美しき免疫の力  Daniel M. Davis  2019.3.15.


2019.3.15. 美しき免疫の力 人体の動的ネットワークを解き明かす
The Beautiful Cure Harnessing Your Body’s Natural Defences 2018

著者 Daniel M. Davis 英国マンチェスター大学免疫学教授。免疫細胞生物学において超解像顕微鏡を用いた研究が、一般読者向けの米国科学誌『Discover のトップ100 Breakthrough of the Yearに選ばれた。『Nature』『Science』『Scientific American』各誌掲載を含む120本を超える学術論文の著者であり、被引用数の総計は1万回を超える。前著『適合性遺伝子The Compatibility Gene』は14年の英国王立協会科学図書賞の候補作、英国王立協会生物学図書賞の最終候補作。本書も18年の英国王立協会科学図書賞の最終候補作に選出

訳者 久保尚子 翻訳家、京大理学部(化学)卒。同大学院理学研究科(分子生物学)修了。IT系企業勤務を経て翻訳業に従事

発行日           2018.10.25. 第1刷発行
発行所           NHK出版

細胞たちの連係プレーが見えてくる!
私たちの体は、どのように病気と闘っているのだろうか?
近年の科学の飛躍的な進展により、その根本的な仕組みが分かってきた
多彩な細胞や分子がネットワークを作り、互いに連携をとりながら、人体にとって有害な病原体のみを効率よく攻撃していたのだ!
本書では、免疫学に革命をもたらした大発見を辿りながら、驚くほど精密で、ダイナミックな免疫システムの全体像に迫る
また、ストレスや加齢と免疫の相互作用や、がんの免疫療法など、私たちの健康に関わる最新の知見を紹介する
いま最もホットな研究分野である免疫学の最前線がわかる、待望の1冊!

はじめに 科学が追究する「美」の世界
免疫システムは、腸内に生息する友好的な細菌には手を出さず、病気の原因となる危険な細菌だけに反応する ⇒ この事実が明確に認識されるようになったのは1989年のこと
更に何年もかかった研究の結果、免疫学に大変革がもたらされた
免疫システムの活性は、常に変動している ⇒ 病気に対する抵抗力は、ストレスや加齢、1日の時間帯や精神状態などに影響されながら、絶えず強まったり弱まったりしている
血液中の免疫細胞の数は、夕方に最大となり、朝方に最小となる
かつては、ペニシリンのように病原体に直接作用して死滅させるのが有効だったが、がんや糖尿病など、人間の病気の多くは、免疫システムの活動を促進/抑制するような新しいタイプの薬で対処するのが最も効果的だと考えられる
免疫の理解が進んだことで、ヒト生物学の領域でも様々な洞察が得られた ⇒ 老化のプロセスや、高齢になるほど治癒力が弱まり、自己免疫疾患に屈しやすくなるのはなぜか?
本書では、免疫システムの全体像をまるごと扱う

