熱狂のソムリエを追え!  Bianca Bosker  2019.3.4.


2019.3.4.  熱狂のソムリエを追え!  ワインにとりつかれた人々との冒険
CORK DORK A Wine-Fueled Adventure Among the Obsessive Sommeliers, Big Bottler Hunters, and Rogue Scientists Who Taught Me to Love for Taste  2017

著者 Bianca Bosker 『ハフィントン・ポスト』の元テクノロジー編集幹部。現在はジャーナリストとして食、ワイン、建築、テクノロジーについて『ニューヨーカー』のネットニュース、『アトランティック』『T:ニューヨークタイムズ・スタイル・マガジン』『フード&ワイン』などに寄稿。ニューヨーク在住

訳者 小西敦子 出版社勤務の後、翻訳者に

発行日           2018.9.30. 初版第1刷発行
発行所           光文社

良い味を味わうことはよく生きることであり、自分自身を深く知ることでもある。


序 ブラインド・テイスティング The Blind Tasting
ワインの何がそんなに人を夢中にさせるのか、本当に20ドルと200ドルのボトルに差があるのか、もし感覚をギリギリまで研ぎ澄ましていったら、いったい何が起きるのだろうかと疑問を持ったら、紹介したい人々がいる
ブラインド・テイスティング ⇒ 50か国以上、フランスだけでも340以上の有名産地、5,000種を超えるブドウと、実質的に無限のブレンド法がある
ソムリエとは、もっともマゾヒスティックな快楽主義者
Sommlierとは、フランス中部で駄馬を意味するsommierソミエからきている                   
ソムリエを駆り立てるものは何か、なぜワインに魂を奪われて精魂を傾けるのか? この「病」が彼らの人生をどう徹底的に変えてしまったのか
本書は、私がフレーヴァー・フリーク、知覚科学者、稀少ボトルのコレクター、嗅覚の達人、ほろ酔いの快楽主義者、規定無視のワイン生産者、そして世界で最も野心的なソムリエたちの中で過ごした日々を綴ったもの。「本質的にくだらない」業界を探訪した記録だが、飲食物の領域のはるか向こうにある何かと繋がる数々の洞察が得られた
言語にも味と人生賛歌の関係はみられる ⇒ 音楽など舌で味わえないものでも、良いテイストを持つと表現される
味わうということは単に人生を堪能することの決まりきった比喩ではない。我々の思考の枠内に埋め込まれ、全くの比喩ではなくなった。ソムリエやコレクターにとり、良い味を味わうことはよく生きることであり、自分自身を深く知ることだった。だからこそ、食べ物、飲み物をより深く味わうには、もっとも複雑なものから始めなければならない――そうワインから。

第1章        ねずみ The Rat
まず大きなレストランのセラー・ラットとして入り込み、セラーのワインの管理を学ぶと同時に、卸業者の無料テイスティングに参加
コート・オブ・マスター・ソムリエの証明書を得るための資質:
ワインの知識 ⇒ マディラで最も広範に栽培されているブドウの品種は何?
ワインをサービスするスキル ⇒ 適切に赤をグラスに注ぐための17の段階のマスター
ブラインド・テイスティングの実力 ⇒ 匿名のワインのアロマ、フレーヴァー、酸性度、アルコール度数、タンニンのレベル、甘辛度、原産地、ブドウの品種、ビンテージを言い当てる
コートが提供する11冊の参考書のリストと3冊のワイン百科事典
資格検定試験のパスと、最低3年の実務経験が「強く望まれる」
レストランでは一般に、1杯のグラスワインに対して、そのボトル1本の卸値と同額を請求される。ボトルで頼むと卸価格の4倍を請求される。グラス4杯がボトル1本の値段
コルクドルク ⇒ ワイン命の変わり者。超高級なレストランのソムリエ
ソムリエの歴史 ⇒ 紀元前7000年ごろ人類がワインを造って以来ずっと飲み手は忠実なサービス役を求めてきた。ワインの給仕を託された者は他の従者や召使と比べて特権を享受。古代の人間はワインに神聖な起源を求め信じ、ひいてはワインを扱う人間迄神聖視。聖書の物語では、ワイン係は歴代ファラオの腹心の友であり、相談役。古代ローマ人がワインを注ぐ特別な僕を宴席に侍らせ、魅力的な青年がワインのもてなし以上に性的要求も満たした。中世の酌係は王族が宴席で練り歩く際のステータスシンボルとして機能。「ソムリエ」の仕事は1318年フィリップ5世長躯王の布告によって公式のものとなり、大貴族や領主が競って私邸にソムリエを置いた。フランス革命から数年後、初めてレストランがソムリエに解放された。ソムリエがワインを武器にダイニングルームに常駐する様になると、洗練された雰囲気をまとった文化的飲み物としてワインの地位が高まる

