予想通りに不合理[増補版]  Dan Ariely  2018.11.12.


2018.11.12. 予想通りに不合理[増補版]行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」
Predictably Irrational ~ The Hidden Forces that Shape our Decisions 2009

著者 Dan Ariely 行動経済学研究の第一人者。デューク大教授。テルアビブ大で心理学を学んだあと、ノースカロライナ大チャペルヒル校で認知心理学の修士号と博士号、デューク大で経営学の博士号を取得。MITスローン経営大学院とメディアラボの教授を兼務。この間、カリフォルニア大バークレー校、プリンストン高等研究所などにも籍を置く。人間がどのように決断をするのか、特になぜ不合理な決断を行うのかについて、メジャーな論文誌だけでなく、ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリートジャーナル、ワシントン・ポストなどでも研究が紹介されている。その研究のユニークさは、08年度にイグ・ノーベル賞を受賞したことでも証明されている

訳者 熊谷淳子 翻訳家。大阪教育大卒後、コロラド大修士課程修了

発行日           2010.10.20. 初版印刷        10.25. 初版発行
発行所           早川書房


これまでの経済学では、人は合理的に行動するものと考えられてきた。だが、本当にそうだろうか。本当は同じ味でも、雰囲気のいいカフェのコーヒーにはファストフード店のコーヒーより高いお金を払っていないだろうか? また、上等の靴下が必要だったのに、1足分おまけされていた安物の靴下を買ってしまったことは? そう、人は不合理な行動をとるものなのだ
経済行動に大きく影響しているにもかかわらず、これまで無視され誤解されてきた、人の不合理さを研究するのが、行動経済学という新しい分野である。ユニークで愉快な実験によって、人がどのように不合理な行動をとるのかを系統的に予想することが可能になっている。また、「おとり」の選択肢や、価格のプラセボ効果、アンカリングなど、人の理性を惑わす要素を理解するとき、ビジネスや投資、政治の世界でも、驚くほどのチャンスがもたらされるのだ。行動経済学研究の第一人者が私たちを動かすものの正体を面白く解説し、話題になったベストセラー行動経済学入門に、新たな2章を書き下ろし、刊行後の反響を受けた考察を追加した増補版

はじめに ~ 一度の怪我がいかに私を不合理へと導き、ここで紹介する研究へといざなったか
日々の決断に影響を及ぼしているものが本当は何なのかを探るのを随分楽しんだ
ダイエットすると誓ったのに、ケーキが来ると決意がどこかへ行くのはなぜ?
必要でもなかったのに、気づいたら目の色を変えて買い漁っていたりするのはなぜ?
1セントのアスピリンでは治らないのに、50セントのアスピリンだと頭痛が消えるのはなぜ?
職場の倫理規定が実際に不正を減らすのはなぜ?
この本の目標は、自分や周りの人たちを動かしているものが何なのかを根本から見つめ直す手助けをすること
そのきっかけとなったのは、18歳の時マグネシウム光が炸裂し、全身の70%に3度の火傷をしたことで、普通の毎日が過ごせなくなり、そのため以前は自分にとって当たり前だった日々の行動を、第三者のように外から観察し、なぜそうするのかを考え始めた
入浴が一番の苦痛で、全身の包帯を剥がすときに、看護師は決まって素早く一気に剥ぎ取ったが、私はそのやり方に賛成できなかった
大脳生理学の授業で、仮説を検証する実験方法を見つけることが出来るなら新説を打ち立てられるという考え方に共鳴
何でも興味を持ったことを確かめる手段と機会を科学が与えてくれることに気づき、人間の行動を研究する道にはまる
痛みの研究では、ゆっくり剥がす方が痛みが少ないことが実証され、一部の看護師はやり方を変更したが、大々的に変わることはなかった
経験を積んでもそこから学ぶことなく失敗を繰り返してしまう状況についても研究しようと決める
どんなふうに不合理かを追究しようというのがこの本の目的で、この問題を扱えるようにしてくれる学問分野が「行動経済学」、あるいは「判断・意思決定科学」という
心理学と経済学の両方の面を持つ
行動の背後にある、みんなの意思決定という営みを理解しようと努めた
科学の領域では、人間が完璧な理性を持っているというこの仮定が、経済学に入り込んでいる。経済学では、この「合理性」と呼ばれる基本概念が経済理論や予測や提案の基盤になっている
人間の合理性を信じる限り、誰もが経済学者 ⇒ 人は誰でも、自分について正しい決断を下せるという、単純で説得力のある考え方を持っている
人間の不合理性、どれほど完璧からほど遠いのか、どこが理想と違っているのか認識することは、自分自身を本当に理解するための探求に必要だし、実用面でも大いに役立つ
不合理性はいつもと同じように起こり、何度も繰り返される ⇒ 予想どおりに不合理
経済学では、不合理な決断をしても、「市場原理の力」が働いて、合理的な道に押し戻すので、この仮定の下、様々なものに結論を与えてきた
ところが、人間の行動や判断は、経済理論が想定するより遥かに合理性を欠いている。そのうえ、不合理な行動には規則性があり、予想もできる。とすればその分経済学を修正できるのではないか、それが行動経済学という新しい分野

