明治大正史  中村隆英  2016.2.13.

2016.2.13.  明治大正史(上・下) 

著者 中村隆英 Wikipedia参照

編者 原朗・阿部武司

発行日           2015.9.10. 初版  2015.10.8. 第2
発行所           東京大学出版会

20009月から027月にかけて、全4部各10章の構想で40回の講義をした記録が本書
時とともに移り行く政治・経済や社会・文化の動きと、それを動かす人々の営みを、独特の語り口でくっきりと描き出し、明治大正から昭和にかけての歴史の大筋について、著者がどう捉えようとしていたかが示されている
第1部     「明治維新」  江戸時代の仕組みから説き起こして黒船来航以降の幕末の動乱を描き、大政奉還、戊辰戦争と進んで王政「復古」の名の下に明治「維新」が展開される過程を述べ、転じて福沢諭吉と中江兆民が果たした役割に触れつつ、河竹黙阿弥や三遊亭圓朝に代表される庶民の娯楽と芸術の一体化に目を配り、再び政治過程に戻って廃藩置県と近代化政策を叙述し、幕末の大インフレーションに始まる明治初年の経済を簡潔にまとめて、西郷と大久保の対立から西南戦争と大久保の死をもって明治維新の終わりとする

第2部     「明治国家の成立」  自由民権運動に始まり、西南戦争後の大インフレーションから明治14年の政変と松方デフレ、内閣制度の成立から藩閥政治と自由党の関係へと進み、黙阿弥の劇作と圓朝の話芸を再説して、「團菊左」と讃えられた歌舞伎の團十郎、菊五郎、左団次の名舞台に及び、さらには坪内逍遥、二葉亭四迷、徳富蘇峰、森鷗外、幸田露伴などの新文学、美術や音楽にも一瞥を与える。転じて明治前期の経済につき農業と在来産業の役割や近代産業としての日本鉄道、大阪紡績と企業勃興について述べ、政治に戻って憲法制定と帝国議会開設、初期議会に進んで最後に明治を支えた個性的な人物群像を描き出す

第3部     「日清・日露戦争」  初めに明治20年代の日本を概説したのち、日清戦争とその戦後経営、列強のアジア進出、明治中期の経済と産業革命、政治リーダー伊藤・山縣から桂・西園寺への交代、日露戦争へと大きな流れを抑え、日露戦後の思想と芸術について平民新聞などの社会主義、北一輝の国体論、平塚らいてうの婦人運動、多士済々の新文学、演劇における新派と新劇の台頭を一覧し、次いで都市と農村の貧富の格差の実態と実業家たちの群像を描写し、改めて日露戦争期の日韓関係から韓国併合と大逆事件を述べた後、伊藤博文の暗殺と明治天皇の崩御をもって「明治の終わり」とする

第4部     「大正時代」  桂園時代の終わりと大正政変から始まり、第1次世界大戦とブームに湧く経済界、辛亥革命への対応を巡る日本の中国政策と、日中関係悪化の一要因としての21か条要求、満蒙独立運動を跡づけ、次いで大正デモクラシー、民本主義の全盛期、労働運動の本格化、左翼政党の出現、政友会原敬内閣の成立と内政・外交両面への原の配慮、第1次世界大戦の終結、ワシントン体制の成立、関東大震災、政党内閣時代の到来へと話は進み、文化・芸術・思想面でも白樺派など新しい大正世代が登場し、文学・演劇・言論の各分野で多彩に花開く有様が描写され、最後の「大正の終わり」では、まとめとして「明治大正期のスケッチ」が簡潔に記され、この時代を支えた政治家や実業家の人々の姿を振り返って講義は終わる







明治大正史(上・下) 中村隆英著、原朗・阿部武司編 危うい時代が「うまくいった」背景
2015.11.22. 日本経済新聞

フォームの終わり
 2年前に他界した日本近現代経済史の重鎮の遺作である。平易な語り口でつづられる言葉はいずれも著者の生涯にわたる思索の結晶である。深く慎重な洞察の持つ意味をかみしめたい。
http://www.nikkei.com/content/pic/20151122/96959999889DEBE6E0EAEAE6E5E2E0E3E3E3E0E2E3E79F8BE7E2E2E2-DSKKZO9428848021112015MY5000-PN1-1.jpg
画像の拡大
 著者は明治大正期を「比較的うまくいった時代」と評価する。経済的にはこの時期の経済を均衡のとれた発展とみなしてきた著者の主張が再確認される。農民の副業と地方の特産物生産から生まれた在来経済が健全であり、近代産業は在来産業による雇用確保と外貨獲得の前提の上に発展したと言うのである。
 また政治においても抑制のきいた自由主義と民主主義が機能したとみる。明治維新については決して単なる国家主義的な王政復古ではなかったことを強調する。明治憲法は時代の社会的・政治的制約の下で精いっぱいの民主性を保持しており、教育勅語などについても、小学生ならともかく自由で生意気盛りの若者たちは「馬鹿にしていただろう」と指摘する。
 著者はこの時期を手放しでたたえているわけではない。昭和の危機への萌芽(ほうが)的な動きのあったこともまた強調される。周辺アジアへの対抗意識とその自主性を否定する傾向があり、軍部が次第に領土拡張意識を高めていった経緯も詳しく論述される。要するに、戦前期を国家主義一色で塗りつぶしがちな安易な俗流史観は否定されなければならない。しかし、時代の流れと地政学的位置を背景に、富国と強兵をともに意識せざるを得なかったこの時期の日本の、かじ取りの難しさと真正の危うさも無視しえない事実なのである。
 本書の最大の魅力は長年にわたり考え抜かれた人物論にある。取り上げるあまたの人物の中で著者は西郷隆盛、福沢諭吉と伊藤博文に特に強い共感を寄せる。西郷は軍事と教育と農業を基礎に置いた取捨選択的な近代化を志向した。福沢は知識と精神の西洋化の必要性を唱える傍らで自由は不自由の中にあるとした。伊藤は時代の動きと日本の国際的地位を正確に把握していたことが強調される。
 結果的にみて、この時代はこの3人の思想に沿って動いたといえるかもしれない。3人の抑制のきいた近代化主義と伊藤の国際感覚でこの時代はかろうじて「うまくいった」のである。著者は、明治大正期は優れた指導者を持ったことが幸いしたと述懐する。金融と情報による新たなグローバル化への対応に追われ、また地政学的な宿命として外交軍事の諸課題に直面する現在の日本において、この書の意味は極めて大きい。
(東京大学出版会・各3000円)
なかむら・たかふさ 25年東京生まれ。東大経済学部卒。東大名誉教授。著書に『明治大正期の経済』『昭和史 1926―1945』など。13年没。
《評》一橋大学名誉教授 寺西 重郎


