世界のコンサートマスターは語る  音楽の友編  2020.6.1.


2020.6.1.  世界のコンサートマスターは語る
Interview with 51 Concertmasters in the World 
世界の名門オーケストラから、51人の証言

編者 音楽の友

発行日           2019.12.1. 発行
発行所           音楽之友社 (ONTOMO MOOK)

n  世界の名門オーケストラから、51人の証言 No.1 ドイツ/オランダ/デンマーク/ロシア
ü  バート・ヴァンデンボーガルデBart Vandenbogaerde――バンベルク交響楽団  
2016年ブロムシュテット率いるバンベルク交響楽団の第1コンサートマスターとして来日
ベルギー出身、13年から現職。フランコ・ベルギー派
楽団員の代表であり、次に来る指揮者と曲の解釈、演奏に関する相談をする役割
音楽のために指揮者を必要とする。指揮者は曲の構成や音楽の雰囲気を我々に伝え、その全体像を描いてくれる。それは楽員だけではできない仕事
バンベルクは人口7万の1/4がオーケストラの会員
ü  ウルリヒ・エデルマンUlrich Edelmann――hr交響楽団≒フランクフルト放送交響楽団 第1コンサートマスター
1963年ドイツ生まれ。92年から現職。フランクフルト音楽院名誉教授。186月来日
学業終了後すぐに今のポストに。首席指揮者アンドレス・オロスコ=エストラーダが、フレキシビリティという言葉で褒める。自らもhr交響楽団の特徴はフレキシビリティであると強調
アインザッツ(開始の合図)で気を付けているのは、タイミング、アインザッツの特質、楽曲特有のアインザッツを知ること。確信的で納得させるものでなくてはいけない
ü  イリアン・ガルネッツIlian Garnetz――バンベルク交響楽団 第1コンサートマスター
1983年サンクトペテルブルク生まれ。16/17年シーズンから現職
18年新シェフのヤクブ・フルシャとともに来日
ドイツ音楽出版社連盟から、17/18年シーズンの最優秀コンサート・プログラム賞にバンベルクが選出。情熱をシーズンのモットーに掲げてバロックからクラシック・シンフォニーの鍵となる作品や、20世紀の音楽を代表する作品に数々の初演作品を合わせた、万華鏡のようなプログラムで聴衆を魅了したのが授賞理由。バンベルク響で4年前から委嘱作品初演によるアンコール・プロジェクトを実施
ü  日下紗矢子――ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団 第1コンピュータ他
1979年芦屋市生まれ。08年から現職(旧東ベルリン交響楽団)。翌年からは彼女を中心に結成されたベルリン・コンツェルトハウス室内オーケストラのコンマスも。ソリストとしても活躍。17年春から読響の特別客演コンサートマスターも兼任。樫本大進と藝大同期。ダヴィッド・オイストラフの孫弟子
17年春にはコンツェルトハウス管弦楽団の来日公演に同行。エリアフ・インバル指揮により各地でマーラーほかを演奏
ü  ローラント・グロイターRoland Greutter――ハンブルク北ドイツ放送交響楽団(15年当時)
1957年リンツ生まれ。82年から現職(NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)
81年アメリカのブルーミントン音大在学中、同大を休暇訪問していたバーンスタインがマーラーの《巨人》の稽古をつけてくれることになり、初めてコンサートマスターを務める。翌年北ドイツ放送交響楽団のオーディションに合格して第1コンサートマスターに就任した時の最年長団員がこのシーズン首席指揮者に就任したギュンター・ヴァント
156月ヴァントの後任トーマス・ヘンゲルブロックとともに来日
コンサートマスターの仕事の本質は、オーケストラという巨大なアンサンブルの命を体現すること。他の楽器も自分の弓で直接触っているかの如く演奏している
ü  ダヴィッド・シュルタイスDavid Schultheiss――バイエルン州立管弦楽団
1979年ドイツ生まれ。09年から現職。室内楽奏者としても活躍。189月来日
世界で最も優れたオペラのオーケストラの1つ。就任当初から現音楽総監督のキリル・ペトレンコが客演に来ていて、緻密な準備に集中力を使う
