の大都市の象徴はニューヨーク ⇒ 都市の地形構造から「ダウンタウン」という概念を生む。ダウンタウンに行くといえば、川の下流に行くことで、マンハッタンを南下してヒューストン街を渡るという意味。1900年代の初め頃辞書に掲載。「ラッシュアワー」という言葉も生まれる
住民の郊外流出は、自動車の普及で加速され、ダウンタウンの凋落が始まり、1975年以降空洞化が急激に進み危機的状況に陥るが、21世紀に入って若い知的職業人の回帰で活気を取り戻しつつある
輸送と通信の技術のおかげで、都市ははっきりした形を持たなくなった
新しい中心市街地として海岸地区の再開発計画が進む

l  チャイナタウン、リトル・イタリー、ゲットー
都市の繁栄に、移民の存在は重要 ⇒ 都市に独特な活力と想像力は、都市に文化と民族の多様化をもたらす移民に負うところが大
ゲットーは国際都市の暗い側面。発祥の地はヴェネツィアで1516年にユダヤ人がカンナレージョ地区の島に閉じ込められた
ゲットーが、アメリカでアフリカ系の共同体を指す一般的な呼び名となったのは1966年以降のこと ⇒ マンハッタンの125番街を中心とするハーレムが典型

l  スラム街
スラムの再開発は、必ずしも改革にはならない ⇒ 共同体が破壊されてしまうのに対し、リオのように必要な施設を追加することによって共同体を壊さずにスラム住民の生活を変えることが可能、さらにはペルーのように占拠されている土地の法的権利をスラム住民に譲り渡せば、解体される心配のなくなったスラム住民が思い切って起業したりできる
都市にとって必要な雑用処理の機能を担っていることもあり、一概に排斥は出来ない
ジェントリフィケーション ⇒ 1950年代フィラデルフィアで始まった、労働階級の居住地区にミドルクラスを増やす手法。スラムを解体するのではなく、漸進的に活性化させる方法として利用される

l  田園郊外住宅地と「ブームバーブ」
元々郊外には侮辱を表す意味もあったが、18世紀に都市が発展し人口が過密になると郊外に対する世間の見方が変わってきた
いま経済の新たな動力源となっているのは急成長する郊外都市「ブームバーブ」 ⇒ 高速道路のインターセクション、商店街、オフィス街を中心に発展、郊外の「高速道路出口経済」の産物

l  ホテル
18世紀末、新しい建築技術と大量輸送手段が大型の高級ホテルの誕生を可能にした
ブティックホテル ⇒ 1984年ニューヨークのナイトクラブ経営者イアン・シュレーガーが創出した概念、別の呼び名を「アーバン・ロッジ」。ロンドンに06年開業のホクストン・ホテルが好例
カプセルホテル ⇒ 黒川紀章が考案、世界初は1979年大阪に開業
ラブホテル ⇒ 人口密度の高い日本の都市文化の産物。日本に25千軒。年間売上4兆円、年間の利用者数は延べ5万人?

第5章        街をさまよう
l  散策
1840年エドガー・アラン・ポーは、『群衆の人』でロンドンの雑踏の中をさまよう老人を描いたが、パリでは「遊歩者(フラヌール)」といい、都市を彷徨しながらのんびりと観察を楽しむ人々がいる
都市が巨大化して繁栄することは脅威でもあり、人々の感性によくない影響を及ぼすという意見もある ⇒ ボードレールは、都市生活の中心に創造的緊張があるといい、フラヌールこそ新時代の化身と見做した。その精神は、1986年日本で創設された路上観察学会にも受け継がれ、コンクリートと鋼鉄の波に呑み込まれる前の時代の東京の名残を観賞し報告することを目的とした

l  交通手段
馬車は、16世紀半ばに新しい輸送手段としてローマに登場
忽ち渋滞が問題となり、自動車の発明によって加速
自動車によって形作られた最初の都市がロサンゼルス ⇒ 1920年以降、公共輸送機関についての考えを新しくして、道路を提供することとした
北半球では、自動車利用を制御する目的で、道路課金が用いられる ⇒ シンガポール、ロンドン、ミラノ、ストックホルム、ローマ
1960年代、オランダは自動車がもたらす影響を最小限にする都市開発の草分け ⇒ 仕切りや標識をなくして「裸の道路」を作ったことで、ドライバーが周囲の歩行者や車等の運転者と互いに意識し合うようになり、事故が減った。公共の空間(共有空間)で市民同士が視線を合わせ、行動を判断し合うことは、自由な国で得られる最も素晴らしい特性
パーキングメーターが初めて設置されたのは、1935年オクラホマシティでのこと