第2章        シークレット・ソサイエティ The Secret Society
マスター・ソムリエになったのはこれまで230人。毎年200人が受験し、95%が落ちる。マスターの受験者は試験までの年月、平均して2万本以上をテイスティングし、1万時間勉強し、4千枚以上のフラッシュカードを作り、シャワーストールの壁に25ものラミネートした地図を貼る。試験の理論部門の成績が一定水準に達しないと他部門(テイスティングとサービス)の受験資格がない
人々に刷り込まれた味覚と嗅覚の軽視はプラトンに始まる ⇒ 5感の中で、聴覚と視覚は美的快感をもたらし得るが、鼻と口からの経験は束の間の儚いもので、知性を欠く刺激であると見做し、これを覆すのは20世紀になってから
イレヴン・マディソン・パーク(EMP:2017年世界ベストレストラン501)で週1回集まる野心的なマスター・ソムリエのグループによるブラインド・テイスティング
味蕾(人間の舌には約1万個ある)を敏感にして力を高めるためのソムリエのルーティンには様々 ⇒ ①直近に接触したものの後味が消えるまでに要する時間を知る
バイオダイナミック暦 ⇒ ブドウを作る農家が収穫の時期を知るために使う暦で、水晶療法の神秘的波動と自然を意識した有機農法運動と融合させたもので、味覚の好不調も暦に即して測ることが出来るという
②自制力 ⇒ 味覚や嗅覚を邪魔するものを排除。特に強い刺激のある飲食物は避ける
③一貫性 ⇒ 試飲時とその前のルーティンを固く守ることで、周囲の臭い全てをコントロールする
④テクニックの問題 ⇒ 臭いの嗅ぎ方が正しいか
ソムリエが執着する習慣と犠牲は時として科学的というより迷信の類にまでなるが、迷信とはいえ、それらに従う者には効果がある。それ以上に、進んで挑戦するほど効果はある

第3章        決着の場 The Showdown
「トップソム」というのが、最大規模で最も有益かつ格式高いコンクールで、アメリカのベストソムリエという栄冠を目指す
ボルドー左岸(メドックなど)のワイン生産者はカベルネ・ソーヴィニヨンを主体にして、メルロー少量と他に数種のブドウをさらに少量補足してブレンドしたものからワインを造る。右岸(サン・テミリオン地域など)の生産者はメルローを主体にして、カベルネ・ソーヴィニヨン少量と他に数種のブドウをさらに少量補足してブレンドしたものから造る
サービス部門の試験が最も過酷 ⇒ うるさい客が不運な若いソムリエを虐めるという設定。サービスとは、ワインを口にするという究極の瞬間を打ち立て増強するべく練り上げられた一連のステップを含む振り付けのこと
バックハンド ⇒ 手の甲を客の側に向けてワインを注ぐのは無礼。必ず客の右側から注ぐ。手でラベルを塞がない。1個のグラスに2度以上注がない。一渡り注ぎ終わったときボトルを空にするな