オーケストラは、ワーグナー、R.シュトラウス、モーツァルトが3本柱で、前任のケント・ナガノはバランス感に優れ、特に透明感を追求し、フランス音楽を広げてくれた。後任のペトレンコはより正確さを要求し、強弱やリズムも精緻になる。ともに外国人だが国籍は関係ない。両者の共通点は弱音の充実
コンサートマスターの仕事とは、指揮者の右腕的存在で、指揮者の意図を体で表現したり、大きな室内楽団のようなオーケストラ内部で、指揮者の振る棒だけでは伝わらないような事柄を伝達する役割を果たす。特に歌劇場管弦楽団として、オペラ、バレエ、交響曲と複合的に優れていなければならない
ü  ローター・シュトラウスLothar Strauss――ベルリン・シュターツカペレ
1961年東独生まれ。83年音大生でベルリン国立歌劇場管弦楽団の第1コンサートマスターに就任。オトマール・スウィトナーとバレンボイムという2人の指揮者は、楽団員とどう音楽を造っていくか大きな差があり腐心
06年公演先のパリで車に轢かれ、頚椎複雑骨折、左手の半分が麻痺したが見事回復
162月来日公演予定
ü  ナタリー・チーNatalie Chee――南西ドイツ放送交響楽団
1976年シドニー生まれ。09年前身のシュトゥットガルト放送響の首席コンサートマスター就任。テオドール・クルレンツィスが首席指揮者に就任してシュトゥットガルト放送響とバーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団との統合完成。経費節減の統合だったが、両方のオーケストラが同じ高レヴェルだったので救われた
コンサートマスターの重要な役割は、団員を団結させて、指揮者のやりたいことを団員に理解させたり、両者の間に入って、揉め事が起きないようにすることで、あくまで調和への道を探していくのが仕事なので女性に向いている
ü  ローレンツ・ナストゥリカLorenz Nasturica-Herschcowici――ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
1962年ブカレスト生まれ。92年入団以来、チェリビダッケが首席指揮者の時代から、レヴァイン、ティーレマン、マゼール、現在のゲルギエフの下でコンサートマスターを務める。同フィル室内オーケストラの指揮者も務める。チェリビダッケが「8年待った甲斐があった。やっと私のコンサートマスターが来た!」といってくれたり、ゲルギエフの信任厚く、マリインスキー劇場管弦楽団のソロ・コンサートマスターも兼任
17年末N響の招きで初共演。18年にはゲルギエフとミュンヘン・フィル来日公演予定
ü  ベルンハルト・ハルトークBernhard Hartog――ベルリン・ドイツ交響楽団/バイロイト祝祭管弦楽団 元コンサートマスター
1949年ドイツ生まれ。75年ベルリン・フィル第1ヴァイオリン奏者。80年から現職。87年からバイロイトを兼任。14年定年引退
コンサートマスター就任直後に若きリッカルド・シャイーが首席指揮者に就任し革新的プログラムに取り組む。バイロイトは同僚からの誘いで実現。バイロイトで最後に共演したのが《指環》を指揮したペトレンコで、限られたリハーサル時間で、オーケストラに過度な要求をすることなく、あれだけ細部まで克明に表現し、且つ、何か憑りつかれたように仕事をする人をバイロイトではほかに知らない。長いコンサートマスター人生で、この仕事の極意を聞くと、「何より大事なのは耳を澄ますこと、そして目でのコミュニケーション。優れた歌手に学ぶ必要がある」
ü  セバスティアン・ブロイニンガーSebastian Breuninger――ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
1972年ドイツ生まれ。92年ベルリン・フィル入団、最年少団員。01年から現職
ü  ノア・ベンディックス=バルグリーNoah Bendix-Balgley――ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1984年ノースカロライナ生まれ。11~15年ピッツバーグ交響楽団のコンサートマスター。14年から現職。樫本と80年代中葉から弾いている大ヴェテランのダニエル・スタブラヴァの3人構成。ガイ・ブラウンシュタインの後任。164月東京音楽祭で魅了、話題となった
