源氏物語 瀬戸内寂聴 2025.10.24.
2025.10.24. 源氏物語 10巻
訳者 瀬戸内寂聴
発行日
巻1
1996.12.11. 第1刷発行 1997.1.24. 第4刷発行
巻2
1997.2.25. 第1刷発行 1997.6.5. 第6刷発行
巻3
1997.4.25. 第1刷発行
巻4
1997.5.24. 第1刷発行
巻5
1997.7.10. 第1刷発行
巻6
1997.9.3. 第1刷発行
巻7
1997.10.30. 第1刷発行
巻8
1997.12.19. 第1刷発行
巻9
1998.2.27. 第1刷発行
巻10
1998.4.2.. 第1刷発行
発行所 講談社
源氏のしおり 瀬戸内寂聴
l 源氏物語とは
日本が世界に誇る文化遺産として、筆頭に挙げてもいい傑作長編の大恋愛小説
小説が傑作と評価されるには様々な条件がある。内容の面白さ、文章のよさ、登場人物の魅力、読後に余韻を引く深い感銘度等々。『源氏物語』はそのすべてを具える
巻頭には、光源氏の、生前の父帝と生母の恋が据えられ、光源氏の死後は、その孫の世代の恋愛事件にまで筆が及ぶ、4代にわたる恋愛長編小説
1帖毎に巻名をたてた全54帖は、「桐壺」~「夢浮橋」まで約4000枚、登場人物も430人
作者は複数との説もあるが納得いく根拠はなく、単独の作という説で落ち着いている
紫式部は『源氏物語』の他に、自選と思われる自作の歌を集めた家集『紫式部集』と、随筆風の『紫式部日記』を残しているが、この2つは自作に間違いない
『日記』には、1008年の条に藤原公任が来た時のことが記載され、「若紫」の巻までは紫式部が執筆し、『源氏物語』が宮廷で評判になっていたことがわかるし、また一条天皇が作者の学才を認め、同輩から「日本紀(にほんぎ)の御局」とあだ名されたとの記載もある
l 作者としての紫式部
大作を書き残した背景には、彼女が天賦の文学的才能に恵まれていたことに加え、才能を研鑽する努力が払われ、それを可能にする境遇が具わっていたことがある
生年月日も官名も不詳。父は藤原為時、母は藤原為信の娘。973頃~1014頃。両親の家系とも、藤原良房の兄弟を先祖にする名門だが、両親の代では、大方は受領階級で、一流の貴族ではないが、両家とも代々歌人として認められた
父は、詩文が認められ、花山天皇の代には式部の丞・大丞を歴任
文人的気風の満ちた家風の、夥しい蔵書のある生家で、幼児から文学に親しみ、一端の文学少女に育つ。結婚は遅く、父ほどの年齢の藤原宣孝と結婚。羽振りの良い受領だった
1人娘賢子(けんし)を産んだ直後、1001年宣孝は病死
関白になった道長が、娘彰子を一条天皇の中宮に入台させたが、若すぎて一条天皇の愛は先に入台していた姪の皇后定子に強い。定子の周囲には清少納言や和泉式部などがいて趣味の高い文化的サロンを構成し天皇の気持ちを惹きつけていたこともあり、それに負けないためのサロンを作ろうとして、道長が目を付けたのが紫式部で、宮仕えが決まる
道長というパトロンを得て、紫式部は心おきなく、『源氏物語』の執筆に没頭
最高の読者は一条天皇と彰子。一条天皇は、『源氏物語』の続きが知りたくて彰子の部屋を訪れる。当時の物語の鑑賞法は、声に出して読むのを聞くのが常で、後宮に広がった
至高の国家君主と政治権力者に支えられるという自信と誇りがこの大長編を書きあげる紫式部の情熱の根源にあった
l 第1部
54帖の長篇は、「桐壺」から「藤裏葉」までの33帖までを第1部と見る
主人公光源氏の両親の恋に始まり、光源氏の誕生から、青春の恋の様々と、恋ゆえに起った運命の砂鉄と、その試練を越えての、栄華の絶頂期までを書く。光源氏39歳まで
1.
桐壺
物語の構成上最も重要となる父桐壺帝の后藤壺への秘かな初恋の芽生えなどが配置され、その後の展開への興味を掻き立てる
桐壺帝は、身分の低い桐壺の更衣(皇后、女御の次の位)を異常に惑溺。重臣や世間の目から顰蹙を買い、嫉妬した他の后から苛め抜かれ、心身ともに衰弱して死に、3歳の皇子が残る。唐の玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を主題にした『長恨歌』に準えている
帝は皇子を宮中に引き取り膝下で育てるが、占いで帝王の相があるが、そうなると世が乱れると言われ、臣下にして源氏姓を賜う。皇子の絶世の美貌と、類稀な聡明さから、光の君、光源氏ともてはやされる
桐壺更衣の死後憂鬱がちの帝は、先帝の姫君を後宮に迎え藤壺の宮と呼ばれる。源氏より5歳年長。10歳の源氏は亡き母似と聞かされ、淡い憧れの恋を芽生えさせる
12歳で元服し、臣下最高位の左大臣の姫君(葵の上)と結婚。左大臣は桐壺帝の妹の大宮を妻とする。妻となった姫君は源氏の4歳上。美しいが自尊心が高く、権高で冷たく、添伏し役の妻に初夜から馴染まず、秘かに藤壺に切ない恋心を募らせる
2.
帚木(ははきぎ)
「帚木」「空蝉」「夕顔」は、源氏が17歳で中将になった年の出来事
既に評判のプレイボーイだった情事の話で、「雨夜の品定め」が始まる
宮中で物忌みのために籠る源氏の宿直(とのい)所に、女蕩しを自任する頭の中将、左馬の頭、藤式部が集まって自慢話をする。頭の中将の、子までなしたのに去って行ったおとなしい女が「夕顔」の伏線、左馬の頭の中流の女にこそ掘り出し物があるという話が「空蝉」の伏線、妻は子どもっぽい無邪気な女を好みに育てるのがいいというのは「若紫」の伏線
藤壺との不倫の恋が棲みついた源氏はほとんど話に加わらず。翌晩方違えに中川の紀伊の守の邸で紀伊の守の父の若い後妻、空蝉を無理に犯す。源氏のはじめて知った中流のこの女は、思いがけない自尊心を見せ、手厳しい抵抗を見せる
3.
