天体観測に魅せられた人たち  Emily Levesque  2021.6.17.

 

2021.6.17.  天体観測に魅せられた人たち

The Last Stargazers

The Enduring Story of Astronomy’s Vanishing Explorers      2020

 

著者 Emily Levesque 1984年生まれ。ワシントン大天文学教授。MITで物理学の学士号、ハワイ大で天文学の博士号を取得。中性子星が赤色超巨星と合体した宇宙でも最も不可解な星ソーン・ジトコフ天体の存在を世界で初めて証明したことで注目を集める気鋭の天文学者。2014年アニー・ジャンプ・キャノン賞、2017年スローン・リサーチ・フェローシップ、2019年コットレル・スカラー賞、2020年ニュートン・レイシー・ピアス賞と、女性研究者や若手研究者に贈られる賞を次々に受賞。シアトル在住。2020TEDの講演で話題を集める

 

訳者 川添節子 翻訳家。慶應大法卒

 

発行日           2021.3.14. 第1

発行所           原書房

 

 

序章

大学院の3年目、すばる天文台の一夜を確保して観測中に支持機構に故障発生。日本人技術者に連絡すると、「再起動して見たか」と聞かれる。うっかり間違って機会を壊したら取り返しがつかないが、かといってモデムではあるまいし、簡単に再起動などできるものではない

望遠鏡は570トン、14階建てに匹敵するドームに収められ、直径8.2mの主鏡、副鏡は直径1.2m、重さ180㎏、一晩の稼働コストが47千ドル、大学に大部の観測提案書を出し、50億光年先にあるいくつかの銀河を観測するためにやっと確保した時間であり、次の日はない

私が夢見たのは、宇宙人と接触すること、ブラックホールの秘密を解き明かすこと、新しい星を発見すること。今のところ最後だけ実現。まさか世界最大級の望遠鏡の命運を握る決断をすることになるとは想像もしなかった。再起動する

 

第1章        ファーストライト

2004年、MIT2年目を終えトゥーソンのキットピーク国立天文台で、赤色超巨星を研究。天文台のファーストフライト(初めての観測)1973

赤色超巨星とは質量の大きな星で、太陽の8倍以上の質量を持つものをいい、質量の大きさゆえにガストダストから生まれた高音で青く光る若い星から、10百万年という短期間で燃えさしのように暗赤色に輝く状態となり、死に際の力を振り絞って元の大きさの何倍にも膨れ上がる。多くの場合内部崩壊を起こし、その反動で超新星として知られる爆発を起こしてその一生を終える。超新星は宇宙で最も明るく、膨大なエネルギーを放出する現象で、ブラックホールが形成されることもある

現代の望遠鏡の多くは、星からの光を集めるのに鏡を使い、最も基本的な特性は鏡の大きさで決まる

1986年、ハレー彗星が地球に接近した時は2歳で、マサチューセッツのトーントンで、父親お手製の20㎝の望遠鏡で眺め、両親が1980年から始まった天文学者カール・セーガンのテレビ番組《コスモス》に夢中になっているのに感化され、天文学者に憧れる。公開天体観測に参加して天文学者になりたいと言ったら、教授から数学を勉強しろと言われ夢中になる

1994年、シューマーカー・レヴィ第九彗星が木星下側に衝突、表面に暗褐色の傷跡を残す

7年生の時、ジョンズ・ホプキンス大学のサマープログラムで天文学のクラスを取る

MITから「2006年、合格おめでとう」のフォルダーが届く。物理学の学位を取得を目指し、天文学に進もうと決断

2002年、MITに入学。物理学は天文学への第1

グリーンフラッシュとは、太陽がまっすぐでくっきりした地平線に沈むときに見える視覚現象。大気は太陽光が通り過ぎるときに光を曲げて様々な色に分解する。この屈折により、太陽が地平線に沈む最後の瞬間に、緑色の光を観測者に向けることがあり、この時太陽の最後の輝きは丸い緑色を帯びて見える。太平洋に沈む方がよく見える

 

第2章        主焦点

ジョージ・ウォーラーステインは、2016年天体観測60周年を祝う。02年アメリカ天文学会からヘンリー・ノリス・ラッセル講師職を受ける

ジョージ・エラリー・ヘールは、南カリフォルニアのパロマ―天文台に200インチ鏡を持つ世界最大の望遠鏡を作る。「200インチ」はその代名詞

接眼レンズを通して星を見るだけでは科学的とは言えない。見えたものは何らかの形で正確に記録して保存しなければならず、その方法は時代とともに進化

写真に残す方法が広まる前は、目で見てスケッチするのが最良の方法。太陽天文学では、今でも1859年リチャード・キャリントンが描いた太陽黒点を参照する

写真乾板はほとんどの天文台で使われた最新の撮像技術。ハロゲン化銀の乳剤で加工された四角いガラス板を望遠鏡にセットして使うと、光子が当たったところは乳剤が反応して暗くなり、現像すると白黒の陰画ができ、白い空の背景に星が暗く浮かび上がる

