歴史学者と読む高校世界史  長谷川修一他  2018.12.9.


2018.12.9. 歴史学者と読む高校世界史 教科書記述の舞台裏

編者
長谷川修一 1971年生まれ。立教大文准教授
小澤実 1973年生まれ。立教大文教授

発行日           2018.6.20. 第1版第1刷発行
発行所           勁草書房

2022年度より高校社会科に日本史と世界史を統合し近現代を中心に教えることが予定されている「歴史総合」が必修科目となり、その結果として、必修だった「世界史」と選択科目の「日本史」はそれぞれ「日本史探求」「世界史探求」として選択科目となる
教科書を通じて学ぶことにより、そこで示された歴史認識が拡散され、その歴史観が国民全体に刻み込まれてゆくだけに、歴史記述は重要
ところが、歴史学者としての専門家の目から見ると、歴史記述に首をかしげることがある
教科書記述と歴史学会の研究成果との間に見られる乖離がなぜ生じるのか、その歴史記述を方向付けているものは何か、といった疑問から出発
本書の目的
1.    世界史教科書に収められる記述内容音執筆者に対して目を向ける
2.    世界史教科書を1つのモノとして捉え、そのモノの製造プロセスに関わる制度や関係者のあり方を検討する
本書の構成
第1部        オリエントからアメリカへ ⇒ 西洋
第2部        イスラムとアジア ⇒ 東洋
第3部        高校世界史教科書の制作と利用
グローバルヒストリーの中の近現代歴史学の研究の中で、歴史記述のあり方の考察が行われた結果をまとめたもの

第1部        オリエントからアメリカへ ⇒ 西洋
第1章        高校世界史教科書の古代イスラエル史記述
旧約聖書の内容ばかりが、あたかも真実の歴史のように書かれている
「ヘブライ人」という人種は存在しない
「史実」には2通りある ⇒ 過去に起きたことと、過去に起きたこととして多くの人々が了解していることの2通りであり、後者は「現在」の事情によって変わりうるもの
「史実性」の判断は、歴史記述を読む側にも委ねられている。歴史学における客観性の担保の問題については、歴史教育に携わる人間すべてが自覚しなければならない
高校の歴史教育において大切なことは、高校生が「歴史の力」に気付き、それを考えることの重要性について学ぶことではないか

第2章        古代と近代の影としての中世ヨーロッパ
執筆者に専門家が少ない
封建制社会と小塩素緯度とは必ずしも一致しないし、教科書に書かれた封建制が機能していたのは西欧のごく一部の近代先進地域でのこと
中世都市についても同じようなことが言える
東欧というのも現代から見ての地域で当時東欧という発想はなく、ラテン・カトリック圏とギリシャ正教圏に分断されているとみるべき

第3章        中・東欧記述
「東欧」というのは、18世紀ヨーロッパのオリエント研究によって創られた新しい概念
東西ヨーロッパの分岐に関する実証は極めて難しい
かつては西欧の歴史の付属物であり、模範となる西欧と、模範とならない反面教師の中・東欧とが対比的に叙述されていたが、依然として西欧との距離感に応じて語られてきたという通奏低音がある

第4章        アメリカ合衆国
新しい試みとして、人種規定の重要性の観点を取り入れ ⇒ 白人=アメリカ人という等式の上に成立した人種的ナショナリズム
奴隷制など社会史的視座の導入、移民史の記述強化、セクシュアリティ・ジェンダーの視点の導入

第2部        イスラムとアジア ⇒ 東洋
第5章        高校世界史とイスラム史
7世紀のイスラム教の発祥と大征服に始まるイスラム世界の成立はどこでも扱うが、その後の推移については断片的でしかなく、一方でイスラム的要素が強調され過ぎるとイスラム特殊論になってしまうというジレンマがある
地理を最終的な拠り所として定義される他の「地域世界」とは異なり、宗教や文明に依拠して設定されたやや異質な「地域世界」
イスラム文明の意義を、古代ギリシャと西洋中世との間の仲介者であると同時に、イスラム世界自体における文化的展開にももう少し光を当てておきたい

第6章        日中関係
新指導要領では、国際社会に主体的に生きる「日本国民」としての自覚と資質を養うことを目的としている ⇒ 国の主張を教科書にも盛り込み、教室でも教えなければならない
中国史に絞れば、日本の歴史と関連付けながら理解させるという指導要領に関わるポイントは「朝貢」という用語で、最も本質的な点は、国家間の関係ではなく、国家の君主間の関係であるということ
世界史に求められているのは、漠然とした教養ではなく、外国から日本人がどのようにみられているかを自覚すること