第4章        脳 The Brains
ドレスデン工科大には味と臭いの化学的感覚(食物と液体と大気で運ばれる化学物質によって刺激されるから化学的感覚と呼ばれる)を鍛える学問を専門とする部署がある
2004年のノーベル医学生理学賞は、嗅覚の仕組みを発見したコロンビア大の科学者に贈られた  動物が「におい」を認識し記憶するメカニズムを解明。人間には、傷んだ肉から恋人の香水まで、1万種類ものにおいを嗅ぎ分ける能力があると考えられている。鼻のなかにある、においを識別するタンパク質の実態を明らかにし、これらのタンパク質がにおいの情報をどのように脳に送るかを追跡した。受賞理由は実益ではなく、「最も謎に包まれた人間の感覚」の理解を高めた点にあるとした
2014年の『サイエンス』誌で事実として認定されたのは、人間は1兆個以上の臭気を検知できる。見ることのできる色数は数百万、聞き取れる音は50万。1万前後の嗅覚的刺激を嗅ぎ分けられる。「味」とはほとんど匂い
紀元前4世紀、人類は既に匂いに関して見放していた ⇒ アリストテレスが、嗅覚の器官が精密ではないことから、他の動物よりも嗅覚が未発達だといい、理由不明にも拘らず以後固定観念となった
19世紀に、言語発達を担う脳の領域「ブローカ領域」の発見で神経科学分野で最も称賛される人物となったフランスのポール・ブローカが1824年人間の嗅覚が未発達であるという科学的説明をした ⇒ 人間の脳全体の大きさがネズミの脳の800倍もあるのに、嗅球はほぼ同じサイズしかなく、嗅覚機能の重要性の目減りの発見が文明化された人間にとり繊細な嗅覚が生活に何の役にも立たないことを示唆していると結論付けた。人が2足歩行になって頭を地面から離すようになると、嗅覚に代わって視覚が主導権を握るようになった
近年になって人間の嗅覚を動物のそれと比較する研究が進んだ結果、テストした匂い41のうち31で人間の方が優れているという結果が出た。15の匂いのうちの5つも犬にまで勝った
コルクドークのソムリエは自身の楽しみのみならず、最終的に客のフレーヴァー体験を助けるたねに嗅覚を磨いている。こうなると他者の味覚向上をどう助けるかについてもっと学ぶために、一軒のレストランが必要

第5章        魔法の王国 The Magic Kingdom
コート・オブ・マスター・ソムリエのサービス心得には、ソムリエの仕事は人質交渉人の仕事と似ている面が少なくないという記述がある ⇒ 客の動作の小さい反応にも注意を払って見逃がさないようにしなければならない。客の反応、話し方、そしてボディランゲージに細かく注意を払うことが重要
レストランの厨房やフロアで実際に働き(トレイリング)、見習することが不可欠(スタージュ)
アメリカの高額所得者向けの最初のレストランは、ヨーロッパの華やかさとワインを巡る環境だけでなく、全員男性スタッフという伝統も輸入。ニューヨーク市で最初のソムリエに触れた記述は1852年の求人広告。それから1世紀後の1943年ニューヨークタイムズが市で初めての当時唯一の女性ワイン給仕係を紹介するまで、女性ソムリエはいなかった
1970年まではフードサービス従事者の92%が女性だったが、セラーの女性は珍しく、最初の女性マスター・ソムリエの誕生は1987年。今でもマスター・ソムリエの86%は男性
ワイングラスのメーカーが言うほどではないが、ごく微妙だが感知しうるワインのアロマがグラスの形によって和らぐことがあり、逆に強まることもある ⇒ 胴回りが広く縁が狭いグラスの方がワインのアロマを強める。ワインのアロマを邪魔するアルコールがワイングラス内面に沿って凝縮しながら上昇し、グラス開口部でリング状にアルコールが蒸発する一方、グラス中央部にはアルコールガスはほとんどなく、香ばしいアロマを楽しめる
空間を作っている

