ブログ誕生 Scott Rosenberg 2012.4.30.
2012.4.30. ブログ誕生 - 総表現社会を切り拓いてきた人々とメディア
Say Everything-How Blogging Began, What It’s Becoming, and Why It Matters
2009
著者 Scott Rosenberg オンライン・マガジンSalon.comの共同創設者で技術欄の編集長。演劇・映画・技術についての評論をサンフランシスコ・エグザミナー紙に書き、ジョージ・ジーン・ネイサン賞を受賞。加州バークレーに在住
他に『プログラマーのジレンマ 夢と現実の狭間Dreaming in Code』(日経BP刊)
著者のウェブサイト ⇒ www.wordyard.com
本書のウェブサイト ⇒ http://www.sayeverything.com/
訳者 井口耕二 1959年生。東大工卒。オハイオ州立大大学院修士課程修了。大手石油会社勤務を経て98年に技術・実務翻訳者として独立。プロ翻訳者の情報交換サイト、翻訳フォーラムを共同設立・主宰
発行日 2010.12.2. 初版第1刷発行
発行所 NTT出版
Table of Contents
2001.9.11.マンハッタンでは、電話も大手ニュースサイトも使えなくなった時、かろうじて動いていたのは電子メールと小さなウェブサイトだけ。インターネットの動脈は詰まってしまったが、毛細血管を通じたコミュニケーションは何とか使えた
当時、ウェブのコンテンツは「もう終わりだ」と思われていた。90年代後半のドットコム・バブルに大量の資金が流入したが、成功したのはごく一部で、メディア企業の大半は大きな損失を被った
Bloggerを開発したウィリアムスの会社も、ユーザーは増えていたが01年に従業員を全員解雇、ウェブ出版も冬の時代だったが、それでも多くの人がウェブに情報を提供し続けた ⇒ 9.11.で何かが変わった=人との繋がりや真実をウェブに感じた、自分の声を聞いてほしいと思ったし、自分の想いを記録することに価値があると思った
大手メディアの記事のようにフィルターをかけて化粧した記事には登場しない、個人的なありのままの話に触れて初めて惨事に実感を持つことができた
「ウェブログという形で、ウェブは成熟したメディアとなった」「ブログが市民権を得た」
同時多発テロは、ブログの成熟を示すものではなく、ウェブが生み出したものに他のメディアが気付いた瞬間だった
ウェブページが生まれた瞬間から、このメディアの持つ特徴が問題となった ⇒ どうしたら、どれが新しいのかを読み手に知らせられるのか、である
World Wide Webを考案し、世界初のウェブサイトinfo.cern.chを90年に作ったのは、ジュネーヴにある素粒子物理学の研究所CERNで働く英国のソフト・エンジニア、ティム・バーナーズ=リー ⇒ ページをリンクすることにより学術情報に繋がりを持たせ、研究協力を推進しようとした
「スタック」という概念を使って順次新しいデータを上に積み上げていくデータ構造を作り、「ラスト・イン・ファースト・アウト」の原則で取り出せば、常に新しいものが取り出せて、なおかつ過去のデータも参照できる
93年「モザイク」の登場 ⇒ テキストと画像が混在するページを閲覧できるプログラム。
ウェブの有用性を飛躍的に高めたのがブログの普及 ⇒ 2000年代の10年間にログを簡単に作成できるツールとブログの無料ホスティングサービスが登場し、技術的・経済的障壁を撤廃してくれた結果、誰でも参入が可能となった
現在はSNS全盛
単なる個人が社会に発信できる世界が生まれた
PART ONE: PIONEERS
全てをさらけ出す
94年(19歳のとき)からウェブ上で公開日記を書き続ける、ゲームの報道に注力するウェブの有名人。
9.11.の当日、「このような時2種類のメディアが有用。1つは電子メール、もう1つはテレビ。放送メディアとしてテレビが復権した」
「過剰共有」oversharingの創出 ⇒ 自分をさらけ出すことに魅力を感じて日記の公開を始めるhttp://www.links.net/
インターネットに繋ぐだけでも一仕事だった時代に、シッターに紹介されてネットワークに参加したのが興味を持つきっかけ
ハイパーテキストが使えるクリッカブルリンクが重要な役割を果たす
