驚くべき日本語  Roger Pulvers  2014.4.17.

2014.4.17.  驚くべき日本語

著者 Roger Pulvers 1944年アメリカ生まれ。作家、劇作家、演出家。ハーバード大大学院ロシア地域研究所で修士号。ポーランド、フランスへ留学後、67年よりほぼ半世紀を日本で過ごし、英露ポーランド日本語の4か国語をマスター。日本各地を旅し、日本と日本人の特質と独自性に驚嘆。大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」の助監督を経て執筆活動開始。敬愛する宮沢賢治の作品の英語訳にも数多く携わり、第18回宮沢賢治賞(08)、第19回野間文芸翻訳賞(13)受賞

訳者 早川敦子 1960年生まれ。津田塾大学芸学部英文学科教授。専門は20世紀から現代にいたる英語圏文学、翻訳論。

発行日           2014.1.29. 第1刷発行
発行所           集英社インターナショナル

まえがき
日本語という言語は、日本人にだけ通用する特殊な暗号のようなものだと考えられてきた。外国人には、暗号を解読できても、言葉の深い意味(日本民族の心の声)は理解できないだろうと言われる
日本語がある種の暗号だという考え方は、他の文明から遠く隔たった島国の日本民族には常にうまく機能してきた
どの言葉でも、本当の意味を理解するためには、文化的な背景が必要というのは同じこと
言語そのものは完全に中立的なもの ⇒ 意味が容易に変化する
日本人が外の世界を理解するにあたって障碍になっているのは、外国語の運用能力の問題ではなく、自分たちの言語の本質そのものに対する誤解
日本の未来、日本人の可能性は、日本語の将来にかかっている。日本人がどのように日本語を捉え、使うのかということに。民族の可能性は、言語と彼らの言語観の中にある

第1章        言葉とは何か
言語は、一言語から新しい多言語へと分岐
言語は、敵と味方を区別する道具として進化、支配の道具でもあった
アイデンティティは「言葉」によって創られる
第一言語(母国語)の音の響きだけがものごとのイメージと結びつく
誰もが、他の言語を第二の自分の本性として話す能力を持っているが、まず自分の第一言語の本質をしっかりと知っておくことが重要
「小説」の誕生が民族のアイデンティティを創り始めた ⇒ 印刷機の発明によって知識の民主化が始まり、情報や意見交換ができるようになると同時に、自分たちの民族についての新しい神話を構築し、他の民族から自分を区別する国民性を認識
あらゆる言語のあらゆる言葉の意味は、文脈によって決まる ⇒ 社会と歴史の文脈
頭と心が白紙状態でなければ、言語の習得は出来ない ⇒ 言葉の言い換えではなく、ものごとの本質と直接結びつけて捉える
第一言語には、それ独自の論理、統語的な体系syntaxがあるので、ある程度相手が何かを言う前に、何を言うかを理解することができる
自分の第一言語の論理を消し去れば、誰でも日本語の習得は可能

第2章        日本語は曖昧でもむずかしい言語でもない
ある言語が持つ表現力は、その語彙の数とは無関係
日本語では、ある言葉の語尾を変えたり何かを付け加えたりすることで、繊細な表現のニュアンスを生み出すことができるが、これは英語にはない表現形式だし、他の言語に比べて動詞の変化や時制が極めてシンプル
曖昧に見える日本語の表現には明確な意味がある ⇒ 曖昧な表現は自己主張による衝突を和らげる日本人が作り上げた芸術
全ての言語は、「感情文化」を包み込んでいる ⇒ 言葉や身振り手振りは全て社会的な文脈(状況)のなかで意味を持つ

第3章        日本語――驚くべき柔軟性をもった世界にもまれな言語
日本語は「膠着性」をもった言語と言われる ⇒ 「かな」を足す(膠着する)だけで、別のニュアンスを加えられる。「(真っ)先」や「白(っぽい)
同音異義もあり、たくさんの語彙を必要としない
「てにをは」と使うだけでどんな格にもなれる
オノマトペ ⇒ 擬声語(音を真似る言葉「がやがや」)、擬態語(音ではない状態を表す言葉「にやにや」)、擬情語(人の感覚やある状態を表す言葉「びくびく」)等の総称
日本語を習得する際の壁になるのがオノマトペ ⇒ 日本人の感覚に訴える言葉
擬態語と動詞の組み合わせにより幅広い表現が作り出される ⇒ 「こっそり+出る」
日本語の形容詞の使い方は簡潔 ⇒ 「えらい+//こと」「若い」「惜しい」
「省略」が簡単 ⇒ 「炭カル=炭酸カルシウム」「コンビニ」
日本の話し言葉、文章、芸術において特徴的で独自なのは、本来の意味やニュアンスは何かしらそれを示唆する言葉やイメージで暗示されること。「説明的」と言う場合、英語では肯定的な意味で使われるが、日本語ではある種の否定的な響きがある
日本の風土に基づいた独特の表現である敬語 ⇒ 日本人の国民性に密接に結び付く