ü  ウェイ・リューWei Lu――ベルリン・ドイツ交響楽団
北京生まれ。北京でアンネ=ゾフィー・ムターに見いだされ、ソリストとして活躍。04年から現職。15年秋トゥガン・ソヒエフに率いられて来日。16年からは新シェフのロビン・ティチアーティと共演
ü  シュテファン・ワーグナーStefan Wagner――NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団
1962年アウグスブルク生まれ。92年より現職(当時は北ドイツ放送交響楽団)16年秋クシシュトフ・ウルバンスキ指揮で来日
コンサートマスターの仕事の大変さや面白さについて、「ソリストとしての土台が必要なのはもちろんだが、コンサートマスターに何より求められるのは指揮者のアイディアを即座に受けとめ、理解し、オーケストラに伝える仲介者の役割。運弓やデュナミーク(強弱)など、技術に関する方向付けを率先して行う
ü  リヴィウ・プルナールLiviu Prunaru――ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
1969年ルーマニア生まれ。06年から現職。10年国際メニューイン音楽アカデミー芸術監督
創立125周年記念ワールド・ツアーを中心とした映画『オーケストラがやって来る』にコンサートマスターとして登場。15年秋来日。前首席指揮者のマリス・ヤンソンスから絶大な信頼を得る。妻のヴァレンティナ・スビャトロフスカヤも同楽団のヴァイオリニスト
ü  ヨハネス・セー・ハンセン&ホン・スジン Johannes Soo Hansen & Soo-Jin Hong――デンマーク国立交響楽団
19年春初来日したファビオ・ルイジ率いるデンマーク交響楽団のコンサートマスター。ヨハネスは93年から現職。ホンは韓国人。04年から現職
ü  オルガ・ヴォルコフOlga Volkova――マリインスキー劇場管弦楽団
1991年ウラジオストク生まれ。16年から現職
コンサートマスターの仕事は、通訳にもたとえられる。指揮者の表現したいことを自分の演奏で楽員に伝え、皆が共有できるようにする
17年秋の北海道の「北の星座音楽祭」にソリストとして参加

n  世界のコンサートマスターの潮流
2010年、31歳でベルリン・フィルの第1コンサートマスターに就任した樫本大進は、間もなく同フィル最年長のコンサートマスターになる。内外のオーケストラ・メンバーの世代交代を鮮やかに映し出す事実。ドイツのフライブルクで、元ベルリン・フィルの第1コンサートマスターにして室内楽やバロック音楽の達人だったライナー・クスマウル(19462017)に師事したことが樫本をベルリン・フィルに向かわせたのだろうが、ソリスト樫本がコンサートマスターに内定の段階からこのニュースが劇的に広まる
仕事は全く別だが、ソリストとコンサートマスターを線引きする必要はない
鮮やかな技と音楽を奏でる、ものすごく「弾ける」ソリストがトップ・オーケストラからコンサートマスターに抜擢され、オン・ザ・ジョブ・トレーニングを経て本物のコンサートマスターに育つ。これが近年の傾向
チェコ・フィルでは、19年秋のオーディションで93年プラハ生まれのオルガ・シュロウブコヴァーを選出。祖父カレルもコンサートマスターだった。ソリストとして活躍していたが転身
ウィーン国立歌劇場でもソリストとして知られていたフョードル・ルディンが19/20年シーズンからコンサートマスターとしてデビュー。92年モスクワ生まれ
テオドール・クルレンティス率いるムジカエテルナでもアイレン・プリッチンがコンサートマスターに転身。サンクトペテルブルク出身。192月来日初公演で沸かせた
ゲスト・コンサートマスターや、契約及び兼任コンサートマスターが一般化してきたのも近年の傾向

n  世界の名門オーケストラから、51人の証言 No.2 オーストリア/スイス/イタリア/フランス
ü  ライナー・キュッヒルRainer Küchl――ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1950年オーストリア生まれ。71年から現職。16年夏まで延長。17N響ゲスト・コンサートマスターに就任