96年 通信品位法成立 ⇒ 「わいせつあるいは下品」な情報やセックス描写を未成年に送信することを禁止したもので対象はポルノ業者だったが、まだ商業ベースに乗せる目処が立たなかったポルノ業者はほとんどおらず、裁判所も違憲判決
ウェブは、人との繋がりやアイデンティティー、意味などを若者が探究する魅力的な大劇場であり続けるだろう。でもだからといって、若者の成長を阻害することには必ずしもならない
Chapter 2 THE UNEDITED VOICE OF A PERSON Dave Winer
個人の声をそのまま発信
94.10. 電子メールは有力者とやり取りができる新しい通信方法になると期待
友人のマルチメディアの新製品発表会に招待する電子メールのアドレスリストを独自に作成したものを、自分のアイディアのプロモーションにも使えるのではないかと思いつき、アドレスの中の有力者を選んで公開質問状を送り、そのやり取りを公開した
自分の主張を発信するメインのメディアとして電子メールを使い、ウェブサイトはそれに対する評論のアーカイブとして利用するとともに、新しいソフトウェアの実験場所とした
「個人の声をそのまま発信」を特徴とするプログラムを開発 ⇒ ウェブログの始まりで、何を載せるのかは個人の自由。個人が好きなやり方で自己表現をする場
個人がそれぞれの想いをそのまま発信してうまくハモることもあるが、不平・不満に繋がる可能性も等しくある
Chapter 3 THEY SHALL KNOW YOU THROUGH YOUR LINKS
リンクで人物がわかる Jorn Barger, filters
97.12. 新しいサイトを立ち上げて最初の投稿を行った際、名前を付けようとして作った造語が「ウェブログ」 ⇒ リンクとコメントを時系列逆順に並べた個人サイトという新しい現象を表す言葉として市民権を得る
放送の強度を測る尺度として「信号対騒音比」が使われ、信号が弱ければ雑音しか聞こえないので受信機側で様々なフィルターを使って信号対雑音比を改善するが、そこからの連想で、初期のウェブロガーは「フィルター」だと言われた ⇒ ウェブに山と積まれた情報の原鉱をふるいにかけ、宝石だけを取り出す
クリントンとモニカ・ルインスキーの不適切な関係も、ブログがすっぱ抜いた
個人の信望を賭けてリンクを提供するもの
PART TWO: SCALING UP
Chapter 4 THE BLOGGER CATAPULT Evan Williams, Meg Hourihan
ブロガー・カタパルト
Bloggerの登場 ⇒ 99.8.に公開した、ウェブログの更新を個人が簡単に行えるフリーウェア。公開後から人気急上昇
Chapter 5 THE RISE OF POLITICAL BLOGGING Josh Marshall
政治系ブログの台頭
2000.11. フロリダの大統領選が数百票差で決着が不透明に ⇒ ニュースメディアは炉心溶融のような状態になり、対応できなくなったが、ウェブには関連の細かな話が山のように書かれていた ⇒ 1人のジャーナリストがブログを立ち上げ、取材も含めた豊富な情報を基に砕けた調子の記事を書き始め、それが契機となって政治系のブログが次々に立ち上がり、政府高官が辞任に追い込まれたり、大統領の提出法案が破棄されたり、大きな影響を及ぼすようになる ⇒ マーシャルのブログが注目されたのは、ブログが可能にした政治報道の新しい形式を次々に追求していく創造性にあった
ブログを通じて、特定のテーマをしつこくいつまでも追い続けることができる
Chapter 6 BLOGGING FOR BUCKS
ブログで稼ぐ Robert Scoble, Nick Denton, Jason Calacanis
バナー広告のほか、報酬を得るためにブログを書く人も相当数いる
Chapter 7 THE EXPLODING BLOGOSPHERE Boing Boing
爆発的に拡大するブロゴスフィア
bOING bOING(ボインボイン) ⇒ 89年創刊の雑誌。自分が熱中しているものを採り上げたアンダーグラウンド文化のごった煮。ウェブの立ち上がりと共にオンラインに移行、さらにブログへと移る。ゲストのライターを増やしたことでトラフィックが急上昇。スポンサーシップ型広告の掲載を開始して商業ベースに乗せ、何百万人もの読者を持つ百万ドル規模の事業となる
