おいしいごはんがたべられますように  高瀬隼子  2022.8.26.

 

2022.8.26. おいしいごはんがたべられますように

 

著者 高瀬隼子(じゅんこ) 1988年愛媛県生まれ。10年前から会社員(事務職)19年『犬のかたちをしているもの』で第43回すばる文学賞を受賞してデビュー

 

167回令和4年上半期 芥川賞受賞作品

 

『群像』1月号掲載

 

食品は飲料のラベルパッケージの製作会社で全国にある13支店のうちの1つに勤務する

押尾さんは新卒入社で5年目、芦川さんから仕事を教わる。高校時代はチアリーディング部に所属。二谷さんのアパートに行って体を寄せる。二谷の転勤の前に退職

芦川さんは押尾の1年先輩で30歳、支店から近くの実家暮らし

二谷は7年目、6年間東北の支店にいて3か月前に転勤してきて、芦川から仕事を引継ぐ。長男で妹がいる。祖母からひ孫が見たいと言われているがまだ独身の一人暮らし。芦川とのデートが続き、3回目で二谷のアパートに芦川さんが来て結ばれ、以後芦川さんが食事を作るようになる。わずか1年で千葉に転勤

仕事も出来ずすぐ休んだり早退したり、残業を手伝わなかったりと、身勝手に思える芦川さんを職場のみんなが庇っているように感じて不公平だと思った押尾が芦川さんに知らず知らずに嫉妬心を抱く

芦川さんが日頃みんなに迷惑をかけているお詫びにケーキを作って持ってきたら、みんなに褒められたのでケーキつくりがエスカレーとし、みんながお金を集めて渡すまでになる

ますます嫉妬した押尾さんは二谷に一緒に芦川さんに意地悪をしようと持ち掛け、もらったケーキをゴミ袋に入れて芦川さんの机の上に置く

すぐみんなの噂になって押尾さんが目を付けられ詰問されたり支店長から注意を受けるがやめようとしない

そんなこともあってか押尾さんは退職を決意、二谷と芦川さんは付き合いを続け、二谷の転勤の送別会で芦川さんと一緒になることを告げる

 

 

受賞者インタビュー (文藝春秋)

「ムカつき」をエネルギーにして書き続けたい

 

テレビで見てくれていた大学時代の友人たちからは、「めっちゃおしとやかぶって」「こんなのじゃないでしょ」とLINEが来たが「うるさい」と返した

職場では身バレしてしまったとか――受賞直前にこの作品がテレビで取り上げられ、デビュー2年半にして小説を書いていることがばれた

題名は、冒頭で支店長がみんなに一緒に食いに行くぞと声をかけた場面に因む?

著者自身が芦川的側面と押尾的側面の両者を持つ

いい子ぶっていても生活していて感じる「ムカつき」や「違和感」は忘れないようにして、しつこく小説に書き続けたい

多くの会社には毎日とんでもない時間まで残業をしている人が一定数いて、声を上げてもいいはずなのに、何とかこなしてしまう。そんな、能力的に「出来てしまう」一部の人によって職場や家庭が機能している現実がある。彼らはなんとか持ちこたえるから、「大丈夫な人だ」と思われてしまうけど、必ずしも喜んでやっているわけではない。その内面にある「呪い」を書きたかった

選考委員から、「人間を多面的に描けている」と評価してもらえたのは嬉しい

同僚が想定外の言動をすることもあるが、その意外性を好意的に捉えるのではなく、別の面が隠れていたことに怖さを感じてしまう

小説を書くことは小さい頃からの夢

 

 

選評

山田詠美――記者会見に臨んだTV番組のスタッフが選考会前日になって連絡してきて、資料を送れと要求。ということは、候補作を読まないまま質疑応答に臨んだってこと? 候補作発表から選考会まで1カ月あったというのに丸投げ? 唖然呆然。TVの劣化が囁かれて久しいが、まさか、ここまでとは・・・・・

