イノベーションのジレンマ  Clayton M. Christensen  2024.1.17.

 2024.1.17.  イノベーションのジレンマ 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき

The Innovation’s Dilemma When New Technologies Cause Great Firms to Fail

(Harvard Business School Press)             1997/2000

 

著者 Clayton M. Christensen 19522020アメリカ合衆国実業家経営学者。初の著作である『イノベーションのジレンマ』によって破壊的イノベーションの理論を確立させたことで有名になり、企業におけるイノベーションの研究における第一人者である。また、イノベーションに特化した経営コンサルティング会社であるイノサイトを共同で設立し、ハーバード・ビジネス・スクール (HBS) 教授も務めた。

経歴[編集]

クリステンセンは195246日にアメリカ合衆国ユタ州ソルトレイクシティ8人兄弟の第二子として生まれた。ブリガムヤング大学経済学部首席で卒業後、オックスフォード大学経済学修士ハーバード・ビジネス・スクール経営管理学修士経営学博士 を取得した。学生時代は203cmある身長を生かし、バスケットボールチームに入っていた。

ボストン・コンサルティング・グループではコンサルタントおよびプロジェクトリーダーとして1979年から1984年を過ごし、製造業向けのコンサルティングサービスに貢献した。 その間、ホワイトハウス・フェローとしてエリザベス・ドール運輸長官を2年間補佐した。 その後、1984年にはMITの教授数名と共同で Ceramics Process Systems Corporationを設立し、会長兼社長を務めた。

1992年からハーバード・ビジネス・スクールの教員となり “Building and Sustaining a Successful Enterprise” というコースを担当している。この間、わずか2年で博士課程を取得し、その博士論文は、最優秀学位論文賞、ウィリアム・アバナシー賞、ニューコメン特別賞、マッキンゼー賞のすべてを受賞した。

本書は、その研究の集大成として発表され、経営書としては異例の20万部を超える大ベストセラーとなった。

2000年にはイノサイトも設立する。さらに、2005年には関連会社 Innosight Venturesを立ち上げ、シンガポールにおけるベンチャーキャピタルも手掛ける。ここでの経験を生かし、Rose Park Advisorsという投資会社も2007年に設立した。 イノベーションと企業の成長に関する研究が評価され、最も影響力のある経営思想家トップ50を隔年で選出する THINKERS50 のトップに3回連続で選ばれた。

20201月にクリステンセンは患っていたがんの合併症でなくなった。日本国内でもイノベーションと経済成長の思想家としてだけでなく、氏の人生哲学を惜しむ声が多く、ビジネス書とは一線を画す『イノベーション・オブ・ライフ』を名著として挙げる著名人も多い。

 

訳者 伊豆原弓 翻訳家。1966年生まれ

 

監修 玉田俊平太 東大博士(学術)1995年よりハーバード大へ留学、。ビジネススクールでマイケル・ポーター教授のゼミに所属。競争力と戦略の関係について研究するとともにクリステンセン教授からイノベーションのマネジメントについて指導を受ける。筑波大講師、経済産業研究所フェローを経て、05年より関学ビジネススクール助教授。専門は技術経営、科学技術政策

 

発行日           2001.7.3. 初版第1刷発行             2011.1.10. 初版第32刷発行

発行所          翔泳社

 

 

24-01 ウーバー戦記』第8章参照

 

 

表紙袖裏

「偉大な企業はすべてを正しく行うが故に失敗する」

業界トップ企業が、顧客の意見に耳を傾け、新技術に投資しても、なお技術や市場構造の破壊的変化に直面した際、市場のリーダーシップを失ってしまう現象に対し、初めて明確な解を与えたのが本書

著者、クリステンセン教授が掲げた「破壊的イノベーションの法則」は、その俄かに信じ難い内容にも拘らず、動かし難いほどに明晰な事例分析により、米国ビジネスマンの間に一大ムーブメントを引き起こし、教授は現在、マイケル・ポーターと並ぶ、ハーバードビジネススクールの看板教授となりつつある

この改訂版では、時代の変化に基づく情報更新と破壊的イノベーションに対応するための組織づくりについて、新章が追加されている

 

序章

本書で取り上げるのは、業界をリードしていた企業が、ある種の市場や技術の変化に直面した時、図らずもその地位を守ることに失敗する話であり、優良企業の話であって、どんな業界にも起こりうる話

シアーズ・ローバックは小売業のイノベーションの先駆者だったが、ディスカウント・ストアとホーム・センターの台頭に完全に乗り遅れたばかりか、現在のカタログ販売のブームの最中にカタログ事業から撤退し、小売り事業の存続自体さえ危ぶまれている

コンピュータ業界ではさらい烈しいリーダー企業の崩壊がある。メインフレームの巨人IBMはミニコンの出現によって、DECはパソコン市場の出現によって沈み、エンジニアリング・ワークステーション市場を築いたのはすべて業界の新規参入組

ゼロックスや、鉄鋼市場のミニミルなどなど失敗企業は枚挙にいとまがない

すべてに共通するのは、失敗に繋がる決定を下した時点では、そのリーダーは世界有数の優良企業と広く認められていたということ

本書は、このパラドックスを説明するために、失敗した企業でも十分に健全な経営がなされていたが、成功している間の意思決定の方法に、のちのち失敗を招く何らかの要因があると考えた。優れた経営こそが、業界リーダーの座を失った最大の理由

現在広く認められている優良経営の原則の多くが、特定の状況にしか適していない恐れ

「破壊的(disruptive)イノベーションの法則」――世の中の仕組みを理解し、順応するようにイノベーションへの努力をマネジメントすることには大きな価値がある

l  ジレンマ

1部では、優れた経営者による健全な決定が、大手企業を失敗へと導く理由を解き明かす枠組みを考える――イノベーターのジレンマの構図を明らかにする

2部では、この経営上のジレンマの解決法を説明する

l  すぐれた経営が失敗に繋がる理由

失敗の理論は、3つの発見に基づいて構築

     「持続的」技術と「破壊的」技術の間には、戦略的に重要な違いがある――製品の性能を高めるのが「持続的技術」だが、製品の性能を引き下げる効果を持つイノベーションが大手企業を失敗に導いている、それを「破壊的技術」と呼ぶ

破壊的技術は、従来とは全く異なる価値基準を市場にもたらす。少数の、あるいは新しい顧客に評価され、通常は低価格、シンプル、小型で使い勝手が良い場合が多い

     技術の進歩のペースは、市場の需要の変化を上回る可能性がある――技術革新のペースが、顧客が必要とする以上のものを提供してしまう

     成功している企業の顧客構造と財務構造は、ある種の新規参入企業と比較して、その企業がどのような投資を魅力的と考えるかに重大な影響を与える――最高の顧客の意見にだけ耳を傾けていると、破壊的技術に目がいかない

l  失敗の理論の検証

本書では、破壊的技術の問題を定義し、仮説の「内面的」有効性と「外面的」有効性を立証するよう注意しながら、破壊的技術にどのように対処すればよいかを説明する

ディスク・ドライブ業界について、失敗の理論の内面的有効性を立証するとともに、この理論をもとに有益な洞察が得られそうな諸々の状況について考え、外面的有効性を検証

l  破壊的イノベーションの法則との調和

510章では、一般的な優良経営の要素の中にないものの、実は、破壊的技術にうまく対応する現実的な方法があることを、5つの原則として示す

原則 1   企業は顧客と投資家に資源を依存している――破壊的技術の特徴である低利益率と低収益性を達成するためのコスト構造をもった独立組織を設立することが唯一の有効な手段。要するに、お金を出してくれる人に企業の戦略は影響される

原則 2   小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない――まだ可能性も小さく、成長過程にある市場を大企業は軽視する。10億円の市場は中小企業にとっては魅力的に映るかもしれませんが、大企業にとってみれば追求するような市場ではない

原則 3   存在しない市場は分析できない――確実な市場調査と綿密な計画のあとで計画通りに実行することが優れた経営の王道で、持続的イノベーションにおいては価値があるが、未来の市場について、市場調査と事業計画は役に立たない

原則 4   組織の能力は無能力の決定的要因になる――大きな組織ほど既存ビジネスに対して最適化されているが、プロセスや価値基準には柔軟性がなく、新市場では無能

原則 5   技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない――製品の性能を高めたり、新しい技術開発ができるからといって、顧客がそれを求めるとは限らない。過剰品質や過剰性能だと顧客が感じれば、破壊的イノベーションを受け入れるかもしれない

l  破壊的技術の脅威と機会を正しく理解するために

電気自動車を例にとり、破壊的イノベーションをマネジメントする問題について、様々な状況で役に立つと考えられる方法論や思考方法を提案する

l  新しい破壊的イノベーションはどこで起きるか

インターネットが、多くの業界に破壊をもたらすインフラ技術となっている

ハロゲン化銀写真フィルム → デジタル写真

固定電話 → 携帯電話

ノート・パソコン → 携帯デジタル端末

電力会社 → 分散発電

 