第6章        バッカス祭り The Orgy
ブルゴーニュはいくつかの点で他産地よりシンプル ⇒ いくつかの例外はあるが、白はシャルドネ種単一から造られ、赤はガメイかピノ・ノワール種から造られる。ピノ・ノワールは気難しく弱いブドウで、楽天的ないとこのカベルネ・ソーヴィニヨン種よりも遥かに繊細で病気に弱い。生産者を質によって4段階に分けて指定(上質な順にグラン・クリュ、プルミエ・クリュ、村名(ヴィレッジ)ワイン、そしてブルゴーニュ生産地名ワイン)――5つの異なるワイン生産地域(ヨンヌ県、コート・ドール県、コート・シャロネーズ、マコネー地区、ボージョレー)――それから約100の異なる呼称がある。呼称の評価はあまり役立たない。呼称内のブドウ畑も重要で(プルミエ・クリュだけでも約600ものブドウ畑がある)、多数のワイン生産者が1つの畑をシェアするので、誰がワインを造っているのかによっても質は変わる。1人でワインを作っている生産者が数千もいてそれぞれに20タイプものワインを造り、それぞれ違ったブドウ畑、呼称と質の格付けを持っている。生産者は自分たちのワインについてよそ者と議論することをあまり好まないので、これらの中から良いものを拾い上げるのは運任せ
高額なワインのいくつかがブルゴーニュ産だが、最もあてにならない品質の不安定なワインの多くがブルゴーニュ産でもあるので、ブルゴーニュ命という人間に出会うと、どんなトラウマで肩入れするようになったのかと当惑させられる
ボルドーは、トップ61の生産者を第1(最上級ベストのなかのベスト)から第5(ベストのなかの最下位)に格付け
1500ドルのチケットで参加したテイスティングのパーティのガラ・ディナーの乱痴気騒ぎは、無駄と暴飲暴食がフレーヴァーの意味とじっくり味わうという意味を広げるために必要なことを教える ⇒ フレーヴァーは、私たちが思い込んでいるように鼻腔や口からのみ入ってくるのではないと証明する実験場であり、人は心でワインを堪能する
価格は最も強力なスパイスで、5,10,35,45&90ドルの5本のカベルネ・ソーヴィニヨンを一通り試飲した後、2度目に5ドルのボトルを45ドルのワインと偽り、10ドルのワインを90ドルのボトルから注いだところ、スーパーで売られている普段飲みの5ドルのワインはひどい味だったが、45ドルと値札が付いているとこの世のものとは思えない味になることが証明されている。人の脳は単に自分が経験することのみで満足を感じるわけではなく、むしろこれから受け取る快楽への期待によって悦びを得る
ワイン偽造犯ルディ・クルニアワンも、ブルゴーニュワイン鑑定の神聖な場所で偽物を通用させたのだから、彼はおそらくワイン評価の心理学的要素を理解していたのだろう
600億円以上が世界に漂流、ルディ・クルニアワンの偽造ワインが生んだ闇
2018/10/01 ニュース 米国のワイン偽造犯ルディ・クルニアワンが偽造した55000万ドル(約6252400万円)以上に相当するワインが、いまだに世界の市場に流通していることを、ワイン鑑定家のモーリン・ダウニーが、自身の運営する「WineFraud.com」(ワインフロード・コム)で改めて主張した。
値札に加えて、フレーヴァーはソムリエの姿や、テーブルクロスの色、サウンドトラックからでも影響される ⇒ 色が味覚に、音が匂いに、視覚が触覚にどれほど影響を与えるかが明らかにされている。フレーヴァーは単に味わい嗅ぐだけでなく、見、聞き、感じるものによっても決まる。複数の感覚の相互作用が、考えられるすべての感覚様式の組み合わせの間に存在する
チョコレートでも同じことが起こっている ⇒ イギリスのキャドバリーのデイリーミルクチョコ・バーのファンが抗議したのは、チョコレートのレシピを変えたことに対してだったが、実は変えたのは形だけで、角を丸くされ、楕円形のピースに代えられた途端、フレーバーが変わったという。「丸みは甘さ、角張ったものは苦みと関連付けて考える」習慣
透明より赤い色に染める方がフルーティに感じ、赤い照明の下でワインを飲むと、より甘くフルーティに感じるという研究結果もある
ワンビジネスの汚い秘密は、11,000ドルのワインはおそらく50ドルのワインより2%程度マシかもしれないということ。時にはそれ以下かもしれない