受賞作は、多くの女性が天敵と恐れる「猛禽©瀧波ユカリさん」登場! 彼女のそら恐ろしさが、これでもか、と描かれる。思わず上手い! と唸った。でも、少しだけエッセイ漫画的既視感があるのが残念

島田雅彦――埼玉の事業所という閉鎖的空間を舞台に奇妙な三角関係と食のポリシーを軸とした駆け引きの推移とキャラクターの変容を追う。語りは、仕事は出来ないが、料理上手の芦川に意地悪をする後輩の押尾と食べることに関心がない二谷による二元中継になっている。人物設定を意図的に類型化しているのだが、可愛くて料理上手の、いわば特性のない女が総取りするという脱力の結末に向かう行程を面白がるか、首を傾げるかで評価は分かれた

小川洋子――最も恐ろしいのは芦川。その恐ろしさが1つの壁を突き破り、狂気を帯びるところにまで至っていれば、と思う

松浦寿輝――候補5作の中でずば抜けて面白い。閉じた小集団内部での人間関係の力学が繊細な筆致で活写され、どこか横光利一『機械』を思わせる。プロットの主軸は三角関係だが、そこに職場の上下関係、仕事における能力差、正規職員と非正規職員の差など複雑なベクトルが交錯し、基層には怨望、嫌悪、競争心など社交的配慮からはっきりとは口にされない情緒的なマグマが底流する。そうしたすべてを作者は説明的に語らず、些細なエピソードの積み重ねとあくまで単純な言葉遣いによって鮮やかに浮かび上がらせている。圧倒的にすごいのはいつもにこにこしている「芦川さん」の人物像の造型。この女が疎ましいだのいやらしいだのとは、作者は一言も言っていない。ただ、男に「デザートもありますよ」と言い「一口大に切ったスイカの入ったタッパー」を出してくるといったあたりで、私は背筋がそそけ立つのを感じた。これはほとんど恐怖小説だ、男はこの女の作る料理を「おいしいごはん」だなどとは全く思っておらず、しかも自分に食を供するというよりむしろ自分を取って喰らおうとしている魔物だとほぼ完全に理解している。にもかかわらず結末では彼は彼女との結婚を受け入れ、その時彼女の幸福そうな顔は「容赦なく」可愛いと描写される。打算的な女と煮え切らない男を突き放して見ている作者の視線は冷酷だが、同時にその距離感によって2人を優しく赦している気配もある

吉田修一――誰も我慢しなくて済むようにとの思いから生まれたはずの多くのコンプライアンスの中で、誰が一番我慢を強いられているか? を競うコンテストのような物語として読んだ。結果的にみんな五分五分で、すっきりした勝敗はつかなかったが、この絶妙なバランスが多面的に描かれている。キャラクターも生っぽくて魅力的だし、その関係性も身近な風景で読みやすい、ただ、全体的に少し冗長すぎるように思う。描写で読みたい場面の多くが会話文で処理されているのも不満が残る。とはいえ、前作に引き続きの筆力は確かである

平野啓一郎――退屈な日々の生活の中で、自覚的/無自覚的に自己愛が強く、社会的な「食のハビトゥス」(磯野真穂)を最大限活用することで他者からの承認を巧みに調達する芦川と、同じく自己愛的でありながら完全に自足的であるが故に、そうした「食のハビトゥス」を目の敵にしている二谷、そして、二谷のように自足できず、さりとて芦川のようにも振舞えない押尾という3人の微妙な関係を描いている。生のルーティンの懐疑という前作以来の主題は、より複雑化し、緻密になった分、インパクトはやや低下したが、作者の着実な歩みが評価されたことは喜ばしい(推薦したのは別作)