1章       相対性の真相 ~ なぜあらゆるものが――そうであってはならないものまで――相対的なのか
人間には、ものごとの絶対的な価値基準を決める体内計は存在しない
『エコノミスト』の購読勧誘の3択、①web59ドル、②印刷版125ドル、③web+印刷版125ドルというのを提示された場合、それぞれの値段の妥当性はわからないが、②と③を比べると明らかに③が有利ということは明確で、大半の人が③を選択
大半の人は、自分の求めているものが何かわからずにいて、状況と絡めてみた時、初めてそれが何なのかを知る
この場合②は「おとり」で、①が16人、③が84人で、おとりを選択する人はいないが、おとりを外した2者択一になると①が68人、③が62人となった。おとりによって選び方が違うのは、明らかに相対性の問題
比べやすいものだけ一所懸命に比べて、比べにくいものは無視する傾向がある ⇒ 3択を同列に比べるのではなく、①は除いて③を比べている
相対性は人生における決断を助けてくれるが、惨めな気持ちにさせることもある。嫉妬や僻みは、自分を他人の境遇と比べるところから生じる ⇒ 1992年にアメリカの証券規制当局が経営幹部の報酬と役得を抑えるために開示を義務付けたところ、マスコミが報酬ランキングを公表するようになり、報酬は抑えられるどころか、逆にうなぎ上りとなった
給料と幸福感の間には強い関連がない、というより薄い ⇒ 給料に対する男性の満足度は、妻の姉妹の夫より多く稼いでいるかどうかで決まる
相対性の問題を、自力で調節する方法がある ⇒ 視野を狭めて、比較優位になりそうなものだけに絞って比較するとか、逆に視野を広めて、25ドルの万年筆を買う場合、15分歩けば7ドル安く買えるとわかれば安い方を買いに行くが、500ドルのスーツを買う場合、同じように15分先の店で同じスーツを7ドル安く売っているとしてもそこへは行かない
人は持てば持つほど一層欲しくなるので、第1の解決策は、相対性の連鎖を断つこと

2章       需要と供給の誤謬 ~ なぜあらゆるものの値段は定まっていないのか
新製品をある値段で買おうとすると、その価格にアンカリングされる ⇒ 「刷り込み」といって、卵からかえったばかりのガンのひなが、初めて遭遇する動く物体(通常は母鳥)に愛着を持つことを発見、物体が人間でも同じように成長するまで忠実に追い続け、更に一度決めたことは貫き通すことを発見、この自然現象を「刷り込み」と名付けた
社会保障番号の下2桁を書かせた後、6品目のそれぞれにつき支払ってもいい限度額を書き入れさせる。その際社会保障番号が影響したかどうか尋ねると全員が関係ないと答えたが、社会保障番号を5段階に区分してそれぞれの限度額の平均値をとると、見事に相関しているどころか、1段階(2桁が19まで)5段階(80以上)では、23.5倍の開きがあった ⇒ 社会保障番号がアンカーになっている
さらにこの実験では、同じカテゴリーの別の品物にいくら出すかも、最初の価格(アンカー)との比較で判断されるという結果が出た ⇒ 「恣意の一貫性」といって、最初の価格はほとんど「恣意的」でも、一旦価格が決まると関連ある品物の価格まで方向づけられてしまう
個人の人生についていえば、不合理な行動は改善できる。まず、自らの弱点を自覚するところから始める。繰り返ししている行動に疑問を持つように訓練する。特にこれからも長い間おなじ決断をし続けそうな事柄(服装、食べ物など)について、最初の決断をくだすときも特別な注意が必要
経済学では、それぞれ別個独立の需要と供給が市場価格を決めるとされるが、お互いに何らかの関連性があって動くのが実体経済で、ガソリンの価格を上げた場合、一時的には需要が減るかもしれないが、長い目で見ると、消費者が新しい値段と新しいアンカーに再順応しさえすれば、需要は値上げ以前のレベルに近づく
自分が的確ではっきりした選好を持つものと信じているが、実際には、自分の望みが何かわかっているつもりでいるに過ぎない

3章       ゼロコストのコスト ~ なぜ何も払わないのに払い過ぎになるのか
無料で何かが手に入るといい気分になるが、値段ゼロは単なる価格ではなく、不合理な興奮の源であり、最善の利益をもたらす決定とは別の決定を下す場合がある
ゼロの歴史は古く、ゼロの概念を発明したのはバビロニア人。西暦498年ごろインドで十進法の位取り記数法の概念が生まれ、アラブ世界から西欧に伝わり、数字の1と組み合わせて時代の寵児となった
無料!をどう使えば自分や社会の利益につながる決断に役立つかという話にもなる
重大な問題が生じるのは無料!のために、無料の商品とそうでない商品の板挟みになるときで、高級チョコが格安の10ドルでハーシーのキスチョコが2ドルでどちらかしか選べないとした場合、顧客の選択は73vs27%で、双方1ドルづつ下げた場合も割合はあまり変わらなかったが、もう1ドルづつ下げてハーシーを無料にしたところ31vs69%になった、ということは無料!のために格安の高級チョコを買い損ねる決断をしてしまった人がいかに多いかということ

