愛と魂の美術館  立川昭二  2012.12.20.


2012.12.20.  愛と魂の美術館 

著者 立川昭二 1927年生まれ。早大文卒。北里大名誉教授。医療史特に文化史・心性史の視座から生病老死を追究。1985年サントリー学芸賞

発行日           2012.9.25. 第1刷発行
発行所           岩波書店

初出 医療学術雑誌『Vita』、『NHK今日の健康』に連載したものを分類して整理

美術作品こそ、人の生き死にのありようを語る第一級の資料
9年前の『愛と死の美術館』の姉妹編
作品を描いた作者とその時代を生きた人々の声にならない声を想像。美術作品は本来人々の祈りや癒しの為に生まれ、そして表現者たちの創造への執念や無垢の感動から生まれたものであり、したがってそれらは人の生き死に、そして愛や魂に関わる人間の営みそのものだった


生と愛の章
1.        いのちは授かりもの ―― フラ・アンジェリコ『受胎告知』1450
 フィレンツェ・サン・マルコ修道院(現在はサン・マルコ美術館)
大天使ガブリエルが処女マリアに神の子イエス・キリストの受胎を告げる場面
「子は授かりもの」と言う伝統的な生殖観も生きているし広く信奉される。「命は授かりもの」と言う考えに繋がる。命は個として限られ閉じられたものではなく、先祖はもとより多くの他者の命と連なり、大宇宙に繋がっているという考え
貝原益軒の『養生訓』 ⇒ 人の命は父母を本とし、天地を初とす。天地父母の恵みを受けて生まれ、また養われるわが身なれば、わが私の物にあらず

2.        胎児、億年の生命記憶 ―― レオナルド・ダ・ヴィンチ『解剖図』 1510年頃
ダ・ヴィンチは、100体以上の人体解剖をしたと言われ、精密な解剖図を残している
解剖図の余白に、子宮は生命の「偉大なる神秘」と書き込んでいる
子宮は普段拳大で約50g、妊娠すると約1㎏、分娩後6週間で元に戻る
人は誰しも無意識下に子宮に戻りたいという願望を持つ。胎内回帰は人間の普遍的な願望であり、人間の究極的な救済に繋がる

3.        抱きしめる ―― ラファエロ『小椅子の聖母』1514
数多くの聖母子像の中でも最も人気の高い作品
抱き癖のある赤ちゃんほど感性が豊かな子供に育つという
師匠のダ・ヴィンチの聖母に比べ、親しみやすい表情をしており、世俗的で人間的な聖母

4.        性愛という原罪 ―― レンブラント『バテシバ』1654
旧約聖書の同名の物語を題材にした円熟期の作で、官能と霊性を一体化した女性美は突出
当時横行した姦淫を想起させる一方、胎内に宿した新しい生命に身も心もおののいている母性愛をも表している
預言者やイエスたちの心を最も悩ませたのは、性愛という原罪だったのではないか?

5.        神は細部に宿る ―― フェルメール『牛乳を注ぐ女』1660年頃
ごく日常の姿を細部にわたって書いただけだが、過剰なものはなく、全ての題材が細部までピタリと決まっているこの絵こそ、細部に神が宿っている。だからこそ全体に神が満ちている

6.        パンドラの宿命 ―― ワッツ『希望』1886
作者は「英国のミケランジェロ」といわれたワッツの代表作。「希望」は「慈愛・信仰」と共にキリスト教の3つの徳の1

7.        いのちへの無垢な歓び ―― ゴッホ『歩きはじめ』1890
ゴッホ最晩年の作、ミレーの絵の複製をもとに描く
「歩きはじめ」は誰しも我を忘れて感動する出来事であり、命への純粋無垢な歓びと感動を誰にでも与える一瞬は他にない。歩きはじめという命への無垢な感動が、ミレーとゴッホというかけ離れた2つの無垢の魂を一瞬触れ合せた奇蹟とも言える出来事

8.        生の欲求と不安 ―― マティス『ダンス』1910
ロシアの豪商が私邸を飾るために発注。3年前の『生きる喜び』の遠景に描かれた輪舞を拡大したもの
1人の人間の個として限られ閉じられたものを表す「生命」というより、個を超えて開かれ連続したものとして考えられる「いのち」を表しているのがこの作品

9.        生きる意味の転換 ―― コシチェルニクア『キリストの誕生』1944
アウシュヴィッツの強制収容所の中で作られた9x10.3㎝の小さな版画。作者も奇蹟の生還を遂げる。現在小淵沢のフィリア美術館収蔵

