技術革新と不平等の1000年史』 Daron Acemogluほか 2024.2.26.
2024.2.26. 技術革新と不平等の1000年史』 (上・下)
Power
and Progress
~ Our Thousand-Year Struggle
over Technology and Prosperity 2023
著者
Daron
Acemoglu 1967年生まれ。トルコ出身。経済学者。専門は政治経済学、経済発展論、成長理論など。40歳以下の若手経済学者の登竜門とされ、ノーベル経済学賞に最も近いといわれるジョン・ベイツ・クラーク賞受賞(2005年)、アーウィン・ブレイン・ネンマーズ経済学賞(2012年)、BBVAファンデーション・フロンティアーズ・オブ・ナレッジ・アワード(経済財務管理部門、2016年)、キール世界経済研究所グローバル経済学賞(2019年)など受賞多数。2019年以降はMITにおける最高位の職階であるインスティテュート・プロフェッサー
Simon
Johnson 1963年生まれ。イギリス出身。経済学者。専門は金融経済学、政治経済学、経済発展論。MITスローン経営大学院ロナルド・A・カーツ教授。IMFの元チーフエコノミスト
訳者
鬼澤忍 翻訳家。1963年生まれ。成城大経済学部経営学科卒。埼玉大大学院文化科学研究科修士課程修了
塩原通緒 翻訳家。立教大文学部英米文学科卒
発行日 2023.12.20. 初版印刷 12.25. 初刷発行
発行所 早川書房
カバー袖裏
生産性を高める新しい機械や生産方法は新たな雇用を生み、私たちの賃金と生活水準を上昇させる――これが経済の理屈だが、現実の歴史はしばしばそれに反している
中世ヨーロッパにおける農法の改良は飛躍的な増産を実現したが、当時の人口の大半を占める農民にはほとんど何の利益ももたらさなかった。船舶設計の進歩による大洋横断貿易で巨万の富を手にする者がいた一方で、数百万人もの奴隷がアフリカから輸出されていた。産業革命に伴う工場制度の導入で労働時間は延びたにもかかわらず、労働者の収入は約100年間上がらなかった
なぜこのようなことが起きるのか? 圧倒的な考究により、「進歩」こそが社会的不平等を増大させるという、人類史のパラドックスを解明する
プロローグ――進歩とは何か
1791年、ベンサムがパノプティコンという監獄を設計。円形の建物に適切な照明を配置することによって、中央に陣取る看守が囚人を絶えず監視できるという印象を生み出すことができるというもので、資金面で実現はしなかったが、仏哲学者フーコーに言わせると、産業社会の核となる抑圧的な監視のシンボル
功利主義哲学の祖と言われるベンサムが目指したのは、社会の効率を改善し、誰もが一層幸福になれるスキーム作りで、パノプティコンも監視により労働者の労働への熱意を促すこと
ベンサムにとって自明だったのは、テクノロジーの発達によって、機能が向上するのは誰にとっても有益だということで、新たなテクノロジーは人間の能力を拡張するものであり、経済に適用されれば効率性と生産性を大きく向上させ、その後社会は遅かれ早かれ利益を分かち合う方法を見つけ出し、結局はほとんどあらゆる人々が得をすることになるという理屈
テック楽観論とは裏腹に、過去1000年の歴史にあふれる新発明の事例は、繁栄の共有などもたらさなかった
今日、地球上の大半の人々が自らの祖先よりも豊かに暮らしているのは、初期の産業社会において組織化された市民と労働者が、テクノロジーや労働条件についてエリートの支配する選択に異を唱え、技術の進歩がもたらす利益をより公平に分かち合うように強制したお陰
現在、我々は同じことを再び行う必要がある
現代は、テクノロジーに関して無闇に楽観的でエリート主義的な時代で、進歩の名の下に生み出される苦しみに耳を傾けなくなっている
本書は、進歩は決して自動的なものではないことを示すために書かれた。現代の「進歩」が、少数の起業家や投資家をまたしても裕福にしている一方で、大半の人々は力を奪われ、恩恵はほとんど受けていない。広く行き渡ったビジョンに立ち向かい、テクノロジーの方向性を一部エリートの支配下から奪い取ることは、難しいが重要であることは19世紀と変わらない
第1章
テクノロジーを支配する
テクノロジーは、単に物資の生産に新たな方法を活用するだけに止まらず、周囲の環境を形作り、生産を組織化するために我々が行うあらゆることに関わる。テクノロジーとは、人間の集合知を利用して、食生活、快適さ、健康を改善する技法だが、往々にして他の目的、例えば監視、戦争、さらにはジェノサイドにさえ用いられる
新しいテクノロジーがもたらす不平等な帰結は、大半の労働者が就けるよい仕事が失われる一方、コンピュータ科学者、エンジニアなど一握りの人々が収入を増やし、我々は二重構造の社会への道を歩んでいる
l 新たな機械や生産技術が賃金を上昇させる時期は何によって決まるか?