第7章        東南アジア
独立した内容として扱われることが少なく、各時代の記述の中で細切れになっているため、1つのまとまった地域と捉えるにあたり、そのイメージが得にくくなっている

第8章        日本史教員から見た世界史教科書――世界史教科書の日本に関する記述を巡って
従来の日本史・西洋史・東洋史の区分から、グローバルヒストリーの隆盛と相まって、枠組みを萌える成果が多数出つつある
遣唐使については、894年菅原道真を大使とする遣唐使の中止が最後で、停止や廃止ではなく、また遣唐使の停止が文化の「国風化」をもたらすというのであれば、最後の838年が出発点になるはず。さらには、検討し派遣中止後も大陸文化の流入は続いているし、仮名による日本語表記の出現が漢字・漢文を駆逐したわけではない

第3部        高校世界史教科書の制作と利用
第9章        「世界史」教科書の出発
高校の「世界史」は1949年授業開始
もともとは東洋史と西洋史の2本立てだったため、当初は試行錯誤の繰り返し

第10章     世界史教科書と教科書検定制度
教科書調査官が初等中等教育局に置かれ、教科書の検定を担当する専門職だが、世界史はたったの3名、それぞれの担当は西洋近現代史、前近代史、中国近現代史
執筆者と出版社、調査官3者が、世界史という教科の質の保証に向けて協働型の検定を構築すべき

第11章     官立高等学校「歴史」入学試験に見る「関係史」
旧制高校入試の「歴史」試験について、出題傾向の変遷と、高校側からの受験者への時事的関心を持つことの要請と、それに密接に結びつく国際関係の歴史に関心を持つことの要請とそのあり方について検討
次第に国史が強調され、最後は国史に一本化

第12章     高等学校の現場から見た世界史教科書
94年以来の「世界史」の必修が外れることが、中等教育において世界史の知識的教養の欠如をもたらし、高等教育における教養教育や歴史学の専門教育に大きな影響を与えることを憂える
06年全国で発生した「世界史未履修問題」は、地歴科目の用語と内容の多さが生徒への負担となっていることに原因
必須科目でありながら、センター試験での選択者数が半減して15%にまで落ち込んだ
22年からの「世界史探求」に向けた新たな教科書作りが始まる




(書評)『歴史学者と読む高校世界史 教科書記述の舞台裏』 長谷川修一、小澤実〈編著〉
2018.9.8. あさひ
 新たな研究、なぜ反映しないか
 教科書記述と歴史学会の研究成果との間には、なぜ乖離(かいり)が生じるのだろう。本書は、世界史教科書の記述内容と執筆者に対して目を向けるだけではなく、教科書がモノとして「製造」されるプロセスにかかわる制度や関係者のあり方をも多角的に検討した論文集である。
 例えば、古代イスラエル史について。ヘブライ人の国王ダビデとソロモンの実在は疑わしく、100年以上エルサレムの発掘調査を行っても当時の栄華は実証できない。それなのに、なぜ旧約聖書の記述がそのまま「保存」されてきたのか。採択を行う高校教員が内容の大幅な変更を嫌う、記述の史実性が十分にチェックされていない、専門家の発信の少なさなどの複合要因が背景に潜んでいる。
 また、イスラーム史については、アラブ中心かつ初期・古典期偏重となっているが、オスマン・サファヴィー・ムガルの3帝国は、イスラーム史の近世の重要な展開の一つではないか、等々の鋭い指摘がなされている。しかし、これらは、教科書に限らず一般の歴史書にも通底する話であるように思われる。
 ところで本書の特色は、以上のような記述内容の分析にとどまらず、教科書に影響を与える関係者に光をあてている点にある。敗戦から1952年度の検定教科書の使用に至る世界史教科書の来歴、教科書調査官であった学者による検定制度の実態、戦前の官立高校の「歴史」入学試験の分析、高等学校の現場から見た教科書採択の実態など教科書の「製造」プロセスが立体的に浮かび上がる。
 歴史学は日々新たな研究成果が積み上がっていく。それらを全て参照してキャッチアップするのは執筆者にとって決して容易な作業ではない。しかし教科書を通じてそこで示された歴史認識が拡散され、その歴史観が社会全体に刻み込まれてゆく以上、教科書の記述には最大限の関心と細心の注意を払うべきであろう。
 評・出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)
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 『歴史学者と読む高校世界史 教科書記述の舞台裏』 長谷川修一、小澤実〈編著〉 勁草書房 2700円
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 はせがわ・しゅういち 71年生まれ。立教大准教授おざわ・みのる 73年生まれ。立教大教授。


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