望郷の道  北方謙三  2013.11.22.

13.11.22.  望郷の道 上下

著者 北方謙三 1947年唐津市生まれ。中大法卒。81年『弔鐘はるかなり』でデビュー。83年『眠りなき夜』で吉川英治文学新人賞、85年『渇きの街』で日本推理作家協会賞、91年『破軍の星』で柴田錬三郎賞、04年『楊家将』で吉川英治文学賞、06年『水滸伝』で司馬遼太郎賞
13.11.2.紫綬褒章

発行日          2009.3.20. 第1刷発行
発行所          幻冬舎

日本経済新聞2007.8.6.2008.9.29.連載に加筆・修正を施したもの

上巻
福岡・遠賀川で船頭のまねごとをしながら日々を過ごす小添家三男・正太。佐賀県内に3つの賭場を持つ藤家の女将・瑠瑋。接点などまるでなかった2人が出会った時、思いもよらなかった人生の扉が開く。婿養子として藤家に入った正太は賭場の改革を進め、見事に家業を拡大していく。その隆盛を妬む者たちの陰謀が背後に忍び寄っていることを知らずに・・・・。
藤の賭場を邪魔する親分を殺そうとして、大親分に止められ、親分は廃業へ、正太は九州を追放され、台湾行きの船の缶焚きの働き口を見つける、目的もなしに台湾に渡る
下巻
愛する家族を守るための凶行。九州を追放された正太は、日清戦争後の混乱著しい台湾へそして、拭いがたい虚無を抱えながらも菓子屋の事務員として働き始める。ある日、失意の正太の前に突然瑠瑋が幼子を連れて現れた。再会を果たし活力を得た正太は、菓子屋「七富士軒」を創業し競争の激しい商いの世界に身を投じるが・・・・・。混迷の時代を、自由に、力の限り生きた男女の物語が辿り着く感涙のラストとは?
菓子業界での地位を確立し、本土進出を企図、成功した証をもって九州の親分に所払いを解いてくれるよう頼み込み、許しを得て、九州から本土進出の第1歩を踏み出す


北方謙三が『望郷の道』 明治の気骨描き込む
200948
 一代で菓子会社を作り上げた曽祖父母をモデルに、明治の日本人が持っていた成長へのひたむきな情熱を描いた北方謙三さん(61)の『望郷の道』(幻冬舎)が刊行された。「作家として生まれた意味があった」と振り返る北方作品の集大成となっている。
 北方さんの曽祖父・森平太郎は、バナナキャラメルや新高ドロップで知られた新高製菓の創業者。台湾で和菓子作りを始め、第二次大戦前には大手製菓会社に育てた。
 「小説的な家系というか、相当変わった一家です。4代目に小説家が生まれた以上、父祖に対する責務として、自分の生き方に影響を与えている原点を小説で書くべきだという気持ちがありました」
 物語では曽祖父の「正太」は、佐賀で賭場を仕切っていた曽祖母の「瑠(る)イ(王へんに「偉」のつくり)」と結婚し、貸元となるが、もめごとが起き、九州所払いとなる。裸一貫で台湾に渡り、そこで製菓事業を興す。
 貸元のときも「無法ば通したらいかん」という生き方を貫き、店を構えてからも商売について、「ほかんこつで、勝負の決まるとは、許せんばい」と不公正を許さない。
 「人間として恥ずかしいことをしてはいけないという家訓は今も生きています。資料は少なく、作家としての想像力の中で父祖をよみがえらせている気分でした」
 例えば、浮気がばれた正太が家に帰ると、瑠イが夫の着物を日本刀で一刀両断していたという場面は実話だが、九州所払いの真相は妻から逃げて家出をしただけだったかもしれないという。
 「画家の叔父がいたのですが、飲んでは没落した家系のあだ花は芸術家だと言い合っていました。彼なら、かっこよく書きすぎだと言うかもしれませんが、大きなところでは間違っていないはずです」
 無法を許さず、信念を持って生きる姿は、ハードボイルド作品や中国の歴史物の登場人物たちとも重なる。
 「働くことに何の疑問も持たず、身を粉にして働く。それが生きることと思い定めた強さがあった。そこに自分もひかれています。いわば日本人の原型ではないでしょうか」(加藤修)


コメント

このブログの人気の投稿

昭(あき)―田中角栄と生きた女  佐藤あつ子  2012.7.14.

大戦秘史 リーツェンの桜 肥沼信次  舘澤貢次  2012.10.13.

ヴェルサイユの女たち 愛と欲望の歴史  Alain Baraton  2013.9.26.