源氏物語を知っていますか  阿刀田高  2013.3.29.


2013.3.29.  源氏物語を知っていますか 

著者 阿刀田高

発行日           2013.1.20. 発行
発行所           新潮社
初出    『小説新潮』20114月号~129月号

1.        初めにエロスがあった――桐壷 帚木
1 桐壷
桐壷帝の正妻は弘徽(こき)殿女御 ⇒ 間に生まれたのが朱雀院(1皇子)
更衣・桐壷を愛し、光源氏を生むが、桐壷は逝去。光も将来のトラブルを案じて臣下に落とし源氏の姓を与える
桐壷帝は桐壷に似た藤壺を愛し、第3皇子の冷泉院をを設けるが、実は亡き母に憧れた源氏が藤壺と密通して作った子
朱雀院と承香殿女御との間の子が今上(きんじょう)帝、その妹が源氏の妻となる女三の宮
12歳で元服した源氏は、葵の上と結婚、その子が夕霧
795首の和歌が登場

2 帚木(ははきぎ)”の特色は、雨夜の品定め ⇒ 源氏17歳。頭中将(葵の上の兄)、左馬頭、藤式部丞の4
3 空蝉 ⇒ 人妻の空蝉に想いを寄せ一夜を共にするが、空蝉は身分の違いを楯にそれ以上は乗ってこない

2.        そっくりさんの系譜――空蝉 夕顔 若紫
3 空蝉 ⇒ 空蝉と間違って抱いてしまった女が軒端荻(のきばおぎ)。空蝉とはそれ以上進まないまま、夫に従って任地へと去っていく
4 夕顔 ⇒ 乳母の見舞いに行く途上で夕顔の花を摘んだときに声を掛けてきた女が夕顔。漸く会ったが呪い殺された後で、頭中将の元愛人と分かる。桐壷帝の兄弟の妻で寡婦の六条御息所とも通じ合う

3.        二兎も三兎も追いかけて――若紫 末摘花 紅葉賀 花宴 葵
5 若紫 ⇒ 夕顔ショック後の不調を癒すために北山へ祈祷に出掛けた先で見つけたのが、偶然のことに藤壺の姪・紫の上。引き取って後見となることを申し出るが拒絶
里帰り中の藤壺とあって、冷泉帝が生まれる
6 末摘花 ⇒ 琴の音に誘われて誘った相手がしこめ
7 紅葉賀(もみじのが)” ⇒ 紅葉の美しい季節に朱雀院へ行幸
8 花宴(はなのえん)” ⇒ 帝の催す桜の宴。弘徽殿女御の妹・朧月夜にも手を出す
9  ⇒ 朱雀帝が即位、冷泉帝が立太子。葵の上も懐妊するが体調不良

4.        恋の責め苦をなんとしよう――葵 賢木
葵の上は、子を産んだものの産後の肥立ちが悪く死去
10 賢木(さかき)” ⇒ 御息所は葵の上に嫉妬して怨霊として憑りつくが、娘が伊勢神宮の斎宮になったことで、一緒について伊勢に行く
源氏は寡婦となった藤壺に迫るが、1周忌を終えた藤壺は出家を決意
朝顔の姫君 ⇒ 桐壷帝の弟の娘。源氏が歌を贈って交際を求めたがつれない

5.        明石の雨に打たれて――花散里 須磨 明石
11 花散里 ⇒ 桐壷院が帝の時に寵愛を受けた人で院の死後は源氏が面倒を見ていた女性の妹。別名三の君
12 須磨 ⇒ 政権交代で分が悪くなった源氏は大阪湾に面する須磨に蟄居
13 明石 ⇒ 大臣家の官位を捨てて出家した明石入道が自分の娘を源氏に会わせ、2人の間に子が出来るが、帝の枕辺に桐壷院が現れ源氏の処遇を糾弾したため、源氏を都に戻し大納言に復活させることに

6.        大河の脇に溜池がチラホラ――澪標 蓬生 関屋
14 澪標(みおつくし)” ⇒ 朱雀帝に代わって冷泉帝が即位、源氏が内大臣となって後見する。明石には姫君が誕生
澪標とは、水の流れを示す杭の事。「身を尽くし」に繋がる
帝が代わって、斎宮が御息所と都に戻る ⇒ 病床の御息所から斎宮(梅壺)の将来を頼まれた源氏は、冷泉帝に入台させる
15 蓬生(よもぎう)” ⇒ ブスでも氏育ちの良かった末摘花は、1人家を守っていくうちにまわりは蓬が生い茂り、庭も荒れ果てたが、たまたま源氏が通りかかり、昔と変わらない思いを告げられて、援助の手を差し伸べる
16 関屋 ⇒ (逢坂の)関所の館の事。空蝉との再会を試みるが、尼になってしまう

