訣別 ゴールドマン・サックス  Greg Smith  2013.4.12.


2013.4.12.  訣別 ゴールドマン・サックス
Why I Left Goldman Sachs A Wall Street Story          2012

著者 Greg Smith 1978年ヨハネスブルグ郊外生まれ。父親は薬局経営。高校を総代で卒業、米スタンフォード大の全額給費奨学生として渡米。大学1年時に受けた経済学の授業に触発されて進路を決める。3年時の2000年にゴールドマン・サックスで夏期インターンシップを経験、新卒で採用。入社直後の2001.9.11.の「同時多発テロ」を目撃。入社3年目で20億ドルの先物取引をこなし、20代前半でVice Presidentに。その4年後、32歳でロンドン異動、欧州・中東・アフリカ向けのデリバティブ事業責任者として活躍。08年の世界金融危機以降の社風の変化に疑問を持つようになり、12.3.12年勤務したゴールドマン・サックスを退職。本書の内容の手記を『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄稿して話題となる

訳者 徳川家広 1965年生まれ。翻訳家、作家。徳川宗家19代目。慶大経卒。米ミシガン大大学院で経済学修士号。コロンビア大大学院で政治学修士号。

発行日           2012.10.22. 第1刷発行
発行所           講談社

著者が本書で目指したのは、12年のゴールドマン・サックスでの経験を基に、個人が成功するために倫理感覚を麻痺させ、自らの廉直さを犠牲にするよう推奨し、時には要求する、利益相反に満ちたものと化したアメリカの金融システム、金融界の実態を知らせること
論説文を発表することにより、今日の金融界の倫理を向上させることに貢献できれば、元同僚や同業者たちは長期的に今より幸せになれるかもしれない
アメリカの金融界に透明性と責任意識が増すことの一助となれば、これ以上の幸せはない

ゴールドマン・サックスのみならず、ウォール街に集まるアメリカの金融機関はどこも実に巧妙に、顧客の恐怖心と強欲を食い物にしていった。そういう時の売り口上は、こんな具合だ。「世界経済は崩壊寸前です。ご自分をお守りになって、競争相手に比べて一頭地を抜くには、奇跡の解決策が必要です。わが社が御社のために作成した特注の仕組み金融商品を売買なさるべきです」
問題は、「奇跡の解決策」など存在しなかったという事実だ。確かに、これらの顧客は売り口上を真に受けて、わけのわからない金融商品を、奨められるままに売買した。この態度はおろかだったかもしれない。だが、金融機関のどれ1つとして、これらの複雑極まる金融商品について顧客がきちんと理解できるよう、十分な教育を施すことをしなかったものと思われる。また、投資に伴うリスクと、リスクを負った結果として得られるかもしれない投資収益の関係にしても、客観的に説明されていなかったという気がしてならない

入社2年目の証券外務員資格試験Series 7の試験当日に同時多発テロ ⇒ 試験途中でOne Penn Plazaの会場から放り出され、一緒に受験していたグリニッジ・ヴィレッジの友人のアパートに避難
当日午前中にゴールドマン・サックスのロンドン支店人事部より、活動に支障を来さないための仕組みが出来ているとの電話が入る ⇒ 当座の資金2千ドルを支給、ホテルの手配(別に住まいを手配する場合はその費用を会社が負担)、会社からの連絡を絶やさない
職場復帰は17日 ⇒ 史上最悪の下落(S&P500は‐5)
試験は1か月後に再実施
ハンク・ポールソンが単独CEOになりたての頃の出来事で、直後に発表された年次報告書の巻頭に株主宛のメッセージを掲載 ⇒ ゴールドマン・サックスの中核的な価値観である廉直さintegrityと顧客第一の姿勢を強調。併せて被災者のための救援基金を設立、社員の寄附金は5.5百万ドルに達し、
会社も同額を拠出

2001年の低迷期から脱して04年から上げ潮 ⇒ 04年にはデリヴァティブ・チームが全員揃ってロングアイランドのハンプトンズでパーティを開催、シネコックでプレー

服装規定 ⇒ 最優秀の新卒者をシリコン・バレーと奪い合い始めて規定を緩めざるを得なくなり、ビジネス・フォーマルからビジネス・カジュアルへと変更
初トレードの記念儀式 ⇒ ネクタイを半分に切って、切り取った下半分を天井から吊るす
2005年著者のいた株式デリバティブ部門を含むトレーディング部門のトップとなったマット・リッチーが経営陣に売り込んだのがGC(Gross Credit総貢献度)という概念 ⇒ だいぶ先になってゴールドマン・サックスの社風と社員の士気を大いに損ねることになる

