三省堂の国語辞典から消えたことば辞典  見坊行徳編  2023.8.21.

 2023.8.21. 三省堂の国語辞典から消えたことば辞典

 

編著者 見坊行徳(けんぼうゆきのり) 辞書マニア、校閲者。1985年神奈川県生まれ。早大国際教養学部卒。在学中に「早稲田大学辞書研究会」を結成し、副幹として『早稲田大辞書』を編纂。YouTube「辞書部屋チャンネル」で辞書の面白さを発信する。イベント「国語辞典ナイト」のレギュラーメンバー。辞書マニアが共同で辞書を保管して集まる「辞書部屋」主宰。『三省堂国語辞典』の初代編集主幹、見坊豪紀(ひでとし)の孫。共著『辞典語辞典』

 

発行日           2023.4.15. 第1刷発行

発行所           三省堂

 

序文

過ぎ去りし「今」を削除語から見渡す

2021年秋、発売前の『三省堂国語辞典』第8版で削除予定の項目が「辞書から消える言葉」として情報番組でクローズアップされ、言葉の死語化という切り口から報じられたが、削除を惜しむ声も上がり、辞書から消える言葉だけを集めた本となった

歴代の『三省堂国語辞典=三国』『明解国語辞典=明国』から削除された項目を集めた

現代語を対象とする小型国語辞典には、今の社会に広まり、定着したと判断されることばや語義が採録され、その「今」から外れれば改定時に削除される運命にある。とりわけ『明国』『三国』は現代に追随する性格が強く、改訂では1000語以上の削除も珍しくない

辞書から「消えた」ことばの事情は様々――①そもそも存在が確認し難い語=幽霊語(使われている証拠がない)、②時の流れで忘れ去られた語=死語、③制度の変更などにより消滅した用語=廃語(営林署)、④モノとして下火になったり需要が減ったりして存在感の薄れていった語(MD)、⑤編集方針上相応しくないと判断され削られた語(ボイン)、⑥微妙に変形した語形(チェッコ)、⑦複合語として立項されていたが構成要素の注付き用例に収まった語(用例の中で、言葉の直後に(=〇〇)のような括弧書きで説明を補ったもの)

そのような中から、特に時代性のある語や、語釈の興味深い語など、ちょうど1000項目をピックアップし、旧版の紙面を掲載

うち15項目は大項目として取り上げた

 

l  三省堂国語辞典とは

徹底的に現代日本語の辞書

前身は『明解国語辞典』(1943)。大学院生時代の見坊豪紀が東大の恩師だった金田一京助に依頼され、三省堂刊『小辞林』(1928)を下敷きに、1年余りで独力で作り上げた。見出し語や語義に用例採集の成果を活用し、同じ手法を継続して『明解国語辞典 改訂版』(1952)でも内容を大きく更新

『明国』は学生の指定辞書として大成功を収めたが、表音式の見出しが新制中学では採用の障碍となり、他書の伸長を許す。三省堂は見出しを現代仮名づかいに改め、社名を冠した『三省堂国語辞典』が誕生。以後60年以上にわたって改訂を続け、辞書の心臓たるべき見出し語の選定をはじめとした様々な面で小型国語辞書をリードする存在

初版(1960)では、意味の記述に当たり「ことばの写生」という方針を確立。「水」を「水素と酸素の化合物」と解説するような書き方を避け、「我々の生活になくてはならない、透き通った冷たい液体」としたのが代表例。日本語の使い手が普段の生活でそのことばをどう捉えているかという視点から平易に描写