空蝉
源氏は、空蝉の弟小君(こぎみ)を文使いとして可愛がる。空蝉を思い切れない源氏は小君の手引きで空蝉の寝所に忍び込むが、空蝉は逃れ、一緒に寝ていた紀伊の守の妹軒端の荻を空蝉と思って契る。源氏は空蝉の脱ぎ残した小袿を持ち帰り、その残り香を懐かしむ。空蝉は拒みながらも、源氏が忘れられず、単身赴任で老いた夫への罪の呵責に苦しむ
4.
夕顔
源氏は、7歳上の六条の御息所にも通う。先の皇太子の未亡人で、忘れ形見の姫君がいる
重病で出家した五条の乳母を見舞った際、隣家の夕顔の花に惹かれ、それが取り持つ縁で隣家の女を知り通うようになる。お互い覆面のままで、源氏は女を奪う様にして廃院に連れ出し名乗るが、女は素性を明かさず。その夜女は頓死。乳兄弟で腹心の惟光(これみつ)が、悲嘆のあまり寝込んだ源氏に代わって埋葬。頭の中将の話していた女と同一人物だと判明、夕顔の花の歌の贈答から夕顔と呼ぶ
「帚木」の冒頭、源氏の性質として「うちつけのすきずきしさなどは、このましからぬ御本性にて」とあるのは、源氏の恋愛の嗜好が、無理な恋、許されぬ恋など、気苦労の多い恋に挑む時だけ情熱が掻き立てられ、「据え膳」には興味がなく、後に続く源氏の恋の全ては、この独特の源氏の性質から出ていることを読者は承知しているべき
正妻の葵の上に愛情が湧かないのは道理で、この頃既に藤壺と思いを遂げている
源氏の恋愛事件のいざこざは、あくまで、困難な恋にした情熱が湧かないという源氏の持って生まれた因果な性格によるもので、源氏の生涯を貫くものは、この性格がもたらす悲劇に外ならない
5.
若紫
源氏18歳。おこり(マラリア)を患い、加持を受けに行った僧都の庵で見つけた祖母と同居していた10歳の女の子に出会う。藤壺の姪だと分り略奪して二条の自邸で育てる。この少女が源氏の終生の伴侶となって添い遂げる紫の上
美貌で才女、長じて御冷泉天皇の乳母となり、大弐の三位と呼ばれ、母より出世した賢子の、幼児の姿を映したように、筆を惜しまず可愛らしさを書ききっている
少女の成長を気長に待ちながら、里帰りした藤壺とも密会、懐妊という重大問題を惹起
藤壺も心の底では源氏に抗い難く、源氏には懐妊を告げず、帝の子と偽って育てる。源氏は懐妊を感知して、一層藤壺への思いを募らせる
巻2
l 恋愛の手順
平安朝の貴族社会では、女はみだりに人に顔や姿を見せてはならない。女房たちの巧妙な口コミ作戦によって宣伝し、その噂によって貴公子たちは恋文代わりの和歌を届ける。その和歌によって、女房たちは男の品定めをする
l 結婚
男と女が肉体的に結ばれると、男はその翌朝暗いうちに姿を見られないようにして帰り、家に着くとすぐに手紙を届ける。後朝(きぬぎぬ)の別れ/後朝の文と言い、女への礼儀であり、あと3日間は欠かさず通う。3日目の夜は祝いのために「三日夜(みかよ)の餅」を新郎新婦が食べ、結婚が成立。女の親が結婚を認めると、女の親の家で披露宴が行われる。「所顕(ところあらわし)」といい、ここで初めて結婚が世間的にも認められることになる
一夫多妻制で通い婚。結婚後は妻の親が、婿の身の回りの全ての諸雑費を引き受ける。上流階級の娘の親たちは、娘を後宮に入れるか、将来有望な高級貴族の子息を婿に取ることを考えていた
6.
末摘花
故常陸の宮に残された姫君が琴(きん)だけを友として1人ひっそりと暮らしていることを耳にして興味を覚え、手引きしてもらって姫君と結ばれるが、あまりの初心さに失望。その後も義理で関係が続くが、ある雪の日の翌朝、雪明りに初めて見た素顔の不器量さに愕然とする。鼻が異様に長く垂れ下がっていて先が末摘花(紅花)のように赤い。その不器量さと宮家の零落の様子を見兼ねて、世話を続ける
残酷に描かれた末摘花が「蓬生(よもぎう)」では、嘲笑出来な生一本な、誠実で純な性格として描き出されている。作者の意図は不詳
7.
紅葉賀(もみじのが)
源氏19歳の2月、藤壺が皇子を出産。恐ろしいほど源氏に生き写しで、藤壺に不安と恐れを抱かせる。帝はそうとは知らずに皇子が源氏と瓜二つなのを喜び、抱いて源氏に見せる。藤壺はいたたまれない
紫の姫君は、ますます美しくなり、源氏の外出を悲しがり、源氏は一層紫の上への愛を深め、葵の上との間は冷却するばかり
源氏は、好色な老女源の典侍(ないしのすけ)にもちょっかいを出し同衾
藤壺は女御から中宮に、源氏は宰相になる
不倫の証の皇子誕生で、この帖は特に重要
8.