7.        今年ばかりは墨染に咲け――絵合 松風 薄雲
17 絵合(えあわせ)” ⇒ 冷泉帝と梅壺が絵筆に興味をもって、絵の評定が盛んに
18 松風 ⇒ 源氏の住まいだった二条院を改装、情けをかけて行く末を約束した女たちを集める。明石との間に生まれた姫を引き取って紫の上に育てさせる
19 薄雲 ⇒ 藤壺の死。祈祷師が冷泉帝に出生の秘密を打ち明け、冷泉帝は源氏に譲位を告げたため、源氏も冷泉帝が知ったのではないかと疑う。源氏は梅壺に抑えていた想いを告げるが母・御息所との関係を知っている梅壺には相手にされない

8.        朝顔に背かれ心は雨模様――朝顔 少女 玉鬘
20 朝顔 ⇒ 桐壷帝の弟の娘・朝顔の姫君は賀茂神社の斎院だったが、任を解かれて屋敷にいるところを源氏が誘うが身持ちは堅くほぐれず
21 少女(おとめ)” ⇒ 源氏の長男・夕霧が元服。内裏では中宮を定める時期が迫り、梅壺が立后して「秋好(あきこのむ)中宮」と呼ばれる。源氏は太政大臣に。頭中将も内大臣。その娘が雲居雁(くもいのかり)で、夕霧と想い合う
源氏は六条京極に大きな屋敷を作る ⇒ 未申(ひつじさる:なんせい)に秋の町として秋好中宮の里下りのため、辰巳(南東)は春の町として源氏と紫の上が住む、丑寅(北東)は夏の町で夕霧、花散里に当てられ、戌亥(いぬい:北西)は冬の町で明石の君のため
22 玉鬘(たまかずら)” ⇒ 夕顔と頭中将との間に生まれた娘が長いこと大宰府にいたが、京に戻って、偶然素性を知らされたが、源氏が引き取る。玉蔓は髪飾りの喩で、この娘を指す
この娘を主人公として、31帖までの10帖を『玉蔓10帖』との別名が付けられている
下流の方には『宇治10帖』というのもあり、本流の一部に別名が付けられている

9.        夕顔の後にくすしき玉鬘――初音 胡蝶 蛍 常夏
23 初音 ⇒ 六条京極のお屋敷での源氏を中心とした華やかな生活が描かれる
24 胡蝶 ⇒ 玉蔓を巡って男たちが言い寄ってくるのを親代わりの源氏が斥け、自ら口説くので、玉蔓は困惑
25  ⇒ 言い寄る男たちに対して、源氏は玉蔓の几帳の中に蛍を放ちうっすらと照らして、男心を煽る。内大臣が夕顔との間の子を探していることが分かる
26 常夏 ⇒ 常夏は撫子の異名。源氏の詠んだ歌がこの帖の命名に絡んでいる

10.    姫君はいずれ桜か山吹か藤――篝火 野分 行幸 藤袴
27 篝火(かがりび)” ⇒ 源氏が玉蔓のもとに通い、篝火を囲んで歌を交換
28 野分(のわき)” ⇒ 源氏の留守に夕霧が紫の上を垣間見てすっかり魅入られ、今まで会わせてもらえなかった理由を知る
夕霧は、六条院の中で各所に美しい女を見て、紫の上は桜、玉蔓は山吹、明石の姫君は藤に例える
29 行幸 ⇒ 冷泉院の大原への行幸に出掛けた玉蔓は帝に惚れこんで宮仕えに心が傾く。源氏は内大臣に玉蔓の素性を明かして、正式な親娘対面となる
草子地(そうしじ) ⇒ 物語・草紙の中で、一目見てわかる、説明のために作者の意見などが、生のままで述べられている部分。源氏にもところどころに見られる 
30 藤袴 ⇒ 夕霧は玉蔓が従弟だと知って言い寄るが、玉蔓は相手にしない

