モーツァルトのムクドリ  Lyanda Lynn Haupt  2018.12.22.


2018.12.22.  モーツァルトのムクドリ 天才を支えたさえずり
Mozart’s Starling      2017

著者 Lyanda Lynn Haupt シアトル在住のネイチャーライター。カラスなど都市部の鳥をテーマにした著書が数冊ある。野生生物、特に鳥に対する愛情にあふれ、鳥好きにはたまらない描写が多々見られる

訳者 宇丹貴代実

発行日           2018.9.10. 第1刷印刷       9.20. 第1刷発行
発行所           青土社

前奏 インスピレーションの群れ
ムクドリは全米1嫌われている鳥
モーツァルトは、ウィーンのペットショップでムクドリと出会い、どういうわけか作曲したばかりのピアノ協奏曲の主題を囀っているのに魅せられて購入し、死別まで3年ほど飼った。どうしてモーツァルトの主題を覚えたのかは不詳だが、モーツァルトがこの鳥と暮らした期間中及びのちの作品を調べた最近の研究で、ムクドリが彼の音楽に影響を及ぼしたらしいと判明、彼の相棒にして、気晴らし、心の慰め、ミューズでもあった
モーツァルトとムクドリはどう相互作用したのか、彼らの親和性のもとは何だったのか、どうしてムクドリはモーツァルトの旋律を知ったのか。ムクドリとの暮らしがモーツァルトにとってどういうものだったのかを正確に理解するためには、不本意ながら、自分も同じムクドリと暮らすほかないと悟る
だが、あんなに大量にいて、侵略的な外来種ゆえに法的保護もないのに、ムクドリの入手は思ったほど簡単にはいかない

第1章        シアトルのムクドリ
近くの公園で、魚類野生生物局の職員がムクドリの巣を撤去するという情報をもらって直前に巣から雛を助け出す
ムクドリを殺すことは許されるが、ペットとして育てるのは繁殖防止の観点から多くの州で認められない ⇒ すでに多過ぎるので、あまり説得力はない
ムクドリは孵化後9か月で繁殖でき、1年にふた腹分の卵を産むので、繁殖が早い
4週間後には雌と分かって、名前もを意味するラテン語に因んでカーメンとつけた

第2章        モーツァルトと音楽泥棒
1784年モーツァルトは自宅でピアノ協奏曲17番ト長調を作品目録に加える。453番目に完成した曲で、彼は29
初演は、モーツァルト自身の指揮で、曲が捧げられた愛弟子のバルバラ・プロイヤーのピアノで行われることになるが、それまでは当然秘密に保管されていたはずなのに、ムクドリが主旋律を囀っている
モーツァルトはそれを聴いて、鳥の種名をVogel Stahrl/Starと書きつけ、その下に自らの旋律と、ムクドリ版の旋律を並記して、「それは美しかった」と論評までしている ⇒ 北米でEuropean Starling、イギリスではCommon Starling
18世紀のヨーロッパでは、上流社会の啓蒙主義の特徴として博物学がはやった一環として、ペットの鳥は人気があった
シュタールは、結婚生活の真っただ中、モーツァルトの人生で最も音楽活動が活発で、裕福で、充実した時期に、家族の一員に加わった少なくとも8つのピアノ協奏曲、3つの交響曲、そして《フィガロの結婚》が誕生

第3章        招かざる客、予期せざる驚き
ムクドリは新世界で暴虐の限りを尽くし、大きな群れを成して、農作物を食い荒らす。大規模農場の施設を数万羽単位でうろつき、牛や豚の餌桶から一番高い栄養価の餌をほじくり出して家畜にはくず餌を残す。渦を巻いて飛ぶマーマレーション(群れ)は、都会に騒音と悪臭と汚物を生み出し、個体群によってはその糞に人間や他の哺乳動物にヒストプラスマ症を起こす真菌が含まれている
1960年ボストンから飛び立ったイースタン航空のロッキードL-188が離陸直後に2万羽のムクドリの群れと衝突、数百羽が機械装置に吸い込まれ、4つのエンジンのうち2つが出力を失い海に墜落62人が死亡 ⇒ 実験では3,4羽でも危険な出力低下を招来
農業への被害は何億ドルもに達すると言い、政府機関はどんな種の殺処分よりも多い年間100万羽以上のムクドリを殺害(コヨーテですら6万頭強)しているが、それでも個体数は減少しない。とはいえここ30年はそれほど増えてもいないので、環境収容力の最大限に達したらしい。一方で先住鳥を追い出すと見做されていたが、追い出されたほうの個体数も減っていない
ヨーロッパでは、農地が失われたせいでムクドリの個体数が減少、一部では種の繁栄が危惧されるまでになり、公式に絶滅懸念種に認定