第1部     優良企業が失敗する理由

第1章     なぜ優良企業が失敗するのか――ハードディスク業界に見るその理由

産業界の歴史のなかで、技術、市場構造、全体規模、垂直統合がこれほど広範囲にわたって急速に進化し続けてきた業界は、ディスク・ドライブ業界をおいて他にない

優良企業が成功するのは、顧客の声に鋭敏に耳を傾け、顧客の次世代の要望に応えるよう積極的に技術、製品、生産設備に投資するためだが、その同じ理由で失敗している

l  ハードディスクの仕組み

l  初期のディスク・ドライブの誕生

 

195256年、IBMが最初のディスク・ドライブを開発。大型冷蔵庫のサイズで5MBの容量。やがて互換品の市場が開拓され、低価格の製品が登場。OEM市場も急成長。多くの企業が参入し、大半が淘汰される

l  技術革新の影響

仮借なき技術革新の波に対応する動きにもかかわらず、大手企業の失敗の根底にあるのは、技術革新の速さや難しさではないことが判明

技術革新には2通り――1つは記憶容量と記録密度によって測られる性能の向上を持続する技術で、もう1つは性能の軌跡を破壊し、塗り替えるもの。大手は後者によって失敗

l  持続的イノベーション

持続的イノベーションが起きるときには、実績ある企業が率先して開発と商品化をリード

l  破壊的イノベーションのなかでの失敗

デスクトップ・パソコン市場では、ディスクの小型、軽量化が進んだが、8インチを開発した新企業は新しい市場を開発したミニコン向けに販売

1.8インチまで小型化が進むが、何れも新規参入企業によって新市場が開拓されていったが、主力企業はいずれも新規市場参入の戦略的決定が遅れたために、開発に遅れを取る

1.8インチ・ドライブの初期の最大市場は、携帯用心臓モニター装置

l  結び

ハードディスク・ドライブ業界のイノベーションの歴史に見られるパターン

     破壊的イノベーションは、技術的には簡単なもの

     業界の先端技術開発は、確立された性能向上の軌跡を持続することが目的

     実績ある企業は、持続的イノベーションをリードする技術力はあったが、破壊的イノベーションを担ったのはいつも新規参入企業

実績ある企業が対処できなかったのは、下位市場への展望と柔軟性に対するアプローチ

 

第2章     バリュー・ネットワークとイノベーションへの刺激

「バリュー・ネットワーク」概念に基づく第3の理論によって優良企業が失敗する理由を解き明かす

l  組織とマネジメントに見る失敗の理由

製品開発組織は部品ごとに分かれているため、企業の組織構造は、部品レベルのイノベーションを促すことが多く、製品の基本的なアーキテクチャーを変更する必要がなければ、このようなシステムは効果的

l  能力と抜本的な技術に見る失敗の理由

実績ある企業は既存の技術を改良する能力には長けているが、抜本的な新技術の探究は新規参入企業の方が向いている

l  バリュー・ネットワークと失敗の原因に関する新しい見方

各企業の競争戦略、とりわけ過去の市場の選択によって、新技術の経済的価値をどう認識するかが決まる。実績ある企業は、持続的イノベーションに利益を期待して資源を投下し、破壊的イノベーションには投下しないため、破壊的イノベーションでは敗者となる

バリュー・ネットワークの境界は、製品の性能を表す様々なデータの重要性を順位づけることにより定義されるため、製品によって個々の構成要素の価値は異なり、企業は、あるバリュー・ネットワークのなかで経験を積むと、そのネットワークに際立ってみられる需要に合わせて能力、組織構造、企業文化を形成することが多い

バリュー・ネットワークは、コスト構造によっても異なり、先行企業は、研究開発費や市場維持のための膨大なコストを負担するため、高い利益率を必要とするが、新規企業は部品技術の研究にも市場維持にも費用をかけないため、低い利益率でも構わない

l  技術のSカーブとバリュー・ネットワーク

Sカーブは、一定期間、または一定量の技術努力によって得られる性能向上の幅が、技術が成熟するに従って変化することを示す――技術が普及するに従い技術の向上は加速するが、成熟段階に達すると徐々に物理的限界に近づき、それ以上の性能の向上には従前以上のコストがかかるため、Sカーブの変曲点を見極め、新たな後継技術を開発することになるが、破壊的技術は全く別の独自のバリュー・ネットワークの中でSカーブを描いているので、既存のバリュー・ネットワークのなかで求められるレベルと品質を満たすまで性能が上がると、そのネットワークを侵食し始め恐るべきスピードで既存の技術と企業を駆逐

l  経営上の意思決定と破壊的イノベーション

ステップ1.     破壊的技術は、先ず既存企業で開発される――実績ある企業が開発した技術を、新規参入者は市販部品として安価に入手し商品化するケースが多い

ステップ2.     マーケティング担当者が主要顧客に意見を求める――既存製品の主要顧客の意見を求めるため、新市場への期待の声が聞こえない

ステップ3.     実績ある企業が持続的技術の開発速度を上げる――大規模市場の顧客ニーズに応える持続的技術屁の投資の方が遥かにリスクが小さい

ステップ4.     新会社が設立され、試行錯誤の末、破壊的技術の市場が形成される――破壊的製品のアーキテクチャー開発の新会社には、多く実績ある企業内で不満を募らせていた技術者が加わり、新しい顧客を捜すが、そこでは試行錯誤が繰り返される

ステップ5.     新規参入企業が上位市場へ移行する――新会社は、新しい市場に事業基盤を見出すと、部品技術を持続的に改善することによって、新しい市場の需要より速いペースで性能を向上させ、それがさらに需要を引き上げる

ステップ6.     実績ある企業が顧客基盤を守るために遅まきながら時流に乗る――すでに新規企業が、製造・設計コストの面で圧倒的な優位を築き、粗利益率が低くても収益を上げるコスト構造を持っているため、実績ある企業は熾烈な価格競争に勝てない

l  フラッシュ・メモリーとバリュー・ネットワーク

(1993年に東芝の舛岡富士雄が開発した)フラッシュ・メモリーは、ディスクに代わってメモリー・チップにデータを記憶させる破壊的技術で、携帯やモデムなどコンピュータとは全く別のバリュー・ネットワークに使われているが、市場の浸食についてはこれから

l  バリュー・ネットワークの理論がイノベーションに対して持つ意味――5つの見解

     バリュー・ネットワークは、イノベーションを妨げる技術的、組織的障碍を克服するために必要な資源や能力を集約する能力に影響を与える

     イノベーションへの努力が商業的に成功するかどうかを決定する重要な要因は、バリュー・ネットワーク内の関係者のニーズにどこまで対応するかで、ネットワーク内のニーズに応えるあらゆる種類のイノベーションを率先して進める傾向にある

     実績ある企業が、顧客ニーズに応えない技術を無視しようと決めたことは、当該技術が市場価値を持ち始めたときに致命的な結果を招く

     破壊的技術は、確立されたネットワークのなかで価値を持たないため、新規参入企業の方が攻撃者としての優位性がある

     攻撃者の優位性の本質は、新しいバリュー・ネットワークを攻撃し、開発するための戦略を見極め、立案しやすいことにある。技術より、戦略とコスト構造の革新が鍵

 

第3章     掘削機業界における破壊的イノベーション

掘削機とその前身の蒸気ショベルは、掘削工事業者にとって莫大な資本財だが、ディスク・ドライブ業界と共通点がある。油圧式という破壊的技術によって、機械式ショベルのメーカーが追い落とされた。市場制覇までは20年かかったが、確固とした動きだった

l  持続的イノベーションのリーダーシップ

1837年蒸気ショベル発明。1920年頃からガソリン・エンジンへと変わったが、業界主力企業が開発したもので、既存25社中23社が生き残る持続的イノベーションであり、さらにその延長線上でディーゼル・エンジンと電気モーターが開発された

l  破壊的な油圧技術の影響

47年にバケットを伸ばしたり持ち上げたりするための新しい機構として、油圧駆動システムが誕生。70年代までに30社中油圧式に移行したのは4社で、あとは新規参入のみ

小規模な住宅工事業者が狭い溝を掘るため、容量が少なく作業半径が小さい油圧式掘削機が開発されたが、第2次大戦後の住宅ブームの到来で大きな人気を呼ぶ

l  実績ある掘削機メーカーによる油圧式への対応

既存大手のビュサイラス・エリーは新技術の台頭に気付いて、1950年油圧式メーカーを買収したが、有力な主流の顧客が関心を示さず。新技術を自らの既存のバリュー・ネットワークに採用しようとしたため、顧客ニーズに合わなかった