花宴(はなのえん)
源氏20歳の春。2カ所の桜の宴で、源氏と右大臣の娘朧月夜の出会いが織り込まれる
宴の後、弘徽殿に潜り込み、通り過ぎた女を抱き下ろして情交を結ぶ。女も源氏と知って応じる。源氏は、その時はまだ女が自分を目の敵として憎む弘徽殿の女御の妹、つまり右大臣の娘で、自分の兄東宮の婚約者だということは知らない。そのあと右大臣の花の宴に招かれ、女が右大臣六の君で、東宮の許婚者だったことを知る
9.
葵
源氏22歳の夏。東宮が即位し、世の中が一新。桐壺帝は仙洞御所に移り、源氏は藤壺に近づきにくくなる。源氏は近衛の大将に昇進、東宮の後見役になる
斎宮も御代替りに替わり、六条の御息所と前(さき)の東宮との間の姫君が伊勢の斎宮に決定。賀茂の斎院には弘徽殿の女御の女三の宮が立つ。賀茂の河原の禊の行列に加わった源氏を見物に行った葵の上の車が、御息所の車に乱暴狼藉を働き、御息所は葵の上への怨念が一気に内向。ただでさえ、葵の上が正妻であることが気に入らず、その上子を妊り、源氏も愛していないと言いながら安産の加持祈祷を盛大にしている。御息所は物の怪となって葵の上に取り憑く。瀕死の葵の上は、物の怪が去ると無事男児を出産。御息所はまた烈しいショックを受けるが、葵の上は安産の後急死。源氏はその喪中に紫の上と新枕を交す
朧月夜の君は源氏との醜聞のせいで東宮妃としての未来を失うが、「御匣殿(みくしげどの)」として宮仕え。父の右大臣は、葵の上の死後、源氏と結婚させてもいいとしたが、源氏は受け付けない
10.
賢木(さかき)
源氏23秋~25歳夏。賢木は榊で、神事に使う植物
① 六条の御息所との野の宮での別れ。こじれた源氏との仲に絶望して伊勢下向を決心。斎宮は野の宮での1年間の潔斎の後9月には伊勢に下る。源氏も名残惜しくなり野の宮に御息所を尋ね、御息所の伊勢行きを思いとどまらせようとする。嵯峨野の風景描写は美しい
② 藤壺の出家。桐壺院は朱雀帝に東宮のことを頼み、源氏を朝廷の後見役として扱うよう遺言して崩御。藤壺は御所を出て三条の里に移る。帝は朧月夜を寵愛するが、朧月夜は源氏が忘れられず、内密に文通を続ける。権勢は右大臣側に移り、源氏や左大臣家は圧迫。帝は源氏と朧月夜との仲を知りつつ黙認、斎宮の俤(おもかげ)が焼き付く。情熱的に藤壺に迫る源氏を拒否し、東宮を守るために出家し落飾。源氏は悲嘆に暮れる。出家した女には手を付けないという不文律もあって、藤壺は偏に我が子を無事帝位につけることを生きる目的に、源氏の貢献を必要とするため、源氏の心情を惹きつけておこうとさえする
③ 朧月夜との密会の現場の露見。病気で右大臣邸に里帰りしていた朧月夜と源氏は毎晩のように密会。右大臣が現場を見つけ、弘徽殿の大后にすべてを告げる。激怒した大后はこれを口実に源氏を抹殺しようと計る
11.
花散里(はなちるさと)
源氏25歳の夏。桐壺帝の女御の1人で子供が出来なかった麗景殿(れいけいでん)の妹の三の君を、源氏は軽い恋の相手としていた。何の特徴もない彼女のことを「花散里」と呼び、物語の終りまで、源氏の最も心安らぐ女として、愛され続ける
巻3
12.
須磨
源氏26歳。異母兄朱雀帝の最愛の朧月夜の尚侍(ないしのかみ)との密通現場を抑えられた源氏は、自ら後見役となっている東宮(藤壺との子)を帝位につけようと、朱雀帝に謀反を企んでいるとし、官位を剥奪され、流罪になるところを、自ら進んで須磨へ都落ちする
1年後、暴風雨に見舞われ、源氏の住居は大被害を蒙り、命さえ危険に晒される
13.
明石
明石の受領で桐壺の更衣の従兄弟の入道が源氏を迎えに来て明石に移る。受領は娘を都に上げたいと企み、源氏に引き合わせる。紫の上に気兼ねしながらも娘は子を妊るが、眼病に犯された朱雀帝の配慮で2年半ぶりに赦免の宣旨が下り、後ろ髪引かれながら都に戻る
源氏は、権大納言に昇進し、政界の中枢に返り咲き、朱雀帝の良き相談相手となる
14.
澪標(みおつくし)
朱雀帝は譲位、藤壺の子が11歳で即位し冷泉帝に。藤壺も准太政天皇(上皇に准じる)となり自由に冷泉帝に会えるように。源氏は内大臣に、隠居していた左大臣は摂政太政大臣に
明石の娘に女児誕生。源氏は紫の上に告白して認知。紫の上に子を産ませなかったのは、将来明石の姫君を引き取り育てるための源氏の深謀遠慮
御代(みよ)替わりで伊勢から斎宮と共に戻った六条の御息所は昔のサロンの面影を取り戻すが、間もなく息を引き取る。今際の際に、娘にだけは手を出すなと釘を刺すが、遺言の空しさを誰よりも知っていたのは御息所で、凄まじい迫力に込められた女の熱い情念こそが、霊が死んでも源氏の愛人に付きまといとり憑き、次々に起こる不幸な出来事の伏線になっている。前斎宮が伊勢に行く前に別れのさし櫛の儀式で朱雀帝が心惹かれ、退位した院に迎えようとしたが、源氏がそれを察知、藤壺の尼宮と計って冷泉帝の后として入内させる。冷泉帝には既に権中納言(頭の中将)の姫君が入内し、弘徽殿の女御となっている
前斎宮は冷泉帝の9歳も上。のち梅壺の女御とも、秋好(あきこのむ)中宮とも呼ばれた
15.