第4章        ムクドリのおしゃべり
生後4か月くらいで喋り出す ⇒ 環境音や音楽、人間の声を模倣する能力ではカラスを凌ぎ、オウム科の鳥に肩を並べる
意味が分かるかどうかは別として、人間の台詞の抑揚を真似る

第5章        ウィーンのムクドリ
ルソーの自然に対する考え方に大きく感化されて、モーツァルトの時代に人間と動物が互いに交流する文化が花開き、上中流家庭でペット、特に犬と鳥の飼育が人気になった
18世紀の鳥の飼育については、肖像画から多くのことが判明 ⇒ 女性や子供と籠の外に出されたペットの鳥がいる。ということは鳥が毎日、何時間も自由に過ごしていたことがわかる。異国のオウムや見事に調教されたカナリアに比べて、ムクドリがあまり描かれていないのは、どこにでもいる在来の鳥だからで、肖像画にはふさわしくない
社会的地位を気にするモーツァルトが、わざわざムクドリをペットに選んだことの意味は大きく、ただ鳥が欲しかったのではなく、この鳥が欲しかったのだ
モーツァルトの家が音楽に満ちていたのは良く知られている。その中で膨大な数の作品を生み出している。シュタールも仕事の妨げにはならなかったばかりでなく、少なくとも不快な存在ではなく、愉快で必要不可欠で神聖とさえいえる混乱の一要素だった
1785年父親が2人の結婚後唯一訪問した際も、友人であり師でもあったハイドンに捧げる弦楽四重奏曲を作曲、ハイドンを自宅に招いて父が第1ヴァイオリンをモーツァルトがヴィオラを担当して聴かせたが、ハイドンは父親に対し、「誠実な人間として神に誓って申し上げるが、あなたのご子息は私が知るどんな作曲家よりも偉大だ」と賛辞を呈した
この時も、モーツァルトのムクドリは、息子に劣らず鳥が好きだった父親と一緒になって歌っていただろう

第6章        ムクドリはどうやって学んだのか
当初からいろいろな形で片時も休むことなくモーツァルトのモティーフをカーメンに聴かせたが、覚える気はさらさらなかったようだ
モーツァルトの場合、ピアノ協奏曲17番の初演がもう少し前に本人のピアノ演奏で行われたという説もあり、シュタールを購入する前にこの旋律が街に流れ出た可能性は十分あり、街行く人々のハミングや口笛が媒体となった ⇒ 作曲家がリフレインを用いるのは、曲の芸術性だけでなく、人々の心と耳のためでもあり、お陰で聴衆は覚えやすいフレーズを手に入れてあとから口ずさむことが出来る

第7章        チョムスキーのムクドリ
1950年代MITの言語学者ノーム・チョムスキーが、人間の言語の本質と独自性について、人間の言語はうわべがいかに異なっていようと、すべてに共通する普遍的かつ不変の規則を持っているという普遍文法を唱える

間奏 鳥とモーツァルトの時間の感覚
小動物にとって、時間はスローモーションで認識される
体が小さくて代謝が高い生物(イエバエや鳥)は、体が大きくて代謝が低い生物(象や人間)より、一定時間に認識・処理する情報の量が多い
生きた時間を普通に直線的に足しあわせられる一方で、直線的な尺度にそぐわない時間もあって、何らかの形でより多くを生きてしまったということがあり得るのか ⇒ 西洋にある"妖精の国のようなもので、複数の世界が出会う
人間の鼓動は著者の場合約80/分に対し、カーメンは約450/分、体の小さい鳥は鼓動が速い(ハチドリは約1,000/)
大多数の作曲家は、作品の正確なテンポを示すことに抗い続けている。代わりに、記述的、示唆的、主観的、極めて相対的なテンポを、楽譜の上部に記載する。私たちは、音楽が時間の認識を曲げたり変えたりできることを知っているし、無数の研究から、巧みに作曲された音楽を聴くときには往々にして時間との関係が普段と変わってしまうことが分かっている。イギリスでは運転中に聴く場合に最も危険な曲を決めさえした――《ワルキューレの騎行》で、恍惚感を誘う曲の雰囲気が運転者の正常な速度感覚を妨げて、無意識に速く運転させることが危険だということらしい
音楽はおそらく、我々を最も永遠に近づける芸術形態だろう。なぜなら時間の感覚をたちどころに、取り消しの余地なく変えてしまうからで、音楽のこの性質によって、目に見えない世界、学術的には心象風景と呼ばれて通常の尺度がほぼ意味をなさない世界と、目に見える世界とを渡す橋が作られるものと感じられる
モーツァルトはこうした音楽の世界に住み、頭には絶えず変化するテンポがあって、肩にはムクドリがいた。彼の時間経過の体感が独特だった可能性、彼の感じる時間が特殊で風変わりな進み方をしていた可能性はあるだろうか。願わくはモーツァルトが、駆け抜けた人生の幕間を、長く伸ばされた鳥の鼓動の時間で味わっていますよう