l よりよい未来の構築に向けてテクノロジーの方向性を変えるには何が必要か?
l テクノロジー分野の起業家や先見者(ビジョナリー)の間で、とりわけ人工知能にまつわる新たな熱狂に関して、現在の考え方がより気がかりな別の方向に向かっているのはなぜか?
第2章
運河のビジョン
スエズで成功したビジョンを、パナマに持ち込んで海面式運河を建設しようとしたが、2万を超える人が命を落とし、多くの人々が財産を失った。大きな災害は往々にして、過去の成功に基づく強力なビジョンに根差しているという教訓
第3章
説得する力
テクノロジーや社会に関する重要な決定をなす際に、説得が中心的な役割を果たすが、説得する力は政治制度やアジェンダ設定能力に根差し、対抗勢力や幅広い意見によって自信過剰や利己的なビジョンが抑制される可能性がある
第4章
不幸の種を育てる
我々の考え方を農業テクノロジーの進歩に応用。大規模な農業変容が、少数のエリートの富と権力を増大させる一方で、農業労働者に対してはほとんど恩恵をもたらさないということを実証。小作農は政治的・社会的な権力を持たなかったため、テクノロジーの進路は一握りのエリートのビジョンに従うことになる
第5章
中流層の革命
産業革命で余り強調されなかったのは、新たに自信をつけた中産階級、起業家の間に現れたビジョン
第6章
進歩の犠牲者
産業革命の第1段階で多くの人々がいかに貧しくなり、無力化したか、そしてそれがテクノロジーにおけるオートメーションへの強い偏向と、テクノロジーや賃金にまつわる決定に対して労働者の声が欠如していたことの帰結だったのはなぜか
第7章
争い多き道
テクノロジーの方向性、賃金設定、より一般的には政治をめぐる困難な闘争が、西側世界で最も華々しい経済成長期の土台をいかにして築いたかを概観する
第8章
デジタル・ダメージ
現代に目を向け、我々がいかにして道に迷い、繁栄の共有という戦後数十年間のモデルを手放してしまったのかを振り返る
第9章
人工闘争
我々を道に迷わせた1980年以降のビジョンが、次の2点をも規定するようになったことを説明――デジタル・テクノロジーの次の段階、即ち人工知能について我々がどう考えるか、また、AIが経済的不平等へのトレンドをいかに悪化させているかという問題
第10章
民主主義の崩壊
我々の直面する問題がさらに深刻化する可能性があることを論じる。AIを用いた大量のデータ収集によって、政府や企業による市民の監視が強化されているためだ。同時に、AIを活用した広告ベースのビジネスモデルは、誤った情報を拡散し、過激思想を増幅している。目下AIが歩んでいる道は、経済にとっても民主主義にとっても良いものではないし、残念ながら、これら2つの問題は相互に強化し合っている
第11章
テクノロジーの方向転換
こうした有害なトレンドを反転させるにはどうすればいいのかについて略述。テクノロジーの変化の方向を転換するためのテンプレートを提示する。その土台となるのは、テクノロジーの社会的偏りの特定の側面に取り組むために、物語を変え、対抗勢力を築き、技術、規制、政策に関する解決策を練り上げることだ
分権の解説と出典
第1部
本書の全般的な出典と背景
ここでは我々のアプローチが過去の研究や理論とどう関係しているかを説明
我々のコンセプトの枠組みは、経済学、そして大半の社会科学の従来の叡智と4つの点で異なる
第1に、生産性向上が、賃金に、ひいては生産性バンドワゴンの妥当性に影響を及ぼす仕組み
第2に、テクノロジーの順応性とイノベーションの方向性を巡る選択肢の重要性
第3に、賃金設定における交渉とその他の非競争的要因の役割と、生産性向上が労働者と共有される、もしくはされない仕組みにこれが及ぼす影響
第4に、テクノロジーの選択における非経済的要因――特に社会的・政治的な力、アイディア、ビジョン――の役割