蓬生(よもぎう)
源氏が流離の頃、都では源氏の女君たちが悲しい思いをしていた。末摘花は源氏との関係を持っていい暮らしになったが、忘れ去れると元の木阿弥に。影の薄い花散里でさえ、源氏は邸の修理をさせているが、末摘花の方は荒れ放題。それでも源氏を待ち続ける
4年後に邸の前を通りがかった源氏と再会を遂げ、源氏は末摘花の純情ぶりに感動
16.
関屋
空蝉の夫伊予の介は、常陸の介になって空蝉と共に任国へ。源氏が都に戻った翌年、常陸の介も任期を終え都に戻る。その途上、石山寺に参詣する源氏に出会う。源氏は、小君を見つけて空蝉に伝言する。空蝉もかつては源氏を拒んだが忘れられず、源氏も手紙を出して気を惹こうとする。空蝉とは不釣り合いに老齢の常陸の介は、後事を継息子の河内の介に託して死去。河内の介の執拗な恋慕の思いに嫌気して空蝉は出家
17.
絵合(えあわせ)
六条の御息所の姫君(梅壺の女御)の入内は、朱雀院を口惜しがらせる
宮中での絵合では、梅壺の女御方と弘徽殿の女御方が競い合い、最後は源氏の須磨の絵日記が出て、梅壺方が圧勝
18.
松風(まつかぜ)
源氏は、新築なった二条院の東の院に花散里を迎える
明石の君母子も迎えたかったが、都の他の女君との競争を恐れて躊躇しつつ、母子は明石の入道の嵯峨・大堰川の家に移る。源氏は明石の君との間の3歳の娘を紫の上に育てさせるため、二条の院に連れ去る
巻4
19.
薄雲(うすぐも)
源氏31冬~32歳秋。冒頭は、明石の君とその姫君との哀切な子別れの場面
紫の上の父の太政大臣と、藤壺が相次いで死去。冷泉帝は、夜居の僧から母と源氏との不倫の恋と自分の出生の忌まわしい秘密を告白される。帝は驚き、実の父を臣下として扱った不孝の罪におののき、源氏に譲位しようと考えるが、源氏は秘密が洩れたことに気づく
20.
朝顔
源氏32歳秋~冬。朝顔の斎院(源氏の従妹)は、父の死去で斎院を下り自邸の桃園の御所に移り、叔母で桐壺帝の妹の女五の宮と同居。源氏は叔母の見舞いにかこつけて朝顔の姫君にも手を伸ばすが靡こうとしない
21.
乙女
源氏33~35歳。源氏は朝顔の姫君への未練が断ち切れない
源氏は、亡き葵の上との間の長男夕霧を厳しく躾ける。夕霧は祖母大宮(葵の上の母)に育てられ、内大臣(前の頭の中将で葵の上の兄弟)の娘雲居の雁の姫君との筒井筒(幼馴染み=従兄妹同士)の恋を育むが、入内を目論んでいた内大臣は怒って2人の仲を裂く
冷泉帝の妃たちの間で立后の競争があり、源氏の後楯で六条の御息所の姫君、梅壺の女御が中宮に決定
夕霧は、五節の舞姫になった惟光(源氏の腹心)の娘を見初め、惟光も認める
源氏は六条京極の御息所の旧邸周辺に広大な邸を建て、そこへの愛する女君たちを住まわせる。東南(春)には源氏と紫の上、西南(秋)は御息所の旧邸跡なので梅壺(秋好中宮)の里邸、東北(夏)は花散里、西北(冬)は明石の君が住む
22.
玉鬘(たまかずら)
源氏は夕顔が忘れられない。偶然夕顔の4歳の遺児と出会って引き取り、花散里とともに住まわせ後見を頼む
23.
初音
源氏36歳新春。源氏が六条の院の女君を1人1人訪ねていく
24.
胡蝶
源氏36歳。六条の院の晩春から初夏。この世ならぬ栄華の日々が続く
源氏は、玉鬘の婿選びに慎重。相手候補に盡く難癖をつけ拒否。夕顔似の玉鬘に恋愛感情を抱く源氏は遂に添い寝して事に及ぼうとしたが、玉鬘が抵抗したので諦める
巻5
「玉鬘」から「真木柱」までの10帖を「玉鬘10帖」と呼ばれるようになったのは、「玉鬘」を中心に据えて、その周辺の出来事をが書かれているため
25.
蛍
玉鬘の求婚譚が本格展開。源氏の言い寄りに玉鬘は困惑。一方で源氏は弟の兵部卿の宮との交際を唆し、源氏は玉鬘の几帳を挙げて蛍を放つ。兵部卿は蛍の光の中に見た玉鬘の美しさに魂を奪われる
この帖には、作者(紫式部)の文学論が展開される。「物語は作り物だが、上手な作者の手になると本当のように思って感動する。日本紀などの歴史書はほんの一部に過ぎず、物語こそ神代からこの世に起こったあらゆることが書いてあり、善悪いずれも、この世に生きていく人の有様の、見逃しに出来ないことや、聞き流しに出来ない心に残ったことを書いてある。善人ばかり書いたり、あまり誇張した表現はかえって興をそぐ」
内大臣(葵の上の兄)は自分の娘たちが期待通りにならないのを見て悲観、昔夕顔との間に生まれた娘(玉鬘)の行方が気にかかりだす
26.
常夏
源氏36歳の夏。常夏は撫子の別名。撫子に愛児を擬している
内大臣は、落胤の娘近江の君を引き取るが、あまりの不出来に、弘徽殿の女御の女房として行儀見習いに出仕させる。日常性の調和を破る者として、醜い容貌の末摘花や、色好みの老女源の典侍(ないしのすけ)と同様、極端に悪く書かれている
27.
篝火(かがりび)
同年初秋。内大臣が近江の君の無作法を庇おうともせず、孤独な立場に追い込んでいるのを聞き、玉鬘は源氏の庇護をあらためて感謝し、強引にことを運ばない自制心の強さに感動し、徐々に源氏に心を開く
夕霧を訪ねてきた柏木の頭の中将と弟の弁の少将(内大臣の息子達で、玉鬘の異母兄弟)が琴や笛の合奏をするのを聞き、玉鬘は感慨深い。真実を知らない柏木は玉鬘への恋を意識
28.
