逆転無罪の事実認定  原田國男  2012.11.11.


2012.11.11. 逆転無罪の事実認定
Reversed on the Facts – What overturned Guilty Verdicts can Teach Us about Fact-Finding

著者 原田國男 1945年生まれ。東大法卒。博士(法学、慶應大)69年裁判官任官以降、東京地裁、東京高裁、最高裁(調査官)等で勤務。約40年間刑事裁判官。水戸家裁、同地裁所長、東京高裁総括判事を経て、2010年より慶應大法科大学院客員教授(専任)、弁護士。検察のあり方検討会議員(1011)。最高検察庁検察運営全般に関する参与会及び最高検察庁観察指導部の参与委嘱(2011)

発行日           2012.7.20.    1版第1刷発行      7.30. 第2刷発行
発行所           勁草書房

東京高裁の裁判官最後の8年間に20件を越える逆転無罪を言い渡し、いずれも上告なく無罪が確定 ⇒ 刑事裁判の恐ろしさが存在、人が人を裁く本質的な難しさが潜む
30件を超える実質無罪判決を通し、どこに問題点があったのかをじっくり見ることこそ、刑事裁判における事件の「へそ」を掴む最短ルートだ

I.     刑事裁判へのメッセージ
第1章     冤罪を防ぐ審理のあり方――第1審の手続きに沿って
l  なによりも考えたのは、「正しい事実認定は如何にすれば可能化」ということ
l  刑事手続きの最初の場面である「人定質問」を重視 ⇒ 被告人が本当に言いたいことを言う雰囲気を最初から意識的に作っていく必要がある
l  起訴状受け取りの確認 ⇒ 起訴状謄本が2か月以内に被告人に送達されていないと控訴棄却
l  起訴状朗読 ⇒ 人名、地名等正確に読まないといけない
l  権利告知 ⇒ 結論を見越して認めたり、いくら言っても通らないと諦めて事実を認めてしまうケースがあるので最初の権利告知は重要
l  罪状認否 ⇒ 被告人が何が言いたいのかを最初の機会に見極めることが狙い
l  証人尋問 ⇒ 証人の発言しやすい環境作りも大切
l  被告人質問 ⇒ 偽証罪の制裁もなく、時間制限もない
l  判決の宣告 ⇒ 真実は被告人のみが知るという、裁判の本質的な限界

第2章     控訴審における審理のあり方――事後審で冤罪を防ぐには
控訴審では、証拠の採否は裁判所の職権 ⇒ 結局無罪となる事件は控訴審で新たな取り調べをした成果であることが多いので、被告人の言うことが本当かもしれないと一度は考えることが必要
知恵の集積としての勘を働かせる ⇒ 幅広い人生経験であり、広い教養が物を言う
事後審査審という控訴審の構造 ⇒ 旧証拠により審査をするのが原則。事実審査の基準となるのは、原判決の事実認定に論理則・経験則等の違反があることを指摘できない以上は原判決の事実認定が優先されるというもの

第3章     刑事裁判の魅力
刑事裁判官の魅力とは、被告人たちを通じて、実に様々な人間やその人生に接することが出来るということ
「填補に行く」 ⇒ 裁判官が他の支部等に応援に行くこと

II.   逆転無罪の事実認定
1.        偽証発覚事件2008.6.11.
母親による児童虐待事件。公判の途中から付き合っていた男が共犯と主張を変えたが却下され有罪。控訴審で起訴状謄本を受け取っていないことが判明したこともあって証拠を見直した結果、男が友人を巻き込んでアリバイ工作をしたが、友人が偽証に耐えられなくなって自白したため、共犯が成立 ⇒ 自白がなければ分からなかったと思われるが、それでも手厚い証拠再調が、最後に真実を掘り起こした

2.        携帯電話決め手事件①2006.10.25./2007.6.25.
    会社の寮内で起こったお互い累犯前科を持つ同僚間での窃盗事件。1審では被害者の主張が認められ有罪とされたが、控訴審では犯行を記録したシャメの時刻を操作したことが判明して無罪。原告が偽証罪で有罪に。被害申告に関する供述は特別の事情がない限り信用性が認められるというのが一般論だが、供述の信用性についても十分な検討が必要
    偽造クレジットカードを渡して不正使用した事件で、渡した側が共謀共同正犯として有罪とされたケース。不正使用の履歴と携帯の発信履歴の場所が遠隔地だったところから不正使用の実行犯の供述が信用できないとして、カード作製は有罪だが不正使用への関与については逆転無罪。被疑者等の供述だけに依存した捜査の脆さを露呈

3.        ソープ嬢覚醒剤自己使用事件2002.7.15.
ソープ嬢が覚醒剤自己使用で、他人に無理やり注射されたと弁解したのが認められず有罪とされた事件。法廷で見た被告人の真剣で真摯な様子から、ひょっとして本当のことを言っているのかという観点から再度原判決の理由を見直してみると全く反対の事実が浮かび上がってきた。第1発見者の供述が途中から被告人の不利に変わったが、当初の検察官調書が控訴審になってから開示されたこともあって逆転無罪

4.        巨乳被告人事件2008.3.3.
巨乳タレントが三角関係のもつれから男の賃貸マンションのドアを蹴破ったとして損害賠償を認定された事件。ドア中央部の破損したブラインド(24)を胸囲101㎝、胸板29㎝の被告が通れるかが争点となったところから他にも証人等の供述に不審な点が散見され無罪となった

5.        痴漢無罪事件2005.2.16. ⇒ 最高裁で無罪確定
西武新宿線事件。仕組まれたのではなく実際の被害が確認された事例で有罪とされたが、被害者の証言が左手で触られたのか、右後ろに男がいたので左手だと思ったのか不明で、さらにもう1人後ろからも手が届くことが分かって無罪に