2(1974)では、豊富な用例を活かして大幅な項目の刷新を断行。同訓異字を別項目で扱う(「初め」と「始め」)『三国』の伝統が始まる

3(1982)では、「学習重要語」を選定・表示。同じ仮名表記になる類義語の書き分けを→←の矢印で相互参照させた。序文に「辞書=かがみ論」を明記

4(1992)は見坊による最後の改訂で、見坊カード(後述)145万枚となった

5(2001)からは2色刷り。差別語に対して注記が施される

6(2008)は、2012年に『三国』初のスマホアプリ登場

7(2014)では、「学習重要語」に代わり「社会常識語」を星印で示す

最新の第8(2022)は、大規模の改訂、アクセントの全面的な表示、コラム新設、品詞分類の変更、語釈の大幅改善・拡充

『三国』の特色は、現代の日常生活で使われる言葉を取り入れていること

先代見坊は、辞書の言葉の世界を、①中心的なことば、②周辺的なことば(かたい漢語、古い和語など)、③日常生活的なことばに3分類し、③を『三国』の強みとした

『三国』は新語に強いとの世評があるのも、暮らしの中のことばを実例によって分け隔てなく採録した結果であって、裏を返せば現代の日常生活で使われない言葉は削除

音もなく消えてゆくことばに気付くためには、項目や語義の適否を丁寧に見直し、正しく取捨を判断できるよう日頃からことばの移り変わりを観察するという王道をひたすら歩むほかない

 

l  見坊カードとは

「使われていることば」を用例と言い、その収集を用例採集と呼び、用例カードに用例を記入したり、実物を貼り付けたりすることで採集が行われた(=ワードハンティング)

見坊が『三省堂国語辞典』の編纂に当たって用いたのが見坊カード

出典情報は特に重要、「日付のない用例は用例ではない」とも

 

l  本文 あ行~わ行

アイ(I) (名詞) []妊娠中絶 ⇒ A (5版で、A=キス、B=ペッティング、C=性交、D=妊娠とともにまとめて削除)

 

あいえき(愛液) (名詞) []女性の性的興奮が高まった時、バルトリン腺から出る液体 (7版で、性俗語は「なかったことにする」との編集方針強化に伴い、「前張り」などとともに削除)

 

あいこく(「愛國」は残る) 愛國婦人會 (名詞) (『明国』で削除)

 

あおそこひ(青内障)(名詞)[] ⇒ 緑内障 (7版で、「黒内障(くろそこひ)」「白内障(しろそこひ)」とともに削除

 

赤大根(うわべだけが左翼的なもの) (2版で削除。芥川の随筆の主題だった)

 

赤電車(終電車=目印に赤い電燈をつける) (2版で、「青電車(ラス前)」とともに削除)

 

赤門(東大の一名) (2版で、固有名詞は載せない方針で削除)

 

あほる(煽る) []あおる、あほり (6版で、歴史的仮名遣い「あふる」の文字読みに引かれた誤類推として削除。「あふる」も「ほのほ」と同様削除)

 

アメしょん (名詞) []ちょっと用を足してきただけの無益なアメリカ旅行 (7版で削除。1920年代からの語、戦後ふたたび流行語に)

 

いかけ(鋳掛け) (名詞) 銅器や鉄器の壊れたところにはんだを流し込んで継ぎ合わせること 「――屋」 (2版で削除されたが第6版から再収録)

 

いちろくぎんこう(一六銀行) (名詞) [古風・俗]質屋 (8版で削除)

 

いとひめ(糸姫) []製糸工場の女工 (2版で、朝鮮戦争特需で誕生、「織り姫」とともに削除)

 

いどべい(井戸塀) []政治活動に財産を使い果たし、後に井戸と塀しか残らないこと 「――議員」 (熱心さ、清廉さに言うことも多いが、第8版で削除)

 

うらやすのくに(浦安の国) []浦安は安心、日本の別の呼び名 (2版で削除)

 

削除した大項目 1.        エアシュート (名詞) 書類をパイプの中に入れ圧縮空気の力で送る装置 (2版で削除されたが、病院やラブホでは今も使われている。大辞林には「エアシューター」として掲載され、「消えたことば」という差分が辞書の方針を如実に物語る

 

営団 (名詞) 経営財団の略。第2次大戦中公共事業の経営のために作られた財団。戦後帝都高速度交通営団が残ったが、2004年東京地下鉄株式会社となる (8版で削除)

 