奥泉光――どこにでもありそうな職場の、珍しくもない人間模様を描いた本作は、1人称と3人称の2つの視点を導入することで、人物らの「関係」を立体的に描き出すことに成功している、日本語のリアリズム小説は、単一視点の語りの技法を洗練する一方で、社会にある人間の「関係」を描くのを苦手としてきた。もっとも視点を複数にしたからといって、直ちに「関係」が描けるというほど簡単な話ではない。構成はもちろん、言葉の11つにまで行き届いた、細部への油断ない配慮があってはじめてそれは可能になる。一見は平凡見えて、本作は野心的な作品といってよく、作者の方法への意識の高さを何より評価した

川上弘美――推薦した2作の1つ。会社の同僚である「二谷」と「押尾」の2人の語り手が登場するが、語られる中心は、2人の同僚の「芦川」。この人物が、ほんとにもう、恐らく読者全員をイライラさせる存在。だから、下手をするとこの小説は、芦川と、芦川を認めていないくせに芦川に取り込まれていってしまう二谷と、半分は諦めながらもその関係にきちんと距離を置こうとする押尾の、「落ちてしまう闇」側と「良心」側のせめぎあいのドラマにおさまってしまう可能性もあった。ところが不思議や不思議、私は読みながら、芦川と二谷に心を奪われてしまった。押尾も、もちろん好き。押尾の他の同僚たちも面白い。やがて彼ら全員が、簡単にはほぐれない1つの球体をなして、どんどん輝きを放ってくれる。これはどういうことなのか? たぶん、この小説の中の人たちは、生きている。生きているから、矛盾するし、揺らぐし、変な時もすっきりした時もある。作られたはずなのに、作者の手を随分離れて、作者も思っていなかった行動を、彼らはしていったのではないか

堀江敏幸――会社内の群像劇に11の関係を入れ込むのではなく、11の関係が多対1に溶けて不気味に広がり出す過程を巧みに描き出す。読後、登場人物の名を個々の発言と一体化する形で思い出せるのは、平坦に見えて切れ味の良い起伏のある言葉の効果だろう。芦川という女性の「使用不可」感の凄みが際立つのは事実だが、それがツトムのように代替可能ではなく、他のどこからも「入手不可」で「蔑ろにできない」ものとして徹底されていくところに、あとをひく旨味があった

 

 

(売れてる本)『おいしいごはんが食べられますように』 高瀬隼子〈著〉

2022910 500分 朝日

『おいしいごはんが食べられますように』

 配慮の歪み、現代の空気映す

 人間って怖いな。高瀬隼子の小説を読むといつもそう思う。それと、イラつき。そんな浮気男なんて切り捨てればいいのに、義母の小言なんて無視すればいいのに、と読みながら心の中で叫ぶ。しかしそう思えるのは自分がこの異性愛中心主義的な社会と婚姻制度からあらかじめ排除される立ち位置にいる人間だからであり、世の中の多くの人にとって割り切るのはそう簡単ではないのかもしれない、とも考える。

 芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』は職場という閉じられた空間での人間関係を描く小説だ。早退や欠席が多いが、可愛くて思わず守ってあげたい病弱の女性社員・芦川。芦川が休むとその割を食うが、頑張ればできてしまうから我慢するしっかり者の女性社員・押尾。二人の同僚であり、食事が嫌いな若い男性社員・二谷。物語は三人の関係を巡って展開される。

 押尾は二谷に、自分は芦川が苦手だと打ち明け、一緒に意地悪しようと持ち掛ける。二谷は芦川と交際しているにもかかわらず、その提案を了承する。家にやってきては「おいしいごはん」を作る芦川の押しつけがましさを、二谷も疎ましく思っているのだ。疎ましく思っても付き合い続ける。付き合っているのに意地悪してしまう。そんな幾重にも屈折した暗い感情のひだが、解像度の高い内面描写によってくっきり浮かび上がる。人間の複雑さと難解さ、そして不気味さを突き付けられるのと同時に、「こんな人いるよね」と読者は奇妙にも納得する。