1966年、破壊的な油圧技術が下水・配管工事市場の顧客ニーズと交差。確立された技術を持つ大手企業は、破壊的技術が主流市場の真ん中に切り込んでくるまでは、堅実な業績を維持する典型例

l  ケーブルと油圧の選択

両方の技術が主流市場の需要を満たせるようになると、工事業者は油圧式の方が故障が少なく、安全性にも優れていることに気付き、下水・配管工事では急速に油圧式の採用が進み、一般掘削工事業者がこれに続く

l  油圧式の普及の影響と意味

顧客の次世代の需要から目をそらせば、既存の事業は危機に追いやられる

破壊的技術に投資するより既存の技術をさらに引き上げる方が既存の競争相手からシェアを奪うためにはより有効だったわけで、経営陣の怠慢や傲慢のせいで失敗したのではない

一層の努力や鋭敏であること、積極的に投資すること、顧客の意見に耳を傾けることは、新しい持続的技術によって生じる問題を解決するためには有効だが、これらの安定経営のパラダイムは、破壊的技術を扱うには役に立たないどころか、逆効果であることが多い

 

第4章     登れるが、降りられない

バリュー・ネットワークに属する企業は、上位(ハイエンド)のネットワークへ移動できる可能性はあるが、破壊的技術によって実現した下位市場(ローエンド)への移動は、バリュー・ネットワークの強大な力によって制限される

l  ディスク・ドライブ業界の上位市場への大移動

シーゲート社は、デスクトップ・パソコンのバリュー・ネットワークを生み出し、支配するまでに成長したが、198789年ごろに破壊的な3.5インチ・ドライブが下からデスクトップ市場を侵食するようになると、1993年にはファイル・サーバーやエンジニアリング・ワークステーションなどの中型機市場(上位市場)へとシフト

破壊的技術が、実績ある企業にとって危険であり、新規参入企業にとって魅力的なのは、上位への移動性があるため

l  バリュー・ネットワークと一般的なコスト構造

企業の資金配分プロセスでは、利益率が高く、市場規模が大きい新製品案に資源を割り当てる傾向がある。上位市場に移行するのはそのプロセスの結果

主流市場にしがみついたままでは、コストを削減して収益性を高めることは難しく、粗利益率が高い高性能製品市場へ移動する方が簡単に収益を増やすことができる。この目標達成のためには、下の市場へ移行するなど論外

l  資源配分と上位への移行

我が身と会社の利益を考えるマネージャーは、確実に市場の需要があるプロジェクトを支援する傾向にあるし、逆に有能な人材に、意味がないと思われる仕事を情熱を持って取り組ませ続けるのはマネージャーにとってかなり困難なこと

l  1.8インチ・ディスク・ドライブの場合

1.8インチが出始めたこと、大手もいち早く開発したが、市場が見つけられなかった。市場は存在したが、まだ小規模で、そこでの販売拡大に資源を投じるより、既存の大きな市場での競争に資源を投じて鎬を削る必要があった。自分たちが属するバリュー・ネットワークの財務構造や組織の文化にも束縛されていて、その束縛が次の破壊的技術の波に投資する根拠を見えなくしている

l  バリュー・ネットワークと市場の可視性

顧客が上の市場に移行すると、上位市場へ移る力に一層弾みがつく

上位市場の魅力的な利益率、顧客の上位市場移行、下位市場の利益率アップのためのコスト削減は困難、という3つの要因が絡み、下位への移動には強力な障壁となる

上記両者の移動パターンが持つ戦略的意味は、下位のバリュー・ネットワークに空白が生まれ、競争に強い技術とコスト構造を備えた新規参入企業が引き寄せられる

l  総合鉄鋼メーカーの上位市場への移行

ミニミル(電気炉)による製鉄事業が商業的に成り立つようになったのは60年代半ば。以後95年には北米のシェアは40%に達する一方、世界の大手鉄鋼メーカーでミニミルの技術を採用して製鉄所を建設した企業は1社もない

この10年、総合製鉄所の経営陣は、製鉄所の効率を高めるために積極的な措置をとってきたが、何れも従来の方法で鉄鋼生産するための措置であり、効率化だった

ミニミルの鉄鋼生産は、破壊的技術である。金属組成や純度がまちまちの鉄くずを原材料とするため、製品特性は市場の最下層に位置した鉄筋分野だけ、総合鉄鋼メーカーは鉄筋事業から手が引けて歓迎さえしていた。ミニミルは、極端に低いコスト構造を武器に、鉄筋の次にはすぐ上位の製品市場を狙い徐々に市場を侵食。一方で、総合鉄鋼メーカーの利益も、利益率の低い製品を切り捨てたことにより大幅に増加し、企業価値も急上昇

l  ミニミルによる鋼板の薄スラブ連続鋳造

1987年、「薄スラブ連鋳」技術が開発され、総合製鉄所が開発した圧延方式より20%も安価に鋼板生産が可能となり、ミニミルでも必要量の溶融鉄鋼を供給できるし、鋼板工場への投資も可能。大手も新技術導入を検討したが、採用に踏み切ったのはミニミル1社だけ

新技術では破壊的技術だが、缶や自動車、電機メーカーなどが求める滑らかな傷のない表面に仕上げることができなかったため、市場は表面の傷より価格に敏感な建設用の敷板や配管、プレハブ建築などに使う波型鋼だけだった

1989年、世界初の「薄スラブ連鋳」機に火が入り、96年には北米市場の7%のシェアを獲得したが、総合鉄鋼メーカーは収益性の最も低い製品故に気にかけなかった。これもイノベーターのジレンマそのもの

 

第2部     破壊的イノベーションへの対応

3つの異なる業界で、多くの優良企業が躓き失敗した理由は、破壊的技術に遭遇したときにだけ経営判断を誤っており、その背景には何らかの理由があるはず――その理由とは、優秀な経営陣そのものが根本原因であること。実績ある企業の成功のカギとなる意思決定プロセスと資源配分プロセスこそが、破壊的技術を拒絶するプロセスである

成功した経営者は、組織の性質に関する5つの基本原則を常に意識し、利用してきた

原則 1   資源の依存――優良企業の資源配分パターンは、実質的に、顧客が支配(主要顧客の意向に沿うために企業は投資する)

原則 2   小規模の市場は、大企業の成長需要を解決しない

原則 3   破壊的技術の最終的な用途は事前には分からない。失敗は成功への一歩

原則 4   組織の能力は、組織内で働く人材の能力とは関係ない。組織の能力はそのプロセスと価値基準にあり、現在の事業モデルの核となる能力を生み出すプロセスと価値基準が、実は破壊的技術に直面したときに、無能力の決定的要因になる

原則 5   技術の供給は市場の需要と一致しないことがある。確立された市場では魅力のない破壊的技術の特徴が、新しい市場では大きな価値を生むことがある

成功した経営者は、これらの原則をどのように自分たちの優位に役立てたのか

原則 1   破壊的イノベーションを「適切な」顧客に結び付けた

原則 2   破壊的技術の開発プロジェクトを、小さな組織に任せた

原則 3   市場は試行錯誤の繰り返しの中で形成されると知っていて、失敗を早い段階でわずかな犠牲で留めるよう計画に織り込む

原則 4   破壊的技術に取り組むために、主流の資源の一分は利用するが、主流組織のプロセスや価値基準は利用しないように注意

原則 5   破壊的技術を商品化する際は、主流市場の持続的技術として売り出すのではなく、破壊的製品の特長が評価される新しい市場を見つけるか開拓した

破壊的技術は業界の力学を変化させることがあるが、そのような技術が現れたときに企業の成否を分ける要因は、どの業界でも同じ

 

第5章     破壊的技術はそれを求める顧客を持つ組織に任せる

「企業に何が出来て何ができないかを決定するのは、経営者ではなく、企業の顧客だ」という見解は、「資源依存」という理論を裏付け、企業の行動の自由は、企業存続のために必要な資源を提供する社外の存在のニーズを満たす範囲に限定される。顧客のニーズを満たした場合のみ組織は存続するとし、経営者の真の役割は象徴的な存在だとする