野分(のわき)
同年初秋。秋好む中宮の御殿に野分が吹き荒れる
夕霧は、空いた妻戸の隙間から初めて紫の上を見て、目が眩む
野分の見舞いに立ち寄った源氏と玉鬘の馴れ馴れしさに、同行した夕霧は驚愕。夕霧は明石の姫君にも見とれる
29.
行幸(みゆき)
同年冬。源氏36~37歳。冷泉帝の大原野行幸について描かれている
大原野での鷹狩りの行幸の行列に帝を見た玉鬘は感動。源氏から勧められていた尚侍(ないしのかみ)に就いて宮仕えをすることに心が動く。その前に源氏は玉鬘の裳着(もぎ)の式を改革し、その場で内大臣に夕顔との間の実子であることを告げる。内大臣は、源氏と玉鬘の関係を疑いながらも、玉鬘のことは源氏の考えに任せる
30.
藤袴
源氏37歳初秋。藤袴は蘭の異名。夕霧が玉鬘に蘭を贈る
玉鬘は尚侍として宮仕えしたいが、帝の寵愛を受ける事態になると、秋好む中宮や弘徽殿の女御から疎まれることを懸念
帝の使いで玉鬘を訪ねてきた夕霧が、蘭を御簾の中へ差し入れ、自分の慕情を伝えるが、親子から愛を語られた玉鬘は疎ましくなるばかり。夕霧は鋭い舌鋒で源氏の本心に迫る
鬚黒の大将は、同僚柏木を通して熱心に求婚。東宮の伯父(朱雀院の承香殿の女御の兄)で、将来は源氏や内大臣に代って権力を得る人物として、内大臣は好意を持っているが、いかつい鬚の容貌を嫌った玉鬘は見向きもしない。玉鬘は蛍兵部卿の宮だけには返歌をする
31.
真木柱(まきばしら)
鬚黒の大将の姫君が母親(北の方)と共に実家に引き取られるために住み慣れた邸を去る時、「真木の柱は我を忘るな」と詠み、この姫君を真木柱の姫君と呼ぶ
突然玉鬘が鬚黒の大将の手に落ちる。源氏は驚くが、婿として遇し、内大臣もそれを感謝
帝は不満だが、鬚黒は玉鬘にのめり込む。鬚黒には年上の北の方がいて、紫の上の異腹の姉で、時に強い物の怪が現れ出ると手が付けられない。鬚黒が玉鬘にかまけているのを不快に思った北の方の父式部卿の宮が娘と孫たちを引き取る
玉鬘は自分のせいで鬚黒一家の崩壊離散というのは迷惑で、今さらのように源氏の優しさが思い出される。年明けに尚侍として出仕した玉鬘を、帝も未練を抱き、蛍兵部卿も執着
32.
梅枝(うめがえ)
源氏39歳の正月。六条院の酒宴で弁の少将が催馬楽《梅が枝》を謡ったのが所以
11歳になった明石の姫君の裳着の儀式、東宮が元服した後、姫君が東宮妃として入内
前半は香道論、後半は書道論を展開
源氏は六条の院で、それぞれ独自の名香を競う薫物(たきもの)合わせを催し、出された名香はすべて明石の姫君の入内の支度に当てられた
33.
藤裏葉(ふじのうらば)
内大臣の藤の花の宴で、内大臣が口ずさんだ古歌から取った題名
内大臣は雲居の雁が不憫で、夕霧との仲を裂いたことを悔み、その修復を考え、漸く2人は7年越しに結ばれる
明石の姫君の入内を機に、紫の上は明石の君を姫君の後見役として推薦、2人は晴れて宮中で共に暮らす幸運を得る
源氏は、全ての心配事が解決した今、出家の志を持つ
翌年40の賀の準備中、源氏は准太上天皇に上る。臣下としては最高の名誉。内大臣は太政大臣に、夕霧は中納言に。源氏の半生は大団円を迎え、第1部が終わる
第2部
巻6
l 悲劇のクライマックス
「若菜」は54帖中で最も面白いと評価・絶賛
その面白さは、源氏が初めて心底から人生の苦悩を味わうことにある
源氏の中年の物語に入り、死去を暗示し題名だけの「雲隠」までを第2部とする。その発端が「若菜」で、ここから基調や思想、文体などが変わると言われてきた
34.
若菜 上
源氏39~41歳春。朱雀きんの病が重くなり出家を考えるが、心残りは偏愛する愛娘女三の宮の将来で、源氏に降嫁を申出。亡き藤壺の姪でもあり、断り切れずに承諾するが、それを知った紫の上は動揺。運命として受け入れるが、源氏に対する全幅の信頼は失われ、深い苦悩が始まる
年明け、源氏40の賀を真っ先に祝ったのは、しっかり鬚黒の北の方に収まった玉鬘。12種の春の菜(若菜)を献じ、それを食べると若返るとされていた
朧月夜の君は朱雀院と共に出家しようとしたが許されず、訪ねてきた源氏との関係が復活
翌年、明石の女御は東宮の男子を出産。明石の女御は出生の秘密を知る
源氏に降嫁した女三の宮に憧れていたのが柏木。源氏につれなくされているのに同情
35.