10.    微笑と瞑想と ―― 中宮寺『半跏思惟像』飛鳥時代
女身仏で、「如意輪観音」「弥勒菩薩」とも呼ばれる。中宮寺は聖徳太子の母の宮、後に尼寺となり今日に至る。朝鮮伝来で優美さが特徴の広隆寺の仏像に比べ、優しさに勁(つよ)さが感じられる。苦難と混迷に陥った時、日本人が回帰し再生する原点はこの仏像の表す微笑と瞑想の聖地である

11.    情念の昇華 ―― 内藤清美『光源氏と藤壺』2003
『源氏物語』第十帖の「賢木(さかき)」の一場面を、和紙彫塑という新分野で表現
人も物も全て和紙の生地そのままの「白」の世界、柔らかくて勁い和紙が醸し出す陰翳の深い「白」。民俗学で言うと「ハレ」の儀式の色

12.    楽に生きる ―― 久隈守景(くすみもりかげ)『夕顔棚納涼図屏風』江戸前期
狩野探幽門下の四天王の1人。のちに狩野派を離れ農村の風俗に取材した独特の画風へ
のどかな風情を楽しむ農民の生き方に共感 ⇒ 「楽に生きる」と願った蕪村にも通じる

13.    授乳、聖なる営み ―― 喜多川歌麿『山姥と金太郎』江戸中期
乳と乳房は、他者に与えるためだけの余剰な分泌物と器官
心は肌によって育つ。幼い頃十分に肌の触れ合いを体験してきた子どもは「キレる」ことはなく、豊かでしっかりとした人間関係が作れる

14.    風の中の子供 ―― 歌川国芳『子供あそび春げしき』江戸後期
元々子どもは「風の中」にいる存在。外の風に当たらないように育った子供より、外の風を早くからジカに体験した子供のほうが、早く自立した大人になる

15.    遊び、人間本然の声 ―― 安田靫彦『五合庵の春』1920
良寛に傾倒していた作者が、良寛の住む庵を描いた作品

16.    永遠をつむぐ深層時間 ―― 竹久夢二『砂時計』1919

17.    神はわれらの中に住む ―― 秋野不矩『朝の祈り』1988
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毎朝軒下の床にその家の信仰のシンボルを女性が描くのが習わし
日本とインドの文化交流は、岡倉天心と詩人・タゴールとの出会いに始まる。タゴールの家に滞在して「アジアは1つ」との理想を深め合った天心の弟子が秋野、タゴールのノーベル賞の賞金で建てられたタゴール国際大学に学ぶ

18.    私と繋がる「誰か」 ―― 石倉真理『生きていれば会える』2010
精神科病院の「造形教室」で病者が創作した作品。自己と向き合い、絵と出会い、自己表現を通して自己発見へ、更に相互治癒へと広がる。心を病む人たちの声にならないぎりぎりの魂の叫びともいうべき表現であり、現代人の心の奥に隠されている断層を抉り出す
人は人と繋がりたいと願う、繋がることによって生きていける、が、繋がろうとすればするほど繋がりが見えなくなる。世界のどこか目に見えないところの「誰か」との繋がりを想像でき確信できるなら、きっと目に見える「誰か」とも確かな繋がりが持てるに違いない

病と老いの章
19.    病の想像力 ―― 古代ギリシアの浮彫『奉納板』前5世紀
医神アスクレピオスに捧げた静脈瘤患者の病気治癒の絵馬に当たる
自らの病気を表現した図柄が刻まれることが多い

20.    「神の宿」、病院の原点 ―― 15世紀写本『修道院の病室』
イタリアの療養所の光景を描いた作品
病院の起源は修道院。癒し癒されるのは「聖なる」営み

21.    痛み、人間存在の証 ―― カスパル『大外科学』1559
ヘルニア手術の挿画
近代的な麻酔法がなかったため外科的手術は激痛を伴う

22.    刻まれたペスト体験 ―― ウィーン『ペスト塔』1692
別名「三位一体の塔」。167881年のペスト大流行終息を記念して、レオポルドI世の命によりバロックの芸術家たちが設計・制作
ヨーロッパには、ウィーン以外の都市にもペストの記念碑が残る ⇒ 同一の病気をモチーフにした記念碑がこれほど多く残されているということは、他に例を見ない。それだけヨーロッパ人の脳裏にはペスト体験が刻み込まれている