コダック社製が多く、光の感度を上げるために暗室で科学的に調整することもよく行われ、天文学者の関心を持つ波長によって看板を様々に加工したが、結局は蒸留水につけるのが一番うまくいくのが判明。3倍の感度が得られた。ウォーラーステインはさらに感度を倍増させるために赤外線用の乾板をアンモニアに浸すことを考えたが、臭いとガスが問題で、最終的には水素ガスが使われることになったものの、こんどは安全性が問題。パロマ―では火元となるものをすべて排除した「ヒンデンブルグの間」(水素ガスへの引火が原因で爆発したドイツの飛行船)が工夫されたが、ウィルソン天文台のある天文学者は赤外線への感度を上げるにはレモンジュースに浸すのが一番だという

乾板をカメラの装填するのも大変で、望遠鏡の鏡は1点だけではなく、四角い面に焦点を合わせる。望遠鏡によっては装着面が僅かにカーブしていて、性能を最大限発揮するには乾板もそれに合わせてカーブさせなければならないが、手作業のため力加減が難しく何度も「パリン」という音を聞く羽目になる

観測後の乾板の現像も一苦労。何時間もかかって観測した後にさらに集中した時間の正確性が要求される作業が待っている。南アフリカのボイデン天文台では、現像する部屋にコブラが入っていくのを見かけたが、作業を中止するわけにはいかない

現像した看板を、観測者が拠点とする分析する場所まで運ぶのも難しい

何より苦労させられるのは観測自体。想定した区分を撮影し続けるためには常に望遠鏡を操作して、観測対象の星が中央に来るようにしなければならない。夜の間中望遠鏡の焦点にいなければならない。光子が主鏡に当たって反射し、それが集まって主鏡の上方で像を結ぶ。その「主焦点」にカメラが設置され、観測者はカメラの横のケージに入って操作するが、宙に浮いたようなケージに入るのがリスキー

観測は一晩中続く。ケージから降りるのが大変なので、たいていはケージの中にいることを選ぶため尿意との闘いでもある。また、特に冬は空気が冷たくて澄んでいるので観測に適しているが、暖房は厳禁。暖められた空気が上昇し望遠鏡の先の空気を攪拌するとデータが台無しになる

望遠鏡のギアのグリースが寒さのあまり固まって動かなくなると観測は中止せざるを得ないが、命には代えられない

いい画像を得るためには十分な露出が必要で、何時間や何日もかけることがある

寝不足の状態で夜中に高所で仕事をするため、危うい状況が常につきまとう

カセグレン焦点によって、主鏡に集めた光を湾曲した副鏡に反射させ、それを主鏡の中央にある穴を通らせて接眼レンズやカメラが搭載されている望遠鏡の下部で像を結ばせる形式だと、それほどの高所ではないが、カセグレン焦点のそばに待機するために、望遠鏡の傾きや動きに合わせて観測者も上下させる不安定なプラットフォームが必要となり、「ダイビングボード」と呼ばれることもあって、危険なことは変わらない

平らな床でも冬のコンクリートの床の冷たさは骨身に染みるし、設置していた望遠鏡によって感電するリスクもある

天文台には宿泊者専用の建物が併設されるが、ウィルソンとパロマ―の宿泊所は「男子修道院」と呼ばれる。1960年代まで女性は観測の責任者としてあたることが出来なかった。天文学を研究する女性はいたが、望遠鏡に関わる仕事は男のものという風潮が根強かった

1970年代、CCD(電荷結合素子)の誕生で、シリコンチップが受け止めた光をデジタルのシグナルに変換し、データ取得と保管、その後の利用に革命をもたらす

電子工学が望遠鏡にとってなくてはならないものとなると同時に、天文学者がカメラのそばにいる必要を無くした

望遠鏡は進化に連れてサイズも大きくなり、パロマ―の200インチは、1975年ロシアの6m望遠鏡になり、1993年にはマウナケア山頂に10m望遠鏡が2基建設される、性能も飛躍的に引き上げられた。今では主焦点に入って観測できる天文台はない

 

第3章        コンドルを見たか?

チリのラスカンパナス天文台の6.5mマゼラン望遠鏡を使った時は、秒速16m超の風が吹くとドームが閉まる。結局2日間待ったがドームは開かず、8000㎞の無駄な往復で1年で唯一のチャンスが吹き飛んだ

観測時間は、明るい夜、薄暗い夜、暗い夜に分けられ、満月の明るい夜は赤外線の光や特に明るい観測対象を研究する人に割り当てられ、暗い夜は、月のない夜を必要とする薄暗い観測対象や青い光を研究する人に割り当てられる

良い夜というのは、望遠鏡の安全性が確保される環境が必要で、風、湿気、霧、浮雲や筋雲も星が瞬いたり雲に阻まれて実際よりも暗く見えることがあるので問題。キーワードは「測光」で、目に見える雲がなく、星の光に対する大気の透過性にばらつきがなく、大気の向こうに広がる空に実際にあるものを正確に表していると考えられる像を得られる状況が好ましい。観測に適した夜は「シーイング」が良い夜でもある。シーイングとは、像の鮮明さを示す言葉で、その瞬間ごとの星のぼけ具合を測ったもの。大気のわずかな乱れによる揺らぎや淀みは星が瞬く原因となり、そうなると像がぼけるので大問題

観測の成否は天気次第となるが、ただ祈るのみということが多い。チリのセロトロロ汎米天文台の観測者はアンデスコンドルが飛んでいるかどうかで夜の天気がわかるという。コンドルが乗る熱気流に関係するらしい

