ウェルス・マネジャー  Brooke Harrington  2024.1.6.

 2024.1.6.  ウェルス・マネジャー 富裕層の金庫番 世界トップ1%の資産防衛

Capital Without Borders ~ Wealth Managers and the One Percent    2016

 

著者 Brooke Harrington コペンハーゲン・ビジネス・スクール社会学准教授。ハーヴァード大学で社会学の博士号を取得後、プリンストン大学の客員研究員、マックス・プランク研究所研究員などをへて現職。著書 Pop Finance: Investment Clubs and the New Investor Populism Princeton University Press, 2008

 

訳者 庭田よう子 翻訳家。訳書 『避けられたかもしれない戦争』、『スタンフォード大学dスクール 人生をデザインする目標達成の習慣』ほか。

 

発行日           2018.2.15. 第1刷発行

発行所          みすず書房

 

第1章        はじめに

チャールズ・ディケンズ『Bleak House荒涼館』の主人公たるキングホーンは、信託と相続専門の弁護士。依頼人の秘密と財産を守る人物として高く評価され、依頼人の間で評判を得ている。本書では、この主人公のような「内部を知る部外者」に焦点を当てる

彼らの仕事は、社会の主要な諸制度を総合した現象であり、彼らの任務は、専門的かつ社会的であり、財政や家族、並びに国家や組織の役割にも関連するうえ、不平等や課税、グローバリゼーションなど、現在の様々な問題にも影響を与える

l  ウェルス・マネジャーという職業とその起源

職業として認識されるようになったのは18世紀半ばの『Bleak House荒涼館』の時代

この職業の代表団体Society of Trust and Estate Practitionersの設立は1991

個人的には弁護士や会計士、組織としてはプライベート・バンクや信託会社の業務

基本的な定義は、「裕福な顧客、中でも主に個人顧客とその家族に提供する金融サービス」

未だに専門職として完全に位置付けされていないのは、富の性質の変化にも要因がある

1830年、マサチューセッツ州最高裁が、ハーバード大学対エイモリー裁判の判決で、初めて受託者を知的職業階級と認める。第2のきっかけは196080年代徐々に進んだオフショア金融の発展と国際的な通貨規制の緩和による資本の国際移動の活発化

l  ウェルス・マネジャーの仕事

金融アーキテクチャーを構築し、節税、規制回避、ファミリー・ビジネスの管理、相続と後継計画、投資、慈善事業としての寄付などを含むとともに、構造の維持管理も行う

国境を越えた資産の動きを追い、各地域での専門知識、複雑に絡み合った取引に精通

l  本書の主要テーマ

ウェルス・マネジャーの仕事内容のほか、この仕事の重要性にも光を当て、ウェルス・マネジャーが主要社会構造に与える影響や、彼らの仕事から窺える組織と個人生活の変化についても検討

     経済的不平等――現代の顧客基盤は30百万ドルの運用可能残高を保有する16.7万人。租税回避により、ウェルス・マネジャーは世界的な不平等拡大の一因に

     社会におけるウェルス・マネジャーの役割――倫理的にグレーの領域

     組織化された三本柱──家族、国家、市場――ウェルス・マネジメントの当初の目的は不動産を次世代へと円滑に(課税と抵当権なしに)移転すること

付録 本書の研究はどのように行われたか

²  接近を阻む障壁――業界の閉鎖性、秘密保持の行動規範などが壁

²  なぜエスノグラフィー(行動観察)か?

²  なぜSTEPか?

²  協力者の観察

²  インタビューは事前に半分しか構想を組まない

 