4章       社会規範のコスト ~ なぜ楽しみでやっていたことが、報酬をもらったとたん楽しくなくなるのか
社会規範が優勢な世界と、市場規範が規則を作る世界に同時に生きている
社会規範は、私たちの社交性や共同体の必要性と切っても切れない関係にある ⇒ 友達同士の頼み事などの際の規範で、ほのぼのとした好意の世界
市場規範に支配された世界は、独立独歩、独創性、個人主義も含まれるが、対等な利益や迅速な支払いという意味合いもある
両者を隔てておけば人生はかなり順調にいくが、両者が衝突するとたちまち問題が起こる
人々がお金のためより信条のために熱心に働くことを示す例はたくさんある
お金の代わりにプレゼントを用意した場合、ある一定の作業への協力を依頼したところ、プレゼントの価格に関係なく同じ程度の作業量をこなしてくれたが、プレゼントの金額を明かして依頼したところ、お金を渡したときの結果とほぼ同じになった ⇒ 金額が不明の時はプレゼントが社会規範の領域だったが、金額を明かした途端市場規範の領域に移ってしまったということ
社会規範が市場規範と衝突すると、社会規範が長いことどこかへ消えてしまう ⇒ 社会的な人間関係はそう簡単には修復できない。託児所に迎えに来るのに遅れてくるのが頻繁になったので罰金を科すことにすると、減るどころかお金を払えばいいとなって却って遅れてくるようになる。それではまた元に戻って行為で預かってあげようとしても、遅れてくるのは治らない
従業員との間に社会規範を作り出して成功している企業もある ⇒ 社会規範は従業員に忠誠心を抱かせ、やる気を起こさせる効果的な方法の1つであり、従業員との間の社会的交流が犠牲になることによって従業員の生産性に影響が出て来兼ねない。育児手当や医療給付、トレーニング室等の削減は従業員のやる気を削ぐ
特別賞与も、一般的には現金を志向するとされるが、プレゼントや特典などのインセンティブが効果を発揮することもある

5章       無料のクッキーの力 ~ 無料!はいかに私たちの利己心に歯止めをかけるか
社会規範と市場規範の混同は、需要にどのような影響をもたらすか
社会規範の世界では、常に社会的公正さとか周囲への配慮をしながら決断するが、市場規範が持ち込まれた途端、経済的交流の場では人間はどこまでも利己的で不公平であり、自分にとって得になることしか考えない ⇒ 10人のグループに10個のクッキーを持ってきて、1人に10個渡しても、相手はみんなのことを気にして1個とってほかの人に回すだろうが、15セントで買ってくれないかと10個持ってきた場合には、自分がいくつ必要かを考えて必要な分だけ買い取る
大皿に盛った料理の最後の1つが残ることが多いが、それは共同の皿が食べ物を共有資源に変えてしまうため、社会規範の領域へと入り込み、他者と共有するための決まりごとに従うようになるから
やり取りを金銭の絡まない不明瞭なものにすることで、社会規範の利点を生かすことが可能 ⇒ プレゼントや労力を伴う交流も社会規範の維持に貢献する。地域のボランティア活動などが好例。有料にすると却って弊害が大きい
かつては無料だったり共有資源と考えられたりしているものが、市場の力が働く領域に移されることもある ⇒ 二酸化炭素排出権取引は両者の交差する分野の取引で、「キャップ・アンド・トレード」というのは、企業に環境汚染を減らすよう奨励するために作られた経済的インセンティブのことだが、費用便益分析の結果によっては排出量が増えかねない

6章       性的興奮の影響 ~ なぜ情熱は私たちが思っている以上に熱いのか
「超自我」主導の冷静で合理的な状態の時は女性を尊重し、変わった性行為に特に魅力を感じることもなく、道徳を優位に置き、必ずコンドームを使うはずと思っていたが、結果はいずれも過小評価で、興奮した時は冷静な時の2倍近い比率で反対側に振れていた
誰もがジキルとハイドであり、内なる善と悪の戦いは神話や宗教や文学の題材だった
情熱が自分の行動に及ぼす影響を甘く見ているだけでなく、情熱のただ中では自分が思っている自分とは完全に切り離されてしまい、その乖離が甚だしい
人生における重要な決断をするには、この乖離を埋める方法を身に着けることが不可欠