11.    こじれた恋には藤の宴――真木柱 梅枝 藤裏葉
31 真木柱(まきばしら)” ⇒ 突然玉蔓が髭黒大将の妻になっているが、同時に帝の身辺の世話をする尚侍(ないしのかみ)にもなっている。真木は杉の古名。髭黒が玉蔓にぞっこんになったのもあって本妻の気がふれ、実家に引き取られることになるが、その時一緒に連れて行かれる娘がいつもよりかかっていた真木の柱に去り難い想いを寄せる。この娘の呼び名が真木柱となる。22帖の玉蔓からここまでを「玉蔓10帖」と呼ぶ
32 梅枝 ⇒ 源氏のたった一人の実娘・明石の姫君の裳着(成人式)。朱雀院の息子・東宮の元服も重なり、明石の姫君が有力なお妃候補に
33 藤裏葉(ふじのうらば)” ⇒ 夕霧と雲居雁の縁を進めようと内大臣が藤の見頃に夕霧を招き、2人は結ばれる。明石の姫君が今上帝に入内(じゅだい)、明石の君を世話役として送り込んだのは紫の上の提案であり源氏出色の計らい。源氏は准太上(じゅんだいじょう)天皇という最高位を賜り、内大臣は太政大臣に、夕霧は中納言となる
ここまでが第1部。第2部はヒーローの晩年を語る

12.    因果はめぐる小車の――若菜(上・下)
34,5 若葉 ⇒ 源氏の兄・朱雀院は、母を早く亡くした娘・女三の宮のことが気懸り、源氏に嫁がせようとする。院は健康を害し、突然剃髪したこともあって、源氏もやむなく引き受ける。紫の上の従妹でもある。既に2人の子持ちとなった玉蔓も源氏に若葉を贈って祝う(若葉の小松、つまり子どもを連れて、育ての親を訪ねて祝う)
朱雀帝の尚侍として身を慎んでいた朧月夜が、院の出家に伴い実家に戻っていたと知り、源氏が会いに行くが、朧月夜は相手にしないままに出家
明石の姫君が懐妊して里帰り
太政大臣の長男・柏木が、元々自分に降嫁の話があったこともあり女三の宮に想いを寄せる
4年の空白後、冷泉帝が朱雀院の東宮(今上帝)に譲位
紫の上が突然病に倒れ、源氏が看病している合間を縫って、柏木が女三の宮を強引に口説き落とし懐妊させてしまう。それを知った源氏は、若い頃の自分に照らし対応に苦慮

13.    涙は教養の証しですか――柏木 横笛 鈴虫 夕霧
36 柏木 ⇒ 柏木は、女二の宮(落葉宮、三の宮の姉)を妻にしており、不義がばれたと思って苦悶の余り病に倒れそのまま早世。女三の宮も男児を出産するが出家を願い出る。男児はやむなく源氏が育てる
37 横笛 ⇒ 柏木の1周忌。忘れ形見の男児こそ薫の大将で、後半の主人公。柏木の親友だった夕霧は、死の直前に、源氏と気まずいことがあったと告白、落葉宮の将来を頼む。夕霧は落葉宮から柏木の形見として横笛を受け取る
38 鈴虫 ⇒ 女三の宮は出家しても六条院に留まり、源氏はその住まいに野趣を凝らした庭を作り虫を放す
39 夕霧 ⇒ 真面目、堅物の夕霧は、雲居雁との間に7人の子をもうけるが、落葉宮のもとに通ううちに情が移り、恐れ多い元内親王ではあったがついに一夜を共にする
落葉宮は頑なに拒否、実母の死もあって出家しようとするが、周囲の勧めもあって結局夕霧と一緒になる(雲居雁と半々で通う)

14.    夕霧は父とはちがう恋の道――夕霧 御法 幻
40 御法(みのり)” ⇒ 御法とは仏の道の事。物語の第1のヒロイン紫の上が死去
41 (まぼろし)” ⇒ 幻は幻術士のこと。紫の上を失って魂の抜けたように落ち込む源氏の終焉への道のりを綴る。玄宗皇帝と楊貴妃の故事が絡む

