FIFA 腐敗の全内幕  Andrew Jennings  2022.6.19.

 

2022.6.19. FIFA 腐敗の全内幕

The Dirty Game  2015

 

著者 Andrew Jennings ジャーナリスト。1943年生まれ。調査報道の専門家として、80年代にはロンドン警視庁の汚職やイタリアのマフィアなど組織犯罪を取材し、サンデータイムズ紙やBBCテレビで発表してきた。90年代にはサマランチ元会長を中心とする国際オリンピック委員会の汚職追及、『黒い輪』『オリンピックの汚れた貴族』を発表する。近年はFIFAの賄賂や横領などを長期にわたって調べ、BBCのドキュメンタリー番組《パノラマ》で告発、世界的な注目を集める。この時の資料がFBIに渡り、2015年のFIFA幹部の逮捕劇に繋がった。本書は、著者の15年に及ぶFIFA汚職取材の集大成ともいうべき1

 

訳者 木村博江

 

発行日           2015.10.30. 第1

発行所           文藝春秋

 

FIFA会長はスイスの本部から故国に帰国するたびに、金の延べ棒をアタッシェケースに入れて持ち帰っていた。税関も外交パスポートを持つ彼をチェックできない。

資金洗浄、軍事独裁政権との癒着、韓国戦他での八百長、放送権、マーケティング権をめぐる賄賂――

「今回のFIFA幹部一斉逮捕の端緒を作りプラッターを辞任に追い込んだ男」(ワシントン・ポスト紙)一匹狼の老調査報道記者アンドリュー・ジェニングスが15年に及ぶ執念の取材の全てを記す

 

 

ワシントン・ポスト紙 2015.6.3.

527日、スイスの警察がチューリヒの超高級ホテルで強制捜査を行い、FIFAの最高幹部7名を含む複数の理事を逮捕。容疑は150百万ドルに及ぶ横領

火付け役となったのは、ジェニングスが2006年に出版した著書『ファウル! FIFAの秘密の世界:賄賂、票操作、チケットスキャンダル』。続いて同年BBCの番組《パノラマ》で汚職を暴露し、2014年には『オメルタ:ブラッターのFIFA組織犯罪ファミリー』も出版

過去半世紀にわたってこの71歳の調査報道記者は、組織犯罪の入り組んだ物語をいくつも掘り起こしてきた。’80年代には汚職警官、タイの麻薬取引、イタリアのマフィアを調べ上げ、’90年代に入るとスポーツ界に目を向け、IOCの腐敗を暴いた

ここ15年の間はFIFAに焦点を絞り、世界で最も人気の高いスポーツを食い物にする汚い闇取引を探る

ジェニングスについて説明するには、ウォーターゲート事件を暴いたワシントン・ポストの記者ウッドワードとバーンスタインを思い浮かべてもらうのが一番。スコットランド生まれ、子供のころロンドンに移り住む。祖父はロンドンの名門サッカーチーム、クラプトン・オリエント(現レイトン・オリエント)の選手。大学卒業後、ロンドンのサンデータイムズに入社、調査報道に興味を持つ。BBCの仕事を始めたが、スコットランドヤード内部での汚職を取り上げたドキュメンタリーを放映しなかったため同社を辞めてグラナダテレビの《ワールド・イン・アクション》というライバル番組の制作に参加。1作目の著作が『スコットランドヤードのコカイン・コネクション』

「時間をかけてゴミの山を掘り返す。権力者の言葉は信用しない」が彼のモットー

グラナダで一緒に仕事をしたポール・グリーングラス(後にハリウッドの映画監督)に誘われ、IOCの調査にかかる。サマランチがフランコのスポーツ大臣だったことを突き止め、2002年ソルトレイクシティ大会をめぐる詐欺、買収、麻薬疑惑について3部作を出版

この大会では10人以上のIOCメンバーが免職になり、不正行為で制裁措置を受けた

サマランチが’01年に引退した後、ジェニングスはFIFAに矛先を変える

トップに腐った臭いがするときは、中間管理層に必ずちゃんとした人間がいる

'02年ブラッターが再選された後の記者会見で待ち伏せ。陪席した職員に向けて腐敗に立ち向かう姿勢をアピールしたところ、さっそく反応が出る

2006年の出版を機に周囲も動き出し、’09年にはFBIが乗り出し、15年のスイス警察による逮捕劇へと発展

 

序章 逮捕                20158月 カンブリアにて アンドリュー・ジェニングス

 

世界を震撼させたFIFA幹部の逮捕劇は、3年前に私がFBIに預けた機密資料がきっかけだった。私に脱税を突き付けられたFIFA理事は、囮捜査を承諾

2011年、アメリカのFIFA幹部チャック・ブレイザーは、リベートと放映権から掠め取った151百万ドルの罪と司法取引をして仲間の犯罪の証拠収集に協力

ヨーロッパの警察が目を瞑る中、FBIはマネーロンダリングのシンジケートを突き止めようと、著者の情報に乗ってきた

賄賂とリベートは、1974年にアヴェランジェがFIFA会長に就任して以降常識のようになっていた

決定的に狂い始めたのは2010年で、’18年と'22年の開催地を同時に決定することとし、賄賂を2倍集めてやり過ぎた

FIFA調査のきっかけは、1980年代にしたマフィアの取材で、’87年パレルモ郊外のオレンジ農園に取材に行ったとき、ありもしない業務に巨額の助成金を申請、着服をした事件が解決した後、なお犯罪の臭いを追及してマネーロンダリングの実態を掴んだのが基本

'90年代FIFAに焦点を絞ると、すぐにシチリアの暗部と沈黙の掟の文化に舞い戻るのを実感。それは50年前のブラジルのバング―に辿り着き、南米のギャングの世界からヨーロッパに戻り、チューリヒの金塊が詰まった秘密のスーツケースを発見。それを辿ると元のコパカバーナへ戻って円が一巡し、2014年のワールドカップに行き着いた

 

第1章        リオのゴッドファーザー

違法宝くじで一代帝国を築いたリオのゴッド・ファーザー、カストル・アンドラーデ。彼の闇献金帳簿には、大統領から判事、警察官、そしてアヴェランジェの名前があった

1986年、リオでカストルの娘の結婚式。ブラジル一の大物ギャングの悪党、自らのサッカー・クラブを持ち、当日も世界のサッカーを支配するアヴェランジェとその義理の息子テイシェイラを招待。世界のサッカー界が組織犯罪の支配下に置かれている証拠

1964年軍事政権樹立時も、軍事政権はカストルには手を出さず、犯罪組織の運営を取り締まることもせず。カストルはバングー・アトレティコのパトロンとしてブラジルのサッカーを牽引。審判員に恐れられる人物でもあった

祖母の時代から一家は違法宝くじに手を出し、カストル時代には巨大な悪の巣窟に

1994年、カストルの本部の家宅捜索が行われ、カストルは逃げたが、膨大な秘密帳簿と賄賂先のリストに啞然、その筆頭がアヴェランジェ

1993年、カストルは懲役6年の判決を受け服役。アヴェランジェが恩赦に動く

 

第2章        爆殺事件

リオの顔役だったカストルの死後、覇権をめぐって血を血で洗う争いが起こる。一方で、2000年代世界各地のサッカー連盟は腐敗の温床となっていた

2010年、リオでカストルの弟の孫ディオゴ・アンドラーデが運転する車が爆破され死去。1997年家長のカストル死後、一族内で内紛が続き、カストルの息子は1年後にディオゴの父ロジェリオに殺され、いまロジェリオの息子が爆殺された

元サッカー選手のロマーリオ・ジ・ソウザ・ファリアは、ブラジルサッカー界を共に牽引してきた腐った仲間のテイシェイラを追い出すべく国会議員になる

 

第3章        FIFA会長の黄金入りアタッシュケース

チューリヒからの帰りの便、アヴェランジェのアタッシュケースにはいつもの金の延べ棒が詰め込まれていた。FIFA会長として外交特権を持つ彼の鞄は税関も調べない

ブラジルからのアタッシュケースを開けるときに溢れ出るのはコーヒーだったが、帰りは金の延べ棒がぎっしり詰まっていた

アヴェランジェは、1936年と‘52年のオリンピックに水泳と水球で出場した後、1958年からブラジルスポーツ連盟を率い財政に大きな穴を開けて、1974FIFAに移る

 

第4章        秘密賄賂リストを入手する

'01年に経営破綻したイベント会社のISL。その’89年から12年間にわたる秘密の贈賄リストを入手。アヴェランジェとテイシェイラは賄賂をいかにむしり取ったか

秘密リストは、ISLが数十億ドルの利益を生むワールドカップの契約を獲得するためにリベートや賄賂として支払った総額1億ドルの支払いリストで、その中にアヴェランジェが支払いを承認している記載もあった

アディダス一族のホルスト・ダスラーは、アヴェランジェの誘いで国際スポーツ連盟の幹部の買収に走り、ブラジルの犯罪集団と手を組む。1976年モントリオールでIOC関係者をリクルートしたが、トマス・バッハもその1人。ダスラーの悪名高い「国際チーム」に仲間入りし、IOC会長に上り詰める

ダスラーは1980年にソ連・アフリカ陣営からの票を集め、新たなIOC会長にサマランチを推薦し実現、1年後には国際陸上競技連盟の会長に賄賂を厭わないイタリア人プリモ・ネビオロを選出

スポンサーマネーがFIFA幹部たちを潤わせ、ワールドカップは私物化された

1987年、ダスラーが進行性癌で急死。ISLは賄賂を要求する側からの巨額の要求に耐えかねて3億ドルの負債を遺して倒産。賄賂のリストは偽名で溢れ、定期的に巨額の資金が振り込まれていた