第2章        職業としてのウェルス・マネジメント

l  親族と奉仕者

ウェルス・マネジメントは、イングランドの封建制度の受託者の任務という慣行から発展

領主の土地所有に係る税金と相続の問題の解決策として誕生。委託者の死後にその意思を尊重するという誓約に基づく制度

Fiduciary受託者の注意義務として、Prudent(慎重な) Investor Ruleがある

l  中世が現代に

財産が金融資産になると、信託と受益者の機能が変化、専門職としてのウェルス・マネジメントの発展に繋がる

l  第一段階――奉仕者から専門職へ

専門職に向け前進したのは、法廷が介入して投資に関する受託者の権限が拡大された時で、1889年イギリスで受託者投資法制定――適法投資リストへの投資が認められる

l  第二段階――STEPの登場

制度構築に向けロビー活動し、Practitionerの認証制度立ち上げ

l  現代の業務

     評判、給与、社会的地位――20年以上の経験者で、給与は6桁の中間、金融業界の平均位だが、同業者間の評判はあまり高いとは言えない

     時間と仕事の満足度

     その他のビジネスモデル――個別の雇用形態ではなく独立して開業するケースもある

l  結び

創造的で知的意欲を掻き立てる仕事

この仕事の中核をなす部分は、国家の支配の及ばない所に富を保持するという点にある

税に関する限り、ウェルス・マネジメントは今なお、過去に辿った政府への抵抗の歴史と密接に結びつく。「財産移転逃れ」の遺産とともに、この職業は中世の道徳規範と文化に由来する慣行と規範を保持

 

第3章        顧客との関係

ウェルス・マネジャーの雇用パターンの特徴は、顧客との関係を長期、不定期にわたり維持し、時には生涯にわたり雇用関係が継続することもある――顧客の財産のすべてを知って、財布の紐を握る。信頼性をシグナリングするのがウェルス・マネジャーの務め

l  ウェルス・マネジメントにおいて信頼が果たす特別な役割

家族内の軋轢と結びつくと、ソーシャルワークの様相を帯びることも

家族のように、家族よりもそつなく

l  富裕層の信頼を獲得する

     荘園(マナー)(と礼儀作法(マナー))の誕生

     上流社会の信頼を獲得する別の道

l  文化を越えて

ウェルス・マネジャーへの対価は長年厄介な問題。受託者を無償で務めるというイギリスの古い伝統は、専門家として扱いその技術に対価を支払うというアメリカ主導の慣習に不承不承屈した

l  結び

顧客の富を守るために必要な情報提示、親密性、誠実さのレベルは、標準的な仕事の付き合いを遥かに超えている。Practitionerには尋常ではない負荷がかかる。ネットなどを介して行える現代の多くの専門職の業務とは異なり、直接の交流で生じる身体的な活動のままであり、莫大な私財の保護に必要な独特の戦略的指針を育むためには不可欠

 

第4章        ウェルス・マネジメントの戦術と技術

現代のこの業界の新基準は、世界的に移動可能で代替可能な多岐にわたる資産を、複雑な金融・法的構造で、複数の法域において保有すること

l  必要不可欠なオフショア金融センター

顧客に共通するのは、法規を一方通行として扱い、法や政府が課す制約の順守を渋る姿勢で、彼らが回避しようとする制約には、世界金融市場への参加を制限するという共通点

l  オフショア金融センターの特性

単なるタックス・ヘイブンではなく、規制と説明責任から自由な地域になっている

「分裂の虚構」――通貨管理の緩和と、海外旅行と通信が容易になったことで、ウェルス・マネジメントの戦略は、資産をできるだけ広範囲に分散させることを要としている

l  財産がさらされる危機

顧客の大半は、精力的で貪欲というより、守備的で保守的であり、ウェルス・マネジャーを雇うのは、財産を直面する数々の危機から守るため

l  政情不安と腐敗に関連する問題

政情不安と腐敗が深刻な国では、金融サービスの需要が新たに生まれる――私有財産への脅威から、資産の安全な避難先を探す

l  第一世界の抱える問題──機能する国家と法の支配

先進国の富裕層は、資産の保全と分配能力を制限するものを打破したいという欲求を抱き、租税回避などのために資産がオンショアの法律に影響を受けないような戦略を立てる

租税回避――国家権力から私有財産を守るためには、信託と財団は現在なお有効に機能

債務回避――信託の仕組みが有効

貿易制限を避ける――政府の禁輸措置に反した取引で得た利益を「法の支配の外側」における資産保護信託や、美術品の売却や移動の制約を回避するための信託も有効に利用できる

l  厄介な関係――離婚、相続、ファミリー・ビジネス

ウェルス・マネジメントが、財産をいかに増やし利用するかに関する法規制からエリートを自由にすることで成長してきたように、ウェルス・マネジャーは、家族に対する経済的な義務を定める法律に対して創造的方法を開発することで影響力を広げて来た

l  結び

ウェルス・マネジャーは、顧客を法の支配から自由にするために、また成長と移動性に課された制約から顧客の富を解放するために、信託、法人、財団をツールとして使用する

規制は絶え間なく変化する。ウェルス・マネジャーの仕事は、こうした変化に遅れずについて行き、その変化が示す新たな可能性に基づいてイノベーションを起こすこと

巧妙な規制回避や、オフショア金融センターの利用、顧客とその資産を法的に隔てることによって、ウェルス・マネジャーはおおくのせいじてきりすくをむりょくかできる

 