第1部        免疫学の革命はこうして起きた
第1章        免疫学の小さなほころび――自然免疫の発見
ワクチンの基本原理 ⇒ ウィルスや細菌などの病原体に感染しても、過去に同じ病原体に遭遇したことがあれば、初回よりも遥かに効率よく対処できる、という考え方に依拠
病原体ごとに活性化される免疫細胞が決まっているからで、防御能を上げておけば、再び同じ病原体に遭遇した時はすぐに対処可能
ワクチンは単独では機能しない ⇒ アジュバント(免疫賦活剤。「補助する」の意)と呼ばれる物質を添加した時だけワクチンとして効果がある
始まりは1721年天然痘が流行し、英国王室が幼い王女たちの身を守ろうとしたときで、囚人6人に臨床試験をして試験接種の有効性が証明された
1796年英国の片田舎の医師ジェンナーが、牛の乳しぼりをする女性が天然痘に罹らないという話からヒントを得て、人間を死に至らせることはない牛痘を接種することにより、天然痘の罹患を防ぐことを発見。臨床試験を拡大してその成果を98年出版し、大成功を収める ⇒ 「ワクチン」という言葉は、友人がジェンナーの発見したプロセスを説明するために生み出した造語で、「雌牛」を意味するラテン語が語源。1980年根絶宣言
1920年代前半ジフテリア菌の不活化に成功した医師が、それをワクチンとして使用したが、免疫の効果が得られなかったのに、ほかの物質(アジュバント)を加えるとワクチンとして機能した
免疫反応が開始される仕組みが重要 ⇒ 免疫のプロセスの鍵を握る免疫細胞として、T細胞とB細胞と呼ばれる2種類の白血球があり、それぞれの表面には極めて重要な受容体分子が存在、それぞれT細胞受容体、B細胞受容体とよばれる。受容体はタンパク質の一種。この受容体にこれまで体内に存在したことのない何かが結合すると細胞のスイッチが入り、活性化した免疫細胞が病原体や感染細胞を攻撃したり、他の免疫細胞を呼び集めたり、自らも増殖する。増殖した免疫細胞の一部は、免疫反応が収まった後も、過去に遭遇した病原体の「記憶」として体内に長くとどまる(免疫記憶)
人体が病原体だけを確実に捕捉するのは、T/B細胞が骨髄にある造血幹細胞から作られて成熟した免疫細胞へと分化していく際に受容体を獲得するが、血液中に流れ出す前に受容体の検査があり、健康な細胞を攻撃することのない受容体を持った細胞だけが防衛の任務に就くことになる ⇒ 「獲得免疫」と呼ぶが、そのほかにも「自然免疫」と呼ばれる、決まった病原体や感染細胞と結合するように作られた受容体もある
1989年にこの一連の発見をしたジェンウェーのアイディアが画期的だったのは、「免疫システムは、過去に体内に存在したことがなく、かつ病原体由来のものに対して反応する」とした点で、免疫細胞はその表面に存在する「パターン認識受容体」というタンパク質分子のお陰で、生まれつきの能力として細菌と結合できる
1998年テキサス大のボイトラーが真菌に対する防御で重要な働きをする昆虫トル遺伝子と同様の遺伝子トル様受容体TLRを発見 ⇒ 2011年ノーベル賞。ジェンウェーは03年に60歳で逝去していたので対象外
体内での病原体に対する防御反応の約95%は、自然免疫によって賄われている
自然免疫のスイッチを入れるためのアジュバントの開発が製薬会社に注目され、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウィルスに対するワクチンで、2009年にアジュバントとしての使用が米国で承認されたリポ多糖に似た分子の開発は初期の医学的成功の一例

第2章        獲得免疫の始動の仕組み――樹状細胞の発見
免疫システムの場合は、用心のためだけに無暗に反応してはならない。免疫細胞が働き過ぎると、健康な細胞・組織は簡単に破壊され、自己免疫疾患などに繋がる
カナダの免疫学者スタインマンは、私たちの体が免疫反応を適切な警戒レベルで発動するための判断をどのように行っているかという観点から研究を進める
電子顕微鏡の発明が研究を飛躍的に発展させ、遠心分離機で細胞を断片に分離し、その働きを観察
樹状細胞の発見 ⇒ 細胞本体から枝のような突起が数多く放射状に伸びる細胞で、「成熟」と「未熟」の2種類あり、成熟樹状細胞のほうが免疫反応を強力に刺激する
外傷や切り傷に対して体は驚異的な反応を見せる ⇒ まずは免疫細胞が患部に集まって赤く腫れさせる(自然免疫反応)と同時に、もう1つの免疫反応レベルである獲得免疫を発動させるために、未熟状態から成熟状態に切り替わった樹状細胞がリンパ節に到着し、病原体由来の分子サンプルをT細胞に提示した時に動き始める。樹状細胞が貧食した病原体由来の分子に合致する受容体を持つT細胞が増殖(「キラーT細胞」)して免疫効果を発揮する。リンパ節が腫れるのはT細胞が分裂を繰り返し増殖するのが原因
どうやって適切なT細胞反応を開始させるのか、その仕組みはまだ完全には未解明
自らのがん治療に生かそうとして、当初の予後予測の数週~数か月が、4年半も生きた
2011年、死の3日後ノーベル賞の知らせが届き、初の死後受賞