 芥川賞候補作の年森瑛(あきら)著『N/A』も本作と同様、弱者への配慮に満ちている。それは現代の空気を反映している。その上で二作とも「配慮の歪み」を描いている。『N/A』は「カテゴリーに嵌まった紋切り型の配慮」に疑問を呈し、本書は「配慮されない者への皺寄せ」に焦点を当てる。現代社会において適切な配慮と人間関係とは何か。この二作は私たちに問いかけている。

 李琴峰(作家)

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 『おいしいごはんが食べられますように』 高瀬隼子(じゅんこ)〈著〉

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 講談社1540円=915万部。3月刊。第167回芥川賞受賞作。「読後誰かと話したくなるという感想が多い」と担当者。

  



(ひと)高瀬隼子さん 「おいしいごはんが食べられますように」で芥川賞に決まった

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2022730 500分 朝日

高瀬隼子さん

 職場の人間関係をつぶさに描いた小説で、芥川賞を射止めた。自身も大学を卒業後、10年余り事務の仕事をしている。「勤めていると、年代も考え方もバラバラの人たちと毎日顔を合わせて、一緒に働いていかないといけない」。そんな実感が、読者の心をざわつかせるような物語を生んだ。

ここから続き

 受賞作は、職場で器用に立ち回る男性社員と、仕事ができて頼られがちな女性社員の視点で描く。繁忙期に残業を強いられる2人をよそに、別の女性社員は頭痛を訴えて早退。残された仕事を肩代わりする側はモヤモヤを抱え、不穏な何かが蓄積されていく。

 社会になじめない人物が主人公の小説を読み、「私自身はどちらかというと何とかこなしてしまう側の人間だな」と思ったのが、この話を書くきっかけだった。「きつくても適応して、どうにかしてしまう側の人間のことを書きたいなという気持ちがあった」

 幼い頃から物語が好きで、受賞会見でも「小説家になるのが夢でした」と振り返った。大人になったいまは「むかつくこと、許せないこと」が創作のヒントだ。

 「日常でむかつくことがあっても、反射神経がにぶいのか、ぱっとは言い返せない」。時間をかけて小説を書くことで、感情から距離を置く。「愚痴だけで終わりたくはない。こんな考え方の人もいるんだと受け取ってもらえたら」

 (文・山崎聡 写真・瀬戸口翼)

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 たかせじゅんこ(34歳)

 

 

 

芥川賞・直木賞、受賞エッセー 高瀬隼子さん、窪美澄さん

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2022729 500

高瀬隼子さん

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 「おいしいごはんが食べられますように」で第167回芥川賞に選ばれた高瀬隼子さんと、「夜に星を放つ」で直木賞に決まった窪美澄さんに、受賞決定にちなんだエッセーを寄せてもらった。

 ■かな入力、ずっと物語の紡ぎ手 芥川賞「おいしいごはんが食べられますように」・高瀬隼子さん

 小説はパソコンで書いているのだけど、わたしはローマ字入力ができないので、かな入力をしている。かな入力は分かりやすくていい。キーボードに「あ」「い」「う」と印字されているので、それを押したら、そのとおりに同じ文字が出る。どうしてローマ字入力をする人の方が多いのだろう。あいうえおはともかく、みゃみゅみょなどはもう、ローマ字でどう書くのだったっけと、手を止めて考えないと分からない……mya・myu・myoか。三十秒ほどかかった。

 初めてキーボード入力をしたのは九歳の頃で、平成九年当時は今のようにパソコンは身近ではなく、会社や学校、一部の家庭にあるだけだった。わたしが初めてさわったキーボードもパソコンではなく、父がどこかからお下がりでもらってきた、古いワープロだった。若い世代の方はワープロをご存じないかもしれない。小型のノートパソコンに似た形で、機能はワードのような文字入力だけで、フロッピーディスクというカードに記録することができた。小学校ですでにローマ字を習ってはいたけれど、勉強不足で覚えていなかったわたしは、ワープロのキーボードに書かれたあいうえおをぽちぽちと押していった。その頃から物語を作るのが好きだった。ノートに手書きで書いていた物語を、ワープロで文字に起こしていき、できあがったものを父にコピー用紙へ印刷してもらった。自分の書いた物語が明朝体で紙に印字されているのは、まるでほんものの本に近付いたみたいな、ときめきがあった。

