NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか  上村達男  2016.2.9.

2016.2.9.  NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか
法・ルール・規範なきガバナンスに支配される日本

著者 上村達男 全NHK経営委員会委員長代行(20152月末まで)。早大法教授。1948年生まれ。早大法卒。同大大学院法学研究科博士課程修了。法学博士。97年より現職(0610年法学学術院長、法学部長)。専門は会計法、資本市場法。経済財政諮問会議専門調査会委員、司法試験考査委員(商法)ほか。資生堂社外取締役。05年ライブドア対ニッポン放送問題では意見書を裁判所に提出、ライブドアの手法を批判

発行日           2015.10.29. 発行
発行所           東洋経済新報社

はじめに――NHK経営委員を退任した日
1215NHK経営委員
14年会長に就任した籾井氏が、経営委員退任の歓送会の席で、退任する委員に対し慰労の挨拶もせずに途中退場したのは、会長就任以来の籾井氏の言動を象徴する出来事
141月籾井会長は就任会見の中で、国際放送における報道のスタンスについて、「政府が右といっているものを我々が左というわけにはいかない」「あくまでも日本政府とかけ離れたようなものであってはならない」という言葉を繰り返した
同年3月の経営委員会に置いて委員として会長を批判し、議事録にも記載したため、会長の著者に対する敵視が決定的となる
「政府の方針に反する報道はできない」旨の発言は、放送法1条「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」という活動目的に違反に相当するのは明らか
放送法の精神が危機に瀕していること、NHKのガバナンス体制には、NHKの今後の在り方、ひいては放送法に言及されている日本の民主主義の発展に大きな影響を及ぼしかねない欠陥が存在することを看過できない、という観点から、NHK会長の資格要件、ガバナンス体制等、現在のNHKが抱えた問題、そしてそうした問題の背景にある、日本全体を覆う反知性主義について、コーポレートガバナンスを専門としてきた法学者としての立場から、忌憚のない私見を述べる

第1章        放送法違反が個人的信条――籾井NHK会長の論理と心理
経営委員選任の経緯  民主党の野田政権の時代、企業ガバナンスの専門家としての参画。アメリカ流の市場原理主義を批判し、金融商品取引法と一体の株式会社法を構想する「公開会社法」を提唱
07年 「やらせ」「データ流出」「職員のインサイダー取引」等の不祥事を契機に放送法が改正され、現在の制度の経営委員会が発足

第2章        法・ルール・規範が欠如してしまったNHKのガバナンス――機能不全に陥った理由
官邸主導という名の政治主導は、理性的・知性的な裏付けを欠いた、謙抑さを失ったものとなっており、それは日本の近時の反知性主義的傾向の最高権力レベルでの象徴的存在のように見える
NHK予算に対する国会同意とは、NHKに対する国民の代表としての監視・監督権があるからこそ、経営委員会の人事についても全党一致の同意人事でやってきたし、予算の承認についても全党一致でやってきたはずだが、15年度の予算に関する参院総務委員会では可否同数となり、公明党の委員長が国会法の規定に従って委員長決裁で承認した  本来であれば「過半数に達していない」のだから否決すべき。国家予算のような案件を採決する場合は、最終的には与党が責任を持つものだから、与党から出ている委員長が決裁するのは、「政治責任を与党がとる」という趣旨だが、NHKの予算の場合は、与党の委員長が責任を取る話とは異なる
15年 自民党の情報通信戦略調査会が、政権批判ともとれる報道番組の内容を巡って、NHKとテレビ朝日を呼びつけて事情を問いただす事件  放送法3条にある放送番組編集の自由を侵す行為であり、国会からの国政調査権によるものであればまだしも、自民党からの呼び出しであれば本来応じる必要はなかった

