ニムロッド  上田岳弘  2019.3.13.


2019.3.13.  ニムロッド 

著者 上田岳弘(たかひろ) 1979年兵庫県生まれ。早稲田大卒業後、IT企業の設立に参加。本書で2019年春の160回芥川賞。著書に『太陽・惑星』(2013年、新潮新人賞)、『私の恋人』(15年、三島由紀夫賞)152回、154回芥川賞候補

受賞のことば
人類の営為が完璧だったことはない。不完全であることが救いになっている。営為が積み重なり時流が出来る。1つの流れを保護し、加速させたのは、より良いことを求める人々の思い。流れを支える者たちの総意が、ある時点で「システム」を立ち上げる。力強く機能し出したその裏側から見ると、関係者たちを燃料にして駆動する内燃機関に転じている。作家としての僕はきっと「システム」そのものに抵抗しなければならない。一方で、人々が積み重ねた営為には、静謐な祈りが込められている。苦悩や涙が封入された「伝統」を僕は重んじる

ニムロッドは、会社の先輩である荷室仁の自称。同じシステムサポート部隊で働いていた。作家を目指していて新人賞の最終選考に3回連続して残っては落選
ニムロッドは、英国空軍の対潜哨戒機の名前
ニムロドは旧約聖書の登場人物で、『創世記』の10章においてクシュの息子として紹介されている。クシュの父はハム、その父はである。
『創世記』におけるニムロド[編集]
同時代の登場人物たちは概ね民族の代表者(族長)として記録されており、その名前はそれぞれの民族名をも兼ねているのだが、ニムロドの場合、そういった民族的な背景は触れられずに単なる個人名(正確には個人名ではなく反逆する者という意味)として記されている。また、単独で紹介された人物としては相対的に情報量が少ない。だが、同時代人が残した言葉により彼が狩人の英雄として有名であったことは今日でもよく知られている。その他、彼の王権がバベルウルクアッカド、カルネ(その所在はいまだに特定されていない)といった古代都市を含むシンアルの地、及びニネヴェカラ、レセン、レホボット・イール(この都市の所在も不明である)のあるアッシリア地方にまで広がっていたことが『創世記』(10章)では述べられている。また、『ミカ書』(5章)ではアッシリアについて預言する際、同地を「ニムロドの地」として言及している。
ミドラーシュにおけるニムロド[編集]
一方、ミドラーシュではよりネガティブな人物として想定されている。それは彼の名前が即、神に対する反逆を表明しているからである。つまり「ニムロド」とはヘブライ語で「我等は反逆する」を意味している。狩人としての彼の行為もまた、凶暴かつ残虐的に描写されている。なかんずくバベルの塔の建造においてはその企画発案者と見なされている。
ユダヤ人社会では比較的ポピュラーな個人名として通用している。
推定される歴史上の人物[編集]
古来、伝説上ニネヴェを建設したとされるニムスとニムロドを同一視する説があるが、最新の研究では、アッカドの狩猟農耕の神と讃えられたニヌルタ、あるいは、王名にその名を冠したトゥクルティ・ニヌルタ、あるいは、『メール王名表』にウルクの初代王として記録されているエンメルカルなどがニムロドと見立てられている。
芸術作品におけるニムロド[編集]
ダンテ・アリギエーリの『神曲』では、ニムロドは巨人の姿で登場し、地獄の第九圏において裁かれている。彼に下された罰は、他人には理解できない無駄話を永遠にしゃべり続けながら、彼には理解できない他人の無駄話を永遠に聞き続けるというものであった。これはもちろん、バベルの塔における言語の混乱という故事になぞらえてのことである。
ラディーノ語の民謡『ニムロド王の時代』、及び『祖父アブラハム』では、ニムロドとアブラハムの闘争について描かれている。アブラハムの誕生を占う吉兆の星を見たニムロドは、生まれてくる男児のすべてを惨殺するよう全土に布告する。しかしアブラハムの母は荒野へ逃亡し、そこで出産を果たす。アブラハムは成長するに至って一神教に対する信仰を宣言し、神の実在をニムロドに証明する。ニムロドは命じてアブラハムをかがり火の中に投下するのだが、彼は傷ひとつ負うことなく火の中から出てくるのであった。
彫刻家のイツハク・ダンツィゲルは彫像「ニムロド」を制作し、土壌に根ざして生きる人間の崇高性を提唱するカナン主義の理想を具現化している。
アメリカスラングでは、愚かな人間を嘲る際の蔑称として「ニムロド」が用いられることがある。その由来は、バッグス・バニーの短編映画にて敵方の愚鈍な猟師を「ニムロド」と呼んでからかっていたことにあるのだが、旧約聖書におけるニムロドが優秀な猟師であったことを鑑みれば、皮肉であることが理解できるであろう。
陰謀論におけるニムロド[編集]
陰謀論の分野において、
ニムロドの誕生日は1225日の日曜日とされ、それはバビロニアの大安息日でもあるとされる。したがって、クリスマスはイエスを祝うだけではなく、ニムロドの生誕を祝う日でもあるとされる。「Merry Xmas」の『X』という十字に似た文字は、二ムロドのシンボルとされ、merry Xmas は『Magical or Merriment Communion with Nimrod』という説がある[1]
また、カトリック教会や、この教派で行なわれるマリア崇敬の起源を、ニムロドとセミラミスに求める論が存在する[2]。ニムロドが立てた国の一つであるバベル(バビロン、バビロニア)の宗教が後にカトリック教会となり、セミラミスを神として信仰する女神崇拝がマリア崇敬となった、という主張である。
日本でも高木慶太と芦田拓也が著書の中で、女大祭司であるニムロデの妻がタンムズという息子を奇跡的に妊娠したと主張し、人々に彼を救世主と説き、これが息子を抱く天の女王崇拝の原型となったとし、「天の女王」を世界各地の女神信仰と結び付け、さらに後代のマリア崇敬につながったとしている[3]
こうした話は、マリア崇敬を批判するプロテスタントの陰謀論者だけでなく、UFO宇宙人の地球来訪を信じるオカルト愛好者達にも受け入れられている。
マイケル・バーカンによれば、こうした説の起源は、スコットランドの神学者にしてフリーメイソンであるとされる、アレクサンダー・ヒスロップAlexander Hislop)による、反カトリック冊子『ふたつのバビロン 教皇崇拝はニムロデ夫妻崇拝である』(The Two Babylons)に求められる。




