異次元緩和の終焉  野口悠紀雄  2018.3.24.


2018.3.24.  異次元緩和の終焉 金融緩和政策からの出口はあるのか

著者 野口悠紀雄 1940年東京生まれ。東大工卒。64年大蔵省入省。72年イェール大Ph.D(経済学博士号)。一橋大教授、東大教授、スタンフォード大客員教授、早大ファイナンス研究科教授を経て、早大ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、一橋大名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。『情報の経済理論』で日経・経済図書文化賞、『財政危機の構造』でサントリー学芸賞政治経済部門、『バブルの経済学』で吉野作造賞

発行日           2017.10.13. 11
発行所          日本経済新聞出版社

l  量的緩和政策は、実体経済に影響を与えることが出来ず、「金融政策は死んだ」。国債市場でも株式市場でも日銀の存在が巨大化し、「金融市場は死んだ」。そして、金利上昇は「日本経済の死」に結び付きかねない。では、いかなる政策を採用すべきなのか?
l  日本経済にとっての最大の課題は、金融緩和政策からの脱却を如何にして実現するかだ。しかも、出来るだけ早く脱却すべきだ。遅くなれば脱却は不可能になる
l  異次元金融緩和政策の誤りを総括し、本当に必要とされる経済政策を明らかにする

はじめに 2017.9.
いま日本経済にとっての最大の課題は、金融緩和政策からの脱却を如何にして実現するか
異次元金融緩和政策で大量の国債購入により175月現在長期国債発行残高の40%を日銀が保有するという異常事態で、金利が実勢を反映していない状態
株式市場も、日銀によるETF(上場投信)購入によって支えられる形になり、株価が企業の実態を表していない
さらに銀行が日銀に保有する当座預金の残高が国債購入代金によって膨れ上がる一方、161月のマイナス金利政策の導入により銀行の収益が悪化
世界の潮流は、金融緩和政策をやめ、金利が上昇傾向にある ⇒ 日本で金利が上昇すると日銀に巨額の損失が発生(1%の上昇で23兆円)、債務超過にでもなったら前例がないだけにとるべき対策の検討がつかない
ようやく出口戦略の議論が始まったが、マーケットとの対話を繰り返すことによって、将来の政策方向を予測できるような環境を整備し、関連するデータを提供することが必要

序論 「金融政策の死」を「経済の死」につなげぬために
0106年 量的緩和政策実施 ⇒ 日銀が銀行から大量の国債を購入したが、市中に供給されるマネーの量は増えず、物価上昇率が高まることもなく、株価が上昇して為替が円安になっただけで、実体経済のパフォーマンス改善できず
金融政策の成果を評価する指標としてはいかが考えられる
最終的指標 ⇒ 社会の厚生がどれだけ変化したかを表す指標で、政策の最終評価となる
中間的指標 ⇒ 最終目標達成のための手段に関する指標で、今回は消費者物価上昇率を採用したが、まず取り上げるべきはマネーストック(経済に流通するマネーの量)
そもそも金融政策とは、マネーストックの変化を通じて、経済に影響を与えるもので、それが変化しない限り、金融政策が経済に影響を与えることはできない
13年に導入された異次元緩和では、マネーストックの増加率はほとんど変化せず
マネタリーベースとは異なるもので、マネタリーベースは異次元緩和によって増大したが、市中に回る金の量はほとんど変わらない
マネタリーベース ⇒ 銀行券発行高+貨幣流通高+日銀への当座預金
マネーストック ⇒ 現金通貨(銀行券発行高+貨幣流通高)+民間金融機関への預金
円安現象についても、金融政策の効果か否かは不明だし、最終目標に対してプラスの効果を持つとは言えず、日本経済全体の観点からもそれが望ましいかどうかは大きな疑問
現実は、円安が進んで株価が上がり、実質賃金引き下げで消費が停滞 ⇒ 格差拡大
本書では、金融政策の最終目標を実質GDP、あるいは実質消費支出を考える ⇒ いずれも望ましい成果を示さなかった
実質賃金が上昇しなかったのは、消費者物価の上昇率が高まったから ⇒ 15年から変化し、原油価格の大幅下落により物価上昇率が下落した結果、実質賃金の伸び率がプラスとなり、実質消費が回復 ⇒ 日銀の中間目標だった物価上昇率引き上げは、最終目標の実質消費に関してマイナスの影響を与え、中間目標未達が、最終的指数が改善された
インフレ率引き上げという中間目標は、実質消費を最終的指標と考える限り、誤りだった
14年以降の実質消費落ち込みを消費増税のせいとしているが、14年秋頃からの原油価格下落は消費増税の効果以上のプラスを日本経済に与えている
今後、物価上昇率が高まって金利が高止まりした時点で緩和政策を停止すると、日銀には巨額損失が発生するところから、緩和政策は極力早く脱却すべきというのが本書で訴えたい点
リーマンショック後の先進国では、実質金利が低下して金利政策を行う余地がなくなったために、量的緩和に走ったが、実体経済に影響を与えなかった ⇒ 金融政策の死となり、金融市場を殺した結果、経済全体の死に繋がりかねない
維持可能な経済活性化のためには、新しい技術を取り入れ、産業構造を変えることによって、生産性を高めていくことが必要 ⇒ 異次元緩和によって空費した3年を取り戻せ!