l  地下へ
世界初の地下鉄は1863年のロンドン ⇒ メトロポリタン鉄道によって運行され、メトロポリタン線と呼ばれたところから、以後地下鉄をメトロと呼ぶことに
ロンドンは、世界で初めて公共輸送機関に鉄道を利用した都市
地下鉄は、ロンドンと市内の公共機関の発展に欠かせない役割を担う ⇒ ロンドンの拡大を助けるとともに、地価のそれほど高くない周縁部に建設された百貨店へ安価な商品と消費者を運ぶことによって消費者社会誕生の一助ともなる

l  摩天楼
ヨーロッパで最も高い建物はシャード・ロンドン・ブリッジ(2008年建設開始、12年竣工予定)で、レンツォ・ピアノの設計、87階建て310m
1853年ニューヨークで開催された「水晶宮」万国博覧会でオーチスが水圧式エレベーターを開発(ロープを切っても籠は落下せず、安全性を誇示)、「垂直鉄道」の時代が到来。摩天楼の発展に寄与
立体都市の誕生の起源はシカゴ ⇒ 1871年の大火の後、アメリカ屈指の建築家たちが復興のために集まり、都市史上最大の建設ブームを迎える。鉄鋼構造によるビル建築の先駆け。それまでの石造りでは16階が最高層。摩天楼という俗語が一般化したのもこの頃で、狭いシカゴは直ぐにオフィス空間の供給過剰となり、より地価の高いニューヨークへと高層ビル建築が移動
マンハッタンで初めて85mのトリニティ教会の尖塔を超えたビルは、1890年ジョージ・B・ポスト設計のニューヨーク・ワールド・ビルで、ピュリッツァーが経営する新聞社のオフィス。教会を7.6m上回る
電化も摩天楼ブームを後押し ⇒ 照明、空調、地下鉄等に活用
現在の最高層は、2010年竣工、ドバイのブルジェ・ハリファで、160階建て、828m。設計はシカゴのスキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル事務所のエイドリアン・スミスと構造エンジニアのウィリアム・ベイカー

第6章        マネー
l  市場(いちば)
アラビア語でスーク、ペルシャ語でバザール、ギリシャ語でアゴラ ⇒ 都市生活の中心
13世紀、ヨーロッパで都市の住民が総人口の4%の時代に、イングランド王は市場を開催する独占権を都市に与え、収益から税金を取るが、以降ヨーロッパ中に広まり、市場がしばしば都市の主な財源となる

l  世界の宝石箱
都市は交易を通じて富を築いてきた ⇒ 西暦1000年までに最有力の大国となったのがヴェネツィアで、湿地と砂州の上に築かれた奇跡の都市、真水もなく農耕はほぼ不可能だったが、商売の手腕のお蔭で、「世界の宝石箱」と言われるほど世界一裕福な都市となり、その繁栄は17世紀にアムステルダムに貿易の中心を取られるまで続く
万国博覧会 ⇒ 1851年のロンドンが最初。ハイドパークに建設された水晶宮を会場とする「万国産業製作品大博覧会」。多くの都市が万博開催を機にインフラへの投資に注力、1888年のバルセロナでは排水施設を改善しコレラに備えたし、1893年のシカゴ、1900年のパリ、1967年のモントリオールでは地下鉄建設が決まる

l  スリ
1870年代のニューヨークのロウアーブロードウェイは、ストリートチルドレンを主とする「スリ天国」
1982年「割れ窓」理論 ⇒ ある地区で軽微な犯罪を放置すると、誰からも関心を払われていない印象が強まり、あっという間に重大な犯罪が多発するようになる
「ゼロ・トレランス方式」 ⇒ どんな軽微な違反も決して見逃さない
住居が高層階であるほど、犯罪の被害に遭う可能性が高くなるという調査結果がある ⇒ 階が1つ上がるたびに可能性が2.5%上がる
ゲーテッドコミュニティは、社会が分断され、分割され、不平等になった結果生まれたが、都市の細分化の象徴であり、社会が自ら分裂する兆候

l  百貨店
1700年 ヨーロパ各地には、市場や定期市に代わって様々な種類の専門店が現れる
都市人口の増加とともに、小売業がその重要性を高め、1800年以降急激に増加
消費者主義が社会を席巻するようになり、その先鋒を務めたのが百貨店 ⇒ 百貨店の歴史は18世紀後半、コルカタなどの植民都市に出現した「欧州商店」が起源