ブロガー―が住む知的サイバースペースをブロゴスフィアと呼ぶ ⇒ ブログの普及で可能となった世界的な対話空間全体を指す
Chapter 8 THE PERILS OF KEEPING IT REAL Heather Armstrong
リアルであることの危険
「ドゥースされた」とは、ウェブ用語で、ブログが原因で職を失うこと ⇒ アームストロングのブログ、ドゥースDooceの転用で、辛口で冒涜的な言葉で宗教や社会に対するフラストレーションを好き勝手に書き続けた結果、見るはずがないと思っていた人の目に触れてしまい、家族からも勘当されかけたり職を失ったりしたが、それに似た話が数多く出た
ドゥースは、失職中は中止していたが、やがて復活、子供が出来たときも同じような辛口のジョークが多かったが、育児ノイローゼになった時は、ブログで発散することによって精神的に助けられ乗り切ることができた(「ママブログ」というサブカルチャーが生まれた)
いまではページビューが月間3百万、トップ100のリストにも入り、広告の掲載も始まって、個人ブログとして最大の成功者となった
白血病の闘病生活を綴るブログが多くの人の同情を買ったが、突然の死を不審に思った人たちの追及で、ある女性が3人から聞いた話を合成して書いた作り話と白状、読者の信頼を弄び、騙されたという思いを多くの人に与えたことは間違いなく、これが予防接種となり、後に似たような事件が起きにくくなると言えればいいが、これはむしろ新しいジャンルの始まりだろう
アイデンティティー問題 ⇒ 一定のスキルを持つ人なら、記事や検索結果、オフラインで得た手がかりなどを総合し、匿名ブロガーを特定できる可能性がある
03年米軍のイラク侵攻の際には、銃弾の両側にブロガーがいて、体験の情報交換が行われた ⇒ バグダッド在住のイラク人のブログで、日に日に悪化するバグダッドの生活が克明に綴られている ⇒ 本人が確認され、表舞台に登場し、出版契約を結んだりした
目撃証人タイプのブログでは常にその真正性が問題となる ⇒ ウェイターのボヤキを綴ったブログで名を挙げた実在のウェイターもその後出版契約を得て表舞台に出てきたが、どのレストランで働いていたかは結局明らかにしなかった
PART THREE: WHAT HAVE BLOGS WROUGHT?
Chapter 9 JOURNALISTS vs. BLOGGERS
なぜブログがそれほどすごいことなのかわからない、ウェブを使った個人的な発信や、読者とライターのやり取りもオンラインでやっている ⇒ プロのライターにとっては当たり前の体験やチャンスが、基本的に誰の手にも入るようになったという変化を見落としている。自分の作品を世に出したいと思った時に、何の障碍もなく実行できる
ブログを推進した力は、報道機関に対する反感 ⇒ 誤りや偏向の山に怒り、内容チェックを始めたのが政治系ブロガーであり、公開されなかった投書が憤慨や愚痴という形でオンラインに噴出したのがブログ
メディア側の反応は全く違い、斜に構えて見ていたが、自らブログに嵌まるジャーナリストが急増。なかでも「ロメネスコ」という他のサイトに掲載された記事へのリンクだけを表示したブログは、内部者によって発信された情報へのアクセスが容易にでき、業界人にはこれほど面白い読み物はなかった
そのうちブログに対するジャーナリストの姿勢は、積極的な過小評価へと変化 ⇒ その頃ニュース業界がかつてないほどの危機に見舞われていたが、単なる偶然ではない。2000年代に入って発行部数の減少が加速し、ドットコム・バブルの広告で底上げされていた収益が激減、同時にジャーナリストの記事捏造・盗用等自尊心を傷つけるような不祥事が発覚、読者の怒りは、フセインが大量破壊兵器を開発しておりイラクへの侵攻が不可避だというブッシュ政権の言葉を鵜呑みにした報道関係者全体に向けられた ⇒ ブロガー一斉に攻撃、当然ジャーナリストも反撃に出て、両者対立の構図が出来た
「インクを樽で買う人と喧嘩してはいけない」とよく言われるが、インクなしで発信する人との闘いは新しいパターン ⇒ ブロガーとジャーナリストが公開でやり取りしたことがあり、ブロガーが一つ一つあまりに細かく反応するのに苛立ったジャーナリストが際限なく論争が続くことに苛立ちを表明 ⇒ 編集者に与えられた特権が、「この問題はここまで」と打ち切りを宣言する権利。ブロガーはその命令を聞く必要がなく、好きなだけ好きな話を続けられる