ABC火災 (名詞) 木・紙・布などが燃える火災(A火災)、ガソリン・油が燃える火災(B火災)、電気の故障で起こる火事(C火災)の総称。あらゆる種類の火事 (6版で削除。「消火器規格省令」で規定。すべてに対応する消火器を「ABC消火器」と呼んだ)

 

えきゆう(益友) (名詞) []つきあってためになるともだち (2版で削除)

 

削除した大項目 2.        MDMini Disc(商標名) (名詞) デジタル録音・再生のための直系6.4㎝のディスク (5版で採録、第8版で「ミサイル防衛」共々削除。MDの生産は19922020年。「消えたことば」だからと言ってその語が指すモノやコトは不変)

 

えんぽん(円本) (名詞) もと、1円均一の本 (2版で削除。昭和初期に大流行した廉価な全集もの、近距離を1円均一で走る「円タク」に準えた。公務員の初任給は75)

 

削除した大項目 3.        オート三輪() (名詞) 荷物を運ぶ小型の三輪自動車 (4版で削除。戦前から流行したが、戦後急伸、50年代からは軽三輪がブームに、78年には激減。2000年代のレトロブームにより第7版で復活)

 

女の腐ったよう () 弱々しくて、はっきりしない男をののしって言うことば (8版で、旧弊な表現だとして削除されたが、使用例は今でも見つかる)

 

がちゃ (名詞) ①西洋くぎ抜きの俗称、くぎの頭にあて(金づちで)たたくようにして抜く、②警官(もと、剣をつっていたから) (初版で削除)

 

かんドック(乾船渠) 水の出し入れを人工的に行う仕掛けのあるドック (7版で、「浮き船渠」(水上で作業するドック)とともに削除)

 

削除した大項目 4.        キーパンチャー 昔の大型コンピュータで、キーを叩いて情報を入力する仕事をした人 (8版で削除。初版以降、語釈は変化したが、70年代以降漸減)

 

きたやま(北山) ①北のほうの山、②[]腹がすいてくること、③[]食べ物が腐ること (2版で削除)

 

きちがいあめ(気違い雨) 晴れていたのに急に振り出す雨、非常に激しく降る雨 (8版で、差別的なことばとして、「気違い水」とともに、「現代では語感が悪い」として削除)

 

きつご(吃語) []ことばがどもる状態、どもり (6版で削除)

 

キャラバン・シューズ(商標名) 底に合成ゴムを貼ったズックの編み上げ靴 (1954年発売、ヒマラヤ登山隊が使用して名を上げ、トレッキングシューズの代名詞になったが、第7版で削除)

 

強震 []壁が割れ石灯篭などが倒れる程度の強い地震、震度5相当 (1996年震度階級改定に伴い、無感(震度0)、微震(1)、弱震(3)、中震(4)、烈震(6)と共に削除)

 

禁治産 []常に心神喪失状態にあるものが、自分で財産を管理したり処分する力のない者として裁判所の決定で後見人をつけられること (2000年青年後見制度の導入で廃止されたため、第5版で削除)

 

禁転載(連語) []ほかの本に同じものを載せるのを禁じること (2版で削除。「禁」の用例に今も残る。単純な複合語だが載せる辞書がなぜか多い)

 

削除した大項目 5.        くるる() ①[]戸を開け閉めするために取り付けた「とぼそ」と「とまら」、②戸の桟の落とし、③心棒 (2版で削除。開き戸の回転の芯となるところの突出部分が「とまら(まら=陰茎/雄ネジ)」で、軸受けの部分が「とぼそ(戸の臍)」。この仕掛けを利用した扉のを「くるる戸」。「枢」の字は回転軸の意から要・中心の転義が生じ、「中枢」「枢軸」「枢密院」などの語に現れ「スウ」と読む)

 

毛が3本足りない () []普通の人より劣っている(こと/様子) (8版で削除。「猿は人に毛が三筋たらぬ」は江戸時代からのことわざ)

 