15.    君去りて後のことども――匂宮 紅梅 竹河
42 匂宮(におうのみや)” ⇒ 41帖から8年が経ち、その間に源氏は出家して死去しているところから、後世(中世以降)主人公の辞世を思わせる雲隠という1帖がタイトルだけ追加されたといわれる
源氏の死後のヒーローは、匂宮と薫。匂宮は、今上帝と明石の中宮(元の姫君)の間に生まれた三の宮で、紫の上が引き取って養育、その死後も源氏のもとに置かれた
薫は、源氏の死後冷泉院、秋好中宮夫妻に可愛がられ順調に出世
源氏死後のストーリーをどう展開するか戸惑いさえ感じられ、紫式部の作と違うとも言われる
43 紅梅 ⇒ 柏木の弟・按察(あぜち)大納言、真木柱(髭黒の娘、源氏の弟蛍宮の妻となり、夫の死後大納言と結婚)夫妻が登場。大納言の別名が紅梅大納言
44 竹河(たけかわ)” ⇒ 物故した髭黒の家族についての記述。未亡人玉蔓は控え目だが、子供たちの成長に伴い娘をどこに嫁がせるか、薫が有力候補になり、その読む歌が催馬楽の「竹河」で始まる。「竹河」を巡り歌のやりとりが行われる
「匂宮3帖」が完結するが、どことなく未熟で、記述も年代が相前後したり、狼狽えが見られる

16.    ウジウジと薫は宇治へ眼は涙――橋姫 椎本 総角
45 橋姫 ⇒ 「宇治10帖」の始まり。侘しい山里だった宇治に、源氏の腹違いの弟・八の宮が逼塞、奥方は産後の病で死去、俗聖(ぞくひじり)と言われるくらい勤行に励み出家しようとするが2人の美しい娘の将来が気懸り。八の宮の噂を聞きつけた薫が宇治を訪れると、娘たちの琵琶と琴の音が聞こえる。薫は雅な姫君を宇治川の橋を守る女神になぞらえて歌を贈る。姫君に使える老女が、柏木の最期を看取った老女で、柏木が女三の宮に宛てた遺言を記した遺品を持っていて、託された薫は自らの出生の秘密に気付く
宇治10帖は、薫と匂宮と2人の姫君の関係を巡る物語
46 椎本(しいがもと)” ⇒ 薫に、宇治の姫君の話を聞かされた匂宮が、盛んに歌で攻勢をかけるが、ガードは固く、父親が亡くなってその木陰を頼りにしようと願っていた椎の木が亡くなったと嘆く
47 総角(あげまき)” ⇒ 中国では髪の結い方、ここでは紐の結び方の事。八の宮から後事を託された薫が姉を好きになり、総角を結ぶように長い契りを結びたいと歌う
妹に匂宮を引き合わせるが、身分ある身では事は簡単に進まず、単なる遊びと思いすごした姉はショックで寝込んだまま死去。妹は匂宮が都に招く

17.    行方も知らぬ浮舟の旅――早蕨 宿木 東屋 浮舟
48 早蕨(さわらび)” ⇒ 1人残された妹は、亡き父のために高僧が摘んだという早蕨を贈られて誰に見せればと嘆く
49 宿木(やどりぎ)” ⇒ 今上帝が、自分娘女二の宮の相手に薫を考える。夕霧は娘の六の宮を匂宮に嫁がせ、都に出てきたが後ろ盾のない妹は悲嘆にくれる
宇治の廃屋に姉に似た人がいると言われて薫が出向くと、姉妹の異母妹・浮舟がいる
薫は、かつて足繁く通った宇治の山荘をやどり木に例えて追慕の念を歌う
妹は匂宮との間に男児を設け、寵愛を取り戻す一方、薫も帝の娘を受け入れるが心は弾まない
50 東屋 ⇒ 浮舟は、八の宮の奥方の姪(中将の君)との間の子。妹を頼って上京、たまたま妹を訪ねてきた薫が妹の紹介で浮舟に会い、姉に似た雰囲気に惹かれる。匂宮も妹のもとに来た際浮舟を見て一目惚れ。宇治の東屋に逃げ出した浮舟に薫が会いに行き一夜を共にする
51 浮舟 ⇒ 浮舟は、薫に化けて宇治に乗り込んできた匂宮とも一夜を共にし、薫に合わせる顔がない。薫も匂宮の横恋慕を知って怒り心頭。貴人に従う家臣・女房などの主人に対する忠誠心や出世欲、賢さ、愚かさが多彩でリアルに露わにされている