6.        窃盗犯人誤認事件2005.2.16.
3件の窃盗事件で、本人は犯行を否認しながら現場共犯者の証言から有罪とされた事件。多数の共犯者が、1人の供述を信じ込んだ警察官に誘導される形で、容貌の似ていた他人の代わりに被告を共犯者と供述させたことが分かり無罪に。容貌の似ていた他人の行方は不明のまま。被告は国家賠償請求をしたが却下された

7.        防犯ビデオ決め手事件①2004.1.21./2002.12.11.
    空港の手荷物検査でひっ掛った搭乗者が取り調べ中に警察官に対して公務執行妨害で有罪とされた事件。防犯ビデオがありながら、証拠として軽視したため、供述の矛盾に気が付かなかったための事実誤認で無罪
    コンビニ店内の忘れ物を盗んで2人で分けた窃盗事件。実行犯から相談された被告が犯行を唆したとして共謀共同正犯で有罪とされたが、ビデオを見る限り2人の共謀の雰囲気は感じられなかったところから、窃盗については無罪、盗品無償譲受については本人も認めているところから有罪とした

8.        早朝の公然猥褻事件2005.2.7.
夏の日の早朝、男女2人の警官の前で裸でマスターベイションをしていたとして現行犯逮捕・有罪とされた事件。男性警官の細かい状況描写に対して、上司で女性警官が証言すらしていないのを不審に思って、控訴審では女性警官を証人として問い質したところ、自分は見ていないと証言。一般の道路上なので公然性はあるものの、早朝の墓地裏ということで猥褻性は否定し無罪となった。女性警官の真摯・誠実な証言態度が救いだった

9.        被害者調書なし事件2007.11.21.
車両内での死傷事件。被害者の調書がなく被告も正当防衛で弁解する積りもないと言った言い分だけを根拠に過剰防衛だとして有罪とした。被害者が行方不明になったのと、誤認逮捕が先行したため警察が焦ったと思われるが、被告人の弁解のみという脆弱な証拠状況では過剰防衛の認定は難しく無罪の要因に

10.    筆跡鑑定事件2003.7.9.
氏名不詳者(同種犯罪のブローカーのような者)と共謀で何回にもわたって養子縁組届を偽造して消費者金融から借金し、有印私文書偽造、行使等で有罪とされた事件。原判決前に筆跡鑑定も届出の指紋も不一致と判明していながら、被告がどの分かは特定できないままに犯行を認めていたこともあって、検察が追加証拠とするのを隠していたことが分かり、共謀共同正犯にも問えず無罪

11.    足跡痕事件①2006.2.1./2002.6.17.
    何度も窃盗を繰り返している被告が、被害品を身に着けていたことと、現場の足跡痕が一致したとして有罪にされた事件。度々靴を替えるので足跡痕の一致の鑑定が困難だったのと盗品所持にしても疑いが濃いというだけでは有罪には問えなかった
    同じく再犯を重ねた窃盗事件で、盗品は所持していないが、現場至近距離にいたことが明確で、多数の前科があったことから有罪とされたが、足跡痕の鑑定でも「類似」という評価に留まったのと、現場付近にいたというだけでは合理的疑いを超えて立証できたとは言えない

12.    狂言の疑いがある事件2004.10.6.
障碍者同士で、パソコンからデータが紛失、それをネタに脅かされ、恐喝未遂となった事件。被告人の自白にはデータを紛失した同級生を庇っていた疑いがあり、多くの不自然な変遷があって、客観的は証拠状況とも矛盾していたために無罪

13.    採尿封緘紙貼替事件2003.4.14./地裁1993.2.17.
覚醒剤の自己使用で有罪とされた事件。逮捕された際、採尿検査で偽名を使って署名し指印で割り印した後、偽名だと分かって封緘紙を剥がさせ本人名にて改めて封緘させたというが、当初の指印と再度封緘した指印がピタリと一致したことや、容器側面に書いた偽名と封緘紙の署名の不一致に検査官が気が付かなかったという証言の不自然さもあり、採尿過程に問題がいくつも見られたところから内容物が差し替えられている恐れもあり有罪とは出来なかった

14.    アリバイが認められた事件2003.3.29.
養子縁組のうえ消費者金融から借りて借金返済をしろと迫った恐喝容疑で2人が有罪とされた事件。関係者の供述がバラバラで事実の特定が難しかったが、1人の被告については、いろいろ供述した中にアリバイ成立の可能性の否定できない事実があり、そこから被害者の供述の曖昧さが疑われ2人とも無罪に

15.    タイムカード(調布駅南口)事件2001.12.12.
調布駅南口事件として著名。深夜の2つの集団による喧嘩の中での共同暴行・傷害で、家裁支部に送られ少年院送致となったが、抗告審で非行事実が認められないとして事件を家裁に差し戻し。家裁は検察官送致としたが、地裁は抗告で差し戻されたものが被告の不利益となる検察官送致とされるのは違法として控訴棄却。最高裁も地裁の判断を支持したため、被告から刑事補償請求が出され、原審の地裁が棄却したために、控訴審は即時抗告事件となったもの。有罪とされた決定的な証拠となったのが共犯者1人の自白で終始一貫していたが、勤務先のタイムカードが出てきて、仲間で話したという事実と齟齬を来すことが分かり、証言が覆されて無罪に

16.    休日家族ドライブ受難事件2005.7.6.
暴走族に襲われた被告が自分の車でひき逃げをしたのを過剰防衛による傷害罪とされた事件。事実認定は破棄するまでの誤認はないと考えたが、正当防衛の可能性が高いところから原審への差し戻しとした ⇒ 再審結果無罪に。暴走族による傷害被疑事件の不起訴処分については検察審査会が不起訴不当の議決






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