削除した大項目 6.        こギャル(コギャル) []顔を黒く焼いたりするファッションが派手な女子高校生など(1990年代からの言い方。もと、大人の女性の真似をして遊ぶ女子高校生を指した) (5版で採録されたが一時の風俗語で第8版で削除。マゴギャル(中学生)、ガングロ、ヤマンバ(銀色の髪)は掲載に至らなかったが、第3版で採録の「ギャル」は健在で、キャンペーンガールのキャンギャルや、白ギャル・黒ギャルの用例も)

 

削除した大項目 7.        自動券売機 鉄道の券売機は1960年代以降整備が進み効率化に貢献したが、ICカードの普及により存在感が薄れ、第5版で立項されたが、第8版で削除

語が2つ以上組み合わさってできた語を複合語と言い、無数に作り出せるので、すべてを辞書で扱うことはできない。「緑の羽根」のように2語の意味を足し合わせただけでは指示対象が正しくわからない場合は辞書で説明する価値は大きいが、「自動券売機」や「赤外線通信」などは意味の単純な合成であり、1行を惜しんで作られる小型辞書では、単純な複合語の廃項はやむを得ない

 

士農工商 (8版で、「四民」とともに削除)

 

省線 「国鉄線」「国電」のもとの呼び方 (2版で削除、第7版で復活)

 

削除した大項目 8.        聖徳太子 もと1万円札の俗称 (発行は195886年。第2版で登場、第5版で削除。5065年には聖徳太子の1000円札、5786年にも5000円札が発行され、「聖徳太子の御助勢は無用(1000円未満)」などの実例があり、第2版の語釈は当初「俗に、1000円札」だったが、同版第8刷では「俗に、1万円札」に修正)

 

消費組合 []生活協同組合の古い呼び名 (1948年生協に改組され、第8版で削除)

 

推理小説 探偵小説の改称 (「偵」が制限漢字だったため言い換え語として普及したが、初版で削除。「ミステリー」の項目内にある)

 

スーパー林道 過疎地帯の生活や観光のための道路としても使える林道 (1960年から開発されたが、環境破壊だとして反対運動も起こり、第8版で削除)

 

すがすが(清清) (副詞) さっぱりとして気持ちいい様子 (2版で消え第4版で復活したが第5版で削除。初版までは「さっぱりとして」ではなく「さわやかで」)

 

スッチー []スチュワーデス (1980年代後半、田中康夫が広めたが、第8版で削除)

 

制限漢字 ①当用漢字のこと(「犬」)、②当用漢字以外の漢字(「猫」) (3版で削除。現在の当用漢字表は「目安」を示すが、1946年制定の当用漢字表は「範囲」を区切っていた)

 

削除した大項目 9.        赤外線通信 携帯電話どうしを近づけて赤外線によってデータをやり取りする通信 (7版で掲載されたが、携帯機能の変化により第8版で削除。「赤外線による通信」はリモコンなどで幅広く現役だが、単純な意味を合成した複合語としては廃項もやむなしか。携帯がらみの用語は、掲載・廃項が頻繁に繰り返されている)

 

DDT []虫を殺す強い薬 (2版で削除。1971年から使用禁止。第6版で復活)

 

同報通信 1つの情報を(通信回線で)同時に複数の宛先に送ること (6版で「同報」が立項され、その用例に収まる)

 

削除した大項目 10.     ながら族 []テレビ・ラジオを見たり聞いたりしながら他の仕事をする人たち (初版前後に広まり、第2版で「ながら」の注付き用例となり、第3版で見出し語に昇格、第6版以降は注付き用例に戻る。最近は「〇〇系」「〇〇民」などに代替わり)

 

にんにあう(人に合う) [歌舞妓などで]役柄がその役者の体つき、体の動きに合う 「にんにある」 (「仁」の表記も多く、お笑い業界でもいう用語だが、第5版で削除)

 

ぬかばたらき(糠働き) (名詞)無駄な働き (8版で削除。「糠」は他の語について「儚い」「頼りない」の意になる)

 