1995年、ワールドカップの契約権が入札制になったことで賄賂はエスカレート

アメリカのスポーツ・マーケティング会社IMGが入札に参加、2002年の大会に10億ドルをオファーし、FIFAの全役員に提示したが、'96年ブラッター会長は、'02年と’06年の大会を一括して決めると発表し、契約権をISLに与えた

ISLは、アヴェランジェたちからの要求に応えて湯水のごとく資金を提供、提携先の電通からも多額の資金をもぎ取る

 

第5章        ナイキとの片務契約

ブラジルサッカー連盟会長のテイシェイラの錬金術はナイキとの片務契約の締結から始まる。複雑な金融操作でマネーを洗浄、その金は議会の政治家へと流れた

1989年、テイシェイラはブラジルサッカー連盟会長に就任。1994年アメリカワールドカップで優勝したブラジル代表チームの価値が急上昇

1996年、テイシェイラはナイキと160百万ドルでブラジルサッカーの支配権を引き渡す契約に署名――50試合で、選手の選択権まで含む

ナイキの金がテイシェイラに流れ込み始めたのは’97年からで、'98年のフランス大会決勝での惨めな敗北で4年後にはブラジルサッカー連盟は債務超過に

テイシェイラは米銀から高利の借金を重ね、時にその資金は送金中に減少したり消えた

 

第6章        ドイツW杯決定のスキャンダル

2006年のW杯は南アへ、そう耳打ちしていたブラッターだが、結果はオセアニアサッカー連盟の棄権による1票差でドイツに決定。裏で25万ドルの現金が動いた

'98年のパリでの会長選挙でのアヴェランジェとブラッターの不正操作や賄賂などの裏工作に対してヨーロッパ勢が怒っていたのを宥めるために'06年の大会をドイツに渡すことで’02年の選挙での再選を勝ち得ようとして展開された闇の運動は、ブラジルに屈辱を、南アに大打撃を与えた

2000年に行われた開催地決定選挙では、南アがドイツを若干リードしていたが、ドイツのメディア王の金を使ってFIFA理事会メンバーの国との仕合を持ち掛けて多額のファイトマネーを支払い彼等を買収したが、直後にメディアは巨額の負債を抱えて倒産

南アとドイツは決選投票になったが、そこでオセアニア連盟の会長が投票を棄権して帰国したためドイツが勝利。彼が会長のポストを捨ててまで棄権したのはなぜか謎のまま

FIFAは棄権したオセアニア会長の辞任を求めたが、ブラッターは今日に至るまでその非を咎めることもないどころか、'04年にはFIFA功労賞を送っている

ブラッターは、2010年の大会を南アに持っていくことで南アを宥め、さらにテイシェイラに'14年の南米開催も約束

 

第7章        W杯チケット闇市場

W杯チケットは公式には、FIFA公認のチケットしか流通しないことになっている。しかし、実際には4割が非公式ルートで流れる。その闇市場で甘い汁を吸う幹部たち

FIFAは「非公認」の売り手からは買わないようにと警告すると同時に、ブラックマーケットの取り締まりにも目を光らせる

1986年、W杯メキシコ大会でFIFA事務総長のブラッターはバイロム兄弟を知り合う

兄弟はメキシコ・サッカー界のボスでテレビ界の帝王、FIFA副会長のギジェルモ・カニェドと親しかったところから、ブラッターはVIP用チケットの販売を委託

FIFAの役員がバイロムに5400枚ものチケットを注文し、高値で転売している

南アの大会ではブラッターの甥が違法なチケット販売に顔を出す。スイスのスポーツマーケティング会社を経営し、ブラジル人にリベートを支払った見返りに叔父からFIFAのマーケティング契約とテレビ放送権契約を与えられた

バイロム兄弟の会社は、'86年のメキシコに続いて’90年のイタリア大会でもスポンサーのためのツアーを企画、’94年のアメリカ大会ではファンとFIFA総会のために宿泊手配をする公式業者となり、’14年のブラジル大会や’18年のロシア大会でも宿泊手配を請け負う。’10年の南ア大会、’14年のブラジル大会ではチケット数百万枚の販売権を握る

南ア大会ではチケットが売れ残る。前回大会の倍近くにチケットが値上げされたのもあって、一旦不人気が伝わるとチケットやホテル市場はダンピングが始まり暴落へ

バイロム兄弟は莫大な損害を被ったが、まだブラジル大会があったし、ホスピタリティ・パッケージチケット販売の契約は’23年まで延長された

 

第8章        副会長の錬金術

中南米の票を取りまとめるためにブラッターが重用したトリニダードのジャック・ワーナーは、紛らわしい名前の会社を親族で作り、そこにFIFAの金を振り込ませた

ワーナーは年季の入った盗人で、億万長者になった

ブラッターは会長選挙で決定的となり得る35票を集めさせるために、ワーナーの言いなりで金を払った。それもFIFAの金を。票の大半はカリブの島のおとなしい役員たちで、北中米カリブ海サッカー連盟CONCACAFに所属し、同連盟は世界的な大会では実績はないが、政治と腐敗に関してはワーナーの支持基盤として絶大な力があった

全世界209のサッカー協会によるFIFA会長選挙では、ヨーロッパ、アフリカ、アジア各50余票と同様重要な意味を持つところから、ワーナーの要求を認めないわけにはいかなかった

ワーナーはトリニダードの歴史教師。CONCACAFのトップに巧みに上り詰め、'83FIFA理事となり、アヴェランジェに目を懸けられて、アヴェランジェとブラッターの念願だった’90年大会でのアメリカの予選突破を実現。劣勢だったアメリカに対し、スタジアムの収容人数の倍のチケットを販売し当日の試合を混乱に陥れ、審判の不可解な交代や不正によって自らのトリニダードのチームの勝ちを譲り、'94年アメリカ大会へのマーケティングを成功に導いた

ワーナーは'90年、FIFAのトップを狙っていたニューヨークのチャック・ブレイザーをCONCACAFの事務総長に据え、2人で20年にわたる盗みを始める。その第1歩は’95年、CONCACAFの強化策の一環としてトレーニング・センターをトリニダードに誘致した際の土地取引で、あらかじめ親族名義で購入しておいた土地をCONCACAFに買わせて鞘をとる。アヴェランジェもワーナーの取り組みを支持し、FIFAからCONCACAFに建設資金等を支援、さらに会長選挙に必要な35票を期待してトリニダードに巨額の金を送る

トレセンにはアヴェランジェの名前をつけて自らの関与を消し、FIFAの資金でワーナーファミリーのための高級フィットネスクラブまで作られた

‘98年のフランス大会で同国に滞在したワーナー夫妻は、ホテルの部屋で巨額の現金と宝石が盗まれたと偽って同額の保険金を手に入れたが、それを払ったのもFIFAお抱えの保険会社

ブラッターが‘02年の韓国大会で問題視したのは、韓国の人々は自国の試合は見るが、負けた後の試合のチケットを買わないのではと恐れ、スタジアムを満杯にするよう指示

決勝トーナメントで韓国はイタリア、スペインと対戦。何れも疑惑のゴール、あるいはゴールの取り消しで韓国は準決勝まで進む。ワーナーは金大中大統領と抱き合って喜んだ

ワーナーは、FIFAで自分の権力を行使するチャンスを絶対に見逃さず、買収と賄賂がはびこる国々を、自分にすり寄らせた。石油で潤っている国ならますます好都合だった

ブラッターも、FIFA委員会の中でも金が入ってきやすい地位をワーナーに与えた。それはFIFAU17ワールドカップの役員で、ナイジェリアのスポーツ委員会会長を手なづけ、'09年の大会の開催国とし、果てしなく同国に金を使わせ、手厳しい批判を受ける

‘09年、CONCACAFの一部であるカリブ海サッカー連盟のセントキッツ・ネイヴィス連邦の代表がCONCACAFの役員選挙に出馬しようとした際、ワーナーは連帯を揺るがすものとして糾弾、一部の支持者はFIFAからのCONCACAFへの莫大な寄付金が地域のサッカーの振興に使われず、トレセンに消えているのではないかとの疑念を持ったが、露見するまでにはなお4年かかる

4年ごとに繰り返される、潤沢な予算を持つ開催国候補同士の戦いは激しく最高に胸躍る瞬間。‘02年に日本と韓国の間の激しい誘致合戦以来、賄賂が毎回支払われるようになった。誘致合戦に負けた国が賄賂を払った証拠は数多くあり、嵌められたが金を返せとはまず言えない

'10年に'18年と'22年の開催地を決定する際、英国を代表するFIFA委員が不正工作の一端を証言したが、被疑者は否定し、それ以上の追及はなかった

当時開催国として立候補したオーストラリアもワーナーの盗みの標的とされ、票の見返りにCONCACAFへの偽の寄付を強要され、寄付金は簒奪

 

第9章        アメリカ理事はなぜ太っているのか

後にFBIのおとり捜査に協力することになるFIFA理事のチャック・ブレイザーはアメックスのブラックカード(センチュリオンカード)の持ち主。美食、有名人好きブレイザーの素顔とは

ワーナーにCONCACAFの事務局長に任命されると、ダミーの会社をいくつも作ってお手盛り契約を作り、手数料の名目で多額の金を懐に入れる。自ら帳簿を操作し、少数の者以外閲覧すらできなかった

贅沢の限りを尽くし、息子もCONCACAF医療部の部長、娘はFIFAの法律委員会のメンバー

 

第10章     副会長ジャック・ワーナーを切る

トリニダードのワーナーとアメリカのブレイザーが票を集め、アヴェランジェとブラッターは引き換えに利権を与える。しかしワーナーはやり過ぎた。ワーナー切りが始まる

ブレイザーのワーナー夫妻に対する愛情は'11年まで続いた後、取って代わろうとして追い落としが始まる。ワーナーは、ブラッターが自分を嫌いながらも追い落とせないことを知って図に乗り過ぎた。次々に取引相手を変え、遂にとめどなく金を吸い取れる相手、カタールに辿り着く

