パスタでたどるイタリア史  2012.5.13.  池上俊一

2012.5.13. パスタでたどるイタリア史

著者  池上俊一 1956年愛知県生まれ。東大大学院総合文化研究科教授。専門は西洋中世・ルネサンス史

発行日           2011.11.18. 第1刷発行              2012.4.5. 第2刷発行
発行所           岩波ジュニア新書

「パスタを食べることでイタリア人はイタリア人であることを自覚する」
地域色の強いイタリアで、人々の心を結ぶ強い力を持つパスタ。この国民食が、いつ、どのように成立したのでしょう。古代ローマのパスタの原型から、アラブ人が伝えた乾燥パスタ、大航海時代の舶来種トマト、国家統一に一役買った料理書まで、パスタを辿ると、イタリアの歴史が見えてくる

はじめに 日本のパスタ事情
日本で最初にパスタが食べられたのは、幕末の横浜外人居留地
日本で生産が始まったのは1883年頃、フランス人宣教師マリク・マリ・ド・ロ神父が、長崎市にマカロニ工場を建設して開始
日本人では、明治40年代新潟県の製麺業者が、外国大使館の依頼に応えてマカロニ製造機を開発したのが最初
192030年ごろ、明治屋がパスタの輸入を開始したのが公的輸入の最初
戦後アメリカの進駐軍が食べているのを日本人コックが真似して爆発的に広がる
1955年 富士製糖と日本精糖が共同出資して日本マカロニを設立、日本製粉と共に本格的なパスタ生産を始める ⇒ パスタ元年と言われる
主食として庶民に広まるのは1970年代以降、外食チェーンの拡がりが大きく寄与
90年代には「イタめし」ブーム到来 ⇒ パスタ輸入が急増、自由化された71年に比べると98年には208倍に

第1章        麺が水と出会うまで ⇒ パスタの素材に着目
パスタの種類 ⇒ 原料、乾燥と生、形態(ロング、ショート、詰め物)、調理法(一般、スープ、ラザーニャ)等によって分類
原料の大半は小麦 ⇒ 元々東地中海沿岸に自生、BC9000年辺りにメソポタミアで栽培され西地中海に広がり、ヨーロッパ文明の中心を担う役割
古代ローマでパン以外にパスタの原型が見られる ⇒ 肉食のゲルマン民族の侵入でいったん途絶えるが、11世紀ごろから水と結合した「パスタ」が登場 ⇒ チーズと結合して飛躍的に発展
生パスタが広まったのは北イタリアで、南は硬質小麦が中心だったためアラブ人がもたらしたと言われる乾燥パスタが主
1617世紀には、ジェノヴァ、ナポリ、パレルモ、サヴォナ、ローマなどでパン屋から独立したパスタ業の「ギルド」ができ、独自の規約を定める

第2章        文明交流とパスタのソース ⇒ ソースの素材として定着した野菜類に焦点
パスタの味付けが多様化したのはごく最近のこと
最初は何もなしで食べ、次いでスープ形式が現れる。チーズをかける習慣はかなり早く(11世紀初め)から広まった
大航海時代に新食材が入ってきたことによって人々の嗜好が変化 ⇒ イタリアは乗り遅れたが、スペインによって支配されていたナポリ王国やシチリア経由で広まる
新たな香辛料の中で重要なのは唐辛子と、野菜ではペルー・エクアドル原産のトマトで、ナス、ズッキーニも使われる
地域ごとにソースの工夫に注力、パスタそのものの素材も多様化

第3章        貧者の夢とエリートの洗練 ⇒ パスタの料理人に焦点
農民・民衆の料理が貴族らの努力によってより洗練されたブルジョワ料理になるための準備・試行錯誤がなされた