18.    末はエロスか仏の道か――浮舟 蜻蛉 手習 夢浮橋
52 蜻蛉 ⇒ 2人の男前の間で揺れ動く浮舟は死を考え姿を消す。
薫が女一の宮(薫の妻二の宮の姉)を見て美しさに撃たれるが、そこに源氏の弟・蜻蛉の宮の娘(薫の従妹に当たる)が登場。儚い女の運命を蜻蛉に例えたのがこの帖のタイトル
53 手習 ⇒ 意識を失って倒れていた浮舟が比叡の麓に匿われていたところを旅の僧が見つけるが、浮舟は出家してしまう。この僧が、明石中宮の病の祈祷に呼ばれ、中宮に浮舟のことを漏らしたのが契機となって、薫も会いに行こうとする
54 夢浮橋 ⇒ 薫はこの僧を橋渡しとして浮舟に会おうとするが、浮舟の心は頑な。薫自身が浮舟を抜け目なく隠しておいた経験に習って疑念を深くした、と本に書いてあります…とあっけなく物語は終わる。大作の大尾としては物足りないので、未完ではないかという説もある。浮舟の運命がどうなるか二者択一のままこそ世紀を超える名作の、その作者の先見的な手法だったのかもしれない




源氏物語を知っていますか 阿刀田高著 上品なユーモアと精密な分析 
日本経済新聞朝刊2013年3月17フォームの始まり
フォームの終わり
 ギリシア神話や聖書をわかりやすく紹介して来た、作家阿刀田高の『知っていますか』シリーズについに源氏物語が加わった。「あなたの代りに五十四帖読みました」というありがたい帯文の通り、きわめて誠実な楽しい入門書である。
(新潮社・2000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
(新潮社・2000円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 何しろ、かのアーサー・ウェイリーの英訳にも当たって、訳文と本文のニュアンスの違いを教えてくれるのだ。英訳では古代の貴族の物語ではなく近代の小説として読めるような文体であり、艶笑文学的に解釈されるおそれもないことはない、と著者は述べる。
 そこで、著者は、古代の物語の骨格は踏まえつつ、現代の読者の感覚に受け入れられるように、上品なユーモアで味つけして語るのである。
 折々に、作家ならではの、精密な小説作法の分析になり、「ここはおかしい」「それを言ってはおしまい」と、さながら紫式部と対話する趣向が、一冊の読みどころであろう。
 著者が、書き足りないと評するのは、まず、六条御息所や藤壺との馴れそめの件りである。
 六条御息所が、いきなり源氏との恋が行き詰まったところで登場するのは、読者に想像の余地を与えて、悪くない仕掛けだと思うが、藤壺との逢瀬は、古来、論議の絶えない物語の難所である。
 また、「省筆」と呼ばれる、あとはくだくだしいから省いておきましょう、という紫式部独特の余韻の残し方にも、著者は反発する。
 分析の圧巻は、物語の終わり近く、二人の貴公子に愛された悩みで浮舟が入水したのち、僧都に助けられる場面である。
 著者はここで、紫式部が推理小説ふうの技法を用いていると述べて、描写の視点が第三者から、助けられた謎の女、実は浮舟に移るのを見事に解説する。
 世の「源氏本」にありがちな、紫式部の神格化がなく、ひとりの作家として紫式部に自然に対しているのが、この本の良さである。
 そしてまた、登場人物みなに、人間的な視線が注がれているのにも心が安らぐ。光源氏をもひとりの人間として、過剰な思い入れをせず、淡々と描いているのだ。
(歌人 水原紫苑)




阿刀田 (あとうだ たかし、1935113 - )は日本作家小説家。「奇妙な味」の短編で知られる。2007から2011まで日本ペンクラブ会長を務めた。

経歴 [編集]