ü  アルベナ・ダナイローヴァAlbena Danailova――ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1976年ソフィア生まれ。08年から国立歌劇場で史上初の女性のコンサートマスター、11年からウィーン・フィル初の女性のコンサートマスターに
ü  ライナー・ホーネックRainer Honeck――ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1961年オーストリア生まれ。81年国立歌劇場管弦楽団入団、84年同コンサートマスター、92年ウィーン・フィルのコンサートマスター。オペラのコンサートマスターには、指揮者を助け、オーケストラをリードする役割がある。歌手のリアクションを待ったりするので、指揮者は音楽より少し前に振るので、コーディネーターとしてオペラはコンサートより難しい
ü  ダニエル・チョDaniel Cho――ヴェルビエ祝祭管弦楽団
1993年アメリカ生まれ。韓国人。コンサートマスター3年目の18年ゲルギエフの下での勉強が最後
ü  バルトゥオミ・ニジョウBartlomiej Niziol――フィルハーモニア・チューリヒ
1974年ポーランド生まれ。9703年トーンハレのコンサートマスター、03年から現職
12年ファビオ・ルイジが音楽総監督に就任し、チューリヒ歌劇場管弦楽団から改名
ü  ユリア・ベッカーJulia Becker――チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
1968年ドイツ生まれ。9395ダルムシュタットのコンサートマスター。95年から現職。初の女性コンサートマスター。19/20年シーズンからパーヴォ・ヤルヴィが新音楽監督に就任
ü  ラウラ・マルツァドーリLaura Marzadori――ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団
1989年ボローニャ生まれ。14年から現職
ü  リュック・エリLuc Hery――フランス国立管弦楽団 ソロ・コンサートマスター
1961年フランス生まれ。9092年パリ管弦楽団のコンサートマスター。92年現職。フランスのオーケストラ一筋
ü  ジェニファー・ギルバートJennifer Gilbert――フランス国立リヨン管弦楽団
99年から現職。16年来日。父マイケルと母建部洋子はニューヨーク・フィルのヴァイオリン奏者、指揮者アランは兄。サイトウキネン・オーケストラにも参加
ü  フランソワ=マリー・ドリューFrancois-Marie Drieux――レ・シェクル
1971年ヴェルサイユ生まれ。9502年トゥールーズ室内のコンサートマスター。02年から現職。レ・シェクルの創設者フランソワ=グザヴィエ・ロトの絶対的信頼を得て、設立当初よりコンサートマスターを務める。室内楽の分野で活躍
ü  デボラ・ネムタヌDebora Nemtanu――パリ室内管弦楽団
1983年ボルドー生まれ。05年から現職。1978年創立のパリ室内管は、ストラヴィンスキー《春の祭典》初演のスキャンダルで名高いシャンゼリゼ劇場を主要会場に、「市民と音楽の架け橋」となるべく活動、音楽監督のダグラス・ボイドと共に牽引
ü  本田早美花Samika Honda――ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団
1984年高知生まれ。12年ソリストデビュー。16年から現職。フランス最古のオーケストラでフランス国立ラン歌劇場のオーケストラ
ü  フレデリック・ラロックFrederic Laroque――パリ国立オペラ座管弦楽団
1964年フランス生まれ。86年入団、92年から現職。妻久山亮子はオペラ座バレエ団ピアノ奏者。ヒルデガルド・ベーレンスのソプラノがガルニエ宮の空間を覆い尽くした時に開眼
ü  スヴェトリン・ルセフSvetlin Roussev――フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団
1976年ブルガリア生まれ。05年から現職。01年仙台国際コンクールの優勝者
ü  ジュヌヴィエーヴ・ローランソーGenevieve Laurenceau――前トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団