ニムロッド 上田岳弘著
文明が逢着した巨大な空虚
日本経済新聞 朝刊 2019216 2:00
ビットコイン、インターネット、M&A(合併・買収)。どれもバーチャル・テクノロジーの発達と呼応して、途方もない量のデータや数字が飛び交う世界だ。本書にはそれらをめいめい受け持っているような人物が3人登場する。まず、サーバー保守会社に勤める「僕」は、ビットコインの採掘(マイニング)をしている。彼のもとに「ニムロッド」と名乗る元同僚から「駄目な飛行機コレクション」なる奇妙なメールが連続して届く。飛行機開発史上の笑える失敗例をまとめたネット情報が元ネタである。また「僕」には、週に1度ほどホテルで会う恋人がいる。彼女は外資系証券会社に勤め、頻繁に海外へ出かけて買収のプロジェクトに携わっている。
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この中で物語のかなめとなるのは、最も現実離れした変わり者のニムロッドである。彼は作家になることに失敗した男だ。彼のメールはやがてSF小説風になり、どんどん厭世(えんせい)の度合いを深めていく。ビットコインで巨万の富を手にした彼は、バビロンの塔のように高い搭を建設し、ついに「人間の王」となる。そして塔の屋上に「駄目な飛行機」を買い集めるのである。一方の恋人の女性は、かつて堕胎したトラウマを持ち、「人類の営みにのれない気がする」と口にしたことがある。
ネット情報と空想に溺れる男と、巨額の資本を相手に世界を飛び回る女性。対照的なようだが、どちらも希望を絶たれたトラウマをもち、自分の人生が置き去りになったような虚(むな)しさを抱える人間だ。その中で、女性が「僕」に漏らした「人類の営み」という言葉が、喉に引っかかったトゲのように気になる。かつて大地とともに生き繁栄してきた人類は、今なんと奇妙な暮らしぶりへ行き着いたことか。聖書の創世記はバベルの塔の物語で人類の文明の危うさを寓(ぐう)していたが、本書は21世紀の文明が逢着(ほうちゃく)した巨大な空虚をまとっている。我々の文明はもはや「駄目な」失敗なのか。それとも「駄目な」ものを許さない効率優先の狭量さが「駄目」なのか。
実際にIT業界の現場にいる著者だからこそ書けた作品だろう。スマホやコンピューターのモニター越しに覗(のぞ)き込まれた「世界」から、生々しい違和感がどろりと流れ出てくるような小説だ。
《評》文芸評論家清水 良典
(講談社・1500円)
うえだ・たかひろ 79年兵庫県生まれ。早稲田大卒業後、IT企業の設立に参加。著書に『太陽・惑星』『私の恋人』など。


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