第8章        同じ羽を持ったものどうし
1787年父とムクドリの死後に初めて書かれた楽曲《音楽の冗談》を完成作品目録に加える(現在はK.522) 。ホルン2本、ヴァイオリン2挺、ヴィオラ、コントラバスという風変わりな編成の室内楽。常々不協和音を良しとしなかったが、この曲は例外的で、キーが奔放かつ気まぐれに変わり、不協和な臨時記号がばらまかれているため、演奏者も取り上げなかったが、カーメンはこの曲には興味を示す
ムクドリの旋律の紡ぎかたと一致する
短い生涯が自分の生涯と見事に対をなす鳥にモーツァルトが捧げた風変わりな贈り物にして感謝の証。鳥と作曲家は多くの共通点を持っていた。模倣や美しい声、音楽的な妙技などの才能と、せわしなさや戯れ好き、浮ついた態度、ばかげた言動などの性格と、注目を浴びたいという重要視する社会的な事柄を共有している

第9章        モーツァルトの耳と天球の音楽
ザルツブルクのモーツァルトの生家には普通の耳とモーツァルトの耳を比べた小さな石版画が飾られている。コンスタンツェの2番目の夫フォン・ニッセンが書いたモーツァルトの伝記に印刷されていたもので、対耳輪(耳の上部のカーブを描いた大きな部分)が幅広く平らでやや四角っぽく、耳珠(じじゅ:顔側の外耳道の前にある小さな突起)がかなり小さいという特徴がある ⇒ モーツァルトの耳と呼ばれ、完全に形成された耳珠は前後両方から音を聴きとるのに役立つ
鳥類学者が、「なぜ鳥の歌は往々にして音楽に似ているのか」と題した論文で、「鳥の歌には西洋音楽と同じ音階を持つものがあり、だからこそ人間は鳥の声に惹かれる」と述べる

終楽章 3つの葬儀と想像の翼
1787年父死去。モーツァルトが葬儀に出席しなかったのは、生涯を通じて父親が及ぼした消極的、積極的な影響力と支配に対する意識的な抗議と解釈されているが、コンスタンツェは足が化膿して動けず、幼い子供をかかえ、多額の借金もあって旅費の工面も葬儀代の支払いに応じることもできなかったというのが実態
ムクドリの死はその2か月後。友人たちを呼んで正式な葬儀を行う ⇒ いろいろな解釈があるが、ムクドリを失って心から悲しみを覚えたのも間違いない
91年匿名の見知らぬ人物から、ウィーン紳士の22歳で亡くなった妻に捧げるレクイエムの作曲を依頼され、高額な報酬もあって引き受ける。紳士とはおそらくモーツァルトも知っていたフォン・ヴァルゼック伯爵で、モーツァルトは作曲中に致死の病に倒れる ⇒ リウマチ熱に一致するが、当時ウィーンで流行っていた致死性の連鎖球菌感染症と見られ、死の直前の瀉血が死を早めたのは間違いない。レクイエムは、モーツァルトの死後に友人の作曲家ジュースマイヤーが生前の指示に従って完成させる。純粋主義者はハーモニーの乱れや様式の逸脱が散見されるとして批判的だが、現代の指揮者の大半は後の補筆よりもジュースマイヤーのものを好む
モーツァルトは共同墓地に埋葬され、葬儀には参列者がなかった ⇒ ヨーゼフ2世は啓蒙合理主義に心酔し、前世代の贅沢を払拭しようと、葬儀にも無駄のない簡潔さと節度を求めたので、当時の中流階級の葬儀としては一般的だったのみならず、死後数か月間で彼の栄誉を讃えた慈愛深い対応が次々となされた。シカネーダーらが聖ミヒャエル教会で葬儀ミサを執行、《レクイエム》も完成版がホーフブルク宮殿で演奏され、プラハでは盛大な追悼の儀式も行われた。ただ、モーツァルトの墓は10年毎の再利用のため、新たな遺体と置き換えられており、コンスタンツェが埋葬場所を突き止めようとしたが情報提供者はいなかったので、ザルツブルクのモーツァルテウム財団には頭蓋骨が存在するものの信憑性は低い。1874年中央墓地に移されて他の大作曲家たちの碑と並べられている