天気にまつわる験担ぎや迷信は多い

望遠鏡の操作のほとんどは、一晩中観測者と一緒に仕事をするオペレーターが行う。彼等は天文学と工学の学位をも持ち、望遠鏡を動かす訓練を受けている

望遠鏡を向ける目標は、事前に観測者が用意した天球座標系のリストから選択される。座標を入力し、望遠鏡に探させることもあり、天文学者は星の名前を知らない

望遠鏡のガイドカメラと星図からプリントアウトしたものの一致を確認するのも結構難関

膨大な建設費と運営費を合わせると、世界有数の望遠鏡で一晩観測するには1555千ドルかかり、その結果得られるのはただ1つ、科学の進歩

天文学者が手にする観測データには2種類 ⇒ 画像とスペクトル

画像に特定の波長の光だけを通すフィルターを使って、各色ごとの光を検出器に送ることにより、その星が特定の波長域でどのくらいの光を放出しているか、きわめて正確に記録できる。データによって銀河の形状、星雲の中のガスの分布、星の明るさ、正確な位置がわかる

スペクトルデータは、非常に細かい溝の入った反射板やプリズムを利用して天体からの光を自動的に分け、波長に従って並べたもので、波長が短い青い光はCCDの左側に配置され、波長が長くなるにつれその右側に順番に配置される。その測定器は分光器(スペクトログラフ)と呼ばれる。物体の化学組成を分析するのに役立つ

CCDチップの生データに後処理をして必要なデータを取り出す処理をデータ整約という

データが届き次第処理ソフトで粗々でもチェック(=データ整約)できれば、より良い観測をするために露出時間や望遠鏡の設定を変えるといった微調整が可能

 

第4章        観測不能時間・六時間/理由・噴火

2006年、ハワイ大大学院1年目、初めてマウナケア天文台での観測に向かう。10mのケック望遠鏡を使って天の川銀河の恒星のベリリウムを観測することになっていたが、出発直前にハワイ島を震源とする地震発生、天文台にも被害が及び観測は中止

2011年冬、ロッキー山脈の標高4300mにあるエヴァンス山頂のコロラド州マイヤー・ウォンブル天文台は、秒速42mでドームが崩壊、望遠鏡を撤収した

砂嵐や吹雪、雷も強敵だし、山火事も脅威、ハワイ島の火山の噴火と、火山とスモッグを合わせたヴォグvogという現象にも悩まされる

1980年、ワシントン州のマナスタッシュ・リッジ天文台では、140㎞西のセントヘレンズの大噴火の噴煙に見舞われる。観測者の日記の冒頭が本章の章題で始まる

山頂で目にする生き物の多くは人間に害を及ぼさないがアンデスの砂漠のタランチュラには注意。アメリカ西部では蛾やテントウムシに悩まされる。アメリカ南西部やオーストラリアではサソリが危険

 

第5章        銃で撃たれた望遠鏡

1961年、口径91mの単体で世界一の大きさを誇る電波望遠鏡がウェストバージニア州グリーンバンクに設置、周辺の半径32㎞圏内は発する電波が最小限となるよう規制され、車もガソリン車はエンジンをかけるときのスパークが観測に影響する可能性を考慮してディーゼルしか許可されない。衛星放送用のパラボラアンテナを巨大にしたような形で、皿の部分は白い金属製の網でできていて、23階建てに匹敵する高さ、540トンという重さで滅多に壊れはしないが、1988年望遠鏡を支えるトラスの要のガセットプレートに過度の荷重がかかって崩落、粉々になって飛び散った。原因は自然の故障

望遠鏡の鏡は、ホウケイ酸を原料とした数トンもの重さがある分厚いもので、割れにくいし、割れても粉々にならない強度を持つが、問題は鏡面の傷で、通常はアルミニウムか銀を薄くコーティングする

鏡が大きいのは強みだが、明るいものを撮影する時には逆効果で、明るい光を見た後に目に残像が残るような現象が起きる

天文台でミスが起きるのは驚くことではない。疲れた人間が辺鄙な場所で精密機器を相手に仕事をしている。睡眠と酸素が足りない状態が長時間続けば、判断力は鈍り、データを取得するためなら何でもやるという精神状態になる。どんなに慎重でどんなに優秀な天文学者でも、常に最適な判断ができるとは限らないし、いつも望遠鏡を守れるとは限らない

1970年、テキサス州マクドナルド天文台の107インチの望遠鏡がノイローゼになった職員が拳銃で主鏡を撃ったが、鏡は溶融石英ガラスで厚みが30㎝、重さ4トンあり弾痕が出来ただけ、実質的被害は集光効率が1%下がっただけで済んだものの、出来て間もない天文台の事件は大袈裟に全国ニュースで取り上げられ、天文学界にも動揺が走った

酸欠も深刻な問題を引き起こす。マウナケアのすばる望遠鏡は標高4200mにあるため、観測者は2700mの宿泊所で体を慣らさなければならない。酸素が足りなくなると視力が落ち、星のような小さな物体は見ずらくなる。酸素が足りない脳で星の広がりを見た後、酸素ボンベで吸ってから見上げると、見える星が一気に増える

天文学者というのは、科学への情熱に突き動かされながら、照明を消した巨大な可動式の建物の中で、特別な訓練を受けた人でなければ操作できない大型の機器を使って仕事をする職業。常にリスクとは背中合わせで、不慮の事故も多い

 

第6章        山は誰のもの?