カタールのモハメド・ビン・ハマムは、'98年と'02年に、会長選挙で票を買う資金をブラッターに提供。FIFAの各地への助成金をつかさどるゴールプロジェクトの責任者にしてもらい、莫大な助成金をばらまいて票を集め、ブラッターの後釜に座ろうとしたが、ブラッターは引退を拒否

‘11年、ワーナーがカリブ諸国の代表を集めて会長選挙での投票指示をする際、ハマムは彼等の旅費を払い現金の入った封筒を渡したが、その現場を密かに写真に撮ったブレイザーは、FIFAにワーナーを汚職で告発

ワーナーは激しく抵抗したが、証拠が多過ぎた。ブラッターは惜別の辞でワーナーの功績を称え、自らの意思による辞任の結果倫理委員会の審査は全て打ち切り、推定無罪が支持されると白々しく述べる。ブラッターにとって重要なのは、同時にハマムも去ったこと

残ったブレイザーにマスコミが、FIFAの強力な理事の中でただ1人のアメリカ人として、脚光を浴びせたが、ブレイザーも数カ月後に事務局長を辞任

ようやくCONCACAFの部外秘の財務報告書を入手してみると、監査報告書は会計係が資格を偽装して書いたもので、毎年200万ドル前後の手数料がブレイザー宛に支払われていたことが判明。ブレイザーの終わりが始まる

ブラッターはカリブ海にクリーンなリーダーシップを約束し、ワーナー・ブレイザー・グループの中から、10年間内部監査委員会のメンバーを務めたジェフリー・ウェブを後任に選ぶ。過去の歴史を知らず、2人の悪だくみを把握できない人物を選んだ

新しいリーダーたちもまたワーナーと同じことをやって2015年の逮捕劇に至る

 

第11章     スイス当局の捜査

90年代後半から2000年代初め、ISLの倒産を契機としてスイス当局はFIFAの汚職に挑む。ツーク州検察は汚職捜査のベテラン、トマス・ヒルドブラントを投入

アヴェランジェは自分の罪を認めようとせず、50万スイスフランの弁済金を払えば解放される。ブラッターもFIFAに弁護料を払わせて抵抗

テイシェイラはそれをわずかに上回る金を返済して解放

ツーク州の検察当局との法的和解については、スイスの弁護士も永久に秘密にすると約束

ISLが、ブラジル側が要求した巨額の賄賂のせいで'01年倒産した時、ISLの責任者が一部返済に同意したので、ブラッターは告訴を取り下げようとしたが、既に隠し切れない証拠を集めたツーク州検察当局は捜査打ち切りを拒否

 

第12章     法廷で暴かれた会長ブラッターの関与

ISL破綻を契機とする賄賂捜査の裁判がツークで行われた。日本の広告代理店の関与と共に、ブラッター関与の決定的証拠が、ISLCEOから飛び出すことになる

‘08年、ツークの検察はISLの元幹部6人に懲役4.5年を求刑

W杯のもろもろの権利をISLから取得して日本のメディアに売っていたのが電通で、巨額の金が振り込まれ、一部がキックバックとなって送り返され、電通の専務高橋治之にわたっていた。電通はISL倒産後ブラッターの甥の会社と組んで、次期W杯のテレビ放映権料を大量に手に入れた

当時スイスでは商取引上の賄賂は違法ではなく、ISLの幹部は、世界中のスポーツの商取引ではごく普通の事だったと証言したが、遂にダスラーの後継の代表ウェーバーが、アヴェランジェとブラッターの2人こそ賄賂の支払先だったと名前を明かし、現金9万フランの横領で有罪となり、残りの5人は無罪放免

賄賂スキャンダルが明るみに出てFIFAは内部監査に、'06年ブラッターによってFIFA倫理委員会の委員長に指名された英国オリンピックの神、セバスチャン・コー男爵を選んだが、コーは委員長就任前のことについては調査をしないという条件を付け、何十年にもわたるサッカーに対する犯罪は聖域となった

 

第13章     結審

スイスでの裁判は、‘10年結審。アヴェランジェとテイシェイラは関与を非公開にする代わりに金を弁済することにし、FIFAは捜査費用を肩代わりする

アヴェランジェとテイシェイラは公式に起訴されたが、起訴事実はスイス当局によって伏せられた。罪状は賄賂ではなく横領

アヴェランジェとブラッターを「不誠実な運営」で有罪とし、金を返済することとFIFAが訴訟手続き費用を払うことで取引が成立し結審

FIFA(ブラッター)は不誠実な運営を、アヴェランジェとテイシェイラは世界サッカーに対する背信行為をそれぞれ認め、2人は判決が永遠に秘密にされるという条件で一部の支払いに応じ、2人の名前は公表されなかった

 

第14章     極秘捜査報告書の公開

ツークでの捜査の結果は非公開。アヴェランジェとテイシェイラが賄賂を受け取ったことも公表されていなかったが、私たちは裁判所に文書開示の申し立てをする

‘10年、ロンドンの『サンデー・タイムズ』がW杯アメリカ招致に関連して票の買収現場を抑えた写真を掲載。ブラッターは内部の引き締めをした上で、投票に不正はないと言明

同年、私たちもBBCで《FIFAの汚れた秘密》と題するドキュメンタリーを放映、FIFA幹部3人による1億ドルの秘密の収入を暴露

ブラッターは、IOCの理事も兼務しているメンバーがいたことからIOCの閉鎖性を非難して矛先を交わし、さらに中東のオイルマネーから掠め取った金で長年の宿敵だった韓国人副会長をヨルダンのほとんど無名の王子と交代させた

ツークの裁判記録の公開を申請。公共の利益に関わるものと認められて記録の公開が裁定され、2人の名前はアルファベットで記載されていたが、すぐにテイシェイラとアヴェランジェだとわかる

舞台裏では、スポンサー=パートナーたちが、きな臭い組織との関わりにつき心配になり始めていた。アディダスもコカ・コーラも、摘発がスポーツにとって不幸だと声明

 

第15章     アヴェランジェの追放

「パノラマ」での賄賂リストの公開後、IOCは倫理委員会を組織し、アヴェランジェ追放を決める。一方のFIFAは、判決が表に出ることを全力で阻止しようとする

‘11年末、IOCのロゲ会長は、理事会の最長老アヴェランジェの辞任を発表。「パノラマ」での賄賂リスト公開により、IOCの倫理委員会が内部調査を行い、アヴェランジェ他関係した者の責任を追及した結果の辞任

ブラッターは、裁判記録公開の裁定に対し、自らの潔白が証明されたと声明を発表

 

第16章     軍事政権の虐殺に関与

テイシェイラに代わってブラジルサッカー連盟の会長に座ったホセ・マリア・マリンだが、彼には軍事政権時代のジャーナリスト虐殺への関与があった

南米サッカー界はテイシェイラの辞任後もよいものにはならなかった。代わったマリンは81歳の高齢で、ブラジルサッカー界にはびこる横領の慣習にどっぷりと浸かっていた

1964年、20年にわたる軍事政権から解放されて14年がたつブラジルで、将軍たちが民主主義を破壊し実権を握り、アメリカの支援も得て左派勢力を弾圧。後に大統領となったジルマ・ルセフも拷問を受けた1

当時のワシントンの考え方は、国境より南側の南米では国家としての独自政策など認められず、アメリカに従うべきもので、そのためには武器や資金の提供も厭わなかった

‘71年、サンパウロ州議会議員だったマリンは、独裁の隠れ蓑として作られた政党に所属、党からおいしい利権を与えられ、進んで共産主義者らを糾弾していた

南米各地で左翼や独裁政権に反対する人々が逮捕・虐殺され、パナマのCIAが力を貸し、お互いの国々で連携したコンドル作戦を開始

'75年、サンパウロ政府が運営するカルトゥラテレビが偏向報道だと州議会で追及され、その編集局主任で共産党員だったヘルツォークが尋問・拷問され殺された。人気番組の担当者の虐殺に、中産階級の人々は震え上がった

'79年、拷問・虐殺を繰り返したサンパウロ警察長官は、将軍たちによって御用済みとして謎の事故死を遂げる

同年受勲したマリンは、州副知事に昇格、州の財政を任され、人々の財布の掠奪を始めるが、政治では財をなせないと悟りサッカーに転向、友人の誘いでブラジルサッカー連盟のサンパウロ地区協会会長に収まり、テイシェイラに目を懸けられ連盟の副会長にまで昇進

'12年にはテイシェイラの後を継いで会長となった直後、ヘルツォークの死はマリンのせいだと告発され、翌年には米州人権委員会が調査に乗り出す。’15年には収賄などの嫌疑で逮捕され米司法省に起訴

 

第17章     FIFA「捜査局」の実態

ブラッターは、FIFAでの腐敗を一掃するために、ニューヨークの凄腕法律家を雇ったと宣言したが、その弁護士ガルシアの調査は、ライバル追い落としのために使われる

'18年と'22年の開催地を一度に決めるのはかつてなかったが、カタールが勝ったのはワーナー立ち腹黒い理事たちがカタールのハマムから多額の金を受け取ったからで、通常ヨーロッパの夏にはカタールは暑過ぎるし、冬はヨーロッパ各国のリーグ、クラブ、ファン、テレビ放送権所有者、サッカー産業には6週間以上の公式戦中断で生じる経済的損失を受け入れるゆとりはない

FIFAの沈黙の掟を破ったのは格下の役員たちで、ブラッターは切れて、職務停止や罰金を科す

ブラッターは、’02年の総会で透明性に関し実効的な手段をとると宣言しているが、裏では正反対の事をしていた。新しい倫理委員会も発足させ、元アメリカ連邦検事のガルシアをFIFA捜査局のトップに据える。ウォール街の詐欺師検挙のトップだったが、3年余りの任務の中で注目すべき摘発は一度もしていない。5年前に公職を退き、ニューヨークの法律事務所カークランドで高給を得たいた