7章       先延ばしの問題と自制心 ~ なぜ自分のしたいことを自分にさせることが出来ないのか
学生に1学期に3回レポート提出を義務付けるとして、①提出期限を学期末に1本にした場合と、②自由に設定させた場合と、③3本とも均等に期限を設けた場合、いずれも遅れた場合はペナルティを課し、早く出しても成績には変わりなく、レポートは学期末にまとめて評価するとした場合、自由に設定させた期限は人によってばらばらだったが、問題はどのケースがいい成績を上げたかで、③②①の順となった ⇒ 皆一様に期限を先延ばしする傾向があるが、自由を厳しく制限するのが先延ばしに一番効果があり、更に最大の新発見は、締め切りを予め決めさせるツールを与えるだけでいい成績に繋がったこと
上から押し付けるのが最善の方法ではあるが、妥協案として、人々に望ましい行動の道筋を予め決意表明する機会を与えることが正しい行動に押し出す助けにはなる
目先の満足と、後々の満足に関わる自制心の問題を抱えているが、どの問題にも潜在的な自制の仕組みがある ⇒ 例:給料から貯蓄が出来なければ、会社の自動積立制度を利用
人間のさまざまな種類の欠点に打ち勝つには、長期目標のためにとるべきあまり喜ばしくない行動に対して、目先の強力なプラスの強化を与える奥の手を探すのが有効 ⇒ 秘訣は、それぞれの問題に対して正しい行動強制手段を見つけること
長期目標を健康維持とすると、運動や野菜たっぷりに食事がいいに決まっているがどうしても目の前のドーナツに手を出してしまうが、運動しながらドーナツを食べるというのは1つの解決策

8章       高価な所有意識 ~ なぜ自分の持っているものを過大評価するのか
ある試合のチケットの抽選に当たった人とはずれた人で、試合を見たいと思った熱意は同じだったが、抽選後は外れた人がダフ屋に払ってもいいと思う金額と、当たった人がダフ屋に売ってもいいと思う金額には10倍以上もの差がある
所有意識は生活全体に浸透していて、奇妙な形で私たちの行動を方向付けている ⇒ すべての行動にベストな決断を下せれば最高だが、それを妨げる奇癖がある
    自分が既に持っているものに惚れ込んでしまうこと
    失うかもしれないものに注目してしまうこと
    他の人が取引を見る視点も自分と同じだと思いこんでしまうこと
逆に所有意識には「奇妙な特性」が潜む
    何かに打ち込めば打ち込むほど。それに対する所有意識が強くなる
    実際になにかを所有する前に、それに対して所有意識を持ち始める場合がある ⇒ ネットオークションの入札額が上がり続ける理由でもあり、広告業の推進力の1つにもなっている
所有意識から逃れる既知の方法はない ⇒ せめて出来るのは、あえて自分と目的の品物の間にある程度の距離を置いて、できるだけ自分が非所有者であるかのように考える方法
所有権は私たちのものの見方を根本から変えてしまう ⇒ 自分の所有物を過大評価してしまう傾向は、人の基本的な偏向であり、自分自身に関係のあるものはすべてに惚れ込み、過度に楽観的になってしまうという、もっと全般的な性向を反映している(Positive Bias)

9章       扉をあけておく ~ なぜ選択の自由のせいで本来の目的からそれてしまうのか
あらゆる選択肢を残しておくために必死になり、別の選択への扉が閉ざされると思うだけで耐えられない。そのため、こうした選択肢を残すために他の何かを手放している
子供の将来を考えてあれこれ稽古事をさせるために、子供と自分の時間を奪うのみならず、子供が1つのことに本当に秀でる機会を手放している
選択肢が閉ざされることに徒に力を注ぐ性癖がある
無用の選択肢を追い求めたくなる不合理な衝動から自由になるためには、価値のない選択肢に惑わされないこと
近代民主主義において、人々は機会がないことではなく、機会が有り余っていることに悩まされている。無理にいろいろなことに手を広げ過ぎているのみならず、ほとんど消えかけているチャンスや、本来自分にとって興味のないチャンスを追いかけたいという衝動を抑制することが出来ない
「決断しないことによる影響」を考えに入れること、あるいは、どちらかに決めることで生じる違いがほんの僅かだという点を考えに入れることが必要

10章    予測の効果 ~ なぜ心は予測した通りのものを手に入れるのか
2種類のビールを試飲する際、あらかじめ添加物を入れてあると言った途端まずいと感じ、試飲してもやはりまずいということになる
予測はステレオタイプも形成する。ステレオタイプはいわば経験を予想したいとの思いから、前もって情報を分類しておく方法の1
私たちは、自分の持つ信念にしがみつく。そのため、問題への思いが強くなるほど、「真実」について意見が一致する可能性はますます低くなる ⇒ 同じ事象を見ても解釈が異なる
芸術でも文学でもワインでも、それを経験し評価するうえで、期待がどんな役割を果たすのか、本当のところはわかっていない
肯定的な予測は、物事をもっと楽しませてくれるし、まわりの世界の印象を良くしてくれる。何も期待しないことの害は、それ以上何も得られずに終わってしまうかもしれないということ