第3章        免疫細胞のコミュニケーション――サイトカインの発見
1956年ロンドン郊外の英国王立医学研究所NIMRで、スイス人のリンデンマンと英国人科学者のアイザックスが出会い、ウィルス拡散の仕組みを研究している過程で、1種類のウィルスの存在が他のウィルスの増殖を阻害する理由の解明に着目
ウィルスの活性を妨害しているものがあることに思い至り、ウィルスへの干渉因子(Interference Factor)という意味で「インターフェロン」と名付け、57年の学会で発表するが、架空の因子という風評が広まり、相手にされなかった
インターフェロン自体、生ウィルスと細胞を使う実験のほとんどで産生されるにも拘らず、誰もそのことに気付かなかった
アイザックスは、新薬の期待という重圧に耐えかねて6745歳で死去
がんと関連のあるウィルスも少数ながら存在するところから、インターフェロンで他のウィルスの感染を阻止できるのであれば、ウィルスによって引き起こされるがんもインターフェロンで阻止できるのではと考え、マウスで実見したところ、がんの治療に成功
ヒトの細胞もウィルスと混合するとインターフェロンを産生するが、特に白血球はインターフェロンの産生に長けているのではないか、だとすれば白血球を使ってインターフェロンを大量に産生できると考え、実験の結果どの種類のヒト細胞より10倍以上のインターフェロン産生に成功するが、それは63年に実験を開始してから9年もたった後のこと
78年には乳がんの患者による臨床実験に成功、骨髄腫でも効果が見られ、米国がん学会も研究に賞金を授与
インターフェロンの大量産生が可能となり、大規模試験が実施されると、当初期待されたほどの効果が見られなくなり、更に死亡例が出るに及び、副作用が良性ばかりとは限らないことが判明。84年には特定の種類の白血病に対する使用を承認されたが、治療効果はたいてい部分的で、持続しないことが多かった
やがてインターフェロンの正体は、小さな可溶性タンパク質分子であることが分かり、人間の体内にはインターフェロンのような可溶性タンパク質分子がほかにもたくさん存在することが判明、そのような可溶性タンパク質分子は、いずれも細胞同士や組織間のコミュニケーション手段になっていた。免疫細胞は他の細胞や組織とコミュニケーションをとりながら、免疫システムを制御したり調節したりしていた
現在では、インターフェロンのような可溶性タンパク質分子は100種類を超えることが知られており、まとめて「サイトカイン」と呼ばれる ⇒ 免疫システムにとってのホルモンのような存在。情報を伝達するために細胞から分泌され、別の細胞によってキャッチされ、キャッチした細胞の機能や行動に影響を与える
インターフェロン以降に発見された他のサイトカインの多くは、白血球leukocyte同士の間inter-で働くたんぱく質という意味で、インターロイキンinterleukinと呼ばれる
がんに対する免疫反応の強化を手掛けた「先駆者の中の先駆者」が米国ベセスダにある国立がん研究所NCIの外科部長ローゼンバーグ ⇒ 1984年に、67人目の患者に対し、患者の血液から免疫細胞を単離し、研究室で培養して元の患者の血液中に戻すことにより、完全にがん細胞を死滅させることに成功。白血球とインターロイキンも併用したが、1種のサイトカインが特効薬ということはなく、どのサイトカインがどのがんに対して有効かということは解明できていない