何度も改革の試みはなされ、都度外部の人間を招いたが、いつの間にか不発に終わって、ブラッターは勝利宣言を行う

 

第18章     倫理コードを書き換える

アヴェランジェに賄賂が届けられたという事実をブラッターは知っていた。それが確認されたにもかかわらずブラッターが追放されないのは、FIFAの倫理規定のためだ

'02年、アヴェランジェ宛の多額の賄賂が誤ってFIFAに届き、アヴェランジェとISLとの裏取引を知っていた事務総長のブラッターは、現実の金を前に見て顔が蒼白になった

'12年、ツークの検察捜査官の調査報告書入手――'02年の誤送金を取り上げ、「FIFAがその組織内の人間に対する賄賂の支払いについて、知っていたのは疑う余地がない」と断定

ブラッターは密かにFIFA組織規則を改変し、全てのFIFA役員会の内容を「極秘」とし、内部で好き勝手な振る舞いを黙認することとなっただけでなく、ブラッターは世界のいかなる国の法律の制約も受けないと決められ、規則違反の訴えは規約に基づいて調停され、その調停担当者を指名するのはブラッターになっている

 

第19章     ブラッター、家族の墓を移す

スイスのフィスプにあるブラッター家の墓は、FIFA疑惑を追及したツークの検事の家の墓のすぐそばにある。その事を知ったブラッターはどうしたのだろうか

スイス生まれのブラッターのスポーツ界での初仕事は、スイス・ホッケー連盟事務局長。'75年にアディダスのダスラーがブラッターの野心に目をつけ、FIFAに引き入れ新会長アヴェランジェの傍らに据えて、アディダスの将来を守り、マーケティング契約を確保しようとした

ブラッターは先祖の墓を掘り起こし、他の場所に埋葬し直した

'07年、不正な市場操作と脱税により英米当局から22億ドルの罰金を科されたバークレイズが、反社会的行為から世間の目をそらせるため、年間4000万ドルでイングランド・プレミア・リーグのスポンサーになり、バークレイズのロゴが溢れかえった

コカ・コーラもFIFAのスポンサー=パートナーになる権利を得るためにISLに巨額の金を送った

ブラッターとその理事会のメンバーは、自分たちの犯罪が表に出た時、決して仲間を裏切らない。最近グループから外れた8人についても、非難の言葉は一言たりともない

ブラッターはワールドカップが稼ぎ出す何十億ドルもの金を背景に、巨大な権力を握っている。その権力を使って209の国と地域を買収する、そして相手は、彼が権力の座を確保できるように、喜んで投票する。潤滑油となっているのは、ほとんど無審査の「開発育成交付金」であり、現金で売られる莫大な数のワールドカップ・チケットだ。チケットは闇マーケットに流れ、表に出ない無税の利益になる。彼が見返りに求めるのは、投票場での忠誠と、会議での沈黙だけ――連盟や協会の多くの代表にとって、ブラッターは自分たちの金で買うことができる最高の会長で、交代させる手はない

 

第20章     靴を投げつける記者

ブラッターが主導権を持った最後の総会がFBIの操作が続く中、'14年にブラジルで開催。腐敗の帝国の滅びの予感の中、新時代の息吹を感じる

慣例として冒頭で国家元首が挨拶を行うことになっているが、ルセフ大統領は欠席

 

 

編集部解説 FIFA腐敗のメカニズムを解明する                   日本版編集部

FIFAの腐敗は、70年代半ば以降のスポーツの商業主義化と軌道を一にして始まったもの、その度合いは信じられないほどの凄まじさであることがわかる

FIFAは世界209か国・地域のサッカー連盟や協会が加盟、下部組織として世界の6つの大陸ごとに、サッカー連盟があり、その力の源泉は、これらの組織に属するサッカーに関する商業化の権利を有する事

4年ごとのワールドカップの世界各地のテレビ局の放映権、各地のナショナルチームのユニフォームや靴などのマーケティング権、U-18など様々なサッカー大会の開催権、そしてこれらの大会の観戦チケットなど。なかでも、24名で構成される最高意思決定機関の理事会は、ワールドカップをどの都市で開催するかを投票で決定する権利を持つ

本書は、これらの権利を利用して、いかにFIFAや世界各地のサッカー連盟の幹部たちが私腹を肥やしてきたか、そしてその利権を守るために、会長選挙の票がどのように買われ、ライバル追い落としのためにどのような手が使われるかが、余すところなく語られる

ワールドカップの商業化を図った前会長アヴェランジェは、FIFA本部に出張するたびに金の延べ棒を持ち帰った。その頻度は年5回に及ぶ。外交パスポートで税関をすり抜ける

義理の息子でブラジルサッカー連盟の会長のテイシェイラは、FIFAの経理局に突然40万ドルの現金を持ち込んでブラジルサッカー連盟への送金を頼み、断られるとFIFA振出の小切手に替えてもらい、金の素性を洗浄する

こうした乱脈行為が、'01年のISL破綻で一部明るみに出る

ISLはアディダスのダスラーが設立した会社で、ワールドカップの放映権やマーケティング権を独占し、世界各地の放送局やその他に売っていた。著者はISLの経理資料を入手し、FIFA幹部への賄賂の振り込みを発見する。その額は、競合するIMG社がFIFAワールドカップの放映権の獲得に乗り出すと、どんどん高騰し、遂に会社の経営を破綻させる

2000年代に、ツークでの捜査が始まる

本書を読んで浮かび上がるのは、国際的なスポーツ組織は、そもそもこうした腐敗を呼び込むように出来ているという点で、法律による経理資料の開示義務がなく、すべて自主性に委ねられている。収賄などの犯罪にもならず、スイス法廷でも名前非公開と引き換えに一部の返済だけで案件は終了

著者はあきらめずに、BBCの放送番組で賄賂の事実を報道、それを見たFBIの欧州組織犯罪捜査班が動き出し、’15年の一斉逮捕へと繋がっていく

現会長のブラッターは一連の不祥事の責任をとって、5選直後に辞任を表明、’16年初には新しい会長が選出される

'15年の逮捕起訴は、北中米カリブ海サッカー連盟の腐敗に絞られていたが、さらにISL関連でもスイス当局と米国司法省の捜査が再開されたとの情報もあり、さらなる起訴が予定されている

 

 

Wikipedia

国際サッカー連盟(フランス語: Fédération Internationale de Football ssociation, 英語: International Federation of Association Football スペイン語: Federación 

 Internacional de Fútbol Asociación; ドイツ語: Internationaler Verband des

Association Fußball)、FIFA(フィファ [ˈfiːfə])は、サッカー国際競技連盟であり、スイスの法律に基づいた自立法人である。本部はスイスチューリッヒに置かれている。

2018年時点で全211国内競技連盟が加盟し、国際競技連盟としては世界最大である。FIFAワールドカップFIFA女子ワールドカップの主催が、もっとも大きな任務となっている。

概要[編集]

FIFA加盟国を色であらわしている。

FIFAの傘下には、以下の6つの大陸競技連盟がある。

    アジアサッカー連盟AFC

    アフリカサッカー連盟CAF

    欧州サッカー連盟UEFA

    オセアニアサッカー連盟OFC

    北中米カリブ海サッカー連盟Concacaf

    南米サッカー連盟CONMEBOL

各国のサッカー協会は、FIFAと大陸競技連盟両方ともそれぞれに直接加盟している。 したがって、FIFA加盟が認められず、大陸競技連盟だけに加盟しているサッカー協会は、FIFAの大会には参加できず(その場合は大陸連盟主催の大会のみ出場できる)、そのサッカー協会が行う試合は、国際Aマッチなどの国際試合としてはFIFAには公認されない。

UEFAに所属するイギリスの本土4協会(イングランドスコットランドウェールズ北アイルランドの各協会)は、競技としてのサッカーの成立過程およびFIFAへの加盟に関わる歴史的背景から、特権的な地位が与えられている。たとえば、FIFA副会長(定数7)の1席がこの4協会のいずれかに保証されており、本土4協会のすべてが役員選で落ちることはあり得ない。また、サッカーのルールや重要事項に関しては、FIFAとこのイギリス本土4協会で構成する国際サッカー評議会が決定することになっている。

歴史[編集]

概要[編集]

1904521フランスの首都パリで、フランスオランダスイスデンマークベルギースウェーデンスペイン7か国(実際にはスウェーデンとスペインは会議に出ることができず、デンマークとフランスが代理を務めた)が集まり、世界のサッカー統括組織設立の会議を開催した。同年523日までの3日間で組織名を「国際サッカー連盟(略称:FIFA)」と決定した。わずか28名のFIFA総会(FIFA Congress)は、フランスのスポーツ統括団体USFSAUnion des Sociétés Françaises de Sports Athlétiquesのフットボール委員会幹事(フランス体育連盟書記長)のロベール・ゲラン(フランス人)を初代FIFA会長に選出した。このときゲランは28歳であった。任期はわずか2年だったが、その間に、英国本土4協会(地域協会認可の経緯の項で後述)、ドイツオーストリアイタリアハンガリーの合わせて8つの国と地域の協会がFIFA設立翌年の1905年に加盟した。欧州以外では第2FIFA会長ダニエル・ウールフォール(イギリス人。イングランドサッカー協会会長も兼務)時代に、南アフリカ1909に加盟したのが最初である。