11章    価格の力 ~ なぜ1セントのアスピリンに出来ないことが、50セントのアスピリンならできるのか
プラセボ手術の効果 ⇒ 狭心症の内胸動脈結索手術や膝の変形性関節症手術では、プラセボ手術の効果が実際の手術の効果と変わらなかった結果が出ている
信念や予測が、私たちの視覚、味覚などの感覚に対する知覚や解釈に影響を及ぼすだけでなく、予測が私たちの主観的、客観的な経験をときに根底から変化させることで私たちに影響を及ぼし得ることがある
プラセボ現象において価格が演じる役割 ⇒ 高価な薬のほうが効果が高い=価格が経験を変化させる
プラセボは、「私が喜ばせよう」という意味のラテン語からきていて、14世紀には葬式で死者のために泣き、涙を流す役に雇われた泣き屋を指す言葉、1785年に『新医学辞典』に登場し、瑣末な医療行為の1つに加えられた
プラセボを働かせる予測には、2つの仕組みがある ⇒ ①信念(医師などに対する信頼や確信)、②条件付け(パブロフの犬)
800年教会と国家の直接的な繫がりが確立され、神聖ローマ皇帝とそれに続くヨーロッパの国王たちの身には神性が宿るとされ、「王の一触れ」が生まれ、偉大な王たちは定期的に行進してRoyal Touchを実践、イングランド王チャールズ2(163085)は在位中に10万人に触れたと言われている。1820年代まで続き、多くの人を癒してきた
脳と体の繫がりについて理解すればするほど、かつて明らかだったことが次々不確かになるが、それが最も如実に現れているのがプラセボ

12章    不信の輪 ~ なぜ私たちはマーケティング担当者の話を信じないのか
4人に10ドルづつ渡して共同基金に好きな金額を投資させ、投資額と同額を別途追加して4人に均等に配分する。全員が10ドル投資すれば、全員が20ドル配分を受け、10ドルの収益となるが、1人がずるをして投資しなかった場合、3人のリターンは15ドルに対し、投資しなかった人は25ドルを手にする。そのリターンの違いが分かった後で、同じゲームを再度やると、3人とも投資金額を4ドルに減額、1人はまたも10ドルを手元に置いておく。3人のリターンは6+6=12ドルに対し、1人は16ドル。そのあとは何回しても誰も投資をしなくなる ⇒ 公共財ゲーム
このゲームは、社会の一員である私たちが信用という公共財をどのように共有しているかをよく表している。みんなが協力し合えば信用が高まり、社会全体の価値を最大にするが、不信は感染する。嘘の広告や詐欺で協力しない人を見ると、こちらも同じように行動し始め、信用が低下して、最初利己的に行動して得をしていた者も含め、誰もが損をするようになる
信用は貴重な公共財であり、これを失うとすべての関係者にとって長期的にマイナスの結果となりうる
企業が信用を築くために有望な方法は、消費者の苦情に積極的に取り組むこと ⇒ ネット上でぶちまけられている消費者の苦情を先取りして適切な手を打つことは可能
TimberlandCEOは、リサイクルや環境破壊しないサステイナブル素材の利用などに取り組んでいる。経済的な利益は度外視して、環境的に、社会的に責任ある行動をとることが企業の倫理として確立している ⇒ 正直さ、透明性、誠実さ、公正な扱いを基本的な経営理念にしていけば、消費者もそれに報いるようになる

13章    私たちの品性について その1 ~ なぜ私たちは不正直なのか、そして、それについて何が出来るか
正直な人による不正 ⇒ 従業員による職場での盗みや詐欺は、強盗や窃盗などの被害額を合わせたものより劇的に多い
人々はチャンスがあればごまかしをするが、決して目一杯ごまかすわけではない。一旦正直さについて考えだすと、ごまかしを完全にやめる。誘惑に駆られている瞬間に道徳心を呼び起こされると、正直になる可能性がずっと高くなる ⇒ 試験の直前に、無監督試験制度の倫理規定文面に署名するだけで、試験の不正はほぼなくなるという試験結果もある

14章    私たちの品性について その2 ~ なぜ現金を扱う時の方が正直になるのか
不正行為は現金から一歩離れた時にやりやすくなる ⇒ 学生寮の共同冷蔵庫にコーラの6缶入りのパックを置いておくと3日後にはなくなっているが、その隣に6ドル入れた皿を置いても現金はなくならない
企業会計の不正や過剰接待、社名入りの便箋の持ち帰りは、現金そのものではない
算数の問題を解いてもらって正答数に応じて1ドル渡す実験で、①解答用紙を確認して現金を渡した場合の平均正答率が3割、②解答用紙は破棄して正答数を自己申告させた場合の正答率は6割、③②と同様だが現金の代わりに引換券(代用通貨)を渡して別な場所で現金と引き換えさせた場合の正答率はなんと9割、しかも現金への引き換えは全額直後に行われていた
機会が与えられれば人は不正直になるが、奇妙なのは私たちの大半が現金と引換券でそれほどの差があるとは予想していないこと
出張経費のごまかしも、金額の多寡やばれることへの怖れではなく、経費を正当な理由で使ったと自分自身を納得させられるかどうかにかかっているとともに、交換の媒体がお金でないときには、正当化の能力は飛躍的に増加 ⇒ 精算を秘書に任せるときには紛らわしい領収書を紛れ込ませたり、子供への土産を家の近くの空港で買うより出張先で買った方が必要経費だと考えやすいのもその好例
みんな本質的には正直でありたいと望み、自分を正直な人間だと思いたがっているが、代用貨幣なら私たちは良心を迂回して不正行為の恩恵をどこまでも追求してしまう。道徳的な人間であろうがなかろうが、衝動が私たちに小細工を仕掛ける場合がある
現金から離れたところでは、顧客から代用通貨をくすねていく企業がある ⇒ マイレージをためて使おうとしたがどの便も満席で使えない
現金がはっきりした交換の単位であるのに対し、現金を使わない取引はまるで自由になることを考えると、これからのキャッシュレス時代にどうやって不正に傾きがちな心をコントロールするかが問われる