破壊的技術が出現した時、経営者はどうすべきか――1つの方法は、破壊的技術を追求すべきであり、長期戦略上重要だと社内に伝える。もう1つは、独立した組織を作り、その技術を必要とする新しい顧客のなかで活動させる。後者の方が遥かに成功率が高い

l  イノベーションの資源配分

企業の投資を顧客が支配するメカニズムは、資源配分プロセスにある。資源配分とイノベーションは表裏一体なので、イノベーションのパターンは資源配分のプロセスを反映

l  破壊的ディスク・ドライブ技術における成功

顧客支配のシステムの打破に成功した3事例――2つまでが独立組織を設立

8インチ・ドライブの大手メーカーのカンタム社はミニコン市場を顧客としていたが、パソコン用5.25インチが現れた際、社員が独立するのを支援、80%持分を保持

14インチ・ドライブの最大手だったコントロール・データ社も、8インチの出現では出遅れたが、5.25インチの時は、その事業部門を別の地に移し、会社の主流顧客から遠ざけたことで収益を生み出すように成長し、後には20%のシェアを獲得

マイクロポリス社は、経営者が市場の需要と技術の供給の軌跡に直感的に気付き、新しい5.25インチプログラムに十分な資源を確保するために自分の時間とエネルギーを目いっぱいつぎ込んで、何とか新しい顧客に入り込むことができた

l  破壊的技術と資源依存の理論

カンタム社やコントロール・データ社の例は、資源依存論では説明できない

l  DECIBMとパソコン

コンピュータ業界とディスク・ドライブ業界は似た歴史を辿る――コンピュータ業界大手のIBMはメインフレームを販売し、彼らの顧客はミニコンを必要としていなかったため、DECなどの新規参入組がミニコン市場を開拓・支配するに任せていた。同様に、ミニコンのメーカーにとって、デスクトップ・パソコンは破壊的技術だったが、アップルなど別の新規参入組に任せ、1社もパソコン市場には参入せず。パソコンの技術の軌跡が、ミニコン購買層の性能需要と交わるようになると、たちまちミニコンメーカーは倒産に追い込まれる。ポータブル・パソコンが現れた時も同様に東芝のような新規参入組が市場を席捲

なかでもDECほど短期間に天から地へと落ちた例は珍しい――8395年まで4回にわたりパソコンを発売したが、いずれも主流企業のなかで進出を図ったため、新しい需要が見つけられずに、パソコン事業から撤退

IBMがミニコンでは後れを取りながらパソコンで復活できたのは、フロリダに開発部隊を移し、自由な発想で、独自の販売チャンネルで販売する競争上のニーズに適したコスト構造を自由に形成できる自律的な組織を新設したからで、その後パソコン部門と主流組織の緊密な連携を図ると決定すると、1つの企業内で2つのコスト構造や2つの収益モデルを平穏に共存させることは難しくなり、市場シェアを維持できなくなる

適切なバリュー・ネットワークに組み込まれた別々の組織で、別々の顧客を追求しなければ、市場での地位は守れない

l  クレスギとウールワースとディスカウント販売

小売業界も破壊的技術に大きな影響を受ける――ディスカウント・ストアの参入

コスト構造がまるで違う

最初のディスカウント・ストアは50年代半ばにニューヨークに出現したコーベッツ

全国的ブランドの標準的な耐久消費財を、デパートの価格の2040%引きで販売。宣伝費や知識豊富な販売員も不要、デパートにとっては魅力の薄いブルーカラーを対象に、在庫回転率を高めることで収益率を上げる。そのコスト構造を利用して上位市場に移行し、デパートなど伝統的な小売業者のシェアを奪っていく

クレスギやデイトン・ハドソンは、破壊的アプローチに気付いて、それぞれKマートとターゲット・チェーンでディスカウント販売専門の組織を新設して成功したが、ウールワースは組織内にウールコ事業を立ち上げようとして失敗――ウールワースとクレスギはバラエティ・ストア・チェーンの1位と2位で、1962年ほぼ同時にディスカウント販売に参入したが、10年後には完全な業態転換に成功したクレスギとウールコは大差がつく

l  自殺による生き残り: ヒューレット・パッカードのレーザージェット・プリンターとインクジェット・プリンター

ドット・マトリックス印刷というレーザージェット技術を用いたプリンター製造大手のHPは、パソコン用プリンターの新しい方法としてデジタル信号を紙の上のイメージに変換するインクジェット技術が現れた時、別の地に完全に独立した組織を新設し、既存の事業部門と競争させた。インクジェットは、破壊的技術で、レーザーより遅く、解像度は低く、1ページ当たりのコストも高かったが、プリンター本体は小型で低価格。だが、低価格のため、1台当たりの粗利益率は低い

レーザージェット部門は、急速に上位市場へと移行する一方、それほど専門性を必要としないパソコン・ユーザーの多くはインクジェットで十分であり、多くのユーザーを獲得している。HPがインクジェット事業を別組織として新設していなければ、インクジェット技術は主流のレーザー事業のなかで衰退し、キャノンなどのインクジェット・プリンター・メーカーがHPのプリンター事業にとって深刻な脅威になっていただろう。HPはまた、レーザー事業に留まることによって、上位市場へ逃れながら莫大な利益を得ている

 

第6章     組織の規模を市場の規模に合わせる

破壊的技術に直面した経営者は、技術開発プロジェクトを、対象とする市場に見合った規模の組織に組み込んで、誰よりも早く商品化する必要がある――その根拠は今回の研究で発見した2つの事実にある。破壊的技術に対応するには、持続的技術に対応する時以上にリーダーシップが重要なことと、小規模な新しい市場では、大企業における短期的な成長と利益ニーズを満たせないこと

破壊的技術の商品化を目的とするプロジェクトを、小規模な市場にも十分関心をもてるほど小規模な組織に組み込み、、主流企業が成長しても、このような慣行を繰り返すこと

l  先駆者は本当に背中に矢を射られているのか

イノベーションをマネジメントする上で重要な戦略は、先頭に立つか追随者で行くかの決定。「先駆者は、背中に矢を射られているから一目でわかる」という格言があるが、持続的技術について、率先して開発し採用した企業が、後続より競争上明らかに優位に立ったという事実は見られない一方で、破壊的技術のリーダーシップが極めて重要であることを明確に示す事実はある――ディスク・ドライブ業界では2年以内に新しいバリュー・ネットワークに参入した企業は、それ以降の企業と比較して成功する確率が6倍にのぼる

l  企業の規模と破壊的技術のリーダーシップ

実績ある企業のもう1つの障碍は、新しい市場に早い段階で参入することが重要な時に、参入の根拠を集めることが難しくなること

経営者にとって重要な指標の1つは株価であり、株価は予想増益率に基づくが、企業規模が大きくなるほど、高い増益率を維持するのは難しい。一方で、破壊的技術は新しい市場の誕生を促すが、大企業にとってはほとんど魅力がないうちに参入することが極めて重要

l  事例研究――新しい市場の成長率を押し上げようとするケース

アップルは1976年にアップルIを発売して失敗、その教訓をベースに翌年アップルII を発売して成功し、株式公開を果たすが、90年代初めに携帯情報端末PDAの市場が出現すると、いち早く全社を挙げて取り組み、ニュートンを市場に送り出したが、最初の2年で14万台売ったものの、全社売り上げの1%にしかならず大失敗に終わる。最終的な製品と市場を想定するプロセスを蔑ろにしたこともあるが、もともと小規模な市場では、大企業の短期的な成長需要を満たすことはできなかった

l  事例研究――市場がうまみのある規模に拡大するまで待つケース

IBM1981年に満を持してデスクトップ・パソコン事業に参入したのはこの成功例だが、ミニコン市場向けの8インチ・ドライブ市場のリーダーだったプライアム社は、シーゲート社などがパソコン向け5.25インチ・ドライブを開発して、急速に市場を伸ばしたのを見て、遅れて5.25インチに参入したが、追い付くことは出来ずに倒産

そのシーゲート社も、3.5インチの開発では、他社が先行して充分うまみのある市場になってから製品を投入したが、自社の市場を食うばかりで新市場への売り込みは失敗

l  事例研究――小規模な組織に小さなチャンスを与えたケース

経営者がプロジェクトの成功する確率を高めるには、参加者全員が、組織の将来の成長と利益のために重要だと考える環境でプロジェクトを進めるようにすればいい。そのためには、大企業のなかでその環境を作るより、初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機付けになるほど小規模な組織にプロジェクトを任せる方法を選ぶべき

自ら独立した小さな組織を作るか、破壊的技術に取り組む小規模な企業を買収する

ジョンソン&ジョンソンは、内視鏡手術装置や使い捨てコンタクトレンズなどの破壊的技術に対応し、その目的のためだけに取得したごく小規模の企業を使って大成功している

l  まとめ

持続的技術に関しては、新しい技術は遅れて採用する方が力強い競争力を維持できる場合があるが、破壊的技術では、新しい市場への早期参入は莫大な利益と、急成長など先駆者ならではの優位が得られる

