安倍政権にひれ伏す日本のメディア  Martin Fackler  2018.11.4.


2018.11.4. 安倍政権にひれ伏す日本のメディア
Taming the Watchdogs: Political Pressure and Media Self-Censorship in Abe’s Japan

著者 Martin Fackler 1966年アイオワ州出身。ダートマス大卒後の91年東大大学院留学、帰国後イリノイ大でジャーナリズムの修士号、UCバークレーでも歴史学の修士号。96年からブルームバーグ東京支局、AP通信社ニューヨーク本社、同東京支局、同北京支局で記者経験を重ね、同上海支局長。Wall Street Journal東京支局を経て05New York Times東京支局の記者となり、0915年同支局長。現在朝日の船橋洋一が立ち上げた一般財団法人日本再建イニシアティブで主任研究員を務めながら、ジャーナリストとしても活躍

発行日           2016.2.24. 第1刷発行
発行所           双葉社

18-10 皇室の風』で著者が言及


はじめに
15年参院で安保法強行突破後、安倍は国連総会に出席、「内外記者会見」で事件勃発
首相の冒頭発言の後、NHK、ロイター、共同、NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)4人の記者が質問。ロイターの記者が予定にない質問項目を付け足した。「難民」を受け入れる可能性について質問したが、安倍は、「難民」を「移民」とごちゃ混ぜにして答え、女性の活躍とか出生率という「難民」に関係のない答えになり、「難民」についての関心の低さを露呈
一国のリーダーが想定問答のような記者会見を開くなど、民主主義国家では考えられない
政権に批判的な質問もあるのは当然
日本では官邸が記者クラブメディアをがっちりコントロールしており、官邸の記者たちは権力側からの管理によってあまりにも縛られ、そのことに慣れすぎている
政府から得る情報でなければ、報道する価値はない。外務省が発表しないニュースは、ノータッチで済ませる。メディアが政府から完全にコントロールされている現在の日本のジャーナリズムは、およそ健全でない
ジャーナリズムは政治権力のWatchdog(番犬)であるべき存在だが、記者クラブメディアはまるで政権のポチのようにしっぽを振ってきた。第2次政権以降、その傾向は加速
なぜ日本のメディアは安倍政権に「伏せ」をするような態度で仕事をするのか、メディアに対する"Political Pressure”とメディアの”Self-Censorship”(自己検閲、自主規制)はどこまで進んでいるのか
いま、日本のメディアで何が起きているのか