1977年ストラスブール生まれ。0717年トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団のコンサートマスター。ブラッソン指揮の同管弦楽団との共演でデビューしたのが縁で4年後にオーディションを受けてコンサートマスターに。ブラッソンの後任の音楽監督ソヒエフと共に歩む。退団後は故郷オベルネ音楽祭の音楽監督などで活躍

n  世界の名門オーケストラから、51人の証言 No.3 英国/アメリカ
ü  ヴァスコ・ヴァシレフVasko Nassilev――英国ロイヤル・オペラ
1970年ソフィア生まれ。24歳で最年少の現職。ハイティンクに気に入られて試用。当時はリーダーと呼ばれていたが、ヴァシレフの頃からコンサートマスターに
ü  ロマン・シモヴィッチRoman Simovic――ロンドン交響楽団
1981年シベリア生まれ。10年から現職。ヴェテランのゴルダン・ニコリッチと席を分かち合う
ü  ピーター・スクーマンPieter Schoeman――ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
南ア出身。02年第2コンサートマスター(1は不在)08年から現職。17年秋初来日となるウラディーミル・ユロフスキに率いられて来日公演を行ったロンドン・フィルのリーダー(コンサートマスター)。ダラスで勉強中にピンカス・ズーカーマンに見いだされた
演奏しながらオーケストラを引っ張り、入りを合図し、フレージングも示さなければならない。同時に曲中のソロも弾くことも重要な仕事で、特に短いソロでも印象に残る演奏をするのは難しい
演奏以外で時間がかかるのはボウイング付け(弓付け)。弦楽器の全パートの第1プルトの弓付けをする
ü  スティーヴン・ブライアントStephen Bryant――BBC交響楽団
英国生まれ。24歳でロンドン・フィルのコンサートマスター。92年から現職。18年春来日公演
プロムス(夏のBBCプロムナードコンサート)は毎回刺激を受ける。楽章の間に拍手をするが、あまり気にならない
ü  デイヴィッド・キムDavid Kim――フィラデルフィア管弦楽団
1963年イリノイ州生まれ。99年から現職。ディレイの下でソリストを目指すが、半ば挫折してオーケストラに。68年かかってようやく楽団に馴染む
ü  デイヴィッド・チャンDavid Chan――メトロポリタン歌劇場管弦楽団
1973年サンディエゴ生まれ。00年から現職。90年の諏訪内が優勝したチャイコフスキー・コンでは5位。ソリストを目指すが転身
ü  アレクサンダー・ブランシックAlexander Barantschik――サンフランシスコ交響楽団
1933年サンクトペテルブルク生まれ。バンベルクなどヨーロッパの交響楽団のコンサートマスターを経て現職。16年秋マイケル・ティルソン・トーマス率いるサンフランシスコ交響楽団が3年ぶりに来日公演。サンフランシスコ交響楽団といえばブランシックというくらい、シェフと並んで同響の顔
ü  フランク・ホアンFrank Huang――ニューヨーク・フィルハーモニック
1978年北京生まれ。7歳でヒューストンに移住。10年ヒューストンのコンサートマスター。15年、34シーズンを務めたグレン・ディクテロウの後任として現職。ソリストと室内楽中心から転身

n  世界の名門オーケストラから、51人の証言 No.4 日本/中国
ü  石田泰尚――神奈川フィルハーモニー管弦楽団
1973年神奈川県出身。国立音大卒。22歳で新星日本交響楽団の副コンサートマスターから2年後にはコンサートマスターに。01年東京フィルとの合併を機に、現職に移動。翌年ハンス=マルティン・シュナイトを首席客演指揮者に迎え、ドイツ音楽を鍛えられる。14年若手の旗手、川瀬賢太郎を常任指揮者に迎える。崎谷直人と席を分かち合う
ü  小森谷巧――読売日本交響楽団
1959年古河市生まれ。桐朋卒。87年から東京交響楽団のコンサートマスター。ほぼ全期間秋山和慶と重複。99年から現職。最初からコンサートマスターを目指した珍しい例。読響ではゲルト・アルブレヒトから、「オーケストラの水準向上にはツアーと録音、現代曲の初演が欠かせない」として鍛えられた
ü  佐久間聡一――広島交響楽団