ねあか(根明) (名詞・形容動詞) []生まれつき性格が明るいこと (7版で削除。タモリが言い始め、1982年頃から頻発したが、「根暗」の項目内で対義語として残る)

 

削除した大項目 11.     バスガアル (名詞)バスの女車掌 (大正期の女性の社会進出だった「職業婦人」の1つとして1920年東京市街自動車「青バス」に登場。同時に「〇〇ガール」が160語も簇出(そうしゅつ)したが、初版で削除。その頃から路線バスはワンマン化)

 

削除した大項目 12.     ファミコン [和製英語](初期の)家庭用テレビゲーム機 (1983年任天堂から発売されたファミコンは累計出荷台数1900万台に。86年の新語・流行語大賞で銅賞。第4版で立項、2003年生産終了し、第6版で削除

 

フィラテリストphilatelist 切手収集家、郵趣(ゆうしゅ)家 (8版で削除。切手収集の最盛期は1960年代頃)

 

夫婦養子 夫婦そろって養子であること、両養子 (7版で削除。「両養子」は残る)

 

紛来 (名詞・自動詞) [官庁で]郵便物が間違って配達されること (2版で削除)

 

削除した大項目 13.     ミルクホール 牛乳やパンなどを出す軽便な飲食店 (明治後期に成功したビアホールの後を追うように20世紀初頭から流行。当時は「きんつばホール」や「蜜豆ホール」など各種あったが、戦後は喫茶店に押されて減少。第2版で削除」

 

削除した大項目 14.     メーンエベント 主な試合/競技 (プロボクシングで使われ始め、力道山で最高潮に達したが、第4版で「メーン・イベント」となり、第6版からは他の語共々長母音表記を脱し現代的な二重母音を採り入れる。第7版では語釈末尾に[メーン エヴェント(古風)]と添えられ生き残った

 

蒙古症 []ダウン症候群 (7版で削除。Mongolismの和訳で差別的な病名。日本語・英語とも現在は用いない)

 

もとき(本木)に勝るうらき(末木)なし ()つき合う異性などをいろいろ取り替えてみてもやはり最初のものが一番良い (8版で削除。「本木」は木の幹、「末木」は梢)

 

紅葉マーク (名詞)自動車の運転者が75歳以上であることを示すためにつけるマーク (7版で削除。1997年に導入されたが、2011年に「四つ葉マーク」(70歳以上)に変更)

 

弥助 []すし(《義経千本桜》の「鮨屋の段」の下男の名から (8版で削除。芝居の舞台となった店は奈良県吉野郡に現存)

 

()かず後家 []結婚しないまま年を取ってしまった女性、ハイミス (5版で削除。同時に削除された「行()かず後家」は次版で復活したが、第8版で[古風]となり、「失礼な言い方」の注が付された)

 

吉野朝 [歴史]南朝4(133692) (初版~第2版では「吉野時代」で立項。第7版で削除。政治的思惑から教科書で「南北朝」を「吉野朝」と呼称するよう明治末期に決定された)

 

レクシコグラファーlexicographer 辞書編集者(=著者)「――は弁明せず」 (7版で削除。用例は見坊豪紀の遺言とされる)

 

削除した大項目 15.     ワードハンティング [和製英語]ことば探し、ことば集め、用例採集 (7版で「レクシコグラファー」とともに削除。一般的に語釈の例文は典型的な使用例を示して意味・用法の理解を助けるのが本分だが、「ワードハンティング50年」「レクシコグラファーは弁明せず」の2例は用例を掲載するために見出し語を立てたようなもので、見坊が辞書作りにおいて自らに許した唯一の贅沢。日々「ことばを追いかけ、ことばにおくれず、ことばと並んで走る」ために行われた50年間の採集は現在も引き継がれ、三国の新たな版に反映されている)

 

 

