動的平衡 2 福岡伸一 2012.4.12.
2012.4.12. 動的平衡 2 ― 生命は自由になれるのか
Dynamic Equilibrium 2
著者 福岡伸一 生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学(前著ではロックフェラー大)医学部博士研究員、京大助教授を経て、青山学院大学理工学部教授。分子生物学専攻。2006年第1回科学ジャーナリスト賞受賞。『生物と無生物のあいだ』で2007年サントリー学芸賞・中央公論新書大賞受賞。他の著書に『ロハスの思考』『生命と食』『フェルメール光の王国』等。
発行日 2011.12.7. 初版第1刷発行
発行所 木楽舎
本書は、著者が以下の雑誌・新聞に発表した原稿に加筆、修正を加え、再構成したもの:
日本経済新聞連載『動的な美 十選』(まえがきにかえて)
ソトコト連載『等身大の科学へ』(生命浮遊)
SIGNATURE連載『科学者のつむじ』
集英社クォータリー『kotoba』創刊号
モンキービジネス第12号(あとがきにかえて)
美は、動的な平衡に宿る――まえがきにかえて:
自作の顕微鏡で微生物、血球、精子を発見して生物学史に名を留めるアントニ・ファン・レーウェンフック(1632年オランダ・デルフト生まれ) ⇒ 絵がうまく書けないので、顕微鏡のスケッチは熟達の画家に頼んで代わりに書いてもらったという ⇒ 著者の仮説では、両者に交流の記録はないものの、同年同所生まれのフェルメールではないか。彼の死後、レーウェンフックの観察スケッチは急にタッチとトーンが変化して動的な勢いが消えている
フェルメールこそ、動的な平衡の上に美が宿ることを示し続けてくれる
生命体は遺伝子の乗り物か:
生命とは、自己複製するもの。生命の唯一無二の目的は子孫を残すこと ⇒ 自己複製の単位は遺伝子そのもので、遺伝子は自らを複製するため生物の個体を乗り物にしているに過ぎない
ホモ・ルーデンスかロボット機械か:
ホモ・ルーデンス(1938年オランダの歴史学者ホイジンガの著書の題名、「人間は遊ぶ存在」)
生命現象を特徴づけるものは自己複製だけでなく、むしろ合成と分解を繰り返しつつ一定の恒常性を維持するあり方、つまり「動的平衡」にあるのではないか
遺伝子の命令によって動いていると同時に、その命令に背くこともできる ⇒ 遺伝子の命令の中にあらかじめ別の種類の命令、「自由であれ」という命令が含まれている。その由来と意味を考えることが前著『動的平衡』に続く本書の課題
子孫を残せないソメイヨシノ:
一代雑種 ⇒ 異なる系統を掛け合わせてできる交配種のことで、ソメイヨシノはコマツオトメとオオシマヒガンを交配したもの。子孫を残す能力が劣る(「不稔性」という)が、ソメイヨシノの場合はクローン化(挿し木、接ぎ木)によって各地に広がった
センス・オブ・ワンダーを追いかけて:
地球上で生命体は、絶え間ない相互作用を行いつつ、関係しあっている ⇒ その頂点にいる人間ですら、呼吸や排泄を通して、常に炭素やエネルギーを交換している
この関係性の重要性と脆弱さを描いた米国の女性作家レイチェル・カーソンの遺作
「神秘さや不思議さに目をみはる感性」 ⇒ この感性こそが、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、私たちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、変わらぬ解毒剤になる
自然の細部に宿る美しさに目をみはれることが、世界の実在性を立証している
操作的介入は、生命のバランスを崩したり損なうことはあっても、それを改善したり、人間の都合に合わせて改変するのは容易なことではない。そして動的平衡としての生命は、文字通りダイナミックに平衡を求め続けて変化している
なぜ、蝶は頑ななまでに食性を守るか:
蝶の種類によって特定の食べ物しか食べない ⇒ 似たような植物でも見向きもしない
お互いが限りある資源を守ることで生態系のバランスを保っている ⇒ 「ニッチ」といって、すべての生物が守っている自分のための僅かな窪み=生態学的地位のことで、この窪みが、物質とエネルギーと情報の循環、すなわち生態系全体の動的平衡を担保している
ニッチとは、多様な生命が棲み分けている場所、時間、歴史が長い時間をかけて作り出したバランス
動的だからこそ、恒常性が保たれる:
生命の多様性を保全するには、動的平衡の考え方が欠かせない
動的平衡の定義 ⇒ それを構成する要素は、絶え間なく消長、交換、変化しているにもかかわらず、全体として一定のバランス、つまり恒常性が保たれる系のこと
多様性が動的平衡の強靭さを支えている:
地球上のすべてのものは様々な元素から成り立つが、元素の総量は一定
絶え間なく結びつき方を変えながら循環している
生物は、地球環境というネットワークの結節点に位置している。結び目が多いほど、結ばれ方が多岐にわたるほど、ネットワークは強靭でかつ柔軟、可変的でかつ回復力を持つものとなる ⇒ 地球環境という動的平衡を保持するためにこそ、生物多様性が必要
ニッチは「分際(ぶんざい)」とも言える。すべての生物は自らの分際を守っているのに、ヒトだけが自然を分断し、見下すことによって分際を忘れ、分際を逸脱している
なぜ食べ続けなければならないか:
生体内で絶え間なく分解と合成を繰り返すため ⇒ 人体の構成成分のうち約20%は20種類のアミノ酸が結合してできたタンパク質で、アミノ酸を摂るために食べる
タンパク質は貯蔵できず、1日60gを食品として摂取し続けなければならない
20種中11種はヒトの体内で作れる非必須アミノ酸だが、残り9種は必須アミノ酸(動物の種類によって何種かは異なる)という体内では合成不能なもので、必ず外部から摂取しなければならない ⇒ 植物や微生物はすべてを自前で合成するが、動物は進化の過程で合成能力を喪失
アミノ酸の桶の理論:
木製の桶は、縦に置いた何枚もの板を竹で締め上げて作るが、1枚の板が短かった場合は水はその板の高さまでしか入らず、その他の板の長さは意味を持たず無駄になる ⇒ 必須アミノ酸もどれか1種が不足すると、他のアミノ酸をいくら摂っても体外に排出されてしまう ⇒ 多くの食材をバランスよく食べなければならない ⇒ ヒトにとって最もアミノ酸バランスの良い食材の一つが鶏卵
窒素固定のプロセスは細菌が担っていた:
世界規模でアミノ酸バランスに偏りが生じると、捨てられるアミノ酸が増大、余分なアミノ酸は窒素化合物として排泄され、地球の窒素の大規模循環に影響を与える
窒素は大気の約80%を占め、炭素と同様地球全体を循環し、生物の生命現象を支えている
窒素はアミノ酸の必須構成要素であり、タンパク質とDNAになくてはならない元素だが、大気中の窒素を生命が利用できる形態にするためには、窒素固定のプロセスが必要で、土壌の中にいる窒素細菌が空気中の窒素を酸化させアンモニアや酸化窒素に変えているので、動植物が吸収できる
人間が、人工的に空気中の窒素からアンモニアを合成し、化学肥料として使い始めた(ハーバーボッシュ法という、20世紀最大の発明の1つ)ため、窒素が生態系の中に過剰に流出している ⇒ 土壌や水質への負荷になり、温室効果ガスなどの発生原因となる
この偏りをできるだけ回復することは、急増する人口を養っていかなければならない人類の大きな課題
ヒトフェロモンの発見
同種間の情報伝達を担う外分泌物は、「エクト(外の意)ホルモン」と呼ばれ、通常のホルモンが体内で作られその個体内で作用するのに対し、他の個体(つまり外)に作用する
1930年代ドイツの化学者アドルフ・ブーテナントが繭から性誘引物質の抽出に成功、ノーベル賞に指名されたが、ヒトラーにより拒否させられた