第7章        余暇
l  都市と舞台
都市は素晴らしい見世物が提供される場所であり、何気ない人間ドラマが上演される劇場
都市生活の匿名性は、因襲の束縛から逃れる手段を提供してきた
組織的な売春は、概して都会の事象

l  知の都市
大図書館の先駆的存在だったのが、アッシュールバニパル王立図書館 ⇒ 紀元前668~同627年アッシリアを統治した王がイラクに近いティグリス川流域の都市ニネヴェに建設した図書館で、人類の知識の集積が1つの建物に収められ、図書館の概念の起こりとなる
フランスの啓蒙主義によって、都市に大型の公共施設を設けるという概念が広まる
今日、都市再生計画の一環として博物館や美術館が建設される例が多い ⇒ 1997年のビルバオも、近現代美術の専門としてブッゲンハイム美術館が出来ると、海外から大勢の観光客が集い、都市の象徴「シグネチャー」建築物となった
アブダビにグッゲンハイム・アブダビという美術館が建設されるのは、高質な文化の発信地としてこの都市をブランド化する試み

l  ストリート・フード
都会らしい食のジャンルがストリート・フード ⇒ ファーストフード店との過酷な競争に晒される

l  剣闘士とマラソンランナー
ローマで最も有名な競技場は、西暦80年に使用され始めたフラウィウス円形闘技場(中世以降はコロッセウムと呼ばれる) ⇒ 猛獣同士や猛獣と剣闘士、剣闘士同士の戦いが見られたが、あまりにも多くの猛獣が消費され、周辺の地域ではメソポタミアのライオンや北アフリカの象のように根絶やしにされる動物が出た
19世紀、裕福な地主や富裕階級は、新興の工業都市の労働者による暴動を恐れ、スポーツによって組織的に競い合うことを奨励 ⇒ 1863年イングランドサッカー協会設立
今日ではマラソン大会が都市のスポーツ大会の中でも大きな注目を集めるイベント

l  公園
遊園の発祥の地はロンドン ⇒ 最初の1つは1661年開業のヴォクソールガーデンズ
イギリスは世界で初めて人口の半数以上が都市住民になった国であり、公営の都市公園を設けた国 ⇒ 工業化と都市化が進んだ影響で人口が過密状態となり、生活環境を改善する必要に迫られ、その手段の1つとして考えられた。「都市の肺」の役割を果たす
1840年ロンドン市に寄贈されたダービー植物園は「真の公共公園の第1号」
1857年着工のニューヨークのセントラルパークも、急速に拡大し人種間の緊張が高まった状況の緩和策としてアメリカ初の名前を知られた景観建築家のアンドリュー・ジャクソン・ダウニングによって提唱され、景観建築家のフレデリック・ロー・オルムステッドとカルヴァート・ヴォークスの設計により16年の歳月をかけて造営された
バビロンの空中庭園は「世界7不思議」の1つ ⇒ 数千年前の庭園で名残は一切残っていない

第8章        都市を超えて
l  ネットワーク都市
1870年代のパリの気送管システム ⇒ 地下に張り巡らされたパイプを通じて圧搾空気のパルスが一定の間隔で送られ、首都の時計がパリ天文台と同じ時刻に揃えられた
現代の都市は、地下に設けられたインフラが無ければ立ち行かない
ロンドンでは、1858年の「大悪臭」として知られる事件(テムズ川が夏になると気温の上昇でひどい悪臭が立ち上る)を機に、漸く下水道システムに着手 ⇒ 現在の住民のみならず、未来の世代のために公共事業によって都市生活を変えられることを示す輝かしい実例