破壊的技術によって初めて誕生する市場はすべて小規模に始まり、市場を開拓する企業は小規模でも利益を得られるコスト構造を構築する必要がある。従って破壊的イノベーションを商品化するプロジェクトは、企業の主流事業から外れたものとしてではなく、成長と成功への重要な過程としてプロジェクトを捉えることの出来る小規模な組織に任せるべき

 

第7章     新しい成長市場を見出す

破壊的技術に直面したときにマネージャーが打ち出す戦略と計画は、未知の市場を学習し、発見するための計画であるべき。既知の市場を前提とした持続的技術のイノベーションと破壊的技術はまったく異なる

l  持続的技術と破壊的技術の市場予測

ディスク・ドライブ業界には、早くから異例の量の市場情報があった

l  HP1.3インチ・キティホーク・ドライブの市場の見極め

HPにとって初めての破壊的技術への参入が1.3インチ・ドライブで、誕生し始めたハンドヘルドのPDA用に開発されたが、予測された市場は伸びず、売れたのは電子カメラなど当初想定外の市場であり、新たに需要として誕生しつつあった家庭用ゲーム機には、高機能ゆえの高価格で、低価格製品への要望に対応できないまま、3年で市場から撤退

l  ホンダの北米オートバイ業界への進出

オートバイ市場で難攻不落の低コスト大量生産メーカーの地位を築いたホンダは、その基礎を利用して上位市場に移行し、既存メーカーを駆逐したが、1959年北米の市場調査を始めた時、ホンダの得意とするスーパーカブの市場は北米には存在せず、既存の大型のツーリング用ではホンダの技術は通用しなかった

オフロード・バイクとして注目されるようになるも、今度はディーラー網がなかったが、UCLAの学生の機転で宣伝が効果を出し始め、北米市場での破壊的技術として拡散

その後、信頼性の高いオートバイの低コスト生産をベースに、上位市場に目を向け、7088年にかけて高出力のエンジンを載せた製品を発売

既存の大手ハーレー社は、すぐにホンダに対抗して小型エンジン・メーカーを買収して小型バイク市場に参入しようとしたが、ディーラーの反対にあって挫折

ホンダは、北米の潜在市場の中身も需要も予測できなかったにもかかわらず、予想外の用途から生まれた需要に応じることで大成功を収めた

l  インテルによるマイクロプロセッサー市場の発見

インテル社の創業メンバーは、メタル・オン・シリコンMOS技術の先駆的開発を基に1969年会社設立、世界初のDRAMを生産するが、7886年にかけ日本の半導体メーカーの追撃に遭って傾きかけた時、マイクロプロセッサー・メーカーへと変容し大成功

インテル社は日本の計算器メーカーとの請負契約に基づき、最初のマイクロプロセッサーを開発し、特許を買い取る。マイクロプロセッサー市場を開拓する明確な戦略があったわけではなく、経営陣が資源配分において明確に経営判断を下したわけでもなかったが、競争が少ないマイクロプロセッサー製品の利益率が高かったことが幸いして、徐々に生産能力配分がなされるようになった。IBMがインテル8088を新しいパソコンの「頭脳」として選択したことが同事業成功の決定打になったが、誰も予想した人はいなかった

l  実績ある企業による予測と下方移動は不可能

アイディアの失敗と企業の失敗とでは大きく異なる

破壊的技術では、市場の予測が不可能ゆえに、当初の計画は23度と試行錯誤できるよう十分な資源を残しておくことが重要であると同時に、計画自体も当初は学習のための計画/発見志向の計画であるべき

 

第8章     組織にできること、できないことを評価する方法

l  組織の能力の枠組み

組織の能力は、資源・プロセス・価値基準の3つの要因によって決まる

「資源」には、人材から設備、ブランド力、資金、情報、顧客との関係など、組織間で譲渡可能なものが多く、質の高い資源が豊富であれば、組織も変化に対応しやすい

「プロセス」とは、組織が資源によるインプットを価値の高い商品やサービスに変換して価値を生み出す際の相互作用やコミュニケーション、意思決定のパターンなどをいう

「価値基準」とは、仕事の優先順位を決めるときの基準。優先順位の決定は、企業のあらゆるレベルの従業員によって日常的に行われるが、一貫性のある明確な価値基準が組織全体に浸透していることが優良企業の必須条件とされ、組織に何ができるかを決定する

l  資源―プロセス―価値基準の枠組みと持続的・破壊的技術における成功との関係

ディスク・ドライブ業界の歴史において116種の新技術が導入されたが、うち111は持続的技術であり、開発・導入した企業は業界のリーダーであり、実績ある企業が持続的技術の開発と採用に成功する確率は100%。残る5は破壊的技術で、何れも主流市場で使われていた製品より低速、低容量の小型ドライブで、新技術は何も使われていないが、業界のリーダーが参入した成功率はゼロ。この差は、組織の能力に起因するもの

l  能力の移行

組織の能力と無能力を定義する中心的要因は、時間とともに資源から認知しやすい意識的なプロセスや価値基準へ、さらに文化へと移行していく。組織の能力が人材にあるうちは、新しい問題に対応するために変化することは比較的簡単だが、能力がプロセスや価値基準の中に存在するようになり、さらに文化の中に組み込まれると変化は極めて難しくなる

ミニコンで成功したDECがパソコン市場で躓いたのは、資源は豊富だったが、パソコンのプロセスは社内になく、また価値基準においても、ミニコンの高い利益率を至上としたため、パソコンの利益率の低さは社内に受け入れられなかった

l  変化に対応する能力を生み出す

資源は容易に入れ替えが可能だが、プロセスや価値基準には資源ほどの柔軟性はない

同一組織内に複数のプロセスや価値基準を並存させることは難しく、的を絞った方が組織としては遥かに成功しやすい

買収によって新たな能力を獲得する際も、買収の価値がプロセスや価値基準にある場合は、既存の組織との統合はせずに独立性を保つべきだが、価値が資源にある場合は、統合して既存組織の能力にも活用可能で大いに意味がある

新しい能力を内部で生み出す場合、資源を補強して既存の組織の能力を変えることは比較的簡単だが、プロセスを変えることには相当な抵抗がある

スピンアウト組織によって能力を生み出す場合に重要なのは、新しいプロジェクトが主流組織のプロジェクトと資源を争わないようにすること

l  まとめ

変化に直面した組織を率いる経営者は、先ず成功に必要な資源を確保し、次に成功するためのプロセスや価値基準があるかどうかを検討するが、プロセスや価値基準はなかなか変えることはできない

 

第9章     供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル

技術者は、市場が必要とする以上のペースで性能を高めることができたが、歴史的に見て、性能の供給過剰が発生すると、破壊的技術が出現し、確立された市場を下から浸食する可能性が出てくる。供給される性能と求められる性能の軌跡が交差すると、製品のライフサイクルの段階が根本的に移り変わるきっかけになり、次の段階へ移行する兆しが現れる

l  性能の供給過剰と競争基盤の変化

1988年、3.5インチ・ドライブの平均容量が主流デスクトップ・パソコン市場で求められる容量に匹敵、5.25インチ・ドライブの容量は3倍を超えるようになった。その結果、デスクトップ・パソコン・メーカーは急速に3.5インチにシフト、市場に出てからわずか4年でドライブ販売台数の60%を占めるようになった

性能に差がなくなれば価格競争が意味を持つが、ディスク・ドライブの場合、3.5インチの方が20%も割高だった。性能の供給過剰が起きると、競争の基盤に変化が起き、まだ市場の需要を満たしていないほかの性能指標が重視される。デスクトップ市場では、マシンのダウンサイズが重視されるようになっていた

l  製品はいつ市況商品になるか

競争基盤が繰り返し変化し、完全に差別化の要素がなくなると、つまり、複数の製品がすべての性能指標に対する市場の需要を満たすと、製品は市況商品になる――市場に出回る製品ごとの違いはあっても、特徴と機能が市場の需要を超えてしまうと、その違いが意味を失い、単なる価格だけの競争(=市況商品化)になってしまう

l  性能の供給過剰と製品競争の進化

性能の供給過剰は、製品のライフサイクルの次の段階への移行を促す重要な要因

製品の進化モデルとして一般的なサイクルは以下の4段階――①機能、②メーカーの信頼性、③利便性、④価格。破壊的技術の重要な性質の1つは、競争基盤の変化の先触れ

l  破壊的技術のその他の一貫した性質

破壊的技術には、製品のライフサイクルと競争力学に常に影響を与える重要な性質がさらに2つ――①主流市場で価値がないとされる特性が新しい市場では強力なセールス・ポイントになることが多い、②破壊的製品は、シンプル、低価格、高い信頼性、便利といった特徴を備えていることが多い。具体的な市場が事前に分からなくてもこの原則が参考に

l  会計ソフト市場における性能の供給過剰

インテュイット社は、北米の小規模事業者用会計ソフト市場で70%のシェアを握ったが、競合他社が上位市場への移行を目指すなか、彼らは機能ではなく利便性を目指して成功

l  インシュリンの製品ライフサイクルにおける性能の供給過剰

1922年、動物の膵臓からインシュリンの抽出に成功、業界大手のイーライ・リリーによって不純物濃度が急激に低下したが、さらに動物由来のインシュリンによる免疫システムへの副作用回避のため、遺伝子組み換えによる純度100%のインシュリンタンパク質の開発に成功したが、高価格が障壁となって売り上げは期待外れ

