金融リスク管理を変えた10大事件  藤井健司  2013.9.4.

2013.9.4. 金融リスク管理を変えた10大事件

著者 藤井健司 東大経卒。ウォートンMBA81年長銀入行、英国勤務。98年三和銀行入行、三和証券リスク管理部長。06年三菱UFJグループ・リスク総括部バーゼルII推進室長。07年あおぞら銀行専務チーフ・マーケット・リスク・オフィサー、08年みずほ証券リスク統括部長。東京リスクマネジャー懇話会共同代表

発行日           2013.7.25. 第1刷発行
発行所           金融財政事情研究会

金融機関、特に銀行における伝統的なリスク管理は、信用リスク管理と流動性管理が中心
70年代後半になって、金融の国際化と自由化に伴い、資本や資金のグローバル化の動きが加速、市場リスク、カウンターパーティー・リスク、オペレーショナルリスク等々金融リスク管理の実務が発展

1.    ブラックマンデー(1987.10.19.)
金融リスク顕在化の嚆矢
86年頃から巨額のLBOがブームとなり、企業負債は拡大、景気が過熱する中、株価が10月に入って第1週に6%、第2週に12%下落、前週末の欧州の大嵐襲来による巨額の損失で手じまいしようとした売りが引き金となって、19日の市場が2,246.74ドルから一気に508ポイントさげ、比率にして22.6%の下落となったもの ⇒ 翌日の欧州と東京にも波及
暴落の主犯は、プログラム・トレーディングとポートフォリオ・インシュアランス
裁定取引も、投資家向けのリスクヘッジ商品だったポートフォリオ・インシュアランスも、市場が正常に機能することが前提で、市場の大量かつ急な動きの中では、却って株価下落のスパイラル的な悪循環を演出する結果となった
FRBTBの買いオペを行って市場に資金供給を行うとともに、短期金利の低め誘導を実施、金融政策を180度転換することによって危機を回避
88年にNYSEがサーキット・ブレーカー制度を導入、先物価格が急激に動いた場合に、取引を一時停止させることにより、先物主導による市場暴落への歯止めとした
金融機関の自己取引がまだ本格化していなかったために、被害は少なくて済んだ
株式市場だけの暴落に留まったことも幸いした

2.    G30レポートとVaR革命(1993.7.)
80年代後半以降のデリバティブ市場の急拡大に伴い、Group of 30(ワシントンDCに本拠を置く各国中央銀行首脳や主要民間金融機関の関係者からなるシンクタンク、JP モルガンのウェザーストーンが指揮)がデリバティブ取引に係るリスク管理の指針公表
   リスクガバナンス ⇒ 管理ポリシーを取締役会で機関決定すべき
   毎日リスクを洗い直し、独立のリスク管理部門で管理すべき ⇒ Value at Riskによる保有リスクの数値化とストレステストの定期的実施
   デリバティブ取引においても信用リスク管理の徹底
   取引目的や時価評価方法の適正開示
相対取引であり、オフバランス取引故に、市場規模を把握することすら困難
94年 BISのバーゼル銀行監督委員会が、上記提言に沿った「デリバティブ取引に関するリスク管理ガイドライン」公表
96年 88年に国際合意されたBIS規制に、トレーディング勘定の市場リスクを追加

3.    FRBショックとデリバティブ損失(1994.2.4.)
ブラックマンデー以降の金融緩和政策により、短期金利が異例の低水準となった状況を是正するために、FRBFFレートを0.25%引き上げて3.25%とした ⇒ 長期低下トレンドに慣れきった市場関係者に冷水を浴びせる結果になり、年末には5.5%まで上昇
多くの金融機関で債券ポートフォリオに損害が発生するとともに、デリバティブ取引からも巨額の損失が発生
デリバティブを組み込んだ仕組み取引の拡大が、事業会社も巻き込んだ大掛かりなリスク発生とパニック状態を惹起
94年前後にバンカーズ・トラスト銀行が取引先から提訴 ⇒ P&Gと、ギブソン・グリーティングが、BTの不適切な情報提供による損害だとして損失補填請求、商品取引所法の詐欺防止条項違反とされた。公開されたセールス担当者の電話録音では顧客を侮辱する会話に溢れ、顧客に対する不適切な行為が行われたと結論付けた
カリフォルニア州オレンジ郡はデリバティブ取引による巨額損失により財政破綻を申請
販売適合性の問題 ⇒ どのような顧客にどこまでの説明がなされればいいのか
レピュテーショナルリスク ⇒ 企業存続にかかわるリスクの重要性が再認識された
BTのデリバティブ・チームは、クレディ・スイスに移籍して目覚ましい実績を残し、チームのヘッドだったアラン・ウィートはCEOに上り詰める ⇒ 90年代後半デリバティブ専業の子会社が日本で銀行法に抵触、かつ金融検査忌避行為があったとされ業務の一時停止命令が出る