誕生したばかりのFIFAには実行力も資金もなく、パリの中心街のビルの一室で運営していた。1921年に第3FIFA会長に就任したフランス人のジュール・リメは、同じくフランス人の側近のアンリ・ドロネー事務総長(General secretary)とともに、就任直後からサッカー単独の世界大会実現のために尽力した。しかし当時、第一次世界大戦後の経済的混乱、大陸間の移動手段は当時は船(欧州から南米まで、船で片道だけで2週間)、そして世界大会はオリンピック(五輪)がすでに存在していることを理由に、各国はサッカー単独の世界大会開催を渋っていた。そんな状況の中、ウルグアイが、1924年パリ五輪1928年アムステルダム五輪と五輪連覇を成し遂げた。そこでリメらは、「ウルグアイの五輪連覇は、アマチュアしか出られない世界大会だからという各国、特に欧州のプライドをくすぐる作戦」に出て、「アマチュアだけの五輪(当時。プロ参加許可は1984ロサンゼルス五輪から)には、プロ化した各国は優れた選手を送り込めない。アマ、プロの関係なく、真の世界王者を決める大会の開催を」と各国に何度も訴え、ついに、1930713日から730日にかけて、第1ワールドカップ・ウルグアイ大会(以下、ワールドカップはW杯の略称で記述)を開催し、サッカー単独の世界大会を実現した。最終的にウルグアイW杯は、計59549人の大観衆を集め(実際のスタジアム入場数)、25万ドル(当時の日本円で506,250円。2016年では97,036577円にあたる)以上の収益を得た。以降、FIFAは資金難から開放され、FIFA本部をスイスチューリッヒに移し、フルタイムの職員を雇い、運営されるようになった。

2014年ブラジルW杯では、大会観客動員(実際のスタジアム入場数)計3386,810人の大観衆を集め、開催年の2014年単年のFIFA収入は134,600万ポンド(約2,554億円)で、収入から支出を差し引いた利益は9,100万ポンド(約173億円)に上った。2014年ブラジルW杯開催年までの4年間(2011 - 2014年)の収入は7,075億円(内訳:W杯放映権料3,004億円、W杯スポンサー料1,955億円、大会開催関連収入1,397億円、金融収益など収入719億円)であった。このように、今でもワールドカップおよびその関連収入を最大の収入源として、巨額の資金を得て、FIFA2018年時点で加盟協会211の世界最大のスポーツ組織となった。

FIFAは加盟協会を増やしていった。2016513日のFIFA総会では、210番目の加盟としてコソボサッカー連盟(FFK)211番目の加盟としてジブラルタルサッカー協会(GFA)が認可され、2018313日時点で、世界で211協会が加盟している。主権を持った独立国だけでなく、地域ごとの加盟(たとえば中国特別行政区である香港マカオや、中華民国台湾)、イギリス(以下、略称英)を構成するイングランド北アイルランドスコットランドウェールズはそれぞれ別々にFIFAに加盟している)が認められるため(地域協会認可の経緯の項で後述)、国際連合加盟国193か国を上回る。日本サッカー協会1929に加盟。

FIFAワールドカップの招致活動を目的とした資金工作(2015年までW杯開催地投票は、FIFA理事会(のちのFIFA評議会)のFIFA理事24名(決選投票時FIFA会長投票1票)の投票)やFIFA会長選での金銭のやり取りが問題となり、2015FIFA汚職事件として立件された。20159月には200万スイスフランの不正な支出があったとして、当時の会長ゼップ・ブラッターにまで捜査がおよんだ。

その後、2015FIFA汚職事件を受け、2016226日の2016FIFA臨時総会で承認した2016FIFA改革案を組み込んだFIFA StatutesFIFA規則・FIFA定款)2016年版が、同年427日に施行された。FIFA会長やFIFA各役員の任期制限(最大でも312年まで。以前は無制限)や、FIFA会長・各役員の個人報酬の毎年の開示(以前は非公開)、そして、「政治」と管理機能の明確な分離を狙い、戦略的機能と監督機能、執行機能、運営機能、管理機能を明確に細かく分離した組織再編を行った(会長および組織の項で後述)。

20161013日に、「未来へのビジョン」という新しく策定された中長期の活動指針を明らかにし、今後10年間、40億ドル以上を出して加盟している211のサッカー協会に分配を行う(FIFAフォワードプログラムの項で後述)。女子サッカーに関しては2026までに選手の数を6,000万人に増加させるという目標を掲げた。

2020424日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19パンデミック(世界的流行)による危機への全加盟協会(2020610日時点211協会)への支援として、201920年期に全加盟協会へ分配するはずだった2年分の運転資金を数日以内に全加盟協会へ全額分配支給すると発表した。総額で約15千万ドル(約161億円)に上る。また、FIFAフォワードプログラム(2段階)からの分配金も、全額前倒しで全加盟協会にすぐに分配する(当初は分割して分配で、2回目の分配が7月の予定だった)。これにより、各協会に50万ドル(5368万円)が支給されることになるが、その資金の運用は、FIFAフォワードプログラム(2段階)規則に則り、監査と報告の対象となる。

l  地域協会認可の経緯[編集]

FIFAは当初、11協会(=1代表)を原則としていたが、次のような経緯で地域の協会も認可するようになった。FIFA創設の翌年、1905年にイングランドが参加するまでは、「近代サッカーの母国(The home of FootballFIFA公式呼称)」としての優位性と、イギリス以外の国家との格段の実力差を主張したイギリス帝国は、FIFAに参加しなかった。

サッカーの母国としての優位性とは、世界に先駆けて次の活動を行っていたことである。近代サッカーは1863年のイングランドサッカー協会FA)とロンドン12クラブによる統一ルール作成により誕生し、英国本土に広がり、大英帝国船員・鉄道技術者・水兵たちなどによって世界中に広がった。

さらに1882年、英本土4協会は国際大会を開くために統一ルールを作る団体、国際サッカー評議会を組織した。翌年の1883年から英本土4協会が参加するブリティッシュ・ホーム・チャンピオンシップ(当初はホーム・インターナショナル・チャンピオンシップ(ホーム国際選手権))と呼ばれる世界初のサッカー単独の国際大会を毎年開催することになった。このように、英本土4協会はFIFA設立以前からそれぞれが独自に活動していた。イギリス以外の国家との格段の実力差とは、当時すでにプロリーグがあったイングランドのアマチュアチームが、オランダやフランスに遠征しても、相手チームに対し二桁の得点を挙げるほどの実力差のことである。

したがってイギリスには、英本土4協会以外の国と国際試合を行う必要性はないので、他国との国際試合を行うために、FIFAのような組織に参加する必要はないという主張であった。もともと、サッカー単独の世界選手権大会(のちのFIFAワールドカップ)を開催することが目的の一つだったFIFAは、サッカーの国際ルールを制定した近代サッカーの母国であり、自他ともに認める当時のサッカー最強の国イギリスをFIFAに加盟させるために、イギリス協会として包括的にではなく、英本土4協会を個別に承認した。実際に英本土4協会のFIFA加盟が決まると、すぐに翌年1906年のサッカー単独の第1世界選手権大会開催を決めた。しかし、当時は交通機関が未発達な状況で、経費負担も含めて代表チーム編成も困難な国家が多かったため、参加国が集まらず失敗し、ロベール・ゲラン初代FIFA会長は責任を取って辞任した。

以降、FIFAは一定の自治が行われている地域の協会も認可している。イギリスは本土4協会のほかに海外領土のモントセラトイギリス領ヴァージン諸島ケイマン諸島タークス・カイコス諸島バミューダ諸島アンギラジブラルタルデンマークは海外領土のェロー諸島オランダは海外領土のキュラソー島アルバイスラエル国内のパレスチナ自治区中国香港澳門アメリカ合衆国は海外領土のグアムアメリカ領サモアプエルトリコアメリカ領ヴァージン諸島など、このようにFIFAから認可されている地域の協会は、イギリスだけではない。また中華民国台湾)は、チャイニーズ・タイペイ(中華台北)サッカー協会として加盟している。

l  会長[編集]

FIFA会長は組織の最高の職位であり、FIFAを代表し、FIFA総会FIFA評議会(FIFA Council)および緊急委員会の会合、そのほかFIFA会長が議長に任命された委員会を統括する。 FIFA評議会のほかのメンバーと同様、会長には投票権があり、投票が同数だった場合などにFIFA会長が決定投票を行う。会長は、FIFAの各規則に則った権限と責任を持つ。任期は4年である。再選も可能だが、2016226日の2016FIFA臨時総会で承認された2016FIFA改革案を組み込んだFIFA StatutesFIFA規則・FIFA定款。2016427日施行)2016年版により、最大でも312年までに任期が制限された。以前は無制限であった。また、FIFA Statutes2016年版によりFIFA会長、全FIFA評議会(旧FIFA理事会)メンバー、事務総長(General secretary)および独立した3つの常設司法委員会の関連議長の年1回の個人報酬の開示が義務づけられた。2015年まで報酬は非公開であった。2014年には、FIFA最高幹部13名に計2,610万ドル(約32億円)の報酬が支払われたと報じられている(2015FIFA汚職事件で、全員FIFAを辞任している)。開示されたジャンニ・インファンティーノFIFA会長(辞任したブラッターの次のFIFA会長)2017年度の給料は、153万スイスフラン(17,000万円)である。

