紙の約束  マネー、債務、新世界秩序  Philip Coggan  2013.3.25.


2013.3.25. 紙の約束  マネー、債務、新世界秩序
Paper Promises  Money, Debt and the New World Order     2011

著者 Philip Coggan 20年以上に渡りフィナンシャル・タイムズ紙にて記者を務め、同紙の名物コラム『LEXコラム』執筆者やパーソナル・ファイナンス担当編集者、経済学担当記者を歴任。現在はエコノミスト誌でキャピタル・マーケット担当編集者を務める。09年には優れた経済ジャーナリストに贈られるハロルド・ウィンコット賞のシニア・フィナンシャル・ジャーナリスト賞を受賞。同年のビジネス・ジャーナリスト賞でベスト・コミュニケーターに選出

訳者 松本剛史 1959年和歌山県生まれ。東大文学部社会学科卒

発行日           2012.11.22.  11
発行所           日本経済新聞出版

本書の着想は、エコノミスト誌に寄稿した文章から得たが、特に2010年夏に発表した債務問題を巡る特別レポートの内容が基になっている
近年の負債水準の異常な上昇ぶりと、債務が数世紀にわたって世界経済に果たしてきた役割の大きさに圧倒された
如何に多くの国の政府が、債務危機に瀕した時、貨幣の品位を落とし、あるいは通貨切り下げで対処しようとしてきたことか
経済史とは、マネーの特性を戦場とする債務者と債権者の戦いの歴史であり、現在の危機はその最新の小競り合いに過ぎない

負債debtの別名「クレジットcredit」はラテン語のcredere(信じる)に由来
金の貸し借りとは、信用creditと信頼confidenceの両方からなる行為
欧米諸国では、過去40年のほとんどの期間、この信頼は概ねうまく機能、多くの国の負債総額は、年間の生産高の34倍に達していたが、貸し借りに必要な信頼が失われつつあり、その結果ひどい混乱状態に
19世紀末には先進国の多くが金本位制 ⇒ 第1次大戦の戦費膨張で崩壊、最終的には1971年で不換紙幣のシステムに代わる
200708年の信用危機は起こるべくして起こった ⇒ 量的緩和によって財政赤字が補填されたことが遠因となって、従来モデルが破綻したことの現れ
20世紀には、景気循環が繰り返されるたびに、債務がどんどん膨らんでいった
1971年 ニクソンは、FRBがドルを定率で金と交換する義務を放棄 ⇒ 当時金価格は35ドル/トロイオンスだったが、118月時点では1900ドル。紙幣は本来的にその価値を失う傾向があり、いずれは本来の価値、即ち紙切れに戻る運命なのだ
経済は円を描いて循環する
最も大事なのは、各種政策の間の適正な均衡を取ること
債務者の多くは守ることのできない、紙切れ一枚の約束をしている

第1章        マネーの本質
2009年北朝鮮の金正日は1万ウォンを10ウォンに切り下げると同時に、交換に10万ウォンの上限を設ける ⇒ 2400年前のシラクサと同様
マネーの本質は、権力の座にある人間たちの気紛れによってコロコロと変えられてきた
シニョレッジ ⇒ 通貨発行益
貨幣を作り出すことは、インフレ課税としてみることもできる
ジョン・ロー(16711729) ⇒ スコットランドの数学家にして賭博愛好家。血統相手を殺した後祖国を離れ、ルイ14世の死の直前のフランスに辿り着く ⇒ 財政が破綻、徴税権まで売り渡してしまった国王(曾孫のルイ15世、オルレアン公が摂政)に、紙の貨幣を発行する権利を持った銀行の設立を提案。景気の浮揚策としての「金融緩和」を初めて実施した経済学者だったが、銀行以外にミシシッピ開発会社の株にまで応用しようとして投機熱を煽ったため失敗に終わる(13-01 金の仔牛』参照)
基本にある概念は、「貨幣の価値は、それ自体の価値ではなく、商業活動の潤滑油としての役割にこそある」というもの ⇒ マネーの再定義
マネーの用途 ⇒ 「交換の媒体」「計算の単位」「価値の貯蔵」
金や銀にしても、工業的な用途はあまりなく、その主な経済的価値は認識によるもので、極限状況では無価値になるにもかかわらず何世紀にもわたって確かな価値を持ち続けてきた。供給量は経済活動とは全く連動しないところから、経済成長が加速すると通貨の供給量が不足するのは明らか
紙で貨幣を作るというアイディアは、中国では1000年以上も前からある ⇒ 唐の憲宗時代(在位80621)、銅の不足を補うため紙の通貨を用いた
紙幣がもたらした危機の例は枚挙にいとまがない ⇒ 米独立戦争当時、各州が大陸紙幣を発行したが、6年後には金に対してその価値の92%を失う