23.    文化としての「うつ」 ―― フェッティ『メランコリー』1620
寓意画、頭蓋骨を抱えた女性の憂鬱を表す
髑髏はその形状から、「死」のほかに「天空(宇宙)」というメタファーもあり、さらにイエスの処刑された「ゴルゴタの丘」はヘブライ語で髑髏の意もある

24.    病による転生 ―― ムンク『病める子』1886
モデルはムンクが14の時に死んだ1つ上の姉。母もムンクが5歳の時、同じ肺結核で死去。この作品がムンク23歳の時の作で生涯の画業の出発点となった

25.    魂の秋の華やぎと彩り ―― セザンヌ『庭師』1906
セザンヌ最後の作品

26.    「いま」を生きる ―― ピカソ『手まわしオルガンひき』1905
原題は「子どもを連れた坐るサルタンバンク(旅芸人のこと)
老人と横に坐る少年の繋がりは不明、無価値かもしれないが、だからこそ純粋で深遠な繋がりとも言え、この2人を包む空気に深々とした聖性を感じる

27.    回想という蘇生力 ―― グランマ・モーゼス『引越し』1951
91歳の農家のシュフの作品。カレンダーやクリスマス・カードにたくさんの作品がある
76歳から書き始め、年と共に生き生きとした若々しい創造の世界を生み出し、101歳で亡くなるまで1600点の作品を残す
年を取ると記憶力は衰えるが、回想力はむしろ増大、中高年に自信と誇りを与え、心を若返らせ、身体を生き生きとさせ、医学的に言えば免疫力を活性化させる

28.    描かれた生活習慣病 ―― 平安時代絵巻『病草紙』平安時代
「風病」とあるが、記載内容からは脳卒中の症状を描いたものと思われる
もう1枚の絵は、高利貸しで成功した女が美食で一人で動けないほど肥満した様子が描かれている

29.    共に生きる老若男女 ―― 住吉具慶『洛中洛外図巻』江戸前期
のびのびとした農民や町人の表情が印象的。日常的に人の生病老死の風景があり、それをしっかりと家族で担い、地域で支え合い、生と死の「文化」がきちんと継承されていた
高度成長と共に、生病老死が暮らしの中から遠ざけられたことが、日本人の社会と文化のありよう、そして心や体にいかに深い変化をもたらしたか。「老若共生社会」実現のためには、人の生病老死が暮しの中で営まれ守られていた「文化」を取り戻すことが先かもしれない

30.    老いを笑う ―― 仙厓『老人六歌仙画賛』江戸中期
博多の臨済宗の名僧が老人を六歌仙に見立てて画賛をつけて描いたもの。老人の浅ましさが歌に詠まれているが、老人たちはおおらかで明るい表情。老人への応援歌

31.    無事天真を保つ ―― 石川大浪『杉田玄白』1812
80になった玄白がモデル。玄白自賛になる以下の「九幸」を包含した五言詩が添えられる
玄白は、晩年「九幸」という号を愛用。平和な世に誕生、都で育つ、上下に交わる、長寿、俸禄、貧乏せず、名声を獲得、子孫が多い、老いてなお壮健の9
都会人玄白の生き方は、今日の日本人の生き方そのもの
文筆家としても優れ、絵筆も振るい、詩人としての豊かな情念の発露を持つ
玄白の書で最も光彩を放つのは、83歳の時の『蘭学事始』と84歳で最後に書いた『耄耋(もうてつ)独語』(老いぼれの独り言)で、後者は自虐的とも言える冷徹な目で老残の我が身を自己解剖している ⇒ 小水の時は「陰器縮まりて自由ならず」
最後の書 ⇒ 医事不如自然(医事は自然に如かず) 「八十五九幸老人書」と署名

32.    医者三分に患病七分 ―― 平野重誠『病家須知』江戸末期
江戸の開業医の素人向けの家庭医書(1832年刊)に載った挿絵 ⇒ 病人の家族の心得を説いた。看護・介護が1つの生活文化として要請された時代的背景が窺える
「一に看病、二に薬」とも言い、治療や薬より看護や介護、つまりケアの方が大事だと説く
看病の根本は、病人への細かい気配り

33.    端然として向き合う ―― 鏑木清方『曲亭馬琴』1907
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失明した滝沢馬琴が「南総里見八犬伝」の最終稿を嫁に口述筆記させている画
夫に早く死なれ、病弱の子供を育て、口うるさい舅に仕え、姑に嫉妬されながら、舅の晩年は目となり杖となって仕えた嫁お路の姿こそ、端正・端麗と言える