第4章        免疫システムの暴走――超大型新薬の登場
同じサイトカインの理解から生まれたが、全く異なる科学的革新――免疫を強化するのではなく、免疫を抑制して自己免疫疾患を治療する方法――抗サイトカイン療法の登場
ポーランド生まれでオーストラリアに移住したフェルドマン(1944)が休暇地位に閃いたのが、自己免疫疾患では、免疫細胞同士がサイトカインを分泌して互いを活性化し合ううちに活性化が永続的に止まらなくなり、免疫システムが過剰に刺激され、そのせいで体が害されるという悪循環が生まれているのではないかということで、であればサイトカインを遮断することで免疫細胞の過剰な活性化を止めることが出来、自己免疫疾患を抑えられる可能性がある ⇒ 92年関節リウマチという炎症性疾患で実験
抗体とは、B細胞として知られる白血球によって分泌される物質で、水溶性タンパク質分子で、あらゆる種類の病原体や危険になりうる分子にくっついて無力化する働きを持つので「魔法の弾丸」「特効薬」などと呼ばれる。個々のB細胞は、それぞれに独自の形状の先端部を持つ抗体を産生し、抗体はこの先端部で、「抗原」と呼ばれる標的分子に接着する
免疫システムを持つ動物であれば、他の動物のタンパク質に対して抗体を産生することを利用して抗体を作ったのがチェコからの亡命科学者でニューヨーク医科大のヴェルチェク
抗体は治療薬ではないため、症状はいったん収まっても再発するが、再度投与が可能
敗血症では抗体が救世主となり、大手製薬会社がブロックバスターの開発に成功
他の炎症が問題となる多くの病気で有効な治療法となる
抗体治療の問題点 ⇒ 免疫システムの一部を遮断するため感染症に対する防御が弱まること、罹患後時間の経過とともに治療効果が薄れること、あくまで対症療法であり完治するわけではないこと、抗体の作製には多額の費用が掛かること

第2部        内なる宇宙に挑む
第5章        揺れ動く免疫システム――熱・ストレス・リラックス法の影響
がん治療に熱を利用することは古来行われてきており、電波を応用して50度を超える高温でがん細胞を直接破壊したり、発熱時の体温に近い温度で温めると、同時に投与された化学療法薬の有効性が高まることがあり、「温熱療法」として知られるが、がんと熱、炎症、ストレス誘導性タンパク質との複雑な関係から、一概には言えない
特殊ながんの症例を除けば、全ての温血動物に、感染時に深部体温を上昇させる(「発熱」と呼ぶ)能力が備わる ⇒ 発熱の能力が自らの生存にとって極めて有利に働くことを示す。発熱には大量のエネルギーが必要。体温を1度上げるには、体の代謝を約1012%増加させる必要がある。爬虫類のような冷血動物も、感染時にはより温かな環境に移動することにより体温を上昇させる。植物にも発熱に似た能力が備わっている
ヒトの歴史の大部分を通じ、発熱は悪しきもの、超自然的な現象、治療すべき問題だと考えられてきた ⇒ 各種の熱病のせいだが、現在では発熱自体は病気に対する体の反応の一部ということが分かっている
体温の上昇は、体の感染との闘いをあらゆる方法で支援する ⇒ 病原菌の大半が平熱で繁栄するよう進化してきているので、温度が4041度まで上昇すると、ウィルスの複製率は1/200まで低下する一方、免疫システムは発熱によって活動が盛んになる
発熱に伴う感覚的な痛みは、免疫システムと感覚の間に繋がりがあることを示す
サイトカインとパターン認識受容体による病原体の検出は、ホルモンの一種であるプロスタグランジンE2の産生のきっかけにもなる。プロスタグランジンE2は体内のほぼすべての種類の細胞で産生可能だが、免疫反応中は主に免疫細胞と、免疫によって産生されたサイトカインに応答する他の細胞によっても産生される
サイトカインとホルモンは、視床下部と呼ばれる脳領域にも作用 ⇒ 視床下部から体に向けシグナルを発し、別のホルモンを産生させる
視床下部は、空腹や眠気などの感覚のほか、性的欲求のような複雑な感情もコントロールしているため、免疫細胞からの分泌物は様々な種類の行動や感情に影響することになる
免疫系と神経系のシステムは絶えず対話し、体内を流動するサイトカインとホルモンを介して、互いに影響し合っている ⇒ 最大の影響力を持つのはストレスホルモンで、ストレスと免疫システムの結び付きが原因で、ストレスが軽減されれば、免疫力が高まる可能性がある
1929年メイヨークリニックの医師ヘンチは、黄疸を発症している間関節リウマチの痛みが軽くなったという患者の証言を聞いて、黄疸発症時に体内で誘導される何かがリウマチの痛みを和らげると考えた。一方、動物実験で特に強い活性を示す副腎で産生されるホルモンの存在を予測する動きがあり、両者が偶然情報交換をしていて、同じものを探索していると考え、8年後にそのホルモンを含む化合物を入手、48年にリウマチ患者に投与したところ、劇的に回復。50年にはヘンチほか3人がノーベル賞受賞、こんなにすぐ受賞したのは後にも先にもない
ストレスに応答して副腎で産生されるホルモンのうち、免疫システムにとって特に重要なのがコルチゾール ⇒ ストレスの多い環境に人間の体を備えさせる働きを持ち、体の闘争・逃走反応を促す。血糖値を上げ、筋肉の血管を拡張させ、体を瞬時に動かせるように準備する。重要なのは、この時コルチゾールは免疫システムにも作用し、免疫反応を弱めるということ。体がストレス下にある時に炎症反応のスイッチが入ったり過剰反応したりするのを防ぐためだろう。総じてコルチゾールは人体に計り知れない影響力を持ち、23千個あるヒト遺伝子のうち約1/5がその影響を受ける
投与した化合物はメルク社が合成したもので「コルチゾン」と命名(コルチゾールと化学的に近い関係にあり、体内の酵素の働きでコルチゾンからコルチゾールが生成されたり、逆にコルチゾールからコルチゾンへ変換されたりしている)
コルチゾンは、束の間症状を緩和させるに過ぎず、過剰に投与すると筋力低下等の重大な副作用を起こすが、低用量でも効果があることも実証される ⇒ コルチゾンとその誘導体であるステロイドは毎年最も広く処方された薬の上位を占める
華々しい成功の割りには、受賞者のその後の人生は、特筆に値するものとはならなかった
コルチゾールの発見は、精神的な経験であるストレスが生理的作用を引き起こすことを明らかにした ⇒ ストレスが現在のように理解され始めたのは1936年のこと、カナダ人のセリエが、ストレスを「あらゆる損傷に対して示される体の反応」と捉え、ストレスによるコルチゾール値の変化が個々の免疫反応の効率を落としている
免疫システムに影響すると考えられるのは、多くの感情の中でストレスのみ。ストレスを軽減するような習慣によって免疫防御能を直接的に強化できるのか ⇒ 研究が進んでいるのは太極拳/気功と非宗教的な瞑想法であるマインドフルネスだが、いずれも対象者が少なすぎて明確な関連性を示すところ迄はいっていない