一方で、デンマークの小企業ノボ社は、注射器を仕込んだインシュリン・ペンを開発、患者自身が手軽に携帯し注射できるところから、30%の価格プレミアムを維持して成功

イーライ・リリーの開発が性能過剰を生んだのは、開発段階で最も傾聴すべき意見はインシュリン抵抗の顕著な患者だったからで、開発の優先課題が純度のアップだった。主要顧客の力と影響力は、企業の製品開発の軌跡が主流市場の需要を超えてしまう最大の理由

l  製品競争の進化のマネジメント

性能の供給過剰に直面した企業が取り得る戦略としては:

     上位市場への移行――破壊的アプローチが出現したら、低い層の顧客を諦める

     顧客に合わせる――市場の低い層のニーズに的を絞って上位市場への移行に抵抗

     機能に対する市場の需要を進化させる――高性能の魅力を喧伝し顧客を煽る

l  正しい戦略、誤った戦略

3つの戦略のどれが正しいかは不透明。①の成功者はレーザープリンターのHP、②はコンパック、③はインテル、マイクロソフト

 

第10章        破壊的イノベーションのマネジメント-電気自動車を例にした事例研究-

l  技術が破壊的かどうかはどうやって知るのか

電気自動車は、1900年代初頭にガソリン車に敗れて以来、主流市場の周辺にちらついていたが、1970年代に大気汚染軽減策として注目され、90年代から商品化が進む

電気自動車は、ガソリン車メーカーにとって十分な破壊的脅威となるか? 収益性の高い成長機会となるか?――市場で求められる性能向上の軌跡と、技術が供給する性能の軌跡をグラフにすると、最高速度、走行可能距離、加速性能など、ほとんどの機能でガソリン車に及ばず、市場の求められる性能の達成も難しいように見えるが、技術の方が需要より速いペースで進歩すれば、破壊の脅威は現実のものとなる

電気自動車は、ガソリン車のバリュー・ネットワークで注目される特性とは異なる特性を持っているので、主流市場では使うことはできない。市場がないのは破壊的技術の特徴

実際、フォードの電気自動車の開発責任者も、1998年現在、顧客の期待に応じられる製品は作れないと断言している

l  電気自動車の市場はどこに――マーケティング戦略の基本

主流の市場ではないどこかに市場を求める――①主流市場で破壊的技術の競争力を失わせている特性が有利となる市場を、②顧客とともに試行錯誤を繰り返しながら探す、③学習のための計画を立て、早期に正否を判断し、資源に余力を残して次に挑戦する

通学に使う子供用や、大気汚染の激しい東南アジア都市向けなどが市場として考えられる

l  電気自動車を販売している自動車メーカーの現状

現在、大手自動車メーカーの対応は、主流市場に電気自動車を売り込むのに苦心している

クライスラー社も、既存のミニバンをプラットフォームとして使うことを考え、ガソリン車の亜流として売ろうとしているため、性能的・価格的にも劣後した製品しか出てこない

l  我々の製品、技術、販売戦略をどうするべきか

製品開発については、第9章が参考になる――ガソリン車にもすでに性能の供給過剰が起きていて、製品の競争と顧客の選択は、機能という尺度から信頼性や利便性などほかの特性に移行すると考えられる。過去30年北米市場に参入・成功した企業のほとんどは、機能の優れた製品で成功したのではなく、信頼性や利便性をベースに競争したから成功した

トヨタも現代も、ローエンド市場から入り、ハイエンドに移行し、ローエンド市場にシンプルで便利な乗り物の参入余地が生じるだろう。ここに電気自動車の勝つ余地が見える

従って、この特質を指針に3つの開発目標が考えられる

     単純で信頼性が高く、便利な自動車。一般の電源を使った充電が不動の技術目標

     様々な市場をテストすることができるよう、特徴や機能を短期間に低コストで変更できる製品プラットフォームを設計する必要がある

     価格は、主流市場の製品より低く設定――キロ当たりの走行コストが高くなっても、顧客は便利さに対して割増価格を支払うことは過去の例から明らか

破壊的技術は実証済みの技術からできた部品で構成され、それまでにない特性を顧客に提供する新しい製品アーキテクチャーのなかで組み立てられる

現在大手自動車メーカーは、電気自動車の開発にはバッテリー技術の躍進が絶対条件だと言っているが、それは主流市場を念頭に置くからで、電気自動車の弱点が強みになる市場を開拓する企業にはバッテリーの躍進は必要ないだろう

破壊的製品は、主要な販売チャンネルを塗り替えてしまうのが常であり、新しい流通経路と結びつく。小売りや流通業者も明解な収益モデルを持っているので、彼らに合ったものでなければ売れない。ソニーの破壊的製品も電気店から量販志向のディスカウント・ストアに移ったし、ホンダのオートバイもスポーツ用品店が販売の主力となった

l  破壊的イノベーションに最も適した組織とは

プロジェクトが成功する組織環境を整えることは極めて重要――主流組織から離れた自律的な運営組織を独立させる。小規模で資源も限定的でいいが、失敗に対する柔軟性と耐久性は必要

 

第11章        イノベーションのジレンマ-まとめ-

イノベーションのジレンマに対する答えは、如才なくマネジメントし、懸命に働き、愚かな過ちを冒さないようにする事ではない

     市場が求める進歩のペースは、技術によって供給される進歩のペースとは異なる場合がある。顧客が現在必要としないイノベーションについては顧客を頼るべきではない

     イノベーションのマネジメントには、資源配分プロセスが反映されるため、破壊的技術の追求に資源を集中させておくことは難しい

     あらゆるイノベーションの問題には、資源配分の問題同様、市場と技術の組み合わせの問題が伴う。破壊的技術は、技術的な挑戦ではなく、マーケティング上の挑戦と捉える必要がある

     組織の能力は、専門化されており、特定の状況にのみ対応できる。その能力が特定のバリュー・ネットワークのなかで培われてきたものゆえに、他では応用が利きにくい

     破壊的技術に直面したとき、目標を定めて大規模な投資を行うために必要な情報は存在しない。素早く柔軟に必要な情報を生み出し、それに応じた試行錯誤を繰り返す必要がある

     先駆者か追随者か、一面的な技術戦略をとるのは賢明でないが、持続的技術と破壊的技術のどちらに取り組むかによって、明確に異なる姿勢をとる必要がある

     新規参入や市場の移動に対しては、強力な障壁がある。破壊的技術では、「物」重視の経済学でいう障壁ではなく、実績ある企業の慣習的な経営知識が大きな障壁となる

持続的技術と破壊的技術の需要の衝突によってイノベーターが直面するジレンマを解決するには、まず、衝突の内容を理解し、次に各組織の市場での地位、経済構造、開発能力、価値が、顧客の力と調和し、全く異なる仕事を邪魔せず支援する環境を作り出す必要がある。本書がそのために役立つことを願う

 

『イノベーションのジレンマ』グループ討論の手引き

l  本書の趣旨

優良企業が失敗するのは、そのような企業を業界リーダーに押し上げた経営慣行そのものが、破壊的技術の開発を困難にし、最終的に市場を奪われる原因となるから

破壊的技術は、市場の価値基準を変える。最初に出現したときは、ほぼ例外なく、主流顧客が評価する特性については性能が低く、少数派の顧客に評価される別の特性がある

破壊的技術の開発者は、経験と十分な投資によって、製品の性能を高めると、やがて従来の市場を侵食するようになり、主流顧客が注目する特性についても性能を充足する

破壊的技術の5原則の枠組みを使って、技術開発を妨げる理由を説明し、将来の新技術出現の際の対応を示唆

l  破壊的技術の原則

原則 1   企業は顧客と投資家に資源を依存している――顧客が求めず、利益率の低い破壊的技術に十分な資源を投資することは極めて難しい

原則 2   小規模の市場では、大企業の成長ニーズを解決できない――成長を維持するためには大規模な市場に的を絞らざるを得ない

原則 3   存在しない市場は分析できない――破壊的技術による製品の市場はまだ存在しないため、市場調査してから投資判断するプロセスは通用しない

原則 4   組織の能力は、無能力の決定的要因になる――組織の能力は、資源、プロセス、価値基準の3要素によって決まるが、プロセスや価値基準には柔軟性がない

原則 5   技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない。製品が十分な性能基準を満たすと、顧客は他の基準(信頼性・利便性・価格)で製品を選ぶようになり、それらの基準では新しい技術の方が有利であることが多い