付録 ウェルス・マネジメントの構成要素としての信託、企業、財団

²  信託――租税や債権者、規制から富を保護するための仕組み。特徴は①機密性、②規制の少なさ、③構造の柔軟性にある。所有権に伴う利益と義務を分割し、利益は受益者に、義務はFiduciaryに帰属

²  財団――信託財産に対する個人的なコントロールを保持し続けるために有効

²  法人企業――世界貿易にとって素晴らしい手段、有限責任、存続の時間的制約なし

²  三つの仕組みの比較と結合

 

第5章        ウェルス・マネジメントと不平等

中国の諺「富は3代を過ぎず」――ウェルス・マネジャーの役割は、この成り行きを阻むことにあり、一家の財産の消散を遅らせるか止めようとするが、これがさらに大きな不平等のシステムを支える。法的手段と金融技術を駆使して、一世代の剰余金を代々受け継ぐ財産に変え、階層化が永続するパターンに貢献

所得ではなく富を重視することで、本書は不平等に対して新規のアプローチをとる

2008年の世界金融危機によって、「1%」と経済力集中に、新たな関心が寄せられるようになったが、この危機から発生した新たな研究の方向性は、ほぼ例外なく所得に集中。だが不平等に関して概念的に重要なもの、例えば人生のチャンス、教育を受ける機会、求人市場の好機、政治的権力などについては、富の方が遥かに多くを示せる。所得は変化することが多いが、富は所得よりも安定し、未来の世代に引き継ぐことが可能で、社会経済的な構造を生み出す。所得の不平等よりも遥かに大きな問題であり、急速に拡大している

l  不平等に関連する問題

     富と所得――富は純資産というストックであり、所得はフロー。富に由来するリソースに対する支配力は、所得や教育よりも包括的で、世代を超えて引き継がれる嫌いのある不平等を具現化したものが富であり、特権を生み出し、持続的な階級構造を形成する。セーフティネットの形で安全を提供することも大きな助けとなる

     1パーセントの人々――FRBのデータでは、所得上位1%の源泉が保有資産にあることを示す。上位1%の所得は国民所得の17%を占めるが、彼らの富は国富の35%を占め、過去10年で富の差は2倍に拡大

     相続――目下の経済不平等の水準が問題なのは、将来への影響も懸念すべきだからで、今後数十年間に相続される私有財産のほぼすべてをごく一部の人だけが受け継ぐ

     ウェルス・マネジメントの役割――富の不平等の原因として政策と税制に焦点があてられるが、ウェルス・マネジメントの存在を忘れてはならない

     世襲財産を生み出す――世襲財産の決定的な特徴は、持続性があり、法慣行や法体系により破壊されることが比較的少なくなるという点にあったが、現在ではウェルス・マネジャーが導入するイノベーションを通じて、富の保全方法がふんだんに存在し、一定の条件が整えば、永久に金を生み出す機械を作動させられる

     所得の消散を抑え、剰余金を増やす

     剰余金を高利益、低リスクの投資に振り向ける

     家族の富を集中させる

l  顧客を越えたところで――ウェルス・マネジメントが不平等に与える広範な影響

世襲財産の影響に関する議論でもあり、階級化を支え。民主主義と文化を形成している

     経済的影響――1つは家族内に富をつなぎ止めることによって、もう1つは租税や債務回避で行政コストなどを裕福でない人に転嫁することによって、経済的不平等を悪化させる。信託を利用した相続も、資本の集中を固定化させる

