荒くれ漁師をたばねる力  坪内知佳  2018.4.13.


2018.4.13.  荒くれ漁師をたばねる力
ド素人だった24歳の専業主婦が業界に革命を起こした話

著者 坪内知佳 1986年福井県生まれ。萩大島船団丸代表(株式会社GHIBLI代表取締役)。高校時代にオーストラリアに1年留学。名古屋外大英米語学科中退後、翻訳事務所立ち上げ、企業を対象にした翻訳とコンサルティング業務に従事。結婚を機に萩市に移住、11年に3船団からなる合同会社「萩大島船団丸」の代表に就任。魚の販売先を開拓する営業、商品管理と配送業務をまとめ上げ、萩大島から6次産業化事業を牽引している。14年株式会社GHIBLIとして法人化。同年ウーマン・オブ・ザ・イヤー キャリアクリエイト部門を受賞。萩大島のビジネスモデルを全国に水平展開することを目指して奮闘中。1児の母

発行日           2017.9.30. 第1刷発行       17.11.20. 第2刷発行
発行所           朝日新聞出版

2010年萩市で3歳児を抱えながらパソコンの画面を見つめる
初めて萩を見たのは大学1
大学中退、離婚、シングルマザー………。
傍から見たら、こんな私は絶望的な状況に見えるかもしれない。
しかし、このときの私は、これから切り開いていく未来への野望で満ち満ちていた。
当時24歳だった私は、沖に浮かぶ小さな島の漁師たちとともに、大きな変革を起こそうとしていた。

第1章        「社長になってくれ」と頼まれて
萩で結婚、男児を生んだ後2年半で離婚、そのまま萩市で得意の英語を生かして、観光協会から翻訳の仕事を頼まれたり、旅館の仲居の指導や繁忙期の手伝いをしているときに、2009年 宴席で萩大島船団丸の長岡船団長と会う
2010年 長岡から、魚業以外に将来に備えて何かしたいがやり方がわからないと相談があり3船団から3万円で相談に乗る
農水省が「6次産業化・地産地消法」に基づく認定事業申請受付との情報が入り、長岡らが目指していた自家出荷のアイディアをベースに申請書作成 ⇒ 申請者として「萩大島船団丸」という任意団体設立、代表に就任
巻き網漁の漁獲のうち、アジ、サバは萩の市場に出荷、スズキやイサキなどの混獲魚は船団丸ブランドで、消費者のニーズに合わせて活け締めにして直売する計画を立て、「六次産業化法」の中国・四国地方の認定事業者第1号となる

第2章        荒くれ者たちとの戦い
年間3か月の禁漁期間があり、荒海で漁に出られない日を考えると、実働週12回、年間7080日しか漁ができない
漁獲量の激減と、漁協を通さなければならない流通の問題がネック
獲れた魚の大半は市場にまわし、自家出荷する分は漁協と仲買人に手数料を払う。漁に出られない日は市場から魚を買って自家出荷分を賄う、ということで折り合いをつける
出漁は午後3時、漁場では明かりを灯して魚を集める。夜9時巻き網を海に投入、12時ごろから順次漁場の状況がLINEで長岡から送られてくる、その状況を見ながらリアルタイムで客とやり取りして注文を受けると同時に、地元の仲買にも情報発信
注文を受けると、船上で血抜きを開始、生きたまま船上で血抜きを行なうことで新鮮な魚を届けることが可能。締めた時間が把握できるので、魚の熟成度合いを料理人が把握し、調理法を的確に決めることができる
午前12時船が帰港、鮮魚BOXに箱詰めして、59時出発の宅急便に乗せる
従来は地元で完結していたものが、東京などと取引すると魚の名前が地方によって異なる
LINEでのリアルタイムのやり取りで受発注の行き違いをなくす
自家出荷先の最大手が節税対策の発注だったことに気づき取引をやめ、代わりは自らの営業で大阪の飲食店を個別に回って切り開くが、漁師たちには理解してもらえず喧嘩別れに
その間高知で6次産業化に成功というニュースを見て市場調査に行く
萩の風習では、どんなに落ちぶれた漁師でも上座に座らせる。それは漁師は一攫千金が狙えるから。海が青くしょっぱいうちは、漁師には一獲千金(1回の漁で3億、経費率は4)のロマンがある
最盛期190百万円の水揚げがあったが現在では半減
資源確保のため水揚げは最小限にする ⇒ 6次化によって高く売ることを考えた