明治大正史(上・下) [著]中村隆英 [編]原朗・阿部武司
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]朝日 20151122   [ジャンル]歴史 
·        Amazon.co.jp
·        楽天ブックス
·        TSUTAYA online
時代を作った人々から見た近代

 明治から大正の終わりまでは60年ほどになるが、本書は幕末から説き起こして、この60年を口語体で平易に解説している。2013年に死去した著者の口述記録を門弟が整理して著した書だが、著者の幅広い知識と啓蒙(けいもう)的な役割を改めて確認できる。
 明治・大正時代の素顔を実証的、人間的に見ていくと幾つもの発見がある。著者は総じて明治草創期の元勲たちに好意的なのだが、とくに伊藤博文には「やらなければいけないとなったら、無理にでもそういう政策をちゃんと実行するところがあった」と評価する。立憲主義は西園寺公望や原敬に引き継がれたとの見方が貴重である。
 さらに日本の近代化は他のアジア諸国とは異なり、他の国々は欧米と交流しても、そのような国になろうとはしなかったのに、日本は攘夷(じょうい)を捨てて開国を決めるや、「(欧米のように)なろう、学ぼうという姿勢をとる」というのである。日本のリーダーたちが揃(そろ)って西欧化を目指すところにこの国の強さと弱さが露呈しているということだろう。
 明治天皇が他の天皇と異なり、なぜ大帝と言われるのか、その分析もユニークである。御前会議でも表だった発言はしないで権威や貫禄を保つ、沈黙こそが有力な武器であった。それを意識しつつ臣下の者は懸命に職務をこなす、「結果として、明治時代は大きな間違いが起こらずに済んだ」と指摘する。
 著者の関心は、歴史の年表に刻まれている政治家、実業家、軍人、官僚、思想家、文化人、芸能人など何人にも及び、多くは相応の識見をもっていたとの人間観がある。逆に、日清戦争時の戦争太りで国家予算の7倍もの賠償金を獲得したことが、軍人のお国への奉公観を増長させたとの歴史上の定説を改めて想起させる。専門の経済史が下敷きになっているので、著者の史観は説得力をもつ。刺激的な「知」の書である。
    
 東京大学出版会・各3240円/なかむら・たかふさ 1925〜2013年。元東京大名誉教授。『昭和史1・2』など。

Wikipedia
中村 隆英(なかむら たかふさ、19251015 - 2013926)は、日本経済学者東京大学名誉教授。専門は経済統計学、日本経済学。東京出身。
略歴[編集]

学外における役職[編集]

受賞歴[編集]
著書[編集]

単著[編集]

  • 『現代の日本経済』(東京大学出版会1965年)
  • 『戦後日本経済成長と循環』(筑摩書房1968年)
  • 『経済成長の定着』(東京大学出版会、1970年)
  • 『戦前期日本経済成長の分析』(岩波書店1971年)
  • 『日本経済の進路』(東京大学出版会、1975年)
  • 『昭和恐慌と経済政策ある大蔵大臣の悲劇』(日本経済新聞社[日経新書]、1978年/講談社学術文庫、1994年)
  • 『日本経済その成長と構造』(東京大学出版会、1979年/第2 1980年/第3 1993年)
  • 『戦時日本の華北経済支配』(山川出版社1983年)
  • 『明治大正期の経済』(東京大学出版会、1985年)
  • 『昭和経済史』(岩波書店、1986年/岩波現代文庫2007年)
  • 『単身者世帯の家計その消費行動の分析』(日本統計協会、1991年)
  • 『昭和史(III)』(東洋経済新報社1993年。新装文庫判、2012年)
  • 『現代経済史』(岩波書店、1995年)
  • 『昭和を生きる 一エコノミストの回想』(東洋経済新報社、2000年)




コメント

このブログの人気の投稿

近代数寄者の茶会記  谷晃  2021.5.1.

自由学園物語  羽仁進  2021.5.21.

新 東京いい店やれる店  ホイチョイ・プロダクションズ  2013.5.26.