     政治的影響――富裕層のためのより有利な環境造りに向けてウェルス・マネジメントが社会で経済的に最も恵まれた人々の声と影響力を拡大し、政治的不平等に寄与

l  STEPと変化する不平等の概念

ウェルス・マネジャーたちは、自分たちが経済的、政治的不平等を助長していることを十分承知している。中には、倫理的にグレーな領域での自らの立場について、少なからぬ嫌悪感を抱く者もいる

l  結び

不平等の研究で直面する大きな課題は、「一体誰が、どのように事態を継続させているのか」ということ

 

第6章        ウェルス・マネジメントと国家

歴史的に、知的専門職は国家の庇護のもとにあると考えられてきたし、専門職の側もその権限を承認し合法化するために国家に依拠しているのに対し、ウェルス・マネジャーの職能団体は国家を超えたパラダイムに基づき、世界的に通用する資格を授けている

l  主権、国境、国家の目的

概念上、ウェルス・マネジメントの業界の正統性と存在意義は、ごく限られた国家理論に根拠がある――外国の資本家に魅力的に映るようにと、国家の減税や非課税に手を貸すことは、その国家が自らの首を絞める行為に加担するのも同然

国家政策が富の性質の変化に追いついて行けず、未だに200年以上も前に考案された財産登録制度を甘受しているのは国家による問題軽視であり、租税回避を取り締まろうとする国際機関などの動きは偽善的。2008年の世界金融危機のあとでは国家が税収を求めて奔走、租税回避の動きが加速したが、法域間競争を招いただけでかえって富裕層が離散

l  国家権威に難題を投げかける世襲財産

海外の顧客のために立法や政策で(ママ)力強く訴えることで、ウェルス・マネジャーは国家と富裕層との間の力のバランスに変化を起こしている。超富裕層の資産は小国のGDPを超える規模を持ち、運用資産を置いている国では大きな影響力を持つ

富が政治経済に与える影響――ウェルス・マネジャーは、顧客を裕福にするというより、訴訟や離婚、期待外れの相続人、その他財産を消散させる力から顧客の財産を守り、同時にプライバシーを慎重に保護するという面で顧客の役に立ちながら、国家の方針に変化をもたらし、特に非富裕層に及ぼす負の影響は国家の正統性まで弱めている。富裕層は、金の力で市民権すら自由に取得・放棄し、いとも簡単に国境を越えている

解き放たれたクロイソス(大金持ち)――国家と超富裕層との権力闘争は、受託者誕生当時からあり、ウェルス・マネジャーが中心的な役割を果たしてきたし、世襲財産が国家に与える影響のお陰で富裕層は国家に容易く挑戦できるようになった

l  発展と植民地後の難題

ウェルス・マネジメント、グローバリゼーション、植民地後の発展――グローバルな金融化は、大英帝国の拡大ととも信託とFiduciaryという概念が帝国支配下の領域の法制度になったことが原因で、特に元の英領植民地でオフショア金融センターとして広まる

主権を台無しにする――オフショアと旧宗主国の関係は、「オンショアで違法なことをオフショアでする」ことを可能にする。超富裕層に支配された国家が非合法取引を黙認

捕らわれた国家?――合衆国が二重課税条約を解消すると、英領バージン諸島はウォール街の弁護士の助けを借りて国際事業会社法を制定しオフショア金融業界を根本的に変える

l  結び

グローバル化された富が国家権力に与える影響は、両者の相互依存関係を浮き彫りにする

知的専門職に与えられる特権は、歴史的に「社会と公共の福利にとって、特別な重要性が彼らの仕事にある」から正当化されてきたし、国家もまた国民全体の意思と最善の利益を代表すべきとされてきたが、ウェルス・マネジャーがオフショア国家に与える二重効果が国家の住民の間に引き起こす愛憎関係や、国家存亡の主因にもなっている

 

第7章        結び

ウェルス・マネジャーは、金融・法律の専門知識を駆使し独特の構造を用いて財務管理をすることにより、彼らは自由と移動能力とプライバシーを世界の個人富裕層に提供する

彼らの発展を辿ると同時に、社会組織への影響も検証――莫大な財産を世界のどこに配置するか指示することにより、ウェルス・マネジャーは市場、国家、家族という「制度の3本柱」すべてに影響を与える

l  理論と研究への貢献

     不平等――誰が、どのように不平等を作り出したか、所得より富による影響が大きいとして、階層研究における富の役割の再評価を訴える。代々引き継がれた富が果たす役割の重要性が増しているなかで、ウェルス・マネジャーの果たした役割を検証