l  エコシティ
地球の気候の微妙なバランスをこれほど乱した動物の種は、ヒト以外には存在しない
自ら解き放った力をうまく制御できるかどうかは、いまのところまだ分からない
1880年記録開始以降、2005年と2010年が最も暑い年
海面上昇、異常高温、水不足、気象にかかわる災害の急増、火災・地震等の自然災害
古代メソポタミアで都市社会が構築されたのは、「乾燥化がひどく進んだことへの対処」だった ⇒ 不安定な気候に対処するため大規模な灌漑がおこなわれ、そのために必要な人力と組織力を提供したのが都市
都市を気候変化の問題を解決に導く手段の1つとして考えるべき ⇒ 地域を都市化して人口を集中させれば、公共交通機関の利用で温室効果ガスの排出量は減らせる
UAEに建設中のノーマン・フォスター設計になるマスダールシティは、未来の持続可能な都市の姿を見せてくれる画期的な都市開発計画 ⇒ 人口45千で、廃棄物を減らす「ゼロ・エミッション」をめざすと同時に、再生可能なエネルギーのみが使用される
都市が目指すべき究極の目標は、その都市自体の持続に必要なものをなるべく多く作ること ⇒ 再生可能エネルギー資源から電力を生産する一方、屋上を白く塗るだけでも温度上昇を抑えられる

l  未来都市
都市は単なるインフラや建築物の集合ではなく、人間が作る共同体であり、社会生活を営む生物種の自然の生息地であって、だからこそ、本書によって筆者が証明しようとしているように、あらゆる時代、あらゆる文化の都市の間に類似したところが見られる
バーニングマンは、ユニークなアート・イベントであり、都市建設の演習 ⇒ 1986年サンフランシスコの海岸の小さな焚火から始まる。毎年夏の終わりにネヴァダのブラックロック砂漠に建設され一週間47千人が暮らす都市、レイバーデイにはすべての痕跡を消し去って退去するという実験的な共同体。参加者はアート作品の制作を通じて自己表現を促され、どのように街に貢献するかについて覚悟を決めておかなければならない

l  廃墟
西暦79.8.24.ヴェスヴィオ火山の噴火でヘルクラネウムとポンペイが死滅、1748年に発掘されるまで都市を丸ごと保存 ⇒ 偉大な文明もいつかは滅びることの象徴
アメリカの多くの都市を一挙になぎ倒したのは、核戦争ではなく経済だった ⇒ 1960年代の暴動の後、70年代の世界的な経済不況が襲い、サウス・ブロンクス、ニューアーク、デトロイトなどの市街地に「瓦礫の時代」がやってくる
20世紀の首都」と呼ばれ、1910年代からの10年間で規模が2倍になり、アメリカ第4番目の大都市になったデトロイトは、今日都市衰退の代名詞。95年に写真家のカミロ・ホセ・ベルガラは写真集『新しいアメリカのゲットー』を出版、脱都市化、都市の自然回帰の過程を観察した記録だが、デトロイトの摩天楼を「我々の至高の廃墟、アメリカ版のアクロポリス」として「我々の想像力を活発にする強壮剤として、アメリカ国民の記憶の留めるべき場所として、大恐慌以前に建設された高層ビルが立ち並ぶ区画を安定化し廃墟として保存すべき」と提案

2013.8.9.
デトロイト破綻は米国バブル崩壊への序章 ⇒ 「自動車の都」米国デトロイト市の破綻が世界中に波紋を広げている。負債総額は180億ドルで自治体の財政破綻としては米国史上最大。アメリカの「貧富の格差拡大」の象徴
デトロイト市の財政破綻は、自動車最大手のゼネラル・モーターズ(GM)の本社ビルを包むようにして屹立する同市中心部の超高層ビル群を見る限り、想像もつかない。一方、こうした豪華な外観のビル群を取り囲むようにして、崩れかかったビルや住人のいなくなった廃屋の混在する荒涼たる市街地が広がっている。
この強烈なコントラストはいったい何を意味するのだろうか? 謎解きを進めると、米国が直面する危機の本質が見えてくる――
デトロイト市は「自動車の都」から米国全土で進む「貧富の格差拡大」の象徴へと変貌を遂げたように見える。この貧富の差の拡大に、米国経済に潜む病根が凝縮されている。内国歳入省(日本の国税庁に相当)の資料によると、2010年の米国全世帯の個人所得は前の年に比べて2.3%増加したが、所得上位わずか1%の富裕世帯が全世帯の所得増加分のうち、なんと93%を占めた。一方で、全体の80%の世帯は所得の減少に見舞われているのである。
オバマ政権による大規模財政出動と中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)が続ける大規模金融緩和は、史上最悪のバブル醸成につながっていく。この資産バブル膨張の恩恵は、当然のことながら巨額の資産を保有する富裕層に集中する。しかし、このバブル膨張も、そろそろ限界に差し掛かってきた。これが破裂すれば08年のリーマン・ショックをはるかに凌ぐ経済危機がやってくる。
政治の混迷と利益至上主義によって歪められた米国型資本主義は、一部の勝ち組への富の集中と、一般市民の困窮化を加速させた。
デトロイト市も手をこまぬいてきたわけではない。1970年代にはGM本社ビルを中心とするオフィス街を再開発し、過去の栄光の復活を願って「ルネサンス(復興)・センター」と名付けた。しかし、こうした再開発もそこで生活する市民の目線からではなく、企業の立場から進められたため、格差社会が一段と先鋭化していくことになる。
自動車メーカー各社は生産設備の大型化とともに、工場を拡張する必要が生じ、デトロイト市内から郊外に移転。さらにグローバリゼーションの波に乗って海外に進出している。現在、デトロイト市内で働く自動車会社の職員は27千人で、最盛期の10分の1程度にすぎない。同市の失業率は10%を超えている。市当局が自動車産業の変容にともなって、変化していくことを怠ったのが衰退化の最大の要因である。
こうして職を失った市民が困窮化して、治安も悪化。身の危険を感じた中間層が郊外へと脱出していくにつれて、さらに空洞化が進む。当然のことながら市の税収は先細りとなり、治安維持費など歳出の切り詰めに追い込まれ、治安の悪化に拍車がかかるという悪循環に陥っているのである。
こうして貧困状態に放置される市民にはアフリカン・アメリカンと呼ばれる黒人が圧倒的に多く、デトロイト市の全人口のうち86%までを黒人が占めるほどになった。こうした傾向は程度の差こそあれ全米でみられる現象だ。