(天声人語)かけこみの年賀状

20231230

 生まれるものあれば、消えるものあり。見坊行徳(けんぼうゆきのり)ら編著『三省堂国語辞典から消えたことば辞典』には、その名のとおり、一度は辞典に掲載されたが、改訂によって削られた項目が収められている。なんと「携帯メール」もその一つだ。時の流れはおそろしい「着メロ」「赤外線通信」などと共に、2022年の最新版で消えた。スマホの普及で、日常的には使われなくなったと判断されたようだネット上の通信手段は、かくも盛んに新旧交代をくり返し、進化をとげる。その裏返しだろう。19年の全国学力調査で中学3年に封筒の宛名書きをさせると、正答は57%にとどまった。相手の名前を右端に書いてしまったり、住所の位置にメールアドレスを併記したり。機会がないに違いない相手の顔を浮かべながら、年賀状を一枚一枚したためる。そんな光景も、いずれは「いまどき珍しい」と言われるのだろうか。今年の年賀はがきの発行は約14億枚。ピーク時の3分の1だという。郵便物全体の数も半減し、これでは値上げに踏み切るのもやむをえまいじつは私も、だいぶ前に年賀状をやめてしまった。出すなら印刷で済ませず、干支(えと)の一つぐらい描きたい。でも商売柄、年末年始も締め切りに追われる。それを言い訳に遠のいたなのに、まったく勝手なものだ。世の中で年賀状じまいが広まっていると聞けば、なんだかさびしくなる。思えば、旧友たちはどうしているだろう。いまから書き始めて、まだ間に合うだろうか。

 

 

 

Wikipedia

三省堂国語辞典』(さんせいどうこくごじてん)は、三省堂が発行する国語辞典の一つ。三省堂による略称は『三国』(さんこく)。第7版の収録項目数は約82000(見出し項目が約76600、「派生」などの関連項目が約5400)。

編集委員[編集]

初代編集主幹は見坊豪紀。見坊の採集した広範で膨大な日本語の用例がこの辞書を支えている。共著者には、金田一京助金田一春彦(初版から)、柴田武(第2版から)、飛田良文(第4版から)らがいる。山田忠雄も初版から第2版まで共著者に名を連ねたが、第3版以降は編集から外れた。これは、山田が見坊の業績である『明解国語辞典』を元に、見坊とは別に『新明解国語辞典』の編集を始めたことで、感情的なしこりが生まれたためと考えられる。

4版刊行後に見坊が死去した後、編集委員には変遷があり、第7版では市川孝・飛田良文・山崎誠飯間浩明塩田雄大が参加している。

特長[編集]

収録語彙[編集]

マスコミなどで目や耳に入ることばとその意味を網羅しようという方針を立てているため、新しい言葉に広く目配りして収録している。衣服料理など、庶民生活に関する項目が詳しいのも特色である。新しく発生した意味も、他の辞書にさきがけて収録している場合が多い。

語釈[編集]

だれにでも分かるような簡明な語釈の文体も独特である。たとえば「」について、別のある国語辞典では「無味・無臭・無色・透明の液体……化学式H2O 1気圧のとき、99.974以上で水蒸気になり……」と学術的に説明するが、『三国』では「われわれの生活になくてはならない、すき通ったつめたい液体。海・川・雨・雲などの形をとってあらわれる」と平易な言葉で記す[ 1]。国語辞典は百科事典ではなく、言葉を説明する書物であるという、主幹・見坊の考え方によるもので、見坊は「ことばの写生」と呼んでいる。語釈の中で、特に『三国』らしい言い回しとしては、「金銭」「……さま。」と言わず「おかね」「……ようす。」と表現することなどがある。

成立と改訂[編集]

見坊は、すでに小型辞典『明解国語辞典』(1943初版、1952改訂版)の実質的編纂者として業績を残していた[ 2]19596月、この『明解国語辞典』を基礎として、見坊は新たに中学生を含む広い利用者層を想定した辞書の編集に着手した。196010月に校正を終え、同年12月に初版が刊行された。初版の項目数は約57000であった。