06.5.ポールソンがブッシュ・ジュニアの財務長官に任命 ⇒ 政府高官に就任する際、利益相反回避のため所有株約5億ドルを売却。キャピタル・ゲイン課税免除
当時すでにゴールドマン・サックスの収益の大半を稼ぎ出していたのは、後任CEOブランクファイン率いるトレーディング部門。ブランクファインが株式トレード部長に引き揚げたのが大学中退でNYMEXからJ.アーロン(ゴールドマン・サックスの子会社)に引き抜かれたコモディティ専門のトレーダーのゲーリー・コーンだが、コーンが株式部門の共同代表に昇格した人事は多くのゴールドマン・サックス社員から奇異の念をもって受け止められた ⇒ 06年後半には社長になり、50百万ドルの年俸を取る
06.4.27. 『エコノミスト』誌が、「世界の頂上に立つ」と題してゴールドマン・サックスを取り上げる ⇒ 自己勘定取引が収益源と紹介。1999年の株式公開までの130年間、顧客の善き助言者として、受託者責任を果たすことを誇りとしてきた会社の経営方針からの大転換。顧客は助言相手ではなく、単なる取引相手と見なされるようになっていった
ゴールドマン・サックスにとってもう1つはっきりしない役割 ⇒ Co-Invester共同投資者
株主宛の書簡でも、投資銀行と顧客の利益相反は不可避になりつつあり、そうした対立は容認されるべきとの立場を明言 ⇒ 05年非公開のNYSE(理事長のジョン・セインの前職はゴールドマン・サックスの社長兼COO)と上場企業で電子証券取引所のアーキペラーゴ(ゴールドマン・サックスが第2位の株主)の総額90億ドルの合併を仲介、手数料1億ドルを手にする
新らしい仕組み商品が登場してきたのも06年の後半
07年には、08年の世界金融危機に先だって、その予兆として超大型の「数量分析(クオンツ)メルトダウン」が始まっていた ⇒ モデルが指定する変則事態にある証券を求めてどんどん奇怪な領域へと突入し、ある日モデルが持分を減らすよう指示した異端の証券が、流動性の欠如のために処分できずにパニックとなり、ファンドそのものが崩壊
その穴埋めに、エレファント狩り(=1百万ドルを超える収益をもたらす大型売買)に走る
透明性の低い商品ほど、会社側の収益が大きいという一般的な法則がある ⇒ 店頭取引のデリバティブや仕組み金融商品がもてはやされる
リビア政府の13億ドルに及ぶ為替投機や株式のコール・オプションでの損失なども、以前のゴールドマン・サックスならとても引き受けなかった商売
ウォール街の金融機関は、巧妙に顧客の恐怖心と強欲を食い物にしていった ⇒ 投資に伴うリスクとリスクを負った結果として得られるかもしれない投資収益の関係についても客観的に説明されていなかった気がする
08.3. JPモルガン・チェースがベアー・スターンズを12ドル(最終10ドルにアップ)で買収 ⇒ 信用危機に対処するため、残った投資銀行は流動性確保に奔走。ゴールドマン・サックスでは顧客による現金引き出しをことのほか厳しく制限したため今でも恨みに思っている顧客がいる。根拠もなしに強気一方の見解を顧客に押し付ける営業もいた
08.9. メリル・リンチとリーマン破綻、次いでAIGが政府支援を受ける。残るゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーも銀行持ち株会社への業態転換を申請
ウォーレン・バフェットがゴールドマン・サックスに50億ドル投資を実行してくれたおかげで、危機を脱出
09年 JPモルガン・チェースがSEC7億ドル払ったのも、アラバマ州のジェファーソン郡を破産にまで追いやった仕組み金融商品の販売に対する当局の捜査を和解に持ち込むため
ゴールドマン・サックスも、かつてはどれほど金融状況が混乱していても顧客を助けるためにリスクを負っていたが、今やどの案件を引き受けるかについて選り好みをするようになっていた ⇒ 世評より、自らの損益勘定が優先
デリバティブが投げ売りされたお蔭で、ゴールドマン・サックスは大儲けをした ⇒ 高額の手数料が弱り切っていた顧客を廃業に追い込む留めの一撃だと評したかもしれない
著者は、自らの改造計画を考え、リアル・マネーの世界に集中、市場レポートを書き始める ⇒ 「乾燥した火薬dry powder(金融危機の際、ファンドがまずやるのは手持ちの証券を売却すること、売却によって手元に積み上がった現金が何にも投資されないで残っている状態をいう。火薬が湿気て使い物にならなくなるリスクを抱える)」に焦点を当てたリポートが社内のみならず顧客の間にも、市場回復への希望を与えるものとして受け止められた