第4章        世界に誇る美しい響きの日本語とは
宮沢賢治こそ、言葉の響きから美を紡ぎ出す匠
ある言葉の音の響きと意味はたいがい密接に結びついていて、言葉に反応する過程で無意識に強い影響を及ぼす ⇒ 堪忍袋の尾が切れたときの「もう・・・・・」と、牛の鳴き声の擬声語を俳句に使った場合では美しさがまるで異なる
日本語という特殊言語を、世界の「普遍言語」にまで高めたのは宮沢賢治 ⇒ オノマトペに精通し、言葉の音を自在に操る見事な技を持つ。彼の作品の全てに表現されている理想的な社会のありようは宇宙的なものであり、あらゆる形の命のありようを常に問い続け、日本や世界だけでなくさらに遠く宇宙にまで大きな網を打ちかけていた
賢治は、この世界、この宇宙に存在するあらゆるものとの普遍的な対話の媒介(道具)として日本語を使った、日本で初めての書き手であり、日本人の国民性という枠を飛び越えたところにまで日本語を導いていった

第5章        「世界語」(リンガ・フランカ)としての日本語
言語を自分たちの中に入れて自在に使っていかなかったら、自分たちの新しい文化を創造することは出来ない
日本人が外国語を理解できるなら、外国人も日本語を理解できる
日本語は、会話に限れば英語より遙かにやさしい言語であり、日本の過去の歴史が別の展開をしていたら、日本語が世界言語になった可能性は大いに考えられる
2つの条件が満たされれば日本語が世界言語の1つとして重要な役割を果たすに違いない
1つは、日本人が、日本語はある種の「特別な」暗号、日本民族の意思伝達にのみ有効な暗号だという誤った考えを捨てること
もう1つは、日本人として、日本語の美しさの本質が、日本の詩人や作家が創造してきた奇跡のような描写、世界や人間の本質についての表現にあるということに気付くこと


驚くべき日本語 [著]ロジャー・パルバース
[評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)  [掲載]朝日 20140413   [ジャンル]人文 国際 
世界言語にもなりうる可能性

 一種の日本礼賛本かと読みはじめたら、見事に裏切られた。筆者は、日本語を礼賛するが、現在の日本、日本人に対して批判的である。日本語と日本人は別物であり、日本語は「驚くべき」であるが、日本人はもっとタフになって、自分を開き、国を開けと、筆者は提案する。
 日本語の持つ大きな可能性に対しての分析は、4カ国語を自由にあやつる筆者ならではの説得力がある。極めて限られた語彙(ごい)をベースにしながら、そこに接頭語、接尾語などを自由に付加することで、他の言語では達成できないような効率性、柔軟性を持つ日本語は、充分に英語にも匹敵する世界言語たりえるという分析である。日本語を他言語に通訳する場合、同一内容が倍の長さになるともいわれるが、日本語の本質的な効率性、機能性ゆえだったのである。オノマトペの多用も、日本語の表現力を倍化させているらしい。
 しかも日本語は曖昧(あいまい)な言語ではないと、筆者は断定する。国際的な場へ出る勇気がない臆病で怠慢な日本人が、閉鎖的な自分を守る口実として、「曖昧」といっているだけというのだ。
 言語としてみると日本語は全く曖昧ではなく、周辺の文脈によって、明確に意味が規定される。だからこそ、短いセンテンスで、多くの内容を伝えることができるそうである。
 「曖昧だ」とか、「こんな丁寧な言語はない」というのは、世界を知らない日本人の自己陶酔的な言い訳にすぎず、しばしば日本語の敬語や丁寧表現は、直訳すると、とんでもなく図々(ずうずう)しい表現に聞こえるらしい。日本人であることを自己否定して、しかも日本語のグローバルな可能性にかけろというのが筆者のアドバイスで、模範とすべきはなんと宮沢賢治である。実例も満載で、彼の国際性を再発見した。「おもてなし」に必要なのは勇気と努力である。
    ◇
 早川敦子訳、集英社インターナショナル・1080円/Roger Pulvers 44年生まれ。作家、劇作家、演出家。


2014225日 集英社ブログより
昨日(2014224日)の読売新聞夕刊、<編集者発>コーナーに、『驚くべき日本語』(ロジャー・パルバース著)が掲載されました。
本書の編集担当者が書いたものを再掲します。
「なんで日本人より日本語がそんなにうまいんです?」とある雑談中、話術の達人で、直接日本語で書いた小説も数多い、作家のパルバースさんに訊いたときのこと。
「だって、簡潔で柔軟、しかも微妙な表現力に富んでいる日本語ほど、『非日本人』に便利な言語はないもの」
本書は、氏が漏らしたそんなひと言から生まれました。
日本人のわたしは「え?」と耳を疑いました。全く逆にこう思い込んでいたからです。
「日本語ほど『曖昧』『非論理的』で『感覚的』な、世界でも特殊な言語はない……」パルバースさんは、本書で、こんな日本人的な思い込みのすべてを鮮やかな論理でくつがえし、「日本語は、英語よりはるかに『世界共通語(リンガ・フランカ)』にふさわしい!」と断言します。
その背景にあるのが、母語の英語をふくめ、ロシア語、ポーランド語、日本語という、まったく異なる文化的背景から生まれた四つの言語を完璧に習得した、氏ご自身の独特な言語体験と、そこから得た比較言語論的な視点です。
「世界の言語から見た、日本語のすばらしさとは何か」という、従来触れられなかった画期的で斬新な日本語論。
本書は、日本人の知らない日本語の驚くべき可能性にあふれています。
(1000円)
集英社インターナショナル出版部
生駒 正明


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