第3章        漁師たちの反乱
漁師たちに6次産業の意味を理解させるために自家出荷先123軒を割り振り、流通から販売すべての責任を持たせる ⇒ すぐに船上の王様板場の王様の喧嘩が始まり60軒に激減、手続きや資材が決まって落ち着くまでには2年を要す。その間にマスコミに船団の事業が取り上げられ知名度が広まる
過渡期には余計な作業が増え給料も上がらないことに対する不満が鬱積して2船団40人が手を引くが、残った20人の気持ちが一つになった瞬間だった
さらにその半年後、長岡と喧嘩して、長岡は漁から帰ったらすぐ帰宅
NHKから福島復興サポーターとしての出演依頼が来る ⇒ 被害の惨状を見て考えたのは、6次化のモデルを完成させて、復興のモデルを示すことと決断、長岡もすぐ乗ってきてまた1つにまとまる

第4章        心をたばねる
人材確保のため、Iターンを募る ⇒ 現在漁師総勢18人中、7人が他所から来た若者、うち大卒が4

第5章        強く、熱い風になる
14年株式会社GHIBLI(ギブリ:サハラ砂漠から地中海に向かって吹く熱風のこと)設立
国の認定事業者では制約が多いので、業務の多角化を期して株式会社化
鮮魚販売部門では他県の生産者とのネットワークやコラボで、ビジネスチャンスを拡大
旅行部門では視察客への対応
環境部門では資源の有効活用や環境保護のための事業
コンサルティング部門では6次化事業のノウハウの全国展開
まず、目の前の人を大切にする ⇒ 使う人・買う人の立場に立つ
人はみなサイズの違う歯車 ⇒ サイズが違ったまま、その組み合わせを考える
誰もが「ギア」になれる日が来る ⇒ 「バタフライ効果」ブラジルで1羽の蝶が羽ばたいたら翌月テキサスで竜巻が起こる
厳しい現実の中に見えた可能性

第6章        命を輝かせて働くということ
大学時代、悪性リンパ腫で余命半年かと言われ愕然としたが、正確な診断の結果はEBウィルス感染症及び化学物質過敏症と分かるも、余命半年と言われた恐怖は生涯忘れられない
大学を中退して、萩にいた男友達と結婚、人生の再スタートを期したが、子供を産んですぐに性格の不一致から離婚、萩でのシングルマザーの暮らしが始まる
2017年船団丸の経営理念 ⇒ 50年後の島の元気な存続と、美しい日本食文化を未来に継承する


2017.10.8. 朝日 書評
(ビジネス)『荒くれ漁師をたばねる力』 坪内知佳〈著〉
 とっくみ合いもあり、壮絶な起業物語
 大学中退、結婚、離婚を経て幼子を抱えた24歳のシングルマザーがある日、山口県萩市大島の漁師たちと出会う。農林漁業者が食品加工・流通販売も行う「6次産業化」の計画書作成を引き受けた縁で、事業会社の代表に就任。本人が綴(つづ)る壮絶な起業物語だ。
 直販に猛反発する漁協相手に一歩も引かない。既存の体制を壊すことにためらう漁師たちと真正面からぶつかり、とっくみ合いの喧嘩(けんか)も辞さない。多くの苦難と試練を乗り越え、結束を強めていった。
 「小娘」と罵(ののし)る男たちの心を開かせたのは圧倒的な行動力だ。子供を24時間保育に預け、大阪で営業へ。足の爪が剥がれるほど飲食店を回る。食事をしながらの商談の数をこなすため、食べたものを吐いてまで次へと向かった。島の未来を切り開く夢と「私でも生きた何かが残せるかもしれない」との希望が支えた。
 「あんたは苦労を買って出る人やな」と手を差し伸べてくれた大阪の経営者。誤解から喧嘩別れした後、大阪での血の滲(にじ)む営業活動を知り、「ああ、もうこの子には逆らえんなあ」と号泣した船団長。評者も、ふと目頭が熱くなった。
 「人は死なない限り、必ず一歩ずつ前進している」。くじけない心に勇気をもらう。
 勝見明(ジャーナリスト)
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 『荒くれ漁師をたばねる力 ド素人だった24歳の専業主婦が業界に革命を起こした話』 坪内知佳〈著〉 朝日新聞出版 1512円


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