その後、想定する利用者は一般にまで広げられた。項目数も第2版(1974)で約62000、第3版(1982)で約65000、第4版(1992)で約73000、第5版(2001)で約76000、第6版(2008)で約8万、第7版(2014)で約82000、第8版(2021)で約84000[1]と、長い間に大きく増えている。

主幹・見坊豪紀の用例収集[編集]

『三省堂国語辞典』を編纂するために、見坊が行った用例採集の規模は並大抵ではない。全生活を現代語の用例収集に充てるため、見坊は辞書編纂当初から勤務していた国立国語研究所を、1968に退職している。以後の人生は、ほぼ『三国』に捧げたと言って過言ではない。有名な「辞書=かがみ論」と呼ばれる考えも、徹底した用例収集に支えられたものであった[ 3]

見坊は刊行と同時に、次回以降の版で補うにあたって、新聞週刊誌放送など、あらゆる日本語の資料から辞書に載せるべき語を独力で探索し、その情報を正確にカードに記した[ 4]。このことが、多数の独特な項目(次節参照)を立てることにつながった。その数は、第4版刊行直前に、実に145万語(延べ)[ 5]に達した[ 6]

なお、用例カードは見坊の死後、遺族から三省堂に譲られ、八王子市の同社資料室で保存されている。しかし、用例データベースは用途に合わせて設計・構築する必要があるため、別の辞書・別の編者が活用することは困難とみられている。

『三国』独特の項目[編集]

『三省堂国語辞典』が、いち早く新しい語や用法を取り入れた例を、以下に若干挙げる。なお、これらのうちには、後に他の国語辞典も採用するようになったものも含まれる。

·        あっけらかんと

以前は「口をあけてぼんやりしているようす」という意味しかなかったが、「明るくてこだわらないようす」という意味や、「あけっぱなしでかくさないようす」という意味が生まれていることが用例で分かり、第3版から収録された。

·        気が置けない

「気がね・遠慮しなくていい」という意味のほかに、「気がゆるせない」の意味で使う者が現れた。第3版以降、この意味が「〔誤って〕」と冠して収録された。

·        すさまじい・すさましい・すざましい・すざまじい

いずれも、実際にある語形である(「すさまじい」の項目に列記されている)。第3版から収録された。

·        道道」(どうどう)

北海道庁が作って管理する道路」ということだが、本州以南に住む者の目には触れにくいことばである。第2版から収録されている。

·        んんん

「ひどくことばにつまったときの声」や「(二番目の音を下げ、または、上げて)打ち消しの気持ちをあらわす」言葉である。第3版から収録され、この辞書の最後の項目となっていたが、第7版では削除されて「んーん」になっている。

·        W

7版で、W4番目の意味が「〔←warai=笑い〕〔俗〕〔インターネットで〕(あざ)笑うことをあらわす文字。「まさかwww」〔二十一世紀になって広まった使い方〕」と記された。

·        どこでもドア

ドラえもん』に登場する架空の道具だが、一般の文章や会話の中で使われる頻度が高いと判断され、第8版から収録された。

·        赤信号みんなで渡ればこわくない

漫才コンビ・ツービートのギャグから1980年に広まった言葉で、ギャグは国語辞典に載せないという考え方で収録は見送られていたが、時代を追うごとにことわざとして認識されるようになったことから、流行から40年以上経過した第8版より収録された[5]

初版ではIBMコンピューター)、コカコーラコーラ)、セロテープセロハンテープ)などが、普通名称ではなく商標名で収録されていた[6]

ただし、無秩序に新しい語を取り入れる訳でなく、その選定は極めて厳格である。2012頃には「江戸しぐさ」を用語として採用する事が検討されたものの、その主張に信頼性は薄いと判断し、見送りになった[ 7]

批判[編集]

『三省堂国語辞典』のシンプルで平易な語釈は、「毒々しさがない。片寄っていない。平明である」と評されるほどであった[ 8]。一方で、初版以来、新しく定着しつつある言葉を見逃さず取り入れてきたことに対しては、規範主義を重んじる人々の批判の対象になることもあった[ 9]