第7章        クオリティ・コントロール The Quality Control
「良いワイン」とは何か
ワインの格付けをするとき、プロたちは一貫して3つの特性を重視 ⇒ バランス、複雑さ、後味(フィニッシュ)
バランスの取れていないワインは、フレーヴァーが突出していて不快に感じさせる ⇒ 飲み込んだ後アルコールがヒリヒリと焼け付く感じを与えるか、強い酸味がブドウを圧倒しているのだろう。バランスの取れたワインは異種の成分にハーモニーをもたらす
複雑さとは、いくつもの層、深さ、多様性で、ワインの楽しさを持続させるキャパシティのこと
後味とは、そのワインを吐き出すか飲み込んだ後、フレーヴァーが口の中に留まる時間の長さを意味。良いワインほどしばらく留まる
本当に客観的物差しを供給するなら、なぜ審査員たちの間で、個人の中でも、格付けの点数や意見が大きく異なることがあるのはなぜか ⇒ 品質が一定で「審美的システム」で良さを理解できるとするなら、同じワインが同じ点数になるはずだが、現実世界ではいつも同じということにはならない
各コンテストで約70名の審査員がそれぞれ30杯のワインを試飲した結果、首尾一貫した採点をしたのは審査員の10%」に過ぎない ⇒ 大半の審査員が、同じボトルでも試飲するたびに矛盾した格付けをする。カリフォルニアのレポートでは、4,000本以上のワインが10以上の競技会に出品され、うち1,000本以上がいくつかの競技会で金賞を得たが、別の競技会では何の賞も獲得しなかったという
ただ、審査員が厳密な一貫性を持ったのは、自分の好みとは離れてワインの格付けをすること、品質は捉えどころがないということ、質の悪いワインは誤魔化せないこと
ベリンジャー・ヴィンヤーズは、禁酒法時代以前、カリスマ的なカリフォルニアのワイナリーで、ネスレの傘下に入る(2011年からはトレジャリー・ワイン・エステーツ社が所有)が、ネスレがダイエット用冷凍食品のリーンクィジーンやハーゲンダッツ、コーヒーメイトといったスーパーマーケット商品の豊富な開発経験を活かして、消費者のワインの好みを理解するために感覚分析によるアイディアをワインに投入した時、ベリンジャーの幹部はすぐに受け入れたが、元々ワインは1人の醸造家に率いられたベテラン職人たちの小さなチーム頼りで丁寧に作られたもので、飲み手に相談するなどとは、モネが次に使う色をグループに聞くようなもの
実証済みの伝統的ワイン造りから離れて、ベリンジャーは委員会によるワイン造りを採用。消費者の要望が造るワインをそのままメーカーが売り始め、そのやり方を他の巨人たちも採択。ガロ(アンドレ・カルロロッシやベアフット)やコンステレーション・ブランズ(ウッドブリッジ、ロバート・モンダヴィ、ラヴェンウッド)も自社の感覚研究部門を設ける
社内外のアマチュアドリンカーにサンプルを提供して好きな順位をつけさせると同時に、飲み手の味覚を満足させるために自分たちの調合を微調整もすると、買い手の好みはタンニンが弱く、渋みが少なく、複雑さがない甘くフルーティなワインを好む傾向があり、鑑定家が「良い」と考えるワインとは全く相容れない
「消費者のニーズに応える」ボトルを造ることは、人々がワインに見出す快楽を変えた
大量消費市場のワインは、飲み手を満足させる点で前より高い点数を得ていて、審査員たちも高点数をつけ賞も与えている
フランスの社会学者ピエール・プルデューが1984年に出した『ディスタンクシオン1』のなかの趣味判断の社会的批判で提示した理論 ⇒ ゴルフやオペラ、シャンパンなど様々なものを称賛するために学ぶことについて、社会的資産と文化的資産はかなりの追求と他の拒絶を受け入れることから引き出されるとする。どんな好みも純粋ではなく、人は社会的サークルで相互作用し合うように、同輩からの承認を得るために歓迎すべきでない、あるいは歓迎するべきことについてのきっかけを頭に入れている。結局私たちは何であれ自分を尊敬に値する人間に見せるものに高評価を与える。1本の「良い」ワインは社会のどんな層であれ、ボトルの中身とは全く関係ないいくつかの理由によって「良い」ワインだとお墨付きをもらう。そしてワインについての判断を次は自分たち自身の判断材料に使う。これは回りまわってソムリエの仕事に1つの率直で新たな解釈を加える。この一種上から目線での「上質」という概念を通してソムリエが客を高級なワインへと導くことは、基本的に上流階級を大衆と区別する一助になっている
純粋に味に基づいて審判すると必ずしも大量生産ワインを「悪い、ひどい」と断定はできないが、大量生産ワインが人工的に造られる、あるいはむしろデザインされた飲み物であることに何か問題があるか?
毎年サクラメントで開かれるワイン生産者とブドウ栽培業者のシンポジウムでは、ロマン以外のすべてのワイン関連重要製品が展示即売されるが、会場で出会う添加物の名前は、フレーヴァーの操作を思わせるサイエンスフィクションのような未来的響きを持つ。ワイン生産者が消費者の好みに合わせて自社ワインを自在に変えることが出来ることを想起させる。価格を低く保ちつつ品質を上げたいと望む生産者にとり、自然はもはやフレーヴァーの最終決定権を持っていない。より良い製品を造るために、ブドウを自然に任せる代わりに、機械で大量に造り、ワイン生産者の好みに合わせてワインを組み立てる
20ドル以下のワインにはすべて添加物が使われている。現在合法的にワインに入れることが出来る添加物は60以上ある
数世紀にわたりボルドーワインは卵白を使って清澄さを出してきたし、すでに古くなったワインがだめになるのを阻止する防腐剤として二酸化硫黄も使ってきた。今日では伝統的製法の象徴のように思われる樽ですら、ローマ人がアンフォラという粘土の壺に貯蔵する時代が数百年も続いた後、かつては新しい技だった。古代ローマ人が豚の血や大理石の粉、海水、更に鉛までも甘さのもととして加えていた事実も確認されているし、化学物をワインに入れるのは危険と思われるが、酒石酸は自然にブドウの中に発生している。ワインが科学的に「手を加え」られたというとき、良いと悪いの差は程度の問題であり、質の問題ではありえないということを知っておくべき
以前悪いワインは簡単に見分けられた。汚染され消毒していない樽のなかのブレタノマイセス酵母のせいで悪臭を放ったが、今では圧縮や粉でこれらの疵は根絶されている。国際的市場で流通しているボトルでワイン製造の失敗が見られるのは1%以下と言われ、悪いワインと素晴らしいボトルのギャップは縮まりつつある。価格差が開く一方で、質の差はかつてなく縮まっている。ワインの産業革命はまともなワインを効果的に民主化した
何がワインをよくするのか、受容できる1つの基準があるはず ⇒ 「ひと口がもうひと口に進ませる」ワインこそ最上級で、ひと口がさらにもうひと口を誘い、そしてもうひと瓶となる。その瞬間それは完璧なワインなのだ
ひと口がひと口を誘うのは、そのワインが喜びを与えてくれるからで、それはワインが醸し出す多くのフィーリングのなかのたった1つの反映に過ぎない。素晴らしいワインは最初のひと口が不思議な感動と興味を引き出す。次のグラスへと口をつけさせるのは、1杯目では十分わからない何かがあるからで、それが魅力であり、謎だ
ひと口飲んで、二口目を飲みたくなるのは、ワインが1つのプロセスであることの証。良いワインは飲む人を何かほかのものへの旅に誘う。他の何かの二杯目に誘うこともあるが、少なくとも新しい次元の新しい経験に連れて行く
偉大さが1つの型によって与えられ得るとすれば、それはつまらないものになるだろう。そうではなく、私たちはワインを味わうとき偉大さを知り、それは記憶として生き続ける