ブロガーにとって、ジャーナリズムとは、様々な書き方の1つに過ぎない ⇒ ブログがジャーナリズムにとって代わるという議論は無意味で、ジャーナリストの行動規範をもってブログを書けばブロガーはジャーナリストになるし、ブログ形式を採用すれば、ジャーナリストはブロガーになる
ジャーナリストは、資格ではなく、印刷機の所有者やそういう人に雇われた者がジャーナリストと名乗っていた ⇒ 米国報道機関は憲法修正第1条によって政府規制から守られているが、何をもってジャーナリストと認定するかは定められていないため、あるブロガーが事件を記録したビデオの連邦大陪審への提出を拒絶、憲法によって情報ソースのアイデンティティーを守ることができると主張したが、裁判所はたまたま記録した一般人に過ぎないとして有罪とした ⇒ 業界はブロガー擁護に回り、新聞労働者組合から報道の自由賞が贈られた(最終的に、ウェブに公開するという妥協で釈放されたのは皮肉)
「市民ジャーナリズム」 ⇒ 「従来は情報の受け手とされていた人々が手持ちの報道ツールを活用し、お互いの情報提供を行うこと」と定義され、アマチュアによる報道や実験的なコミュニティベースの情報収集が急速に増え、誰でもジャーナリストになれることの現れ
メディアに対する反感が一気に噴き出したのは、イラク問題に関する報道の姿勢で、戦争の大義が失われた時、政権のみならずその手伝いをしたメディアも信用を失った ⇒ 民主主義におけるジャーナリストの役割は「国民とリーダーが適切な情報に基づいて生死を分ける意志決定を行えるようにすること」と言われるが、その意味でメディア全体の崩壊に等しい
ラザーゲート事件 ⇒ CBSの番組60ミニッツで看板アンカーマンのダン・ラザーが04年の大統領選中に現職のブッシュ大統領の軍歴詐称をスクープし大反響を呼ぶ。しかし、詐称の証拠とされた文書をウェブサイトに公開したところ、直後から偽造との指摘が始まり、事実捏造であることが判明し番組内で謝罪。後の社外調査の結果、報道内容が公正さと正確さを欠いていたとの結論が出され、CBSは報道部門の幹部4人を解雇し、ラザーとも番組の契約を更改しないことを決定、翌年三月に事実上降板に追い込まれた。07年問題の責任を転嫁されたとしてCBSに7000万ドル(当時のレートで約81億円)の損害賠償を求める訴訟を起こした
CBSの元役員は、「CBSの誇る何重にもかけられた抑制と均衡と、パジャマを着たまま今で自分が思ったことをそのまま書いているだけの男との違いが分からないのか」と憤慨
CBSは、自ら社内に「抑制と均衡」が働いていないことを暴露したのみならず、問題への対応は「耐えられないほど傲慢で独善的」
ブログには、あらゆる分野の専門家やマニアが1日24時間、商業出版ではありえないほど深く掘り下げた記事を書いていることも多く、その道の専門家として認めてもらいたい、何かを売りたいというケースも多いが、ただ単に、そうするのが楽しいからしている人も多い ⇒ 問題は、書かれた内容が専門的に見てどうであるか、だ。ブログの場合、成果が公開されるため、記事を書くごとに信用が積み重なっていくので、実力を自ら証明しなければならない世界。情熱を持ったマチュアは、惰性のプロより間違いなく上
Fivethirtyeight.comは、大統領選の支持率を事細かに追うサイトで、細かく知りたければ大手メディアよりよほど正確かつリアルタイム(538は大統領選挙人の数) ⇒ 同じようなことがあちこちで起きている
優秀な記者がどれほど努力しても、編集で失われるものがあるし、かつて情報の歪みは細かく分散していて自分のよく知る分野でなければ間違いに気づかなかったが、今は過ち同士を結びつけることが可能となり、その結果メディアは凡庸であり、間違いだらけだという全体像が見えるようになった
ブロガーがジャーナリストの仕事を侵食すると同時に、その仕事を批判したが、ジャーナリストがブロガーを嫌う理由で特に神経に触ったのは、ブロガーのしつこさ ⇒ ジャーナリズムには資源に限りがあり、その制約の中で取捨選択するのが編集者の仕事であるのに対し、ブロガーは自分の執着することにすべての時間を投入できる。ブログは批判と評論だけという指摘に対してジャーナリストより遥かに詳しい情報提供するブログもある