FIFA会長は、4年に1回、会長選挙によって選ばれる。FIFA会長立候補者(以下、立候補者)は、会長選挙を行うFIFA総会(以下、会長選挙総会)の4か月前まで(=立候補締め切り)、FIFA加盟全サッカー協会(以下、加盟全協会。2018年時点で全211協会)のうち5協会からの推薦を得たうえで、それら各協会に立候補者を推薦する旨を書面で事務局に提出してもらう必要がある。立候補締め切り前までに先述の手続きを完了した立候補者のみを審査委員会(Review Committee)が身辺調査し(立候補前過去5年中2年の選手、FIFA内部関係者、大陸連盟関係者、協会関係者などの活動の有無および活動内容等の調査)、問題がなければ立候補を受け付ける(以下、立候補受付が済んだ立候補者を会長候補者と記述)。受付後、会長選挙総会の1か月前までに、加盟全協会に会長候補者を通知する。その後、会長選挙総会で加盟全協会が投票を行う。なお、サッカーの強さや規模、影響力に関係なく、投じられるのは1協会につき1票のみである。協会所属の代表者本人のみに投票権があり、代理人および手紙による投票はできない。またFIFA理事は、任期中は協会の代表者にはなれない。会長選挙は秘密投票で行われ、投票用紙を投票もしくは電子投票で投票することができる。大多数が投票用紙での投票を支持している場合は、投票用紙で行い、加盟協会は英語のアルファベット順に呼ばれる。2015年現在、会長選挙の投票は投票用紙で行われている[24]。初回の投票では、3分の2以上の票を得た最多得票者1名がFIFA会長となる。最多得票者が3分の2以上の票を得なかった場合、会長候補者が3人以上いれば最少得票者を除いて再投票を行う。会長候補者が2人の場合は、そのまま再投票を行う。再投票で、半数を超えた最多得票者1名がFIFA会長になる。半数を超えなかった場合、この時点で会長候補者3人以上残っていれば、最少得票者を除いて再投票を行う。会長候補者が2人の場合はそのまま再投票を行う。以後、半数超えの最多得票者1名が出るまで同様の手順を繰り返し行う。

l  歴代会長[編集]

1904 - 1906   ロベール・ゲラン

1906 - 1918   ダニエル・ウールフォール

1921 - 1954   ジュール・リメ

1954 - 1955   ルドルフ・ジルドライヤー

1956 - 1961   アーサー・ドルリー

1961 - 1974   スタンリー・ラウス

1974 - 1998   ジョアン・アヴェランジェ

1998 - 2016   ゼップ・ブラッター

2016 -     ジャンニ・インファンティーノ

l  組織[編集]

2015FIFA汚職事件を受け、2016226日の2016FIFA臨時総会で承認した2016FIFA改革案を組み込んだFIFA StatutesFIFA規則・定款。2016427日施行)2016年版により、三権分立の原則を踏まえたうえで、「政治」と管理機能の明確な分離を狙い、戦略的機能と監督機能、執行機能、運営機能、管理機能を明確に細かく分離した組織再編を行った。 FIFAの最高機関で立法機関のFIFA総会 戦略的・監督的な機関のFIFA評議会、FIFAの執行機関、運営主体、行政機関の事務局が置かれている。また、 FIFA評議会と事務局の職務遂行を助言し、支援する9つの常任委員会、独立した任務をFIFAから完全に独立して行うが、常にFIFAの利益のために、またFIFA定款およびFIFAの各規則に従って行う4つの独立委員会がある。独立委員会のうちの不服申立委員会、懲戒委員会、倫理委員会の3つは、FIFAの司法機関であり、残り1つは監査およびコンプライアンス委員会である。

以下の記述は、FIFA Statutes2016年版に基づく。また、FIFA公式HPの記事「How FIFA Works」も参照のこと。

FIFA総会(以下、総会)は、全FIFA加盟協会(以下、全加盟協会。2018年時点で211協会)で構成されるFIFAの最高機関で、FIFA唯一の立法機関である。加盟協会は、規模やサッカーの強さに関係なく1票のみ持つ。その協会所属の代表者本人のみに投票権があり、代理人および手紙による投票はできない。また、FIFA理事は、任期中は協会の代表者にはなれない。総会の公用語は、英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、アラビア語、ポルトガル語である。FIFA誕生時から、第一次世界大戦時の中断を除いて毎年開催されていたが、1932年第21スウェーデン首都ストックホルム総会から2年に1回の開催となった。第二次世界大戦時の中断後も2年に1回開催のままだったが、多くの問題に関して決定する事項が増えたため、1998年以来、毎年臨時総会が開催されるようになった。そして、2004年のパリ総会から毎年の定期総会が導入された。FIFA総会は、FIFAの定款および各規則を実施適用される方法に関する決定を下す。必要があれば、定款および各規則の改正を行う。また、年次報告書を承認し、新加盟協会の協議の受諾を決定、FIFA会長選挙などの選挙やW杯開催国決定投票を実施する。

FIFAワールドカップ開催国決定は、初期から1974年W杯1978年W杯1982年W杯3大会同時開催国決定まではFIFA総会での投票で決定していたが、1986年W杯開催国決定以降、FIFA理事会(のちのFIFA評議会)のFIFA理事投票で決定する方式に変更されていた。その後、2010122日の2018年及び2022年W杯開催国投票まで、FIFA理事会のわずか24名のFIFA理事の投票(会長は同数の場合のみ1票投じる)で決まる方式だったため、買収工作も容易だった(2015FIFA汚職事件参照のこと)との反省から、2018613日の2026年W杯開催投票からFIFA総会(FIFA Congress)での開催立候補国を除く全加盟協会での投票方式に再び変更された(FIFA Statutes2016年版P2828 Ordinary Congress agenda2.)。また、従来の不透明なW杯招致手順を明確化し、各段階で審査プロセス等を公式発表していくとした。2017117日、2026年W杯招致手引書を発表し、開催立候補国のコンプライアンスや施設面、人権への配慮、コストや収益などを評価すること、そして評価の比重は、スタジアムが35パーセント、交通が13パーセント、チケット収入・商業収入・コストが各10パーセントなどとした。ワールドカップ招致活動の明確な禁止事項を定め、買収工作や不適切な贈答品、W杯招致に向けたサッカー振興プロジェクトおよび親善試合開催などを禁じた。20171130日の2026年W杯開催立候補国締め切りまでに立候補したカナダメキシコアメリカ3か国共同開催)とモロッコ(単独開催)が、2018316日の開催提案書(Bit Book)提出締切日までに開催提案書を提出。カナダメキシコアメリカ3か国共同開催提案書とモロッコの単独開催提案書を、招致手引書の評価基準のもと評価手順にのっとり評価し、問題ないということで両候補を受け付けた。20184月から、FIFA評価タスクフォースが両候補を現地視察し、530日、両候補の事業計画のヒアリングおよび質疑応答、31日に両候補のW杯招致委員会のプレゼンを受けたあと、上記の評価基準および評価手順にのっとり2026年ワールドカップ立候補国評価レポートを作成、61日に公表した。レポートでは、最低条件を2点に設定して5点満点で評価。両候補ともに合格ラインを超えたものの、3か国共催側は4点、モロッコ側は2.7点であった。さらに、開催経費や入場券販売、警備などを含めた総合評価は3か国共催側が500点満点中の402.8点で、モロッコ側は274.9点であった。大会関連施設およびインフラは、3か国共催側は「すでに運営可能なレベル」で、モロッコ側は「大会関連施設のほとんどが新設で大幅なインフラ整備が必要」と記述された。また大会収益は、3か国共催側は「143億ドル(約15,662億円)」で、モロッコ側は「72億ドル(約7,900億円)」が見込まれるとレポートに記述された[44]2026年W杯開催国投票は、2018年ロシアW杯開幕戦前日の2018613日のロシア首都モスクワでの第68FIFA総会で行われる。投票手続きにのっとって、立候補国4か国と資格停止のガーナサッカー協会(201868日、ニャンタキー同協会会長の汚職事件を受け、同日にガーナ政府が同協会に解散命令を下した。これはFIFAの禁じる「第三者の介入」にあたり、同協会は資格停止となった)を除いた残り206協会での投票となる。「3か国共催」か「モロッコ単独開催」か「該当国なしとして、両候補以外の国で招致活動やり直し」かを投票する。2018613午前9時(日本時間同日午後3時)から開始された第68FIFAモスクワ総会は、FIFA公式YouTubeチャンネルFIFATVで生中継された。開催国投票は13番目の議題[48]で、実際の投票は両候補のプレゼン後、午後150分(日本時間同日午後750分)から電子投票で行われ、立候補国4か国と欠席した3協会(グアムプエルトリコアメリカ領ヴァージン諸島)、棄権した3協会(キューバスロベニアスペイン)、先述のとおり資格停止のガーナの計11協会を除く200協会が投票し、「3か国共催」に134票(有効投票数の67パーセント)、「モロッコ単独開催」に65票(33パーセント)、「該当国なしで招致活動やり直し」に1票(イラン)で、3か国共催(カナダ・メキシコ・アメリカ)が決定した。投票の内訳も同日、FIFA公式HPで公開された。48か国出場となることも確認された。

FIFA評議会は、FIFAの戦略的かつ監督的な機関である。選手(男女のサッカー、フットサル、ビーチサッカー)のステータスおよび移籍、これらに関する問題を扱い、特にクラブでの練習奨励と代表チームの保護に関しては、随時特別規則の形で解決していく。FIFA評議会構成メンバーは、総会で選出されたFIFA会長1名、FIFA副会長8名、6つの大陸連盟(地域連盟)それぞれで選出された計28名で、全37名である。各大陸連盟は、それぞれ1人以上は女性をFIFA評議会メンバーに選出しなければならない。どのメンバーも任期は4年で、再任は可能だが、最大でも312年までである(任期が連続していなくても、通算して最大312年まで)。2015年以前の旧FIFA理事会時代は任期無制限で、W杯開催国決定も理事会のみで行っていた。

事務局は、FIFA評議会(以下、評議会)の監督下にあるFIFAの執行機関であり、運営主体および行政機関である。事務総長の下で、競技会および関連するすべての事項について評議会の決定と指示通りに行い、すべての商業契約の交渉、執行および履行を評議会の方針・手順に従って行う。また、常任委員会のための行政支援を行う。特にサッカー開発奨励金の授与(FIFAサッカー発展プロジェクトの項で後述)に関しての行政支援を行う。評議会が設定した範囲で、財務委員会(Finance Committee)が立てた予算によりFIFAの業務と日常業務の管理を行う。その他、評議会が要求し、承認したFIFAの組織に対し、効率的な運営に必要なその他の行政上の事項について行う。ただし先述したとおり、事務局は評議会の監督下にあり、必要があれば評議会が事務局の権限を取り上げることができる。

l  常任委員会[編集]