第2章        ポローニアスを無視して
借り入れの契約は、硬貨出現の2000年前から存在
利子の概念も、貸付そのものに劣らず古い ⇒ どこかしら不自然
古代人は、請求できる利子の上限を定めることをかなり好んだようで、ローマでは当初8%という限度から始まり、やがて12%に引き上げられて4世紀まで続く
ポローニアスがハムレットに向かって指摘したように、貸付は貸す側にも借りる側にもリスクの高いものだった
本書の中心的な議論の1つは、債権者の失敗が歴史上度々繰り返されていて、その後はたいてい長期的な債務の増加が続くという点
20世紀初め頃には、賦払い信用貸付は、アメリカの倫理の退廃を示す印であり、倹約という伝統的価値からの逸脱
マネーと負債は、同じコインの両面
銀行が預金者の取り付けに弱いのと同様、経済は債務者の返済能力への信頼が失われることに弱い。負債が大きくなるほど、こうした信頼の危機は極めて重大なものになる

第3章        金という選択
紙幣の歴史は為替レートの歴史 ⇒ 20世紀の最初の70年間は、ほとんどの国が当初は金に対して、その後はドルに対して固定相場を維持しようとした。そうした努力が失敗すると、世界は二分され、先進国は概ね変動相場制に移行、途上国は変動相場制と管理相場制、固定相場制を混ぜて使っている
1970年代のブレトンウッズ体制の崩壊は、債務国に有利に働き、どの国も自由に通貨を切り下げられるようになった
為替相場制の選択においては、固定相場と自由な資本移動、国による金利水準のコントロールの3つを同時に選択できないという「トリレンマ」がある ⇒ 国がどれを選ぶかは時間とともに変化
44年のブレトンウッズ体制では、為替レートが固定され、金利は国内で定められたが、資本が自由に移動することはなかった ⇒ その失敗から、変動相場制とし、自由な資本移動を認め、自ら金利を定めるようにして、経済成長を優先させ、債権者に痛みを肩代わりさせようとした
金本位制がイギリスで生まれたのは、当時王立造幣局長官のアイザック・ニュートンのおかげ ⇒ 1717年金と銀の交換レートを設定、意図的に銀の価値を下げたために銀貨が流通から消えた。長く安定した経済の伝統を持っていた英国を見て19世紀末にはドイツも追随したが、世界中が完全な金本位制で繋がっていたのはそれから僅か40年そこそこ
英国の金準備は40百万ポンド以下で、英国の通貨供給量の3%に過ぎず、1890年のベアリングの破綻危機の際、イングランド銀行は最後の貸し手として機能したが金準備の枯渇に直面し、仏露から金を借り入れざるを得なくなった ⇒ 各国の中央銀行間に国際的な協力関係があった
イギリスが貿易黒字によって世界一を争う債権国だったことも、金本位制維持に役立つ
1次大戦の各国の戦費調達のための紙幣増発が、金本位制を繋ぎとめていた取り決めを破壊、あらゆる国の中央銀行が束になっても元通りの確固たるシステムに戻すことは出来なかった