第1章        安倍政権のメディア・コントロール
アベノミクスで経済は良くなったかもしれないが、国民の胸には居心地の悪い不安が日に日に膨らんでいるように見える。周囲を顧みずに突き進む安倍政権に恐怖心を抱き始めている
日本を深く愛すると同時に、外国人ジャーナリストという第三者的な立場から、冷めた目線も併せ持っているが、現在の日本が民主主義の危機を迎えているように思える
権力のチェック機能を果たすはずのメディアが腰砕け状態に陥っている。組織防衛を優先するがゆえにジャーナリズムを放棄するという、信じられない現実が大手メディアの内部で雪崩のように起こっている
14年の衆院総選挙前に自民党がNHKと民放5局に、「選挙時期における報道の公平中立並びに公正の確保についてのお願い」と題する要望書を送って具体的注文を付け、露骨な圧力が滲み出ているが、これだけでも安倍政権の言論の自由への理解の程度が分かると同時に、なぜメディアはこのこと自体をニュースとして伝えないのか疑問。言論の自由が脅かされたとは考えないのだろうか
直後にテレ朝の「報道ステーション」宛の要望書も出され、放送法4条を盾に公平性に批判を投げかけるもので、テレビ局を委縮させかねない内容
12年発足の安倍政権は、これまでの政府とメディアの関係を変えた。日本のジャーナリズムの歴史にとって大きな転換点と思う
安倍首相はぶら下がりをやめ、代わりにメディアを選別して単独インタビューに応じ、自説を展開するようになったばかりか、官邸にとって気に入らない報道には担当者に直接釘をさすという
メディア内部でも、政治部記者が官邸の取材ルートへの圧力を恐れて、仲間であるはずの報道担当に文句を言ってくることが常態化
15年の古賀茂明(元経産相官僚)生放送事件は、「報道ステーション」のレギュラー・コメンテーターだった同氏が下ろされることになった最後の放送で、「報道について、官邸から圧力をかけたりすることはやめて欲しい」と発言、永久にテレ朝出入り禁止となった
一方で、テレ朝のトップは官邸と蜜月関係を築いているようだし、日本のメディアのトップは安倍首相と頻繁に食事を共にしている
官邸のコントロールの賢さもさることながら、日本のメディアがやすやすとコントロールされるがままの状況に強い危機感を覚える
官邸のナイーブな懐柔策に対して反抗的な態度をとったせいか、著者が現役の首相にインタビューする機会は一度もなかったが、本社はそうした記者の姿勢をバックアップしてくれる
韓国の海外メディア対策は日本のそれより幾分まし。批判はするが、記者を敵に回すようなことはしないバランス感覚がある週刊朝日 2016429日号
フランクフルター・アルゲマイネの東京特派員の記者が、14年「安倍政権の歴史修正主義が中韓の繋がりを強め、逆に日本を孤立化させる」といった趣旨の記事を書いたら、在フランクフルトの日本総領事が同紙の本社に抗議に訪れ、「中国がこの記事を反日プロパガンダに利用しており、金が動いているのでは」と侮辱的な発言をしてきたらしい
安倍政権はワシントン・ポストとはよく単独インタビューに応じているが、3回目はコラムニストがインタビュー記事を担当しており、記者として日本の政治を取材したバックグラウンドはないので、厳しい質問が飛んでこないだろうという観点からの人選
アメリカでもカーター政権まではメディアとの関係がウェットだったが、レーガン政権になってドライとなりメディアとの付き合い方をマイクロ・マネジメントするようになる
安倍首相は、記者会見の回数がやけに少ないうえに、会見に出ても、記者クラブメディアが優先され、海外メディアなどは完全にあと回しで、仮に質問しても政権公約を要約したような答えで、会見に出席しても意味がない
14年山谷えり子国家公安委員長・拉致問題担当大臣が外国特派員協会FCCJで記者会見を開いた際、当時大臣と在特会(在日特権を許さない市民の会)やネット右翼との関係が週刊誌に報道され、説明責任が求められていたため、フリーランスの記者から次々に質問が浴びせられ、立ち往生したため、それ以来FCCJは自民党から目の敵にされている
政権がメディアに圧力をかけるのは当たり前だが、放送法を盾に力を誇示することは健全ではない。そういう時はメディアが連帯して論陣を張れば、政権は譲る
日本はメディア同士の喧嘩が多く、安倍政権にうまく利用されている