 中学生になった頃に実家にもパソコンが置かれ、ワードを使って小説を書くようになったけれど、その頃には指にかな入力が染み付いていて、今更ローマ字入力はできなくなっていた。そのせいかは分からないが、英語の成績は悪く、高校でも大学でも苦労した。大人になった今は、職場で共用のパソコンを使用する時、次の人が使う前にかな入力からローマ字入力へ設定を戻し忘れないように注意している。

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 たかせ・じゅんこ 1988年、愛媛県新居浜市生まれ。立命館大学文学部を卒業後、教育関係の事務職の傍ら、2019年に「犬のかたちをしているもの」ですばる文学賞を受賞し、デビュー。他の著書に「水たまりで息をする」。

 

 

講評から振り返る、第167回選考 芥川賞・直木賞

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2022727 1630分 朝日

記念撮影に応じる窪美澄さん(左)と高瀬隼子さん=瀬戸口翼撮影 

 第167回芥川賞・直木賞の受賞作が20日、決まった。芥川賞は高瀬隼子(じゅんこ)さんの『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)、直木賞は窪美澄(くぼみすみ)さんの『夜に星を放つ』(文芸春秋)がそれぞれ受賞。2作はどう選ばれたのか、選考委員の講評で振り返る。

 ■文章・構成、受賞者の資質に敬服 直木賞/候補5作粒ぞろい、評価が拮抗 芥川賞

 直木賞受賞作は星座を共通のモチーフに、大切な人を失った人々の心の揺らぎを描いた5編の短編集。選考委員を代表して講評した林真理子さんは「コロナ下の社会を真正面からではなく、日常からさりげなく取り上げた。文章力、構成力、作家の資質に改めて敬服した」と話した。

 次点は初めて候補になった永井紗耶子さんの『女人入眼(にょにんじゅげん)』(中央公論新社)。鎌倉時代を舞台に、源頼朝の娘・大姫の入内(じゅだい)をもくろむ母・北条政子と朝廷側の権力闘争を描いた歴史小説だ。「わざと武士を描かず女性だけで鎌倉ものを描いたところに手腕を感じる」と評価されたが、わずかに票数で及ばなかった。

 3番手は呉勝浩さんの『爆弾』(講談社)。都内に爆弾を仕掛けたとほのめかす中年男と警察官らとの駆け引きで展開するミステリーで、悪意を持つ男の造形が評価されたものの、結末の展開に難色を示す声があったという。

 芥川賞の選考委員を代表して講評した川上弘美さんは「候補5作は粒ぞろいで評価が拮抗(きっこう)した」と切り出した。受賞作は小所帯の職場で、働き方や仕事への向きあい方が異なる男女3人を軸に、ままならない人間関係を描いた。「どこかで見たようなお話ですが、物語ってそういうもの。型を少しずつ変奏して書く技術が優れている」と評した。

 次点は3作。決選投票で横並びの評点だった。世間の先入観や思い込みにモヤモヤする女子高校生を主人公にした年森瑛(あきら)さんの『N/A(エヌエー)』(文芸春秋)は「高校生たちのやりとりなど、いまの若者たちのことがうまく書けている」との評価の一方、文章中の比喩表現などに違和感を覚える委員もいたという。

 鈴木涼美(すずみ)さんの『ギフテッド』(同)は歓楽街の片隅に暮らす「私」が重い病に侵された母をみとるまでの日々を描いた。「母娘を描く小説が多いなか、類型とは違う二人の距離感をうまく描いた」と好意的な評の一方で、文章が説明的すぎるとの声もあった。

