刑事弁護人  薬丸岳  2022.8.27.

 

2022.8.27. 刑事弁護人

 

著者 薬丸岳 1969年兵庫県明石市生まれ。駒澤大学高等学校卒業。2005年、『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。2016年『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞を、2017年「黄昏」で第70回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。連続ドラマ化された刑事・夏目信人シリーズ、『友罪』『ガーディアン』『告解』など多数の作品を意欲的に発表している

 

司法監修 國松崇(弁護士、東京リベルテ法律事務所)

 

発行日           2022.3.20. 発行                2022.6.25. 4

発行所           新潮社

 

初出 『小説新潮』20172月号~20211月号

単行本化にあたり、大幅に加筆修正

 

帯 

残忍な凶悪犯にも弁護は必要なのか

弁護士と警察の信念は、誰のためのものなのか

現代日本の「罪と罰」に挑んだ前人未到のリーガルミステリ、遂に誕生

 

ある事情から刑事弁護に使命感を抱く持月凛子が弁護を受けた案件は、埼玉県警の女性警察官・垂水涼香が起したホスト殺害事件。凛子は同じ事務所の西と弁護に当たるが、加害者に虚偽の供述をされた挙句の果て、弁護士解任を通告されてしまう。一方、西は事件の真相に辿り着きつつあった。そして最後に現れた究極の証人とは――

構想17年。徹底的な取材の元に炙り出される、日本の司法制度の問題とは…

 

 

司法研修所同期の須之内彩が埼玉地検検事

刑事弁護センターからの依頼は、殺人事件で、被疑者は垂水涼香。毛呂署の現職警察官。結婚9年目、夫は新聞記者。勤務態度良好

持月にとって人が亡くなる事件の弁護は初めて。同じ事務所の西と共同で弁護を担当

被害者は加納怜治で、所沢のホストクラブ勤務。酒瓶で頭部を殴打され死亡

垂水は、襲われたための凶行だと、容疑を否認

埼玉県警の捜査1課による取り調べが始まったところに凛子が初回接見に来る。取り調べを理由に接見拒否はできないため、取り調べを中断して接見

本人の話では、3か月前から通い始め、2週間に1回ぐらい飲んで羽目を外す程度で、連絡先も教えていないし外でも会っていない

たまたま買い物に行ったときに加納と会い、加納のアパートに誘い込まれて、ナイフで脅されながら乱暴されたので、部屋にあった酒瓶で殴って逃げ出し、加納が死んだことは翌朝のニュースで知った

4年前に子供が3歳のとき病気で亡くなってから、夫婦間は冷めきっていた

所轄署での取り調べは、捜査班で垂水も一緒になったことのある日向が担当。2年前の幼児誘拐事件で垂水に元気づけられたという母親・葉山と接触し、亡くなった子供を武器に垂水に自白を強要する

弁護側は、加納に前科があることを突き止めると同時に、加納の事件の取り調べに垂水が関与していることを突き止めるが、なぜか垂水は弁護士にそのことを話そうとしない

弁護士のアドバイスで垂水は23日間黙秘を貫くが、検察は状況証拠から起訴を決定、担当は桧室と須之内

黙秘を貫いたこともあって接見は認められず、辛うじて裁判所の勾留理由開示請求が通って、法廷で垂水は夫と母に会う

法廷の傍聴席に母親が来ているのを見咎めた西は、弁護側の席につかず傍聴席に座って葉山の様子を窺い、法廷終了後葉山を呼び止め、事情を聞き出す

日向と西は警察学校の同期でトップを争い、親友でもある。西は在学中に司法試験に合格するが、なぜか警察に入るも数年で組織と揉め事を起こし退職し弁護士になっていた

持月の父親も人権派刑事弁護士として知られる存在だったが、殺人事件の弁護をした時の被害者の母親・高嶋千里に7年前刺殺される。理由は情状酌量で刑が軽減されたこと

凛子は、高嶋を憎みつつも、父の遺志を継いで人権派弁護人を目指そうと決意し、その思いを高嶋に伝え、彼女を許すとともに、彼女にも過ちを認め償ってほしいと手紙を書いたところ、1年経って返事が来て、詭弁だと切って捨てられる

検察から来た証明予定事実記載書面によって開示された証拠を見て、弁護側は初めて加納が垂水の身元を突き止めて金を脅し取ろうとしていたこと、当日垂水が金をATMで引き出していたことを知る。検察は垂水が加納から金を脅し取られようとしての犯行にもっていこうとしていることが窺われるが、凛子が垂水に確認すると否定される      