1959年性誘引物質の化学構造を発表して再度ノーベル賞に指名され、ナチの過去が問題にされたものの受賞 ⇒ 同年他の学者によって、ホルモンとは別物なので、区別して「フェロモン」と命名され、ブーテナントはフェロモンの発見者として功成り名遂げる
フェロモンの分泌が、仲間に同じ生理現象をもたらす ⇒ ヒトの生理も伝染する(マクリントック効果/ドミトリー効果)、植物でも葉がカビなどの病原体の来襲を受けると防御物質を作り出して撃退しようとするが、近隣の健康な株の葉でも同じ物質が作られ始める
なぜ、生命の起源は単一だと言えるのか:
DNAが生命の設計図であると言われるのは、DNAにタンパク質の情報が書き込まれているという意味なので、DNAはタンパク質の設計図ともいえる
DNAの1文字は4種のヌクレオチド(a,c,g,t)で表され、アミノ酸はヌクレオチド3文字で表され(トリプレット暗号)、タンパク質はアミノ酸の連鎖として構成される
生命の起源の際、DNAの文字(ヌkレオチド)とタンパク質の文字(アミノ酸)の対応が決まり、すべての生命体がその文法を遵守してきた
DNAとタンパク質の文法が単一というところから、多様な生物は全て単一の生命の起源から進化(=文法は同じだが違った文章を書くこと)した産物だと言える
生物の可変性 ⇒ 生物が不変のものではなく、常に動的に進化し続けるということを発見したのはジャン・ラマルク(フランス:1744~1829)
ダーウィン(1809~82)の預言:
ラマルクの発見の上に立って、「自然選択」が進化のフィルターであることを発見 ⇒ 生物は、自然環境に適したものが進化して残る ⇒ DNAに相当する「ジェミュ-ル」という微小粒子が体内各器官の情報を集めて子孫に伝承されるという仮説(現代では否定)
親から子に伝え得るのは、精子もしくは卵子の中にあるDNAだけであり、環境からの刺戟によって身体の状況が変わっても遺伝されない
エピ(「外」「離れて」の意)ジェネティックス(「遺伝」の意) ⇒ 一般的な遺伝の外側で生じる現象を研究する分野。遺伝子活性化のタイミングを違えるだけで生命体に変化が起きることから、タイミングを制御する仕組みの受け渡しを解明しようとする
達成できそうにないCO2削減目標:
l 大気中に含まれるCO2濃度 ⇒ 0.035%(重量換算では7300億トン)
l 1年間に人間の経済活動によって排出されるCO2の量は、大気中のCO2の何% ⇒ 1%以下(排出量は約72億トン)
l 日本が排出するCO2の量は ⇒ 全世界の排出量の4%
l CO2排出量の上位5は ⇒ 中国22%、ロシア5.5%、米、インド4.9%、日本4%
l 実質、日本は何%減らさなければならないか ⇒ 1990年比-6%であり、2008年時点ではすでに1990年比+8%なので、14%もの削減が必要
人間が排出するCO2のうち、1/4は植物が吸収、1/4は海水が吸収するが、残る1/2は着実に大気中に加算される ⇒ 産業革命前の濃度は0.028%と推定されるが、それが地球環境に及ぼした変化は不詳、ただ動的な平衡点を移動させていることだけは間違いない
人間の吐く息には約4%のCO2が含まれる ⇒ 1人1日1㎏以上のCO2を排出
生命よ、自由であれ――あとがきにかえて:
人生は複雑で思いもよらないことが次々と起こる、しかしそこには紛れもない摂理=因果律があると考えられてきたが、現代の量子論は因果律を否定、自由さと多義性によって生命のあり方や脳の働きですらも解き明かそうとしている ⇒ ミクロの世界では宿命や運命はなく、あるのは共時的な多義性だけ
人生にもさまざまなことが起こるが、それは因果的に起こったのではなく、共時的で多様な現象がたまたまそのように見えているに過ぎず、世界は原理的には全く自由 ⇒ 自由さのありように意味がある
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