また、第3版が刊行されて間もなく、いわゆる差別用語の取り扱いについて、三省堂を相手に訴訟が起きたこともある[10]。これを受けて第4版からは、〔差別的なことば〕と注記するなどの工夫を凝らしている。

改訂履歴[編集]

明解国語辞典[編集]

(『三省堂国語辞典』の前身)

·        1943510:初版発行

o   1997113:復刻版発行

·        195245:改訂版発行

·        1967:改訂新装版発行

三省堂国語辞典[編集]

·        19601210:初版発行

·        1968110:新装版発行

·        197411:第2版発行

·        198221:第3版発行

·        1992210:第4版発行

·        200131:第5版発行

·        2008110:第6版発行

·        2014110:第7版発行

·        20211222日:第8版発行。約3500語が追加され、約1100語が削除された[1]

発行日は並版による。小型版の発行日は異なる場合がある。

脚注[編集]

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注釈[編集]

1.    ^ 初版による。その後文言には変遷があり、第7版では末尾に〔水素二、酸素一の割合の化合物〕という注記も添えられた。

2.    ^ ただし、表紙の監修者名は金田一京助になっている。これは編纂していた当時、見坊がまだ東京帝国大学大学院生であったことから、三省堂に見坊を紹介してくれた金田一の好意で名を借りたことに起因する。

3.    ^ 3版の「序文」は「辞書はかがみである――これは、著者の変わらぬ信条であります」に始まり、「辞書は、ことばを写すであります。同時に、辞書は、ことばを正す鑑(かがみ)であります」と記されており、用例採集の重要性が説かれている。その中でも見坊が重視したのは、の中で「上品な形も上品でない形も、正しい意味も正しくない意味も、それが客観的にはっきり存在すると認められたとき、どちらも公平な取り扱いを受ける。正しくない方を切り捨てることによって編者の見識を示すことはしない」[2]と述べているように、現代語の変化を素早く映し出す「鏡」の側面であったことが窺える。

4.    ^ このカードはA5判を縦二つに切ったもので、縦20マス×5マスが印刷されており、採集した言葉の用例を一枚ごとに一つずつ記録していた。その内容は「採集した言葉」「出典」「年月日」で、原文の一部分を切り取って貼り付け、それを証拠として保存するほどの徹底ぶりであったという[3]

5.    ^ 4版「序文」による。

6.    ^ 見坊が用例採集に本腰を入れ始めたのは、『三国』初版の刊行後からなので、単純計算で「1年に4万数千語」を集めたことになる[4]

7.    ^ 現在でこそ江戸しぐさには否定的な意見が多くなっているが、2012年当時においては否定的な意見は見られず、ウィキペディアの記事内容も江戸しぐさについて肯定的であったとしている[7]

8.    ^ 大野晋「国語辞典を読む」(『朝日ジャーナル』17(16)1975418日、朝日新聞社)など[8]

9.    ^ たとえば土屋道雄は「うっかりとか、勘違いとか、無知とかによる誤字・誤用が二、三回新聞や雑誌に出ているからといって、「客観的にはっきり存在する」として「見識」を示さず、どんどん辞典に載せられては堪らない」として、「辞典が手本となる「鑑」ではなく、単に形を映す「鏡」では安心して使えまい。それでは辞典の規範性は失われるという立場を示した上で、「新語を一つ辞典に加えるにも慎重でなければならないのに、一出版社の一編者の恣意のままに扱われては困る。ただでさえ言葉は崩れがちであり、誤用は拡散しがちである。それに辛うじて歯止めをかけているのが辞典ではないか。それなのに、辞典が言葉の乱れや誤用をすぐ認めてしまっては、日本語の低俗化と誤用の普及に力を貸すことになろう」と批判する。なお、この批判は『國語問題論爭史』(玉川大学出版部、2005年)に「杉本つとむ監修の『國語辭典を讀む』」として記載する予定だったもので、出版部から「辞書批評および編者批評になっていない」という理由で削除されたという[9]

 

 

 

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