殺人事件なので裁判員裁判となり、その前に公判前整理手続きが裁判所、検察、弁護人の3者間で行われる。被告人も出頭する権利はあるが、とりあえず初回はパス

垂水が何か隠していることがあると不審に思って追求しようとする西の姿勢を嫌って垂水は西を弁護人から解任。西は真実に迫ろうと凛子を助けて探る

加納が2年前に窃盗事件を起して執行猶予になり、さらにその前には幼児に対する性的虐待を示談で収めた前科があることを知る。アルバイトをしながら音楽活動をやっていてメイジャーデビュー直前まで行ったが窃盗事件で挫折

窃盗事件の決め手となったのはテープレコーダーだが、加納自身も犯行を否定し、状況的にも不審な点が多いまま、微罪で済んだが、音楽活動の夢を断たれた加納の恨みは大きく残る。窃盗事件を刑事課に配属された垂水が担当補佐

さらに弁護人が調べていくと、垂水は知り合いの女の子が行方不明になった際、自分の子をネットで探したベイビーシッターに預けて、母親と一緒に探し出すが、子供がその夜中に硬膜下出血で死亡。子供のポケットの中にあったテープレコーダーを聞くと聞いたこともない音楽とともに、子供の泣き声が何度も入っているのを聞いて、預けている間に自分の子どもにも何かあったのではと感じたが、自分が預けていなければと自責の念が強く、また確たる証拠もないので警察にも届けず、夫にも何も話さないまま、自らベイビーシッターを探して自分の疑念を晴らそうとする(6,7年前にベイビーシッターの若い男が20人余りの幼児に対して性的暴行や虐待をしたとして逮捕、25年が求刑された事件あり。’22.8.20年の判決)

垂水は、同じ型のテープレコーダーに亡くなった子供の声を録音していて、いつも持ち歩いて人にも聞かせていたが、ある日を境にその習慣をやめる。たまたま自分が関わった窃盗事件で、テープレコーダーを証拠として捏造し、テープレコーダーの持ち主だったのが加納だとわかり、釈放後の加納に接近

加納も垂水が自分を貶めた刑事だと気付き、それをネタに垂水を脅そうとする

垂水は加納に会って真実を確かめた後、全てを告白して罪に服そうとするが、加納に刃物で脅され首を絞められて反射的に近くにあった酒瓶で加納を叩いたところ、加納が動かなくなった。咄嗟のことで、自分が加納に襲われて正当防衛だと主張するのがいいと判断、辻褄を合わせようとした

何かの時に身の潔白を証明するために、最後に加納に会った時の模様をテープに録音していたのを、垂水の実家から探し出した弁護人が、垂水の反対を押し切って追加の証拠として提出、そこには加納の断末魔の叫び声が記録されている。名家の次男坊で育った加納は、できのいい兄だけが可愛がられ、自分を生み育てた母親への憎悪が語られ、垂水を母親と同視して殺そうとしたことがありあり。それを聞かされた傍聴席の加納の母親はいきり立って垂水を責めようとする

判決は、殺人罪については無罪、公文書偽造は2年の懲役に4年の執行猶予

釈放されて裁判所の外で垂水一家と弁護人が会っていると、加納の母親が刃物で切り付けてきた。すぐに逮捕されたが、この母親の弁護ができるかと問われた凛子は、加納の母親に垂水の贖罪の思いを伝え、また彼女自身にも息子の死とその真相にきちんと向き合わせるきっかけを作ることができるのではと、母親の勾留先を探しに行く

 

 

 

 

 刑事弁護人 薬丸岳/著

有罪率99.9%の刑事裁判に挑む若き女弁護士は真実に辿り着けるのか。構想17年の新たな代表作、降臨。

現役女刑事による残忍な殺人事件が発生。弁護士・持月凜子は同じ事務所の西と弁護にあたるが、加害者に虚偽の供述をされた挙げ句、弁護士解任を通告されてしまう。事件の背後に潜むのは、幼児への性的虐待、残忍な誘拐殺人事件、そして息子を亡くした母親の復讐心? 気鋭のミステリ作家が挑んだ現代版「罪と罰」。

 