15章    ビールと無料のランチ ~ 行動経済学とは何か。そして、無料のランチはどこにあるのか
グループで食事をする場合、料理や飲み物を頼むときに独自性欲求と呼ばれる性格特性から、独自性を表現することに関心のある人ほどまだ誰も頼んでいない料理を選んで、自分が本当に個性的だと示そうとする傾向が強い。そのため好きでもない料理に閉口させられる場合がある ⇒ 評判という効用を得るために、個人の効用を犠牲にしている
伝統的な経済学では、決断に役立つ情報を全て知っていて、様々な選択肢の価値を計算することが出来、それぞれの選択による結果を何にも邪魔されずに評価できると想定するため、私たちは論理的で分別のある決断をするものとみなされる
ところが、実際に私たちが下す決断は遥かに不合理であるばかりでなく、そこには規則性があって予想することもできる。誰もが同じような失敗を繰り返す
経済学は、人がどのように行動すべきかではなく、実際にどのように行動するかに基づいている方がはるかに理にかなっている ⇒ この考え方が行動経済学の基礎
経済学では「無料のランチ」という概念は成り立たない
私たちが決断に当たって規則正しい失敗をするのなら、新しい戦略なり道具なり方法なりを開発して、より良い決断をし、全体的な幸福感を増やせるようにしたらどうだろう。行動経済学の観点から見た無料のランチの意味は、まさしくここにある。私たちすべてがより良い決断をするのに役立つ道具や方法や政策があり、その結果として、私たちの望みが達成できるという考え方
私たちはみんな、自分が何の力で動かされているかほとんどわかっていないゲームの駒である ⇒ 私たちの行動に影響を及ぼす力(感情、相対性、社会規範など)は行動に多大な影響を及ぼしているのに、その影響力をとんでもなく過小評価したり、まったく無視したりしてしまう
不合理が当たり前のことであっても、いつどこで間違った決断をする恐れがあるかを理解しておけば、もっと慎重になって、決断を見直すように努力することもできるし、科学技術を使って生まれながらの弱点を克服することもできる
danariely.com 参照



(天声人語)免震装置でデータ改ざん

2018.10.20. 朝日

 人間の行動を研究するため、米国でこんな実験がなされた。大学生たちに算数の問題を解かせ、正解の数に応じて賞金を与える。ただし監督の目は緩く、ごまかすことも可能だった実験の前、一つのグループには高校時代に読んだ本10冊を書き出させた。別のグループには旧約聖書の十戒を思い出せる範囲で書かせた。「汝(なんじ)、殺すなかれ」などで知られる戒律である。10冊グループと違い、十戒グループはまったく不正をしなかったという当たり前だと思われたか。興味深いのは、十戒のうち一つか二つしか思い出せない学生にも効果があったことだ。「なんらかの道徳基準に思いをめぐらすだけで十分だった」と実験をした行動経済学者アリエリー氏が『予想どおりに不合理』で述べているそんな話を持ち出したのは、企業によるデータ改ざんがまたも発覚したからだ。油圧機器大手KYBで、免震装置の検査データがごまかされていた。装置は、役所や病院など多くの建物で使われているという深刻なのは、2003年から少なくとも8人の検査員が、不正を引き継いでいたことだ。検査をやり直すと時間がかかり、納期に間に合わない。そんな事情が優先されてブレーキがかからなかったのは、他の多くの不祥事と同じである組織に身を置けば、そこだけで通じる論理に染まりがちだ。十戒でなくても、自分なりの戒めの言葉を持ちたい。たとえば寅さんの名セリフなどは、どうだろう。「おてんとうさまは見ているぜ」