第8章        十戒 The Ten Commandments
テイスティング・ノートは、飲み手をボトルに導き、コルクを抜いたあと期待できるものに導く1方法として始まったが、首尾一貫してもいないし、情報源としての有益性も持っていない。90年代に出現したこけおどしの用語が多く、抽象的概念ばかりで、言葉に共通の理解すらない。私が受け取るものの正確さと効力は、自分が明瞭にしなければならない言葉にかかっている
1974UCデーヴィスの教授に着任したアン・ノーブルは、ワインの香りを表現するため、嗅覚の辞典を作り、語彙をワイン・アロマ・ホイールと名付け、70余りの記述語を円グラフに体系化した。残ったのは分析的な言葉で、アロマは「スパイシー」(リコリス、黒胡椒、クローブからなる)か「木の実のような」(クルミ、ヘーゼルナッツ、アーモンド)といった大きいカテゴリーに落ち着き、ワイン生産者、飲み手、ワイン評論家が会話をするためのスタンダードな共通語を初めて持った ⇒ アロマ・ホイールは現代の「十戒」
最も修業を積んだテイスターなら80100の匂いを区別できるが、平均的な人間は20
もっと進化すると、料理の詩と科学的正確さを交換することが期待される ⇒ 使う用語を規格化し、単に「ストロベリー」と実物に頼るのではなく、正確なエッセンスに固定する様に実験室レベルのアロマと結びつける。飲み手がグラスの中身の匂いのもとである特有の成分を上げることによってテイスティング・ノートとワインの化学的成分とをつなぐ。グレープフルーツのような香りがするワインとは、実際にはチオールの匂いであり、チオールとはグレープフルーツのアロマのもとになる化合物のことで、化学用語がワインの匂いとある種の食物の比較の評価に役立つ ⇒ ガスクロマトグラフ質量分析計(GCMS)によって、複雑な混合から化学物質を分離し、各分子量を使って確認し、どの成分がそのワイン固有のアロマに貢献しているかを割り出すことで、新しい科学的語彙の開発を助ける