4.    ベアリングズ銀行と不正トレーダー(1995.2.26.)
1762年創業のベアリングズ銀行破綻 ⇒ 「女王陛下の投資銀行」とまで呼ばれてきた名門。シンガポール現法の1トレーダーの権限外の不正トレーディングによる巨額損失が原因。損失を架空口座に隠す一方、損失カバーのために日経平均のボラティリティの縮小に賭けたポジションを取ったところへ、95.1.17.の阪神大震災で日経平均が急落。SIMEXが、架空口座の取引が市場のルール違反との疑いを持って紹介したのが契機となってBISが動き、露見を覚悟したトレーダーが逃走中に勾留。損失は827百万ポンド(1260億円)に上った
オランダのING銀行が1ポンドでベアリングズのすべての資産債務を買収
イギリス当局も、新たに金融サービス庁を設置して、銀行監督権限を中央銀行であるイングランド銀行から移管するとともに、金融機関側でも内部管理体制の強化を急ぐ
95.9. 大和銀行ニューヨーク支店の米国債不正トレーディングによる11億ドルの巨額損失発覚 ⇒ 83年の7万ドルの損失隠しが発端。本人の告白状によって明らかになったが、銀行が当局に報告したのはその1か月後、報告遅滞によって90日以内に米国での全銀行業務停止の処分が下され、住友に譲渡して撤退
96.6. 住商非鉄金属部長がLMEでの銅取引で権限外取引を行い18億ドルの損失を隠蔽 ⇒ 87年前任者から引き継いだ50百万ドルの損失が発端。損失は26億ドルに膨らみ、最終の総費用は3300億円に上った
94.4. キダー・ピーボディ証券でも米国債トレーダーが不正取引により3.5億ドルの損失 ⇒ 内部会計制度の不備をついて、外部決済を伴わない取引総額1.7兆ドルによって、架空利益を計上していた。GEの子会社だったが、本件後ペイン・ウェバーに売却
不正トレーダー問題が金融リスク管理の実務を大きく変えたが、不正は後を絶たない
96年 BIS規制に市場リスク規制を追加し、市場リスクを自己資本比率規制の対象に

5.    ヘッジファンドLTCM破綻(1998.9.23.)
LTCM破綻によるシステミック・リスク回避のため、FRBの要請により、米国で活動する主要金融機関が、36億ドルを共同出資してLTCMを買収、巨大なデリバティブ・ポジションの解消に協力することを決定 ⇒ 最終的には欧米の15行が同意
LTCMは、91年に債券取引の不正で処分を受けたソロモンのメリーウェザーが中心となって94年設立したヘッジファンド。ノーベル賞経済学者のマートンとショールズがパートナーとして参加。アービトラージ取引を中心に驚異的な高リターンを挙げ、出資金も当初の10億ドルから97年末には70億ドルにまで膨れ上がり、「ロケット・ヘッジファンド」と呼ばれる ⇒ 97年のアジア通貨危機で金融市場のボラティリティが高まるとともに市場の流動性が下落、LTCMは下落した運用リターンの挽回のためにレバレッジを高める戦略に出て27億ドルを投資家に返還したが、98年のロシア危機で裏目に。担保有価証券の処分に迫られたところでFRBの救済の手が伸びた。1兆ドルを超えるポジションに対し、破綻時点での自己資本は僅か4億ドルだった
信用スプレッドの縮小か、イールドカーブのフラット化を期待したポジションに偏っていたための悲劇 ⇒ 市場の乱高下が、急速かつ広範囲に及んだのが見込み違い
市場流動性が最大の問題 ⇒ LTCMがデリバティブの中央銀行として機能あらゆるデリバティブ取引のカウンターパーティとなっていたため、LTCMがポジションを閉じようとしても相手になる金融機関が存在しなかった
FRBが積極的な緩和策を実施することで、委縮した金融市場の再活性化に努める
出資に同意した銀行は、ポジション処分の段階で抜け目なく利益を確保
BISのバーゼル銀行監督委員会でも、Highly Leveraged Institutionとの取引に関する実務指針を公表して、銀行のリスク管理の徹底を促す

6.    バーゼルIIとオペレーショナルリスク(200107)
99年 BISによる最低所要自己資本規制への新たな枠組み導入の提案(バーゼルII)
   信用リスクにおける内部格付手法
   オペレーショナルリスク(法的リスクやシステムリスク等)に対する自己資本賦課
   メニュー方式の導入 ⇒ 自らの市場リスクの多寡によって管理方式を選択できる
最終案は04.7.に確定し、07年以降各国で順次導入 ⇒ 日本は07.3.導入