知的専門家の介在が、一握りの有力な家族に富を集中させることに成功した事例は、不平等を広げるメカニズムとしての相続の重要性を浮き彫りにする

     家族――ウェルス・マネジメントは、信託など現代金融のツールを用いて家族の近代性と根本的に対立するものを作り出し、現代社会科学の家族理論に難題を突き付ける

     グローバリゼーション――グローバルな変化をもたらす重要エージェントとしての専門家の役割に注目。専門家によるイノベーションが新たなシステムを作る

     専門職化――知的専門職が勃興した状況への洞察

専門職化に対する抵抗――ウェルス・マネジメントは、料理やインテリア・デザインのように、素人が請け負っていたことが専門家したものだが、専門職化に当たって様々な抵抗があった。もともと受託者の名誉と良心に負わされた負荷であり、プロ化したのは2000年アメリカの統一信託法典とイギリスの受託者法成立が起源

参入と社会階級――信託の世界では、「ジェントルマンは自分の金銭をジェントルマンに扱われることを望む」という意識が強く支配。金融化を契機として「ジェントルマン」階級より下のウェルス・マネジャーが登場してきたものの、なおWASPの男性優位の世界

国なきスーパーリッチ――貴族はいつの時代も無政府主義者

新国家システム?――オフショア金融制度(=租税回避)が古いウェストファリア的秩序にとって大きな脅威となっており、国家の将来にも疑問を投げかけている

l  ウェルス・マネジメントの未来

友人と親戚による無償の仕事だった時代から、専門的能力を発揮する職業として成功を収めるまでになったウェルス・マネジメントは、基本的に国家から自立しているお陰で飛躍的に発展。かたや財政の秘密保持や不透明性は決してなくなっていないので、ウェルス・マネジメントの活動は今後も発展を続けるだろう

成長の新たな機会――世界中の税務当局とのいたちごっこはすぐには終わりそうにないばかりか、世代間紛争と文化的紛争が増え、調停がこの仕事の主要な成長分野になるだろう

新たな政策の方向性――超富裕層に法の支配を及ばそうとするなら、彼らに仕える専門家に目を付けるべき。税法などの「創造的コンプライアンス」よりも、家族紛争の調停や国際企業の複雑な給与スキームの設計などの方が魅力的なビジネスソースになるように仕向ける必要がある。ウェルス・マネジャーたちのリソースを転用するか、その方向を変えるような政策の立案が望まれる

 

 

 

 

 

みすず書房 ホームページ

「法律や政治、巨大な国際的資本フローにウェルス・マネジャーが与える影響を考えれば、彼らがすでに広く認められた研究文献の主題になっていてもおかしくない、と思われるかもしれない。ところが、最近発表された数件の記事と、20年以上前に刊行された書籍の一部で紹介されている以外、この職業は学者の間でほとんど知られていない。関心が持たれなかったからではなく、情報の入手が困難なせいである」(本文)

そこで著者は2年間のウェルス・マネジメント研修プログラムに参加し、世界標準規格として認められている資格であるTEPを取得する。

「優秀な成績でプログラムを修了したおかげで、この職業に近づきがたくしていた手強い障壁を乗り越えられるほどの内部者になることができた」(本文)

そこから明らかになったのは、大富豪の懐に入り、世界規模でマネーを操る、資産管理のプロたちの姿だった。格差拡大の原因ともなっている「富豪の執事」たちの実態を初めて学術的に分析する。

 

 

 

ウェルス・マネジャー富裕層の金庫番ブルック・ハリントン著

節税のカラクリを赤裸々に

日本経済新聞 朝刊

2018414 2:30 [有料会員限定]

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米国の著名な投資家、ウォーレン・バフェット氏は世界でも有数の富豪であり、総資産残高は800億ドル以上といわれる。同氏はかつて所得に対する実効税率が十数%だと告白し、最高税率の半分も支払っていないと報じられた。多分、これが世界の富豪による納税の実態であろう。各種の節税策を講じ、税金の支払いを圧縮するカラクリは闇に包まれている。

 

 