第1章        効果なしと分かっていた量的緩和をなぜ繰り返したのか?
01年の失敗にもかかわらず異次元緩和を導入したのは、国債購入額の規模拡大による人々の期待の変化を考えたからだろうが、株価や為替などの資産価格には影響を与えたものの、設備投資などの実体経済に影響を与えることはなかった
インフレ率を高めれば、経済が好転するというのは誤り
01年の円安は、大規模介入と同時に、アメリカの住宅バブルによる日米金利差が背景にあり、輸出主導経済成長は一時的なもので終わり、消費者物価上昇率はマイナスのまま
アメリカでは、リーマンショック直後から金融緩和政策開始 ⇒ 08QE1(Quantative Easing)導入、マネタリーベースは6年で約5倍にもなったが、最大の効果はレバレッジド投資を容易にしたこと、つまり投機資金の調達を容易にしただけで終わる
アメリカの株価上昇は金融緩和の結果ではなく、新しい技術の導入により、収益性の高い事業を展開したからで、アップルやグーグル(アルファベット)など限られた企業に限定
10年 日銀が「包括的金融緩和政策」を導入 ⇒ 物価が安定するまで実質ゼロ金利政策を継続するとともに、日銀券を限度とした国債購入の枠を撤廃
12年の選挙で大勝した安倍自民党が金融緩和を標榜していたため、緩和政策が加速
13年 日銀が「異次元金融緩和政策」を導入 ⇒ マネタリーベースを年間6070兆円増加、国債保有残高を年間50兆円増加(→毎月のグロス購入額7兆円)
「期待が経済を動かす」というのが、異次元緩和の基本的なメッセージ
「期待」の役割について考える際に重要なのは、資産価格と財・サービスの価格を区別すること
為替レート、金利、株価などは、資産価格で、これらは期待によって大きく変動
一方、消費や投資、輸出入や貿易収支、生産、賃金や雇用などは、ファンダメンタルズと呼ばれ実体経済を表し、期待だけが変化してもそれによって大きく影響されることはない
資産価格と実体経済の遊離は、13年に顕著に進む ⇒ 円安株高で資産価格に動向が集中、実体経済が改善しつつあるという錯覚に陥った。ただし不調の実体経済は、公共投資の拡大と住宅の駆け込み需要で覆い隠された
ファンダメンタルズから乖離した価格上昇がバブルの遠因
異次元緩和が物価上昇させるメカニズムが明示されなかったことが問題 ⇒ 賃金との関係が重要で、当然物価上昇率に応じた賃金増加が経済全体として実現されなければならないが、そのためには高付加価値産業の誕生が必要で、その方策が成長戦略で示されなければならない。さらに金利に対する影響として、物価上昇率が上昇すれば当然名目金利も上昇するため、金融機関の保有する国債の価値が下落、日銀も同様、政府の利払いも増加

第2章        弊害の大きいマイナス金利と長期金利操作
アメリカは14年にQEを終了したが、日本とユーロ圏は緩和を進める
14年 日銀は追加緩和措置を導入 ⇒ 円安進行(金利差以外に「期待」の変化の結果)
161月 マイナス金利導入 ⇒ 日銀当座預金への付利をマイナスに。狙いは円安
169月 長期金利を操作する政策に転換 ⇒ 伝統的な金融政策への回帰だが、長期金利は本来市場の期待値によって左右されるために正確に操作するのは難しいものとして市場に委ねてきたものを操作しようというのは、従来からの日銀のスタンスと矛盾
マイナス金利政策によって銀行貸し出しの増加を狙ったが期待通りにはいかず、利鞘の縮小で銀行収益は悪化

第3章        評価(1) 物価上昇率目標2%は達成できず
マネーストックが増えなかった ⇒ 金融政策の効果は生じない。日銀が民間銀行から有価証券を買い入れた資金は銀行の当座預金に振り込まれるが、そこでストップして経済に流通するマネーの量は増えなかった
物価上昇率引き上げ目標が達成できないため、消費者物価指数に影響の大きいエネルギー関係を除くべく見直そうという議論もあるが、そういうことではなくて、物価を目標にすること自体の誤りを認め撤回すべきだ

第4章        評価(2) 消費を増やさず、格差が拡大した
異次元緩和政策導入以降に円安が進み、これによって消費者物価が上昇したが、名目賃金の上昇率が低かったので実質賃金が下落したため、消費は低迷を続けた
2016年には円高と原油価格下落によって消費者物価が下落し実質賃金が上昇、消費が回復 ⇒ 消費支出は、消費者物価の上昇で低迷し、下落で増加したので、日銀のインフレ目標が達成できなかったために経済が成長
実質消費を増やすためには、実質賃金の伸びが必要で、政府は春闘に介入して賃上げ要請を行っているが、春闘参加企業は主に大企業のため、経済全体の賃金上昇率との間には大きな乖離がある(14年の介入以降春闘の賃上げは2%を超えているが、名目賃金上昇率はコンマ以下でしかない)
円安は企業利益を増大させたが、企業は内部留保を増やしただけで、株価上昇によって富裕層の資産が増大し、格差が拡大