若菜 下
道ならぬ恋に狂い始めた柏木の異様な行動が描写される
式部卿は孫娘の真木柱の姫君を柏木と結婚させたがったが、柏木は皇女との結婚に憧れて見向きもしなかったので、蛍兵部卿と結婚させる
源氏46歳。在位18年の冷泉帝が譲位。明石の女御の第一皇子が東宮になる
鬚黒は右大臣兼関白に、夕霧は大納言兼左大将に昇進
女三の宮は二品(にほん)に叙され、格式が高まる。紫の上は周囲の女君たちの幸福の中で、実子のない不安もあって源氏の愛が薄れない前に出家したいと言い出す。源氏は過去の女たちのことをこまごまと話し、その中で紫の上が最も理想的な女性だと称えるが、紫の上は発病し回復の見込みも立たず。源氏はつきっきりで看病したので、六条の院は閑散
柏木は、女三の宮の異腹の姉に当たる女二の宮と結婚したが、女三の宮が忘れられない。女二の宮は更衣(女御より下の身分)腹と卑下して、落葉に喩えた歌を詠んだので、落葉の宮と呼称。柏木は、源氏の留守を狙って女三の宮の寝所に潜り込み犯してしまうが、事の重大さに気づきノイローゼになり、女三の宮も源氏に知られてはと悩み病人のようになる
紫の上が危篤状態になり、女三の宮は柏木の子を懐妊。紫の上が小康状態になった間に、源氏は女三の宮を見舞うが、長年どの女君にも懐妊などなかったのにと不思議に思う。柏木は嫉妬の逆恨みを書いた手紙を女三の宮に届ける。源氏は、茵(しとね)の下に隠された手紙を見つけてすべてを識る。自尊心を傷つけられた源氏は憤りを感じるが、自らの藤壺との不義を桐壺帝は知らないふりをしてくれていたのではないかと思い当り、慚愧の念に耐えられなくなる。柏木も証拠の手紙を源氏に握られ、懊悩が募って宮中へも上れない
朧月夜が突然出家し、源氏との関係に終止符が打たれる
源氏は、朱雀院の50の賀宴の試楽(予行演習)の夜に嫌がる柏木を無理やり引っ張り出し、名指しでからみ、怖じ気づいた柏木は重篤な病に罹り、落葉の宮とも別れ実家で養生
「若菜」がこれまでの各帖と違うのは、全篇に漂う暗さと重さ。文章では目立って会話が長くなる。源氏は特によく喋る。明るく幸せな一家は鬚黒のところだけで、他は各人重い運命を抱え、悩み苦しんでいる
明石の女御が特別に幸運だが、その陰には明石の入道の悲痛な犠牲があり、夫と生き別れ
紫の上も、漸く源氏と2人で穏やかな生活をという矢先に、女三の宮の降嫁で、源氏への不信を抜き難いものにする。繰り返し懇望する出家への願いは心の底からの切ない叫び
紫の上の悲劇は、源氏との結婚が略奪結婚で、正式の所顕(ところあらわし、結婚披露宴)をして社会的に認められていないというひけ目にある。正妻同様の扱いを受け続け、それにひけ目を感じたことのなかった紫の上は、女三の宮の降嫁という現実の前に、自分の不安定な立場を痛感させられる。朱雀院が最愛の娘を恋敵の源氏に託すなど理解できない
「若菜」に起こる人々の悲劇の要は、朱雀院の並外れた心の弱さと恩愛への執着にある
「若菜」の無類の面白さは、人物1人1人の複雑な心理描写の克明さによる
柏木と女三の宮の仲を取り持った小侍従の個性的な性格や言動も面白い。浅はかでおっちょこちょいな小侍従がいなければ2人の悲劇は起こらなかったが、2人とも小侍従にこてんぱんにやり込められ、馬鹿にされる。紫式部の脇役設定の用意周到さに驚かされる
巻7
l 主人公・副主人公退場
源氏の死後も13帖続く。表向きは自分の子と公表している女三の宮の柏木との不倫の薫の君と、明石の中宮の子の三の宮で、源氏の正統の孫に当る匂宮の恋を中心に据える
36.
柏木
源氏48歳。女三の宮と柏木の道ならぬ恋の結末を描く。柏木は懊悩の末死去。事情を知らない両親は、自慢の息子の異変になすすべもない。女三の宮は無事薫を出産するが、産後の衰弱と生れた子に冷たい源氏への恐れから出家を望み、密かに見舞った朱雀院は源氏の反対を押し切り出家させるが、それは女三の宮にもとり憑いた六条の御息所の死霊の仕業
柏木は友人の夕霧に、源氏の不興を買ったことを告白しとりなしを請い、併せて女二の宮の見舞いを頼んで他界
源氏は、薫を実子らしく表向きの儀式をする
37.
横笛
源氏49歳。夕霧は柏木の遺言を守って一条の宮邸にいる女二の宮を見舞い続けるうちに、次第に恋しさが募り、女二の宮の母御息所も柏木の愛用していた横笛を夕霧に贈る
夕霧は、明石の女御の子どもたちと遊ぶ薫に柏木の面影を見出し、自分の疑惑が当たっていることを直感
38.
鈴虫
源氏50歳夏~中秋。女三の宮は出家後心の平安を得て、出家を悲しむ源氏とは対照的に、穏やかに暮らす。淡々とした筆致で女三の宮の出家後の暮らしぶりを書くが、登場人物の1人1人の心の孤独さが虫の音を伴奏に浮かび上がる
39.
夕霧
8月~冬。夕霧の女二の宮への恋の仔細と、それによって起こった夕霧の家庭崩壊を書く
実直者の堅物だっただけに、筒井筒の恋を守り通して8人の子だくさんだったにもかかわらず、恋に狂うと収拾がつかなくなる。さらに惟光の娘にも手を付け4人の子をもうける
女二の宮は、一向に夕霧に興味を示さない。夕霧の手紙を病床の御息所が見つけ、宮に代って手紙を書き夕霧の本心を糺すが、返事がないため落胆して絶命。夕霧は強引に女二の宮を自分のものにするが、怒った正妻の雲居の雁は子を連れて実家に戻る。不本意ながらも女二の宮は、雲居の雁の兄嫁であり、前大臣家の人々にとっては不愉快な出来事であり、女二の宮の立場は苦しいものになる。夕霧が迎えに行っても雲居の雁は戻ろうとしない
40.