訳者あとがき
世界のあらゆる都市にはそれぞれの歴史があって、街のそこかしこにその名残が隠されている。そのことを心に留めていれば、街を見るときの眼差しが変わってくる。そして、何かを発見して驚き、その背後にある物語に想いを馳せることの楽しさに、改めて気づかされるのだ。さまざまな時代の世界の都市と、その住民の衣食住にまつわる幅広いトピックを取り上げている本書は、そういう街歩きの一助になるかもしれない




都市の誕生 P・D・スミス著 複雑な多面体としての都市 
日本経済新聞朝刊2013年9月15
フォームの始まり
フォームの終わり
 都市の描き方は無数にある。本書は題名を「都市の誕生」と唱えているけれど、都市成立の地理や歴史や政治・経済の流れを書いたものではない。現実の都市を、古今東西に亘って訪ね歩き、その多様な素顔を目の前に繰り広げてみせるスケッチ集なのだ。第1章が「到着」と名づけられ、ニューヨークに渡ろうとする人びとが不安のなかで行列する、エリス島の移民局の建物描写からはじまっているのは、象徴的だ。
(中島由華訳、河出書房新社・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
(中島由華訳、河出書房新社・2800円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 この本は都市に関する幅広い案内書だ。とはいっても都市は多様だし、その取り上げ方も多面的だ。ダウンタウン、ゲットー、スラム、郊外、さらには大ホテルやデパートが、都市のなかの都市、ある意味で都市とおなじ価値をもつ要素として紹介されてゆく。それらを読み進むうちに、われわれにとって都市とは歴史の対象ではなく、現存する現象であり、都市とはまずもって訪れるべき対象なのだと気づかされる。
 ここには世界中の都市が数多く紹介されているし、アラブの春を経たエジプトの都市や、デトロイトの現状など、まさに今のニュースとして世界を駆け巡っている都市状況も描かれている。
 だから、読者は自分のイメージと経験に即して、この本のなかから都市の本質をつかむことができる。わたくしの世代にとっては、1960年代イギリスの建築家グループ、アーキグラムによって描かれた都市イメージや、リドリー・スコット監督の映画「ブレードランナー」が現れると、奇妙にうれしくなってしまう。わが世代にとって、都市の本質はこれらの作品に封じ込められていると思われるからだ。
 おそらくそれぞれの世代ごとに、読者は本書のなかにリアリティに満ちた都市イメージを見つけることであろう。各世代の抱く多様な都市イメージが、具体的な記述を通じて豊かに内蔵されていることが、この本の魅力である。都市とは、人びとの数だけの多様性をもち、そのいずれのイメージもすべて真実であるといった、複雑な多面体なのである。本書は生き生きとしたスケッチを通じて、そうした都市の真実を封じ込めることに成功している。
(建築史家 鈴木博之)



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