本書で、ダン・アリエリーが一貫して主張していることがあります。
それは、『人間は「合理的」ではなく、めっちゃ「不合理」だよ~!』ということです。
例を挙げて説明していきましょう。
人は「相対的」にしか物事を判断できない。(1章)
人は、他のものとの相対的に比べることで、物事を判断しています。
例)
フツメン」はイケメンの集団に入るとブサイクに見えます。しかし、ブサメンの集団の中に入るとイケメンに見えてしまいます。
このように「フツメン」は、周りの集団によって「イケメン」にも「ブサイク」にもなります。
こちらの記事で、さらに詳しく説明しているので参考にしてみてください。
僕たちはアンカリングに影響される(2章)
アンカリングとは、初めに提示された情報が、今後の決断に影響を及ぼすことを言います。
例えば、こういうのがアンカリングの代表例です。
通常価格だと15,000円ですが、今だけ限定で、15,0009,800円!!
初めに15,000円という高い金額を出しておくことで、消費者にアンカリングがかかります。この状態で、先ほどよりも安い金額を提示すると、消費者は「安い!」と感じてしまうのです。
これは、先ほど紹介した人間が「相対的」にしか判断できないという性質も上手く利用していますね。
「無料」と言われると正常な判断ができなくなる(3章)
たいていの商取引には良い面と悪い面があります。
しかし、何かが「無料」になると、僕たちは悪い面を忘れさり、無料であることにテンションが上がり、そのものを実際より価値があるものだと思ってしまいます。
例)【無料クーポン】
最近、ソフトバンクが、ソフトバンクユーザーに対して「吉野家1杯 無料!」というクーポンを発行しました。
その『無料クーポン』が使える日に、たまたま吉野家の前を通ったところ、店の外まで大行列が出来ていました。
ざっと見た感じ、30分以上並ばなければいけないような状況でした。
普通であれば「30分以上待って380円が無料になるくらいなら、あまり得では無いな」と考えそうですが、実際は『無料』という甘い言葉に釣られた人が大勢いたのです。
一度手にしたら、それを手放したくなくなる(8章)
人は自分が持っているものに惚れ込んでしまう性質があります。
例)いつか着る、いつか使うと思って、なかなか家のものが捨てられない。
また、人は「手に入るもの」ではなく、「失うかもしれないもの」に注目してしまいます。
例)
着ない服を売ろうとするときを想像してください。
「お金が手に入る」とか「部屋がスッキリする」というような手に入るものはあまり注目しませんよね。
そのかわり、思い出の服を失うことの方に注目してしまいます。
何かを失う恐怖>何かを得る願望』という人間の性質を活かしたマーケティング手法は、僕たちの身の回りにたくさんあります。
例として「おためしキャンペーン」や「Take away selling(テイクアウェイセリング)」などが挙げられます。
「思い込み」が意志決定に影響される(10章・11章)
人は「予想した」側面しか見ない傾向があります。これは「起こった出来事・事実」は変わらないのにも関わらずです。
1
A
B2つのハンバーグがあります。
A:ゴージャスな雰囲気のレストランで、スーツをパリッと着こなした男性ウエイターが運んできたハンバーグ。
B:大衆食堂で、プラスチック製の安っぽい皿に盛りつけられたハンバーグ。
どちらも同じハンバーグだったとしても、Aのハンバーグの方が美味しく感じてしまいます。
2
超一流のバイオリニストが、通勤ラッシュの駅前で演奏しても、足を止める人は5%も居ませんでした。
3
高い価格の頭痛薬は、安い価格の頭痛薬よりも、より効き目がある。
これは、「高いものの方が良いだろう」という思い込みによって引き起こされている現象です。(これはプラセボ効果と言われていますね。)
これらのことから、サービスの品質や満足度は、「金額の高さ」「サイトの綺麗さ」、「パッケージデザインの綺麗さ」などによっても変わってくる可能性があるということが分かると思います。
この記事で学んだこと
僕たちは「合理的」に選択して行動しているように思っていますが、実際のところはメッチャ「不合理」な選択・行動を繰り返しています。
不合理の例としてはこれらが挙げられます。
不合理な選択・行動例
  人は「相対的」にしか物事を判断できない。(1章)
  僕たちはアンカリングに影響される(2章)
  「無料」と言われると正常な判断ができなくなる(3章)
  一度手にしたら、それを手放したくなくなる(8章)
  「思い込み」が意志決定に影響される(10章・11章)
これらの不合理性を理解しておくことで、マーケティングや、セールスコピーライティング、価格の見せ方などを工夫することができるでしょう。



行動経済学の入門書的な位置づけの本だと思うけど、さらっと読める本ではなく、内容的には濃い。それでも、マーケティングや顧客、人間の心理、行動に興味がある人は読んだ方がいい本だと思う。
表紙には「あなたがそれを選ぶわけ」とある。どうやって、自分たちのビジネスの商品を選んでもらえばいいのか、ということで悩んでいる人にもオススメ。
ただ、重要なのは読むことではなく、読み終わった後にそれを「どう使うか」。
それが重要になってくるのだけど、本当にオススメだと思う。
これを読むと「人は誰しも合理的ではないんだな」と強く実感するはず。

印象に残ったポイント

相対性の真相

「人間は、ものごとを絶対的な基準で決めることはまずない。
ものごとの価値を教えてくれる体内計などは備わっていないのだ。ほかのものとの相対的な優劣に着目して、そこから価値を判断する」
人はなんでも比べたがる。ただし、比べやすいものを一生懸命比べ、比べにくいものは無視する傾向がある。
お金に関していえば、給料が多いことと幸福感には僕らが思っているほど強い関係がないことは繰り返し立証されているということだ。
つまり、給料が多いからといって、幸福とは限らない。しかし、多くの人がより高い給料を求める。そのほとんどの理由は単なる嫉妬。
最高経営責任者の非常に多くの報酬は社会に悪影響を及ぼしている。
しかし、誰かがとんでもない報酬を手にすると、他の最高経営責任者はさらに高額を要求しようとする。社会に悪影響を及ぼしているのに、だ。