新しい技術に取り組むとき、成功に繋がる最も有効な方法は、破壊的技術に関する自然の法則を理解し、それを利用して新しい市場と製品を生み出すこと。そのために必要なのは

     破壊的技術の開発を、その技術を必要とする顧客がいる組織に任せて資源を投入

     独立組織は小規模

     失敗に備える。最初の計画は学習と捉え、データを収集しながら修正する

     早い段階から行動し、現在の技術特性に合った市場を見つける

l  討論用の質問事項

     破壊的技術の特徴――単純、低価格、低性能、低利益率。そのような技術が周囲にあるか

     どのような市場でも、企業は上位市場へと移行する傾向がある。下位市場への参入が難しいのはなぜか。上位市場への移行を続けて失敗した企業はあるか、その理由は

     上位市場に移行して成功した企業はあるか

     破壊的技術を商品化する場合、予想が間違っているという想定の下に投資を開始することが重要なのはなぜか。別の用途に大きな市場があることが分かった例はあるか

     発売時点では主流市場にとって重要性が低い特性や特質を基に発展している市場はあるか。それによって、どのような従来の主流製品や企業が脅威を受けるか

     製品の機能が満たされると、他の基準(信頼性・利便性・価格)に移行するが、現在の市場でその現象が見られた例はあるか

     資源の投資方法を実質的に決める中間層が、破壊的技術を切り捨てる要因はどこにあるか

     大企業で、野心的な従業員が破壊的技術を切り捨てるのは、個人のキャリアについてどのような思惑があるからか

     本書の見解は、今後の企業の設立方法について、そのような示唆を与えているか

     著者は「破壊的技術は、技術的な挑戦ではなく、マーケティング上の挑戦と捉える必要がある」としているが、どのような技術にもどこかに市場があると思うか

     著者は、技術の性能が飛躍的に向上するまで待つより、今の特性を評価する顧客を見つけるべきだとしているが、技術開発と市場開発の分岐点をどう判断するか

     「イノベーションのジレンマ」の最大の論旨は、企業が主流市場でリーダーになるための経営慣行そのものが、破壊的技術によってもたらされる機会を失う原因になるというものだが、「優良経営」という言葉の定義はこれから変化すると考えるか。両方の世界の長所を結びつけることができるのはどのようなシステムだろうか

 

 

解説

本書は大ベストセラーで、アメリカのビジネスのやり方を革命的に変革したともいわれる

「自宅で読めるハーバード・ビジネス・スクールの精髄」として高く評価

学問的厳密性と実践的応用性を両立した稀有の読み物

 

 

 

 

翔泳社 ホームページ

業界を支配する巨大企業がその優れた企業戦略ゆえに滅んでいく構造を様々な事例とその分析により示した画期的な経営書

何故本書が米国においてこれほどまでに高く評価され、広く読まれているのであろうか?それは一言で言えば、本書が「自宅で読めるハーバードビジネススクールの精髄」だからである。

本書の初稿を読み終えたとき、私の脳裏には米国東部ボストンにあるハーバードビジネススクールの教室がまざまざと蘇っていた。長身のクリステンセン先生は階段状の教室の中央で、名指揮者のようにクラスの議論をリードし、温厚な中にも鋭い質問を浴びせる。学生たちは、知力と職務経験の限りを尽くしそれに応え、互いの議論を研ぎ澄ましていく

本書は、これまでであれば年間200万円以上の学費を払い、2年間の休暇を取るか仕事を辞めるかして、半年間の単位を撮らなければ得られなかった、ハーバードビジネススクールの「イノベーションのマネジメント」の講義に関する知識を自宅に居ながらにして得ることができるのである。

解説(筑波大学先端学際領域研究センター 玉田俊平太)より

優良企業がその優秀な企業戦略ゆえに滅びる構造を指摘した書籍としてアンディー・グローブ(インテル会長)、ジェフ・ビゾス(アマゾンコムCEO)を初めとする世界の一流経営者が激賞!発売2年後の現在もアマゾンコム・ビジネス書ランキングに入る超ロング&ベストセラー(1999.12.3現在、ビジネス書ランキング3位)。

 

 

米国の経営手法に革命を起こした「現代の古典」が、増補改訂版として刊行

日本版の刊行20周年を記念して、カバーを新装しました。内容に変更はありません(202110月追記)

「偉大な企業はすべてを正しく行うが故に失敗する」

業界トップ企業が、顧客の意見に耳を傾け、新技術に投資しても、なお技術や市場構造の破壊的変化に直面した際、市場のリーダーシップを失ってしまう現象に対し、初めて明確な解を与えたのが本書である。

著者、クリステンセン教授が掲げた「破壊的イノベーションの法則」は、その俄に信じがたい内容にもかかわらず、動かしがたいほどに明晰な事例分析により、米国ビジネスマンの間に一大ムーブメントを引き起こした。

この改訂版では、時代の変化に基づく情報更新と破壊的イノベーションに対応するための組織作りについて、新章が追加されている。

【原書タイトル】The Innovator's Dilemma

 

 

INDEE Japan (事業支援、2011年設立)

イノベーションを起こしていても破壊される

イノベーションのジレンマとは、改善を重ねる優良企業であっても、新しい革新的な技術を軽視してしまい、その地位を失う危険があることを指しています。ジレンマと呼ばれるのは、既存事業の経営者にとって、自社技術の延長線上にない新しい技術は非常に困難な意思決定をもたらすからです。

既存事業を持つ大企業は、新しい技術は未熟なものとして映ります。さらに、既存事業と比較すると小さな市場にも見えますし、自社の大きな変革を必要とする技術であると評価する傾向にあります。そのため、新たな特色を持つ商品を売り出し始めたスタートアップなどを脅威だと感じないままに、市場が大きく変化するタイミングに乗り遅れてしまうのです。高い演算能力を持っていたメインフレームコンピューターを持つコンピューターメーカーが、パソコンへの移り変わりを逃し、デジカメやスマートフォンへの対応が手遅れになったフィルムカメラメーカーは好例です。

これまで「製品」と書きましたが、サービスにおいても当てはまります。例えば、低価格の床屋として始まったQBハウス。従来の床屋が、「より高いサービス」を提供していたところ、「最低限のサービス」を短時間・低価格で提供することで新しい顧客層を発掘しました。それまではめんどくさいから、高いから、という理由であまり床屋に行かなかった顧客層が高頻度で訪れるような場所を提供したのです。LCCも従来の航空会社を頻繁に利用できなかった顧客層にとって、手軽に旅行できるようになった破壊的イノベーションです。広義の「製品」や「技術」が必ずしも高度化しなくても、大きな市場を獲得できるのが破壊的イノベーションの特徴です。そして、その破壊的イノベーションの機会を逃し、市場を奪われるのが「イノベーションのジレンマ」です。

既存事業が成功していただけに、新しい技術への対応が遅れてしまったという意味で「ジレンマ」と呼ばれ、クレイトン・クリステンセン氏によってはじめて名付けられました。対応が遅れた既存企業は決して研究開発が遅れていたわけではなく、既存製品の改良という「持続的イノベーション」にばかり取り組んでいたのです。『イノベーションのジレンマ』が発表されるまで、新興企業による下克上の業界再編は時代とともに起きる現象であり、原因や対処法はありませんでした。

破壊的イノベーションと持続的イノベーション

破壊的イノベーションを理解するには、持続的イノベーションとの対比を理解するのが良いでしょう。持続的イノベーションでは、既存のビジネスモデル内で、製品の性能を高めるような改善的なイノベーションが行われます。例えば、携帯通信網であれば4Gから5Gといった速度の向上、電気自動車であれば航続距離の延長などです。これらのイノベーションの特徴として、「既存顧客を対象にしている」「今の不満点を解消」「価値観は変わらない」といったことが挙げられます。

一方の破壊的イノベーションでは、「潜在的な顧客を対象にしている」「新たな用途や解決策を提示」「従来とは異なる価値を提案」するという特徴があります。

持続的イノベーション

破壊的イノベーション

対象市場

既存市場、既存顧客

既存製品が高価であったりアクセスできない顧客

製品の性能

以前より向上

向上されていない、もしくは劣化

価格

以前より高価もしくは同等

劇的に安い(ローエンド破壊)