コーダ


訳者あとがき
モーツァルトのファンなら、飼っていたムクドリがピアノ協奏曲17番のモチーフを囀っていたという逸話を知っているかもしれないが、両者はおよそ結びつかない存在
モーツァルトが飼っていたのは、日本で一般にムクドリと呼ばれる種ではなく、ホシムクドリ(Sturnus Vulgaris)だが、同様の習性を持ち、大群をなして糞害や騒音をもたらしたり、農作物を荒したりという理由で、地域によっては害鳥と見做されている。特にアメリカでは、元々生息していなかったところへ19世紀にイギリスから持ち込まれたので、在来鳥種の繁殖を阻害する侵略的外来種として忌み嫌われている
著者は、好奇心から自らムクドリを飼って逸話の詳細の解明を試みる
ムクドリの模倣能力の高さには驚く
日本では野生の鳥をペットとして飼うことは違法だし、ムクドリの巣や卵を破壊して駆除することも禁止













(書評)『モーツァルトのムクドリ 天才を支えたさえずり』 ライアンダ・リン・ハウプト〈著〉
20181280500  朝日
 驚きに満ちた共生からの飛翔
 米国在住のネイチャーライターによるエッセイだが、描かれるのは一つのユニークな実験だ。著者はモーツァルトと彼が飼っていたムクドリの関係を知るために、捕獲したムクドリと暮らすのである。米国では東京のカラスのように駆除され、嫌われているというムクドリとの共生は、しかし驚きに満ちていた。人の呼びかけ、電子レンジの音、猫の鳴き声、床がきしむ音。ムクドリはインコのように聞いた音を再現し、相手によって使い分ける高い能力を持っていた。
 ピアノ協奏曲第17番ト長調はペットのムクドリの歌を聞いてモーツァルトが作り上げた、という俗説がある。彼はこの鳥の死に際して丁重に埋葬し、追悼文を残しているのだ。しかし、実は曲の完成後にムクドリが購入されているという事実を経由し、推理は進む。
 単なる推理エッセイであったらここまで面白くはなかったかもしれないが、筆者の筆はムクドリを起点にして、鳥の飛翔(ひしょう)のように思いがけない曲線を描く。言語学者のチョムスキーが、ムクドリの鳴き声を分析したゲントナーの研究を「言語にはなんらかかわりがない」と即座に否定したことについて、進歩的知識人の間にも「人間と人間の能力はとにかく宇宙の中心でありつづけるべし、という考えが根強く残っている」と皮肉をこめて紹介したかと思えば、鳥が異性を引きつけるとか、危険を知らせる以外にも、「ただ楽しいから」歌う可能性を否定できないという、わくわくするような鳥類学者の見解も示される。
 マーマレーションといわれるムクドリの群れの旋回についての文章はとりわけ美しく、いつの間にか人間と鳥、そして生き物との間に線引きされてきた境界が溶けていくかのようだ。
 著者はまるで、短いさえずりのように記す。「変化した耳を澄まして、聞こえたとおりに歌う」。人と生き物との調和をまなざす自由な感性が光る一冊だ。
 評・寺尾紗穂(音楽家・エッセイスト)
     *
 『モーツァルトムクドリ 天才を支えたさえずり』 ライアンダ・リン・ハウプト〈著〉 宇丹貴代実訳 青土社 2160円
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 Lyanda Lynn Haupt 米シアトル在住のナチュラリスト。都市部の鳥をテーマに複数の著作がある。


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