本書は、大富豪による資産運用や節税策の実態を明らかにすることを狙いとする。著者は2年間、富豪から財産の管理を委託される金庫番養成研修に参加した。そこで取得したウェルス・マネジャーという財産管理の資格をてこにして、8年で世界18カ国の金庫番65人に取材した。

著者によると、富豪による節税の3大柱は財産の信託への移管、慈善財団の設立と財産の寄付および資産管理会社の設立である。最も多く利用されているのは信託である。信託の場合、資産保護が確実で受益者の身元が秘匿され、相続税も課されないからである。慈善財団は非課税の恩典を享受できるが、慈善活動や財産の開示が求められる点が厄介とされる。

ウェルス・マネジャーは富豪の要請に耳を傾け、細心の注意を払って節税スキームを構築する。その際、プライベート・トラスト・カンパニーという財団を頂点として信託および会社を組み合わせた独特な仕組みを利用する。ファミリービジネスの経営権を維持したまま、税金の支払いを抑えるとともに財産を子孫に承継できる。

信託、財団はパナマなど租税回避地に設立する。租税回避地の政府は、自国経済の活性化を図るべく、財産の秘匿に適した法制や所得税の軽減措置を整備する。その結果、富豪が居住する国の政府は課税権を行使できなくなり、いかんともしがたい事態に追いやられる。

ウェルス・マネジャーおよび大富豪による資産運用や節税の実態が初めて赤裸々に述べられ、「なるほど、そうだったのか」と感嘆する一方で、「なぜそんなことが許されるのか」「政府は何をしているのか」という虚脱感にも襲われた。事態を改善する措置はないのか。本書を片手にこの問題について考えることをお勧めしたい。

《評》同志社大学教授鹿野 嘉昭

原題=CAPITAL WITHOUT BORDERS

(庭田よう子訳、みすず書房・3800円)

著者はコペンハーゲン・ビジネス・スクール准教授。

 

(書評)『ウェルス・マネジャー 富裕層の金庫番』 ブルック・ハリントン〈著〉

2018.3.11. 朝日

 税払わないため、国家との闘争

 本書は、著者がなんと2年間を費やして研修プログラムに参加し、「内部者」になり切ってウェルス・マネジャー(WM)という、うかがい知れぬ職能集団の調査を遂行した成果だ。さもなくば彼らに警戒され、調査は続行不能だった。

 WMとは、金融・法律上の知識を駆使し、富裕層の資産を保全する専門家を指す。近年、グローバル化/金融化で、より高度な資産管理能力が求められているが、それだけでなく服装、物腰、立ち振る舞い、言語マナーに至るまで、富裕層の文化/規範を完璧に身につけていると示すことが、WMの成功要件だという。さもなくば、富裕層が巨額の富を信頼して預けてくれることなど、ありえない。

 国家による資産課税は富裕層にとって、資産保全上の最大の「リスク」だ。これをどう回避するかが、WMの腕の見せどころとなる。タックス・ヘイブンを利用した租税回避は、必須だ。だが、彼らがそれに成功すればするほど、社会との軋轢(あつれき)は大きくなる。たしかに租税回避は合法かもしれないが、国家に税収損失を与え、富裕層が納めるべき税金を中低所得層に転嫁することになるからだ。

 WMの職業的矛盾が、ここに集中的に現れる。彼らの職業的成功は、必ずしも社会的名声につながらない。彼ら自身、自らへの社会的反感を感じ取っている。それ故に彼らは、税とは「怠惰な貧困者に莫大な給付を行うために、国家が富裕層に課す法外な要求」であり、「こうした略奪から彼らを守るのが自分たちの使命」だと正当化するのだ。

 彼らが富裕層の世襲財産を守るために築く堅牢な「城壁」が、国家による民主的コントロールの及ばない特権領域を創り出し、その法的支配を掘り崩していく。本書は、最富裕層と国家の間で、富をめぐる権力闘争が起きており、富裕層が相続財産を永久化し、自らの階級的地位を固めることに、勝利を収めつつあることを告げている。

 評・諸富徹(京都大学教授・経済学)

     *

 『ウェルス・マネジャー 富裕層の金庫番』 ブルック・ハリントン〈著〉 庭田よう子訳 みすず書房 4104

     *

 Brooke Harrington 米ハーバード大で社会学博士号。コペンハーゲン・ビジネス・スクール社会学准教授。

 

 

 

 

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