御法(みのり)
源氏51歳。副主人公紫の上の死が語られる。紫の上は4年ほど小康状態だったが衰弱は進み、出家への想いが強まる。源氏は、尊い仏事を多く行ない、紫の上の快癒を祈る
紫の上は、見舞いに来た明石の中宮に手を取られたまま臨終を迎える
茫然自失の源氏は出家しようという気になるが、世間体を気にして決行できない
この物語の女たちは、出家によって源氏の愛欲によりもたらされる激しい苦悩を脱し、心の平安を得ているが、紫の上だけは、源氏と共に暮らしていただけに出家を認められず、最後まで苦悩し続けていたことから、最も可哀そうな女と思われる
紫式部は、変わり果てた源氏の情けない姿を、次の帖でくどくどしいまでに書き続ける
41.
幻(まぼろし)
紫の上の死の翌年1年間を、源氏の哀傷と、各月の風物と歌によって、歳時記的に書く
夕霧が、見る影もない源氏の杖となって力強く支え、主役交替となる
源氏は、紫の上との思い出の濃い二条院に籠り、人間嫌いとなって、夕霧と蛍兵部卿以外には誰にも会おうとしない。1年たってようやく出家の決心がつく
42.
雲隠
題名だけで本文がなく、54帖にも含まれず、主人公源氏の死をあらわしている
源氏は出家後、2,3年嵯峨に隠棲の後死去
『源氏物語』の54帖を数えるときに「雲隠」を含める数え方と、含めない数え方とがある。含めないときには中身の多い「若菜」を上下に分けて2帖に数え、いずれの場合にも『源氏物語』は全54帖になる。「雲隠」を含める数え方は中世以前に多く、含めない数え方は近世以後に多い。
第3部
43.
匂宮(におうのみや)
前帖「幻」との間に8年の空白があり、源氏亡き後の登場人物たちの生活の推移を説明
源氏の声望を継ぐのは、わずかに今上と明石の中宮の間の三の宮と、女三の尼宮に生れた、実は柏木の衛門の督(かみ)との秘密の子である若君のみ。若君は美貌の評判高く、表向きは源氏の子として育つ。2人は1歳違い、若君は生まれつき不思議な芳香を持つ体質で、三宮も負けずに名香を身につけるようになり、兵部卿になると匂兵部卿の宮あるいは匂宮と呼ばれる。若君は源氏の計らいで冷泉院の猶子(義子)となり、右近の中将となって薫(かおる)中将と呼ばれる
44.
紅梅
柏木の下の弟按察使(あぜち)大納言一家の話。亡き北の方との間に2人の姫君がいる
今は真木柱と再婚、男児を設ける。真木柱には、前夫蛍兵部卿との間の姫君がいる
大納言は、中の君(2人の姫君のうちの妹)を匂宮にと考え、紅梅の花につけて歌を贈るが、匂宮は真木柱の連れ子の姫君に関心があるため興味を示さず
学問的根拠はないが、紫式部は「幻」まで書き上げて、一応最初の構想の物語は終わったと考えていたのではないか。何年かの後、また書きたい衝動にかられて「宇治10帖」を書くために、43~45帖を物語の繋ぎの意味でノート風に書いたのではないか
巻8
l 宇治の姫君たち
世に、「宇治10帖」と言われて特別扱いされているのは46~55。宇治に隠棲した源氏の異腹の弟八の宮の3人の姫君をヒロインとして書かれている
3人は、長女大君(おおいきみ)、次女中の君、三女浮舟で、異腹の三女浮舟が薄倖で可憐さと美しさで男心をそそり魅惑的で、3人を巡る薫と匂宮たちとの色模様が描かれる
文体や用語、話の展開の運び方などから、宇治10帖と前の3帖は、紫式部以外の手になったのではないかという説がある
私は、全てが紫式部の筆と思う。「雲隠」で一旦完結したが、道長が一条天皇の関心を中宮彰子に引き付けることに成功して所期の目的を達したため、紫式部への支援を打ち切ったことから、プライドの高かった紫式部は、2,3年後には出家したのではないか。その後研鑽を積み、中継ぎの3帖を書きあげるころには鮮やかに昔の筆の勢いが蘇り、「橋姫」に至って、かつての自信を完全に取り戻し、のびのびとしてくる
45.
竹河(たけかわ)
故鬚黒一家のその後の物語。薫14~23歳までおよそ10年間の出来事
玉鬘は未亡人となっても尚侍(かん)の君と呼ばれ、3人の息子と2人の娘を育てる。長女(大君)は帝と冷泉院の両方から所望。夕霧の息子で美貌の蔵人の少将も熱心に入り浸る。14,5歳の薫がよく遊びに来て、玉鬘は源氏を偲ぶよすがとしても薫を婿にしたいと思う。若い公達が玉鬘邸に集まり、催馬楽「竹河」を詠じる
冷泉帝は今でも玉鬘の執着があり、そのよすがとして大君を所望。玉鬘は、鬚黒の横恋慕に屈して冷泉帝の心を傷つけた償いとして、大君は院に差上げることにする
大君はすぐに懐妊・出産するが、秋好む中宮や弘徽殿の女御(2代目)等から疎まれる
次女(中の君)は、母玉鬘の尚侍の役を譲られ宮仕えする
46.
橋姫
薫20~22歳。
八の宮は、源氏復帰後の政界からは放逐され不遇を囲う。北の方にも先立たれ、2人の姫君が遺されたため、出家の望も果たせず、阿闍梨に師事して聖のような生活を送る
阿闍梨は冷泉院の仏教に関してのお相手もしていたので、薫が阿闍梨の話から八の宮の人柄と隠者風の生活に憧れ、宇治通いをするようになる。薫は2人の姫君に会って心惹かれ、匂宮も薫から姫君たちのことを聞いて会いたいと思う
薫は、柏木の乳母子から柏木の遺言を聞かされ出生の秘密を知るが、母である女三の尼宮に会っても何も言えない
47.