第9章        パフォーマンス The Performance
シェーヌ・デ・ロティスール協会主催のヤング・ソムリエ・コンクール

第10章     トライアル The Trial
ソムリエが憑りつかれている意味を知りたいという執念に憑りつかれて以来1年、70文の筆記試験が課される入門試験を通り、資格試験に臨むが、最低3年の実務経験
325ドルの受験料を払い、資格試験の最初は赤白2つのワインのブラインド・テイスティングと40問の筆記試験、次いでサービス部門の試験
見事に1回で合格、マスターソムリエに連なる

第11章     フロア The Floor
最後の挑戦が、自分が学んだものを引っ提げてレストランのフロアに出ること
ポール・グレコの店で働く


エピローグ 究極のブランド・テイスティング The Blindest Tasting
ソムリエとアマチュアの口にそれぞれワインを入れ、吸わせ、飲み込ませて、その間被験者の脳のどの部分がフレーヴァーで活発に反応するかをfMRIでスキャンした結果、それぞれの脳の活動が全く違うパターンを示したことを発見
フレーヴァー命の有能なソムリエたちは、特別優れた肉体的条件を持っているわけではなく、ポイントは彼ら独特の思考様式にある
ソムリエの活発に動く部分は、3つの領域。うち眼窩前頭皮質と島皮質前部の2つの領域が匂いと味その他の感覚の情報の処理、更にそれをフレーヴァーの印象に変えることにおいて連携して働いていると考えられた。また両方の部位とも味覚に価値と快感を見出すのはもちろん、意思決定や原因から結果を推論するような複雑な任務も任っている。島皮質は特に推論になると驚くべき働きをする。この部位こそが動物と人間を区別している。感情と文化的重要性を感覚の経験に付与する。体と心が一点に集まっている領域であり、感情的経験を意識的思考に変える領域
ソムリエの脳の偉大な活動を示した3つ目の部位は、背外側前頭前皮質(DLPFC)。抽象的な論理、記憶、計画、注意力、その他の機能の間で多数の異なる感覚からの入力を統合している。アマチュアには見られない
トレーニングによって、ソムリエは匂いと味に対して、更に鋭敏となり、単に感情的に反応する代わりに、匂いや味の刺激の分析を確実にする
いきいきとして、そして情報をもって人生を経験するために諸感覚を鋭敏にできるかどうかを見つけたいと意気込んで始めた実験だったが、トレーニングによって私たちが変わることを語っていた。しかも当初考えていた以上に急速に深く変わる
フレーヴァーへのプロの関与は思い入れが強く、進歩したものであり、感覚を磨くことは豊かで深い経験のための必要条件 ⇒ 感覚は未知で記録もない流動的なものではなく、しっかりと把握され、探求され、そして分析される。匂いと味は原始的で動物的感覚であるどころか、匂いと味の開拓を学ぶ事は、文字通りの意味で、実に私たちの反応を高め、人生に意味を与え、真の人間にするまさに私たちと切り離せない一部なのだ