7.    NY同時多発テロとBCP(2001)
業務継続計画Business Continuity Planの見直しと、定期的な実施訓練の施行
災害発生の場合に備えた業務の維持継続が前提

8.    サブプライムローン問題と証券化商品(2007)
07.8.9. パリバ・ショック ⇒ BNPパリバ参加のヘッジファンドが、市場の混乱から適正な価格が評価ができないとして、ファンドを凍結、解約請求に応じないと表明。サブプライムローン関連証券化商品を運用対象としていたところから、関連商品価格が急落、翌年へと続く金融危機の幕開けとなった
07年に入って住宅価格の下落が始まるとデフォルト率が上昇、3月には米国の大手住宅ローン会社が破綻、8月にはパリバ・ショックに加えてドイツの中堅IKB銀行にまで危機が波及、サブプライムローンを原資産とする証券化商品の価格が暴落し始める
07.9.17. イギリスの元住宅金融組合だったノーザンロック銀行が、住宅ローン証券化による資金調達が出来なくなったため資金繰り悪化が噂され、イングランド銀行が緊急融資を決定したにもかかわらず、140年振りという「取り付け騒ぎ」に発展
証券化商品価格の下落が金融機関の決算を直撃、損失の計上が格付引き下げをもたらし、資金調達に支障を来し、過小資本に陥る ⇒ Sovereign Wealth Fundと称する産油国や新興国の国家ファンドの出資を仰いで危機を回避

9.    リーマンショックと金融危機からバーゼルIII(2008年~)
市場の混乱が、セーフティネットの対象ではない投資銀行を圧迫、最初の犠牲者がベア・スターンズ ⇒ 08.3.JPモルガンチェースが買収
08.9.7. ファニーメイやフレディマックの経営内容が悪化、政府の公的管理下へ移行
08.9.15. 次のターゲットが不動産関連の証券化商品での損失が拡大していたリーマン ⇒ FRBの呼びかけで買収交渉が行われたが不調に終わり破産申請、負債総額6130億ドルは米国史上最大
同日、メリルはBOAに買収され、破綻を免れる
09.9.16. 政府とFRBが、Credit Default Swapの保証で行き詰まったAIGの救済を公表、政府がAIGの株式79.9%を取得し、850億ドルの繋ぎ融資を実行
それでも事態は収拾の気配を見せず、投資銀行の大手モルガン・スタンレーやGSにまで危機が波及しかけたが、モルガンには三菱が増資、各国協調による金融機関への公的資金注入が表明され、漸く危機が抑え込まれていった
10.12. バーゼルIII公表 ⇒ 13.1.規制開始、19.1.完全実施を目指す
自己資本比率規制の強化 ⇒ 従来の8%に2.5%のバッファーを上乗せ、G-SIBはさらに2.5%上乗せ
リスク捕捉の強化 ⇒ デリバティブ取引のカウンターパーティ・リスクを勘案した信用評価調整(CVA)と、清算機関を通じた取引に対するリスクアセットの賦課を導入
レバレッジ比率 ⇒ 普通株式や留保利益のティア1資本を分子として、オン・オフバランス合算の総資産エクスポージャーを分母とした比率。3%の妥当性を検証し、18.1.から①の要素として追加
流動性規制の導入 ⇒ 流動性カバレッジ比率(Liquidity Coverage Ratio)と安定調達比率(Net Stable Funding Ratio)がそれぞれ100%以上。18.1.より導入
Global Systemically Important Banks(G-SIB) ⇒ 金融システム上重要な銀行。毎年見直しが行われるが、12年末現在本邦の3メガバンクを含む28の金融グループが該当
Liquidity Coverage Ratio ⇒ 市場での資金調達が不可能となった場合でも当座の資金繰りを乗り切れるよう流動性の高い資産(適格流動資産)の保有を求めるための規制
Net Stable Funding Ratio ⇒ 1年後を見通した流動性の確保を求める
国別規制 ⇒ 逆グローバル化
米国 ⇒ ストレステストの毎年実施の義務付けと銀行本体による自己トレーディング業務の禁止、店頭デリバティブ規制(09年金融規制改革案)
英国 ⇒ 流動性規制の導入により、英国内に一定の適格流動資産の常時保有を義務付け

10. アルゴリズム取引と「フラッシュ・クラッシュ」(2010)
10.5.6. 米国株式市場で、数百の銘柄が僅か10分の間に急落し、その後急回復 ⇒ 「一瞬の市場クラッシュ」と呼ばれる現象で、アルゴリズム取引というプログラム売買を要因として起こったもの。高速取引が一般化した市場に新たなリスク管理の課題を投げかける
アルゴリズム取引 ⇒ 売買の量や頻度によって市場価格にインパクトを与えないよう、取引を小分けにして、コンピューターが自動売買発注を行い、市場にインパクトを与えずに、かつ最短の時間で売買執行を完了させるために開発されたプログラム取引の事
取引所の方も、システムの改良により、より高速での売買注文の突合せが可能となった
アルゴリズムが暴走するリスクへの対応は、リスク管理もアルゴリズム化する必要があり、一定の規模やリスク量を超過した場合には一旦強制的に取引を中止させるというルールを組み込むことが考えられる






日本経済新聞 2013.8.11.付け書評
自己資本比率規制に代表される金融規制は複雑になるばかりだ。本書は銀行のリスク管理強化に影響を与えた出来事を平易に解説する。背景や考え方や時代の要請といったものを理解すれば、厳しいだけに見える規制の受け止め方も変わる。著者の勉強会メンバーのほぼ全員が、1998年に破綻したヘッジファンド「LTCM」を知らなかったという。金融の世界では、ほんの1520年前の出来事は既に歴史なのだ





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