第3章        籾井現象の底流としての反知性主義――掟破りの連発
安倍内閣がアベノミクスという経済に対する国民の期待をもって、安全保障関連法案という国民の大半が反対する憲法の実質的改変に突き進む姿に国民が強い危機感を持っているのではないか
安倍内閣の周辺には法的センスについて一家言を有する人物は乏しく、従来から自民党政権も含めて大事にしてきた、欧米に比べたら不十分ともいえるような、それだけに格別に貴重な牽制システムを1つづつ崩壊させてきている
NHKの取り扱いがその一つであり、日銀が政府の手ごまにされたことも一つ。日銀による国債の引き受けは、「金融政策の死」そのもの
内閣法制局長官人事も掟破り  長官人事は法律専門家が、時々の政府の見解が変わっても、長官の判断を尊重することになっていて、一種の慣行として、内閣法制次長からの昇格が続いていたが、従来の内閣法制局見解とは異なる安全保障の見解を持つ外務省の小松氏をいきなり長官に持ってきた。内閣法制局は内閣の部局なのだから、内閣が自由に差配してよいという感覚があり、これこそが安倍内閣の反知性主義を示す基本的性格。一切の権限、支配権は選挙で勝った政権にある、それだけが物事を考える基準になっている
安倍政権が、権力に対する牽制やチェックアンドバランスといった問題を一つづつ無視し、形骸化させてきたこと、そしてそうした権力者による権力行使への楽観視の究極の姿こそが立憲主義の否定
「教養とは生きること」(阿部謹也)  教養とは知識の量ではなく、生き方そのもの
現在は、「国家の教養」が問われている
アベノミクス第2の矢「機動的な財政政策」の問題は、第1の矢と同根
3の矢「日本再興戦略」は、お手軽な文化大革命

第4章        NHKガバナンスの再構築に向けて
現在のNHKのガバナンスの特徴は、会長の権限が非常に強い点にある。重要な業務執行の決定権限は、経営委員会にあるが、経営委員12名中常勤1名であり、NHKの業務に精通している人はいない
総務省が謙抑的であったのは、経営委員も予算も与野党一致で承認するという慣行を前提に、政治的に中立的であるべき公共放送の在り方に配慮したためだが、政治主導の名のもとに政権党の主張を押し通すようになってしまった
NHKのガバナンスは人次第の仕組みであって、システムとしての牽制が働いていない
監査委員会の役割と機能の見直しは必須





(著者に会いたい)『NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか』 上村達男さん

2015.11.29. 朝日新聞
 揺らぐ「公正らしさ」への信頼 上村達男さん(67歳)
 NHK経営委員長代行として籾井勝人会長の言動や資質を批判してきた。今年2月に任期を終え、退任。これまでの体験をもとに感じた疑問や問題点を記した。
 NHKの会長は、経営委員会内の「指名部会」が候補を一人に絞ってから、同委員会に諮り、ほぼそのまま決まる。上村(うえむら)さん自身、籾井氏のことはあまりよく知らなかったが承認した。「経歴に問題はなく反対する理由がなかった。でも、今は結果責任があると感じている」。籾井会長が就任会見で「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」などと言うのを見て、「これは大変だ」と驚愕(きょうがく)したのだ。
 会長の言動が制作現場にどのような影響を与えているのか、はっきりしたことはわからない。「でも今の状況では、何を報じても公正ではないように見えてしまう。少なくとも『公正らしさ』は揺らいでいる」
 公正な情報への信頼が揺らげば、議論の基盤が失われ、みんなが事実に基づかずに、ただ一方的に言葉を投げ合うような言論状況が起きかねない。「健全な民主主義の発展」に支障が生じるのではないか、と懸念する。
 本書では、会長らを監督する立場の経営委員が「情報過疎」にならないよう、調査権限がある監査委員会の体制を強化することも提言。報道の独立性を守るために何が必要か、議論を戦わせることが必要だと考えている。「私の案がおかしいなら批判してほしい。何ごともなかったように今の状況を放っておくことが一番、よくない。独立性を維持できる研究者(早稲田大学教授)という立場にいるのだから、言うべきことを言う責任があると思っています」
 (東洋経済新報社・1620円)
 (文・守真弓 写真・堀英治)


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