ハワイ大大学院の4年目、マウナケアのケック望遠鏡のためのワイメアに設置された遠隔観測室で山上のオペレーターに指示を出しているところに、翌日の観測者の若い男性が来て、観測者は誰か、責任者は誰かと尋ねる。完全に性差別

女性の観測者の最初は、天文学者と結婚し、夫の名前で観測の枠を取り付けた

1984年には、ラスカンパナスやウィルソンで、女性だけしか山にいない夜があった。当時ラスカンパナス天文台では、「すべての木の陰には女がいる」というジョークがささやかれた(山頂には木は1本もない)

2017年、アメリカ物理学会で天文学の博士号を取得した186人中、女性は40%だが、ヒスパニック系女性は4%、黒人女性は2%にとどまる。だが、有色人種の観測天文学者が実績を積み重ねてきたことは分かる

望遠鏡を利用する権利や観測現場の問題などを含めた業界全体の在り方について変化を求める声や、公平性や包括性を重視する声に、以前ほどの激しさが見られなくなってきているのは重要で、ハッブル宇宙望遠鏡は最近、観測提案の年間審査を二重匿名方式に変更。女性の提案が採用される率が常に低いことが判明したためで、提案書から名前を削除した結果、性差による採用率の差はなくなった

人種差別や性差別、ハラスメントもよく経験するが、ほとんど全員が望遠鏡の下で仕事をしているときは、こうした問題と無縁。夫々の難問を前に山の上ではある種の一体感が生まれ、性別や人種は連帯を妨げるものでも、仕事に専念するのを邪魔するものでもない

望遠鏡の建設に対して、3つの面から反対がある。環境保護の観点、土地の権利の問題、地元住民の精神・文化への影響

1980年代のアリゾナ州グラハム天文台は3つとも関係

マウナケアも別の様相を見せる。1970年に第1号が出来て以来、論争が絶えず、2000年までに13基に限定して建設、03年には上限に達するが、09年世界の研究機関が共同でTMTの候補地としてマウナケアを選定。TMTはハッブルの12倍も鮮明な映像が得られる超大型望遠鏡(直径30m)プロジェクトで、宇宙の初期の歴史やブラックホールの謎、生命体が存在するかもしれない惑星の発見に貢献することが期待された

ハワイ大は3基撤去するとともに計画にも変更を加え建設に合意したが、15年建設着手は地元住民の阻止にあって頓挫、最高裁も公聴会前の決定を違法として反対運動が勝利

18年末、最高裁は条件付きで建設を容認、さらに2基の撤去が決まり、19年から建設開始が決まるが、またしても民族自決主義に基づく地元住民の反対に阻まれ、道路封鎖で山頂の観測が4週間ストップ、いまだに成り行きは不透明のまま

天文学に関わる人たちの人間性、宇宙の知識、山への愛をわかってもらい、共有する方法が見つかることを祈る

 

第7章        鳥とハリケーン

大学1年終了後の夏休み、ニューメキシコ州の超大型干渉電波望遠鏡群VLAでツアーガイド。国立電波天文台NRAOのオペレーションセンターの研究生にもなる

VLAはサン・アグスティン平原に並べられた27基の高さ29m、重さ230トン、直径25mのアルミ製の皿を持つ白いアンテナ群で、配置によって最大35㎞の口径を持つ望遠鏡

人間の目が探知できる狭い領域の遥か外側にある波長の長い光に対して、電波望遠鏡の表面が光る。空から降り注ぐ電磁波は、望遠鏡の皿で跳ね返り、光学望遠鏡と同じように検出器に集められる。波長が長い電磁波は、干渉という技術が使いやすい。このプロセスを経ることによってVLAのたくさんのアンテナは1つの望遠鏡として機能する。集められた電磁波はコンピュータ処理が施され、最終的に画像となる。望遠鏡間の距離があるほど空間でできる仮想鏡も大きくなり、画像も鮮明になる。2017年南極からスペイン、ハワイ、チリなど世界の電波望遠鏡は干渉計として地球規模の望遠鏡となり、初めてブラックホールの撮影に成功、53百万光年離れた銀河の中心にある太陽の65億倍の質量を持つブラックホール像は19年発表される

電波望遠鏡は、観測する時間も環境も選ばない。光学望遠鏡で捉える波長の短い光は髪の毛以下の誤差も許さないが、電波望遠鏡では数㎜まで許される。表面を歩くことすら許される。一番の敵は鳥の糞。糞を除去しても検出器のノイズは消えなかったが、ビッグバンの名残の電磁波である宇宙マイクロ波背景放射だとわかって、発見者はノーベル賞を受賞

もう1つの問題はノイズ。全ての波長域は国の規制と国際的な規制により保護されていて、使える人は限られているため、そのまま科学研究に利用できるが、社会にはあらゆる種類の電磁波が飛び交っているので、出来るだけ人里離れた場所に設置することが必要

不可思議なノイズに天文台全員が色めき、総動員して散々研究と実験を重ねたところ、原因が天文台のキッチンにある電子レンジだと判明したこともある

 

第8章        空飛ぶ望遠鏡

成層圏赤外線天文台SOFIAは、NASA2010年に改造したボーイング747SPの後部に2.7m望遠鏡を積み、高度13700mの成層圏で地球には届かない波長域の光を観測する