椎本(しいがもと)
薫23~24歳夏。匂宮の姫君たちへの誘いに対し、八の宮は中の君に返事をさせる
厄年で死期を予感した八の宮は、姫君たちの将来を、中納言になっていた薫に託す
八の宮の葬儀の後、薫は大君に意中を伝えるが大君は取り合わない
夕霧は娘の六の君と匂宮との結婚を望むが、匂宮は宇治の中の君に惹かれ薫に仲介を頼む
48.
総角(あげまき、催馬楽の一種)
1年経って喪が明けても薫と匂宮の想いを姫君たちは受け入れず
薫は、先に匂宮と中の君の間を取りもつが、却て大君は薫を恨む
匂宮は、母明石の中宮に咎められ、宇治行きもままならなず。その間夕霧の娘六の君との縁談が進められたため、大君は中の君の嘆きを見るにつけ、亡き両親の名を辱めかねないと死を望む。薫は大君の衰弱を見て必死の看病をするが甲斐なく、中の君は弔問に訪れた匂宮を許さない。悲嘆に暮れる匂宮を見た明石の中宮は、薫の様子も耳にして、宇治の姫君たちが並々の人でないことを悟り、匂宮が中の君を迎えることを許す
明石の中宮が厳しかったのは、匂宮が三の宮でありながらも、東宮候補として目されていたからであり、臣下の薫とでは身分が比較にならないほど重い
源氏物語全帖を通して、最大の長所は、人物の行き届いた心理描写だろう
巻9
l 浮舟の登場
大君の死後、中の君が主役。そこに異腹の末姫浮舟が出現。ドラマティックな運命を辿る
49.
早蕨(さわらび)
一人残された中の君の下へ、阿闍梨から蕨や土筆が届けられる。その返歌にを題にした帖
薫は、大君に生き写しの中の君に惚れ直し、匂宮に譲ったのを後悔するが、匂宮は中の君を京に迎える。夕霧は、匂宮が娘六の宮より先に中の君を迎えたことで機嫌が悪く、薫にどうかと持ち掛けるが薫にすげなく断られる
50.
宿木(やどりぎ)
今上帝(朱雀院の息子)が東宮時代、後から入内した明石の女御に押されて気の毒になっていた藤壺の女御には、女宮1人しかおらず、姫君14歳の時逝去。女二の宮は美しく帝は将来を案じて薫に嫁がせる。夕霧も明石の中宮を説得して匂宮と六の君を婚約させる
中の君は失望するが、既に匂宮との子を妊る。薫の横恋慕に困惑した中の君は、頼りは匂宮と思い直すが、匂宮は中の君に沁みついた薫の匂いから2人の仲を疑う
薫は中の君から、八の宮が女房に産ませた子が大君によく似ていると聞かされ興味を持つ
中の君に男御子(みこ)誕生
薫は、女二の宮の婿となり、臣下としては最高の栄誉だと嫉視されるが、気は晴れない
51.
東屋
異腹の妹浮舟は、八の宮が認知しなかったため、母の北の方は陸奥守に嫁ぐが、先妻の子だくさんから冷遇されがちな浮舟を、せめていいところに嫁がせようとするが上手くいかず、母娘2人で中の君の所へ身を寄せる。匂宮が浮舟の姿を垣間見て手を出す
薫の申し出に乗って母君は浮舟を薫に会わせると、薫は浮舟をそのまま宇治に連れ去り、浮舟は宇治に住みつく
宇治10帖の面白さは、本篇以上にこまごまと綴られている登場人物の心理描写。屈折した心理の綾が抜け目なく拾い上げられ詳細を極めて書き込まれている。人間には1人の性格の中に様々な要素が同居していて、決して単純ではないことをリアリティを持って書いている
巻10
l 浮舟出家
浮舟の翻弄される運命と哀れな姿に一喜一憂させられる
小説の出来栄えは、「若菜」と並んで圧巻。最後の4帖には、紫式部の小説家としての天分が開花しきった見事さと安定感を感じさせられる
52.
浮舟
薫27歳。浮舟は薫によって宇治に囲われる。匂宮は一目見た何者とも分からぬ女を忘れられず、薫の動向を探って浮舟の居所を突き止め、薫と偽って浮舟を手に入れてしまう
浮舟は、匂宮によって初めて知った官能の悦楽に薫のことも忘れるが、やがて匂宮との関係は薫の知るところとなり、浮舟は自らを責め、死を考える
53.
蜻蛉
薫27歳。浮舟が宇治の邸から失踪。当初こそ2人の男は嘆き悲しむが、帖の後半では、もう他の女に心を移してだらしなくうろうろする
54.
手習
『往生要集』の著者比叡山横川の恵心院に住む源信僧都が、自殺未遂となった浮舟を助け、浮舟は記憶喪失症になり、僧都を戒師として出家。勤行の傍ら手習いをする
55.
夢浮橋
薫は浮舟らしき者が生きていることを聞き、僧都に確かめに横川に行く
薫からの誘いに浮舟は興味を示さず、薫も白けて、誘いをかけたことを後悔
長篇小説は、唐突に終わる。題名も本文中に言及はなく、作者は男女の仲は、所詮、儚い夢の中の逢瀬のようだと言うつもりだったのか
肉体と精神の乖離相克という重い文学的問題を、千年前に早くも紫式部は書いている
浮舟出家の場面を詳述したのを見て、初めて作者自身も出家しているだろうと感じた
源氏の死までの物語は道長の注文によって書かされたが、それ以後の続編は、自分のために書いたのではないか
紫式部は、苦悩の後に出家を選んだ女たちに、決してそのことを後悔させていないし、それぞれに心の平安を与えている。それに対し、薫の最後の見苦しい述懐はあまりにも哀れで、「男はせいぜいこの程度よ」という、紫式部の声が聞こえてくるような気がする
源氏物語を出家物語と呼びたくなるのも、物語を訳し終えた感想からで、実作者であり、出家者である私の自然な読後の感慨である
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