09.4. ゴールドマン・サックスは銀行持ち株会社に ⇒ 顧客の扱い方にも如実な変化となって現れた
ウォール街では、顧客を4つの類型に分類 ⇒ 賢い顧客、邪な顧客、単純な顧客、質問の仕方を知らない顧客(単純でお人好し)
09年秋 新本社ビル完成 ⇒ 20億ドルのうち1/2はワールドトレードセンター周辺の再活性化のための免税債で賄われた
10.4. ゴールドマン・サックスがサブプライム住宅ローン債権に関連したCDSの販売で、事実を偽って説明した詐欺容疑で提訴 ⇒ CDS07年に特定のヘッジファンドのために仕組まれた商品で、空売りを伏せて販売したために、ファンドは10億ドルの収益を手にしたというもの。証言に立ったブランクファインは、ゴールドマン・サックスは営業とトレーディングが本業なので受託者責任は負わないと明言、顧客の最良の利益になる様選択をする義務を負わないとも言った ⇒ 3か月後にSECと和解。政府に3億ドル、投資家に2.5億ドル支払い。ゴールドマン・サックスにとってはかすり傷程度の代償で無罪放免を勝ち取ったという受け止め方が大勢で、以後ますますGCが会社の価値観の新しい基準となる
10.5. フラッシュ・クラック ⇒ 朝から午後にかけてダウ指数が1000ポイント近く急落し、直後に一気に戻る。ゴールドマン・サックスが提訴された直後とあって、市場が一気に冷え込む
社内に「業務手法研究」が始まる ⇒ 会社のやったことがすべて正しかったわけではないことに気付き、調査しようという試み
11.1. ロンドン支店転勤 ⇒ 新米社員までが顧客をマペット”(『セサミストリート』に出てくる愛らしい操り人形のキャラクターの総称)と呼んで、手数料を言い値で取り放題にしている話を聞かされてショック。多くの「単純な顧客」や「質問の仕方を知らない顧客」がマペット扱いされていた
現在では、競争相手や気に入らない同僚を蹴落とす手段がどれほど倫理性を欠いており、どれだけ強引であっても、結果として権力を維持することに成功したものには、誰も口を出さないのがゴールドマン・サックスやウォール街の流儀
社員集会で、1女性社員から「社風が死にかかっていて、外での評判が劣化しているという問題についてどのような解決策を考えているのか」という質問に、共同CEOが答えに窮したりトンチンカンな答えをしているのを見て、ゴールドマン・サックスと訣別する時が来たと確信 ⇒ 経営陣が社内の現実に対して目を閉ざしているという事実こそ決定的な要因。内からの改革の可能性はほとんどない以上、外からの可能性を考え、自分が問題と考えている事柄のすべてを書き留め、新聞の論説欄に発表しようと考えた
顧客に奉仕するという本来の任務を忘れたウォール街は、顧客の信頼を失い、それは金融界全体にとっての深刻な脅威
『ニューヨーク・タイムズ』紙の論説ページに1500語の文章を投稿、著者の身元確認があり、会社の待遇への不満から書かれたものではないことが分かって、12.3.14.の全文掲載が決まり(表題「なぜ私はゴールドマン・サックス辞めるのか」)、前週末に退社してニューヨークに戻る

掲載後、ほとんど著者を支持するメールが世界各地から数千通届く
マスコミの取材が殺到したが、すべて拒否




訣別 ゴールドマン・サックス []グレッグ・スミス
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ウォール街の内実、臨場感で

 1990年代以降、米金融業界では規制緩和が進み、銀行や証券の垣根を越えた合従連衡が加速した。今日では六つの巨大総合金融が強大な影響力を行使しており、その一つが老舗ゴールドマン・サックス社である。
 1978年生まれの著者は学生時代から同社で働くことを夢み、晴れて入社後も「顧客第一」を矜持とする同社の気風に誇りを抱き続けた。人望も厚く、キャリアも順風満帆だった。
 しかし、2008年の世界金融危機を契機に同社の収益力は激減し、社風も腐食したという。「顧客の恐怖心と強欲を食いものに」しながら、業界以外の人にはおよそ理解不能な金融派生商品が「奇跡の解決策」として売買された。
 顧客の利益は追いやられ、社内では顧客を「マペット(あやつり人形)」と呼ぶ新人アナリストまで現れた。
 こうしたモラルの低下に耐えかねた著者は、今春、12年間勤めた同社を退社する。「ニューヨーク・タイムズ」紙に寄稿した辞職の手記は全米で話題を呼んだ。
 その内実と経緯を詳述したのが本書だが、世界金融の中枢を内側から活写した貴重な証言録でもある。臨場感溢れる展開に、驚きとため息、怒りが交錯したまま、一気に引き込まれる。人間味に富む意外な逸話も多く、マンハッタンの息吹を何度も感じた。
 ウォール街を「強欲資本主義」の象徴とみなし、その自浄能力の喪失を危惧する声は米国でも強い。「ウォール街を占拠せよ」運動はその典型だが、巨大金融の解体も含め、オバマ政権は金融規制をさらに強化する構えだ。資本主義とフェアプレーの精神は両立し得るのだろうか。
 著者の意図や主張については否定的な見方も存在する。本書の影響力を冷笑する向きも少なくない。ウォール街の巨大な現実の前に本書の存在も著者の勇気も抹殺される運命なのだろうか。
    
 徳川家広訳、講談社・1995円/Greg Smith 南アフリカ生まれ。米国や英国で先物取引などを手がけた。


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