2019年のフライトは2夜連続で中止

近年地上の望遠鏡は、地球の大気という鬱陶しい存在の克服を大きな課題として来たが、新たに生まれた大気の影響を補正する補償光学のお陰で大きな成果を上げているものの、大気は様々な光をブロックしているため、水蒸気の影響を受けない高度の高い所や空気が乾燥した場所が観測上好まれる。チリのアタカマ砂漠は極致を除けば最も乾燥した場所で、66のアンテナからなる電波干渉計、アルマ望遠鏡がある

さらに高い所を目指して1960年代に生まれたのが空中天文台で、NASAが起源

音を吸収する効果がある付属物はほとんど外されているため、機内の騒音が激しく、耳栓を使用し、ヘッドセットで会話する

民間機との違いは、後部に17トンの重たい望遠鏡の荷重がかかることと、時間に厳密な飛行と飛行経路。目標天体に正確に望遠鏡を向けるため観測目標と観測時間が重要

天体観測気球は4万mまで達することができ、ガンマ線、エックス線、紫外線が観測できるため、銀河間を漂う薄いガスを調査してきた。最大高さ137mの気球の中に数トンにもなる地上から操作する望遠鏡や検出器(ペイロード)を積んでいる。打ち上げも回収もかなりの難作業、それぞれ層で吹く卓越風次第。気球天文学とロケット天文学は親戚同士だが、ロケットの場合は打ち上げの場所が限られている

これまでの「最も素晴らしい地上望遠鏡」は、ジョージ・カラザーズの設計した8㎝の遠紫外線カメラ/分光器で、1972年アポロ16号で月面着陸したジョン・ヤングが捜査した

アポロ11号の月面着陸によって、望遠鏡からのレーザーを月面で反射させるための特別な鏡が置いてこられ、レーザーを反射させることで地球と月の距離を数ミリの誤差で測定し、年3.8㎜地球から離れていっていることが判明。アポロ14,15号は反射鏡を追加し、アパッチポイント天文台は現在でもそれらを利用

南極のアムンゼン・スコット基地には南極点望遠鏡が設置。10mのサブリミ波望遠鏡で、地球規模の干渉計の1つとしても機能。高度2700m以上で雨はほとんど降らない。極付近では空気が薄くなるため、現地では実際の標高よりも高く感じられ、より多くの酸素が必要で、基地の日々更新される天気情報には「体感高度」の項目もある

2019年夏、赤色超巨星の観測のためSOFIA搭乗が実現

 

第9章        アルゼンチンの三秒間

2017年夏、皆既日食観測。ジャクソン・ホールでのセミナーの講師をしていた

食の観測にまつわる歴史的な冒険譚は今でも続いている

太陽より暗い恒星の位置を測るためには皆既日食の場所に行く

太陽観測者は数年ごとに日食の通り道を求めて地球を大移動する

日食は地球のどこかで平均18カ月に1回のペースで起きるが、小さな小惑星が明るく輝く恒星の前を通る(掩蔽)のを観測するのはほとんど1回きりのことだし予測も難しい。アルゼンチンの小さな村で2019年に観測が予測された稀有の例では、僅か3秒間の観測のために町中が協力してくれた

天文学者で占星術を信じる人はいないが、誰よりも星に人生を左右されているのは間違いない。21組で100年に一度しか起こらない金星の太陽面通過の観測のためにマダガスカルに行ったフランス人天文学者が、1回目と2回目の8年の間音信不通だったために、しかも天候に禍されて観測できないまま帰国した時には死亡宣告され科学アカデミーからも除名されていた

 

第10章     テストマス

LIGO(レーザー干渉計型重力波観測書)は世界に3カ所だけ、他にルイジアナとイタリア

テストマスと呼ばれる直径33㎝、重さ40㎏、溶融石英ガラス製の完璧な反射鏡をグラスファイバーで吊るし、レーザーが発射する赤外線を反射する。地球の裏側の地震も感知するので、あらゆるノイズを除去するために様々な装置がある

「盲検注入」といって、故意に偽のシグナルをLIGOに感知させ、正しく探知できるかどうかをテストすることまで行われていたが、2015年ブラックホールの衝突により本物の重力波が検出された時にその仕組みは崩れ去った。盲検注入システムが稼働していなかった

20159月検出の重力波は、太陽の29倍と36倍の質量を持った2つのブラックホールが、約14億光年先で衝突して合体したことによるものと判明。半年後の公式発表まで秘密が守られていたが、15分前に発表を祝うために用意された「祝・重力波発見!」と書いたケーキの写真をツイッターにアップしたために露見。2017年のノーベル賞に結び付く

マルチメッセンジャー天文学とは、1つの天体から複数の種類のデータを得て、それらを合わせて利用するという理想的な考えのもとに成り立つ。重力波は宇宙から入手できる全く新しい種類のデータで、電磁波とニュートリノに続く3つ目のメッセンジャーとして、天文学の新時代の到来を告げているように見えたが、LIGOの観測データは重力波によってのみ検出されたもので、マルチではなかった

2017年の日食の4日前、ワシントン州のある観測所で重力波を検知したとのニュース

呼びかけに応じて世界の70基の望遠鏡が関連電磁波の観測に参加し5基が発見

10以上の重力波検出が確認された後は、LIGOは都度ツイッターで知らせている

 