常任委員会は9つあり、FIFA評議会と事務局の職務遂行を助言し支援する。

開発委員会 — FIFAサッカー発展プロジェクト(後述)を取り扱い、各協会および大陸連盟に対し適切な支援戦略を決定し、定期的に支援戦略や実施状況をチェックする。

FIFA大会組織委員会 — FIFA大会のすべての事項について評議会に助言し支援する以外に、FIFA大会主催国の大会組織委員会を監督する。

財務委員会

サッカーステークホルダー委員会

ガバナンス委員会

審査委員会

医療委員会

加盟協会委員会

選手ステータス委員会

審判委員会

l  独立委員会[編集]

独立委員会は4つあり、FIFA評議会と事務局の職務遂行を助言し支援する。FIFAから完全に独立した立場で任務を行うが、常にFIFAの利益のために、またFIFA定款およびFIFAの各規則に従って行う。独立委員会のうちの3つはFIFAの司法機関である懲戒委員会、不服申立委員会、倫理委員会である。

懲戒委員会 — 委員長、副委員長、必要な数の委員で構成され、このうち委員長と副委員長は法律訓練を受ける必要がある。FIFA懲戒規定に従い、加盟協会・クラブ・FIFA役員・選手・試合の代理業者・選手の代理人に対して制裁を科すことができる。決定は3人以上のメンバーで行うが、特別な場合は委員長単独で決定することができる。総会と評議会は、懲戒委員会のメンバーの停職および免職の懲戒権を保持する。

不服申立委員会 — 委員長、副委員長、必要な数の委員で構成され、このうち委員長と副委員長は法律訓練を受ける必要がある。FIFA懲戒規定に従い、懲戒委員会の決定に対する控訴の処理を行う。決定は3人以上のメンバーで行うが、特別な場合は委員長単独で決定が可能である。不服申立委員会の決定は、FIFAとしては最終決定であり、関連するすべての当事者に拘束力を有する。しかしその後も、スポーツ仲裁裁判所CAS)に上訴すること自体は可能である。

倫理委員会 — おもにFIFA倫理綱領の侵害を調査する。 2012年以降、調査室と審査室の2つで構成されている。

監査およびコンプライアンス委員会 — 財務会計の完全性および信頼性を確保し、FIFA評議会の要請により外部監査人の報告を審査する。財務、その規制および法律上の問題について、知識や経験が豊富な3 - 7人のメンバーで構成されている。全メンバーはほかのFIFA機関に属してはならない。また、FIFAの運営に影響を与える決定に関与してはならない。任期は4年で、再選可能だが、最大312年までである。 委員長、副委員長、監査および委員は、FIFAガバナンス規則が定める独立基準を満たさなければならない。この委員会の中にある「報酬小委員会」は、FIFA会長、副会長および評議会メンバー、そして事務総長の個々の年間報酬を定義する責務がある。ほか、独立委員会の詳細は、FIFA StatutesFIFA定款・規則)2016年版 36条、37条、50条参照のこと。

l  FIFAランキング[編集]

A代表(年齢制限のないその国最強の代表)のランキングであるFIFAランキングを発表している。これまでに3度の制度改正を経ており、主観的要素を完全に排した国際AマッチA代表同士の公式国際試合)の結果のみに基づいて編まれるランキングとしては公平なものになっている。外国人選手も所属できるクラブチームとは異なり、ナショナルチームは同じ国籍の選手のみのチームであるため、FIFAランキングはその国のサッカーの強さを示す「目安」となっている。2018 FIFAワールドカップ後の2018816日発表(当初予定の719日は発表なしとなった)のFIFAランキングから4度目の変更(2018年方式)となり、これまでの2006年方式の過去4年間のAマッチという縛りがなくなるほか、年間平均ポイント計算がなくなり、加算方式に変更される。

FIFAワールドカップの各大陸予選においては、実力差が極めて大きい対戦を避けるため予備予選を行うことがあり、その振り分けに使われたり(たとえば、2006 FIFAワールドカップ・アジア予選ではFIFAランキングのアジア上位25チームが1次予選免除)、AFCアジアカップなどの各地域連盟主催の各大陸別選手権の予選組み分けや本大会のグループリーグの組み合わせ(ランキングが高いチームがシードなど)に使われたりしている。

また、FIFAワールドカップ本大会においても、グループリーグのシード国決定に用いられる。2006年ドイツ大会までは過去から現在までのFIFAランキングと過去のワールドカップ本大会の成績を元にシード国を決めていた(ドイツ大会では過去3年間のFIFAランキングとワールドカップ本大会過去2大会の成績を元に計算)が、2010年南アフリカ大会ではグループリーグ抽選会前のFIFAランキング(200910月のFIFAランキング)のみでシード国を決定した。以降のワールドカップも、本大会前年12月のグループリーグ抽選会前の10月のFIFAランキングのみでシード国を決定している。

このように、年々、FIFAランキングの重要性は増してきている。

女子の場合、男子と同様にFIFA女子ランキングがあり、こちらも各国の女子のA代表チームのランキングであり、女子の国際Aマッチの結果のみで計算される。公表は年4回であり、FIFAが初めて公認した女子代表の国際試合(フランス女子代表対オランダ女子代表:1971417日)以降の全試合を集計の対象とする(男子は直近4年間のみを対象)など男子と異なる点がある。

l  大会一覧[編集]

2006年に、「FIFAコンフェデレーションズカップ」を除く世界大会の名称が「FIFAワールドカップ」に統一された。

l  ナショナルチーム[編集]

男子[編集]

FIFAワールドカップ

FIFAコンフェデレーションズカップ1992-2017

オリンピックサッカー競技(男子)

FIFA U-20ワールドカップ

FIFA U-17ワールドカップ

ユースオリンピックサッカー競技(男子)

FIFAアラブカップ

女子[編集]

FIFA女子ワールドカップ

オリンピックサッカー競技(女子

FIFA U-20女子ワールドカップ

FIFA U-17女子ワールドカップ

ユースオリンピックサッカー競技(女子)

クラブチーム[編集]

FIFAクラブワールドカップ

インターコンチネンタルカップ1960 - 2004

その他[編集]

FIFAフットサルワールドカップ

FIFAビーチサッカーワールドカップ

FIFAeワールドカップ

­ブルースターズ/FIFAユースカップ英語版

クリーンスタジアム[編集]

FIFA主催大会においては、FIFAブランド並びに公式スポンサーの権利の保護を目的として、スタジアムとその周囲に商業制限区域 (Commercial Restriction Areas, CRA) を設け、FIFA及び公式スポンサー以外による大会(及びその観客・関係者)をマーケティングの対象としたアンブッシュマーケティングを排除し、商業制限区域内での商業活動を制限している。

具体的には、商業制限区域内の広告類(施設のネーミング・ライツを含む)や大会に際して開かれる臨時の販売施設等に関しては公式スポンサーのもの以外は原則として排除される(「クリーンな状態」に置かれる)ことになっており、商業制限区域内では屋外広告は原則としてマスキングされるか一時的に取り除かれる。特に命名権に関しては、しばしば「全ての大会で一時的に正式名称とする」と言及されることがあるが、正しくは「全ての大会で公式スポンサー以外の企業等を想起させる名称としない」というものであり、大会の公式スポンサーであればそのまま命名権名称が存置されることがある。例えば、EAFF E-1サッカー選手権2017で男子決勝ラウンドの会場となった味の素スタジアムは、味の素が大会の公式スポンサーであったため、正式名称の「東京スタジアム」ではなく、命名権名称である「味の素スタジアム」がそのまま用いられた(一方で、同じ大会の女子決勝ラウンドの会場であったフクダ電子アリーナは、正式名称である「千葉市蘇我球技場」が用いられた)。

なお、FIFAのこのルールにおいては、商業制限区域内での地元企業による商業活動(バーやレストラン、コンビニエンスストアなど)は「制限されるべきではない(通常通りの営業・看板の掲出ができる)」としている。

l  表彰[編集]

ザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズ(最優秀選手・監督・ゴールキーパー)

FIFA/FIFProワールドXI

FIFAプスカシュ賞

FIFA会長賞

FIFAフェアプレー賞

FIFA功労賞 - FIFAの総会において、サッカーの発展に貢献した個人や団体に贈られる。

FIFA 1002004年の創立100周年を記念した特別賞)

FIFA 20世紀のクラブ

l  FIFA公式スポンサー[編集]

アディダス

コカ・コーラ

大連万達グループ

現代自動車グループ

カタール航空

カタールエナジー

Visa

l  FIFAサッカー発展プロジェクト[編集]

FIFAフォワードプログラム[編集]

以下の記述は、FIFA公式HPFIFAフォワードサッカー発展プログラムの記事およびFIFAフォワードサッカー発展プログラム規則の記述に基づく。

FIFAフォワードサッカー発展プログラム(以下、FIFAフォワードプログラム)とは、201659日のメキシコ首都メキシコシティでの第66FIFA総会で決定した、FIFA加盟全サッカー協会および全6地域連盟対象のステップアップ財政支援プログラムである。4年で1サイクルで、160万ドルから500万ドルに増額する。各サッカー協会は、年間75万ドルをピッチなどの施設の整備、女子サッカーの発展などのサッカープロジェクトに費やすことができる。また各協会は、年間50万ドルの経費を受け取る。各地域連盟へは4年間の1サイクルで、2,200万ドルから4,000万ドルに増額させる。また、女子サッカーや各年代別代表の世界大会の旅費が必要な協会には、最高100万ドルの特別手当を支給する。男女とも年代別地域大会主催協会に、年間100万ドル払い戻す。