 炭坑のテーマパークに置かれた坑夫のマネキン人形を父親だと言い聞かされて育った主婦が主人公の小砂川チトさん『家庭用安心坑夫』(講談社)は、「一種幻想的で、非常に面白い物語の作り方」と評価されたものの、その作り方ゆえか、一部の場面が他の部分とつながっていないとの意見があったという。

 今回、芥川賞は5候補すべて、直木賞も5作のうち4作が女性作家の小説だった。記者会見で「時代の変化を感じるか」と問われた川上さんは「女性、男性とひと言で言ってしまうのが小説的でない気がする。ひと言で言えないところを表現していくのが小説です」と述べるにとどめた。(野波健祐)

 

 

芥川賞に高瀬隼子さん「おいしいごはんが食べられますように」 直木賞に窪美澄さん「夜に星を放つ」

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2022721 500分 朝日

直木賞に選ばれた窪美澄さん(左)と、芥川賞に選ばれた高瀬隼子さん=20日午後、東京都千代田区、瀬戸口翼撮影 

 第167回芥川賞・直木賞日本文学振興会主催)の選考会が20日、東京都内で開かれ、芥川賞は高瀬隼子(じゅんこ)さん(34)の「おいしいごはんが食べられますように」(群像1月号)に、直木賞は窪美澄(くぼみすみ)さん(56)の「夜に星を放つ」(文芸春秋)に決まった。副賞は各100万円。▼2面=窪さんの「ひと」

 高瀬さんは1988年、愛媛県新居浜市生まれ。東京都在住。立命館大学文学部を卒業後、教育関係の事務職の傍ら、2019年に「犬のかたちをしているもの」ですばる文学賞を受賞し、デビュー。芥川賞への候補入りは、21年の「水たまりで息をする」に続いて2度目だった。

 受賞作は、郊外にある食品パッケージの製作会社が舞台。働き方や仕事への向きあい方が異なる男女3人の登場人物を軸に、食べることに対する価値観のずれを通して、ままならない人間関係を描いた。

 芥川賞の選考委員を代表して、川上弘美さんは「職場という少ない集団のなかでの人間関係を立体的に描ききった。人間それぞれを一面的な善しあしではなく、多面的に書いている点が評価された」と語った。

 小説家になるのが子供のころからの夢だったという高瀬さんは「私が働き始めた10年前から社会の職場環境はいい方に変わっている。それでもつらいこと、恐ろしいこと、むかつくことがある。そんな思いを小説を書くことですくい取り、読んだ人が何かを少しでもすくい取ってくれるならうれしい」と述べた。

 窪さんは65年、東京都生まれ。広告制作会社やフリーライターを経て、09年に「ミクマリ」で「女による女のためのR―18文学賞」を受賞。この作品を収めた「ふがいない僕は空を見た」で山本周五郎賞、「晴天の迷いクジラ」で山田風太郎賞。直木賞の候補入りは「じっと手を見る」「トリニティ」に続く3度目だった。

 受賞作は喪失感を内に秘めて生きる老若男女に寄り添う短編集。星座を共通のモチーフに、家族や恋人とのかみ合わなさを描いた5編を収めた。

 直木賞選考委員の林真理子さんは「この数年のコロナ下の社会を描くことから逃げておらず、それでいて真正面からではなく、日常生活の中でさりげなく取り上げて、一冊の短編集に仕上げた文章力、構成力がすばらしい」と評した。

 窪さんは「小説にしか閉じることのできない心の穴がある。心に迷いがある時、近所の本屋さんに行って何か一冊読んでみてはいかがでしょうか」と語った。(野波健祐、山崎聡)

 

 

芥川賞の高瀬隼子「ムカつきを小説ですくいとれたら」

文化往来

2022722 5:00 日本経済新聞

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「我慢してしまう側の人たちの内面にあるムカつきを描こう」と考えたと話す高瀬隼子さん