第6章        免疫システムと時間の流れ――体内時計と加齢の影響
遺伝子、タンパク質、細胞、組織の活性は、それぞれに独自のサイクルを持ち、人の体内ではいくつもの波がそれぞれのリズムでピークを迎えては去っていく ⇒ 「概日(がいじつ)リズム」と呼ばれ、様々な形で私たちの健康と幸福に影響
感染の時間帯によってマウスの免疫反応が異なることは証明されている ⇒ 通常の睡眠時間帯に免疫反応が強く出るが、人間でも同じで夜間により強い免疫反応を示すが、逆のことも間々あるので一概には言えない
人体のサイクルが乱れると健康を害することもある ⇒ 時差ボケも単なる疲労ではなく、新たな明暗のサイクル、活動と休息のサイクルに体を順応させるために引き起こされる
体内では複数の時計が同時に動く。概ね同調しているが、それぞれに独立した機構を持ち、独自のリズムを刻むことが出来る ⇒ 中心にあるのを「マスター時計」といい、視床下部内の約2万個の神経細胞で構成され、目から直接届く合図を順次受け取っている
視床下部の視神経は、映像を形作るだけでなく、脳に周囲の明暗の情報を与え、脳はその情報を24時間周期のメトロノームとして使用
宇宙の極限状態に置かれると、体内時計の乱れによる影響は増幅され、ますます顕著に露われる ⇒ 宇宙飛行士は時速17千マイルで地球を周回しているため、45分おきに昼と夜が入れ替わるので、血液検査をすると免疫システムの混乱が見られる
投薬のタイミングも、概日リズムに合わせて最適な時間帯があることが判明 ⇒ 投薬の自動化が出来れば、より高い効果が期待できる
ワクチンの接種にしても、インフルエンザのワクチン接種では午前中の方が強い反応が見られたり、男性にだけ影響を及ぼしたりすることが分かっているが、未検証
加齢と老化の問題 ⇒ 米国では、65歳以上が人口の12%だが、薬の処方件数では34%、入院者では50%にもなるが、高齢化とともに免疫システムの反応性が低下、あるいは調子が狂うのが大きな原因。加齢による細胞レベルでの変化はあらゆるところで見られるが、なぜ老化するのかについてはまだ結論が出ていない
免疫細胞を産生する骨髄幹細胞のDNAに損傷が蓄積するため再性能が失われ、免疫細胞の産生が減少するので、免疫システムの働きが劣化する ⇒ 高齢になるほど免疫反応が引き起こされやすくなる一方で、適切に反応するための精密さが失われていく