訳者あとがき
本書は、高級レストランでソムリエと出会い、その拘りの生き方に興味を抱き、自分もソムリエ資格を取ろうと決心し、記者の仕事を抛ってワイン道に突入する、究極の冒険を記したエッセイ
味覚や嗅覚を磨くことに人生を賭けているソムリエ
冒険の最後に著者は究極のテイスティングに挑戦。目を閉じ、耳栓をし、1㎝たりとも動けないように頭をプラスチックの枠に固定し、棺桶程度のスペースに身を横たえて、チューブで口に送られるワインをテイスティング、見事に赤白2種類を言い当てる
この冒険を経た著者の一般人に対する思いは、全ての人がワインに宿る魂を発見する能力を持っているのだから、味わうのに特別な感覚はいらない、というもの。ただ楽しむ心で飲めばいい。同じワインでも各人の肉体とDNA、記憶も異なるから、そのワインは自分だけのワインで、そしてその一瞬だけのワインだ。だからこそよく味わって楽しむことだ
スタンフォード大とウィリアム・サローヤン財団が共同で2年に一度選ぶインターナショナル・ノンフィクション賞の2018年度最終候補にノミネートされている




熱狂のソムリエを追え! ビアンカ・ボスカー著 人間の嗅覚と味覚の可能性
2018/11/24付 日本経済新聞
人は嗅覚と味覚をどれだけ磨くことができるのだろうか。そして、それは人に何をもたらすのか。
原題=CORK DORK
(小西敦子訳、光文社・2300円)
著者は米国のジャーナリスト。食や建築、テクノロジーについて執筆。
書籍の価格は税抜きで表記しています
ワインのずぶの素人だった若いアメリカ人女性ジャーナリストが、レストランでのソムリエとの会話をきっかけに、職業的な好奇心からソムリエコンクールに興味を抱きワイン業界に飛び込む。サービス見習いとして働きながら、ワインを毎日飲んでは印象を言葉にし、言葉にしては飲む生活に浸り、1年後にソムリエ試験に合格する。そんなソムリエ修業奮闘記である本書は、冒頭のような根本的な問題を提起する。
ワインを外から取材した著作は数多いが、自身の体を実験台にこれほど徹底的にワインの香りと味を感知するとはどういうことなのかにこだわった著作はない。
ワインにはまりながら、古代ギリシア以来、嗅覚や味覚は知性を磨く視覚や聴覚に比べて下等な知覚とされてきたことを、哲学史を紐解(ひもと)いて確認する。ワインの香りと味を表現する華麗な語彙が根拠のあるものかどうか疑問を抱けば、知覚を研究する脳科学者の教えを請うためにドイツに飛ぶ。
ワインの語彙がいつからこんなに洗練されたのかと思えば、1970年代にカリフォルニア大学のデービス校で確立されたことを突きとめる。いいワインとは何かと自問すれば、カリフォルニアの大手ワイナリーの研究所を訪れ、品質管理の現状を取材する。
ワインを内側から体験しながら、ジャーナリスト的な冷静な視線を忘れないのも本書の魅力だ。
自身の主観的なワイン体験を最先端の科学までもちだして客観的に究明しようとする姿勢は、ワインのもたらす熱狂の意味を探ろうとする姿勢にほかならない。
しかし、科学的説明も問題が人間の感覚に関わる以上、最終的に人間自体に戻ってくる。自身の感覚を磨きながら、著者はソムリエたちの情熱に共感し、人に感動を与えるワインがあり、ワインが人に別の世界を体験させ、人の生活を豊かにすることに気づく。
嗅覚と味覚はその気になれば、だれでも洗練させることができ、そうした洗練によって人は世界をより豊かに享受できる。それを身をもって証明した本書は、人間の可能性の物語でもある。
《評》早稲田大学教授 福田 育弘


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