第11章     ToO観測

1987年、ラスカンパナスの望遠鏡のオペレーター、オスカル・ドゥアルデは肉眼で超新星を発見。休憩の時長年見上げて知り尽くしていた大マゼラン雲LMC(天の川銀河の矮小伴銀河で、約163千光年離れている)の中に見慣れない明るい星があるのに気づく。そのまま自分の持ち場で仕事をしていたら別の天文学者が興奮して現像した看板で新星を発見したという。その夜ニュージーランド、オーストラリア、南アの望遠鏡も観測していたが、時間的にはオスカルが早く、SN1987Aと命名。肉眼で観測されたのは383年前の1604年、望遠鏡が発明される数年前のこと

日本、ロシア、アメリカの機器はニュートリノを観測し、SN1987A はマルチメッセンジャー天文学の最初の一例にもなった。現代になって観測された超新星の中でも最も近くで起きたものでありTarget of Opportunity(ToO)天文学と呼ぶものの劇的な事例

超新星supernovaとは、最期を迎える恒星が爆発することを指す。恒星は内側に向かう重力に対抗して、中心部で核融合を起こす。外層が宇宙空間に向かって時速113百万㎞で飛び出すとき、その恒星が存在する銀河全体よりも強い光が放たれる

瞬間で消え去る変化を逃さず迅速に対応するためにToOという新し観測方法が誕生。ある特定の爆発を見つけた時は、他の観測を中止してその爆発を観測するように提案することができるというものだが、問題は誤った情報に基づいて観測を開始してしまうこと

懐疑心を正しく整えておくことが大切

不思議なシグナルは人を魅了する。謎めいた何かを見つけるのはワクワクする体験

ToO観測の本物の戦いは、観測のための望遠鏡のアクセス権確保の時に勃発

 

第12章     受信トレイに超新星

望遠鏡の遠隔操作が始まったのは1968

今ではインターネットにさえ繋がれば、世界中のどこからでもリモート観測が可能だが、リアルタイムで関与しなければならない

キュー観測は、あらかじめ綿密に組み立てられた観測計画に従って、天文台が効率的に順番を決め観測していくやり方。通常は時間を割り当てられるが、ハッブルの場合は軌道を割り当て。朝起きたらメールボックスに新しいデータが届いているというのは平和的だが、ますます天文学者を観測から遠ざける

望遠鏡や装置については天文学者よりオペレーターの方が詳しいため、よく練られた計画を専門家に託す方が往々にしていい結果が得られる

その一方で、観測者が望遠鏡を相手に臨機応変に創造性を発揮する機会はなくなる

数十年前から運用されているロボット望遠鏡でも同様のことが言える

 

第13章     未来の観測

チリのセロパチョン山に建設中のヴェラ・ルービン天文台は、大型シノップティック・サーベイ望遠鏡LSSTを備え、8.4m鏡で南半球の空を数日おきに10年間観測、一晩30テラバイトのデータを送り続ける。無人で観測を続け、一晩で1000個以上の超新星を発見(現在は年1000個以下)するだろうが、すべてを分析調査するのはほぼ不可能

2020年のファーストライトを予定

自動観測の先駆けとなったのは、2000年に北半球で観測を開始したニューメキシコ州アパッチポイント天文台のスローン・デジタル・スカイ・サーベイ望遠鏡

ルービンでも、最初の10年は分光器がなく、すべての瞬間は画像で記録され、狭い領域の可視光以外は探知できない

天文学の技術が進化するにつれて、天文学者の仕事の仕方も進化し始めている。古き良き時代に戻りたいという人はいないが、人の手による観測は、失われつつある科学の冒険を象徴するものであり、その興奮そのものに価値がある

天文学について最も根本的な疑問は、なぜ天文学を研究するのか何十億光年も離れたものを研究するだけのために時間とエネルギーと資源をつぎ込んで望遠鏡を作って使うのか

なぜ人類は宇宙を研究すべきなのか。天文学は最終的には人々の日常生活に活かすことができる

天文学は科学の入り口としても役に立つ。宇宙は人間の想像力を掻き立てる

これからも天文学は続いていく。宇宙を探索しながら、私たちの好奇心を満たし、人間性を育み続けるだろう

 

訳者あとがき

本稿末尾のAll Reviewsに全文掲載

 

 

 

 

 

(書評)『天体観測に魅せられた人たち』 エミリー・レヴェック〈著〉

202165 500分 朝日

 ユーモアたっぷり、驚きの日常

 現在、日本天文学会の正会員は2千人強。つまり日本人6万人あたり天文学者はわずか1人しかいない。

 宇宙に関する新発見は新聞やテレビに登場するが、宇宙を研究する天文学者の生態は知らないであろう。

 100人以上の知り合いの研究者から教えてもらった話を元に、天文学者の日常と観測天文学の魅力を伝えてくれるのが本書。

 ハワイのすばる望遠鏡で博士論文のための観測をしていた著者は、突然のアラーム音に驚く。電話越しに「たぶん誤報だから、再起動すれば、たぶん問題は解決する」と助言を受け、数百億円以上もする高価な望遠鏡を破損させる危険を賭して再起動し観測を継続するか、博士論文を1年遅らせるか決断を迫られる。

 冒頭のこのエピソードに代表されるように、天文学そのものというより、天文学者あるあるをユーモアたっぷりに織り交ぜ、天文学にとりつかれてしまった人々の研究する人生を存分に語り尽くしてくれる。