第7章        免疫システムの番人――制御性T細胞の発見
自己免疫疾患 ⇒ 関節リウマチ、糖尿病、多発性硬化症など50を超える疾患が存在、有病率は約5%、患者の2/3は女性
治療上の最大の問題は、病状が現れるまでに時間がかかるため、免疫システムが健康な細胞を攻撃した最初のきっかけを正確に把握するのが困難なこと
病気について現在の考え方が出来たのは、パスツールが微生物を発見した後、1876年に微生物が病気の原因になり得ることをコッホが発見したことで、体内の4つの「フモール(体液:黒胆汁、黄胆汁、粘液、血液)」のバランスの乱れが病気の原因だとする古い考え方が否定され、医学が進歩するとともに、免疫システムの理解の第1歩となる
1949年バーネットが、免疫システムは体の1部である「自己」と体外から来た異物である「非自己」を識別して体を防御するための手段であるという概念を打ち出す
1957年には、「自己免疫」という新語が考案され、病気は病原体とは全く異なる原因――体が自分自身を攻撃する現象によって引き起こされることもあるという考え方が出てきた
1964年には、「自己免疫は多くのヒト疾患の根本原因になっている可能性がある」という考え方が広く受け入れられ、自己免疫が20世紀の医学において最も重要な発見の1つになる
自己免疫疾患発見の契機は、同じ人物が複数の自己免疫疾患の症状を呈することがあるという事実で、自己免疫疾患の根本原因がどこか1つの器官ではなく、免疫システム全般で生じていて、健康な細胞と有害な病原体を識別する機能が低下している可能性がある
1982年坂口志門文が発見したのは、免疫反応を停止させる免疫細胞の存在 ⇒ 2001年「制御性T 細胞(ティー・レグTreg)」として認知
2003年坂口チームは、特定の遺伝子の働きが、免疫反応の強化から抑制へ切り替わることを発見 ⇒ この遺伝子にコードされたタンパク質が約700もの他の遺伝子の活性を直接調節している