34.    人力車と医者と病人と ―― 錦絵『はやり風用心』1881
その年の冬に流行したインフルエンザ(「お染風」)の予防法を絵解きしたもの
明治大正の医療環境は人力車によって作られた ⇒ 病人も医者も人力車で運ぶ

35.    細胞をすすぐ浄化感 ―― 宮沢賢治「空の裂け目」
賢治自身は題名をつけていないが、別名「ケミカルガーデン(硅化花園)
肺結核に冒された賢治が痛みや高熱に喘ぎながら、自分の病んだ肉体の六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)が洗い流されていく感覚を体験し、「細胞浄化」をイメージ体験する ⇒ 現代のがん医療における精神腫瘍学(サイコオンコロジー)におけるイメージ療法の先駆的ケース。身体の浄化作用をイメージして免疫力を高めるとがん細胞が退縮していく効果があると言われている

36.    大地にからだをまかす ―― 池田遙邨『山頭火』1988
放浪の詩人を描いた連作のうちの1
山野を放浪する山頭火の生き方は、現代人にとって憧れ以上の存在かもしれない

死と魂の章
37.    「まなざし」の時空 ―― 古代ギリシアの壺絵『出陣する兵士』前5世紀
古代ギリシアの陶製の葬祭用のレキュトス(香油壺)に描かれたモノ。エトルリア出土
出征する兵士の鋭い目つきに注目 ⇒ 単に相手を見ているだけでなく、「まなざし」という魂の目になっている

38.    悼む、死者の魂を鎮める ―― 古代ギリシアの浮彫『悲しみのアテナ』前5世紀
アテネのパルテノン神殿のレリーフ(浮彫)。スパルタとのペロポネソス戦争と疫病で大打撃を受けて悲しむ女神の像

39.    死者が生者を導く ―― ミュンスター寺院『死の舞踏』15世紀
ベルンのミュンスター寺院の内陣の窓のステンドグラス。特定の題材はなく、踊る死者が様々な姿で生者を導いているように見える。「死の準備教育」のための教材かも

40.    生と死の思索者、蝋燭 ―― ラ・トゥール『大工の聖ヨセフ』1640
深い闇の中で蝋燭の光に照らし出される人々を描いた「夜の画」に傑作が多い

41.    死と性のエクスタシー ―― ロセッティ『ベアータ・ベアトリクス』1864
亡き妻がモデル。ダンテというファーストネームを持つ画家がダンテに心酔し、ダンテの永遠の恋人ベアトリーチェになぞらえて描いた作品
ふっと開いた唇にエロチシズムを感じる

42.    死のロマンチシズム ―― バリア『ショパンの死』1885
死後36年経って、ジョルジュ・サンドの娘の書き遺した言葉から想像して描いた作品 ⇒ 死の床に横たわるショパンの希望で、ポトツカ伯爵夫人が涙ながらに歌う

43.    魂の同伴者 ―― ルオー『キリストの弟子たち』1936
最晩年の連作版画『受難(パッシオン)』の1枚。真ん中の白衣がキリスト
行く手に広がるばら色の夕焼雲が、キリストと弟子たちの将来を暗示

44.    既視感、別の世界を生きる ―― ホッパー『海際の部屋』1951
光の多面体を描こうとした画家の作
アメリカのどこにでもあるありふれた風景に既視感を誘う

45.    魂の中にある国 ―― シャガール『セーヌの橋』1954
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民族と宗教の葛藤と抗争に巻き込まれながらも、愛と魂を描き続けた画家
「橋」と題して、相対立するもの同士に橋を架けようとしたのではないか

46.    蛍と魂、そして風 ―― 鈴木靖将『箜篌(くご)の音』2003
鈴木靖将万葉画
万葉時代の楽器で竪琴。背景に飛ぶ蛍は源氏物語でも魂に擬せられ、命の哀しさをも表す

47.    あくがれいずる魂 -- 上村松園『焰』1918
これほど情念を露わに表現した凄艶な作品は生涯唯一。世阿弥作の能『葵上』に題材を得ている。葵上に取り付いたかつての恋人六条御息所の生霊が、振り向きざま怨嗟の眼差しを投げかけながら立ち去る場面
作者自身描いた理由がわからないというが、松園をモデルにした小説『序の舞』で宮尾登美子は、松園が愛人に捨てられ、懊悩の末にこの絵を描いたという設定にしている