1982年山形県生まれ。桐朋卒。14年より現職。音楽監督は下野竜也。終身名誉指揮者が秋山和慶
ü  篠崎史紀――NHK交響楽団
1963年福岡県出身。群響と読響のコンサートマスター。97N響にコンサートマスターとして入団
指揮者というゲストを迎えるホストの代表がコンサートマスター。オーケストラの状態を把握して、指揮者の考えを最大限生かす落としどころを見つける。群響の指揮者だった湯浅卓雄の誘いでコンサートマスターになる
ü  田中靖人――東京佼成ウィンドオーケストラ
1964年和歌山市生まれ。国立音大卒。学生時代からサキソフォーン四重奏団の名門トルヴェール・クワルテットのメンバー。89年佼成オーケストラ入団。サックスのコンサートマスター
ü  崔文洙Choi Munsu――新日本フィルハーモニー交響楽団
1968年東京生まれ。桐朋卒。97年小澤征爾の勧めで入団、00年からソロ・コンサートマスター。10年にわたるクリスティアン・アルミンク監督の時代を支え、現音楽監督・上岡敏之の演奏になくてはならない存在
ü  三浦章宏――東京フィルハーモニー交響楽団
筑波大卒。85N響入団、フォアシュピーラー。99年新星日本交響楽団の首席コンサートマスターを経て01年から現職。現名誉音楽監督のチョン・ミョンフンとは合併直後からスペシャル・アーティスティック・アドバイザーとして共に厳しい練習を歩む
ü  水谷晃――東京交響楽団
大分県出身。桐朋卒。10年群響を経て13年から現職
ü  矢部達哉――東京都交響楽団
1968年東京生まれ。桐朋卒。90年から現職。89年からサイトウ・キネン・オーケストラに参加、小澤征爾の指揮の下コンサートマスターを務める。江藤俊哉の下でソリストとして学ぶが、カラヤン/ベルリン・フィルの来日公演を聴いてコンサートマスターを目指す。15年大野和士を音楽監督に迎え共に苦労
ü  ジン・ワンJing Wang――香港フィルハーモニー管弦楽団
1985年桂林生まれ。カナダ籍。5歳から欧米で育つ。1013年ダラス歌劇場のコンサートマスター。13年から現職。17年春29年ぶりで日本公演を行った香港フィルの音楽監督ヤープ・ヴァン・スヴェーデンの信頼が厚い


n  コンサートマスターを追う
ü  篠崎史紀(1963年北九州市生)――NHK交響楽団 第1コンサートマスター
NHKEテレ「クラシック音楽館」のMCでお馴染みのMAROは、日本のコンサートマスターの「顔」的存在
97年、34歳でNHK交響楽団のコンサートマスターに就任。国内プロ・オーケストラのコンサートマスターや首席が集う「マロオケ」を主宰したり後進の育成に東京ジュニアオーケストラソサエティ芸術監督を務めたりと、日本のオーケストラの顔として活躍の場は広い
N響の年間120公演のうち5060公演に出る。19/20年シーズンの開幕は首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ。オール・ポーランド・プログラムで、グラジオ・バツェヴィチ《弦楽オーケストラのための協奏曲》の日本初演で開幕。バツェヴィチは、ポーランド内外で認められた「初の女性作曲家」だが、先進国に於て認められるようになったのは20世紀後半から
初演作だからといって特別なことはなく、バッハの時代から培った語法の上に積み上げられた変容。ドヴォルジャークやスメタナ、ヤナーチェク、バルトーク、コダーイは民族的な要素を、ウィーンのベルクは「ヴァイオリン協奏曲」の中にフォルクスリート(民謡)など、アイデンティティに根差したものや、新たに拓いた1歩を作曲家は盛り込んできた。歴史の中で堆積された語法や変容を学んできた私たちにとって決して取り組めない作品ではない
共同委嘱も国際化し、N響とベルリン・フィル等5楽団での共同委嘱が202月初演される
「世界に提言する地点に、日本のオーケストラも来ているということ。作曲家がその楽団のために書いたとか、楽団が委嘱したということは、歴史に刻まれるし、それはオーケストラにとっても大変重要な事実。クラシック音楽は「再生」と「伝承」です。新しい歴史が刻まれる瞬間を楽しんでほしい」
世界で今吹き荒れるロシア新世代指揮者の1人、トゥガン・ソヒエフをN響は今シーズンも迎える。妖しいまでのソロで好評を博した191月のR.コルサコフの《シェラザード》も記憶に新しい