第2章        メディアの自壊
14年夏朝日は、従軍慰安婦問題についての「吉田証言」が取り消し、東電福島原発「吉田調書」報道が取り消しとなり、日本中からバッシング
「吉田調書」については、朝日が未公開だった政府事故調の報告書を入手し、第1原発にいた所員の9割が所長の待機命令に違反し、第2原発に避難しており、その後に放射線量が急上昇し、事故対応が不十分になった可能性があるが、東電はこの命令違反の現場離脱を3年以上伏せてきた、というもの。本社は資料の読み方を間違ったとして、謝罪し記事を撤回した
せっかくのスクープのネタを入手しながら、所長の命令が正しく末端に行かなかったために撤退したことを、「命令違反で撤退」と書いたために誤解を生んだと同時に、肝心の772人分の証言を3か月もの間隠蔽したという重大事のほうの影が薄れてしまった
朝日の誤報を批判するより、現場のトップの命令が末端に正確に伝わらなかったことや、指揮系統や管理体制に不備があったことは明らかで、日々の暮らしおける安全や安心が脅かされていることの方が重要なのに、問題の軽重が逆転している
慰安婦報道については、8294年にわたって作家・吉田清治の証言を取り上げてきたが、14年に虚偽と判明し、関連の記事を取り消したことが、朝日に対する総攻撃の引き金になった。
「吉田証言」が虚偽と疑われてきたのは90年代に入ってからで、虚偽と判明したからと言って虚偽と知らずに書いた記事まですべて取り消す必要はなかったにもかかわらず取り消したため、安倍政権や右派論客、ネット右翼たちからこぞって「誤報の朝日」と攻撃されてしまった
ニューヨーク・タイムズの紙面やウェブサイトでは、記事には頻繁にCorrectionが載っている。誤りがあれば都度紙面に載せ、該当のバックナンバーの末尾に列挙
イラクの大量破壊兵器報道についても、開戦当時ニューヨーク・タイムズは政府の言説を信じて報道したが、見つからなかったことがわかるとブッシュ政権に対して相当批判的な論調になり、当初の根拠がウソだったことを記事に書く。世間からは政権の主張に乗ったことに対し大きな批判を浴び、社内にも大きな不満が生まれたなか、ニューヨーク・タイムズは、「From The Editors」と題し、報道姿勢を振り返り詳細な検証記事を掲載。 書いた記事を取り消したわけではなく、反省し過ちを洗い出した
他の全国紙も「吉田証言」を報道しながら、取り消したり謝罪したりしていない
朝日が謝罪したのは、安倍政権が93年の河野談話の見直しのため、根拠となった証拠を再検証した報告書を発表したため、朝日も内部で独自に調査して、証言を疑問視する声が上がったが、公表せずに先送りし、14年になって漸く検証記事を発表し過去の記事を取り消さざるを得なくなったためで、正しい記事まで取り消しメディアとしての信頼に傷をつけた
朝日しか入手できなかった未公開の「吉田調書」を各社が相次いで入手し、朝日に攻撃の矛先を向けた裏には、官邸周辺が朝日攻撃のために「調書」を各社にリークした可能性が大
民間の発電所で起きた事故情報を、国家機密のように隠す。その官邸を批判するのではなく、情報の取り扱いを誤った朝日を攻撃する。まるで安倍政権の手先になっているかのような大手新聞社の報道は、ジャーナリズムとしてピントがズレ過ぎている
朝日では12年に特別報道部を新設、組織ジャーナリズムに収まり切らない1匹狼のような記者ばかりで編成、「脱ポチ宣言」をして権力を監視するウォッチドッグを目指す。直後には「プロメテウスの罠」(12年度新聞協会賞)に代表される素晴らしい調査報道をスタートさせたが、14年の2つの事件で事実上解体。ジャーナリストが強大な権力と戦うためには組織からの強いバックアップがなければならないにもかかわらず、朝日は記者を守るどころか、保身と組織防衛に走って記者を切り捨てた
1918年大正デモクラシー時代に起きた言論弾圧の「白虹(はっこう)事件」を想起 ⇒ 大阪朝日が、「寺内内閣の暴政を攻め、猛然として弾劾を決議した関西記者大会の痛切なる攻撃」と題した記事を掲載、米騒動で紛糾するなか寺内内閣は朝日からの糾弾を恐れ、同記事にあった「白虹日を貫く」(内乱が起きるの意)の「日とは天子=天皇を意味する」と難癖をつけ、天皇の暗殺を唆したとして、「朝憲紊乱」違反(ママ)で起訴、有罪にした事件
14年朝日が犯したもう1つのミスは、ジャーナリスト池上彰氏のコラム掲載拒否で、「吉田証言」報道の撤回に対し、池上氏は「遅きに失した」と批判したところ掲載拒否にあったもので、朝日がすぐに過ちを認めて謝罪したのを受け、池上も再掲載を認めた
慰安婦問題に関しては、安倍政権は「朝日が長年にわたって慰安婦問題をミスリードし、外交問題に悪影響を与えた」というキャンペーンを張っており、朝日の「吉田調書」記事の取り消しを捉え、「個別の報道機関の記事について本来コメントするべきではない」と言いながら、「朝日の誤報により多くの人が苦しみ、怒りを覚えた。日韓関係に大きな打撃を与え、国際社会における日本人の名誉を傷つけた」と糾弾しているが、過去の関連報道を見ると焦点になったのは4回、①河野談話発表~アジア女性基金設立(9095)、②教科書への記述(97)、③第1次安倍内閣(0607)、④韓国憲法裁判所判決以降(11年~)
③④で爆発的に報道が増えているのは、いずれも安倍政権がこの問題をやたらと言挙げして政治的に利用した結果で、日本のみならず韓国でも報道を急増させている。ということは、国際社会にこの問題を広めたのは朝日ではなく安倍政権ということになる
会社の垣根を超え、権力と対峙して朝日を擁護しようとしないのか。ジャーナリズム精神の欠落こそが、日本の民主主義に大きな危機を招いている現実をメディアの人間は直視しないのか。私の抱く危機感の根源がここにある