第4章        マネーと恐慌
1次大戦では3つの王朝(/ホーエンツォレルン家、墺/ハプスブルク家、露/ロマノフ家)の支配が崩れるとともに、古い経済秩序も崩壊
アメリカだけに金が集中、各国とも通貨切り下げに走り、インフレ対策として政府は中央銀行に国債を買わせることで負債の「貨幣化」を進める
1925年 金本位制に戻るという決断をしたのはウィンストン・チャーチル、当時大蔵大臣 ⇒ 為替を切り上げて通貨の価値を高めたが、経済活動は停滞、世界的な貨幣供給量は増えていてそれがアメリカの株式に流れ込み、やがてバブルとなって過熱し、破綻へと突き進む
金本位制復帰の流れの中で、各国中央銀行は金を得ようと躍起のあまり、金利を引き上げ、商業銀行を動揺させ、物価や製造、雇用を低下させた。これがデフレのうねりとなって、20年代のインフレ・ブームを逆転
31年 オーストリアのクレジットアンシュタルトが倒産、全銀行に取り付けが飛び火
貿易面では、保護貿易主義が台頭し関税障壁が拡大
32年には、多くの国が金本位制を放棄、通貨の切り下げ競争に
米国も、30年代初めの銀行システムの崩壊からスパイラルが進み、通貨供給量は急減、3334年と続けて通貨を切り下げ

第5章        ドルとともに踊る
1944年 ブレトンウッズで協定 ⇒ 両大戦間の経済的失敗を克服するための方策として、国際通貨基金が最後の貸し手として創設、各国通貨の価値をドルにリンク
1971年 ニクソンがドルの金への交換停止、輸入課徴金制度の導入 ⇒ スミソニアン体制へ移行(ドルの切り下げと輸入課徴金撤廃) ⇒ 73年崩壊

第6章        紙の約束
貨幣と金のリンクが外れ、負債が激増
ケインジアンとマネタリズムとの戦い
公共投資によって需要を喚起し、政府が支出を増やすことで経済を調整しようとしたが、70年代からはマネタリストが台頭、通貨供給量のコントロールによってインフレが抑制できるとした
80年代初めには、新自由主義が台頭、政府による市場への介入を最小限に抑えることで、経済が順調に成長すると主張
相次ぐ変動相場制の導入(73年~)

第7章        バブルが弾けるとき
信用供与の拡大がなければ資産バブルはそうそう生み出されない ⇒ バブルは金本位制のもとでは起こらない
ブレトンウッズ体制の終焉により、このシステムの最後の歯止め、マネーと信用の量に限度が無くなった ⇒ 各国の外貨準備が急増し、それがインフレをもたらし、資産市場の異常なブームに繋がる
1987.10.19. ダウ平均が23%ダウン ⇒ FRBは物価急落の被害にあった銀行やブローカーすべてにマネーを貸すと明言、金利を下げ、消費を促し貯蓄を抑制し、投資へ導いた。投資家は、資産市場が短期で急落すれば中央銀行が救済に乗り出すことを知る

第8章        濡れ手で粟
金融部門の驚異的な成長がバブルに拍車 ⇒ アメリカのGDPに占める割合が70年代の4%から90年代は8%へと倍増
アメリカの銀行の自己資本比率は、19世紀末の25%から21世紀初頭では5%へと低下
投資銀行のトップが財務長官になれば、自らの出身元に厳しい規制を課すことあはりえない
危険なのは、金融部門が経済学者の言う「レントシーカー」になる、つまりそのサービスに過大な対価を設定し超過利得を狙おうとすること ⇒ レント:投資・資産からの収益
効率的市場理論が支配し、「市場こそ正義」という哲学が規制の緩さも反映

第9章        危機が始まる
2007年 サブプライム・ローンのバブルが弾けて債務危機が勃発
バブルが破裂してスパイラルが逆転
2008年秋、銀行システム崩壊の危機 ⇒ 自由市場主義の共和党政権とGS出身の財務長官は銀行への資本注入を決める。金利はほぼゼロとなり、財政赤字が膨張、中央銀行は新たに作り出したマネーで国債を購入

第10章     リスクなし、とはいうものの
20世紀になると、均衡予算への執着は消えた ⇒ ケインズの影響と、経済を支えるために赤字支出を利用したため
恩顧主義(クライエンテリズム) ⇒ 政党は政権に就いた時には支持者に税制上の優遇や補助金という形で報いなくてはならず、そうした無用な事業は一度作り出されると廃止されない。別の政党が政権に就くと同じ事が上積みされる
2次大戦後は、ソブリン・リスクが途上国と結び付けられてきたが、07年以降の危機ではその焦点が先進国へ移っている

第11章     債務を後世に残す
人口問題 ⇒ 先進国では出生率の低下と高齢化の高進が経済成長を抑制
公的年金より、公共部門の労働者への年金が将来負担としてのしかかる
経済活動はエネルギーの有効利用に依存しているが、エネルギー効率は低下しつつある