第4章        地方の名物パスタと国家形成 ⇒ 地方の風土や民族との密接な結びつきに焦点
多くの民衆にとっては、貴重な特別料理だったために、それぞれの地域や町の祭礼・行事と結びついて発展してきた ⇒ 名前の語源も不明なものが多く、同じものでも地方によって呼び方が違うのは当たり前
イタリア国家の統一が成し遂げられた頃に、料理やパスタの国民統合を促すことになった功績者が「イタリア料理の父」と呼ばれるペッレグリーノ・アルトゥージ(1820~、フィレンツェで銀行を経営して財を成す)で、『料理の科学と美味しく食べる技法』を著わし、様々な地方料理に、持ち前のセンスによって新しい時代にふさわしい修正をして、かつては身分別になっていた伝統料理を平準化し、イタリアを代表するレシピとしてまとめ、新興市民階級にも歓迎された ⇒ 現在に至るまで家庭に1冊必携というように評価が定まった
アルトゥージの「改革」は、「食」だけでなく「言語」の改革でもあった ⇒ 家庭料理の用語の「純化」に努め、すべてのイタリア人にたやすく理解できる料理名・素材名を、イタリア各地から探し出してきて、自身の料理書のレシピを書いていった

第5章        母と子の思い ⇒ 母親のイメージと結びついた料理
イタリアでは中世以来マリア崇拝が極めて盛んで、現代でも特に農業地帯で普及している
イタリアの国民性は、母性的な諸性質が「パスタ」を巡る原願望のまわりに発展していったものと言える
パスタは孤独を認めない、連携・繋がりの食べ物で、家族又は仲間とともに皆でワイワイ食べるのがその在り方

第6章        パスタの敵対者たち ⇒ 近代国際政治の力学の影響
19世紀までは、庶民が小麦のパスタを日常的に食べられる状況ではなかった
20世紀に入って、ファシズムが社会の均質化を試みたところから、漸く食生活にも変化が起こり、特に軍隊の制度が最も貢献 ⇒ 第1次世界大戦での軍隊生活が食生活改善に貢献するとともに、戦後の生産力向上のお蔭で小麦製品が普及
19世紀末から、重税と統制に耐えかねた民族大移動が起こり、特にアメリカには187619244.5百万人以上が移住したが、その生活は悲惨で差別の対象となり、食生活を含むすべてが否定されたため、イタリア料理もなかなか受け入れられなかった。逆にアメリカ文化が、停滞するヨーロッパ社会への解毒剤となって、特に第2次大戦後のイタリアではアメリカの存在が大きくなり、アメリカ流の価値観が1つの目標となり、パスタというイタリアの主食を遅れた国の貧しい食べ物として制限する動きすらあった
インテリたちの文化・思想運動(特に「未来派」運動)にもパスタの普及が妨げられた ⇒ 20世紀初頭、未だ地域主義の蔓延るイタリアで、フランス印象派や立体派の影響を受けながら生まれた前衛芸術運動で、スピードとダイナミズムに憧れ、都市生活や機械文明を礼賛し、食事と饗宴においても早くダイナミックで軽やかなものを追求し、パスタこそイタリアの習俗・モラルの堕落の張本人として最初に打倒すべき食べ物として糾弾
「アメリカ神話」と「未来派宣言」に次いでパスタ普及に脅威となったのが、食生活の多様化、とりわけ肉食の増加であり、さらにはブルジョワ・イデオロギーやカトリック教会の抵抗によって妨げられていた女性の社会進出により、マンマの味や、家族そろってのゆったりとした食卓が消滅しつつあるのはパスタの持っていた母との密接な結びつきが廃れていくことでもあり深刻な問題

おわりに 歴史の中のパスタ
寄せ集めの国民がパスタの前に座る時だけイタリア人だと自覚する。兵役も、普通選挙も、納税義務ですら、スパゲティほどには統合作用を発揮することはない
「地中海式食事」 ⇒ 1980年代以降に生活習慣病予防の観点から注目を浴びる。エネルギー源の優勢な部分を植物から摂取、特に穀物とその派生物を重視。パスタを含むイタリア料理の健康への貢献が喧伝
「スローフード運動」 ⇒ 世界各国の伝統的で優れた食を守ろうという運動。まずイタリアの伝統的なワインと食を対象に1983年「アルチ・ゴーラ」設立(86年にスローフード協会となる)89年にパリで15か国が参加してスローフード宣言が発表され国際運動へと発展。この運動が糾弾するのは、グローバル化したポスト工業化社会において多国籍企業にコントロールされ技術優先で単一志向、輸出が目的のシステムとなりつつある農業で、自然や文化との歴史的繋がりの中で生まれ育ってきたパスタのようなものこそ運動の中心に位置すべき食べ物







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