第3章        ネット右翼と安倍政権
ネット右翼=ノイジー・マイノリティにソーシャルメディアが支配されかねない状況
法はどこまで許すのかという法的線引きと、社会はどこまで許すかという倫理的な線引きがあり、法的線引きは公共の福祉に反しない限り自由、倫理的な線引きは社会が決めること
「吉田証言」を朝日が取り消した煽りを受け、その後慰安婦関連の署名記事を書いた記者の植村隆氏は、よく読めば「吉田証言」には触れていないにもかかわらず、朝日の取り消し報道直前に退職して松蔭女子大教授に就任予定だったが、週刊文春がそのことを報道すると、ネット右翼が一斉に植村氏を個人攻撃、大学は内定を取り消し、さらに家族にまで攻撃をかけ、脅迫に及んだ ⇒ 超えてはいけない一線を越えた攻撃であり、ジャーナリストは植村氏を擁護しなければならない
14年ニューヨーク・タイムズに、「日本人たちはガダルカナル島に眠る遺骨と彼ら自身の国の過去を掘り起こした」と題する記事を掲載し、戦場で死んでいった普通の兵隊たちをどう扱うべきかについて考えさせられた。アメリカは兵隊の遺骨は1人残らず収容するので大規模な予算と人を配置するが、日本は日本青年遺骨収集団によるボランティアでの回収にとどまり、政府もメディアもあまりに冷たすぎる
14年の衆院選挙で山口を取材したところ、自民党を支持する有権者は1人もおらず、安倍政権の経済政策に反対していたが、他に選択肢がないという理由で仕方なく自民党に投票していたので、そのことを記事にしたところ、「反安倍政権」「反日」の記事だとしてネット右翼から攻撃された
異論を許さないネット右翼を、安倍政権は「武器」として利用している節がある点に懸念を抱く。卑劣な攻撃を繰り返すネット右翼に対して「NO」と言わないのは、容認していること
民主主義を守るためにも健全な保守はなくてはならないが、左右違う立場から活発な議論がなされる必要がある。それを主導するのがメディアだ

第4章        権力 vs 調査報道
IT化が進むにつれ、「アルゴリズム」に代表されるコンピュータのデータ解析の力はますます強くなってきた。マンパワーが足で稼ぐ調査報道と合わせ、大量のビッグデータを分析してどう調査報道に活かすかがジャーナリズムの世界的課題。旧来のアナログな取材のやりかたと新しいインテリジェンスを組み合わせた時、今までなしえなかった調査報道が実現する可能性がある
ネットによる速報ニュースの重視、デジタル技術の進化により国家による監視が急速に強まったことで、ジャーナリストの情報源となる内部告発者の包囲網が出来つつあり、調査報道への逆風が吹きつけている
朝日は特にリクルート事件や金丸の疑獄事件など、良質な調査報道をしてきたが、「持続性」が今後の課題 ⇒ 権力は常に監視する必要がある
ニューヨーク・タイムズのジェームズ・ライズンはアメリカでもっとも有名な調査報道記者の1人。9.11以降、テロとの戦いの名目で、アメリカ市民の電話やメールの記録を令状なしに調べ始めたことを暴き、一躍有名に。ホワイトハウスからの圧力を含め、内幕を詳細に綴った著書を06年に敢行。ブッシュ政権はディープ・スロート(ネタ元)を突き止め1917年のスパイ活動法を持ち出して処罰。政権からの圧力はその後も7年間続いたが、その間ジャーナリズムが1つに団結、メディアの垣根を超えて擁護
日本のように、ジャーナリスト同士が潰し合いをするなど、言論の自由の自殺行為
ジャーナリストが民主主義のために果たしている役割、使命感、存在理由とは何か。ジャーナリストが市民社会のために役に立ち、日本という民主主義国家をうまく機能させるためにはどうすればいいのか、残念ながら日本のジャーナリストには、この最も大事な視点が欠落している
調査報道で最も大切なのは、opinionconclusionの違いを理解すること。自分のopinionを入れてはいけない。あくまで確かな事実を正しく並べたことで導き出されたconclusionが重要で。しっかりとしたconclusionの記事には、必然的にmoral(教訓)が示される