需要と供給の誤謬

人に何かを欲しがらせるには、その何かを簡単には手にはいらないようにすれば良い。
アンカリング
人が新製品を「ある価格」で購入すると、その「ある価格」にアンカリングされる。
「恣意の一貫性」というのがある(恣意というのは「偶然」の意味)。
たとえば、最初の価格が「恣意」的でも、それがいったん人の意識に定着すると、現在の価格だけでなく、未来の価格まで決定づけられる。一貫性が働くのだ。
「どこかで偶然に(あるいはそれほど偶然でなく)遭遇し、判断に影響を与えたアンカーが、最初の決断のずっとあとまで離れずに残っている」
値札そのものはアンカーにならない。
「その価格で買おう」と決断した時にアンカーになり、刷り込みが起こる。そのため、最初の決断をする時が特別な注意が必要だ。最初の決断のもつ力は、その後何年にもわたり、未来の決断に影響を与えるほど長引くことがある。
伝統的な経済学では、製品の市場価格は二つの要素(需要と供給)の均衡で決まると考える。しかし、消費者が支払ってもいいと考える金額は簡単に操作されてしまう。消費者はさまざまな品物に対する選考や支払い意思額を自分の思いどおりには制御できていない。
また、需要と供給の力は独立していると仮定するが、実際にはふたつは互いに依存している。アンカリングの操作から見えるのは、需要が供給と完全に切り離された力ではないことを意味している。

ゼロコストのコスト

リンツの高級チョコと市販の低価格のチョコがどのような売れ方をするかの実験。
  • 実験1:リンツに一粒15セント、低価格チョコに1セントの値段で売る。
    その結果、73%がリンツ、27%が低価格チョコを選んだ。
  • 実験2:チョコの価格をともに1セントずつ下げる。つまり、リンツは14セント、低価格チョコは無料にした。
    その結果、31%がリンツ、69%が低価格チョコ(無料)を選んだ。
ここから言えるのは「通常の経済理論(単純な費用便益分析)では、値下げによる客の行動に変化は起きないはずなのだが、無料になると、行動に予想どおりに変化が起きる。
自分が本当に求めているものでないのに、無料になると不合理にも飛びつく。価格設定の世界ではゼロは単なる価格ではない。ゼロの効果は単独で独自のカテゴリーをつくる。
人はお金を払う時、金額に関係なくなんらかの精神的な痛みを感じる。社会科学では「出費の痛み」と呼び、苦労して手にいれた現金を、どんな状況であれ手放すときにつきものの不快さだ。
特徴は2つ。
  • 何も支払わないときは何の「出費の痛み」もない。
  • 「出費の痛み」は支払金額にわりあい鈍感。請求額が高いほど痛みは大きくなるが、1ドル加算されるごとに増える痛みは小さくなっていく(感応度低減性とよぶ)。

社会規範のコスト

人間は2つの世界に同時に生きている
  • 社会規範が優勢な世界
  • 市場規範の支配する世界
「社会規範が優勢な世界」とは、他人のためを思った行動に、金銭等で見返りを要求しない世界。いいかえると、社交性・共同体の必要性と切り離せない社会規範によって行動が決められる世界のこと。
「市場規範の支配する世界」とは、賃金契約や購買、価格、利息、などシビアなやりとりが人の行動を決める。支払った分に見合うものが返ってくる厳格さや、独立心・独創性・個人主義を育むものだ。
この2つの世界の切り分けをうまく行わないと、うまくやっていけない。社会規範に基づき、善意で行ったことに対して金銭で返されたら誰もが不快に感じる。また、市場規範のもとで行われる取引を友人だからといって曖昧に済まそうとすると、信頼を失うことに繋がる。
社会規範と市場規範をべつべつの路線に隔てておけば、順調にいく。2つが衝突すると、たちまち問題が起こる。実際、お金のためより信条のために熱心に働く人びとの例はいくらでもある。
お金よりプレゼントの方が断然よい。報酬としてプレゼントをもらった方がそれがたいしたものでなくても、社会的交流(社会規範)の世界にとどまることができる(ただし、プレゼントの金額を口にするのはタブー)。
市場規範の場合は、お金のことを口にするだけで十分。
託児所での実験
子どもの迎えに遅れてくる親に罰金を科すのは有効か。結果は、罰金はうまく機能しないどころか、長期的には悪影響がでる。
罰金が導入される前は、先生と親は社会的な取り決めのもと、遅刻に社会規範をあてはめていた。そのため、親は時々遅れると後ろめたい気持ちになり、その罪悪感から、時間どおりに迎えに来ようという気になった。それが罰金を科すことで、社会規範を市場規範に切り替えてしまった。
遅刻した時にお金を支払うことになると、親はその状況を市場規範でとらえ、罰金が科されているのだから、遅刻するもしないも決めるのは自分となり、頻繁に遅れるようになった。
(戻しても、親は社会規範に戻らなかった。罰金もなくなったので、かえって遅くなった)。

書籍内容

「現金は盗まないが鉛筆なら平気で失敬する」
「頼まれごとならがんばるが安い報酬ではやる気が失せる」
「同じプラセボ薬でも高額なほうが効く」
人間は、どこまでも滑稽で「不合理」。
でも、そんな人間の行動を「予想」することができれば、長続きしなかったダイエットに成功するかもしれないし、次なる大ヒット商品を生み出せるかもしれない!行動経済学ブームに火をつけたベストセラーの文庫版。


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