書評

迫真のリーガルサスペンス

東えりか

 ――しかるべく
 日本のリーガルミステリーの中でよく使われる言葉である。本来は「そちらの良いように」という意味だが、法廷用語では「同意します」と同じ意味で用いられるようだ。小説の中で「しかるべく」が登場すると、とたんに法廷劇の興奮が倍増するように思う。本書の中盤、裁判長の提案に関係者が「しかるべく」と答えたあたりから、読むのを止められなくなった。
『刑事弁護人』は日本のリーガルミステリーの書き手では抜群の人気を誇る薬丸岳が2005年のデビュー以降、17年の構想を経て書き上げた現段階の集大成と言える作品である。
 少年法に真正面から立ち向かった『天使のナイフ』(講談社文庫)で江戸川乱歩賞を受賞。以降、ドラマ化された刑事・夏目信人シリーズや加害者家族を描き第37回吉川英治文学新人賞を受賞した『Aではない君と』(講談社文庫)など、犯罪者や被害者だけでなく、その背景や家族・友人の思いを細かく書き込むことで読者の共感を呼んできた。

 本書の主人公は持月凛子。30歳になる弁護士である。人権派弁護士として名高い細川正隆率いる「細川法律事務所」に所属している。弁護士であった父は弁護を担当した事件の関係者に殺されたが、犯人を理解しようと連絡をとっている。

 同僚で37歳の西大輔はぶっきらぼうで社交性に乏しく身なりも弁護士らしくない上に、担当する被告人の利益を全く考えない法廷態度は弁護士仲間にも評判が悪い。凛子もまた腹立たしく思っていた。弁護士になってまだ三年の西は大学在学中に司法試験に通りながら警察官となる。だがある事件で退職後、細川に拾われてあらためて弁護士になったという変わり種だ。細川と西の間で交わされている特殊な契約も何か理由がありそうだ。

 凛子の当番弁護士担当日、刑事弁護センターから依頼が入る。被疑者の名は垂水涼香33歳。逮捕容疑は殺人。職業は埼玉県警毛呂署に勤める現職の警察官。被害者の加納怜治は涼香の通うホストクラブのホストでバンドマン。遺体は彼の自宅マンションで見つかった。怨恨や交友関係を中心に捜査を進めた結果、容疑者として涼香が浮上したのだった。だが彼女は加納の部屋で襲われたため仕方なくやってしまったと容疑を否認した。

 涼香は4年前に息子の響を亡くしている。それ以来、夫の輝久との間に隙間風が吹いていたが、仕事は熱心であり関係者から感謝されていた。ホストクラブ通いは単なる気晴らしで、加納との間に特別な関係はないという。

 接見した凛子は涼香の主張を聞き細川のアドバイスを受けて、気が進まないながら西とふたり弁護を担当することにした。

 事実関係を調べるうちに被害者の加納には窃盗の前科があったことが判明する。さらに少年時代にはある容疑で保護観察処分を受けていた。ホストとコンビニのバイトの他に別の収入があったらしい。涼香と加納には何らかの関係があったのか。西が警察を辞めた理由は何か。涼香は本当に殺していないのか。この事件には何か隠されているのか。

 刑事事件における日本の裁判の有罪率は999%だと言われている。もちろんその中には冤罪も含まれているだろうが、よほど強力な証拠が出てこない限り被告人に勝ち目はないということだ。元裁判官の瀬木比呂志氏とジャーナリストの清水潔氏の対談『裁判所の正体法服を着た役人たち』(新潮社)では有罪率の高さを危惧したうえ、木谷明という40年の裁判官人生の中で約30件の無罪を確定させた裁判官を紹介している。

 だからこそ弁護人の力が試される。

 ロス疑惑や厚労省郵便不正事件、小沢一郎やカルロス・ゴーンの事件を担当し「無罪請負人」と呼ばれる弘中惇一郎氏は、著書『生涯弁護人 事件ファイル1』(講談社)のはじめにの中でこう記している。

――弁護士の本来の役割は人権を守ることであり、刑事事件においては、被疑者(いわゆる容疑者)や被告人の権利を守り、その利益を何よりも優先させることである。(中略)弁護人のやるべきことは、強大な国家権力の不正・不当なやり方から被疑者・被告人を守り、ありとあらゆる手を尽くして弁護をすることである。

 本書は弁護士という仕事を通じて、事件の裏に隠された日本の司法制度、加害者家族の辛さ、被害者家族の悲鳴、弁護士自身の悩みに真っ向から向き合った迫真のリーガルサスペンス小説に仕上がった。まさに一読、巻を措く能わず。薬丸岳という小説家がまた大きく進化した。

(あづま・えりか 書評家)波 20224月号より

 

 

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