ベテラン政治記者がある法案の審議について書いた不注意な文章の僅かな間違いをブログに指摘された際、「成立する見込みのない法案に関し、誰が正しいのかを判断するだけの時間もなければ法的知識もない」、とジャーナリズムの無力を認めた言葉は、ジャーナリストが依って立つ信頼という基盤を敵に明け渡したに等しい
ウェブに対する新聞社の方針は、「何でもやってみて、何が残るかを見る」と言うカオス状態で、ブログについても遅まきながら編集室のスタッフに書かせることになる ⇒ N Y Timesでは03年に1人だったのが08年には70前後に増加、過重な負担となる
新聞というのは、ニュースや評論、スポーツ、株価など無関係な情報をひとまとめにして、読者と広告主に売ることで稼ぐ事業だが、ウェブがそれをずたずたにした ⇒ 新聞がすぐになくなることはないが、習慣的に新聞を読んでいる人々と同じ寿命しかないであろう
新聞社にとってウェブは魅力的な配信媒体という側面も ⇒ 多くの経費を省ける
業界の変化に、新聞社は後手に回り続ける ⇒ ウェブ上の新聞コンテンツで料金を徴収する試みも失敗、オンラインの情報消費が増えるにつれて新聞の発行部数は急落
NY大で教えるピート・ハミルも、「本物のジャーナリストにとってブログはその品位を落とすものだとし、ブログで時間を無駄にするな」と学生に警告
ブロガーには倫理がないので、信用してはならないとも言われた
この背景には、20世紀半ばの米国ジャーナリズムの教義がある ⇒ 政治的な偏向がないこと、「客観性」を担保する特性こそジャーナリズムの本質とされ、これこそ永遠の真実だとされるが、実は比較的新しいもので、利益を挙げるためには中立性を確保する必要があるとされたもので、それ以前の時代の事を考えれば中立性が消えても活発なジャーナリズムは存続できるはず
ジャーナリズムからのブログ攻撃は、元々ブログを間違って信じ込んでいたからであり、自分たちの地位が失われた理由を誰かのせいにしたいと思ったからで、90年代にAOLやYahooを悪人だとしたように、今度はブロガーのせいにしようとしたが、ブログの興隆と新聞の没落の間には因果関係は見つけられなかった
ジャーナリズムの伝統を守ろうとする人々は、以下の3点を効用として指摘する
① メディア企業が報酬を払わなくなれば、費用もかかれば政治的なリスクも大きい調査報道をする人がいなくなる ⇒ 旧来メディアでも採算面で支えられなくなっている
② オンラインニュースの増加と偏向性の強いブロゴスフィアの林立は、「こだま効果」(すでに知っていることしか読めないし、自分が同意する意見しか耳にしない世界になること)ばかりになる ⇒ ウェブの方がよほど広く新しいものが見られる。オバマがウェブを活用して勝ったのを見ても、オンライの政治文化を支配する微妙で複雑な力学をこだま効果でくくろうとすることには無理がある
③ 大手メディアが倒れれば、国の文化が空中分解する、国をまとめる声がなくなる ⇒ 国民の声が1つにまとまったのは、放送が普及し新聞の整理統合が進んだ結果、偏向を排し中立の立場を大衆に届ける形が整った1960年代だけで、その時でさえ政治的な分極を止めることは出来ず、政党間の暴力的な衝突すらあったというから、「1つにまとまった国民の声」を醸成しようという動きと国民レベルの議論の隆盛との間には相関関係は存在しない
いずれも、ジャーナリストの都合のいい議論で、真の姿は、ジャーナリストの影響力が落ち、その他の人々の影響力が強くなっているということ
Chapter 10 WHEN EVERYONE HAS A BLOG 誰もがブログを持つ世界
ウェブとは、だれでもクリエイティブになれる場、誰でも貢献できる場
ウェブは、人々の情報や表現をまとめて蓄積する巨大な収納庫
「インターネットとは、ムンバイ郊外のごみ捨て場のようなもの。不幸な人々が大勢集まり、ゴミをあさっている。時々、アルミニウムなどの売れるものが見つかるからだ。でも、そのほとんどは単なるゴミだ。上手にたずねるトレーニングを積んだ人なら見つけられる金鉱や真珠も存在する」 ⇒ 66年に会話ロボットを作り、あまりに簡単に人がマシンを信用してしまうことを知って、戦いもせずに自らの自主性を明け渡すのが人かもしれないと恐れたワイゼンバウムが99年に話したコメント