第5章        世界は金融緩和政策からの脱却を目指す
アメリカは量的緩和政策を14年に終了、15年からは政策金利引き上げに向かい、トランプが減税・財政拡大策を打ち出したことにより長期金利も上昇 ⇒ 金融正常化へ

第6章        出口に立ち塞がる深刻な障碍
巨額の損失の発生 ⇒ 金利上昇によって、日銀にも財政にも大きな負担となる
金融緩和政策の終了とともに、それまで抑圧されていた長短金利は上昇
日銀の収益は、国債の利子が減り当座預金の不利が増えるので悪化、保有国債にも損失発生、満期落ちでも損失 ⇒ 数十兆円規模の債務超過に ⇒ 日銀の国庫への納付金が減少すれば国民負担が増大
金融緩和政策から脱却した場合の影響は、主として金利と為替レートを通じて生じる
もともと金融緩和政策は、最初の取り掛かりであり、構造改革政策が準備されるための時間稼ぎと位置づけられたもので、金融緩和だけで日本経済が改善するとは考えられていない ⇒ 金利が上昇しても、必ず円高になるわけではないが、日銀のETF購入が終わると株価が下落する危険がある
株価を決めるのは、本来利益の成長の見通しであり、それを支えるのは実体経済の改善
日銀の推定株式保有残高は17兆円を突破、日本株保有額で第3
金利上昇は民間金融機関の保有する国債の損失となって直撃 ⇒ 大手は保有国債の平均残存期間を短期化することにより金利上昇リスクの回避策が出来ているが中小はまだ
金利上昇は国債の利払い費も増加させるが、4年程度で国債残高の半分が新金利になるので、利払い費が30兆円を超える「悪魔のシナリオ」となる
日本の財政は、これまでデフレと低金利によって利払い費を圧縮できたために、辛うじて存続してきたので、金利が正常化すれば利払いだけで到底もたない

第7章        本当に必要なのは構造改革
金融政策や財政政策などマクロ経済政策は、元々経済の一時的な変動に対処するためのもので、潜在成長率そのものを永続的に高めることはできない ⇒ 産業構造の改革が必要
人と資本に関して鎖国を続ける限り構造改革はない




(書評)『異次元緩和の終焉 金融緩和政策からの出口はあるのか』 野口悠紀雄〈著〉
20171230500分 朝日
 噴火の時待つ巨額損失のマグマ
 本書は、日銀の量的緩和政策になお期待をかけるすべての関係者への警告だ。量的緩和政策が経済を何とか持たせているように見えている間にも、矛盾はマグマのように溜(た)まり、噴火の時を待っているのだ。
 まず著者は、量的緩和政策を徹底批判する。この政策の開始以降、日銀はいまだ物価目標を達成できていない。緩和マネーは投資や消費に向かわず、企業の内部留保として積み上がっている。株式などの資産購入は株価上昇を通じて富裕層の資産価値を引き上げ、格差拡大をもたらしている。
 仮に日銀が物価目標を実現しても、この政策からの脱却の際に、日銀に巨額損失が生じうる。なぜか。緩和の終了は、金利上昇をもたらす。これが、日銀に重い金利負担をもたらすのだ。日銀が金融機関から国債を購入する際には代金が、彼らが日銀内にもつ口座に振り込まれる。日銀はその残高に利子を付けねばならない。金利上昇でこの支払利子が、日銀の保有する国債の金利収入を上回るため、「逆ザヤ」が発生する。加えて日銀は、市場で巨額の国債購入を続けるため、額面より高い価格で購入している。国債の償還時には額面通りの金額しか戻らないため、ここでも損失が発生する。
 著者の試算では、日銀の自己資本約7・6兆円に対し、これらの損失合計はなんと約45兆円にも上り、日銀は債務超過に転落する可能性が高いという。問題は日銀に留(とど)まらない。極めつきは、財政破綻(はたん)だ。金利上昇のため、いまは抑えられている国債利払い費が急増。著者のシミュレーションによれば、2023年度にも「利払い費+元本償還費」で予算の半分に達し、事実上の財政破綻となる。
 著者は、深手を負わない早期の退却を推すが、日銀は議論を避けている。日銀が真に独立性と透明性を有するなら、自らの政策がもたらす巨大なリスクについて、市場や国民との対話を始めるべきだろう。
 評・諸富徹(京都大学教授・経済学)
     *
 『異次元緩和の終焉 金融緩和政策からの出口はあるのか』 野口悠紀雄〈著〉 日本経済新聞出版社 1944円
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 のぐち・ゆきお 40年生まれ。一橋大名誉教授(ファイナンス理論、日本経済論)。『金融政策の死』

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