指揮者の長所はそれぞれで、どれが良い悪いというものではないが、新しいアイディアや個性のエッセンスが輝く指揮はとても楽しくて、また共演したいと思うもの。ソヒエフはその1
自分の仕事は、指揮者の意図を伝達するのではなく、指揮者が一番仕事のしやすい環境を作ること。指揮者の意図を率先して実行するのではなく、その意図と楽団を融合させるのが役目。指揮者はゲストで、コンサートマスターはホスト。首席指揮者のパーヴォでも年3度の登壇で全体の15%ほどしかカバーせず、後の85%はゲスト
世界中のオーケストラに1つだけ共通するのは、よい演奏をしたいということ。作曲家という「絶対神」が存在し、それに誠実・忠実であるべきなのが、クラシックの音楽家。再生しながら伝承していかねばならない
桂冠指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットは、練習中でもよく喋る。90を超え歳をとっても進化は止まらない。好奇心にあふれ、今まで目にしたことのない世界に連れていく。好奇心に勝るエネルギーはない。多くのヴァイオリン奏者を輩出した父の篠崎永育氏、幼児教育の第1人者である母の篠崎美樹氏がよく、「努力はするな、好奇心をもて」といっていた
いま世界の楽団の共通の悩みの1つが、コンサートマスターの不足
若手に望むのは、「情報量は圧倒的に多くなり、それに伴って技術も上がっているが、逆に人と接することが少なくなり、一見無駄に見える時間を費やして考えることが少なくなっている。結果がすぐわかるようになってしまったので、そのどちらをも億劫がらないでほしい」
コンサートマスターは、オーケストラの最も重要な要素であるカラーを創る重要な部分に、指揮者と共にいる
ショルティ/シカゴ、カラヤン/ベルリン、ムラヴィンスキー/レニングラード、ノイマン/チェコなど強烈な個性を持っていたからこそ、同じ曲を異なるオーケストラが演奏する意味があったし、楽しみの1つだった。その時代を体現する個性を、それぞれの楽団のカラーで響かせるべき

ü  田野倉雅秋――日本フィルハーモニー交響楽団 コンサートマスター
1976年東京生まれ。藝大からジュリアードへ留学、ディレイの下で学び、2000年度文化庁派遣芸術家在外研修員。95年日本音楽コンクール第2位、第6回カール・ニールセン国際ヴァイオリン・コンクール優勝。広島、名古屋、大阪フィルの首席コンサートマスターを経て、19年秋現職。日フィルは56年指揮者の渡辺暁雄らが中心となって創立
首席指揮者ピエタリ・インキネンとの契約を2年延長。田野倉の加入でコンサートマスターは4人体制。両者はアメリカの国際コンクールのコンテスタントとして出合い、デュオを組んでホスト・ファミリーの家を回ったことがある間柄
日本フィルとの親和感は、シーズン開幕、ソリストに抜擢された間宮芳生《ヴァイオリン協奏曲第1番》にも顕れていた。厳しい表情を纏う難曲で知られるこの作品から、日フィルと田野倉は何とも柔らかで安らぎのある表情を立ちあがらせていた。人当たりの柔らかな人柄だが、ぶれない牽引力と信頼関係が響いた共演だった
反応が遅いのはあまり好きではなく、自然な推進力を大事にしたい。「自然な」というのは流れの方から音楽を作るということ。アインザッツがそろわないと批判を受けたりするが、揃った時の感覚から一旦自由になり、音楽的な流れを牽引力にして朔像していくということ。すぐれた作品ほど、横の流れを持って居れば自然と合うし、合わせようと思って合わせた数値化的なレヴェルではない色彩感や音の手触り感、ストーリー性が脈打つので、更にこの推進力を深められればと思う








 『音楽の友』20155月号から20199月号の50回にわたって掲載された、「世界のコンサートマスターに聞く」が1冊のムックになった。世界の著名オーケストラのコンサートマスター51人のインタヴューを収録、巻頭カラーでは、日本を代表するオーケストラのコンサートマスター二人の、本番にいたるまでの過程をコメントやインタヴュー付で紹介。奏者を支える楽器修理のマイスターたちにも話をうかがった。また、巻末付録として、『音楽の友』に連載された、NHK交響楽団の第一コンサートマスター、篠崎史紀による大好評エッセイ「MAROのつれづれなるままに」から数本まとめて掲載。












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