 写真現像用の暗室にコブラがいるのを知りながら、観測写真を失いたくない一心で真っ暗なまま作業を続け、部屋の電気をつけた瞬間、作業台のすぐ隣でとぐろを巻いたコブラを見た。

 観測中に落雷に備えて配電盤を切ってほしいとの電話を受け建物の外に出た瞬間、雷に直撃されヘリコプターで病院に搬送された。

 天文学者は誰でもそんな話が大好きだ。かなり盛られたものもあるが、睡眠・酸素不足のまま夜通し、同僚と雑談しつつ観測データを見守る姿が目に浮かぶ。

 1960年代まで米国のパロマー天文台で研究代表者として観測できるのは男性だけだった。著者のような優れた女性天文学者が数多く活躍できるようになったのはごく最近のことだ。

 時間と労力と資金を費やしてまでなぜはるか遠くの宇宙を研究するのか。本書を読めば、誰も見たことのない宇宙の姿に胸躍らせる天文学者の気持ちにちょっぴり共感できるだろう。

 評・須藤靖(東京大学教授・宇宙物理学

     *

 『天体観測に魅せられた人たち』 エミリー・レヴェック〈著〉 川添節子訳 原書房 3080

     *

 Emily Levesque 84年生まれ。米ワシントン大教授。多くの賞を受けた気鋭の天文学者。

 

 

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天体観測に魅せられた人たち 単行本 – 2021/3/5

エミリー・レヴェック (), 川添 節子 (翻訳)

Amazon ベストブック・オブ・ザ・イヤー 2020!

たった一夜限りの天体観測に人生をかける!

命がけの観測、大発見の瞬間、そして次世代望遠鏡の時代へ――

天文学者たちのとんでもない世界と激動の半世紀を追う話題の書

◆◆著名人&全米各紙誌絶賛! ◆◆

「星を眺めたことのある全ての人たちに捧げたい本」

クリス・リントット教授(BBC天文学番組「The Sky at Night」出演)

「世界中の天文台ではこんなに面白いことが起こっている!

ジョスリン・ベル=バーネル(天体物理学者、オクスフォード大学客員教授)

世界にたった5 万人という天文学者という仕事には、どこかロマンチックなイメージがある。しかし幼少期から天文学者を志した著者ですら、その実態は知らなかった――
人里離れた山や砂漠にある天文台でサソリやタランチュラと隣り合わせになりながら観測し、一夜限りの観測が天気に恵まれずキャリアを棒にふることもしばしば。 著者は自らの体験や天文学者たちのインタビューから信じられないようなエピソードを集め、危険な冒険を伴った旧時代の天体観測から、重力波証明の瞬間に起こったドラマ、すばる望遠鏡や 空飛ぶ天文台SOFIA、そして次世代望遠鏡LSSTまで、目まぐるしく変化する観測天文学の半世紀を追う。

 

 

 

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天体観測に魅せられた人たち

著者:エミリー・レヴェック

翻訳:川添 節子

内容紹介:

砂漠の天文台でタランチュラと隣り合わせになりながらたった一夜限りの天体観測にかける情熱とロマン。知られざる天文学者たちの世界

天文学者が世界中に何人いるか、みなさんはご存知だろうか。たった5万人である。選ばれた者しか関われないロマンあふれる世界だ。では、その実態とは……

あるときは冒険家さながらに、人里離れた山や砂漠の天文台で、サソリやタランチュラと隣り合わせになりながら命がけの観測。

あるときは、使用する人間の安全など度外視で設計された巨大望遠鏡と格闘。

一夜限りの観測が天気に恵まれずキャリアを棒にふることもしばしば。

すばる望遠鏡、空飛ぶ天文台SOFIA、次世代望遠鏡LSST観測機器など、扱う機械の変化もめまぐるしい。

そんな観測天文学の半世紀を、自らも天文学者である著者がつづった新刊『天体観測に魅せられた人たち』の「訳者あとがき」を抜粋して公開する。

 

すばる望遠鏡は一晩の観測に47000ドル(約517万)!

ハワイのマウナケア山にあるすばる望遠鏡をご存じだろうか。日本の国立天文台の大型光学赤外線望遠鏡で、口径8.2メートルという世界最大級の主鏡を持っている。はじめて聞いたという方は、日本語のホームページがあるので、ぜひのぞいてみて、その巨大さとつめこまれた機器の精密さを感じてほしい。この望遠鏡を相手に、当時24歳の著者が悪戦苦闘するところから、本書は始まる。

ハワイ大学に在学中だった著者は、博士論文を書くために、苦労して観測枠を勝ち取り、このすばるで観測を行なう。ところが、途中でアラームが鳴って望遠鏡が動かなくなる。山の上には彼女とオペレーターの2人きり。オペレーターによれば、鏡を支える部分に問題が発生したらしい。

主鏡の上にある副鏡が落ちれば、どちらも割れて大惨事になるだろう。日本人のエンジニアに連絡すると「再起動してみて。たぶん大丈夫」という。一晩動かすのに47000ドルかかるこの望遠鏡。万が一、再起動して壊したら、「すばるを壊した学生」として後世に名を残すことになる。

朝まで待って担当者に見てもらえばいいのだろうが、その場合、次に観測できるのは1年後となり、そのときこの夜のように晴れるかどうかは保証がない。論文の完成も遅れることになる。大学では充実した研究生活を送っているが、できるだけ早く終えて、遠距離恋愛をしている恋人と時差のない生活を送りたいという個人的な事情もある。悩んだ末に出した結論はいかに――