競争的な労働市場では、生産性が向上すると平均賃金も上がる(=バンドワゴン)とされ、テクノロジーの進歩が生活水準を上げると主張する。また最近の経済学では、「生活水準のほぼすべての差異は、国の生産性、つまり労働投入量の1単位当たりが生産する財とサービスの量に起因する」と説明しているが、我々の枠組みは、「経済はオートメーションのプロセスと新しいタスクの創出によって成長する」というモデルを紹介し、オートメーションと新しいタスクが労働需要の進展にどのような影響を与えるかをモデル化している
第2部
各章の出典と参考文献
データ、事実、引用、その他の資料の詳細な出典を示す
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『国家はなぜ衰退するのか』『自由の命運』の著者が、テクノロジーの進歩を軸に人類の歴史と社会を再考する大著
技術革新は往々にして支配層を富ませるだけで、労働者の待遇を引き上げることはなかった。こうした構造は変革しうるか? 水車の発明から産業革命、ChatGPTまで千年にわたる文明史を分析し論じる。マイケル・サンデル、ジャレド・ダイヤモンドら絶賛!
(書評)『技術革新と不平等の1000年史』(上・下) ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン〈著〉
2024年2月3日 朝日
■普及の鍵を握るのは時の支配者
文明開化後の日本では、「技術」から連想されるのはもっぱら「進歩」や「発展」だった。しかし、もはやそれは楽観的過ぎるかもしれない。この本で「技術」の対となるキーワードは「支配」。技術自身はエネルギーや情報を支配する。その技術の登場の背後には、時の支配者の存在がある。どんな技術を普及させるか決めるのは科学の必然ではなく支配者なのだ、と強調する。まさに原題の「Power and Progress」こそが、本書の姿をあらわすのにふさわしい。
博学多才でならすコンビの本書は、話題が盛りだくさんで単純な筋を見つけるのは難しい。強いていえば、新しい技術は誰にどんな影響を与えるかという経済学的な考察がひとつ、著名な発明家の事績を通じて技術革新の内実を明らかにする部分がひとつ、そして技術革新と政治とのかかわりを提示する部分がひとつ、とでも整理できるかどうか。
ともあれ、技術革新によって生産性が上昇しても利益を受けるのは常にエリート層であって、末端労働者まで恩恵に与ることはほぼないという著者の考え方は、実は技術革新以外の社会的事象にもあてはまり、重要だ。日本では、賃金を上げるためには生産性が上がらなくてはならないという考え方が素朴に信じられているかもしれないが、著者の主張の方が正しい場合もある。また、スティーブンソンなどの発明家の立ち回りのくだりを読むと、彼らは技術者というよりはプロデューサーに近く見える。ひたすら機械と人物の組み合わせを覚えた受験勉強が、痛いほどむなしく感じる。
他方、技術革新と政治との関係はより論争的だ。GAFAの先に技術革新が情報の独占をもたらすのであればその独占者は社会の安定をもたらす聖人君子であることが求められる。しかし現実はどうもそうではないらしい。著者らは規制と草の根民主主義への回帰に希望を見出すが、反対論者は少なくないだろう。
評・神林龍(武蔵大学教授・労働経済学)
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『技術革新と不平等の1000年史』(上・下) ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン〈著〉 鬼澤忍、塩原通緒訳 早川書房 各3300円 電子版あり
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Daron Acemoglu 67年生まれ。トルコ出身の経済学者▽Simon Johnson 63年生まれ。英国出身の経済学者。
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