第12章     勘定を支払うとき
ブレトンウッズ体制の崩壊で、マネーと負債が爆発的に増大、当然の結果としてインフレ問題が起こり、余剰マネーは資産市場に流れ込んだが、消費者物価の上昇を抑えるのに役立ったのは、中国と旧ソ連の元社会主義国家群が世界経済に加わってきたこと、テクノロジーの進歩、労働力に占める女性の役割の向上などで、それらすべての要因によって生産性が向上した
しかし、このモデルは、資産価格の上昇と、増える一方の負債を返せるだけの人口の増加に依存していたが、先進国の多くでこのモデルは0708年に崩壊
債務危機の長期的な影響は、インフレ、スタグネーション(停滞)、デフォルト
中央銀行は、量的緩和QEを通じて危機克服を企図 ⇒ 金融機関による貸出余力の引き上げ、債券利回りの低下(=借り入れコストの低下)、利回りが低いためより投機的な投資意欲の喚起へと繋がる

第13章     新秩序
依然として続くアメリカへの信頼と、台頭する中国の力との妥協策として、中国が自国の通貨を切り上げ、経常黒字を制限する一方、アメリカは赤字に取り組むことに同意するという辺りが解決策か
これまでの40年間、世界は富そのものを作り出すより、富の一部を要求する権利を作り出すことに成功してきた。経済は成長したが、資産価格もどんどん上昇し、債務はさらに早く膨張 ⇒ この混乱を収拾するのは長くゆっくりとしたプロセスとなろう
こうした紙切れ同然の約束は、経済の混乱をもたらし、債務者も債権者もともに苦しむことになるが、今この危機は、30年代に金本位制の終焉をもたらし、70年代に固定相場制の終焉をもたらした状況に劣らず深刻


紙の約束 フィリップ・コガン著 歴史的視座から金融危機とらえる 
日本経済新聞朝刊2013年1月27日付
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 本書は金融・債務危機を大きな歴史的な視座から大胆に捉えてみせる。視座の中心に据えた概念は「負債」。経済学者たちが重視している「信用」の裏側にあたる概念だ。1970年代初頭には第2次大戦後の世界経済を主導したブレトンウッズ体制が放棄され、変動相場制下の不換紙幣という現在の制度ができあがった。貨幣発行量も経常収支不均衡も制限が撤廃されたことで、負債の膨張も自由となり、危機が生じやすくなったという。著者は枠組みとしての「貨幣」制度を重視するのである。
(松本剛史訳、日本経済新聞出版社・2500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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(松本剛史訳、日本経済新聞出版社・2500円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 本書の中心概念である「負債」や「信用」は経済学の最前線の研究テーマでもある。今年初めに開かれた米国経済学会の「金融危機後の経済学の教え方」というセッションでは、標準的な理論モデルへの「信用」(=貸借)の導入が議論され、大学の学部のテキストでは「信用」を説明して「貨幣」の説明を省くことが提案されていた。「中央銀行の独立性」セッションでは、「ゼロ金利下では政府との一定の政策協調が必要」「政策ルールを法制化して金利調整のみを実施すべし」といった議論が出ていた。
 本書では、紙幣の誕生・成熟へと至る貨幣の歴史が描かれる。スコットランド生まれのジョン・ローの紙幣発行、米大統領選で複本位制を提唱したブライアンなどのエピソードや経済史の諸研究も縦横に参照する。著者が強調するのは、歴史の中で繰り返されてきた債権者と債務者との対立である。両者の利害が政策の選択を左右する。第1次大戦後には、戦中のインフレを容認するか、デフレで物価を元に戻すかの対立があった。第2次大戦の戦費も政府負債を膨張させたが、戦勝国ではベビーブームと経済成長が解決した。
 現在の先進諸国の負債を成長で解決することは困難だろうから、次の危機につながる。新たな国際金融秩序が形成され、中国が大きな役割を果たすことになると、著者は推測している。論理展開にはやや飛躍する箇所があるし、金融や経済学の訳語には専門家の立場から見ると正確ではない部分があるが、読者に大きな構図を描く気にさせるのが魅力だろう。
(神戸大学教授 地主敏樹)

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