48.    花浄土、生死のあわい -- 鎌倉時代絵巻『西行物語絵巻』鎌倉初期
津軽家本の断簡。満開の桜の木の下で1人の僧がゆったりと横になり、散りゆく花に見惚れている。咲いている花を愛でられる梅に対し、桜は散るところが愛でられてきた
西行の句「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ」は辞世の句ではなく60代半ばで「こんな風に死にたい」と願って詠んだ句。それが有名で衝撃的なのは、自身が73歳でこの歌の通りの死に方をしたこと

49.    鎮魂と池と河原 -- 山形県上山市宝泉寺所蔵『地獄極楽図』江戸末期
血の海に浮かぶ女と賽の河原で石積みをする水子を描いた
法泉寺の隣家に斎藤茂吉が住み、寺の住職に読み書きの手ほどきを受けたが、1906年の処女歌集『赤光(しゃっこう)』の冒頭に「地獄極楽図」という連作を残している

50.    死と再生の自画像 -- 関口清『遺作』1945
戦争末期、宮古島の野戦病院で戦病死する痩せ衰えた自分自身を手帳に描いた作品(描いたのは89日、19日死亡)。もう1枚は動けない自分の周りに食べ物を一杯描いた絵
作者は東京美術学校の油絵科卒、43年入営した学徒兵の1人。『きけ わだつみのこえ』に文章とともに収録されている


51.    明るい帰り道 -- 熊谷守一『ヤキバノカエリ』1948
文化勲章も断って寝転んで虫を眺めて暮らした「画壇の仙人」の作、67歳の47年に長女が肺結核で死去した時の画。なぜか人も周囲もどこか明るい
漱石が5女を急死させた体験を描いた『彼岸過迄』や、横光利一の『旅愁』にも、焼き場の帰り道が「(存外)明るい(のを奇妙に思い)」との記述がある
人は親しい者の骨を抱えて帰る時がある。人は必ず自分の骨が誰かに抱えられて帰る時が来る。その時、空が明るく静かで、骨が軽く温かであることを、誰しも願うのではないか

52.    完成としての死 -- 平山郁夫『入涅槃幻想』1961
入涅槃幻想
被爆者として生死の境をさまよった平山は、いつか釈迦涅槃の図を描こうとして構想が纏まらなかったが、岳父の死から想が固まる
「涅槃に入る」には世界が平和でなければならないので、作者の意図には世界平和への祈りが欠かせない

53.    愛と死の「神話」 -- 坂下広吉『アンドロメダ』1990
愛の神話をテーマとした作品
現代人が不安と孤独から脱するためには、各人が自分に相応しい「個人神話」を持たなければならない。神話によって愛の永遠が確信され、生と死は繋がりを持ち、人は安心して死を迎えることができる

54.    無心の祈り -- 石井一男『女神』2002
アクリルで描かれた小さな作品。世間と隔絶しながら書き続けてきたが49歳で突然発掘され個展を開くと、病に苦しむ人や死の床になる人の守り神のように愛蔵され、思いもよらない光を浴びた作家。売れるようになってからも路地裏的生活は変わらない
「最期に見る絵画」「最期に聴く音楽」 ⇒ ターミナルケアで用いられる臨終の伴奏(エンディング・アート、エンディング・ミュージック)は、人さまざま



愛と魂の美術館 []立川昭二
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画と文に触発され思索の旅へ

 絵と美術をめぐるエッセー集である。作品は、フラ・アンジェリコ「受胎告知」、シャガール「セーヌの橋」、中宮寺「半跏思惟(はんかしい)像」、上村松園「焔(ほのお)」……など54点、古今東西に及んでいる。
 ここしばらく枕元に本書があって、画に見入り、その論考を読みつつ寝入る日が続いた。画の残像や想念のかけらがちらつきながら夢路へと導かれるのであった。
 著者は、個々の作品に対して「自分なりの思いを自由にくり広げていただければいい。それが本書の目的」と記す。そう、画と文に触発されて自由な思索の旅を楽しんでいい本なのだろう。
 最終作品に、石井一男の作品が取り上げられている。50代になって世に出、神戸の棟割り住宅に暮らす孤高の画家である。童女とも野仏とも菩薩とも見える「女神」像。評者の好きな画家でもあるが、「ただ無心にたたずんでいる」ゆえに「ふかぶかとした世界」へと誘ってくれるとの指摘、うなずくものがある。
    
 岩波書店・3570円

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