第5章        失われる自由
ジャーナリストによる国際NPO「国境なき記者団」による世界報道自由度ランキングで、10年には11位となったが、15年の評価は61位。記者クラブの開放によってランキングを上げたが、東電の原発事故以降政府の隠蔽体質が一気に強まりジャーナリズムは大本営発表型に陥ってランキングも急降下
14年の集団的自衛権一部容認の閣議決定以降、一貫して廃案を唱えてきたTBSの「NEWS 23」のアンカーを務めた毎日新聞特別編集委員の岸井成格(しげただ)は、政治的な公平を定めた放送法4条に違反するとして批判され、結局アンカーを降板させられたが、そもそも放送法は「放送の自由」を守るために存在する倫理規範であり、政権に批判的な報道に対し放送法を盾に攻撃するなど、本末転倒。こういうときでも各紙はTBSで何が起きているのか伝える必要があるが、ジャーナリスト同士の横の繋がりは生まれなかった
自由度ランキングの低評価の原因にもなった特定秘密保護法は、ジャーナリズムにとって大きな危険性を孕む ⇒ ディープ・スロートがターゲットなので、情報源が口をつぐんでしまう恐れが大きい。しかも何が秘密情報なのかは各省庁の裁量に委ねられている
71年の沖縄返還協定では、アメリカが地権者に払う4百万ドルを日本政府が肩代わりすることに合意した。それを暴いた毎日の西山記者は社会党に資料を渡して国会で追及させたが、資料の出元が露見し、外務省の内部告発者と記者は国家公務員法違反で逮捕・有罪となった ⇒  言論の自由と報道の自由は国家機密の前に敗退、裁判所も報道の自由を尊重せず、毎日も記者と情報源を守り切れなかった
今回の朝日のような民間の事件ですら新聞社がここの記者を守らないような環境では、民主主義に資するジャーナリズムなど生まれない
16年のアメリカ大統領選のヒラリー・クリントンが国務長官在任中の4年間に個人のメールサーバーを使っていたため、3万件のメールを押収して国家機密が混じっていないか調べられた ⇒ デジタル時代になって国家機密指定は飛躍的に増大
06年アサンジが設立したウィキリークスは、大量の国家機密情報を入手してウェブ上で公開、各国の情報機関は肝を冷やしている
NSA(国家安全保障局)職員のスノーデンが古巣の情報を持ち出し、NSAの活動の実態を暴露したが、イギリスの『ガーディアン』と契約を結ぶ記者グリーンウォルドに接近、グリーンウォルドは『ガーディアン』を説得して記事を発表させた。のちに同紙は、ワシントン・ポストと共にピュリッツァー賞を獲得したが、スノーデンは既存メディアを信用したのではなく、当局からの弾圧を恐れない使命感を持った個人のジャーナリストを信用した
デジタル時代になって内部告発者の力が格段に増大した好例だが、同時に当局による管理・監視体制も格段に強化されている。内部告発者にもジャーナリストにも、そして掲載するメディア側にも強靭な覚悟が必要な時代になった
メールをやり取りするときには暗号化が極めて重要だが、国家機密を取材する多くのジャーナリストはTor(The Onion Routerトアー)という暗号化システムを使用