みなさんだったらどうするだろうか。複雑な精密機器とはいえ、そう簡単に壊れるようにはできていないだろうし、エンジニアが(たぶん)大丈夫と言っているのだから、素直に再起動すればいいのでは、と思われる方もいるかもしれない。

しかし、本書を読み終えれば、著者の心配も納得できるだろう。望遠鏡には、信じられないようなことが起こりうるし、天文学者の仕事は、私たちが映画などで観て想像するものとはかなり違う。

本書は、天体観測の現場について、著者の経験(これまでに世界各地で50回以上観測している)だけではなく、空中天文台やLIGOへ赴いての取材、そして100人以上の関係者から聞いた話をもとに綴られている。

寒さに震えながら望遠鏡にはりつき、割れやすいガラスプレートを使って観測していた過去。自宅から観測して、あるいは観測したい天体の場所を指示しておいて、朝起きたら自分のメールボックスに観測データが届いているという現在。そして、観測データの量が桁違いになる未来。

観測方法や仕事のしかたは大きく変化しているが、いつの時代にも、そこには、人生のどこかの時点で夜空を見上げて恋に落ち、天体観測に魅了された人たちがいる。

著者によれば、科学的な根拠のない星占いを信じる天文学者はいないらしいが、彼らは世界中の誰よりも星に振り回されながら生きている。本書には、そんな彼らの物語がたっぷりとつまっている。

 

超新星を肉眼で発見!

ぜひご覧いただきたい動画がある。20202月、著者が「現代天文学の歴史」と題して、TEDで行なったプレゼンテーションだ。

https://www.ted.com/talks/emily_levesque_a_stellar_history_of_modern_astronomy

残念ながら、日本語の字幕はついていないが、舞台に映し出される写真を見るだけでも、本書の内容の理解を深めることができるのではないかと思う。

たとえば、プレゼンテーションの冒頭は、第11章の肉眼で超新星を見つけたオスカル・ドゥアルデの話が紹介される。本文中では、休憩時間に何気なく空を見上げたら、見慣れない星があった、とさりげなく書かれている。プレゼンテーションでは、普段の大マゼラン雲の写真と、超新星が見えた写真が続けざまに映される。著者が「見えた?」と訊くと、聴衆からは思わず笑いがもれる。そう、素人目に違いはまったくわからない(何回か繰り返して見れば、小さく光る星が見つけられると思う)。

続いて映されるのは、引きで写したチリの空の写真だ。文字どおり満天の星が広がっている。このなかから、いつもとちがう星を見つけるというのがいかに超人的なことか、実感できるだろう。

また、第2章に関連して、主焦点に入って観測している有名な天文学者の写真も見られる。こんなにせまいところで一晩中じっとしているなんて、相当な体力と忍耐力が必要だろう。しかも、ドーム内は真冬でも暖房は一切ない。

写真乾板を駄目にされた天文学者がオペレーターに「殺してやる!」と喚き散らす話も、実際の現場の写真とともに紹介される。ときおり会場の笑いを誘いながら、テンポよく話をすすめる著者のプレゼンテーションは見応えがある。

星を見る最後の人たち

本書はアメリカでは20208月に刊行され、コロナ禍のために、刊行後のイベントは主にオンラインで行なわれている。興味がある方は、本書の原題『The Last Stargazers』と著者名Emily Levesqueで検索してもらいたい。

ちなみに、このタイトルだが、直訳すれば「星を見る最後の人たち」となり、少し悲観的ではないか、という声が読者からあったようだ。これに対して著者は、「人々が星を見ることに関心を持たなくなるということを意味しているわけではない。観測のありかたはたしかに大きく変わった。だからこそ、これまでの物語と現在進行形の物語を未来に向けて残しておきたいのだ」と語っている。

TEDのプレゼンテーションでは、観測のありかたは変わっても、人間が持つ好奇心は今も昔も変わらず、この好奇心とこの先の技術の組み合わせによって、私たちはこれまでと同じように宇宙について新たな発見をし続けるだろう、と締めくくっている。

どれだけ技術が発達し、データ量が増えようとも、結局のところ、それをつくるのも使うのも人間だ。人間がかかわる以上、そこには物語が生まれる。著者も最終章で述べているように、本書に続く天文学の物語も楽しみにしたい。

新進気鋭の女性天文学者

最後に、著者エミリー・レヴェック氏の略歴を紹介しておきたい。

2006年にMITで物理学の学士号を取得後、2010年にハワイ大学で天文学の博士号を取得し、現在はワシントン大学で天文学の教授をしている。2014年にアメリカ天文学会からアニー・ジャンプ・キャノン賞、2017年にスローン・リサーチ・フェローシップ、2019年にコットレル・スカラー賞、2020年にふたたびアメリカ天文学会からニュートン・レイシー・ピアス賞と、女性研究者や若手研究者に贈られる賞を次々に受賞している気鋭の研究者だ。

本書は、著者がはじめて執筆したポピュラーサイエンスの本となる。アメリカでは、天文学に関心がある人だけではなく、普段サイエンスの本を読まない人でも楽しめると評判は上々だ。日本でも多くの方に、この天体観測に魅せられた人たちの物語が届くことを願ってやまない。

[書き手]川添節子(訳者)

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