さらに、事務総長(General secretaryJFAは専務理事)を採用する、技術委員を採用する、男女リーグ、男女のユースリーグ、女子サッカーの普及および宣伝活動、草の根サッカー推進と開発戦略、審判の推進と開発戦略等全10項目の基準を満たす協会(少なくとも2つは女子サッカーを重視すること)は、基本年間10万ドルに加え、毎年5万ドルの追加資金、最大で毎年40万ドルの追加資金を得ることができる。

これらの資金を各協会および各地域連盟が正しく運営するために、FIFAは監督機能も強化している。

2年から4年にわたる開発委員会承認の開発戦略を設定し、協会ごとに1つの目標の契約を行うこと。

すべてのオーダーメイドの各プロジェクトは契約とリンクし、 開発委員会の承認を得るために30万ドル以上のプロジェクトを行うこと。

FIFAの管理者は、プロジェクトの進捗状況を監視する。

各協会のフォワードプログラム資金運営で、各協会から独立した財務監査を行うこと。

より強力な監督権限と厳しい遵守措置を含む強化された開発規制。

独立したFIFA開発委員会の少なくとも50パーセントは、フォワードプログラムを監督する

フォワードプログラム会員協会の年次財務に関する独立監査の公表。

主な実施例[編集]

先述の通り、2016年から開始されたFIFA加盟全協会(2018年時点で全211協会)に対する財政支援プログラムのため、下記はその一例である。

ペルーサッカー協会 — 20163月に開始されたペルー全土の選手育成計画「マイナーズプラン(Minors Plan)」をFIFAが財政支援。同年、20の地域に開発センターが創設され(開発センターのコーチは総計165人)、2017年にはその中の5つの地域にはさらにU-14U-16のコーチと管理者を設置。 各地域の選手を選抜し(2016年で約15,000人の選手の中から)、最優秀選手が開発センターに選出され(2016年で1000人)、最終的にU-14およびU-16全国地域チーム選手権に参加した(2016年で700人以上)。また、240人以上のスカウトがペルー全土に分散し、優秀な選手を発掘している。2017年時点では、開発センター出身の170人の選手が15のプロクラブでプレーしている。大会の試合は毎週土曜日に無料チャンネルで放送される。

アイスランドサッカー協会 — 2016年、U-18アイスランド代表202,000ドル(約21976,166円)、アイスランド女子B代表158,000ドル(約1,7189,278円)、201710月にはアイスランド女子代表30万ドル(約3,3887,010円)をFIFAが支援した。その後も、アイスランド女子代表に総額90万ドル(約1138500円)以上FIFAが支援したおかげで、同代表は2016年末に中国で行われた女子代表の大会出場や20181月合宿など以前はできなかった強化日程を消化することができ、2019 FIFA女子ワールドカップ初出場を果たした。

本サッカー協会(JFA) — 高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグの参加チームの旅費を、FIFAが支援。

FIFAゴールプロジェクト[編集]

以下の記述は、FIFA公式HPFIFAゴールプロジェクト説明の記事の記述に基づく。 1999年から2015年までに実施されたFIFAゴールプロジェクトは、インフラ整備、組織体制作り、教育(指導者・審判・スポーツ医学など)、ユース育成等の国際サッカー連盟(FIFA)の助成制度である。その究極の目標は、権威あるサッカー協会にすることである。ゼップ・ブラッター8FIFA会長が提案し、199979日にロサンゼルスで開催されたFIFA臨時総会で批准された。FIFAゴールビューローが、全サッカー協会からゴールプロジェクトの対象協会を選び、その協会に合わせた助成を行う。 FIFAゴールビューローは、FIFA技術委員会から選ばれた6名のメンバーで構成される。

各サッカー協会の優先順位に応じて、ゴールプロジェクトは次の分野で支援する。

インフラ — サッカー場の建設および改修、練習及び授業を行うセンター設立、サッカー協会のオフィスビル建設など。

管理国および地域団体、職員などの組織体制整備。

教育管理の方法、コーチング、スポーツ医学、審判など。

ユースサッカー若年選手の指導者養成、優秀な選手育成、サッカースクールなど。

ゴールプロジェクト対象協会のニーズに基づくその他の分野

対象協会との協力関係を強化するため、世界中に開発事務所が設置されている。開発事務所には、高度な資格を持つFIFAの専門家である開発担当役員が配置されている。 各開発事務所は、事務所近接の約15 - 20の各サッカー協会の開発を委任されている。 各開発事務所は各サッカー協会に近いため、協会のニーズをより詳細に分析でき、またプロジェクトの監督および管理が容易になる。

たとえば、インフラ整備で同プロジェクトから助成を受けるには、対象協会がその施設の土地を使用する権利を25年間持つことが条件であった。 1プロジェクトに対し、40USドル(約4,000万円)まで助成可能で、 1プロジェクト終了後、増築などの目的、2期プロジェクトを申請し許可されれば、再度40USドルの助成を受けられた。

おもな実施例[編集]

北朝鮮サッカー協会2001 - 2013年)6回合計200USドル(約21,390万円)受領

金日成競技場人工芝の張り替え、同協会の建物と北朝鮮代表選手の合宿所補修、平壌国際サッカー学校の建設および補修費[78]

日本サッカー協会(JFA)2009年)40USドル(約4,000万円)受領

Jヴィレッジ内のJFAメディカルセンター設置(残りの整備費約37,000万円と運営費および維持費は、JFA負担)

フィリピンサッカー連盟(PFF)2014 - 2016年)50USドル(約5,348万円)受領

サンラサロ競馬場のある公園内に設けられたPFFナショナルトレーニングセンターの人工芝のピッチ[81][82]

2007127日時点で、FIFA加盟106協会が助成を受けており、承認済み295プロジェクトのうち、121が進行中だった。この時点で計画段階が31であった。

FIFAマスター(FIFA大学院)[編集]

2000年に開設された「スポーツに関する組織論、歴史・哲学、法律についての国際修士」のことで、スイスにあるスポーツ教育機関CIESThe International Centre for Sports Studies、スポーツ研究国際センター)と提携してFIFAが運営しているスポーツ学に関する大学院のコースである。10か月の間にイギリスイタリア・スイスにある3つの大学を回って学習し、幅広くスポーツ界で活躍する人材を養成することを目的として設立された。

入学するには、最初に高校卒業証明書、大学の卒業・成績証明書、英語力証明書(TOEFLminimum 600 PBT / 250 CBT / 100 IBT points)かCambridge Certificate of ProficiencyIELTS(minimum level 7.5 in the « Academic Test »)のどれか1つ)、GMAT、スポーツや志望動機などの5つの質問の回答(ショートエッセイ)を英語で300字程度などの必要書類を122日頃までに提出する。書類審査で通過した合格者がさらに電話面接などで絞りこまれ、4月中旬に最終合格者(定員25名程度、世界各国から集まるように配慮される)が決まる。最終合格者が授業料25,000スイス・フラン1フラン110円換算で275万円)を全額支払えば、入学手続き完了となる。毎年、9月に開講する。9 - 12月にHumanities of Sports(スポーツの人文科学)をイギリス・レスタード・モンフォル大学で、翌年1 - 3月にManagement(経営学)をイタリア・ミラノボッコーニ大学で、4 - 7月にSport Law(スポーツの法律)をスイスのヌーシャテルヌーシャテル大学で学び、7月中旬に卒業という流れである。さらに、7月下旬に「ファイナルプロジェクト」というグループ(1グループ3 - 5名)で取り組む卒論発表(プレゼンテーション)があり、1グループ30分で行われ、FIFAIOCUEFAECA、大学教授などの参加者から質問を受け、その後の会議で論文の内容とプレゼンテーションの出来を踏まえて成績評価される[84]。単なる卒論発表に留まらず、その卒論がきっかけで、さまざまな活動が実現している。FIFACSR部門ができたり、イスラエルパレスチナの子どもたちのサッカーキャンプ交流が実現したりなどしている。

2011721日に行われた日本人を含む5か国のグループの卒論発表がきっかけで、2012322日、FIFA国際Aマッチデーの代表選手の負傷選手、クラブ、加盟協会に対する補償金を支払う(国際Aマッチデー出場代表選手保険導入)意向を示し、同年525日のFIFA総会で同年9月以降の国際Aマッチデーの代表選手保険導入を決めたり、2012322日にUEFAが代表選手保険システム導入(選手の国籍関係なしの欧州全クラブの所属選手の代表戦での負傷保険)を発表するなどしている。

卒業生はFIFAUEFAIOCAFC、各国サッカー協会、CASなどのスポーツ機関、スポーツテレビ局、スポーツマーケティング会社、各国サッカーリーグおよびFCルセロナなどのサッカークラブなどで活躍している。

また、卒業生の多くがスイスのローザンヌにある20の国際スポーツ連盟や団体、スポーツ関連会社10数社が集まり、世界中のスポーツのルールを決定している国際スポーツハウス(Maison du Sport International、略称MSI)で働いている。また、卒業生はFIFAマスター同窓会協会(FIFA Master Alumni Association、略称FMA)を通じて、世界中に構築されたFIFAマスターのネットワークをビジネスに活用することができる。

FMAはその名の通り、2年に1度、国際的なスポーツの大会に合わせてその国および都市でFIFAマスター同窓会を開催しており(前回はワールドカップ・南アフリカ大会で開催)、2012年はロンドンオリンピックに合わせロンドンで開催された。

2013719日、2012 - 2013年第13期生修了式が行われ、宮本恒靖を含め24か国の生徒が卒業した。日本人は2013719日時点で、通算9名ほどがFIFAマスターを卒業している。元プロサッカー選手の卒業生は2名で、日本人元プロサッカー選手および元日本代表としては宮本恒靖が初めてである。2017714日、2016 - 2017年第17期生修了式が行われ、大滝麻未と一般日本人の女性の2名の日本人女性がFIFAマスターを卒業した。大滝は、日本の元女子サッカー選手および元日本女子代表としては初めてのFIFAマスター卒業であったが、直後の20178月に現役復帰した。

 

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