東京生まれ。両親は共に仙台市の出身[1]。父方の伯父の阿刀田令は西洋史学者で第二高等学校9代校長を務め、名校長と謳われた。令造の父の阿刀田義潮(よしとも)は宮城県名取郡下増田村(現在の名取市)の初代村長だった。
本籍は東京・西荻窪で、戦時中は宮城県の名取に疎開し、増田小学校に通学。16歳のとき長岡市で鋳物工場を経営していたエンジニアの父を亡くし、貧しい母子家庭で苦労して育つ。長岡市立南中学校新潟県立長岡高等学校を経て東京都立西高等学校に転校。長岡空襲で被災。少年時代から科学が好きで、海軍技師医師薬剤師と志望を変えた。
1954東京工業大学を受験したが失敗し、早稲田大学第一文学部フランス文学科に入学。もっぱら奨学金と家庭教師のアルバイトで自活していた。
早稲田大学に入学した当時は新聞記者を志望していたが、1955結核を病んで休学し[2]16ヶ月間の療養生活を送る[3]。このため志望変更を余儀なくされ、1960に大学を卒業した後、文部省図書館職員養成所に入学。1961から国立国会図書館司書として勤務。このころ、恩師が出版した日本語関係の小冊子に古今東西の殺し文句に関する随筆を発表したところ、思いがけず『朝日新聞』の文化欄に取り上げられて喜ぶ。19649月、池田書店からの依頼で『ころし文句』(長崎寛との共著)を上梓。引き続き、池田書店から『笑いのころし文句』『ユーモア一日一言』などの随筆集を刊行。1969、著書『ブラックユーモア入門』(KKベストセラーズ)がベストセラーとなったことに勇気を得て1972に退職し、筆一本の生活に入る。コント翻訳、広告文案などを手がける。
1978、短編集『冷蔵庫より愛をこめて』が直木賞候補となる。1979、短編『来訪者』で第32日本推理作家協会賞を受賞。1979、短編集『ナポレオン狂』で第81直木賞を受賞。1995、『新トロイア物語』で第29吉川英治文学賞を受賞。2003紫綬褒章2007より日本ペンクラブ会長。現在は新田次郎文学賞直木三十五賞小説すばる新人賞選考委員、講談社小説現代ショートショート・コンテスト選考者を務めている。20124月に山梨県立図書館館長に就任。

作品 [編集]

ミステリーブラックユーモア分野でのショートショートエロスが盛り込まれた短編が多く、今までに書いた短編の数は800にもおよぶ。ショートショートに関しては、「星新一ショートショートコンテスト」の審査員を引き継ぐなど、星新一死後の第一人者的存在。
また、『ギリシア神話を知っていますか』など、世界各国の古典を軽妙に読み解いた随筆でも知られる。世界の宗教ダイジェスト本『旧約聖書を知っていますか』『新約聖書を知っていますか』『コーランを知っていますか』の三部作を出版している。

人物 [編集]

出生時は双子であった。最初に出生した子を弟にするか兄にするかで議論があったが、「最初に生まれた方が兄だ」という父親の判断で、兄につけられる予定だった「高」に命名される。なお、弟は早世。本人は「名前のおかげで長生きできたのかもしれない」とエッセイで書いている。
姉を肺結核で亡くしている。
西高校時代は文芸部に所属し、黒井千次と知己になる。清水幾太郎の娘が西高校の同窓で、高校によく清水が講演にきていた。
文部科学省設置の文化審議会の会長を務める。1993から1997にかけて日本推理作家協会理事長も務めた。1995からは直木賞選考委員も務める。
また、阪神タイガースのファンであり、テレビ番組において、「19731010日に行われた阪神-巨人戦(後楽園球場)が行われた当日、病気のため入院し、病室にてラジオ実況中継を聞いていた時のこと。2回までに阪神が7-0で先行、先発投手江夏ということで、9年ぶりの優勝と巨人の9連覇阻止を確信し、安心したのかいつのまにか眠ってしまった。起きてみると7点差を巨人に逆転されており、そのときの精神状態は寝起きのせいもあって、夢かうつつか幻かの混沌状態になって非常に混乱した」などと述懐していた。
息子の阿刀田寛は日本経済新聞の記者。

受賞歴 [編集]

·         1979 - 『来訪者』で第32日本推理作家協会賞
·         1979 - 短編集『ナポレオン狂』で第81直木賞
·         1995 - 『新トロイア物語』で第29吉川英治文学賞
·         2009年-旭日中綬章受勲

脚注 [編集]

1.  ^ 阿刀田という珍しい苗字は日本全国に10世帯あるのみ。仙台に多く、祖先は阿刀寺という寺を営んでいたが、加藤田という苗字の相手と結婚したことから、両方の文字を混ぜて阿刀田という苗字になったという(『オール讀物198610月号における阿刀田の発言)。
2.  ^ ただし阿刀田自身は「僕も実を言うと、中退してるんです。大学二年の頃、結核になってね。休学するつもりだったんだけど、事務局の人に、『一年以上も休むんなら、中退した方がいいよ』って言われてね。ちゃんと手続きをとれば無試験で復学できるんですね。その間の授業料も納める必要ないし。だから、二年間療養して、ちゃんと復学できました」と語っている(阿刀田高会見)。
3.  ^ この時期に多数の短篇小説を読んだことが、後年、小説を書く上で大きな力を与えてくれたという。

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