破壊的イノベーションが起きる条件

破壊的イノベーションが起きるためには一定の条件があります。それは、既存顧客が既存の製品やサービスに満足したときです。一度満足した顧客は、次の改良品には興味を持ちません。性能の向上よりも、同等の性能で低価格だったり、求め易かったりすることの方が大切だからです。

持続的イノベーションによる技術進化そのものが、破壊的イノベーションの原因となるのは逆説で意外に感じるかもしれません。だからこそ、「イノベーションのジレンマ」と呼ばれているのです。

テレビの画質が多くの人にとって十分綺麗になってきたときに、中国製の廉価型テレビを買い求める人が増えたのも破壊的イノベーションで説明することができます。

ジレンマの源泉

クレイトン・クリステンセン氏はイノベーションのジレンマが生じる理由を5つ挙げています。

原則1:企業は顧客と投資家に資源を依存している

要するに、お金を出してくれる人に企業の戦略は影響されるということです。なので、実績のある既存事業に偏ってしまうのは当たり前と言えます。お客さんや株主を無視するのは非常に困難です。

原則2:小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない

まだ可能性も小さく、成長過程にある市場を大企業は軽視します。10億円の市場は中小企業にとっては魅力的に映るかもしれませんが、大企業にとってみれば追求するような市場ではありません。

原則3:存在しない市場は分析できない

過去のことしか分析対象になりません。つまり未来の市場は分析できないので、顕在化している市場への投資が優先されます。

原則4:組織の能力は無能力の決定的要因になる

大きな組織ほど既存ビジネスに対して最適化されています。異なる事業をはじめようにも、大きな変化が必要になってしまい、新しいことに取り組みにくい体質になります。

原則5:技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない

製品の性能を高めたり、新しい技術開発ができるからといって、顧客がそれを求めるとは限りません。過剰品質や過剰性能だと顧客が感じれば、破壊的イノベーションを受け入れるかもしれません。

 

イノベーションのジレンマに対して大企業は無力なのか

『イノベーションのジレンマ』執筆後、クリステンセン氏は『イノベーションへの解』に大企業にとっての対処法を記しました。また、日本の半導体メーカーに破壊的イノベーションで窮地に立ったインテルをクリステンセンは救いました。決して楽な戦略ではありませんが、いくつかのポイントが挙げられるでしょう。現在ではイノベーションマネジメントと呼ばれているポイントを一部ご紹介しましょう。

l  破壊的イノベーションには当期利益に連動しない一定額の投資予算を無条件に配分する

l  既存事業とは異なる組織・環境で破壊的イノベーションに取り組む

l  「売上」「市場規模」といった既存事業と同じ指標で評価しない

l  破壊的技術が一定の市場を獲得するような試行錯誤を容認する

l  ジョブ理論」を活用し、顧客のジョブに対する過剰性能や過剰品質に注意する

l  ビジネスモデルの変革は社内の価値観の変革と心得える

l  イノベーションのDNAモデルなどを踏まえた社内人材育成や社外人材を活用する

 

 

 

Wikipedia

イノベーションのジレンマ (: The Innovator's Dilemma)とは、巨大企業が新興企業の前に力を失う理由を説明した企業経営の理論。クレイトン・クリステンセンが、1997年に初めて提唱した[1]

大企業にとって、新興の事業や技術は、小さく魅力なく映るだけでなく、カニバリズムによって既存の事業を破壊する可能性がある。また、既存の商品が優れた特色を持つがゆえに、その特色を改良することのみに目を奪われ、顧客の別の需要に目が届かない。そのため、大企業は、新興市場への参入が遅れる傾向にある。その結果、既存の商品より劣るが新たな特色を持つ商品を売り出し始めた新興企業に、大きく後れを取ってしまうのである。例えば高いカメラ技術を有していたが、自社のフィルムカメラが売れなくなることを危惧して、デジカメへの切り替えが遅れ、気付いた頃には手遅れになってしまっていたなどがある。

発生の経緯[編集]

優良企業は、顧客のニーズに応えて従来製品の改良を進め、ニーズのないアイデアを切り捨てる。イノベーションには、従来製品の改良を進める「持続的イノベーション」と、従来製品の価値を破壊して全く新しい価値を生み出す「破壊的イノベーション」がある。優良企業は、持続的イノベーションのプロセスで自社の事業を成り立たせているため、破壊的イノベーションを軽視する。

優良企業の持続的イノベーションの成果は、ある段階で顧客のニーズを超えてしまう。そして、それ以降、顧客は、そうした成果以外の側面に目を向け始め、破壊的イノベーションの存在が無視できない力を持つようになる。

他社の破壊的イノベーションの価値が市場で広く認められる。その結果、優良企業の提供してきた従来製品の価値は毀損してしまい、優良企業は自社の地位を失ってしまう。

持続的イノベーションとの対比[編集]

クリステンセンは、破壊的イノベーションは一般に想起する持続的イノベーションとの対比において根本的に異なるとしている。頻繁に行われ、繰り返し行うように組織内で仕組み化されている持続的イノベーションと比較し、大きな影響を及ぼす。持続的イノベーションでは、既存ビジネスモデル内で、製品の性能を高めるような改善的なイノベーションが行われ、「既存顧客を対象にしている」「今の不満点を解消」「価値観は変わらない」。一方の破壊的イノベーションでは、「潜在的な顧客を対象にしている」「新たな用途や解決策を提示」「従来とは異なる価値を提案」するという特徴がある。

持続的イノベーション

破壊的イノベーション

対象市場

既存市場、既存顧客

既存製品が高価であったりアクセスできない顧客

製品の性能

以前より向上

向上されていない、もしくは劣化

価格

以前より高価もしくは同等

劇的に安い(ローエンド破壊)

[2]

発生の要因[編集]

クリステンセンは、優良企業が合理的に判断した結果、破壊的イノベーションの前に参入が遅れる前提を5つの原則に求めている。[3]

     企業は顧客と投資家に資源を依存している。

既存顧客や短期的利益を求める株主の意向が優先される。

     小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない。

イノベーションの初期では、市場規模が小さく、大企業にとっては参入の価値がないように見える。

     存在しない市場は分析できない。

イノベーションの初期では、不確実性も高く、現存する市場と比較すると、参入の価値がないように見える。

     組織の能力は無能力の決定的要因になる。

既存事業を営むための能力が高まることで、異なる事業が行えなくなる。

     技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない。

既存技術を高めることと、それに需要があることは関係がない。

イノベーションのインキュベーション[編集]

クリステンセンは大企業において破壊的イノベーションを起こすのに有効な手段として以下の戦略を論じた。[4]:

     破壊的技術を「正しい」顧客とともに育て上げること。この「正しい」顧客は必ずしも既存の顧客グループから見つける必要はない。

     破壊的技術のインキュベーションは、小さな成功と少ない顧客獲得でも報いられる仕組みを持つ自律した組織の中で行うこと。

     早く失敗し、正しい破壊的技術を見つけること。

     破壊的イノベーションをミッションに持った組織に既存事業が有するリソースを全て使えるようにすること、その一方で当組織のプロセスや価値観は既存事業から切り離されるよう気をつけること。

出典[編集]

1. ^ クレイトン・クリステンセン著、玉田俊平太監修、伊豆原弓訳 『イノベーションのジレンマ技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』 翔泳社、ISBN 4-7981-0023-4(増補改訂版 2001年)- “合理的な判断の積み重ねが巨大企業を滅ぼすという視点が斬新で、この本はベストセラーとなり、続編も出ている。

2. ^ “イノベーションのジレンマとは”. 2022517日閲覧。

3. ^ イノベーションのジレンマ《要約》

4. ^ Christensen, Clayton M. (20151215). “The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail”. Harvard Business Review Press. 2018119日閲覧。

参考文献[編集]

クレイトン・クリステンセン著、マイケル・レイナー著 玉田俊平太監修、櫻井祐子訳『イノベーションへの解 利益ある成長に向けて』 (Harvard business school press)ISBN 4-7981-0493-0

伊神満著『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』(日経BP)ISBN 978-4-8222-5573-2

神戸大学経済経営学会編著『ハンドブック経営学[改訂版]』、ミネルヴァ書房2016/4/11ISBN 978-4623076734

 

 

コメント

このブログの人気の投稿

近代数寄者の茶会記  谷晃  2021.5.1.

新 東京いい店やれる店  ホイチョイ・プロダクションズ  2013.5.26.

自由学園物語  羽仁進  2021.5.21.