第8章        未来の薬――がん免疫療法の開発
がんは、病原体によって引き起こされるのは稀であり、たいていは体自身の細胞が異常増殖したもので、がん化した細胞を選別しようにも、ウィルスや細菌、菌類由来の分子のようにはっきりとした目印が見当たらず、免疫システムに異物として認識されるようなものをがんは何も提示していないというのが旧来の定説
1943年免疫システムがウィルス由来以外の種類のがんに反応することが示唆された
免疫反応は常に多重的に働いており、がんに対する体の防御も例外ではない
免疫療法には長い歴史がある ⇒ 1890年代ニューヨークで外科医コーリーが頸部がん患者の病状が、重度の皮膚感染症に罹った後に改善したことをヒントに、熱殺菌した細菌の混合物を意図的に接種したところがんの症状が好転したが、再現性や結果に一貫性がなかったので相手にされなかった
ローゼンバーグが、サイトカインが免疫反応を強化してがんとの闘いの助けになり得ることを明らかにしたが、効果に一貫性がないどころか、「サイトカインストーム」と呼ばれる免疫活性の暴走を引き起こす可能性があり、有害どころか死に至ることが分かった
がんとの闘いに免疫システムを利用する上で重要なことは、効果の出そうな患者の抽出と、利用可能な免疫細胞セットの精確な判断 ⇒ 抗体の使用はその1
1992年本庶佑が、T細胞上に別のタンパク質受容体を発見 ⇒ 免疫細胞のブレーキを外してがんとより効率よく闘わせる方法として「チェックポイント療法」の薬として開発
現在では20種類を超えるブレーキ受容体が免疫システム内に見つかっているが、特定の種類の免疫細胞とどの種類のがんが関係するのか予測することはまだできない
患者の体内で何が起きているのかを事前に精確に調べる手段が必要で、調べた様々な測定値のことを「バイオマーカー」と呼び、それに精確に呼応したチェックポイント阻害薬の開発に繋がる
1954年抗菌薬の製造法模索の中から副産物として発見されたサリドマイドが鎮静薬、つわりの予防薬として用いられた結果、障碍児を生み出し、62年には世界中で使用が禁止されたが、数年後ある特定の合併症に悩まされたハンセン病患者がサリドマイドで救われたことから、サリドマイドの人体への作用が多岐にわたることが明らかにされ、免疫システムにも作用することが判明、サリドマイドをベースとしたより安全な誘導体から新バージョンの薬が作製され、がんに対する免疫システムの攻撃能を高める










『美しき免疫の力 人体の動的ネットワークを解き明かす』 ダニエル・M・デイヴィス〈著〉
20181280500  朝日
 人間味豊かな研究、発見の物語
 まもなくノーベル賞の授賞式。医学生理学賞を受賞する本庶佑さんらは、免疫をがんの治療に生かす手がかりを見つけた。免疫は「現代科学の最前線のなかでもひときわ重要だが、同時にひときわ複雑な研究分野でもある」。
 人の体がどのように病気と闘うのか。その新しい知見を本書は謎解きのようにたどる。専門的な内容も出てくるけれど、本を閉じないでほしい。理解しにくい部分は気にせずに読み進めれば、なぜ探究を始めたのか、どんな努力を続けたのか、発見に至る物語がいくつもでてくる。
 顕微鏡で見えた奇妙な細胞にこだわったり、患者が話す症状をヒントにしたり、新発見のきっかけも様々。がんで死亡した3日後にノーベル賞授賞が決まった研究者は、自らの成果である実験的な治療を試し続けた。学会発表で「馬鹿げている」と酷評された学者、ライバル意識が強く仲が悪い研究者、失敗も含めて先端科学の舞台裏は人間味にあふれている。
 「誰もが見たことがあるものを見て、誰も考えなかったことを考えること」「優れた研究を行うためには、たった一つ、何よりも重要なことがある。それは重要な問いを立てることだ」。要所で目を引く筆者や先達の言葉は、学問の世界にとどまらず、何かに挑む人への教えでもある。
 免疫学は、日本も存在感を発揮する分野、本書には本庶さんを含めて何人もの日本人が登場している。
 本庶さんも強調する基礎研究を重視する考え方は、国を問わず、飛躍的な進展を成し遂げた研究者に共通する。「自分の発見を医療に応用できるかどうかなど念頭に置かず、免疫の仕組みを解明することだけを考えていた」「応用科学など存在しない、あるのは科学の応用だけだ」
 研究競争、研究費の獲得にまつわる課題、技術が持つ善悪の両面性、いまの科学の置かれた状況をも感じ取れる。
 評・黒沢大陸(本社大阪科学医療部長)
     *
 『美しき免疫の力 人体の動的ネットワークを解き明かす』 ダニエル・M・デイヴィス〈著〉 久保尚子訳 NHK出版 2484円
     *
 Daniel M.Davis 70年生まれ。英マンチェスター大教授(免疫細胞生物学)。「ネイチャー」誌などに論文発表。


コメント

このブログの人気の投稿

近代数寄者の茶会記  谷晃  2021.5.1.

自由学園物語  羽仁進  2021.5.21.

新 東京いい店やれる店  ホイチョイ・プロダクションズ  2013.5.26.