第6章        不確かな未来
ニューヨーク・タイムズの発行部数は、20年間で150万から62.5万部に激減、片やデジタル版の有料会員数は100万を超え、今や同社はウェブサイトをフィールドとした報道機関へとモデルチェンジしている。ウェブサイトには国内だけで1か月60百万人がアクセスがある。広告ではなく読者に頼るビジネスモデルを維持する限り、新聞はスポンサータブーに気兼ねせずに経済的に独立し、読者が本当に求める情報を報道できる
ネット時代の新しいジャーナリズムの成長:
   ProPublica ⇒ 07年設立、1011年と連続してピュリッツァー賞
   Politico ⇒ 同時期立ち上げ
   BuzzFeed ⇒ 06年設立、急成長。16年日本版スタート
イギリスでは、『ガーディアン』が左、『デイリー・テレグラフ』が右と、政治色の違いが明確だが、左右いずれでも政治権力からの圧力に屈せず調査報道を追究できるかが問題
日本では富裕層がシンクタンクや研究所に資産を寄付する文化がないため、新聞社以外の場所でジャーナリズムの拠点は生まれにくい ⇒ 早稲田大のジャーナリズム研究所は独特で、今後が注目。日本を代表するジャーナリストが会社の垣根を超えて招聘研究員として参加、かつて調査報道で発揮した腕前を披露すれば異色の存在になりうる
沖縄タイムスと琉球新報は、日本の地方紙の中でも極めて異色の存在で、中央省庁、在京メディアとは完全に毛色が異なり、自分たちが守るべきものを紙面で明確に示し、報道機関としての立ち位置を鮮明にしている


安倍政権にひれ伏す日本のメディア マーティン・ファクラー著
週刊朝日 2016429日号
斎藤美奈子2016.4.21 12:42書評#今週の名言奇言
日本の報道の環境は安全安心な温室空間
 日本のメディアは〈第二次安倍政権誕生以降、腰砕け状態に陥ってしまっている〉。〈官邸の記者たちは、権力側からの管理によってあまりにも縛られ、またそのことに慣れすぎている〉。著者のマーティン・ファクラーはアメリカを代表する新聞「ニューヨーク・タイムズ」の前東京支局長。『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』は、このごろの報道っておかしくないか?というあなたや私の実感を実証的に裏打ちしてくれる快著である。
 いわゆる「ぶら下がり会見」をやめ、メディアを選別して単独インタビューに応じる安倍首相。気に入らない報道があれば、担当者に直接電話することも辞さない官邸。加えて著者は、日本の報道のあり方そのものに疑問と批判を差し向ける。
 福島第一原発の事故をめぐる「吉田調書」と慰安婦問題にからむ「吉田証言」問題で朝日新聞が窮地に追い込まれた際(2014年)、他の新聞やテレビは朝日を守るどころか孤立させた。会社もまた個々の記者を守らなかった。「プロメテウスの罠」など、311後に立ち上がった特別報道部による調査報道は花をつける前に芽をつみとられた。
〈なぜ会社の垣根を超え、権力と対峙して朝日新聞を擁護しようとしないのか。このジャーナリズム精神の欠落こそが、日本の民主主義に大きな危機を招いている〉〈日本はいつまでも自分の殻に閉じこもったままの「タコツボ型ジャーナリズム」をやっている場合ではない〉
 そう。何がヤバイって、メディア同士の分断ほど権力に好都合な事態はないのである。安倍政権批判、メディア批判の本に見えるけど(実際、そういう本だけど)、あるべき民主主義とジャーナリズムの役割を再認識させる教科書みたいな本。〈国内外のジャーナリストから見れば、日本の報道の環境は安全安心な温室空間に見える〉〈誰でも書ける記事には付加価値がない〉とまでいわれちゃってるんですからね。記者のみなさまも、奮起してほしいです。



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