「つらかったり、恐ろしかったり、ムカついたりすることを小説ですくいとれたら」。職場における人間関係のモヤモヤを描いた作品「おいしいごはんが食べられますように」で「無縁と思っていた」芥川賞に選ばれた。

ある会社の支店が舞台。女性社員「芦川」は体が弱く仕事を休みがちだが、手作りの菓子をふるまい、職場ではみんなに守られている。一方、仕事をこなせる後輩女性「押尾」は割を食っている。押尾は芦川と職場恋愛している男性社員の「二谷」に「わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」と持ちかける。

受賞作の「おいしいごはんが食べられますように」

初めて芥川賞候補となった前作「水たまりで息をする」では、風呂に入らなくなった夫と、それを必ずしも否定しない妻の話を書いた。「弱い人に寄り添う点が良いと言っていただく声があったが、(受賞作では)逆に我慢してしまう側の人たちの内面にあるムカつきを描こう」と考えた。

自身も10年以上、事務職として働いている。受賞作は「勤め先を舞台にはしていない」としつつも「友人関係は価値観が合う人だけで作られることが多いが、職場は年代もばらばらの人と毎日顔を合わせることになる。他者との関わりを描くに当たっては社会人経験が生きた」と振り返る。

愛媛県出身。子供の頃から作家になりたいと思っていた。立命館大学卒業後も、文芸サークル仲間でつくる同人誌で書き続け、自作への忌憚(きたん)のない意見で腕が磨かれた。それが2019年、31歳での作家デビューにつながった。

同人には「これからも率直な感想を言ってほしいし、みんなの作品も読んでいきたい」。同人誌を売る文学フリマにも「参加を続けたい」と笑顔をみせた。

(西原幹喜)

 

 

芥川賞に高瀬隼子氏 直木賞に窪美澄氏

カバーストーリー

2022720 18:41 (2022720 21:19更新) 日本経済新聞

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芥川賞の受賞が決まった高瀬隼子氏(右)と直木賞に決まった窪美澄氏

167回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が20日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞は高瀬隼子氏(34)の「おいしいごはんが食べられますように」(「群像」1月号)に、直木賞は窪美澄氏(56)の「夜に星を放つ」(文芸春秋刊)に決まった。贈呈式は8月下旬に都内で開かれ、受賞者には正賞の時計と副賞100万円が贈られる。

芥川賞は1935年の創設以来初めて候補者が全て女性となり、注目を集めた。一方で芥川賞選考委員の川上弘美氏は、選考の過程でこのことは全く話題に上がらなかったとし、「女性・男性とひとことで言ってしまうのは小説的ではない。ひとことでは言えないことをどう書くかが小説だ」と指摘した。

高瀬氏は愛媛県生まれ。芥川賞は2回目の候補入りで受賞が決まった。受賞作はある職場が舞台。仕事を休みがちな女性社員や割を食う後輩らの関係を通じて、多様な働き方を巡る困難を描いた。会見では自身の作品について「日常に感じるむかつきからスタートしているが、愚痴で終わりたくない。読者それぞれが受け取ってくれたら」と話した。川上氏は「人間の中の多面性が描かれている。それを小説にするのはとても難しいことだ」と評価した。

窪氏は東京都生まれ。2011年に「ふがいない僕は空を見た」で山本周五郎賞。直木賞は3回目の候補入りで決まった。受賞作は星をモチーフにした短編集。亡くなった母親の幽霊と同居する少女ら、さまざまな主人公を語り手に別れの悲しみや心の揺らぎを繊細につづる。「自分は44歳で最初の本が出た。他の作家より残された時間が短いなか、いかに良質な作品を書くかが課題」と語った。選考委員の林真理子氏は「文章力、構成力、作家としての資質に敬服した」とたたえた。

 

 

 

 

                                                                                           

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