確かにSFの90%はゴミだ。でもそれは、どんなものでも90%はゴミだからだ ⇒ スタージョンの法則(SFはレベルが低いと批判された時、SF作家のスタージョンが言い返した言葉)と言われ、ブロガーもレベルが低いとの批判に対し同じように言い返す
ブログの仲間には様々なアイディアを持ち、かつ、自分の考えを明快に表現できるちょっと変わった人が大勢いて、ブログのコミュニティが次々と誕生
ブログの標準的機能を形成したのは、Movable Typeというホスティング・サービス
Wordpressというオープンソースも登場
08年のブログ人口は184百万人、うち米国26.4百万人、ブログを読む割合はインターネットをよく使うユーザーの77%に達している
イラクに派遣された米軍将校が、戦死した時に公開して欲しいと、ブログ仲間に「最後の記事」を託していた ⇒ 最後の一言が言えないのは嫌だ。この記事を読んでいるあなたは死んでいないので、とりあえずその事実を喜ぼう。我々は皆いつか死ぬ。私は自分が心から愛した仕事をしながら死んだ。あなたに順番が回ってきたとき、あなたが私と同じくらい幸運であればいいと思う
ブログに関する恐れ:
ブログ界は人間を完全に映す鏡ではないが、人間社会の縮図に向けて拡大を続けている
ブログで生活が劣化するとの心配、何でも矮小化し大きな考えをまとめる力が失われる ⇒ 「今」が注目されることは間違いないが、「過去の記事」もリンクやアーカイブを通じて他のタイプのウェブサイトよりブログの方がよく利用されているのは、ブログにも時間を超越する力がかなりあることが判る
文章が短いブログで我々が短い思索しかできなくなるという懸念は、文化一般について言われて久しいことで、新しい媒体が登場するたびに繰り返されてきた警告 ⇒ 知力が後退したからというよりは、今までは益が得られなかったから短い文章をこれほど大量に生み出すことがなかったのであり、そのような短い文章が大量に消費される方法とその市場を遂に手に入れたと考えるべき
量があまりに多いため一つ一つの記事が影響力を失うという懸念 ⇒ いままでのライターが育った世界では発信する力はなかなか手に入らない特権であり、一旦手に入れればその力を持っているというだけで一定の注目を集めることができたが、ウェブにおいては実質的に無制限の資源となった。そういう世界では、まず発信する、選択はその後。「優れたもの」をより分けるメカニズムはまだ確立しておらず、今あるのはどの記事がよく読まれているのかを示すトラフィック情報で、そのうち人間による有用なフィルタリングが開発されてくるのだろう。なかなか出版してもらえなかった時代に比べて、何でも自由に発信できるブロガーの方がつらい立場にいるとは思えない
自分でブログを書いた経験のない人は、これが基本的に社会的な活動であることを往々にして見逃す ⇒ ブログを書くのは友好的な活動であり、グループ化することが多い
ほとんどのブログには読者がついている、その多くは他のブロガーだ
Chapter 11 FRAGMENTS FOR THE FUTURE 未来に繋がるかけら
新しいものが登場すると、「本物ではない」と言われる。後にそれが本物であることが否定できなくなると、「重要ではない」と言われる。そして重要性が否定できなくなると、「新しくない」と言われる
ウェブの人気はFacebookのようなSNSに移行 ⇒ ユーザーが自分の個人的情報を大量にアップロードし始めたことをブロガーはナルシシステムと呼んだ
EPILOGUE: TWILIGHT OF THE CYNICS 皮肉の黄昏
ブログが大きな意義を持つと言えるのは、人の知見と理解をプールするネットワークという、ウェブが元来持つビジョンの実現を推進したから。オンラインにおける自己表現の可能性を様々なライターが試す実験室となったことが大きい
書くことで自分の考えを把握しようとする行為には、有益な副作用が伴うことがある。考えの変化がわかるのだ
書きたい理由があり、書いていれば気が紛れたり、書くことで頭の中が整理されたり、書くだけで気が楽になったりする。書いて発信すると自分は一人ではないと感じられる場合もあるだろう。このような効果が得られるのであれば、その行動を卑下する必要は全くないはず
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